八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第63話 誓いの花火(裏)

「…………。」

 

 世界が灰色に見える。何もする気力が起きない。ただひたすらに、機械的に生命維持活動を行っているだけ。最近の俺にとって、日常とはそういうものだ。……確定事項ではないにしろ、もうすぐ消滅を迎える。そう思えば、何のやる気が起きないのだって解るだろう。

 

 何よりもダメージが大きかったのは、前世の記憶が無くなってしまった事だ。俺が困らないようにする為か、原作知識とか必要そうな物は未だ健在。しかし、本気で親や友人の事は思い出せない。……自分がどんな名前で、どんな容姿をしていたのかすら忘れてしまった……。

 

(クソ、こうなったら……。)

「!? く、黒乃……出かけるのか?それなら、俺も―――」

「良い。」

「……そうか。なら、気を付けるんだぞ。」

 

 何もしないでただソファに座りっぱなしだったが、このままでは単なる時間の浪費だ。消滅までにやれなかった事をしよう。そう思った俺は、立ち上がって外出の準備を始めた。その際にイッチーが同行の提案をするが、それは丁重に断っておく。

 

 俺の縋るような言葉をどう解釈したのかは知らないが、明らかにイッチーは気を遣っている。なんだか今のイッチーは見ていられないんだ。それに、なるべく一緒には行動したくない。……未練が残るかも知れないだろ?そういう事さ、だから気を遣ってもらう必要は何もない。

 

 玄関を出た俺の足が向かった先は、ここから近場にあるコンビニだ。何をするつもりかと問われれば、いわゆる廃課金という奴である。この世界で楽しんでいたアプリゲーに金をつぎ込んでやろうという魂胆。どうせもうすぐ消えるんだ。何をやろうと文句は言わせない。

 

(ああ、これだよ……。)

 

 そういう事を考えていると、身体が震えだしてしまう。ガタガタと震えだした右手を左手で思い切り握りしめた。大丈夫、受け入れろ、怖くはない。怖がったって神を楽しませるだけだと自分に言い聞かせる。そうしてしばらく、俺の震えはようやく収まった。

 

 はぁ……覚えてやがれファッキンゴッドめ、会えたら必ず叛逆してやるからな。しかし、コンビニに行くにも一苦労じゃないか。特に夜がなぁ……。1人で居ると心細い。かといって誰かに関わるとそれが未練になるかも。そうなるとまだ、1人で居る方がまし……かな。

 

 まぁ良いや、とっとと用事を済ませてしまおう。かなり長い間足を止めていた気がする。その遅れを取り戻すつもりで、俺は足取りを早め歩いていく。さて、いくら分つぎ込むか。ちょっとアレな話だけど、代表候補生って儲かるね。今まで使う事がなかったから貯金するしかなかったんだけどさ。

 

 よし、店舗においてあるクレジットを買い占めるつもりでいこう。となると、コンビニで少しお金をおろさないとだな。うんうん、なんだかようやく調子が出て来た気がする。おっしゃ、高レアキャラが俺を待ってるぞ!イケイケドンドーン!

 

 そんなこんなでクレジットを購入しての帰り道だ。結局いくら分買ったのかって?……そこは聞かないでおいてくれると助かるな。さて、後は部屋でゆっくりガチャタイムといこうじゃない。ほれ、そうこう言ってるうちにマイハウスが見えて来た。た~だいまっ……と。

 

「おかえり黒乃。いきなりだけどこれ見ろよ、千冬姉がプレゼントだってさ!」

(浴衣って、そりゃまたホントにいきなりだね?)

