八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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そんなこんなでようやく本格的に夏休み編がスタートです。
まぁ主に黒乃と一夏のエピソードがメインになるでしょうけれど。
原作ヒロインズの出番を期待されている方、本当に申し訳ありません。
先に予告しておきますが、本気で彼女らの出番は皆無に等しいです……。


第58話 本日 釣り日和につき

(ん~っ!ジメジメ蒸し暑いけど、やっぱり日本は落ち着くなぁ。)

 

 ミンミンとセミが騒ぎ立て、アスファルトからは太陽光の照り返しが……。加えて日本特有の湿度で不快指数は高いが、これぞ日本の夏という奴だと俺は思う。マイエンジェルの1件も落着し日本に戻って来た俺は、このところ平和な夏休みを送っていた。

 

 そのまま敬礼をするように額を隠し太陽を見上げると、きっかし天辺にある。つまりは昼時という事で、俺は少し外食をしようと出かけているのだ。俺が行くところとすれば、五反田食堂しかあるまい。なんかたまにじっちゃんの飯が恋しくなるんだよねぇ。定休日とかでは無ければ良いけどなぁ。

 

 そうして歩いていれば、あっという間……って程ではないけど、いつ見ても下町情緒あふれる五反田食堂が見えてきた。夏休みという事とお昼時という事の相乗効果か、店は繁盛しているらしい。もしかしたら、すぐに座れないかも知れない。じっちゃん……レディファーストとか言って客を蹴散らさなければ良いけど。

 

(むぅ……もしそうなら仲裁だな。)

 

 俺がそんな覚悟をしながら暖簾をくぐると、予想通りに席は満員だ。忙しいというのは容易に想像がつくが、店内に弾くんと蘭ちゃんの姿が見当たらない。あぁ、イッチーが今日は弾くんと遊ぶとか言ってたっけ……。じゃあ蘭ちゃんは、まさかとは思うけど逃げたとか?明らかに修羅場だし、俺で良ければ手伝おう。俺はじっちゃんへと近づいてみる。

 

「おぅ嬢ちゃん、良いところに来たな。ちょっくら頼まれてくんねぇ。」

(がってんでぃ!厨房の手伝いならいくらでも……。)

「気持ちは嬉しいが、店のこたぁ良いんだ……そりゃ俺の仕事だからよ。こいつをあの馬鹿に届けてやってくれ。」

 

 事情を聞いてみると、どうやら弾くん達は朝から釣りをしに遊びに行ったらしい。そう言えば東京湾付近に埠頭公園とかあったね。で、昼食は弁当をじっちゃんが作ってくれたみたいなんだが、弾くんはそれを持って行き忘れてしまったようだ。まぁ弾くんらしいっちゃらしいかなぁ。

 

(うん、任せなじっちゃん。昼抜きは可愛そうだし、弁当も食べないと勿体無いからさ。)

「すまねぇな嬢ちゃん、せっかく店に来てくれたってのによ。あいつらが遊びに行った場所だが……。」

 

 俺が肯定の意志を示すと、じっちゃんは眉を潜めて申し訳なさそうな顔つきになった。ハハ……じっちゃんのレアな表情が見られただけでも儲けもんだよ。じっちゃんは手早くメモへと弾くん達が向かった遊び場までの行き方を書くと、それと弁当箱を俺に手渡す。む、大きな弁当箱だな。この大きさなら俺が少し拝借しても問題なさそうだ。

 

「じゃあ嬢ちゃん、頼んだぜ。今度来てくれたときゃサービスすっからよ。」

(ホント!?オッケー、それなら必ず任務を遂行してみせるから!)

 

 タダより高い物は無いと言うが、やはりサービスという言葉には心躍られる。俄然やる気が出た俺は、じっちゃんの頼んだという台詞に確と頷いてみせた。いつまでも俺の相手をしている暇はないようで、じっちゃんはせっせと厨房へ戻っていく。よし、それじゃあ俺も行こうかな。弾くん達の元へレッツラゴー!

