一夏と鈴音のケンカ騒動から数日が経過し、2人は仲を戻せないままクラス対抗戦の当日を迎えてしまった。その数日間を過ごすうえで、黒乃は胃が痛くて仕方が無かったとか。必ずしも自分が無関係ではないというだけで、この小心者は気まずさに負けてしまうのだ。
とはいえ、鈴音は自分に対して怒っていない事は割れている。翌日になり頭が冷えたのか、真っ先にビンタの事を謝られたものだ。しかし、その場に一夏が混ざるとその限りではなくなる。一夏が現れるや否や、表情を曇らせる鈴音に黒乃は心底から怯えていたとか……。
「一夏、今謝るなら少しくらい手加減してあげても良いわよ?」
「手加減されんなら、ボロボロになる方がマシだ。と言うか、鈴が黒乃に謝るのが先だろ。」
「謝ったわよ、アンタが居ないとこで!そもそも、アンタが禁句を言わなきゃアタシも黒乃を叩かないで済んだの!」
「その前に、黒乃の話題を出すなとか言うからだ。」
第2アリーナの真っただ中、各々の専用機を展開している2人は、相も変わらず売り言葉に買い言葉だ。お互いがお互いに頑固で主義主張を通そうとする性格ゆえ、このような事態も珍しい事ではなかったりする。だが……今回ばっかりは、本当にどちらも譲る気がないらしい。
「オーケー……良いわ。アタシら向けの手っ取り早い方法があるじゃない。」
「負けた方が先に謝る……か?」
「解ってんじゃん!でも言っとくけど、この方法なら―――」
『試合開始!』
「真っ先にアンタが謝る事になるけどね!」
鈴音が台詞を言おうとしている最中に、まるで謀ったかのように試合開始の合図が鳴り響く。それと同時に、一夏と鈴音は互いの距離を全速力で詰める。そして、一夏は瞬時に雪片弐型展開……した途端に弾かれてしまう。その衝撃は、まるで腕ごと持って行くかのような感覚だ。あえて一夏は弾かれた勢いを利用して、すぐさま離脱し鈴音を正面で捉える。
「へぇ、初撃防がれるのは意外かも。黒乃かセシリアって子のおかげかしら?」
雪片が受けた衝撃は、何が原因かなど一目瞭然だった。凰 鈴音が専用機、甲龍……得意な間合いとしては、中・近距離である。猪突猛進な鈴音にはふさわしく、その手には巨大な青龍刀が握られている。武装名は双天牙月。あまりの巨大さなため、もはや矛や斧の方が表現としては近いかも知れない。
日本刀型でシャープな造りの雪片とでは、単純に出るパワーという物が違う。両者が相性という物を認識すると、その表情を対照的なものへと変貌してゆく。特に鈴音は余裕があるのか、双天牙月を肩に担ぐようにしながら皮肉たっぷりにそう言ってみせる。
「ああ、それだけじゃ無くて箒のおかげでもあるぜ。」
「そ、だったら……特訓の成果を見せてあげないとね!」
鈴音が余裕な分だけ、一夏は余裕が無いと言って良い。だが、あくまで強気な姿勢は崩さないで鈴音に返した。すると鈴音は、やせ我慢すらさせない気のようだ。双天牙月をもう1本呼び出すと、仲違いになるように連結させ……まるでバトンさながらに回転させてみせるではないか。
そのまま鈴音は一夏へと接近し、トリッキーかつハイパワーというとんでもないラッシュを仕掛ける。鈴音の意志によってフェイントはかけ放題、おかげで刃の攻め手は読み辛い。しかし、仮に防御を合わせにいくとしてもだ……パワーに押し負けてしまって全く意味を成さない。
(くっ、この状態は不利だ!ここは、距離を開けて体勢を―――)
「甘い!」
とりあえず退く事。悔しいが、今の一夏にはそれしか選べなかった。そのまま素早くバックステップのように僅かな間を開けた……瞬間の事だ。甲龍の肩付近に浮いている非固定武装、その球体がスライドし開いたと同時に一夏は見えない何かに襲われた。その衝撃たるや、たった一撃で一夏を暗転に誘うほどだ。