「それ着て祭りでも行ってこいってよ。だからさ、今日の祭り……一緒に行かないか?その、2人で。」

「…………。」

 

 イッチーが返るなり俺に見せつけて来たのは、黒い下地に白百合の描かれた浴衣だった。曰く、ちー姉からのプレゼントらしい。そういえば、今日はモッピーのとこでお祭りだっけ。イッチーに一緒に行こうと誘われたが、正直あまり行く気はない。だって、それは確実に俺の言う未練になるだろうから。

 

 けれど、せっかく買ってもらったのに着ないのは失礼だよね……。それを瞬時に察した俺は、速攻で首を縦に振る。ちー姉がどういうつもりで浴衣を買ったのかは謎だけれど、まぁ良い気分転換になるとでも思っておこう。それに、後悔しないようにするのもまた俺のするべき事だ。

 

 現時刻は昼ご飯にするのも早すぎる程だ。イッチーが花火の上がる頃にしようと言ったし、時間にはまだまだ余裕がある。じゃあそれまで、浴衣を着る練習でもしようかな。あ、後は髪の結い方とかも。俺はイッチーから浴衣を受け取ると、静かに自室を目指した。

 

 

 

 

 

 

「お~……賑わってるな。やっぱ祭りはこうでなきゃ。」

(うん、こういう雰囲気は良いよね……。)

 

 時間は過ぎ、イッチーと共に篠ノ之神社へと顔を出した。モッピーとお別れしてからしばらく祭りには顔を出さなかったけど、やっぱりこの皆が楽しんでる温かい雰囲気は心が安らぐ。自らもその喧騒に加わるのだと思うと、なんだか変な気分になってくるかも。

 

「なぁ黒乃。」

(おっ、どったのイッチー?)

「浴衣、すげぇ似合ってるぞ。可愛いし綺麗だし、もはや言うとこなしだ。」

(へ?あ、えっと……そ、それなら良いんだけど……。あ、ありがとう。)

 

 イッチーが爽やかな笑顔を向けてくると思えば、いきなりそんな事を言い出した。瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。……黒乃ちゃん成分が強くなってる影響かな?それとも俺の気持ちが女の子に近づいてる?……もはや気にするだけ無駄か。どうせ―――

 

「じゃ、行くか。まずはどうするか……。」

(そいじゃ、あれはやっておきたいかな……。)

「あれは……金魚すくい?ま、定番だな。よし、ここは一勝負といこうぜ!」

 

 いかんいかん、どうせ消えるとかが口癖になりつつあるぞ。そんなネガティヴな考えしてたって何も変わらない。俺にとっては、明日より今。……今を生きないとね。そういうわけだから、イッチーの発言に食いつくようにある場所を指差した。その先にあるのは、金魚すくいの出店である。

 

 いやね、個人的に思い入れがあって。勿論ながら黒乃ちゃんに憑依してから。俺の提案に賛成なのか、イッチーは腕まくりするような仕草を見せて意気込んでいる。フッ、甘いなイッチー……100年早いって奴だぜ。なんだか俺も気合を入れつつ、出店へと近づいていく。

 

「おっちゃん、俺ら1回ずつで。」

「ん、1回で良いのか坊主。彼女さんにかっこいいとこ見せようったって、そうはいかねぇぜ。」

「ハハ……問題ないですよ。勝負とは言ったものの絶対勝てないもんなー……。」

 

 彼女さん、ねぇ……。イッチーと居るとたいがい初対面の人には言われるかも。……や、やっぱり俺らって、そう……見えるのかな。そ、そんな事より……イッチーの呟き声が気になった。どうやらイッチーは俺を乗り気にさせるつもりで勝負と言い出したらしい。なーんだ、つまんないの。

 

(ま、確かに負ける気はしないけど……さ!)

「なっ、いったい何モンだ嬢ちゃん!?」

 

 屋台のおじさんからモナカを受け取ると、早速ゆらゆらと泳ぐ金魚をすくっていく。それはもう容赦のない乱獲っぷりに、おじさんは驚愕と表現するにふさわしい声を上げた。私が何モンかって?そうです、私が伝説の金魚すくい師です。まぁなんというか、ちょっとしたこだわりがあっての本気っぷりだ。

 

 金魚すくいは命を預かる娯楽だ。金魚達だってさぞ迷惑している事だろう。だから本気。遊ぶにしても本気を出さねばならん。ちなみに伝説というのは、水槽内の金魚を全てすくい切ったりしたからだ。その時は気前のいい人が店主だったからね。大概は全部すくい切る前にギブアップ宣言が出る。

 

