八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

5 / 154
第5話 1人ひっそり……

俺が黒乃ちゃんに憑依して、既に数年が経過した。現在は、小学4年の終わりが見えて来た頃になる。となると、そろそろ時期になるんだよなぁ。あやふやだけど、小学5年の進級と同時にモッピーが転校して、入れ替わりに中華娘が転入……だったと思う。つまりは、もうすぐインフィニット・ストラトス……通称ISを、友達のお姉さんが開発しちゃうって事だ。

 

 結局なにも考えてないや……。イッチーとモッピーと過ごす日々が、どうにも楽しいからかな。人はそれを現実逃避と言うのだけれど。いやいや……今まで逃げ続けてきた人生だ、何を今更。って、そうか……モッピーは、居なくなってしまうんだな。俺がIS学園に行かない限りは、会うチャンスは限りなく消えてしまう。

 

 それは、随分と寂しい。モッピーはきっと、俺の事をあまり良くは思ってないだろう。イッチーの事とかあるし、それはまぁ許容範囲である。それでも俺にとっては、掛け替えのない友人だ。俺達の学年は2クラスがあって、顔見知りは多い。そんな中でも……結局モッピーしか友達になれてないのだぞ。モッピーが居なくなってみなよ、またイッチーと2人きりだ。中華娘が仲良くしてくれるとは限らんし……。

 

「え~っと、音読は誰の番だったかしら?」

「せんせ~い。藤堂さんだから無理で~す!」

「コラ、そんな言い方しちゃダメよ!藤堂さん、気にしなくても良いからね。じゃあ次……。」

 

 はぁ……コレだよ。国語の授業は、俺にとって地獄でしかない。音読は出来ないし、感想とかも書けないし……ただひたすらノートを写してるだけだよ。しかも……出席番号順に、音読したりするじゃん?それも出来ない。すると、1人だけ特別扱いされてる感じになる。そういった『特別』ないし『特殊』な俺を、いじめっ子は見逃さない。

 

 いじめっ子の1人が心底から茶化した口調で、先生に俺の番はパスだと伝えた。それに増長するかのように、周りの面子の大半がクスクスと俺を嘲笑う。言っちゃうと、イッチーとモッピー以外は敵に等しい。だからモッピーが居なくなると、俺は辛い……辛いです。もちろん、単に寂しいってのが勝ってるかんね!ほんとだかんね!

 

 と言うか、イッチーとモッピーや……なんという顔をしてんのさ。怒ってくれるのは大変に嬉しいだけどね、そんな……見てたら小便ちびりそうな表情はせんといて。じゃないと本当に……あっ、ちょっと出たかもしんない。も、ももも……漏らしてねーし!ただちょっとアレだよ、冷却水が貯水限界だったから少し排水しただけで……。早くトイレ行きたい……大丈夫だよねコレ?

 

 お兄さんを自称してるけど、前世含めたら30過ぎのオッサンだよ?小学生の怒った顔見ただけでお漏らしとか、尊厳とかそんなのがぶっ壊れだよ。ま、まぁ良い……。今日はこの国語さえ乗り切れば、放課後になる。ホームルームが終わり次第、トイレに直行しなくてはならん。もたもたしていると、イッチーに『帰ろうぜ!』って引っ張られ強制連行させられるんだよね。

 

 そうして余計な事は考えずに、耐えに耐えてようやくホームルームだ。今日に限って、誰々くんのパンツが無くなりました……みたいな事になってくれるなよ。なんてのは杞憂で済んで、先生が連絡事項を言い終わると晴れて放課後が訪れる。ヒャッハー!何とか耐えたぜぇーっ!後は、イッチーの帰ろうぜ強制送還も少し強引に振り切れば……。

 

「黒乃、帰ろうぜ!」

「…………。」

「……黒乃?おい、黒乃ってば!」

「ちょっと~、せっかく織斑くんが帰ろうって言ってんのよ?なぁに無視してんの?」

「「そうよそうよ!」」

 

 しまったああああっ!このパターンを想定していなかったぁぁぁぁ……。俺の目の前に立ちふさがった女子達……えっと、確か大迫さん、中野さん、小杉さん……だったかな?まぁ何事かと聞かれれば、イッチーが黒乃ちゃんばっかりを気遣うのを、あまりよろしく思っていない人達だ。とんでもない悪循環なんだよねぇ。

 

 イッチーは、俺の事を気に掛ける。それを大迫さん達は、面白く思わない。だからちょっかいをかけてくるが、そのせいでイッチーが助けに入る。そしてまた大迫さん達のやっかみに合うと……。この無限ループなわけで、俺が喋らない限りは抜け道は無いかも知れない。だが、今はそんな事はどうだっていいんだ……重要な事じゃ無い。トイレへの道を開けてくれやがり下さい!

