八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第50話 烏沈みし後の事

「…………。」

「一夏、黒乃が心配なのは解るが今は集中しろ!」

「けど!」

「けどではない福音を手早く倒す……そうすれば黒乃の援護にも向かえる!」

 

 箒の背に乗っている一夏は、焦りを隠せない表情でハイパーセンサーを食い入るように見つめていた。作戦行動中という事を一応は理解しているのか、あくまで刹那の反応と動きのみで抑えてはいる。だが、その動きを見るに……黒乃は確かに何かと戦っている。

 

 しかし、不可解な事に黒乃が戦っている相手の反応がハイパーセンサーに映らない。その事が、返って一夏の不安を駆りたてていた。いつまでもそんな様子の一夏に、箒は声を大にして喝を入れる。悔しいが……やはり全面的に箒の言っている事が正しい。

 

「……一撃で終わらせてやるさ!」

「その意気だ!そら……見えて来たぞ!」

 

 一夏の気構えが出来た所で、ハイパーセンサーで捉えられる範囲に福音が見えた。銀……と言うだけあって、その姿は全身が煌々と輝いている。頭部から生えている1対の翼は、福音という名が相まってか何処か神々しく一夏の目には映った。

 

 とはいえ、あの翼はスラスターと広域射撃武装を融合させた代物……だと資料に書かれていた事を一夏は思い出す。1口にそう言われても全く想像の着かない一夏だったが、無駄な思考だと気持ちを切り替える。何故ならば、自分が一太刀で終わらせるのだから。

 

「さらに飛ばす!接触は10秒後だ!」

「了解!」

 

 高速で飛翔する福音を追いかける紅椿は、スラスターとエネルギーウィングの出力をさらに上げた。すると見る見る内に福音との距離は詰まり、もうすぐ雪片弐型の射程圏内へと入る。しっかりと己が持つ唯一の武装を握り締めると、一夏は零落白夜を発動させた。

 

「うおおおおっ!」

『――――――――』

(なっ……!?こんな挙動は刹那でも……!)

 

 迫る白式、逃げる福音。このような構図となり、斬っても背中だと一夏は想定していた。ふたを開けてみれば180度真逆。それすなわち、銀の福音が高速で後退しながらこちらへと振り向いたという事。高機動機というだけでどうしても刹那を連想してしまう一夏だが、そもそも2機の間には大きな隔たりがあるというもの。

 

(一旦体勢を……いや、このまま押し切る!)

 

 迎え撃ちにかかる体勢をとられる事こそ想定外。もとより確実性の高いタイミングを待つ事も考えた一夏だったが、黒乃の援護に向かいたいという焦りが勝ってしまう。そのまま構わず雪片を鋭く振るうが、福音はそのタイミングに合わせてグルリと1回転。紙一重のところで雪片を躱した。

 

「くっ……翼のあるISってのは全部こうなのか!?」

 

 福音のディティールから刹那を連想したいただけに、良く解らない文句が一夏の口から飛び出た。福音に刹那ほど素早く、かつ爆発的に離脱できる出力は無い。それが無い分より繊細な高速飛行が可能と考えても良いのかも知れない。

 

「何をやっている、さっさと乗れ!」

「ああ!」

 

 外したうえにチャンスが無いなら次、白式が追いつくための紅椿だと箒は一夏に背へ乗るよう促す。すぐさま箒の背に乗った一夏は、呼吸を合わせて福音へと斬りかかった。しかし、ひらりひらり躱されてしまう。その様は、何処か宙に浮く羽を斬るかのような難易度を感じさせる。

 

(零落白夜の発動時間も限界だ……。ここは強気に……!)

「待て一夏!それは―――」

「しまった!?」

 

 一撃必殺を狙うあまりに事を急いた一夏は、箒の制止が間に合わない勢いで飛び出た。とにかく雪片を当てようと、不恰好なフォームで振りかぶる。素人目から見ても隙だらけなそれは、福音にカウンターを選択させた。スラスターであり射撃武器である翼は、大きく広げられるように開いた。

 

 一斉に開いたのは間違いなく砲口だ。そう理解するや否や、砲口を迫り出すようにして2人へ向ける。瞬間、数多の光弾がそこから撃ちだされた。その光弾は高密度圧縮エネルギーで、おあつらえむきに羽のような形をしている。羽が白式のアーマー部分に突き刺さったかと思えば、即と言っていいほどの速さで爆ぜた。

 

「ぐぅっ!?」

「一夏!?」

「大丈夫、まだ平気だ!」

 

