八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第47話 フクザツ ナンカイ オトメゴコロ

「…………。」

「……あの、部屋に戻ってからずっと何やってるんですか?」

「ん~……?まぁ……色々、かな。」

 

 すっかり夜も更けた花月荘の1室では、そんなやり取りが繰り広げられていた。食事も終わり、1日目最後となる自由時間。消灯までの間は、各々好きに過ごすのだろうが……鷹丸は部屋に帰るなりノートPCとにらめっこ。時折難しい顔をして顎に手を当ててみたり。相手をしてほしいわけではないが、同室の一夏からすれば気になるらしい。

 

「色々なぁ。……ビルの3DCG?近江先生の会社、建築とかもやるんですね。」

「いや、それは専門外だね。これはデュノア社の内部構造だよ。平面図を立体化してるとこ。」

「デュノア社って……そうか、例の件……。」

 

 はぐらかすつもりなのか、それとも適当に返したのか、真相が一言で返ってこない。不完全燃焼な一夏は、後ろからノートPCを覗き込む。するとそこには、ビルらしきものが映っていた。鷹丸はそれをデュノア社の物だと言う。どうしてそんな物を……?と一瞬思った一夏だったが、デュノア社に乗り込む予定なのを思い出した。

 

「どういう構造なのか理解しておかないと、後が大変だからね。何処に何があるのかは完璧に覚えておくつもりだよ。」

「それって、俺達も?」

「無理そうなら無理で構わないけど、なるべくなら覚えてくれると助かるな。」

 

 著名な企業なだけに、デュノア社のビルは高層かつフロアが広い。それを1つ1つ記憶するとなると、一夏からすれば気の遠くなる作業と言えよう。鷹丸からすれば朝飯前なのだが、何もそれを他人に強要するつもりはないのだろう。出来れば、という言葉のみで少し安心する一夏が居た。

 

「そ・れ・よ・り~……黒乃ちゃんとの距離は縮まったかい?」

「……前々から思ってたんですけど、なんでそんなに俺と黒乃をくっつけたがるんです……。フォローしてもらっといてなんなんですけど。」

「深い意味はないさ。単に面白半分とでも思ってもらえればそれで。」

「さいですか……。」

 

 鷹丸は完全に手を止めると、一夏の方へと向き直った。そして盛大にニヤニヤしながら2人きりにした後の事を質問する。良いムードになった気がしなくもない一夏だったが、それよりも鷹丸が自分を応援する理由が読めない。歯痒そうな表情をしながら質問で返すが、やはりまともな返事ではなかった……。

 

「何気に上手く質問を躱した気かも知れないけど、僕は何分しつこいんでね。それで、どう2人で過ごしたんだい?」

「……あ、あーそうだ!千冬姉に呼ばれてるんだったー。……というわけで、俺出かけてきます!」

「キミもなかなか僕の扱いが雑になってきたねぇ。消灯時間までには帰ってくるんだよー。」

 

 実を言うと鷹丸の言う通りに難を凌いだつもりだった。だが、その程度で折れれば誰も鷹丸の対処に苦労はしないだろう。ズズイ!と効果音でもつけたらピッタリな様子で顔を寄せられるが、思い切り目を逸らしそのうえ棒読みな台詞と共に部屋を出て行ってしまった。

 

 それこそ雑な対処だが、鷹丸は特に気にしてはいないようだ。むしろ何処か楽しそうにも見える……。やはりこの男の頭の中身は常人には理解できない仕組みになっているようだ。部屋を飛び出た一夏を教師らしい言葉と共に見届けると、鷹丸はまた1人静かに作業へ没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

「黒乃……少し肌が焼けていないか?ちゃんと日焼け止めは塗ったんだろうな。」

(へ……?う~ん……そうかなぁ。俺は特に変化ないと思うけど……。)

 

 部屋でゆっくりしていると、ちー姉がいきなりそう切り出した。完全プライベートモードなのか、名前で呼ばれて驚いたのは内緒な。ってかさぁ……ちー姉、わざわざ浴衣の袖を捲りながら指摘せんでも……。何と言うか、ちー姉は俺が美容に気をつけない事に関して不満があるみたい。

 

(大丈夫大丈夫。心配しなくてもイッチーに……イッ、イッチーに塗ってもらったし……!)