 

 

 

 

 

 

「……釣れねぇな。」

「ああ、釣れないな。」

「ズー……フゴー……。」

「……数馬は随分と器用だなぁおい。」

「海に叩き落してやろうかコイツ。」

 

 都内某所の埠頭公園では、一夏、弾、数馬が肩を並べて釣りに興じていた。防波堤のようにせり出た場所へ腰かけ、釣り糸を垂らして早数時間といったところだろう。しかし、3人ともに全く竿にヒットの感触がない。待つのが釣りの醍醐味というのもあるが、流石にこれは暇も過ぎる。

 

 数馬なんかはしっかり竿を握りしめつつ、海に落ちずに寝入ってしまった。妙に穏やかな寝顔が癪に障ったのか、弾が物騒な事を言い始める。すかさず一夏が窘めたおかげか、なんとか数馬は難を逃れたらしい。だが、目覚めて余計な事でも口走れば末路は同じような気もしてしまう。

 

「ってか、数馬が大人しいのにまず違和感が凄まじいぞ。」

「なんか3人で集まんの久々だろ。それが楽しみで眠れなかったんだと。」

「小学生かよ……。でもそっか、そう言ってくれるのは嬉しいかもだ。」

「でもそれ関連の話題に触れんなよ?前回は五月蠅かったんだぜー……。俺を呼べよ!?ついでに黒乃も呼べよおい!……ってな感じで。」

 

 不必要なまでに騒がしい数馬が眠って大人しいというのは、冷静に考えれば珍事に思えた。そう口にすると、事情を知っている弾は苦笑を浮かべながら答える。数馬の楽しみだったという事は純粋に嬉しかった一夏だが、次いで出た言葉に顔をしかめた。黒乃を呼べよ、の部分に反応したのだろう。違和感を覚え問いかけようとすると、それよりも前に数馬が覚醒。

 

「黒乃!?黒乃っつったか今!どこどこどこどこ?!」

「いねぇよ馬鹿、なんだその反応速度。黒乃ってワードはお前を起こす魔法の言葉か。」

「当たり前だろ。そのワードになら死の淵にあっても反応してやるわ!」

 

 黒乃というワードに反応し瞬時に目覚めてみせる数馬。そんな数馬に対して、呆れた弾は辛辣な言葉を並べた。かなりオープンな性格なためか、数馬は兼ねてから黒乃好きを公言している。いつもならば一夏も罵声を浴びせるのに参加するのだが、今は押し黙ったままだ。これは何かあったに違いない。弾はどうした物かと頭を悩ます。

 

「なぁ一夏、最近黒乃とどうなんだ?」

「な、なんだよいきなり!……別になんともしない。」

「その反応……さては何か隠してやがるな!言え、黒乃とどんな羨ましい事を―――」

「うっせぇ、話が進まんだろ。おら、少しどっか行ってろ。」

「だああああぁぁぁぁっ!?」

 

 思い切って一夏にそう話を振ってみると、弾からすれば凄まじく新鮮な反応が返って来た。弾と数馬は共通して黒乃と何かがあったと察知するが、数馬の方はどうにもしつこく聞き出そうとする。弾の目的とはかけ離れているせいか、ついにその背を蹴られ海へ叩き落されてしまった。ここから2人の元に戻るには、それなりの距離を泳いで回り込まねばならないだろう。

 

「てめっ、弾!覚えてろよ!」

「はいはい、覚えとく覚えとく。んで、一夏。なんかあったなら相談乗るぜ。」

「……ああ、サンキュー弾。それがな……。」

「お前っ……溺れ死んだら化けて出てやっからなー!」

 

 弾がいつもと違って親身に相談へ乗る気があるのが伝わったのか、一夏は話す決心がついたようだ。まず前提として、自分が黒乃に惚れているところから入る。ぶっちゃけ弾からすれば解りきった事実なのだが。しかし、昔告白しかけた事があるのは驚きを隠せない。

 

「マジでか、告ったのかよ。」

「いや、未遂っつーかさ……。好きだって言う前に、なんか知らんが逃げられて。」

(あ~……黒乃の悪い癖が出たか……。)

 

 黒乃は自分が一夏にふさわしくないと思っている節があるからなぁ、と弾は内心で呟いた。実際は別に逃げたわけでもなかったりするが……。とにかく一夏の悩みというのは、その経験を含めて黒乃と男女の仲に踏み込めないという点だ。一夏は大きな溜息をついて見せた。

 

「はぁ……。俺も数馬みたくオープンにいかないとダメなんだろうか……。」

「いやぁ、アイツの黒乃好きは一夏のとベクトルが違げぇから安心しろよ。」

「……と言うと?」

「数馬の黒乃好きは、そうさなぁ……アレだ、熱狂的なアイドルファンとかのそれと同じって事だよ。」

 