 

「……なんだよ、お前ら。お前らには、関係ないだろ。」

「関係大ありよ、織斑くん!なんで、こんな子に優しくするの?いまだって、織斑くんの事を無視したのよ!?」

「黒乃は、理由もなく無視なんかしない!ほら、黒乃……こんな奴ら放って帰ろうぜ。」

 

 いや、イッチー……キミの言葉は大正解だ。だからその手を、大人しく離してくれまいか。俺はトイレに今すぐ行きたいんです。今からお家まで行くとなると、到底間に合わないんです。俺氏を含めた変態さんが大好物なシチュエーション……幼女の身体で漏らしちゃうんです!ああっ、でも……このまま振りほどいたら、イッチーの立場が……なんて言ってられるかーい!俺は思い切りイッチーの手を振り払って、トイレまで猛ダッシュ。後方で俺の事を大声で呼ぶイッチーの声が聞こえたが、俺が止まる事は無かった……。

 

 

 

 

 

 

 俺の幼馴染みには、藤堂 黒乃という女の子がいる。とある事情があって、自分の感情を表に出せなくなってしまった。そんな黒乃を、俺は受け入れる事が出来なくて……。けっこう酷い言葉も投げかけたのに、黒乃は今まで通りに優しかった。そこで俺は、ようやく黒乃が変わっていないって気がつけた。

 

 黒乃は優しい。喋ることができなくたって、しっかり俺や千冬姉を支えてくれる。俺にとっては、姉のような妹のような……とにかく自慢の家族だ。しかし、学校の奴等は皆して黒乃を除け者にする。だから俺は、あまり学校は好きじゃない。俺と黒乃と箒の3人で勉強ができればと、そう思うほどにだ。

 

「え~っと、音読は誰の番だったかしら?」

「せんせ~い。藤堂さんだから無理で~す!」

「コラ、そんな言い方しちゃダメよ!藤堂さん、気にしなくても良いからね。じゃあ次……。」

 

 まただ……。馬鹿にしたような笑い声が、教室の中へと静かに響き渡る。俺は黒乃を馬鹿にされるたびに、腹の中でマグマが沸々と煮えたぎるような感覚を覚える。だけど、黒乃は怒らない。だから俺も、怒るわけにはいかない。

 

 それはつまり、黒乃の望みではないからだ。黒乃はきっと、自分が馬鹿にさせたせいで、俺や箒に怒ってほしくないって……そう思っているはずだから。だとすれば、とにかく耐えるのみ。表情には出てしまっているだろうけど、俺は歯を食いしばって必死に怒りを抑えた。授業の内容なんてほぼ頭には入っていないが、そうこうしている間に終わりを告げたみたいだ。

 

 後は帰りの会を過ごせば、学校は終わる。今日は剣道の稽古も無い日だし、帰って黒乃と何をして遊ぼうか。そんな事を考えていると、今から楽しみでさっきまでの怒りなんて吹っ飛んでしまいそうだ。そしてクラス委員の子が号令をかけて、帰りの挨拶を元気よく言った。これで俺達は、自由の身も同然だ。俺は少し離れた所から、黒乃へと声をかける。

 

「黒乃、帰ろうぜ!」

「…………。」

「……黒乃?おい、黒乃ってば!」

 

 俺が声をかければ、いつもの黒乃は微動だにせず待ってくれる。それなのに今日は、俺の声に見向きもせずに歩いて行くではないか。何か理由があったのかも知れないけど、俺は小走りで距離を詰めて黒乃の手を掴んだ。そこで黒乃も一応は足を止めてくれたが、前に進もうとする事は止めない。俺が理由を問おうとしたら、横槍が入ってしまう。

 

「ちょっと~、せっかく織斑くんが帰ろうって言ってんのよ?なぁに無視してんの?」

「「そうよそうよ!」」

「……なんだよ、お前ら。お前らには、関係ないだろ。」

 

 まるで責めるような口調で、3人の女子はそう言った。それに対して、俺は眉間の皺を寄せながら返した。本当に、全く関係が無い。こいつらは事あるごとに、黒乃にちょっかいをかけて……。早い話が、嫌いな連中だ。どちらにせよ、俺が好きな奴なんてのは少ないけれど。だが、この3人は飛び切り嫌いな部類に相当する。

 

「関係大ありよ、織斑くん!なんで、こんな子に優しくするの?いまだって、織斑くんの事を無視したのよ!?」

「黒乃は、理由もなく無視なんかしない!ほら、黒乃……こんな奴ら放って帰ろうぜ。」

 