「何だ……どうした?いきなり顔なんぞ隠して……。」

 

 海での出来事を思い出して、俺は思わず両手で顔を隠しながら何度も頷いた。うぅ……思い出すだけで恥ずかしいよぉ……。ついこの間までは絶対平気だったはずなのに……。イッチーに背中触れた程度でこんな、こんな……あーっもう!めっちゃ恥ずかしい!

 

「……まぁ良い。だが、紫外線には気をつけろ。それでなくともお前の肌は―――」

(は、始まってしまったか……。)

 

 ちー姉の悪い癖だよ……。半ばお説教じみた感覚で、クドクドといかに俺が愚かしい事をしているか延々話し続けてしまう。肌とか髪の話になったらすぐこれだ。でも……なんだかこの感じは久しぶりだな。ちー姉としっかり家族してるって、やっぱり嬉しいや。

 

「黒乃。私の話を聞いているか?だいたいお前は―――」

「千冬姉、来たぞ。……って、随分盛り上がってるな。」

「来たか一夏。ならば……今回はこのくらいにしておいてやろう。……それより一夏、黒乃の肌をどう思う。」

「は、は……?ど、どうって……。……いつも通り……綺麗……な肌……だと思うけど……。」

 

 どうやらちー姉はイッチーを呼びつけていたみたいで、タイミングよく現れてくれた。俺がお説教から解放されて胸をなでおろしていると、さっきの話をイッチーに振りおった。すると何か……盛大に視線を反らしつつ、口ごもるような答えが返ってくる。おかしいな……イッチーならそのくらいサラッと言っちゃう性格なのに。

 

「そ、そんな事より……部屋に来いって、何の用事なんだよ。」

「フッ……久しぶりにアレでもしてもらおうかと思ってな。」

「ん……なるほどな、そう言う事か。任せろよ、文字通りお手の物ってな。」

 

 イッチーは、何処か話を誤魔化すみたいに用件を聞いた。するとちー姉は、言葉を濁しながらアレと言う。アレ……すなわちマッサージの事だが、つまるところコレはあのイベントなわけで。……部屋の前に皆が居るのかな?なんて考えてる間に、ちー姉はうつ伏せで寝転がる。

 

「千冬姉、久しぶりで緊張してる?」

「そんな訳があるか。……んっ!いきなり強いぞ……馬鹿者が。」

「いろいろ溜まってる証拠だろ?大丈夫、その内すぐ良くなる……さ!」

「あぁぁぁ……!」

 

 ……ちー姉は皆が外に居るのに気が付いて、わざと艶めかしい声を出しているんだろうけど……やっぱり色っぽいなぁ。悪ふざけに走るのに対しても一切の妥協ナシ。目の前で聞いてる俺もなんだか変な気分になってくる。イッチーのマッサージはしばらく続き、息を上気させながらちー姉が言った。

 

「はぁはぁ……。い、一夏……黒乃にもやってやれ。」

「あ~……そう言えば、学園に居てチャンスがあるのになかなかしてやれてなかったっけ。黒乃、こっちに来いよ。気持ちよくさせてやるから。」

(なんでそう絶妙に誤解を生む台詞をチョイスして……。まあ良いや、俺も少し悪ノリしようかな。)

 

 イッチーは無自覚だろうけど、ちー姉の喘ぎ声の後にそのセリフは完全に意味深な取られ方をするだろう。でも、俺も何だかイタズラ心に火がついてしまった。俺はちー姉の真横あたりにうつ伏せになる。するとイッチーが、始めるぞと前フリしてから指圧を始める。あ゛~……やっぱり普通に気持ちいには気持ちいんだよねぇ~……イッチーのマッサージ。

 

 でも……喘ぎ声が出るほどかと聞かれたら、やっぱりそこまではいかないだろう。全身性感帯気味な黒乃ちゃんの身体だが、マッサージだという考えが強いせいか声は出て来ない。意識してエロい声を出そうとするのは初めてだが、なんとかやれるだけやってみよう。

