イッチーとセシリーが模擬戦をした翌日、同じ時間と場所……つまり放課後の第3アリーナに俺は居た。現在はピットにて、精神統一をしているところだ。刹那に乗るには、相当な集中力が必要になる。繊細な操作をしなければ、墜落してしまうリスクが高いからね。
「黒乃?こんなところで仁王立ちしてどうし―――」
「ああ、今話しかけない方が良いよ。彼女、試合前はいつもそうだから。」
「近江先生。つまり……ルーティーンという奴ですか?」
「うん、多分だけどね。声をかけるのは、藤堂さんの準備が整ってからにしてあげて。」
そうそう、イッチー……悪いけど今は話しかけんといて。応援に来てくれたのは素直に嬉しいけどね、せっちゃんはデリケートな子だからさ。……というか、イッチーが昨日はセシリーに勝ったらしいんだから驚きだよ。それに関しては失礼な事をしたな……。結果は見えたーなんて言ってさ、最後まで試合を見ないままとか。
……あれ?そう言えば、奴隷化計画はどうなったんだよイッチー。あれか、勢い余って勝っちゃいました的な?考えられるとすればそれしかない。う~ん……無いとは思うけど、俺もそうならないように注意しておかないと。そう……俺はセシリーに勝つために此処に居るのではない……奴隷にしてもらう為だ!
「もう良いかな……。2人共、何かあるなら今だよ。」
「黒乃、頑張れよ。黒乃ならきっと勝てるさ!」
「日本人の力、オルコットに見せつけてやれ。」
有難い事に2人から激励の言葉をいただいた。全力でやるつもりはあるけど、勝つ気があまりないからなんか申し訳ないな……。いや、それで2人には俺の全力はそんなもんだと解って貰おう。とりあえず首を頷かせて肯定はしておく、誰も勝つとは言ってないかんね。
「じゃ、刹那を展開してね。」
「…………。」
「これが黒乃の専用機……なのか。」
「やはり烏か……。」
いやモッピー、やはり天才か……みたいな言い方してどうしたのさ?まぁ仰る通りに烏ですけど……。気にするほどの事でも無い……か?とにかく、刹那を展開した俺はカタパルトまで移動を開始する。そして出撃準備をしてくれている鷹兄を見て思ったが、ちー姉と山田先生は何処に居るんだろ。
流石にこの場を鷹兄だけには任せないだろうから、セシリー側のピットに居るのかな。どうせなら、こっちで応援してくれたら嬉しかったけど。しょうがないか、ちー姉は教師なんだもんな。そんじゃ、ゲートも開いた事ですし……行きますか。雷火を通常飛行能力でフルブースト……飛行開始!
相変わらずトンデモな速度に背中を押されて、一気に競技場へと躍り出た。こればっかりは一生慣れる事も無さそうだ……。ま、最近は幾分かはマシって感じかな……。さて、向こう側からセシリーも出てきたな。大概の人は刹那の速度に面喰うけど、セシリーは冷静なもんだ。……むしろ睨まれてるくらいだよ。
いったい俺が何したって言うんですか……。アンジェラさんの敵とか言ったけど、やっぱりそれは納得できない。この静寂が痛いよ……どういうわけか観客人っ子1人居やしないし。あれですか、俺ごときの試合は見る価値が無いと、そういう事なんでしょうか?
