八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第53話 月下の各人

(はぁ……死ぬかと思った。)

 

 無事に花月荘へ生還し、自室に戻っていた黒乃は正座でちょこんと座りながら月を眺めていた。死ぬかと思ったとは、理由は様々。まず1つ、箒達に泣く子も黙るような形相で文句を言われたのだ。捲し立てるように言われ、結局このアホは何が悪かったのか理解できていない。

 

 2つ、千冬に本気で殴られそうになった事。自分の責任で死なせてしまったかと思った妹分が、ケロッと顔して帰ってくるのだから。しかも……無論だが紳翼招雷による一連の流れも目撃していた為、相変わらずの規格外っぷりに怒鳴らずにいられなかったのだろう。

 

 皆の尽力で殴られるのは回避できたが、お説教は免れない。それが3つ目の理由、説教が長すぎて死にそうだった。自分は無断出撃な訳じゃないんだけどなぁ。そんな事を思いながらも聞いていたが、その分千冬を心配させた裏返しだろうと思えば微笑ましい。

 

(しかし、二次移行ねぇ……。)

 

 黒乃は月をじっと見つめながら、首元に着いているチョーカーを弄った。まさか自分がテンプレの如く臨海学校中に撃墜され、テンプレの如く二次移行するとは。その事で生き残れたと言うのもある為、ナイスガッツ、ナイス改心俺と自分で自分を褒める。

 

(でもなぁ……多分1回死んでるよなぁ。)

 

 背中から腹までを貫かれ、あまつさえ海に落ちた。一夏の場合は自己再生に近い形で復活したのに対し、黒乃のそれは蘇生に近い。それは人間としてセーフなのかアウトなのか、自分の身体に異常はないのだろうかと心配性の黒乃。安心して下さい、始めから異常ですよ。

 

『黒乃、少し良いか?』

(ん……イッチー?)

『話がしたくて。その……2人で……。』

 

 足りない脳ミソでああでもないこうでもないと思考を巡らせていると、ふと廊下の方から一夏の声がした。はて、この時間は原作ならば海へ行っていた気がするが。そう考えると箒が寂しい事になっている気がした黒乃だが、わざわざ訪ねてくれて追い返すのもなんだ。

 

「どうぞ。」

『……そうか。じゃあ……入るな』

 

 立つのも面倒。声が出れば御の字と思っていた黒乃だが、無事に労せず一夏を招き入れる事が出来た。首だけ振り向かせていると、恐る恐るとか、恐縮しながらとか、そんな様子で一夏は襖をスライドさせる。そして部屋へと入った途端に、ある物に目を奪われた。月明かりに照らされる黒乃に……。

 

「……綺麗だ。」

(うん、綺麗だよね。満月ってこうさぁ……風流って言うの?)

「あ、いや……今のは違う。聞かなかった事にしてくれ……。」

 

 見返り美人とはよく言ったもので、今の黒乃はまさにそれ。淡くおぼろげな月光を浴び、その光が黒乃の黒髪に反射して……さながら天の川のように見えた。今日は7月7日の七夕。……こんな所にも天の川がかかっているとは。一夏は思わず綺麗という言葉が口から洩れてしまう。

 

 言われた本人は月の事を言っているのだと解釈したらしいが、そんな事を知らない一夏は慌てて取り繕う。話があって来たと言うのに、滑り出しは順調と言えない。とにかく一夏は心を落ち着かせ、ゆっくりと黒乃の隣へ腰かけた。

 

「「…………。」」

 

 一夏が座ってしばらく。2人は何の会話も無くただ月を眺める。だが、静かだからこそ一夏は痛感していた。黒乃と過ごすこういう時間は、とても心地良い……と。だが、一夏は話があって黒乃を訊ねたのも事実だ。このままではいずれ千冬に見つかってしまうと、一夏は静かに口を開く。

 

「黒乃も……二次移行したんだよな?」

(そうだね。刹那・赫焉って名前の機体になったんだよ。かっこよくね?)

「なんかこうさ、人に会わなかったか。俺は小さな女の子と女騎士みたいな人と話をした気がするんだけど。」

(俺の場合は尼さんっぽい人……ってかせっちゃんにあって来たよ。)

 

 黒乃は一夏の問いに対して、どちらも肯定の意志を示した。なかなか原作ではハッキリと明かされているわけではないが、二次移行の通過儀礼のような物だと黒乃は考える。それぞれ出会ったのは、専用機に宿ったコアの人格ではないか……と言うのが有力な説だ。

 

「俺も怪我したんだけど、目が覚めたら全部直っててさ……。」

(それも同じだね。てっきり白式オンリーだと思ったんだけど……ってイッチーどったの?そんなに俺を見つめて。)

「…………。黒乃……。良かった……生きててくれて。」

(ひぅっ……!?わ、わわ……イ、イッチー……。そんな不意打ちは反則です……ぜ?)