 

「んっ……んんぅ……。はっ……あぁん……!」

「……少し痛むか?ちょっと我慢しろよ、気持ちいい場所探ってるから。」

「あっ……あぁ……!ひぅっ……うんっ……!」

「おっ、だんだん解って来たぞ……。此処が良いんだな、黒乃?」

 

 おぉ……意識して喘ぎ声を出そうとしたら出るわ出るわ……。俺の意図を理解しているのか、ちー姉は今にも床でも叩きながら笑い出しそうだ。プルプルと口元を押さえて笑いをこらえている姿が何とも可愛らしい。そのまま俺はちー姉を爆笑させるつもりで、ノリノリで喘ぎ声を発していく。

 

「す、少し待て一夏……。」

「ああ、もうちょっと待っててくれ。今黒乃を―――」

「違う、そうじゃない。」

 

 むっ……ちー姉め、笑いが耐えられなくなる前に逃げたな。一旦イッチーの手を止めると、出入り口の方へと歩いて行く。そして勢いよく扉を開ければ、そこに居たのは予想通りにモッピー、セシリー、鈴ちゃんだ。えっと……マイエンジェルとラウラたんは後から合流だっけ?

 

「そこで何をしているんだ……お前達?」

「おっ、おおおお……織斑先生!?」

「こ、コレはですね……その……。」

「さ、さよなら……織斑先生!」

 

 残念ながら、ちー姉を前に敵前逃亡などもっての外。逃げ出そうとした鈴ちゃん含めて、3人は雁首揃えて捕縛されてしまう。俺の喘ぎ声が効いたのか、3人はイッチーにときめいている時よりも顔が紅い気がする。そうならば作戦大成功……だけど、後でちゃんと謝っておこう。

 

 

 

 

 

 

「で、何を想像していたんだ?」

(ドSですわぁ。生粋のドSですわぁ。)

 

 シャルロット、ラウラの2人を加えたいつものメンバー5人は、千冬の問いに対して何も答えられない。後に合流した2人も、千冬にいろいろと弄られたセシリアの騒ぐ声を聴いたので……結果的に全員がよからぬ想像をした事になる。思春期で多感な時期だ。それは仕方のない事だろう。

 

 ちなみに、現在一夏は席を外している。千冬がそれとなしに外出を促すと、温泉にでも入ってくると出て行った。しかし5人には、一夏が席を外したうえで此処に残されている理由が見当もつかない。相変わらず楽しげな顔を浮かべてはいるが……?

 

「おいおいどうした?いつも余計な時は騒ぐだろうに。」

「織斑先生としっかり話すのなど、は……初めてですし。」

「……正直な話、織斑先生と対峙して平気なのは嫁と姉様くらいなのでは……?」

「お、近江先生とか?あの人もかなりゆる~いし……。」

 

 甚だ疑問が多く残る現状、幼馴染組の2人はカチンコチンに、ヨーロッパ組は遠慮気味になってしまう。特に幼馴染組……千冬とそれなりの付き合いがあっただけに、返って落ち着かない部分があるのだろう。そんな5人に対して、相変わらず気味の悪いような優しい言葉を投げかけた。

 

「どれ、私が何か奢ってやろう。篠ノ之、何が良い?」

「わっ、私ですか!?え~……その、ですね。」

「はぁ……仕方がない。黒乃。」

(あいよ~。)

 

 原作の流れも含めてだが、黒乃は名前を呼ばれただけで千冬の意図を理解する。ちょこんと女の子膝で座っていたが、ゆっくりと立ち上がり部屋の冷蔵庫を開けた。その中から無作為に炭酸飲料やスポーツドリンクといった、バラエティーに富んだ飲み物をそれぞれ5人に渡す。そして、千冬には当たり前のようにビールを……。

 

