八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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デュノア社潜入大作戦パート2です。
あと1話で決着がの予定なのですが、ここで切って来週続きというのもアレなので……。
という事でして、月曜日まで続けて更新しようと思います。


第56話  デュノア社潜入大作戦!Ⅱ

「では、ワタシ達するべき事を確認しまス。はい、一夏サン!」

「え、えっと……。まず俺達が先に清掃員として潜入。監視カメラに障害を起こさせて、最後にコレを仕込んで終わり……で良いんですよね?」

「YES。割とやること自体は簡単デス。」

 

 作戦会議を終えた俺達は、鷹兄達とは別行動となっている。現在は、清掃会社の社用車らしい大型のバン内にて再度作戦の確認をしていた。……清掃会社には、袖の下を渡したりしたのだろうか。エヴァさんも暴力は最終手段と言っていたけど、賄賂は賄賂でどうなんでしょうかね。

 

「ところでですけど……1つ問題ありまス。」

「始める前から何か問題が!?エヴァさん、それっていったい……。」

「それはですネ……。黒乃サンのダイナマイトバディが隠しきれてない事デース!」

 

 エヴァさんが急にシリアスな雰囲気を出すから何事かと思ったが、俺を指差しながらそんな指摘をされた。既に清掃員の服装に着替えてはいるが、確かに胸のとこがキツイなぁとは思ってたけど。イッチーからすると予想外な事のようで、お笑い芸人よろしく盛大にズッコケた。

 

「いやいや、重要な事ですヨ?変装する際特徴なければないほどベストです。黒乃サンのお胸、明らか浮いてマス。」

(へ~……そんなもんなんだ。)

「お、おもむろに寄せて上げるな!女の子なんだから自重しろ!」

「仕方ありませんネ……。黒乃サン、布巻いて抑えちゃいまショウ。」

 

 男なら思わず目がいってしまうバストってのは自覚がある。けど、まさか潜入の邪魔とかは考えもしなかった。そう思ってついグイッと両腕で支えるように寄せて上げると、イッチーは顔を真っ赤にしながら止めろと言うではないか。……なんだか、ここのところイッチーのリアクションがおかしい気がするなぁ。

 

 とにかく、俺は特に正体がばれてはいけない。念には念をと言う事で、サラシのような物を巻いて対処する事に。当然ながら車内で行うわけで、イッチーには明後日の方向を見ていてもらう。俺がエヴァさんに巻いて貰っている間、イッチーはずっとブツブツと何か言っていた。頑張れ俺、想像するな俺……とか言ってたような。

 

「か、完成デス……。本当に大きいですね……てこずりましたヨ。」

(い……息がし辛い……。というかコレ、ドMの俺にはいろいろまずいような気が……。)

「黒乃……息が苦しいのか?辛いだろうけど、正体がばれるより全然良いから我慢しような……。」

 

 あ、すんません……確かに息は苦しいんですけど、はぁはぁ言ってるのはどっちかというと若干の興奮を覚えているからでして、そんな心配されるとなんか申し訳ないと言いますか。イッチーがそうやって優しく俺の背中をナデナデするもんだから、同意の意味を込めて首を縦に振っておく。

 

「じゃあ……後コレ被って完成デス。」

「おお、映画で見た事あるぞ。」

「基本中の基本だったりしまス。ちょっとテクニック効かせて二重に被ったりもしますネ。」

「なるほど、すぐ下の顔が本物だと思わせるんですね。」

 

 エヴァさんが俺達に渡したのは、まるで人の顔の皮みたいな覆面だ。ル〇ンだったり怪盗〇ッドだったりが使っているのが有名かな。でも……それこそ本職の人達みたいに声は変えられない。覆面の様子を見るに、これは中年ほどだ。俺はそもそも喋れないが、イッチーは声を出したらアウトに近い。

 

「ああ、一夏サンはこれもどうゾ。変声機ですから何処か口元付近に仕込んで下サイ。」

「フィクションの中でしか見ない物が次々と……。」

「鷹丸サン、そういうの実現化させるの得意デス。まぁワタシはセルフで可能ですけどネ。」

 

 あ~……潜入用にいろいろ作って貰ってるって、つまりはそういう事か。だったら監視カメラ無効化も、社長室周辺に設置するこれとかも鷹兄お手製ってこった。マジですげぇな鷹兄。別に侮っているわけではないんだが、どうしても日頃の態度を見ていると凄さが垣間見えないというか……。

 

「では……覚悟はよろしいでしょうカ?もう後戻りできませン。」

「大事な友達の為ですから、覚悟なんて前からできてます!」

(言うだけ野暮って奴ですよ。)