 アイドルなんて物を応援していたところで、果たして結婚できるだろうか?必ずしも可能性が0%とは言わないが、限りなく皆無に等しい。アイドルファンだって、そんな事は最初から解っている。つまりはそういう事。数馬は何処までいってもファンを超える事はないだろう。

 

「お前、真剣に黒乃に恋してんだろ?だったらそれで充分だっての。変に悩む必要なんかねぇ。」

「だけど……。」

「ちょっとずつ歩み寄って行け。そうすりゃ黒乃も必ず一夏の気持ちを受け止めてくれるさ。」

「……そっか、そうだよな。うん、なんか気分が楽になった。」

「今すぐ貴様らを楽にしてやろうか!?」

「お、戻ったか。よし、んじゃあそろそろ飯にしようぜ。」

 

 弾の言葉が身に染みたのか、どうやら一夏は調子を取り戻したようだ。話が上手くまとまったところに、ちょうど水浸しになった数馬が戻ってきたではないか。数馬は弾の謝罪を期待していたわけだが、アッサリ昼ご飯の話に持っていかれて不服そうだ。騒ぐ数馬を宥めるのを一夏に任せ、弾が荷物をまさぐっていると……ある事に気が付く。

 

「あーお前ら、少し報告しなけりゃならん。」

「お、どうした?まさか飯もってくんの忘れたとか言わねぇだろうな。」

「フッ、そのまさかと言ったら……どうする?」

「なんでかっこつけてんだ!だ~……出たか、弾の誰得おっちょこちょい。」

 

 どうやらようやく弁当を持ってくるのを忘れた事に気が付いたようで、弾は少し申し訳なさそうに口を開く。しかし、最初から見抜かれていたせいか後は開き直り半分だ。数馬が困ったように額を押さえると、弾は更にかしこまる。どうやら自分が少し抜けている自覚はあるようだ。

 

「あぁ……マジで悪い。ちょっくらコンビニでも探してなんか買ってくるからよ。」

「ったりめーだろ!弾の奢りな。」

「ハハ、まぁそれくらいはしてもらわないとだよな。」

(やっほー。皆さんお揃いで。)

「「「うおわああああっ!?」」」

 

 数馬を海に叩き落しておいての体たらくが弾の畏まりには関わっているようだ。それを知ってか知らずか、落とされた方は妙に強気である。一夏も数馬の提案に悪乗りし、さぁ急いで飯の確保だという折にサプライズゲストが現れた。先ほどまで話題に上がっていた黒乃その人。黒乃が本気で気配を消していたおかげか、3人は大層驚いたようなリアクションを見せる。

 

 その手に持っている弁当箱に気が付いたのは弾である。それだけでわざわざ届けに来てくれた事を理解したが、追加でメモ書きを弾へと渡す。そこには、厳の言伝が……。内容は偶然店に来た黒乃に配達を頼んだという事と、後で覚えとけよという事である。数馬のと違い、本気で生命の危機を覚える弾であった。とはいえ―――

 

「サンキューな、マジで助かった!」

「流石は控えめに言って天使なだけはあるぜ……。」

(うぐ……やっぱカズくん苦手かも。)

「まぁとにかく、これで問題も解決したんだし……今度こそ飯にしようぜ。」

 

 心からの感謝と共に頭を下げる弾。そしてオープンな発言で妙に納得したように頷く数馬。感謝の気持ちは素直に受け取った黒乃だが、数馬のこういった部分を苦手としているため……密かに一夏の背に隠れる。ともあれ一夏が音頭をとったため、明確な拒否は示さずに済んだらしい。

 

「あ~……。の前に、なんか飲み物が要るな。近くの自販機で俺と数馬が買ってくるからよ、2人は釣りでもしながら待ってろよ。」

「はぁ!?なんで俺が……。俺だって黒乃と一緒に―――」

「良いから行くぞおら。……一夏!」

「だ、弾……お前……!」

 

 いざ飯だと言うのに、弾がまるで思い出したかのようにそう言った。凄まじくわざとらしいその様に、一夏は疑問が尽きない。……弾がサムズアップを見せるまでは。一夏は理解した。成り行き上とはいえ、弾が少しでも自分と黒乃を2人きりにしてくれようとしている事を。一夏は思わず目頭を熱くしてしまう……。

 

(釣りなぁ……。インドア派だったし、なんか新鮮かも。)

「あ、と……釣りって初めてだったよな?俺がいろいろ教えるからさ。」

(うっす、ご教授お願いします!)

