八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第46話 浜辺のキミは麗しく

「あーっ、海が見えたよ!」

 

 揺れるバスの中、クラスの誰かがそう叫んだ。そんな声につられた俺は、ふと窓の外を眺める。すると俺の目に飛び込んで来たのは、何処までも続く水平線、さざめく白波、そして青い海……。うん、やはり夏の海は何か特別に感じられるな。しかし、だからと言って俺はそんなにはしゃぐわけにもいかない。なぜなら―――

 

「すぅ……すぅ……。」

 

 静かな寝息をたてながら、黒乃が俺の肩に頭を預けているからだ。最初は俺やシャルとかが話しかけてたんだが、次第にウトウトし始め……今に至る。落ち着かない……。本当は黒乃の寝顔をずっと眺めていたい気もするが、流石にこの密閉空間でそれをすると確実にばれてしまうだろう。

 

 おっと、黒乃の髪の毛が乱れてるじゃないか。黒乃を起こさないように、大胆かつ繊細に事を進める。サササッと指先で黒乃の前髪を整えると、少し隠れていた美貌は露わになった。……やっぱり綺麗だよなぁ。惚れてるってのを勘定に入れても、黒乃に勝るほど綺麗な女性を俺は知らない。

 

 まぁIS学園は異様に顔面偏差値が高いから、そこまで黒乃が浮く感じではないが。冷静になって考えるととんでもないのかも知れない。やっぱそのあたりも選考基準になっていたりするんだろうか。黒乃達なんかは代表候補生だから、大いに関係しているんだろう。

 

「……か。一夏……。」

「ん……あっ、あぁ……。どうしたシャル?」

「もうすぐ目的地だから、寝てる人がいたら起こしてやれって。」

 

 上の空になっていたみたいで、シャルの呼ぶ声がイマイチ耳に届かなかった。というか千冬姉、ピンポイントで黒乃の事を指摘しているような気もする。それは良いとして、千冬姉の命令に従わなければ。俺は、優しく黒乃の肩を揺さぶってみる。

 

「黒乃、起きろってさ。」

「…………。」

「ああ、ほら……その癖は止めろって言ったろ?しゃんとしろって。」

 

 黒乃は意外と寝起きが悪い。多分だけど……所定の時間に起きなくてはならない場合を除き、人に起こされるのは嫌っている。そうした場合は、たいていガシガシと頭を乱暴に掻きながら目覚めるんだよ……。そんな事をすると、黒乃の綺麗な髪が傷んでしまう。

 

 俺は黒乃が頭を掻き始める前にその手を止めると、まるで子供に言って聞かせるようにしてみせる。聞いてんだか聞いてないんだか、黒乃は目元を擦りながら不必要なほどコクコクと頷いた。ま、とりあえず任務完了か……。後は大人しく目的地への到着を待った。

 

 本当に目と鼻の先だったようで、思ったよりも早くバスは停車した。1組やその他の組の生徒は、各々の乗車していたバスから次々と降りてゆく。俺も流れに沿ってバスから降りたが、どうにも世話になるであろう旅館が目に入った。旅のしおりみたいなので確認は出来ていたけど、やはり学生が使うには不相応な気がしてならない。

 

 花月荘。そんな看板が、旅館の入り口に掲げてある。いかにも老舗な雰囲気が漂う。何かこう……やはりIS学園の優遇っぷりを思い知らされるな。だって毎年ここで臨海学校だろ?毎年この人数でって、予算はいかほど……。止めた……考えるほど空しくなるだけだ。大人しく整列しとかないと……。

 

「ここが今日から3日間世話になる花月荘だ。各々、従業員に迷惑をかけないように。」

「「「よろしくお願いします!」」」

「はい、こちらこそ。皆さん元気で素晴らしいですね。」

 