「……解かりましタ。ワタシ、もう何も言いまセン。そろそろ時間ですから……行きまショウ。」

 

 基本的にビビりでヘタレな俺だが、流石にフランスに来てまで尻込みする事はない。何よりイッチーの言う通り、マイエンジェルを真の意味で助ける為なのだから。威勢よく答えるイッチーと、無言をもって答える俺。そんな俺達を見てか、エヴァさんは力強く頷いてみせる。そして、エヴァさんを先頭に意気揚々と車外へと飛び出た。

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ時間だね。じゃ、行こうか。」

「確認とかしなくて大丈夫なんですか?」

「うん、向こうから反応が無い限りこっちからの接触は避けないと。」

 

 黒乃達が先に潜入してしばらく。鷹丸とシャルロットは、別に用意されていた高級車の社内にて、自分達の行動開始時間を待っていた。シャルロットも覆面、変声機、黒髪のウィッグ、カラーコンタクトを着けて完璧な変装だ。だが、自分達が完璧でも……黒乃達が上手くやっていないと全てが台無しとなる。

 

 向こうから準備が整ったという報告が無いにしても、アポを取っているせいで行動開始の変更は効かない。鷹丸としてはエヴァを信用しているので、特に不測の事態は起きていないと想定していた。シャルロットは少しばかり不安そうだが、鷹丸にそう言われては同意せざるを得ない。

 

「これからしばらく常盤さんって呼ぶけど、しっかり反応してよね。今のキミは僕の秘書なんだから。」

「あっ、は……はい!」

 

 シャルロットは、鷹丸に同行した社長秘書という体で此処に居る。常盤と言う苗字は、本来の秘書である鶫から流用しただけだが。そうして2人はデュノア社に足を踏み入れると、受付へと真っ直ぐ向かってアポの確認を取った。実際に鷹丸が訪れるのは事実なので、すんなり通される。

 

 もっとも来社した目的は商談なんかではなく、知っての通りシャルロットと父親を引き合わせる為だけのものだ。とにかく、2人は受け付けも同行しつつ社長室へと案内される。位置は当然のように最上階で1番奥。シャルロットは、訪れたのが初めてでは無いだけに妙に懐かしく感じた。

 

「社長、近江様とお連れの方がいらっしゃいました。」

『そうか……。通してくれ。』

 

 受付嬢が扉越しにそう告げると、中からは渋めの声が聞こえた。シャルロットからすれば、紛れもなく実父の声。内心たじろいでしまうが、なんとかそれを抑え込み鷹丸と共に入室する。2人の姿を確認したデュノア社長は、デスクから立ち上がって歩み寄る。

 

「近江重工社長の近江 鷹丸さん……ですね?会えて光栄です。私がデュノア社の社長、アルフレット・デュノアです。」

「これはご丁寧にどうも。ですが、僕のような若造にお気遣いなく。所詮は社長代理ですし……。」

「貴方の噂はかねがね。十分に敬意を払うべく人物であると認識していますよ。」

「そうですか、有難うございます。あぁ……こちら、僕の秘書をやってもらっている。」

「常盤 鶫と申します。」

「ええ、よろしく。」

 

 焦げ茶の髪色に翠色の目をした男は、アルフレット・デュノアと名乗った。明らかな年下である鷹丸に対して敬語で接するが、決して下手に出るような印象は受けない。自分に対して敬意を抱いているという言葉も、本心からであると鷹丸は考える。母国語でなく日本語で喋っているのも証拠の1つだろう。

 

 そして肝心なのは、シャルロットの変装が見破られるかどうかだ。様子を見るためにシャルロットに挨拶させたが、全くと言っていいほど気付いていないらしい。それはアルフレットが薄情なのではなく、まさか娘が変装して訪ねてくるなど想像もつかないからだ。良い調子に2人は、何の問題も無くソファに座らされた。

 

「それで、商談があって私の元を尋ねたとの事ですが。」

「無礼を承知で言いますが、現在のデュノア社は経営不振にある。それはイグニッション・プランの影響で資金援助が受けられない背景が大きい……違いますか?」

「いいえ、全面的に肯定です。その点、イギリスとドイツには大きく差をつけられてしまっている。イタリア製の機体であるテンペスタが台頭した暁には……ウチはどうなるか解った物ではない。」

「オフレコでお願いしたいんですが、だからこそ僕はイグニッション・プランに関して良いイメージが無いんです。本当は資金面で辛い国家にこそ援助をすべき……。そうすれば、世界の技術はもっと躍進すると僕は思います。」

 