 言葉通りにまだ問題ないレベルの一夏と白式だったが、このままでは分が悪くなる一方だろう。爆発性エネルギー弾というだけでも厄介だというのに、それが凄まじい速度で連射されているから輪をかけて厄介だ。射撃精度は決して高くないが、触れでもすれば爆発でのダメージを貰う事になる。

 

「このまま防戦一方という訳にもいかんぞ!」

「ああ、とりあえずバラけよう!どっちかに対象を絞ってくれるはずだ!」

 

 一夏の提案に、箒はコクリと頷いて同意した。それと同時に2人は左右の方向に分かれて飛び出す。すると予想に反して、福音は完全に射撃の手を止めてしまう。そこから全方位に砲口をフルオープン。銀の鐘は広域射撃武装である。つまるところ、こういった事態が想定されていないはずがない。

 

『La――――――』

「なんだと!?」

「ヤバい……退避だ!」

 

 甲高い音が鳴ると共に、全方位への爆発性エネルギー弾の射出が開始。ISでない兵器ならば、ほんの数秒で殲滅されてしまうだろう。2人は軍事機密である恐ろしさを改めて実感する。そのうえで、だからこそ倒さねばならないのだと必死で食らいつく。なんとか弾幕を掻い潜る2人しかし……。

 

「「!?」」

 

 ピタリ……まるで時間でも止まったかのように、2人は数瞬だけ止まった。避けなければならぬ。そんな意思が働くのか足はすぐに動き始めた。しかし……当たらずとも、2人の動きに先ほどまでのキレは全く感じられない。絶望色濃く。今の一夏と箒の表情は……まさにそれだ。

 

「そんな……そんな事ってあるかよ!」

「どういう事なのだ……!何故、何故刹那の反応がしない!?」

 

 そう……2人が動きを止めたのは、刹那の反応がハイパーセンサーから消え失せた事に起因する。2人は解っていた。実戦である今の状況で、ISの反応が消えた事が何の意味を成すのかを。それはつまり……藤堂 黒乃の死亡。勿論生きている可能性だってあるが、確率は限りなく低い。

 

「こんな……こんな物が……この世にあるからだああああっ!」

「箒!?」

 

 箒は怒り狂っていた。その相貌から大量の涙を流しながら。こんな物とは、間違いなくISの事を言っているのだろう。今の箒にとって、全てのISは憎しみの対象に見える。銀の鐘による全方位に繰り広げられる弾幕をかい潜り、銀の福音本体まで迫る。

 

「黒乃を……私の親友を返せ!ISっ……!こんなもの……こんな物ぉ!」

「箒……!落ち着け、ペース配分を考えろ!」

 

 怒涛としか表現のしようのない連続攻撃を見舞う。雨月による刺突、空裂の斬撃。それぞれから放たれるエネルギーをフルに活用して、箒は銀の福音を追い詰める。ただし……一夏の言う通り、ペースなど全く頭には入っていない。だが、今の箒を抑える方法があるとすれば……目の前に健全な黒乃が現れる事くらいだろう。

 

「なっ……!?」

(あれは、エネルギー切れか!?)

 

 その時だった。箒の握りしめていた雨月と空裂が、突如として空気へ霧散するように粒子となって消えた。それすなわち、武装を展開していられない状態にあるという事。なおも福音は攻撃続行中。その先に待ち受ける展開など、容易に想像がつく。そこで一夏のとった行動は……。

 

「うおおおおっ!」

「一夏……!?」

 

 一夏は、全く迷う事なく零落白夜で銀の鐘のエネルギー弾を搔き消しにかかった。当然ながら、全部が全部防ぎ切れたわけではない。それならばと、今度は身を挺して箒を庇う。なんとか生身を避け、白式の装甲に当てる事を成功するが、爆発性エネルギー弾の前では何の意味もなさない。

 

「ぐああああ!」

「一夏ぁぁぁぁっ!」

 

 圧縮されたエネルギーの爆破は、簡単に一夏の身を焦がした。少しだけ爆発に巻き込まれた箒は、長い髪を束ねているリボンが焼き切れただけで、本人には何の被害もない。それもこれも、一夏が自分を守ろうとしたからだ。それを理解するよりも前に、箒は本能的に離脱を開始した。

 

「くそっ!くそぅ……!」

 

 箒は歯噛みしながら、福音へと背を向け飛び去る。絶賛エネルギー不足の紅椿くらいならば、簡単に追いつけそうなものだが……不思議な事に銀福はそうしない。まるで一切の興味を失ったかのように、ただ離れていく箒と一夏を見詰めるのみ。やがて福音も、自ら移動を開始した……。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