 

 弾が数馬を引き連れ離れていくと、黒乃は寝かせてある竿を拾った。意外にもやる気があるらしい。一夏は良いところでも見せようと気合が入っているようだが、空回りに終わる気配が漂う。そんなこんなで、波の音に耳を傾けつつ釣りが始まった。勝手が解らない黒乃が一夏に釣り糸を飛ばしてもらいしばらく……。

 

(キターッ!)

「も、もうか!?俺達の時はうんともすんとも言わなかったのにな……。」

 

 釣り竿にピクピクと震える感触を覚え、更には先端から大きくしなった。釣り初心者の黒乃でさえ、ヒットを確信せざるを得ない引きだ。持ち前の豪運があってとは知らず、黒乃は興奮を抑えきれない様子でリールを巻いていく。やがて釣り針に引っかかった魚が、海面からその全貌を露わにした。

 

(見て見てイッチー、今晩のおかずゲットー!)

「おっ、メバルだな。シンプルに煮つけってところか……。」

「パスタ作れる。」

「そうなのか?じゃあ、せっかくだしお願いしよう。」

 

 黒乃が釣りあげたのは、鮮魚市場でも十分売り物になりそうなメバルだった。一夏に晩御飯の事を考えながら見せつければ、そちらも似たような内容に思考が動いていたようだ。なんとも一夏らしく和食として調理する算段が付いていたが、それは黒乃の言葉で粉砕される。

 

 一夏も惚れた女の子からそんな提案が出れば嬉しいだろう。早速黒乃お手製のシーフードパスタへ想いを馳せながら、2人は釣りを再開。そして、そこからが凄まじかった。爆釣、爆釣、猛爆釣。黒乃はまさに入れ食い状態で、早くも2人で食べきるには無理が出始める量だ。

 

(いやぁ、これだけ釣れると楽しいね!ダッハッハ!)

「黒乃は何やっても大抵上手く行くよなー……。……おっ!?っしゃあ、こっちもキタぞ!」

(む、イッチーは手が離せず……。ならば自分でやってみるか。)

 

 黒乃が釣り針から魚を外し始めたのと同時に、今度は一夏にもヒットが。釣り糸を投げてもらうのはいちいち一夏にやってもらっていた……というか、率先してやっていた。わざわざ一夏が魚を釣り上げるまで待つ必要がないと判断したようだが、それこそが過ちである。不器用なのか何なのか、釣り針を服に引っ掛けてしまうではないか。

 

(あ、ありゃ……。慣れない事をしてるとは言え、これは少し情けないかも……。)

「ん、引っかかっちまったのか?ちょっと待ってろ、今外してやるから。」

 

 黒乃がなんとなし羞恥を感じながら釣り針を外そうと四苦八苦していると、無事に魚を釣り上げた一夏が異変に気が付いたようだ。すぐさま黒乃を助けようとするが、これがなかなか上手くいかない。釣り針の引っかかっている位置が胸元という事も大きく関係していそうだ。すると、ついに恐れていた事態が起きてしまう。一夏の手が黒乃の胸に当たってしまったのだ。

 

(んっ……!)

「わ、悪い!えっと、今のはわざとじゃ……。」

(いやそれは解ってるから!釣り針しっかり掴んだままそんな引っ張ると―――)

 

 その感度の高さゆえか、少し強めに一夏の手の甲で押さえつけられると身体をピクリと反応させてしまう。その反応に対して軽くパニックに見舞われたのか、一夏は慌てて手を引く……釣り針を強く撮んだままだ。すると神の悪戯か……。黒乃の服は、ビリィ!と盛大な音を立てながら……裂けた。

 

「「…………。」」

「うおおおおっ!?すまん……本っ当にすまん!ほらあれだ黒乃とりあえずこれ着ろ!」

(ちょぉーちょちょちょ!ちょっと落ち着こうかイッチー!じゃないとバランス崩し……いぃ!?)