「全くお前達ときたら……今から私に怯えていてどうする。その点、黒乃はこうしてツーカーが取れるほどだぞ。」

「そ、それは……黒乃が先生と家族同然だからで……。ってか、先生……勤務中なんじゃないんですか?」

「解からんか?つまるところそれは口止め料だ。解ったらさっさと飲め、でないと私が呑めん。」

 

 千冬の言葉は、暗に一夏を物にするのならば……自分が姉になるという事を示していた。鈴音は少し不満そうにハンデが大きいと言うが、あまり千冬へと響いているようには見えない。それも気になったが、何より黒乃がナチュラルに取り出したビールも同じくだ。

 

 凄まじく教師らしくない発言が返ってきたところで、5人は顔を見合わせた。そして千冬の隣でコーラをラッパ飲みしている黒乃を見て、何やらどうでもよくなったらしい。それぞれうやはり遠慮しながらも、受け取った飲み物を口へと運ぶ。それを見た千冬は、勢いよくビール缶の口を開く。

 

「さて、そろそろ本題へ入るか。お前ら、あの馬鹿の何処が好きなんだ?」

 

 いきなりな発言に、5人は飲み物を吹きかけてしまう。何人かが変な場所に入りかけ、ゴホゴホとむせ返る。それを見て千冬は、豪快な笑い声を響かせビール缶を傾けた。どうやら、狼狽える乙女達を酒の肴にする気が満々らしい。黒乃は思う、こんな時の千冬はすげぇ面倒臭いと。

 

 その矛先はモロに5人へ向き、あの手この手でからかわれる。そんな中黒乃はというと……。空気……俺は空気……そうやって自分に言い聞かせ、存在感を消しにかかっていた。しかし、千冬が妹分である黒乃に対して弟をどう思っているかと聞くのは、ある意味で必然的な事だ。

 

「……それで、お前はどうなんだ黒乃?アレが欲しいか?」

(いや別に、むしろ要らないんで。)

「ハッ、強情な奴め。さっさと認めてしまうのが身のためだぞ……ん?」

 

 黒乃とて、一夏を嫌っているわけでは無い。しかし黒乃の身体を使っている以上、男女間の事に関しては極力考えないようにしている。それでなくても最近は女性化著しい……。それだけに、否定する反応速度も凄まじい物だ。しかし、千冬からすれば照れ隠しにしか見えず……。他とは違い、かなりしつこく絡みにかかる。

 

「先日は言いそびれたが……。黒乃、お前にだったらいつ譲ってやっても良いんだぞ?」

「お、織斑先生!それは少し依怙贔屓も度が過ぎるのではありません事!?」

「そ、そうです!いくら2人が家族同然とはいえ!」

「黙れ。お前らアレだぞ、黒乃のスペックを思い出してみろ。この中に敵う奴が居るのならば考えてやらん事もないが。」

(恋……。愛……。男に女……かぁ。結局、俺はいったいどっちなんだろうね……。)

 

 千冬の衝撃発言に沸き立つ5人を余所に、珍しくも恋愛に関して深く考察しているらしい。それは勿論5人の為であって、そこまで悩んでいる程ではないのだが。自分はいったいどちらか、そんな言葉を浮かべると……自分が酷く宙ぶらりんであるように思えた。

 

 男でも女でも無い。男であって女でもある。今の黒乃はまさにそれだろう。女性に対して現れるセクハラ願望。男性に対して感じる照れや胸の高鳴り。どちらも等しく、確かな黒乃の感情なのだ。それを言うと黒乃は、いや……中身の男性は、シャルロットに間違いなく恋慕に近い物を抱いていたのだから。それが今になっては―――

 

「……叶わない。」

「く、黒乃……!?」

(え、あ……あれ、おかしいな……?黒乃ちゃんの身体は泣けないハズなのに……。)

 

 思わず口から出た黒乃の呟きは、千冬に抗議する5人の喧騒を一瞬にして静まり返らせた。それと同時に、ハッキリと確認する事が出来てしまったのだ。黒乃の頬を伝う……一筋の涙を。それは悲しみ故か、それとも悔しさ故か。どちらにせよ気まずい空気に耐えかねたのか、黒乃は慌てて部屋を飛び出した。

 