 ここまで鷹丸が語っているのは、あくまで本心である。シャルロットにもほぼ同じ内容の話をした。そうでないと、こちらの目的を見透かされると鷹丸は考えている。鷹丸には、アルフレットが無能であると思えない。実際に本人を目の当たりにして、そのイメージはますます強くなった。

 

「僕らにはそれなりの実績と、その実績で得た利益があります。そこで僕が考えたのは―――」

「こちらが資料になります。」

「…………。資金援助に技術提供……!?失礼ですが、そちらに何の利益があってこのような話を?」

「金持ちの道楽……と思っていただいても結構ですよ。僕は自らの欲求を満たすためには、金に糸目はつけない主義なんです。」

 

 シャルロットが差し出した資料を受け取ると、アルフレットは目を見開いた。何故なら、そこには無償で資金援助と技術提供をデュノア社にするという風な内容が書かれていたからだ。鷹丸の想いは本物だが、企画書は真っ赤な嘘だ。流石に自由な会社経営がウリと言えど、こんな相談を幹部達として意見が通るはずもない。

 

「……この話、イタリアの方には―――」

「いえ、まだこちらにしか。デュノア社も現状は別として、射撃型量産機としてラファールを開発した実績がありますから。試験的……と言えば気に障るかもしれませんけれど。まぁ……先行投資だとでも思って下さい。」

「貴方は……それで確実にこちらへ利益が出ると?」

「はい、出るでしょうね。それこそ実績の裏付けですよ。近江重工の利益は……全部僕の頭(ここ)に詰まってますから。」

「…………。申し訳ない、少しだけ考えさせていただきたい。」

 

 鷹丸は自分に自信を持ってはいるが、自意識過剰なんて事は全くない。この会話の中で尊大な態度を崩さないのは、こちらに利があるからこそだろう。どこか高圧的に話を進める事によって、双方の力関係をハッキリさせるという交渉においては常套手段を用いているのだ。

 

 そしてアルフレットは目元を押さえるような仕草を見せると、鷹丸の了解を得ずにデスクの方へと移動した。そしてノートPCを操作して、何やら深く考え込んでいる様子だ。時間稼ぎとしては十分。鷹丸は内心でほくそ笑むと、タイミングよく携帯が鳴った。

 

ピリリリリ……

「おっと失礼。……出ても構いませんか?」

「勿論。こちらも失礼しているのですから当然です。」

「ではお言葉に甘えて。……もしもし。」

『鷹丸サン、準備整いましタ。けど、そう長く持ちまセン。手短にお願いしまス。』

「……了解。」

 

 どうやらエヴァに引き連れられた工作班は、事を上手く運んだらしい。真剣に悩んでいるアルフレットには申し訳ない気でいっぱいだったが、鷹丸は準備が整った事で早速だが作戦を実行に移す。携帯を操作すると、エヴァ達が社長室周辺に仕掛けたある機械を作動させ……アルフレットへと話しかけた。

 

「デュノア社長。僕は貴方に謝らなければならない。」

「…………それはどういう意味でしょう。」

「それは今に解ります。さぁ……もう良いよ。」

「……解かりました。」

 

 鷹丸の言葉に、アルフレットはとてつもなく怪訝な表情をを見せた。嘘の商談を持ちかけた事や、変に期待を持たせた事だってそうだろう。しかし、それでも鷹丸は止まらない。何故なら今の鷹丸は楽しくて仕方がないからだ。非現実的な企業への潜入任務を体験できているのだから、鷹丸が興奮しないはずがない。

 

「久しぶり……お父さん。」

「シャルロット……馬鹿な、貴様!?」

「とある原因で彼女の正体を知ってしまいましてね。事情を聞いた末に僕が提案したんです。キミ達親子の話し合いの場を、僕が整えてみせる……とね。」

 

 正体を晒したシャルロットに対し、アルフレットは動揺をまるで隠せないでいる。鷹丸はアルフレットが冷静でない内に、そんな事を言い出した。恐らくは、責任は全て自分にあると印象付けさせる為の処置だろう。だからこそあの前フリだったのかと、アルフレットは鷹丸を睨みつける。

 

「くっ……!」

「ああ、言っておきますけど……無駄な抵抗は止めた方が良いですよ。この空間で貴方は電話をする事が出来ない。」

「…………!」

「逆に、外部から貴方への通信は全て―――」

ピリリリリ……

「僕の携帯に繋がるようになってますから。」

 

 これぞ工作班が社長室周辺に仕掛けた装置の効果だ。電波障害を発生させ、更には通信先も思いのままに操れる空間を作り出す。鷹丸の携帯が無事なのは、特別仕様であるから。実際に受付嬢からの着信が鷹丸の携帯に届いたのを見て、その言葉に嘘は無いと確信した。