「あ、あの……織斑先生……。」

 

 指令室と化している花月荘の1室では、作戦の様子を見届けていた千冬が顔を片手で隠すようにして黙り込んでいた。作戦失敗……一夏が重症。それだけならば、千冬だってまだ平静を保っていられただろう。その要因は、刹那の反応がロストしている事。千冬も黒乃は死亡した可能性が高いと理解しているようだ。

 

 非常に話しかけ辛そうな様子で真耶が声をかけようとしたが、寸前のところで思いとどまった。……かける言葉など、見つかるはずもないのだから。真耶も真耶で……教え子の1人の死に涙をこらえるので精一杯だ。家族同然であった千冬は、もっと辛いと考えると……真耶の心は痛む。

 

「……専用機持ちをここへ。」

「あっ、はっ……はい……!」

 

 覇気のない様子でそう告げると、真耶はいそいそと別室で待機していた残りの専用機持ちを集合させに向かった。非常にしんみりした真耶の様子に、専用機持ちは何か良くない事が起きたのだ……と言う事は察する。だが、現実は良くない事では済ますには……あまりにも悲痛だった。

 

「……織斑先生。作戦はどうなったのです?嫁、箒に……姉様は……。」

「作戦は失敗、織斑は意識不明の重体……現在は篠ノ之が帰投中だ。」

「箒さん……が。織斑先生……誰か足りませんこと?」

「…………藤堂は。……現時刻を持って、藤堂のMIAを宣言する。」

 

 一夏が意識不明の重体というだけで衝撃的だったというのに、そんな物を飛び越えた衝撃が専用機持ち達に走った。作戦行動中行方不明……あの黒乃がだ。皆が一様にして、目を見開き顔色を悪くしている。そんな中……鈴音は、俯きながら震えていた。

 

「どういう……事……ですか……?」

「解からん……と言うのが正直なところだ。あまりにも不可解な点が多―――」

「っアタシは!そんな事聞いてるんじゃない!」

「凰さん、先に状況説明だけはさせて欲しいな。」

 

 鈴音は、決して現状が聞きたいわけでは無かった。だが、状況を説明せねば何とも言えない事もまた事実。鷹丸がPCを操作しながら口を開いた。黒乃が立ち止まったと同時に、映像、音声など……ありとあらゆる情報が遮断された。辛うじて察知できたのは、刹那の反応くらいだ。

 

 だから黒乃は……恐らく敵対ISと戦闘し、恐らく負けて、恐らくそのまま行方不明になった……と言う風に、凄まじく曖昧な事しか言えないのが現状だ。敵対ISがどんな見た目だったのか、どんな性能だったのか……全く想像もつかない。

 

「……で、それがどうかしました?アタシ達呼んで出撃させとけば……十分間に合ったかも知れないのに!」

「……鈴、少し落ち着こうよ。織斑先生は……。」

「織斑先生が何!?黒乃の家族っての!?知ってるわよそれくらい!でも千冬さんだけじゃない……アタシにとっても!アタシにとっても……黒乃は……お姉ちゃんなの!」

 

 あくまで千冬を責める姿勢にある鈴音に対して、シャルロットはストップをかけた……が、全く止まる気配は無い。すると鈴音は、膝から崩れ落ちながら黒乃に対する思いの丈を述べた。鈴音にとって藤堂 黒乃とは、いつも優しく……頼れる姉そのものだったのだろう……。

 

「……ああ、全面的に私の判断ミスだ。私の不手際が……藤堂を殺した。」

「死んでませんよ。黒乃ちゃんはまだ死んでない。僕が死んでも死なせません。」

「……そうか。……状況に変化があるまで、各自待機していろ。誰か篠ノ之が帰ったらそう伝えてやれ。」

「待機……?黒乃を殺られて……黙ってられるわけ―――」

「鈴!……少し黙れ。」

 

 伝える事を伝え終わった千冬は、せっせと大広間から出て行ってしまう。この期に及んで守りの姿勢を見せる千冬に、鈴音は気を取り直して詰め寄ろうとした……が、それはラウラに阻まれた。思わず鈴音が足を止めると、その数瞬後にはズドォン!……と、花月壮全体を揺らすような衝撃が走る。恐らくは……千冬が壁でも殴ったのだろう。

 

「……と、仰ってますが?」

「ルールとは破るためにある物。学生の特権だと聞いた。」

「ルールって言うか命令っていうか……。まぁ……僕も行く気満々だけどね。」

「ま、行くにしても……あと1人足りてないけど……。」

 