 

 一夏は話している最中に思い出してしまった。自分とは違い、黒乃が確実に死にかけたのだという事実を。そんな考えを過らせながら黒乃を見ていると、ついぞ一夏は耐えられなくなった。黒乃を大切に想う気持ちが爆発し、何の躊躇いもなく黒乃を抱きしめる。

 

 その様子は……必死だった。まるで縋るような声色で、良かった黒乃と呟き続ける一夏。その想いは黒乃にしっかり伝わっていた。曲解はせずストレートに。あぁ……この男は、いつもこうやってこんなにも自分の事を大切に想ってくれる。現在進行形で乙女化が進む黒乃は、胸に宿る安心感を肯定的に受け止められていた。

 

(いつもありがとう、イッチー……。)

「黒乃……。」

 

 自分の感謝を何とか伝えられればと、黒乃は一夏を抱き返す。頭を撫でるとか、そんなスキンシップは多々重ねてきた。しかし、抱き着くとなればレアケース。一夏は……自分の胸の高鳴りを抑えられなかった。今自分が黒乃の全てを包み込んでいるのだと思えば、更に鼓動は加速していく。

 

 それと同時に心に宿る欲望も膨れ上がってくる。もっと強く、より強く黒乃を抱き寄せたい。一夏は考えるよりも先に、いつの間にか行動に移してしまっていた。壊れてしまいそうな程に強く、黒乃とより身体を密着させる。しかし、一夏はそこでようやく力が入り過ぎてしまった事に気がついた。

 

「……悪い。いきなりで脅かせたか?痛かったりは……。」

(だ、大丈夫大丈夫……。少しドキドキしただけだか……らぁ!?)

「く、黒乃……!?」

(ぬ……ぉぉぉぉ……足痺れた……!マジごめんイッチー……回復するまで待ってちょうだいな。)

「っ……!?」

 

 あまりに長時間正座をしっぱなしなのが祟ったのか、足を崩して一夏と距離を置こうとした黒乃を悲劇が襲った。足がジンジンと痺れ、バランスを保っていられなかったのだ。黒乃は前に倒れこんだため、一夏を押し倒すような形となる。黒乃からすれば単なる事故なのだが、一夏は頭が追いつかない。

 

 考えても見ると良い。想い人となかなかに良い雰囲気を造り上げた直後のこれだ。眼前に迫る黒乃の顔、胸元がはだけた浴衣からわずかに見える豊満な胸……何もかもが一夏を狂わせる。とりわけ一夏は、ある一点に視線を釘づけにされていた。それは、黒乃の唇。

 

 艶やかで張りがあり、健康的な桜色をした綺麗な唇だ。そう、思わず奪ってしまたくなるような……。黒乃の唇に魅了された一夏は、壮絶な葛藤を脳内で繰り広げる。自身の唇を重ね、その柔らかい感触を確かめたい。いや、何を馬鹿な事を……告白もしていない自分にそんな所業は許されない……と。

 

(ダメだ……自制が……!キス……したい……。黒乃と……!)

(やけに黙るな今日のイッチーは……。……なんかちょっと怖い。)

「黒乃っ!」

(は、はい!なんでしょうか……って……イ、イッチー……顔近くない?)

 

 一夏も健全な男子高校生だ。普段は菩薩メンタルで女子を女子と思わぬように過ごしているようだが、どうやら今回はそういかないらしい。想い人に押し倒された。この事実が溜めに溜めた一夏のナニカを爆発させたのだ。一夏は力強い眼差しのまま、ゆっくりと顔を黒乃へ寄せていった―――その時である。

 

『ちょっ、待っ……!押さないでよ、さっきから普通に痛いんですけど!?』

『どうして私に言う!?お前の真後ろはどう見てもセシリアだ!』

『……それを言うならば、私も先ほどから足が痛いのだがな……箒よ。』

『鈴さんも人の事を言えなくてよ!わたくし、貴女に手を踏まれているのですけれど?』

『あ、あの~……僕はさっきから1度も混ざれてないんだけどな~……。』

「「…………。」」

「悪い黒乃、ちょっとどいてくれ。」

 