 

 変声機を使ってアルフレットの真似をすると、しばらくは社長室周辺に誰も近づけさせない事、しばらくは電話もかけない事を伝える。これでアルフレットは、事実上外部への連絡手段を断たれたのも同然だ。苦い顔と余裕の笑みが1室に混在する。

 

「監視カメラで私の異変に気が―――」

「つきませんよ。今ごろ監視カメラには、僕らが真剣に話し合っている様子しか映っていないでしょうから。」

 

 こちらも工作班が仕込んだ事で、動いたのはエヴァだ。あのバカげたキャラで監視カメラのモニタールームに誤って入ってしまったかのように取り繕う。その際に同じような機械をさりげなく設置し、後は鷹丸が起動するのを待つ。監視員が唯一気が付いた異常と言えば、モニターにノイズが走った程度の事だろう。

 

「……誑かされたか?私を陥れる為に!」

「違うよお父さん!僕は……ううん、私はただお父さんと話したいだけなんだ!」

「話す……何をだ?」

「どうして私が産まれたのか……。私は……お父さんとお母さんが、愛し合って産まれた子なの?」

「ハッ!何かと思えば……そんな馬鹿げた事の為にこんな愚行に走ったのか。ならば答えてやろう……。お前の母など1夜限りの火遊びに過ぎん!まさかガキが出来てしまっていたとは思わなかったがな……。言わばお前は不倫の証拠のような物だ。」

「そ、そんな……!」

 

 追い詰められた状況であろうアルフレットは、それまでの紳士的な様相をかなぐり捨てて喚いた。あまりにも清々しく放たれる侮蔑の言葉に、シャルロットは絶望したかのように顔色を蒼白い物へと変えていく。これには鷹丸も、少しだけ表情を厳しい物に変えてアルフレットを見据えた。

 

「だからこそ、自身の扱いで察したろう!?だからこそ利用しようとしたんだよ。デュノア社再建の礎となって貰うべくな。だが……それがこの様だ!お前のような汚点でも少しは役に立つと思っていたが……所詮は私の言葉に騙されたような愚かな女の産んだ子だと言う事だったようだな!」

「そんな……そんなのってないよ……!お母さんは……ずっとお父さんの事を……!」

「そんな女だから愚かだと言ったんだ。シャルロット……貴様は私の所有物だ。解ったなら大人しく―――」

「嘘。」

 

 その時だった。空気を斬り裂くような、そんな声が社長室に響き渡る。嘘。そのたった一言には、どんな意味が込められているだろうか。それは単純明快。アルフレットの言葉が全て嘘であると言う事。まるで全てを悟ったかの如く、そんな声色で嘘と発声したのは……藤堂 黒乃だった。

 

「へ……?く、黒乃……なんで素顔を晒してるの!?」

「本当……嘘って言いたいのはこっちだ。黒乃ちゃん、キミはどういうつもりで―――」

「…………。」

「……いや、キミの事だ。何か考えがあるんだろう?それなら僕は何も言わないよ……。」

 

 手筈通りに清掃員の格好をしているが、黒乃の顔は素顔そのものだった。何度も言うが、黒乃は日本国の代表候補生である。そんな黒乃が今回の件に加担したとなると、デュノア社長はどう出るか解った物ではない。それでもこの場で素顔を晒していると言う事は、鷹丸には何か考えがあるのだと思わせた。

 

 黒乃の独断を良しとしない表情を見せた鷹丸だったが……それは止めた。黒乃の思う通りに、黒乃の好きなようにさせるのが1番と判断したのだ。それに肯定も否定もしないが、黒乃はしっかりとした足取りでゆっくりとアルフレットへと近づいて行く。

 

「藤堂 黒乃だな……?貴様、こんな事に力を貸してどうなるか解っているのだろうな!?」

「嘘。」

 

 黒乃は我を通す。まだこちらの質問に答えていないと、そう主張するかのように同じ言葉を繰り返した。迷いのない真っ直ぐな瞳……。呑みこまれそうな黒色の瞳に、アルフレットは徐々に毛色の違う動揺を見せ始める。そしてアルフレットは……嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

(よぉし……これで最後だな。)

 

 遡る事数分前。黒乃は一夏と手分けして、社長室を取り囲むように通信障害を発生させる装置を取り付けていた。ほんの小さな正方形をしたチップのような見た目で、壁に貼り付ける事が出来る。しかも壁の形状に合わせて保護色する機能も備えているのだ。あまり長く持たない仕様だが、気付く事はまず不可能に近い。