 整列した俺達の前には、花月荘の女将さんらしき人が。俺達はしっかり女将さんへ挨拶すると、何処かはんなりとした様子を醸し出しながら女将さんは返した。う~む、和服が良く似合う。年齢を感じさせないというか、良い感じの年齢のとり方をしている印象……かな。

 

「……あら?そちらの白衣の方……もしや近江 藤九郎さんのご子息の……。」

「はい、近江 鷹丸です。あの、僕が小さな頃とかに利用してました?」

「ええ、まだ朱鷺子さんに抱えられてる頃でしたわ。私もその頃はまだ女将修行をしてたの。」

 

 解散になって各部屋へと移動を開始し始めると、女将さんが近江先生に話しかけているのが気になった。というか、先生はこのクソ暑いのに何で白衣なんだ……。……そう言えば、先生って金持ちだっけ?それなら、花月荘に来たのだって何ら不思議な事では無いのかもな。

 

「あぁ……そうそう。織斑くーん、まだ居るかなー。」

「あ、はい!ここに居ます。」

「いや、僕らのせいで迷惑かけただろうから……部屋割りとかで。」

「あ、そうか……。あの、織斑 一夏です。この度はご迷惑を……。」

「いえいえ、あまりお気にならないで。お2人ともお客様なんですから。」

 

 喧騒の中で近江先生に呼ばれるが、流石に聞こえなかったじゃまずいよな……。大人しく先生にに近づくと、どうやら一言挨拶と詫びを入れておいた方が良いという事らしい。確かに、それは先生の言う通りだ。俺が斜め45度の会釈をして挨拶と詫びを入れれば、とてもありがたい言葉かがえって来た。そして―――

 

スパァン!

 

「必要最低限の礼儀はわきまえろ。その程度は他人に言われずともやれ。」

「……すみませんでした。」

 

 居なくなっていたと思ったのに、背後から千冬姉に出席簿で叩かれた。しかし、ぐうの音も出ないから謝るしかない。そんな俺を哀れに思ったのか、女将と近江は口をそろえて「まぁまぁ」なんて言う。2人のおかげでこれ以上の難は逃れたらしく、千冬姉は鼻をフンと鳴らして出席簿を収めた。

 

「そう言えば織斑先生、俺の部屋っていったい……。」

「近江先生に着いて行けば解る。」

「まぁ、その時点でお察しだよね♪じゃあ行こう、案内するよ。」

 

 かねてからの疑問と言うか、件の旅のしおりには部屋割りの名簿もあったのだが……何度捜しても俺の名が見当たらなかった。別の場所が用意されてるってのは聞いていたが、近江先生が案内……?その時点でお察し……?なるほど、理解した。これは……先生の奴と同じ部屋だと。

 

 何が悲しくて近江先生と2人で1部屋を使わないといけないんだ。いやでも……俺1人に対して1部屋ってのも流石に気が退ける。仕方がない……自然な流れだと思って諦めるしかないか。俺はまるで死地へと向かう戦士にでもなったつもりで、離れて行く先生の背中を早足で追いかけた。

 

 

 

 

 

 

(ウェミダー!)

 

 って思わず叫びたくなっちゃうね、この光景を見ているとさ。旅館の部屋から広がるパノラマは、絶景としか言いようがない。太陽の光が海に反射して、白銀と紺碧のコントラストを生み出している。……あ、携帯で写真撮って昴姐さんに送っとこ。パシャリ……これで良し……っと。

 

「気に入ったようだな。」

(おー、ちー姉。そりゃもちろん。人並みに綺麗なもんは好きだよ。)

 

 振り返ってみると、そこにはちー姉が腕組みしながら立っていた。まぁ俺と同じ部屋ですし。教師陣が俺の事情を考慮してくれたのか、ちー姉と同室にしてくれたようだ。ちなみにイッチーは鷹兄と予想。同性の教師が居るんだから当たり前だよなぁ?