 息を潜めてはいるようだが、静かな空間でどうにも聞き覚えのある声が聞こえた。いや、むしろどうしてさっきまで気が付けなかったのかと一夏は頭が痛そうだ。悪い予感が全開ながらも確認をせざるを得ない。そう思った一夏は黒乃を優しくどかせると、勢いよく襖を開いた。

 

「……何やってんだ、お前ら?」

「「「「「あ…………。」」」」」

「あ、じゃない!ちょっと待てよ、事情を説明しろーっ!」

 

 一夏からすれば、絶好のチャンスを潰されたわけで……。不機嫌そうな様子を隠そうともせずに何をしているのかと5人に問うと、韋駄天と称するにふさわしい速度で逃げられてしまう。あまりにも清々しい逃げっぷりに、一夏はしばらく唖然としてしまう。

 

 恐らくだが、5人の内の誰かが黒乃の部屋に入る一夏を目撃したのだろう。そうして一夏ラバーズ特有の情報網により全員にそれが伝わり、監視する態勢に入った。騒がしくなったのは、いよいよ2人がキスをするかしないかの瀬戸際まできたから……といったところか。

 

「はぁ……。黒乃、俺ももう戻るよ。邪魔したな。」

(ええんやで。いつの間にか足の痺れも治ってるしね~。)

「じゃあ……お休み、黒乃。」

「おやすみ。」

 

 盛大にため息をついた一夏は、なんだかいろいろと興を削がれてしまったようだ。襖の近くで振り返ると、爽やかな様子を取り戻してもう戻るという旨を伝える。それに反応した黒乃は、小さく手を振って見せた。そのビジュアルがなんとも可愛らしく、最後に良い物が見れたなと一夏は満足気に去っていった。

 

 

 

 

 

 

「もっしも~し。やぁやぁ、見事に全部落とされちゃったね!……でも失敗じゃないって?うん、それは勿論。成功も成功……今回はこれ以上のないくらいに大成功だよ!」

 

 月明かりの最中、束は崖の淵に腰掛けながら携帯片手に何者かと通話を行っていた。受話器越しだというのに、まるで通話相手本人が目の前に居るかのようだ。喜びを表現する仕草がオーバーで、身振り手振りに見えるせいだろう。そんな崖で暴れられては、どうにも肝が冷えてしまいそうだ。

 

「でもあれはびっくらこいたねぇ。いくら二次移行っていったって、あんな能力備えちゃうなんてさ。えへへ、解る?だからこそ面白いってのはあるんだけど~。」

「……束。」

「あ~……ごっめーん、お客さん来ちゃった。また後でかけなおすー。うん、バイバ~イ!」

 

 束は好奇心旺盛な子供のように、興奮を抑える事なく自らの語りたい内容を通話相手に振った。向こうもどうやら乗り気なようで、白熱した会話が始まろうとしていた矢先の事だ。束の目の前には、難しい顔つきの千冬が現れる。やはり優先順位は千冬が上なのか、手早く通話を切ってみせた。

 

 

「どったのちーちゃん、この天才に何か御用かな。」

「いろいろとお前に聞かねばならん事がある。」

「まぁそう来るとは思ってたよ。白式の事とか?」

「……その辺りは知れた事だ。」

「あ、バレてた?流石は名探偵ちーちゃん!おお、これはアニメ化まったなしだね。」

 

 束がおちゃらけた態度をするのに反比例し、千冬の心内は冷たくなってゆく。白式が白騎士のコアを使っている事はだいたい予想がついていたので、知れた事だと返せば否定は返ってこない。これを肯定だと受け取った千冬は、真に自らが聞きたい事を探ろうと思考を巡らせる。

 

「束、私はな……お前を疑っている。」

「随分はっきり言うねぇ。まぁちーちゃんらしいけど。でもでも、束さんの日頃の行い的に仕方がないかもだけど……。」

「銀の福音の暴走。及び黒乃を襲った5機のIS……。双方か一方か、どちらかにお前が関与している……と思っている。」

 

 本当に怖いくらいストレートな物言いだった。恐らくは、束を前にして変な駆け引きは無駄だとでも考えているのだろう。事実、こうやって聞いてもはぐらかされる可能性が高い。それならそれで千冬は良いと思っていた。最高なのは、嘘でも否定の言葉が出る事を望んでいる。

 