 その事が更に周囲を心配させることになる。その上、酔った拍子に黒乃にデリカシーの無い発言をしたと思った千冬は、自刃するなどと言い出すから残された5人は大慌てだ。結局のところ黒乃の発言は、こんな自分には叶わぬ恋だ。そういった意味を込めた一夏に対する言葉と解釈されてしまう。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……何で涙が出たんだろうねぇ……。)

 

 泣いた拍子に勢い余った俺は、花月荘を飛び出てしまった。時間帯としては問題なんのだろうけど、いい加減に戻らないと皆に余計な心配をかけちゃうかな……?でも、俺自身1人になりたいというか……そんな気分だった。夜風も涼しければ星も綺麗だし、もう少しだけこの辺りをうろちょろしていよう。

 

 そのためあまり遠くに行くのはNGか……。誰かが捜してもすぐ見つけられるような場所って、ここらにあったりするのかな。そんな事を考えながら歩いていると、少し先に外灯みたいなのが立っているのが見えた。位置取りが些か不自然に見えた俺は、引き寄せられるようにその外灯へと歩み寄る。

 

 そこはちょっとした丘……と言うか坂の上みたいなもんになっていて、近場には花月荘や周辺のスポットをナビゲートした看板も点在していた。そしてベンチ……なるほど、看板によれば……此処から海が一望できる仕組みのようだ。だとすると、しばらくゆっくりするのにはもってこいかな。

 

 だって花月荘は背後に見えているし、外灯も消灯時間までは点灯している事だろうし。そう考えた俺は、迷わずベンチへと腰かけた。……見渡しが良いせいか、潮風が気持ちいいな。でも気を付けておかないと、髪の毛が傷んだらまたちー姉に怒られてしまう。

 

「…………。」

 

 ……悲しかったのかなぁ?知らず知らずの内に、女の子っぽくなっている事に恐怖を覚えてるのは確か……かな。そんな事は断じてないって思いたかったけど、最近の自分自身の様子を客観視するに、ちょっとばっかし否定するのは難しいだろう。まさか自分が、涙が出るくらいに追い詰められてるとは思わなかったな。

 

 ……いつか、胸を張って男を好きになれる時は来るんだろうか。誰かと生涯を共に歩んで、子を授かって……幸せな家庭を築く。女の子ならば誰しもが思い描く未来のはず。でも当たり前ながら、俺はそんな事を考えた事すらない。俺はいったい……どうすれば良いんだろ。

 

「あれ、黒乃……奇遇だな。俺は温泉入って、少し風に当たりに散歩を―――」

(イッチー……。)

「……隣、座ってもいいか?」

(あ、あぁ……うん。どうぞどうぞ。)

 

 深く考え込んでいると、爽やかなイケメンボイスが耳に入った。そちらに目を向けてみると、思った通りに声の主はイッチーだ。どうやらこんな時間帯にこんな所に居たという事で、なんとなくの心象を察したらしい。イッチーは何やら不機嫌そうな様子で俺の隣へと座った。

 

「俺、言ったよな……もっと頼ってくれって。……そんなに頼りないか、俺?」

(そ、そんな事ない!俺は厳しい評価をしてる時もあるけど、その……だっ、誰よりもまず……イッチーの事を頼りにしてるつもりだよ……。)

「……じゃあなんで、黒乃はいつも1人で泣くんだよ。辛いんなら言ってくれ。俺が……いくらでも胸貸す。」

(わっ!?ちょっ……イッチー……?)

 

 俺がイッチーの目を見ながら首を横に振ると、向こうは眉間に皺を寄せて少し悲し気な表情を見せた。すると俺の頬を撫でつつ親指で目元をなぞるように動かし、掌は徐々に俺の首筋へ移動した。そうしてイッチーは手に力を籠めると、強引に俺を抱き寄せる……。

 

 俺の頭はイッチーの宣言通り胸にグイッと引き寄せられ、優しく抱きかかえられる形となった。パニック、パニックに次ぐパニックである。それはもう、喋られる身体なら絶叫していたろう。……嫌とかそんなんじゃないんだ。ただ……ただひたすらに……。

 

(胸が、苦しいんだ……。)

 

 自分の鼓動が五月蠅く聞こえ、羞恥のあまりに顔が熱い。そうだ……これだ……。この感じが、初心な乙女になってしまっているこの感じが……怖くて怖くて堪らない。けど、なんでだろ……。イッチーがギュってしてくれてるからかな……?今はそんなに怖くないかも……。気付けば俺は、密着状態でイッチーの着ている浴衣の胸元を掴んでいた。

 

(もう……知らんよ?本当の本当に甘えるからっ……!)