 

 胸元から大きく裂けた部分からは、モロに黒乃のブラが露出してしまう。ちなみに色は水色。なんて呑気な事を考える余裕は一夏にはなく、慌てて自らが着ていた上着を脱いで黒乃に着せようとした。しかし、慌てた際の強引さが悪影響だったようだ。一夏を何とか落ち着かせようとした黒乃は足をもつらせ前のめりに倒れ、一夏も突然だったせいで対応が遅れてしまう。そしてそのまま真後ろに倒れる。……顔面に黒乃の胸を押し付けられながら。

 

「ごふぅ!?」

(わーっ!?す、凄い音したけど……。だっ、大丈夫かイッチー?!)

「な、なんかもう……ある意味幸せだ……うん……。」

(イッチー……?イッチイイイイイイッ!?)

 

 ほんの数秒とはいえ、黒乃の巨乳に顔面を圧迫されたわけで……。健全な男子である一夏としては、我が生涯に一片の悔いなし……といったところか。頭の打ち所が悪かったのか気絶してしまったが、寸前の台詞が死に際を思わせる。そのせいか黒乃は慌てて一夏を揺さぶった。

 

(お、落ち着け……。呼吸……オーケー。脈も……正常。はぁ〜……びっくりしたぁ!気絶してるだけみたいだ……。)

 

 いろいろと不幸が重なったとはいえ、一夏がこうなったのは確かに自分のせいでもある。責任を感じた黒乃は、とにかく一夏を介抱する事にしたらしい。一夏達の荷物を物色すると、狙い通りに保冷剤とタオルを見つけた。保冷剤をタオルで包むと、頭を打った患部へ優しく当てる。

 

(あ、とりあえず服は借りるねイッチー。)

 

 自分の下着が露出している事を、黒乃はようやく思い出した。脱ぎ捨ててある上着を身につけようとするが、男性用という事もあってか前が閉め辛い。理由はお察しである。悪戦苦闘しながらボタンを止め終わると、再び視線を一夏へと戻した。すると黒乃は、一夏の頭を自分の膝に乗せる。

 

(うぅ……イッチー本当に申し訳……。)

「……少し放置したらどうして気絶するような事態になるんだ?」

「や、野郎……黒乃の膝枕……!」

(おお、2人共お帰り……。)

「まぁ、後で一夏から聞くから黒乃は気にすんな。そいつもいつ目ぇ覚ますかわかんねぇし、俺らはもう飯にしようぜ。流石に腹減っちまってしょうがねぇよ。」

 

 せめて早く一夏が良くなればという願いを込めてか、黒乃はその頭を優しく何度も撫で続けた。そうこうしていると、自販機で買ったであろう飲み物を持った弾と数馬が戻ってくる。戻るなりこの状況だ。弾のように怪訝な表情を浮かべるのが普通だろうが、数馬はとにかく一夏が羨ましくて仕方がない。

 

 そんな数馬を落ち着けさせる意味も込めているのか、弾は昼飯の提案をした。本当なら一夏を黒乃から引っぺがしたい数馬だったが、腹が減っているのは弾と同じく……渋々といった様子で提案に従う。しかし、一夏が目を覚ますのはこれより更に後の事であった……。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……。」

「落ち込むなって、ピンチはチャンスって言うだろ。」

「でもよぉ……。なんてったってこう……黒乃の胸とかに引き込まれるようなハプニングばっかし起きるんだよぉ……。」

 

 時刻はそろそろ日が顔を隠してしまう時間帯となり、4人は帰路についていた。黒乃、数馬が先を歩き、その少し後ろを一夏、弾といった感じの隊列になっている。何もなければ黒乃の隣は一夏だったろうが、先ほどのハプニングが尾を引いているらしい……。早い話が一夏は落ち込んでいるのだ。

 

「そりゃテメェはそういう星の元に生まれてきたんだよ。」

「……黒乃に嫌われるくらいならそんな星に生まれたくはなかったぜ……。」

「あのなぁ……そんなんだったらとっくに嫌われてるに決まってんだろ。」

「そ、それは……そうかも知れないけどよ。ここからリカバリーできるのか?」

「考えりゃいろいろあるっての。お詫びに服買ってやるとかさ……。喜べ、デートの口実ができたぞ。」

 

 一夏のラッキースケベに関しては、本当に弾の言う通り他ならない。嫌われているのならとっくの昔というのも同じく。しかし一夏としては、黒乃が優しいからこそという認識のようだ。妙なところで黒乃に対してヘタレる一夏に、弾は少しばかり溜息を吐いた。そうして的確なアドバイスを一夏へと送る。この朴念仁は、その手があったかと非常に感心した様子だ。