 各国に世話人が聞いたならば、思わず卒倒しそうな台詞を次々と並べる候補生たちだった。真耶は千冬を心配して着いて行ったが、鷹丸はまだこの場に居たりする。……が、どうやら聞こえないふりで貫き通すらしい。まるでいたずらっ子のような表情の4人は、手早く次の行動に移した。

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

 一夏が気を失ってから3時間強が経過し、現在は4時を回ろうとしていた。鷹丸から待機命令を聞かされた箒は、ずっと一夏の傍で俯いたままだった。自分のせいでこうなった……。黒乃の死に激昂し、導を見失ったかのように暴れた結果がこれだ……。そもまで思い出し箒の頭に浮かぶのは―――

 

(ああ、そうか……黒乃はもう居ないのだ……。)

 

 先ほどから、黒乃の事を思い出してはそんな考えをループさせ続けていた。黒乃が死んだ。一夏が重体な事もそうだが、箒はまるで絶望の淵に叩き落とされたような感覚になる。ISさえなければ。そう思うのは簡単だ……しかし、箒は何かそれは違う気がして―――

 

「アンタ、まだこんなとこに居たの?」

「鈴……。」

「こんなとこに居て、一夏の怪我が治る?……黒乃が帰ってくるの?違うでしょ。」

 

 そんな事はありえない。此処に居たって、何が変わるでも無い事など……箒は理解していた。しかし、鈴の刺々しい発言は少しばかり気に障る。だが、反論する資格は無いとも思う。黒乃はともかく、一夏がこうなったのは……間違いなく自分の責任なのだから。

 

「はぁ~……やっぱり黒乃の1番の親友はアタシね。これでハッキリしたわ。」

「……どういう意味だ?」

「仮にアタシかアンタが落されたとしましょうか。黒乃は……それで立ち止まるかしら?」

「……いや、あり得んな。」

「そうでしょ。じゃあ……今のアンタは何よ。アンタ……黒乃と同じ剣士ってんなら、黒乃の何を見てここまで来たわけ。」

 

 箒が見る限りでは、黒乃は常に前へ前へと歩いていた。時折はこちらを振り返って、自分達の様子を確認しながら。今回の件で例えるのならば、黒乃であれば……これ以上の被害が出ないように必ず動く。そうか……と、箒は思い立った。私は黒乃の背を追っていたのではなく、黒乃に導かれていただけなのだと。

 

「……知って通り、ISを世に出したのは私の姉だ。私の姉は世界を変えた。……悪い方向へと。私は姉を恨んでいる……様々な理由でな。だからこそ、姉に与えられた紅椿などと……そう思っていた。」

「ま、アンタがなかなか大変な立場ってのは解るわよ。」

「ああ、積り積った物が爆発してこの有様だ……笑わせる。要は使いようだな。姉の力だろうと、最後に求められるのは私の意志だ。」

 

 ポツリと自嘲気味に語る箒の言葉に、鈴音は真剣に耳を傾けた。今は箒が答えを出そうとしている段階だ……誰にも邪魔する資格は無い。箒は思い出す。姉に対しての不平不満を。しかし、まず今回の件でそれを持ちだす事こそお門違いだ。

 

「『落ち込む暇があるのなら歩け。甘ったれるな。文句があるなら追いついてみろ。』アイツならそう言うだろう。」

「厳しく優しく……。飴と鞭が得意だわ、あの子ってば。」

「一夏がこうなったのは私のせいだ。ならば……落とし前は私が着ける!姉に与えられた力……大いに結構!今度こそ正しく振るう……友の為に!」

「オーケー……らしくなってきたじゃん。福音の場所はラウラが割り出してるから。作戦会議といきましょうか。」

 

 立ち上がりながらそう言う箒の姿は、いつもの武士然とした物に変わっていた。もう少し厳しい事を言う必要があるかと思っていた鈴音だったが、思ったよりも手早く立ち直って貰えて安心しているようだ。それには……黒乃の存在が大きく影響しているのだろう。

 

 とにかく、これにて現状出せる戦力が全て揃った。鈴音が背を見せ手招きすると、箒はそれに着いて行く……前に、今1度だけ横になっている一夏の姿を目に収める。一夏の為にも……黒乃の為にも……。そう誓う箒の目には、力強い闘志が宿っていた。何やってんのと鈴音に促され、箒は今度こそ小さな背中を追いかける。

 

 

 




2話続けて勘違い要素はないです……。
どうかお許しください!

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