「……ハッ!?その黒髪に無表情……。ま、まさか嬢ちゃん、あの伝説の……!」

「今頃気づいても遅いぜおっちゃん。早めに観念するのが身の為だと思うぜ。」

「いや、既に商売あがったりだよ畜生め!ストップ、ストップだ嬢ちゃん!」

 

 ほ~らこんな感じで。ケッ、肝っ玉の小さいおじさんだ。なんて心中で悪態をつきながら自らモナカを破る。それでも大漁過ぎるくらいだけどね……。さて、後は責任もって金魚達の世話を……って、しまった!IS学園で寮生活だから面倒見れないじゃん。ど、どうするか……。

 

「わぁ、ありがとうお姉ちゃん!」

「良いんですか?」

(ええ、ええ……。貰ってくれるとありがたいっす。)

「遠慮せずに受け取ってやって下さい。他の皆さんも!」

 

 チラリと目線をやると、そこには金魚を捕獲できなかったであろう小さな子が。俺は勝手ながらも紐付きビニル袋を拝借し、金魚を入れる椀を傾けその中に金魚を入れた。早い話がお裾分けである。イッチーが俺の意図を察してくれたのか、周りの人達にそう呼びかけてくれた。

 

 ただで貰えるとあっては日本人は弱い。出店のおじさんには申し訳ないけれど、か弱い命でも蔑ろにするわけにいかんから……。まぁ、渡した人達が無責任な事をしちゃったらどうしようもないんだけどね。とはいえ、ほぼ確実に世話してやれない俺が保持しているよりは良い。

 

「この金魚大切にするね、お姉ちゃん!」

(うむ、良く言ったぞ少年。本当に頼んだよ?)

「っ!?あ、ありがとう!」

 

 集まっていた人達の最後の1人、小学生らしき少年に渡してしまえば金魚も打ち止めだ。生き物を大切に扱う心意気を見せたキミにはご褒美をやろう。無表情ながらも、なるべく優しく少年の頭を撫でる。すると解りやすいくらい顔を赤くして、親御さんの元へ帰っていった。フハハ、初のぅ。

 

「…………。」

(……って、どうしたんイッチー。)

「あ、悪い……少し考え事をな。よしっ、気を取り直していくか。」

 

 すると何やら少年を眺めて難しい顔をしているイッチーが気になった。グイグイ服を引っ張ってやると正気を取り戻したみたい。むしろ俺の手を取って引っ張って行くほどだ。元気になったのは良いけど、おもむもに手を握るのは止めてくれねぇかなぁ。さもないと―――

 

(心臓、五月蠅くて仕方ないからさ……。)

 

 

 

 

 

 

「…………。」

(むふっ♪幸せ幸せぇ~……。)

 

 イッチーと屋台を巡って食べたいものを買っていると、ご飯に丁度良い時間が回ってきた。イッチーの提案に乗るかたちで、とりあえず食事にする事に。チョイスしたのは主にソース類。俺が食べているのはたこ焼きだ。こう……涙目になるくらい熱いのをさ、ハフハフしながら食べるのが美味しいっていうか……。

 

「…………。」

(む、どうしたイッチー。欲しいん?)

「ん、いや……別に他意はないんだけどな、ただ少し可愛いなと。」

(ぬぅ……ま、またそんな事言って……。照れるから止めてってば。そんなイッチーにはお仕置き。)

「おっ、くれるのか?それじゃ遠慮なく……。」

 

 黙々とたこ焼きを食べ進めていると、イッチーから注がれる視線が気になった。どうかしたのかとことらも視線を送ると、いきなり手放しに俺を可愛いとか言うじゃないか。一抹の気恥ずかしさを感じながら、俺はある事を思いついた。それを実行すべく、爪楊枝で1つたこ焼きを刺すと、それをイッチーに差し出す。

 

「あづ……!あっつい!く、黒乃……お前よく平気な顔して食べられるな……。」

 

 フヘへ、狙い通り……。たこ焼きを口に入れたイッチーは、吐き出してしまうのではないかという勢いで悶絶した。平気な顔して?そんな事はないよ、俺だって下手すればイッチーみたくなってる。ただ、それこそ顔に出ないだけさ。とにかく、これに懲りたら俺に対して不用意にか、可愛いとか言っちゃダメなんだからな……。

 

「黒乃、口の端。ソースが着いてるぞ。」

(え、マジ?)