 なんだって、どいつもこいつもそうなんだ。黒乃が無視したくて無視していると、本気でそう思っているのだろうか。辛いのは、いつだって黒乃だ。そんな事も解らない……いや、解ろうともしない奴らに何を言っても無駄だ。そう思った俺は、黒乃よりも前を歩いて掴んだままの手を引こうとした。すると黒乃は、凄い力で俺の手を振りほどくと、そのまま教室の外へと走り去って行く。

 

「黒乃ーっ!」

「織斑く~ん。藤堂さんは何処か行っちゃったし~?私と一緒に……」

「……けよ。」

「へ?」

「退けよ……退けって言ったんだ!」

 

 俺は大声で黒乃を呼ぶが、それにも反応を示してくれない。代わりに俺の前には、例の女子達が猫なで声を出しつつ立ちふさがった。こんな連中はどうだって良い……。黒乃を追うのに邪魔ならば、タダの壁となんら変わらない。俺は強引に女子達を押しのけて、走り去った黒乃を追いかける。どこへ行ったのかは解からないけど、とにかく俺は足を急がせた。

 

 

 

 

 

 

 ふぅ~……スッキリした。いやぁ、イッチーやモッピーの形相とか関係なしに、やはり結構な量が溜まってたみたいだな~っと。我慢したつもりも無いのだけれど、かなり急に行きたくなったものだな。ま、得てしてそんなものかな。とすれば、さっさと帰る事にしよう。イッチーやモッピーは、教室で待っていてくれたりはしないだろうか。

 

 そう思った俺は、教室へと足を運ぶ。しかし、教室はもぬけの殻だ。そりゃそうか、かなり強引に振り切ったんだもの。もしかして、怒らせてしまっただろうか?まぁ……怒らせても仕方が無いのかも。はぁ……やだなぁ、帰ったら不機嫌なイッチーのお出迎えとか。拗ねたイッチーって、けっこう面倒なんだよね。

 

 だったら、少し寄り道して帰ろうかな。久々に、アレもやんなきゃな感じだし……。そう思った俺は、踵を返して下駄箱の方へと向かう。そこで一応イッチーとモッピーの靴を確認してみたけど、両方ともに靴は存在しなかった。やっぱり帰っているか……。モッピーはともかくとしてだよ、イッチーと同居ってのがやり辛いよねぇ……。良い時間帯を見計らわなければ、それはそれで遅いと怒られそうだ。

 

 用事は済んだので、急いで上履きから靴へと履きかえる。そして俺が向かう先は、家路からは外れた場所だ。それなりの大きさの公園にある……雑木林?なんて例えたらいいのか解からないけど、そんな空間に用事があった。人気も無いし、何より公園と言いつつ立ち入り禁止みたいな場所だけどねぇ。とにかくアレばっかりは、あまり人に見られるわけにいかない。

 

 人目を気にしつつ、立ち入り禁止の看板が立ててあるだけの入口を通りすぎる。そのままズンズンと奥へと進めば、例の雑木林へと辿り着く。そこらは錆び付くというよりは荒れ果てていて、大きく傷痕のついた巨木が生えている。まぁ、主犯は俺ですけど。俺がここまでやって来る理由はただ1つ……ストレス発散だ。

 

 俺は巨木に立て掛けてある木刀を拾う。これはたば姉にプレゼントされた物で、これは折れないから安心だとのこと。俺は巨木の前で木刀を構えると、心の中でしっかりと謝罪を述べる。いつも八つ当たりで申し訳ないが、今日もどうか頼んだぞ。俺は深く息を吐いて、深く吸った。

 

 俺だってなぁ……好きで喋らないわけじゃないんだよおおおお!心でそんな事を叫びながら、木刀で巨木を叩いた。こんなので終りではなく、まだまだ言いたい事は沢山ある。お前アレだよ?喋られないのが、どんだけキツいか解ってないだろ。言いたい事を言えないんだから、キツいに決まってんでしょうがああああ!

 

 それをお前……事あるごとに茶化しおって、鬱陶しいんじゃボケええええ!大迫ぉ……お前らもだぞ!イッチーが好きなのは解るけどなぁ……いい加減に逆効果だって気がつけっての!俺に当たれば当たるほど、イッチーの好感度は低下する一方だぞ!あぁ……もう、なんかもう……ザッケンナコラー!スッゾオラー!ナンオラー!