 

「それにほら、黒乃の様子を見てみろよ。」

「黒乃の……?……なんかチラチラ見られている気はするけど……。」

「どうすりゃ良いかは自分で考えろよ。俺もそこまで世話する気はねぇからな。」

 

 それまでも小声で話していた2人だったが、弾が更に声を潜めた。そうして黒乃の様子を見ろと言う。後ろめたさから黒乃をなるべく視界に居れないようにしていた一夏だったが、ゆっくり目を向けると一瞬だがバッチリと目が合った。これを弾は一夏に誘って欲しいというメッセージを発していると解釈したようだが……実際は全く違う。

 

(ふ、2人共……カズくんをどうにかしてくれぃ……。)

 

 黒乃が視線を送っているのは、単に数馬の魔の手から助けてほしいだけ。先ほどからマシンガントークで発せられる数馬の言葉を右から左へ受け流し、適当に相槌を打ってはいるが……そろそろ限界が近いようだ。一方の一夏も行動へ移し始める。弾の言葉とは違い、考えるよりもまず体が動いてしまったようだが。

 

「黒乃っ。」

「うし……それで良いんだよ、それで……。んじゃ、俺ら先帰っから。後はごゆっくりどうぞ、お2人さん。」

「なっ、ちょっと待てよ!この機会逃したら次いつ黒乃と会えるか―――おい!聞いてんのか弾!」

 

 1歩大きく前へと出た一夏は、黒乃の腕を軽く掴んだ。それに伴い自然に2人の足は止まった。勿論数馬は抗議に入ろうとするが、それは弾に阻まれる。肩を組むようにして強引に数馬を牽引しながら先へ先へと進んで行く。その背中は、なんとも男らしい背中であった。

 

(ふぃ~……助かった……。なかなかのコンビプレーだったね、イッチーに弾くんってば。)

「黒乃。今日はその、服破いちゃって本当に悪かった。だからさ、明日……一緒に服を買いに出かけないか?俺に弁償させてくれ。」

(へ……?い、良いよ良いよそんなの!たかが1枚破れちゃったくらいで……。)

「いや、それだと俺の気が済まないんだ。頼むから、な?」

 

 普通に救済のメッセージが通じたのだと安心していると、予想外な話を持ち掛けられ黒乃は混乱した。一夏はやはりデートとは明言できずにいたが、なんとか弾のアドバイス通りにはいっただろう。何か真剣な様子の一夏に気圧されているのか、黒乃は必要以上に首を大きく左右へと振る。

 

 必要ないという意思を示せば、逆にお願いだから弁償させてくれと返されてしまう。元より人の頼みを断るのを苦手とする黒乃からすれば止めに等しい。更に厄介なのが一夏が頑固という点だ。もはやオーバーキル気味である。黒乃に残された選択肢は、首を縦に振るくらい。

 

(そ、そこまで言うんなら……。)

「なんか悪いな、押し付けるみたいで。けど……義務感とかそんなんじゃないからな。」

(えっと、どういう意味かな……?)

「どっちかって言うと、黒乃に……服をプレゼントしたいって思ってる……。」

(あ、あぁ……うん……。ありがとう、嬉しいな……。)

 

 義務感からそんな事を言うのではないと一夏は言う。その真意が解らなかった黒乃は首を傾げて見せた。一夏は目を逸らしながらだが、積極的な台詞を吐く。義務感ではなく、ちゃんと自分の気持ちが伴っているのだ。そんな事を真剣に言われた黒乃は、自然と顔が熱くなってきてしまう。

 

「じゃあ……帰るか。」

(うん、そうだね……。)

 

 一夏は黒乃に手を差し出す。黒乃は何の躊躇いもなくその手を取った。繋ぎ方はいつものように恋人繋ぎ。黒乃に照れの反応あり……。本人に自覚があるかは定かでないが、確実に2人は歩み寄っているだろう。果たして相思相愛と呼ぶにふさわしい状態になるのは、いったいいつになるのやら……。

 

 

 




黒乃→イッチー……弾くぅん……助けてぇ……(チラッチラッ)
弾→ほれ見ろ、黒乃が期待する視線を送ってるじゃんよ。


ウチでは数馬くんはこんなキャラで。原作の弾寄りでしょうか?
まぁ扱いが雑過ぎた気がしなくもないですけど。
作品によって数馬は違いがあって面白いですよね。

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