「そんなに慌てなくったって大丈夫……っと、ほら取れたぞ。」

(い、いいい……言った傍から何やっとりますかねこの男はーっ!?)

 

 熱さから解放されてたこ焼きを飲み込んだらしいイッチーが、顔を上げるなりそう言ってきた。少し口の開け方が小さかったかな、なんて反省していると……イッチーは俺の口元をグイッと親指で拭った。うん、それだけなら全然問題ないんだよ?しかし、事もあろうにイッチーは……拭ったソースをぺろりと舐め取ったのだ。

 

 だ、だってそれ、ほぼほぼ間接キスでっ……。ああ、自分でそう考えた途端に身体が燃え上がるように熱くなる。い、いや、落ち着け……昔は平気だったんだ。そう、昔から……昔から……昔からぁぁぁぁ……っ!く、くそぅ!どうしてもっと昔から恥じらいを持たなかったんだよ俺ぇーっ!

 

「ふぅ……食った食った。……のは良いけど、けっこう喉乾くな。黒乃、お前はどうだ?」

(ああ、うん……そうだね、喉乾いたかも。)

「そうか、じゃあ俺がジュースでも買ってくるよ。黒乃は少しここで待っててくれ。」

 

 恥じらいを振り切るかのように、不必要なまでにペースを上げて買ってきた食べ物を胃に収めた。満足気にお腹をさするイッチーの姿を尻目に、俺は気が気でない状況だ。そんな中、イッチーは何か飲み物を買ってこようかと提案を出してくる。俺はいろんな意味で喉が渇きましたよ……。そういうわけで、イッチーの問いかけに肯定しておく。

 

 するとイッチーは席を立ち……というか、邪魔にならない場所に座っているだけだけど。とにかく立ち上がって、飲み物を求めて喧騒へと身を投じていった。イッチーの姿が人込みに消えると、俺はボーっと周囲を見渡してみる。……やはり誰もが幸せそうだ。それなのに俺は―――モウスグキエルノヲマツバカリ。

 

(……っ!?あぁ……ダメだ。1人になったから、かな……またきちゃった。)

 

 ふと、ガタガタと全身が震え始める。収まれ、今すぐ。イッチーに余計な心配をかけたくはないんだ。俺はその身を抱きしめるようにして震えを止めようと試みた。が、特に効果という効果はなし。どうしよう、このままだと、イッチーが戻って来ちゃうよ……。

 

「あれ、キミ1人ー?すっげぇ可愛いのに勿体ない。」

「何、震えてっけど……怖い事でもあった?」

「それなら、寂しくないように俺らが一緒にいるけどどうよ。」

 

 不安に打ちひしがれていると、チャラい3人組が俺に話しかけてきた。……こういう連中は嫌い……というか、率直に死ねと思っている。絶対ナンパ目的だもんね。祭り嘗めんなよ、どうよじゃないよバーカ。……って言えればね。おかげで震えが止まったってのもあるけど、さてどうした物か。

 

「なーなー、黙ってちゃ解らないよ?」

「そうそう。それにほら、誰かとはぐれたんなら一緒に探そうぜ。」

「うわ、信用ならねー!」

(不思議なもんだねぇ。こんな連中が相手だと、何言われても響かないや。)

 

 さっきも可愛いと言われたし、褒められているには変わらない。しかし、イッチーに言われた時と感じ方が全く違う。……そっか、俺はイッチーに褒められると嬉しがってるんだ。心が温かくて、胸が締め付けられる感覚が全くない。むしろこんな連中に褒められたって……不快だ。

 

「おい。」

「ああ?なんだテメェ、今良いところ―――」

「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇぞ。」

 

 そんな思考を巡らせていると、イッチーが颯爽登場してチャラ男達を追っ払ってくれた。へぇ、俺の女ねぇ……イッチーもなかなか言うじゃん。うん、キミにその気がなくったって……やっぱり嬉しいや。で、でもちょっとだよ?本当にちょっとなんだから……。