 

 自分が担当した最後の箇所に装置を張り付けると、黒乃はすぐさま撤収の準備をする。ちなみにエヴァは、モニタールームへ潜入している頃だ。つまり、先に黒乃と一夏が合流する手筈になっている。黒乃は人の目が無いか確認しつつ、合流ポイントへと向かった……のだが。

 

(あるぇ~……おかしいな?確かこの道順であってるはずなんだけど……。)

 

 社長室のあるフロアは、どこか似通った見た目の通路が続く。早い話が黒乃は……迷子になってしまったのだ。迷子というのは焦りからくる要因も大きく、同じ道を行ったり来たりしてしまっている事にも気づけない。ようやく迷った事を自覚した黒乃は、苛立ちと共に被っていたウィッグを地面に叩きつけた。

 

(ええい、社長室とか会議室しかないくせに……何でこんなに広いんだよこのフロアはああああ!)

 

 デュノア社の規模に文句を言い始める始末である。そもそも黒乃は迷子になり易かったりするのだが、そこに関して本人はあまり自覚はしていない様子だ。しかし、潜入任務であるこの状況で焦り過ぎるのは良くない。そうは思っているのか、息がし辛い状態ながらも呼吸を整える。

 

(落ち着け、落ち着けよ……。落ち着いて今やれる事をしよう……。……顔痒い……。)

 

 落ち着いているようで全然落ち着けてなどいない。それこそが中の人クオリティである。焦った拍子に汗をかいて、それが蒸れて覆面をしていると頬が痒かったのだろう。そこで顎の方から覆面の内側へと指を滑り込ませ、器用に頬を掻くのだが、そんな事をすれば……覆面が千切れるのも必至である。

 

(ほわああああっ!?ち、千切れたああああっ!)

「…………!」

「…………!」

(あ、足音と人の声!?社長室のあるフロアには誰も近づけさせない段取りじゃ……。)

 

 薄い皮膜程しかない超繊細な覆面だ、無理をして伸ばしたせいで頬の部分から裂けてしまった。焦った拍子に、黒乃は被っていた覆面を全て剥ぎ取る。そのタイミングで聞こえたのは、確かに人の足音と話し声だった。正体がばれいけない状況で、素顔全開である黒乃が取った行動は―――

 

(仕方がない……この部屋に入ってやり過ごす!)

「黒乃っ!……此処にも居ないか……。合流時間はとっくに過ぎているのに……。」

「……何か不測の事態あって、脱出せざるを得なかった知れませン。臨時用の合流ポイント向かってみまショウ。」

「はい!」

 

 聞こえた足音と話し声は、一夏とエヴァのものだった。いつまでも合流ポイントに現れない黒乃の身を案じ、フロア内を捜索していたのだが……タイミングが悪かったとしか言いようがない。そして、黒乃が入った部屋こそ……紛れもなく社長室だったのだ。

 

「嘘。」

 

 タイミングとしてはアルフレットの言葉に嘘と言ったように聞こえるが、実際のところはこうだ。……嘘ぉ!?鷹兄とシャルロットが居るって事は、もしかしなくても此処って社長室!?嘘おおおおっ!?……と言った感じ。相変わらずの残念っぷりである。

 

「へ……?く、黒乃……なんで素顔を晒してるの!?」

「本当……嘘って言いたいのはこっちだ。黒乃ちゃん、キミはどういうつもりで―――」

(ち、違うんだよ鷹兄……。)

「……いや、キミの事だ。何か考えがあるんだろう?それなら僕は何も言わないよ……。」

(へぁ?いや……考えなんてないんすけど……。)

 

 鷹丸が珍しく非難するような言葉を放つせいか、黒乃はバツが悪そうだ。しかし、次いで出た鷹丸の言葉に素っ頓狂な声を内心で上げる。勿論考えなんてない。だが……自分が色々と台無しにしてしまっている自覚はあった。せめてもの罪滅ぼしにと、黒乃はアルフレットへと近づく。

 

「藤堂 黒乃だな……?貴様、こんな事に力を貸してどうなるか解っているのだろうな!?」

「嘘。」

 

 人の顔色を窺ってかかる癖がある為、黒乃は自分が嘘と放った時にアルフレットの顔色が変わったのをしっかりと観察していた。この言葉にどんな意味が込められているかは知らないにしても、念を押す価値はあると黒乃は考えたのだ。実際のところそれは当たりも当たり、大当たりだったのである……。

 

 

 




黒乃→偶然とはいえ素顔で社長室にイン!?
シャルロット→く、黒乃……どうして素顔で社長室に!?

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