 

 それじゃあ観念して、海に行ってみましょうか。いろいろ考えたんだが、ちー姉がせっかく買ってくれたのに着ないのはなんだか申し訳ない気がする。それにイッチーも選んでくれたんだし……少しくらいサービスしたってバチは当たんないでしょう。

 

「海へ行くのか?私達はこれから会議だ。後で見かけたら気軽に声でもかけてくれ。」

 

 俺に対して声をかけろという表現は微妙だが、まぁちー姉から遊ぼうっつーのはプライド的な何かが邪魔をするんだろう。するとちー姉は、乱雑に荷物をポイすると、俺よりも先に部屋から出て行く。……そういうところさえなければ完璧なんだろね、ちー姉って。

 

 それは良いとして、俺も早く海へ向かうとしよう。えっと、日焼け止めに……髪を結うヘアゴム……必要なのはこれくらいかな?それで、着替える場所は別館だったよな。それじゃあ別館へと向かう前に、ちょっと寄り道して行こうかな。俺は生徒達の寝泊まりする一室を目指した。

 

(モーッピー!あーそーぼー!)

「うわああああ!?な、なんだ黒乃か……脅かしてくれる。」

 

 モッピーの割り当てられた部屋へ立ち寄ると、勢い良く襖をスライドさせた。襖の開くスパーンという音に驚いたのか、モッピーは大声を出ながらこちらへ振り向く。しかし、驚いたのはどうやら音だけのせいではないらしい。モッピーはその手に赤い水着を手にしていた。あれ?赤か……原作だと白だったけど。

 

「はっ!?い、いや……これは違うんだ!その……似合うとヨイショされてつい……つい……!」

 

 あ〜……大勢での買い物になってたしな。セシリー達に勧められるまま思わず買っちゃったと。まぁ……どちらにせよ連行しようとしてたから同じ事だよ。旅は道連れ世は情け!俺も恥ずかしいんだからモッピーも多少は我慢して海に行こうねぇ~。暴論だってのは解ってますけれど。

 

「ちょっ、ちょっと待て黒乃!ま、まだ……心の準備が出来てはいないんだ!」

(すまない……強制連行するようで本当にすまない……。)

 

 モッピーを立たせると、無理矢理引っ張って連れて行く。その間モッピーはずっと騒いでいたけど、それは総スルーさせていただきズンズンと別館を目指した。何気に俺も覚悟ができてなかったりするが、同じようなスタイルをしてるモッピーが居ると心強い。

 

 

 

 

 

 

「むぅ……や、やはり止さないか?こんな派手な水着、一夏に見られたと思っただけでだな……。」

(今更何言ってんの。ほら行くよモッピー。)

「す、少しは人の話に耳を傾けてくれても……。」

 

 箒を引き連れて海へと辿り着いた黒乃は、周囲を見渡して一夏の所在を探った。しかしだ、この期に及んで情けない事を言う幼馴染に辟易とした様子を見せる。もちろんそんな言葉は無視して、箒の背中をグイグイ押していく。その方向には、戯れる一夏と鈴音の姿があった。

 

(お〜っすイッチー。)

「黒乃に箒か。……箒、お前その水着……。」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?」

 

 2人の姿を確認する一夏は、何故か鈴音を肩車した状態だ。そうして口を開きかけたその時、突然鈴音が絶叫しつつ一夏の肩から飛び降り海へ向かって走る。そのままヘッドスライディングのように海へと飛び込むと、しばらく沈んだまま浮いてこない。やっと浮き上がったかと思えば、海へ向かってこう叫んだ。

 

「どーしてアタシの周囲に居る日本人は……揃いも揃って巨乳ばっかりなのよおおおおっ!」

「……別に大きくてもあまり良い事は……むぐぅ!?」

(それダメ……発育で悩んでる子に言ったらダメなやつ!)