 

「いや……今のは―――」

(は、何さ?それよか、ジュースちょうらい。)

「あ、これか?お、おう……待たせて悪かった。ほら。」

 

 何かイッチーが慌てて撤回しようとする仕草を見せたが、そんな事よりジュース飲みたい。催促する等に両手を伸ばすと、イッチーは俺にストロー付きのカップを手渡した。中身はどうやらブルーハワイらしい。良いねイッチー、俺の好みを良く心得てるじゃないか。俺は少し上機嫌になりつつジュースを啜る。

 

 うむ、美味し!結局のとこ何味なんだか解んないんだけどね、ブルーハワイ。酒が元ネタだとか聞いた事はあるけど、それでもテイストに関しての裏付けにはらなんし……う~む。……そんな俺の思考を吹き飛ばすかのような出来事が発生した。なんと、いつの間にか距離を詰めていたイッチーが……俺の腰に腕を回してきたのだ。

 

(え、えぇ……?な、何これ……どういう……。い、意味解んない!でも……。)

 

 嫌じゃ……ない。……なんでなのかな、男と密着するなんてまっぴら御免なはずなんだけど。イッチーに対しては、嫌じゃないって思っている私が居る。けど、本当にイッチーがどういう意図でしてるのかが理解不能だ。……そ、それならこっちだって。今回だけだからね、サービスなんだからね!

 

(失礼しやーす……。)

「っ!?……黒乃。」

 

 イッチーに身体を預けるように体重をかけ、肩に頭を乗せてみる。フ、フフフ……ど、どうだ!?こんな意味解らない行動されたら焦るだろ!……なぁ~んて事もなく、イッチーは見事にノーリアクションだ。うん、解ってた解ってた。どうせ疲れたのかな?とか思ってんだろうね。

 

「…………。」

(ノーリアクションは流石に寂し……って、あれ?うわ、もう花火始まりそうな時間じゃん!?)

「へ……?おい、ちょっと待てよ黒乃!」

 

 いやいや、こればっかりは待てないよ。俺は仮設のゴミ箱に乱雑ながらもゴミを突っ込むと、イッチーの腕を引っ張って駆けだす。せっかくの花火だからね、キチンとこの目に焼き付けておかないと。花火を見るとなれば、とっておきの場所を知っている。俺達原初の幼馴染組しか知らない秘密の場所が……。

 

 

 

 

 

 

 さぁやって参りました、秘密の特等席。篠ノ之神社の裏手にある小さな林の中に、ぽっかり開いた空間がある。ここには誰も寄り付かないし、花火の華が開くのがちょうどこの真上に見えるんだよね。ダイナミックで良いんだけど、少しうす暗いのが玉に瑕かな。

 

「黒乃、ここって……。」

(うん、俺達の思い出の場所だよ……。)

 

 いきなり連れて来たせいか、イッチーは少しだけ戸惑っているみたいだ。なるべく優しい雰囲気を纏うように心がけて振り返ってみるが、伝わりはしないだろう。我ながら無意味な真似をと自重していると、ゆっくりだが確かな足取りでイッチーが近づいてきた。

 

「なぁ黒乃、今日は楽しかったか?」

(それは勿論。イッチーのおかげでね。)

「そっか、それは良かった。俺も……楽しかった。というか、違うんだ。俺……さ、黒乃と一緒なら何処でも楽しいって思える気がする。極端な話で、地獄とかでも。」

 

 アハハ、何それ……ちょっと誇張し過ぎやしないかねイッチー。まぁ、それも一理あるかも。皆でワイワイ馬鹿やってたらさ、それが何処だって関係ないのかも。そうだねぇ……キミと居るとやっぱり飽きないや。出来れば行く末まで見届けたかったんだけど。

 

「でもそれは、黒乃が居ないと話にならない。ホントはそういうのさ!……良くない事なんだってのは解ってんだ。けど、俺は黒乃が居ないと……全然……ダメな奴で……!」

 