 

 日頃の溜まった鬱憤を、魂からのシャウトで発散させる。そのついでに、巨木を殴打し続けた。物と言うか、木に当たるのはどうかと俺も思うよ。けれど、こうでもしないとストレス発散の方法が無いんです!それこそ叫べないし、人を殴るのはもっとまずいし……。だからこその……巨木パイセンなのである。

 

 数ヵ月に1回あるかないか程度の周期で、俺のストレスは限界を迎える。その度にパイセンにはお世話になっている。本当に申し訳ない。……でも、木刀を振る手は緩めない。どこかにサンドバッグでも落ちてればなんだけど、流石にそんな都合よくいかないよな。とりあえず今日のところは、このくらいにしておこう。

 

 でりゃーっ!……と、フィニッシュに真横へ木刀を振ったそのときだった。パイセンを殴り続けて手が痺れていたのか、木刀は俺の手からすっぽ抜けてしまう。横回転しながら飛んでいく木刀を、しまったと思いながら追いかけようとする。その時、不思議な事が起こった!

 

 飛んでいった木刀は、空中で何かにぶつかったかの如く弾かれた。目の前で発生した怪奇現象に全く現実味がわかない俺は、打ち上がった木刀をポカーンと見つめる。やがて木刀は落下を始めるが、それでも俺は茫然としたままだ。そして木刀は、狙いすましたかのように俺の右側頭部へぶつかる。

 

 激突した木刀は、ゴスッ!っと痛そうな音をあげた。というか……事実痛いぃぃぃ……!うごぁぁぁぁ、呆けてたせいで対応が遅れてしまった……。痛い……凄く痛い。これ、大丈夫……?頭、切れてないかな。あまりの痛みに、俺は蹲りながら頭を触る。するとそこには、特大のタンコブが出来上がっているではないか。

 

 あ、あれだ……バチが当たったのだろう。巨木パイセンを殴ってきたバチが、こんな形で返ってきたのだろう。サーセン、巨木パイセン……。2度と八つ当たりは止めようと思うほどに、とてつもない痛みだ。フラフラしながら立ち上がった俺は、ランドセルを拾って外を目指す。

 

 看板の付近まで戻った俺は、そこでようやく涙が流れている事に気がついた。なるほど、痛みに関しては泣けるのか。なんて嬉しくない発見だろう。まぁ……本当に泣きたくても涙が出なかったりしたからな。あれって、けっこう辛いんだよね。なんかさ、眼球の奥が痛い感じがして……。

 

「黒乃!」

 

 俺を呼ぶ声がしたので、顔を上げてみる。すると遠くから、イッチーが走ってくるではないか。もしかして、心配して捜してくれなのかな。それは……ずいぶんと悪い事をしてしまった 。どうにか、反省の意を伝えられると良いんだけど。そう考えていたが、そんな余裕はなくなってしまう。

 

 イッチーが俺の頭を抱えるようにして抱き締めるから、先ほど作ったタンコブが圧迫される。ウギャーっ!?何この拷問!イッチー、痛い痛い!軽く死ねるからね!?俺は必死にイッチーを引き剥がそうと服を掴むが、それに反比例するかのようにイッチーの腕の力も増していく。

 

「黒乃……ごめんな!もう絶対に、俺が黒乃を泣かせたりはしない!」

 

 現在進行形で、君に泣かされているんですけど(半ギレ)。く、くそ……イッチーの気が済むまで耐えるしかないか。だが、覚えていろイッチー……。この恨み、はらさでおくべきか……!そう心でリベンジを誓いながら、じっとイッチーによるタンコブ圧迫の激痛を耐え続けた。

 

「……じゃあ、今度こそ一緒に帰ろうぜ!」

 

 俺を開放したイッチーは、イケメンスマイルを浮かべながら俺に手を差し伸べる。まぁ……悪気は無いだろうし、多少は勘弁してあげよう。俺はイッチーの手を取ると、並んで歩き出す。今日のイッチーの手には、いつも以上に力が込められていた気がする。

 

 

 

 

 

 

「黒乃……どこだ、黒乃!」

 

 俺は黒乃の向かいそうな場所を走り回るが、一向にその姿は見当たらない。いったい……黒乃は何処へ行ったのだろうか。俺の頭には、嫌なイメージばかりが浮かんでしまう。焦りが焦りを呼んで、不安は増していく。もしかすると、このまま黒乃が見つからないのでは……?

 

「そんなの……俺には、黒乃が居ないと……!」

 

 俺の隣には、黒乃が居るのが当たり前で……。黒乃が居ないと、たぶん俺はダメになってしまう。捜さないと、黒乃を……何がなんでも!落ち着いて、他に黒乃が行きそうな場所を思い出すんだ。そう……確か、本当に時々だけど姿が消える時があったような……。その時は大して気にしなかったけど、もしかすると!