「ん〜……質問に質問で返すけど、良い?」

「……構わん。」

「もし束さんが関わってたとして、ちーちゃんは私をどうするのかな。」

「前者ならば、国際指名手配犯の道楽だと思ってやろう。後者ならば……私はお前を殺さねばならん。」

 

 間違いなく、千冬にとって束は友人だ。それでも、例の5機をけしかけたのが束だとするならば、ハッキリ殺すと宣言してみせる。千冬はそんな冗談を言う性質ではない。それを考慮するならば、間違いなく有言実行するつもりであると束は悟った。それを悟ったうえで、笑ってみせたのだ。

 

「束さんを殺すかぁ。ちーちゃんには無理だね。」

「お前、本気で言っているのだろうな?」

「うん、本気。束さんを殺せるのはね、くろちゃんだけなんだよ。くろちゃん以外には殺されてはあ~げない!」

「…………。」

 

 意味深な事を言い出した束に、千冬は殺気を出して警戒を促す。それでいて、嫌な汗が滲み出てくるのを抑えられない。そうやっていると、ふと思った。自分は、未だかつて束の本気を見た事があっただろうかと。恐らく……本気はあっても、本気の本気はない。

 

 束が本気の本気を出した時、絶対に勝てる保証はない。何も千冬だって弱気なわけではないが、そう思えてならないのだ。今の千冬にできたのは、眉間の皺を更に深くする事くらいだった。そんな千冬の様子を見てか、束はケタケタと笑う。ひとしきり笑い終えると、いつもの調子を崩さず口を開く。

 

「ちーちゃんはさ、この世界を楽しく生きてる?」

「さぁ、人並みには楽しんでいるかもな。」

「束さんはねぇ、こんな世界無価値だと思ってるの。たかだか私とくろちゃんの遊び場ってくらいのもんだよ。」

「遊び場……だと?」

「そう、遊び場。くろちゃんの目的は、私が叶えてあげるって決めたんだ。でもくろちゃんだってタダで殺されてくれるわけじゃないでしょ?くろちゃんは自分の全力をぶつけたうえで、それをうち破ってくれる相手を探してる。だとしたら束さんしかいないじゃん。つまりはね、この世界はくろちゃんと束さんの殺し合いの為にあるフィールドって意味。」

「…………。」

 

 束の言っている意味が解らず聞き返すかのような言葉を千冬が呟く。すると、早口で……壊れたラジオみたくペラペラと束は理由を述べた。篠ノ之 束という人間は、確かに何を考えているのかは解らない。しかし、ここまでハッキリとした狂気を感じるのは千冬ですら初めてだった。

 

「誰にも私の気持ちなんて解らない。私はね、この世界から剥離した存在だから。こんな世界に産まれてくだらない一生を過ごすんだろうな~って思ってた。……けど、くろちゃんが現れてくれた!私と同じく剥離した存在が!世界が一気に見違えたよ……。くろちゃんと殺し合う為に産まれて来たんだって本気で思えた!」

「……もう良い。束……お前はもう手遅れだ。せめて友人として、貴様に引導を渡してやろう。」

「だからちーちゃんじゃ無理だってば。まぁ良いよ。束さんの邪魔するならちーちゃんも―――」

 

 月をバックにそう言う束に、千冬はある種の諦めを感じた。月兎は同種を愛するがあまりに狂ってしまったのだと。黒乃を守ると覚悟はしたが、こうして友人を屠らねばならないとなれば……流石の千冬も複雑な心境である事が見て取れた。2人の間に一陣の風が吹く……その時だ。

 

「月明かりに照らされる美女2人ですか。いやぁ画になりますねぇ。」

「近江、貴様……!?」

「何か用かなボンボン野郎。今大事な話ししてるんだけど。」

「嫌だなぁただの散歩ですよ、さ・ん・ぽ。まぁ話は聞こえましたけどね。僕地獄耳なんで♪」

 

 強風の中、バサバサと白衣をはためかせながら鷹丸が現れた。その両目が鋭く開かれている事を見るに、言葉はともかく真剣な状態という事だろう。しかし、どうにも台詞が嘘っぽく聞こえて仕方がない。特にたまたまここを通りかかったというのは完璧に嘘だろう。

 

「まぁ……せっかくですから僕ももう少しだけ篠ノ之博士とお話とでも思いまして。」

「うっさい。何で束さんが有象無象の話しになんか耳を傾けなきゃ―――」

「朝方に僕は言いましたよね。僕達は解りあえるだろう……って。」

「……ちーちゃん。先にコイツ殺っちゃって良い?」

「諦めろ。そいつはそういう男だ。」

 