「言っとくけど、今の軽くジャブだから。」
「ぐあっ!?」
何が起きたか解らない。初見ならば、まず誰しもがそう考えてしまうはず。しかし、現状でその思考こそがバッド。鈴音の宣言通りに、先ほどよりも強い衝撃が一夏を吹き飛ばす。その威力たるや、白式を地表へと叩きつけるほどだ。しかも……やはり全く視認できない。
(これは少し……いや、かなりマズイかもな……。)
◇
「あれは、何が起きた……?」
「衝撃砲、ですわね。」
「…………。」
ピットのモニターで一夏の様子を見守る3人娘は、三者三様といった風だ。対戦者もさることながら、専用機に関して知識のない箒は困惑している。セシリアは代表候補生なため知識は深い。実際に目の当たりにするのは初だが、問題なく解説も出来るレベルだ。
黒乃はと言うと、前世の知識で知っている……には知っているのだが、実は説明を読んでも衝撃砲のメカニズムを良く理解できていないのだ。衝撃砲に関してペラペラと解説するセシリアを見て、内心で俺は代表候補生として大丈夫なのかおい……?なんて考えている。
衝撃砲とは、早い話が空気砲と同等の兵器だ。空間自体に圧力をかけ砲身を生成、その際の余剰で発生した衝撃を砲弾化させて発射させる代物だ。つまり、厄介な事に鈴音がどのあたりに砲弾を撃ち込んでくるのかも見えないという事になる。更に言わせれば、砲身斜角はほぼ無制限……。
「…………。」
「ん……あ、あぁ……済まない黒乃……私なら大丈夫だ。」
「箒さん、お気持ちは解ります。ですが、今は我慢の時ですわ。」
「ああ……。」
セシリアの解説を右から左へと受け流した黒乃は、そんな事よりとでも言わんばかりに箒の肩をツンツンと突く。当然ながら、箒の顔付が一夏の心配具合を表していたから。それに数瞬遅れて返答した箒の顔は、やはり大丈夫には見えない。セシリアの言葉にも何処か生返事で応えた。
(イッチーも良く躱してる方だし、一撃で逆転できるから我慢は必要だよねぇ。)
自分の事で無くなると、他人事になる黒乃だが……その言葉に誤りはない。一夏には、白式には、雪片には……どんな状況からでも一発王手を狙える諸刃の剣が存在する。その名も零落白夜。バリア無効化攻撃を発動させ、相手のバリア残量に関わらずそれを斬り裂いて本体に直接ダメージを与える事が出来る。
一夏が理解していないままではあったが、セシリア戦で一気にシールドエネルギーを削り切ったのがそれだ。ただし、発動には白式のシールドエネルギーを消費するという大きな欠点がある。一歩でもタイミングを誤れば、一夏の生命を脅かしかねない……。千冬曰く、白式は欠陥機だとか。
(狙ってるのは解るけど……少しじれったいな。)
映し出されている一夏と白式を見るに、黒乃は妙に落ち着かない。それはきっと、刹那ならチャチャッと接近して一気にズバッ!……なのになぁとか考えているからだ。確かに、刹那に零落白夜が加わればとんでもない事になる光景しか思い浮かばない。
『鈴。』
『な、何よ……。』
『本気で行くからな。』
内心でソワソワしていた黒乃だが、何処かで聞いた事のある台詞だと意識を集中させた。何故ならば、この台詞が聞けたという事は……もうすぐアレが襲来する合図だからだ。急に真剣な顔つきでそう告げる一夏に、鈴音は不覚にもときめいてしまったようで……双天牙月を構え直すという隙が生じてしまった。
「ええ、一夏さん……ベストタイミングですわ!」
「あれは、瞬時加速!」
「しっかりバリア無効化攻撃も発動させているようですし、これは―――」
「獲ったか!?」
(ところがギッチョン!)