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、巨乳大和撫子コンビの水着姿に果てしない嫉妬を覚えたらしい。確かに千冬しかり真耶しかり……日本人の巨乳率が高めかもだ。しかし、箒はさほど自分の胸が大きくて良い思いをした気がしないので、危うく鈴音に聞かれるとまずい言葉を発しそうになる。

 

 すかさず背後から口元を抑えて防いだが、ここからどう鈴音をフォローすべきか迷う。誰に何を言われようと気休めにしかならないし、何より本人も惨めだろう。3人はシンクロしてそんな考えが浮かんでいたため、自然に話を別の方向へ持っていく事で一致したようだ。

 

「と、ところで一夏……さっきは何と言いかけたんだ?」

「ああ、その水着……似合ってるなって。箒は落ち着いた色が似合うと思ってたけど、案外そうでもないんだな。」

「そ、そそそそ……そうか?あ、あり……ありが……とう。」

「おう。黒乃も似合ってるぞ。やっぱそれにして正解だった。」

(う……。お、おうよ。サンキュー……。)

 

 なんとなく2人が良い雰囲気になっていた。もちろん一夏も黒乃の事を忘れていたわけではない。というより一夏からすれば黒乃がメインだ。箒と比べてもハッキリ解るほど優しい表情&声色だったため、黒乃は明確な照れを覚えてしまう。

 

「だーっ!胸ある癖に一夏と良い感じになってんじゃないわよ!どっちかその脂肪を寄越しなさい!」

「ま、待て……言ってる事が無茶苦茶……む、胸を揉むな!」

(おっふ!?この感じはやっぱり慣れない!あんっ……!と、というか布1枚だからいろいろとまずいよぉ……!)

「…………。」

(というかイッチー、キミは何をガン見しとるんじゃい!気持ちは解らなくもないけど……。)

 

 かなり取り乱しているらしい鈴音は、戻って来るなり両手で片方づつ……黒乃と箒の胸をガシッと掴んだ。いや、掴むというよりは揉む。率直に揉みしだいているのだ。水着の美女2人(巨乳)が目の前で胸を揉まれる光景など、男子高校生ならばあらゆる部分を反応させて当然である。

 

「はいストップ。目の毒だからそこまでね。」

「何よ……って、近江先生?今ごろ会議とかじゃなかったっけ。」

「ああ……何か僕って居ない方が良いんだって。女の人だけじゃないと話し辛い事でもあったんじゃないの?」

「ふ~ん……そんなもんかしら。」

 

 相変わらず気配を消すのが上手な事だ。フラッと現れた鷹丸は、背後から鈴音の腕を掴んでバンザイさせるように2人の胸から引っぺがした。教師陣が会議中である事を知っていた鈴音が不思議そうな顔で質問すると、当人は会議室から追い出されたのだと笑い飛ばす。

 

「た、助かりました……近江先生。」

「アハハ、あのまま続けさせるのは男として教師としてちょっとねぇ。」

「それにしても、良く女子に捕まらずにここまで来れましたね?」

「ん~……お互い牽制でもしあってるんだと思うよ。キミも話しかけられなかったでしょ。」

「あぁ……それは確かに。」

 

 胸を隠しながら箒が感謝すると、少しばかり苦笑いを浮かべながら大した事をしたわけではないと伝える。すると一夏には、素朴な疑問が浮かんだ。いくら鷹丸が隠密の心得があるとは言え、この人数の女子の間を縫って来たのは不可解に思えたからだ。

 

 鷹丸が思っている事を伝えると、なんとなくだが一夏にも言いたい事は伝わった。証拠に遠巻きにいる女子達にチラリと視線を向けると、キャッキャとはしゃぎながら、もしくはそそくさと一夏の視界から外れる。男2人は何処か困った様子だ。

 

「せっかくだし、先生も一緒に遊びましょうよ。」

「ん~……でもキミ達、日焼け対策とかしたの?せっかくだからやってもらえば良いんじゃないかな、織斑くんとかに。」

「は、はぁ!?近江先生、アンタ何言って―――」

「良いから良いから、そのうち解るよ。」

 