 

 だとすると、俺の家からは逆方向のはずだ。俺はキュッと踵を返すと、進行方向を真後ろへと切り替えた。形振り構わずに、黒乃の名前を叫びながら走り続ける。やがて俺の行き着いた場所は、ほとんど見覚えのないような地域だ。この辺りに黒乃が居る確証は無いけど、それでもいつかは見つかると信じるしかない。

 

「僕、少し良い?」

「はい……俺ですか?」

「あなたの言ってる『クロノ』って子……もしかして、凄く長い黒髪で無表情の……。」

「そうです……その子を捜してるんです!どこかで見たんですか!?」

「ええ、たま~に見かけるのよ。」

 

 庭先で花を弄っていたおばさんが、俺に声をかけた。話を聞くと、見覚えのない女の子が時折だが顔を見せるらしい。特徴を聞く限りは、黒乃で間違いは無さそうだった。俺は食いつくように、黒乃がどこへ向かったのか尋ねる。しかし、おばさんもハッキリとは言えないらしい。ただ、いつも人気のない方向へと歩いて行くそうだ。

 

 おばさんは丁寧に、見える範囲の道のりを教えてくれた。まだ見つかるか解からないが、ここ周辺に黒乃が居る事が解っただけで大収穫だ。俺はしっかりおばさんへ礼を述べて、黒乃の捜索を再開する。おばさんに教わった道順を辿れば、残りはまた自力で捜さなければならない。

 

 俺はなるべく人通りの少ない道を選んで、黒乃の名を呼びつつ進んで行く。しばらく奥へ奥へと進んで行くと、遠くに立ち入り禁止の看板が見えた。そこはどうやら、もともと公園か何かだったみたいだ。もしやとは思ったが、そこには確かに黒乃の姿があった。俺はすぐに近寄ろうとしたが、思わず足が止まってしまう。

 

 黒乃は、泣いていた……。その表情は相変わらずだが、大粒の涙が流れているのが遠目でも解る。黒乃が時々姿を見せないのは、そういう事だったのか……。黒乃はこうやって、人目につかない場所で泣いていたのだろう。その結論に行きついた俺は、様々な事に苛立ちを覚えた。

 

 黒乃が泣いているのは、クラスメイト達が原因と言うのは明白だ。あれだけ馬鹿にされて、辛いに決まっている……。しかし俺は、黒乃が辛いという事を本当に解ってやれていなかった。その事が、何よりも悔しかった。俺は黒乃を、守れてなんかいなかったんだ。1人で泣く黒乃の……隣に居てやれなかったんだ。

 

 ……今からだって、遅くは無い。黒乃は、いつだって俺の隣に居てくれた。だから俺も、本当の意味で黒乃の隣に居続ける。黒乃の隣が俺の居場所で、俺が黒乃の居場所なんだ。決意を新たに、両足へと力を込めた。走り回って疲れもあったが、俺はこれまでにない速さで黒乃へと接近していく。

 

「黒乃!」

「…………。」

 

 黒乃はそこに居るけど、俺は変わらぬ大声で名前を呼んだ。すると黒乃は、俺の声に反応して俯かせていた顔を上げた。黒乃がそこに居る、黒乃が反応を示してくれる。当たり前の事なのに、俺はその事が嬉しくて堪らない。黒乃へ駆け寄った俺は、黒乃の頭を抱き込むようにして引き寄せた。

 

「黒乃……ごめんな!もう絶対に、俺が黒乃を泣かせたりはしない!」

「…………。」

 

 俺が黒乃をしっかり抱きしめながらそう言うと、黒乃は俺の服を掴んできた。それはまるで、俺にすがるかのような……そんな印象を俺は受けた。……今まで、やはり辛かったのだろう。大丈夫だ、黒乃。これからは、しっかり俺がお前を守って見せるから。そう伝える為に、俺はよりいっそう腕に力を込めた。

 

「……じゃあ、今度こそ一緒に帰ろうぜ!」

「…………。」

 

 黒乃を離すと、笑顔で手を差し伸べた。すると黒乃も涙を拭って、俺の手を取ってくれる。……この手はもう、絶対に離さない。そう思うと、自然と黒乃の手を掴む力が強くなる。家までは遠い場所だけど、黒乃と一緒ならあえてゆっくり歩くのも悪くない。ずいぶん遠回りになってしまったが、俺と黒乃はようやく家路へと着いた。

 

 

 




黒乃→隠れてストレス発散!
一夏→隠れて泣いてたんだな……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。