衝撃砲が射撃を開始するよりも前に、距離を詰め切って零落白夜を当てる。果てしなく感じるその距離を縮めるには、瞬時加速はもってこいの代物だろう。一夏が仕掛けるタイミングを悟ったセシリアは、白式が加速を始めるのと同時ほどに惜しみない賞賛を送る。
セシリアの言葉を聞いてか、箒はどこか安心の入り混じった声色で叫ぶ。それは何処か、一夏の勝利を確信したかのようだ。そう……それこそ、セシリアだって一夏が勝ったと思った事だろう。真逆の考えを持った人物が1人、藤堂 黒乃である。黒乃が心の中でそう言ったのと同時ほどに、とてつもない振動がアリーナ全体を揺らした。
「な、何事です!?……あら、黒乃さん……ごめんあそばせ。」
「ありがとう黒乃、助かったぞ……。」
「…………。」
2人の間に立っていた黒乃は、力強くその腕を握った。バランスを崩しかけた箒とセシリアだったが、黒乃のおかげで転倒は免れる。振動が収まり次第に、セシリアはすぐさまモニターへ注目した。するとセシリアの目に映ったのは、よく解からない何かとしか表現しようのない異形のIS……。
「なん……なのだ……?あの、ISは……。」
「……解かりません。ただ1つ言えるのは……あのIS、アリーナのシールドを貫通させる火力を持っている事実ですわ。」
腕がつま先よりも長く、首が存在せず頭部と肩が連結している……そんな異形は、零落白夜のような特殊能力も無しにアリーナのシールドを貫通させたという事だ。これがどういう事か、よほどの馬鹿では無い限りは理解できるだろう。それすなわち、その攻撃を一撃喰らえば即アウトと……そういう事になる。
「一夏を助けねば!」
「それよりも、まずは現状を把握するべきですわ。織斑先生の元へ向かいましょう。黒乃さん、一夏さんはきっと大丈夫ですわ!」
(あ~……やっぱ俺も行かなきゃダメなパターン?……草も生えない。)
非常事態だからこそ、まず現状を把握すべき。そう提案したセシリアの言葉に、箒は思ったよりもすんなり従う。対して、黒乃は2人が先を急ごうとしてもしばらくその場を離れようとはしなかった。セシリアは、箒以上に一夏の事が心配だからと解釈したようだが……コイツは単純に行きたくないだけである。
そもそも黒乃が代表候補生になりたくなかったのは、こういった非常時に駆り出されてしまうから。自分は大した戦力じゃないのに……なんてふざけた事を考えつつも、黒乃は渋々2人の後を追った。一口にピット内と言っても広し、とはいえ存在感のある千冬はすぐに捕まった。
「先生、わたくしと黒乃さんにISの使用許可を!事は一刻を争いますわ!」
「ああ、お前らか……。残念ながらそれは不可能だ。コレを見ろ。」
千冬に話しかけるなりセシリアはそう言うが、むしろ向こうもそうくるだろうと反論の用意はしてあったようだ。千冬が手元の端末を弄ると、現在のアリーナ内のセキュリティが映し出される。そこには、遮断シールドレベル4設定、全ての扉にロックという表示がなされていた。
「そ、そんな……これでは!」
「今は避難も援護も出来んな。」
『あ~……織斑先生。避難に関してですけど、御相談があります。』
「近江……先生か?どうした。」