「……あぁ、お前はそれで良いんだ。何するにしてもちょっと頑張り過ぎ。」

(あ゛~……もうやだぁ……。なんなんだよぉ、この涙はなんなんだよぉ……!)

 

 イッチーは無駄にイケメンボイスでそう囁き、余った手で俺の頭を優しくなでる。自分でも思った以上にいっぱいいっぱいな状態だったのか、普段は泣けないはずの両目からはとめどなく涙があふれてくる。なんだかもう感情がごちゃまぜになって、不必要なまでに涙が止まらない。

 

 だめだ……深く考えてしまっては。……今は委ねよう。どうせ馬鹿なんだ、考えてたって仕方がないじゃないか。ありのままの、純度100%の俺……いや、私を……イッチーに受け止めてもらおうじゃない。するとどうした事か、不思議と胸がスッと軽くなるのを感じ……頭もなんだかポーッとしてまともな思考がままならない。

 

(あ、これマジでヤバイ奴……。このままだと、戻って来れなくなりそう……。)

 

 イッチーの包容力の高さたるや、なんだかどうでも良くなってきてしまう。墜ちてしまいたい、墜ちて楽になりたい。そう思ってる私も確かに居る……けど、そんな安直に答えを出して良い事ではないと思う。私がどう生きるかは、私が決めないとならないのだから。

 

(……はいっ、もう私モードお終い!ありがとイッチー、元気出た。)

「もう大丈夫か?……だけど辛くなったらまた言ってくれ。俺はいつだって、黒乃の傍に居るんだからな。」

(う、うん……それは考えておくよ。とりあえずイッチー……帰ろっか?)

「……そうだな、夏とは言え夜は冷え込む時期だし。それじゃ戻ろう。」

 

 無理矢理にでも腕の中から脱出すると、ベンチから立ち上がってイッチーへと手を差し伸べた。同じくこちらへ伸びてきた手を取ると、反動をつけるようにグイッと後ろへ引いた。イッチーも俺が手を引いた力を利用して立ち上がると、俺の隣に並び立つ。そのまま2人して、目と鼻の先にある花月荘を目指した。

 

(ただ、1つ決心がついたかな……。)

 

 俺からはイッチーに何をするわけでもない。何度も言うけど、皆の邪魔はしたくないからね……。だけど、もし……あくまでもしもの話だけど、イッチーが俺の事を好きになるような展開になるとする。その時は……イッチーと歩んで行きたいって、本気でそう思う。もう降参して白状するけどさ―――

 

(俺はキミの事、気にはなってるんだろうから……。)

 

 今はほんの小さな想いだけど、徐々に大きく膨れ上がっていくかもね。ふざけんなよこのクソイケメン野郎が……。俺の気持ちを少しづつでも女の子へ傾けてるキミの罪は重いんだぞ。これでもし他の娘とくっつくとかそれはそれで屈辱的でもあるようなきがするし……って!止めよう、ホント止めとこう。

 

 今日はひとっ風呂浴びてすぐ寝る。んでもって思考をいったんリセット!じゃなきゃやってらんないよもう……。あ、そうだ……ちー姉を先に宥めんとだな。あれがなかなかに大変だ。よしっ、覚悟を決めろ。世界最強を無理矢理締め落とすくらいの気構えを内心でしっかり固める俺であった。

 

 

 

 




黒乃→女性との恋は終わったも同然ですわ……。
千冬→くっ、私としたことが!一夏と黒乃の複雑な関係を茶化してしまうとは……。

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