 鈴音から見た鷹丸の印象は性格悪いけど悪い人じゃないといった感じ。黒乃の件を知らないせいというのが大部分を占めるが、クラスが違うのも影響しているだろう。普通に教師と生徒という関係ならば、鈴音からすれば十分に遊び相手となりうる。

 

 それゆえ鈴音は鷹丸を遊びに誘ったのだが、当の本人は余計な事を口走り始めた。一夏と黒乃は何言ってんだコイツと凄まじい勢いで反応を示した。何やら思惑があるらしいが、どうせろくでもない。早々にそう割り切った黒乃は、これから何が起こるのかと肝を冷やす。

 

「近江先生ナイス!一夏、特別にアタシの手の届かないところを触らせてあげ―――」

「待て鈴、お前は私がやってやろう。そういう事だ一夏。私に―――」

「ちょっと、何割り込んでんのよ!明らかにアタシのが先だったでしょ!」

「ふん、お前の好きにさせてなるものか!」

 

 だいたい黒乃の想像したとおりに、箒と鈴音は喧嘩を始めてしまった。だから言わんこっちゃないとオロオロし始めた黒乃は、なんとかして2人をなだめようとする。しかし、喧嘩の仲裁は黒乃に不向きだ。どうした物かと黒乃が試案している間に、鷹丸は声を潜めて一夏に話しかけた。

 

(ほら織斑くん、今のうちに藤堂さんを連れて行っちゃって。)

(へ、へ!?いや、ちょっと待って下さいよ。なんでそういう事になるんですか……。)

(おや、水着の藤堂さんと2人きりになりたくはないのかい?)

(……なりたいです。ありがとうございます。)

 

 鷹丸は、どうやら意図的に2人を喧嘩させたようだ。そうして気を取られている隙に、黒乃を掻っ攫ってしまえという事らしい。どうして鷹丸がそんな事をさせようとするのかという疑問は残るが、気にしていられないほどのチャンスを与えられている。そう思った一夏は、鷹丸に感謝してからおもむろに黒乃の手を掴む。

 

「く、黒乃!」

(ひゃい!?ど、どうしたんイッチー……そんな大声出して?)

「いや、その、なんというかほら……。」

「時間ももったいないし、ここは僕に任せて2人は遊びに行くと良いよ。」

「そ、そう!そういう事だから黒乃、2人で先に行ってよう……ぜ?)

(時間がもったいない……それは確かにそうかな。2人には悪いけど、ここは退散させてもらおう。)

 

 緊張からしどろもどろになってしまった一夏だが、そこはすかさず鷹丸がフォローを入れた。一夏は心の中で鷹丸に感謝すると、なんとか黒乃を遊びに誘う事に成功。黒乃は箒と鈴音に謝罪を入れつつ、つい先日のようにただただ一夏に引っ張られていく。

 

 一夏はどんどん進んで行くが、一向に止まる気配がない。セシリア達にも遭遇しないが、いったい一夏は何処を目指しているんだろう?そんな疑問を浮かべつつ一夏について歩くと、メインの砂浜からは見えにくい岩場と砂場が入り混じったような場所へたどり着いた。

 

「よしっ、このあたりで良いか……。」

(このあたりってお前さん……ここは誰の目にもつきにくいよね?……ま、まさかとは思うけど……。)

「あまり人多いと、黒乃はいろいろ大変だろ?だからほら、思いっきりというよりは静かに過ごそう。」

(な、なんだそういう事……。)

 

 人目につきにくい等々のシチュエーションから、黒乃の脳内は思いっきりピンクな妄想が広がっていた。勿論それは割と無理矢理されるタイプを想像していたために、自分を気遣ってくれた一夏にとんでもなく失礼な事だと1人反省会を脳内で開く。

 

 ……とはいえ、一夏もあまり褒められたものではない。黒乃を気遣っての行動というのも本当だが、この切り離された空間で黒乃と2人で居たいというのも本当なのだから。一夏も一夏で、黒乃を騙すような自分の行いに自己嫌悪を覚えたようだ。

 

(はぁ……本気で最低だな今の。それよりも、日焼け対策しとかないと……。後でちー姉が五月蠅いだろうから。)

「…………。」

(うん、イッチー……?)