 興味のない人間に対する態度をする束だが、そんなの知った事では無いと言わんばかりに鷹丸は我を通す。今までにいなかったタイプだけに、束としては尚の事鷹丸が気に入らないようだ。しかし、変にあしらうと余計面倒だと判断したのか、態度は崩さず鷹丸と会話を始めた。

 

「……科学者って点でって意味じゃないよね。くろちゃんの方でしょ。」

「そうですね。僕らの目的は着地地点が異なるだけで、やりたい事は似通ってます。」

「ハッ……。その地獄耳が聞いてたんだよね?私は単にくろちゃんを殺したいだけ―――」

「いえいえ、そうでもないですよ。なんせ僕らは黒乃ちゃんを超えたいってだけなんですから。」

 

 明言は避けているようだが、鷹丸の目的も黒乃の殺害……と言うよりは、本人の言葉通りに黒乃を超える事だ。鷹丸の場合は、何も本気で殺そうだなんて思っているわけではない……かどうかは正直なところはっきりしない。が、それでも鷹丸は束の目的を黒乃を超えたいという点で一致すると言い張った。

 

「……何が言いたいの?」

「言葉通りの意味ですよ。だって結局は同じじゃないですか、殺すも超えるも。黒乃ちゃんに勝っちゃえばそれで良いんですから。」

「違う!あくまで常人の枠に収まる分際で、私とくろちゃんのお楽しみに口を挟ませは―――」

「まずそこなんですよねぇ。黒乃ちゃん、別にそこまで剥離した存在じゃないと思いますよ?どちらかといえば僕には、貴方があの子を同じ所へ連れていきたい……そう思ってるように見えます。」

 

 常人と認定している人間と一纏めにされるのが屈辱的なのか、珍しく束が声を荒げて否定をした。しかし、激高している束をものともせず鷹丸はこう続けた。暗に、貴女は1人が寂しいから黒乃を無理矢理同種と認定していたいだけだ……と。するとどうだ、あの篠ノ之 束が言い淀んだではないか。

 

「おやぁ、図星ですか?」

「っ……誰が!ちーちゃん、続きは今度にしよ。今の私は世界の何よりも危険だろうからさ、手加減とか考える暇なさそー。ほら、うっかり殺しちゃったらいっくんに悪いし。」

「…………。」

「じゃ、次会えるのを楽しみにしてるよ。そっちのお前もね!」

「ええ、僕も同感ですよ。また会いましょう。」

 

 これまで自に接触を図ってきたものは、全てを遮断し切る事で寄せ付けなかった。しかし、この異質な男は……打っても響かないどころの騒ぎではない。束は鷹丸に対して、得体の知れない何かを感じた。そう何か……醜悪な何かが蠢くような感覚……だろうか。

 

 苛立ちに苛立ちこれ以上の話は不要。そう言いたげに消えてしまった束だったが、言ってしまえばこれは敗走だ。心内にそんな思考が流れたせいか、その事実が更に束を苛立たせた。一方の残された千冬と鷹丸は、ただただ無言で強風の中に身を置いている。

 

「……貴様、何のつもりだ?」

「彼女と分かり合う第1歩……ですかね。」

「一寸先が闇でなければ良いがな。」

 

 千冬には鷹丸の意図がまるで解らない。喧嘩の仲裁という単純な理由はまず排除。それから可能性の無いであろう理由を次から次へ排除していくと、ついには何も残らなかった……。聞いてもまともな回答は来ないと解っていながらも、千冬は一応という理由から声をかけてみる。やはり理解の及ばない回答だ……。

 

「……自演乙って奴かな。ハハハ……。」

 

 呆れや諸々の感情を抱いた千冬が旅館の方へ足を運び背を向けると、何やら鷹丸が意味深な言葉を呟いた。それよりも気になるのはその表情。いつもとはまた違った嫌らしさを感じる笑みを浮かべている。しばらく妖しく笑ってみせた鷹丸は、ケロッとその表情を平常へと戻しながら花月荘へと戻っていく……。

 

 

 

 




黒乃→あ、足……足がしびれて……!
一夏→黒乃に押し倒された……?

束の言動、鷹丸の言動に違和感を感じると思われます。
ですが現段階では明かせないとしか言えません。
なので、この両者の発言は良く覚えておいてください。

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