『今非常口のクラッキングをやってるんですけどね、これ……作りが厄介です。常に誰かがプロテクトを実行してないと閉じちゃう仕様みたいです。』
避難に関して千冬が言及すると、通信機器から鷹丸の声が響いた。日ごろの癖か、不特定多数を前にして呼び捨てしそうになるのを何とかこらえ反応を示した。鷹丸の声色は、余裕はありそうだがヘラヘラはしていない。緊急事態を前に、真剣そのもので事にあたっているようだ。
「つまり、何が言いたい。」
『僕が常時クラッキングしてる非常口は開きます。裏を返せばここしか開けられないって事です。つまり―――』
「その入り口に、人が殺到する危険性がある……か?」
『御明察。将棋倒しとか怖いですからね。どなたか避難誘導をお願いします……山田先生以外で。』
それでなくてもマンモス級に生徒の多いIS学園だ。その生徒達がパニック状態、なおかつ非常口が1つしか開かないとなると……鷹丸の言う通りに事故が発生してしまうかも知れない。それだけは避ける為に、鷹丸は救援を要請したのだ……真耶以外で。
「よしっ、了解した……私が向かう。」
『それは心強いです。スミマセンけど、これ以降は集中させて下さい。』
「お前達、今のは聞いていたな?私が居ないからと言って、勝手な行動は慎むように。山田先生、この場は任せる。」
「は、ははは……はいっ!喜んで!」
鷹丸に悪気はないわけだが、山田先生以外と言われて少ししょんぼりしていた。のだが、千冬に指令を出されて緊張感を取り戻す。ただし、若干テンパっているのか言葉の使いどころを間違えているが……。そうして千冬が鷹丸の元へと向かおうと背を向けたときだった。
(ん〜……このまま出撃する流れかなぁ……やだなぁ……。)
「あうっ!?く、黒乃……お前……!」
(……ええ!?ご、ごめんモッピー!)
黒乃は一連の流れを見て、やっぱりだいたいは原作通りの流れである事に辟易とする。出撃したくないだけに、ちぇ~っ……っと、まるで拗ねた子供かのように左足を小さくを振り上げた。その際に、何かを引っ掛けた感触が足に残り違和感を感じる。
その数瞬後には、かなり痛そうな音を立て盛大に箒が転ぶ。何事かはすぐに黒乃は理解した。たまたまだが、何処かへ向かおうとしていた箒を転倒させてしまったのだ。逆に箒からすれば、故意に転ばされたようにしか思えず……恨めしい目で黒乃を見る。
(いや、マジでゴメン!だ、大丈夫……?)
「黒乃……。いや、お前の言う通りだ……。私が愚かだったらしい。」
(はい?……あっ、もしかしてだけど……。)
転んだままの箒に慌てて駆け寄ると、しゃがんで視線を箒と合わせる。それは黒乃にとって、申し訳ないという意思表示のつもりだったのだが……何故か畏まられた。これを黒乃は、無茶をしようとしたのを防いだのだと察する。
というのも、原作での箒は危うく死にかけたと言って良い。通信室へ無理矢理にでも侵入し、音声放送で一夏を激励したのだ。それが異形のISに注目される要因となり、主砲で攻撃されかける。で、隙を見て管制室へ向かおうとしたのを、偶然にも黒乃が防いだという事。
「黒乃……私の代わりに、一夏を助けてやってくれ!頼む……頼む……!」
(え、えぇ~……?正直首を横に振りたい……けど、女の子にこんな頼まれ方した日には……NOと言えない自分が嫌だああああ!)