 え……?おお、ちょっと待ったイッチー……なんで急に自分語り?というか、自虐とか止めてよ……。イッチーは全然ダメな奴なんかじゃない。むしろそれは俺の方だ。イッチーが居ないとダメな子ですよ僕は、ええ。大丈夫、俺じゃなくても黒乃ちゃんはずっとキミの傍に―――

 

「俺って皆が思ってるよりも弱くて、脆くて……。けど、弱みを見せないのが織斑 一夏って……皆そう思ってんじゃねぇのかなー……。……俺が本当の織斑 一夏で居られるのも、黒乃の前だけだ。」

 

 ……イッチーがなんでこんな事を言ってくれてるのかは解らない。けど、ふと思った。イッチーが言ってる黒乃って、私じゃん。黒乃ちゃんじゃなくて、私なんだ。こんな言い方は良くないって解ってる。だけど、私が黒乃ちゃんに憑依してもう10年が経とうとしているのだから……だから。

 

 私……じゃん。イッチー達と思い出を重ねて来たのは、全部私じゃないか。そう思うと、まるで先ほどまで他人事のように聞いていたイッチーの言葉が、一気に俺の心に沁み渡っていく。ハハ……本当にさ、勘弁してよイッチー……。もっと、さ……しっかりしてくれないと、これからは……一緒に居てあげられなくなっちゃうんだよ?

 

「俺の……俺の居場所は、いつも黒乃の隣だけなんだ。」

 

 ……私だってそうだよ。キミの隣が私の定位置。いっつも鬱陶しいみたいな事を言っちゃってたけどさ、それって……凄く幸せな事なんだなって……!そう……そうだね、ありがとうイッチー……本当に、ずっと私の事を大切に思ってくれて。1つ……解ったから。私がこれからどうするべきか……。しょぼくれてるなんてさ!……私らしくないじゃん?

 

「だから……手放したくない。黒乃っていう俺の居場所を。」

 

 イッチーにそう言わせるほどに深く刻まれた私との記憶は、私だけのものだ。……黒乃ちゃんのじゃない。だから……私はきっと皆の中で生き続ける。皆の中にある私の記憶が、私そのものなんだって……本気でそう思う。何さ、イッチー……珍しく察しが良いじゃん。まるで私の悩みが解ってるみたいにズバズバ的確な言葉をくれちゃって。

 

「……俺とずっと一緒に居てくれ。黒乃、俺は……お前の事が―――」

 

 ……ずっと一緒に居てくれってところまではキチンと聞こえた。けど、最後の方はなんて言ったんだろ。生憎ながら花火が始まっちゃったせいで音が拾えなかった。……まぁ、良いのかな?なるべくなら花火を見ていたいんですが……どうなんだいイッチー?何か私に言いたかったのかな。

 

「く、黒乃!その、どうなんだ。お、おおおお……俺とっ!」

「…………。ずっと、一緒。」

「!?」

 

 何かと思えば、その事か。うん、ずっと一緒だよ。キミが私の事を覚えていてくれる限りは、ず~っと一緒。信じてるからね、イッチー。ずっと、ず~っと……私の事を覚えていてよ。……私もキミの事を忘れない。皆の事を忘れない。私が私で居られる限りは、全力で皆に私を刻んでいくから。

 

「黒乃、また来年も必ず見に来よう。次も、その次の年も……ずっと。」

(……フフ、そうだね。約束する……。)

 

 明日になるか、それとも先の未来になるのか……。とにかく、私が消えちゃうまでは……キミと一緒に花火が見たい。一応はネガティブ判定だったのか、手が少し震えちゃうな……。……俺はすかさずイッチーの手を取った。イッチーは、期待通りに力強く手を握り返してくれる。

 

 ……震えは、止まった。むしろ勇気が湧いてくる。明日も精いっぱい頑張ろうって、未来に目を向ける事が出来る。私の明日はキミと共に……ってところなのかな。イッチー……キミが沢山の人に振りまく幸せ、今は……今だけは……独り占めさせて……。そうすれば私は―――

 

(明日もキミの隣で……)

 

 

 

 

 




黒乃→皆の記憶で俺は生き続けるから、だから……ずっと一緒だよ。
一夏→黒乃と一生一緒に居たいんだ!

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