「俺がやろうか?勿論だけど黒乃の手が届かない範囲とか。」

(あ……あ~……う~ん……。じゃ、じゃあお願いしようかな……。)

 

 黒乃は必要そうなものを纏めて入れた手提げかばんから、日焼け止めクリームを取り出した。すると一夏から視線が集中していることに気が付く。何事かと目で訴えてみれば、日焼け止めを塗ろうかと提案される。少しだけ迷った黒乃だったが、ここは一夏に塗ってもらう事にしたようだ。

 

 脳内で黒乃が呟いていたように、千冬は黒乃の美容に関して五月蠅い。実際に背中は塗りづらいのは確かだし、もし焼けてしまったらそれこそ千冬に何を言われるか解ったものではない。覚悟を決めた黒乃は、砂浜に腰掛ける。それと同時に、前をしっかり押さえつつ背中で結ばれている部分を引っ張って緩めた。

 

(え、えっと……それじゃあよろしく……。)

「…………。」

(ちょっ、イッチーなんで黙るん……?恥ずかしいから止めてーや……。)

「あ……わ、悪い。じゃあ……始めるな。」

 

一夏はしばらく呆然としてしまう。というのも、単純に黒乃の背中に見とれてしまっていたのだ。無理もない……。海という特別な状況もあるせいか、黒乃の背中は数段綺麗に見えた。一夏とて黒乃の背中をそう見る機会があるわけではないが、いつも以上に美しい白い肌だ。

 

「い、いくぞ……。」

(ど、どんとこいぃ……!?や……イ、イッチー……なんか手つきやらし……。)

(う……これはいろいろマズイぞ……。黒乃の肌……触り心地最高かよ……。)

(ていうか、なんか喋ってよ……。じゃないと、恥ずかしくて死にそうなんだってばぁ……。)

 

一夏はそんな気がないのだが、緊張からか自然と手つきがやらしく感じられるような動きになってしまっていた。それに加えて一夏のマッサージ上手という固有スキルもあいまってか、黒乃の背中に走るのは相当な心地良さ。一夏も悪いとは思いつつ、滑らかでスベスベな肌を堪能していた。一夏はそのせいで押し黙ってしまうのだが、背中越しの黒乃は死にそうなほどの羞恥に襲われる。

 

「こんなもんで良いだろ……。黒乃、終わったぞ。」

(う、うん……ありがとイッチー。じゃ、じゃあ遊ぼっか!)

「黒乃!お前何処からヘアゴム取り出して……わぶっ!?」

 

それまでの羞恥を吹き飛ばすためか、黒乃は胸元に仕込んでおいたヘアゴムを取り出すと、手早く髪をポニーテールに結って海へと駆け出す。そうして足首が浸かるくらいの場所で一夏の方へ振り返ると、手に海水を掬って思い切り一夏へと投げかけた。不意打ち気味だったせいか、一夏は口や鼻の穴に海水が入り混んでしまう。

 

「こ、この……やったな黒乃!」

(どわぁ!?手痛い反撃……でもそういう事なら負けないよ!)

 

怒るほどではないにしても、一夏にされるがままという選択肢はなかった。黒乃より少しだけ深い場所へ行くと、男特有の大きい掌で、大量の海水を掬って黒乃へかけた。その後2人は、お互いに反撃を繰り返す。その光景は明らかに恋人同士のそれなのだが、何気に楽しんでい2人はそれに気がつかない。結局のところ、時間いっぱいまではしゃいだ黒乃と一夏であった。

 

 

 




黒乃→イッチーは相変わらず俺に甘いってか優しいってか……。
一夏→打算ありきで黒乃を気遣うような真似をしちまった……。

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