「ちょっ、黒乃さん!?何処へ連れて行く気ですの!」
未だ倒れたままの状態で、箒は黒乃の服の胸元を掴む。そうして声を震わせながら、まるですがるかのように懇願する。あまりの必死さに、黒乃は断る事ができず……。箒の手をそっと退かすと、力強く頷いてセシリアと共に何処かへと消えていく。
◇
(私はなんと……無力なんだ……。)
今この場に立っていると、本当にそれを思い知らされる。近江先生は、取り残された生徒達の為に動き、黒乃やセシリアは順当に事が進めば一夏と凰の援護に向かうのだろう。千冬さんは周囲の教師に指示を出し、山田先生はそれに従って……。
私だけだ……私だけが、誰の為にも何の為にも動けていない。そうしている間にも、一夏は……!……応援……そうだ!激励の言葉くらいなら……私にだって。ならば私が向かうべきは通信室……丁度いい事に千冬さんもこの場を離脱するらしい。
千冬さんが私達に背を向けたタイミングで、瞬時に踵を返しいざ通信室へ。そう振り返った時の事だ。私の足は、文字通り何者かに掬われた。倒れる私の視界に入ったのは、鋭い足払いをしている黒乃……。気配を察知する事ができずに、私は簡単に転ばされる。
「あうっ!?く、黒乃……お前……!」
割と派手に転んだせいで、黒乃の足払いの意図を考えるのよりも前にまず睨む事から入ってしまう。黒乃も私に意図を伝えたいのか、すぐさま駆け寄り視線を倒れたままの私に合わせる。黒乃はいつもの無表情だが……その目は何処か、悲しそうな目をしていた。
どうして黒乃がそんな目をするのか。そんなのは簡単だ……。黒乃は、私のやろうとしている事などお見通しなのだろう。そのうえで、どうしてそんな無茶を……と、私に問いかけたいに違いない。そうすると、私の頭がスッと冴えていくのが解る。
……もし通信室に辿り着けたとしてだ。音声放送を放つとあらば、あのISは私に攻撃するかも知れない。その事で、一夏と凰が窮地に立たされてしまうかも知れない。私は取り返しのつかない事をするところだった……。だが、やはり……私には何もできんのか……!?
「黒乃……。いや、お前の言う通りだ……。私が愚かだったらしい。」
「…………。」
「黒乃……私の代わりに、一夏を助けてやってくれ!頼む……頼む……!」
「…………!」
黒乃ならば、絶対に一夏の力になってくれる。妙に確信めいた感覚が宿る私は、情けないながらも……こうして黒乃に頼む事しかできない。しかし、黒乃は確と首を縦に振ってくれた。それだけで、私は少し救われた気分になる。
セシリアを強制連行して、黒乃は何処かへと向かう。何か考えがあるのだろう。それを見た千冬さんは、何やら頭の痛そうな様子だ。勝手な行動を慎めと言ったばかりで、私も黒乃も我が道を行くからかもな……。そうなると、私の身は危ういのかも知れん。
「はぁ……まったくどいつもこいつも……。おい、篠ノ之。」
「は、はい……。」
「いつまでそうしているつもりだ?」
……そう言われてみれば、いつまでも伏せたままだった。私は埃を払いながら立ち上がると、不意に膝へと痛みが走った事に気がつく。私の膝は、青紫に変色しているじゃないか。黒乃め、もう少し優しく止めてくれれば良いものを……。い、いや……私を想ってしてくれた事だ、文句は言うまい……。
「篠ノ之……悔しいか?」
「っ!?……はい。」
「そうか……。ならばその悔しさ、決して忘れるな。今度はお前が足元を掬ってやれ……意外と藤堂は脇が甘い。」
「はいっ……!」
千冬さんの問いかけに肯定を示すと、一気に悔しさが込み上げてきた。それに耐え切れなかった私は、涙ながらに返事をかえす。だが、何もできないと決めつけるのはまだ早い。きっと黒乃は、私にも他にできる事があると……そう思って止めてくれたのだろうから。私にも……できる事……。
「織斑先生、避難誘導……私にやらせて下さい!織斑先生は、ここで教師陣の指揮を!」
「フッ……。ああ、それで頼む。篠ノ之の声は良く通る……何、多少は高圧的に指示を出して構わんからな。」
「はいっ!」
避難誘導で近江先生が手を借りたいと言っていたのを思い出した。私も一生徒だが、皆の安全を確保するのも立派な仕事だ。そんな私の申し出を、千冬さんは快諾してくれた。その表情は、何処か……私を褒めてくれているようにも見える。
千冬さんに一礼した私は、近江先生の待つ非常口へと猛ダッシュで向かう。その際には、膝の怪我など気にならないほど私は生き生きとしていたのだろう。黒乃……いつもいつも、私の目付役として苦労をかける。いつしかお前の隣で戦える時がくれば、その時は……今まで貰ったものを返させてくれ……。