「ようやくこの時が来ましたわ。ミス・藤堂……わたくしは、貴女に勝ちます。そして、姉様の無念をわたくしが……!」
「…………。」
だからさ、俺が何したって言うの。そこの説明してくれないと、いい加減に俺も怒るときは怒るよ?まぁ……あくまで心の中で止めるけど……。喋れたとしても、喧嘩だのなんだの火種になるような事は避けるのが俺の人生である。だって、労力の無駄だよ……怖いし気分悪いし……。……今は試合に集中しないとね。
『試合開始。』
さぁて、始めますか。とりあえず2択だよセシリー……自分が喰らうか、BTを犠牲にするか決めちゃって。俺は試合開始と同時に、刹那の太もも部に収納してある短刀、紅雨と翠雨を取り出す。そして、紅雨は浮いているBTの1つへ投げつけ、翠雨はセシリーへと投げつけた。
「くっ、いきなりですわね……!」
セシリーが自分の行動とBTの行動を両立できないのは有名な話だ。こうやって同時に本体とBTを攻撃してしまえば、セシリーは本体かBTのいずれかを犠牲にしなくちゃならないって事になる。まぁ……本体に当たっても一撃必殺なんてありえないし、俺の場合は刀の投擲だから回数に制限があるけど。
「背に腹は代えられませんわ!」
どうやらセシリーは、自身がダメージを避ける事を選んだらしい。翠雨は余裕で回避されたが、そのおかげで紅雨はサックリと刺さって爆発炎上……とまではいかないけど、機能不全を起こしたらしく重力に従って地に落ちて行く。俺はセシリーが回避行動を取った一瞬の隙を狙いって
「っ!?キャアアアア!」
この刹那の前には、隙が一瞬だけあれば距離なんかあって無いも同然だ。お次は疾雷、迅雷……君らの出番だ。この2本は、肩に装着してあるためか引き抜くと同時に攻撃しやすい。ちょっと体勢的に無理があったから、疾雷と迅雷をそれぞれ1本ずつ引き抜きながらセシリーの身体へ攻撃した。
「そう簡単にいきません事よ。」
「…………!?」
そう言うとセシリーは、ミサイルBTに弾頭を装填、即発射してきた。ヤ、ヤバッ……!零距離でミサイル発射して、俺へ確実に当てる気だな……。この距離だと自分ごと巻き込まれるのは請け合いなのに、大した奴だ……。なんて言ってる暇は無い!多分この距離で完全回避はもう無理、だけど
とにかく俺は急いで右へと
ふぉおおおお……あっぶないなぁ~もう。こ、怖くない……怖くないから落ち着こうか俺よ。しかし……この状況……なんだかアンジェラさんの時に似ているな。だとすると……大事を取って離脱しとこうかな。刹那の弱点……かどうかは微妙だけど、後方に移動するには
(むっ、来たか……?)
刹那のハイパーセンサーが、数多の警告音を発した。それと同時に、煙を突き破るかのようにレーザーが俺に向かって飛んで来る。警告音の数からして、3基のBTによる弾幕攻撃かな?弾幕と言ったって、連射力はさほど高くないから問題は無い……と思う!とにかく俺は、
「ちょこまかと……。ですが、これには気付けなかったようですね!」
「…………!?」
「喰らいなさい!」
「…………っ!」
セシリーの意識が、俺の背後に向いている事に気が付いた。ハイパーセンセーで注視してみると、そこには……紅雨が刺さったままのBTが浮遊していた。マジか!?と思った時にはもう遅い。至近距離から放たれたレーザーは、俺の背中へとクリーンヒットしてしまう。
クソッ、警告音だらけでどれがどれだか解からなかった……!もっと言うなれば、紅雨が刺さったBTは機能不全で墜落したんじゃなかったんだ。自ら制御しない事でさも再起不能に見せかけ、こうやって俺の後ろへ回させた……。ガムシャラに弾幕を張ったのは、警告を少しでも誤魔化す為だったか!
(こなくそ……よくもやってくれたな!)
このままBTを至近距離で纏わりつかせる訳にもいかない。俺はグルリと振り返り、鳥類の足のようになっている刹那の脚部でBTを捕える。そのまま体を折り曲げ紅雨を引っ掴むと、逆手に持ち力を込めて手前側へ引っ張った。するとBTは火花を上げながら中ほどから裂け、今度こそ再起不能としか言いようのない状態だと確信させる。
「そちらばかりに気を取られてもよろしいのかしら?」
そりゃ追撃を狙うくらい解ってるって……!セシリーは俺が背を向けているのをいいことに、続けてBT3基による射撃攻撃を見舞ってくる。いぃ……タイミング的に、何発か避けられないのがある……ってのが理解できちゃう経験則がヤダ!俺は数発レーザーを喰らいながら、とにかく安全圏へ向けて
諦めたのか、これ以上の追撃は無意味と判断したのかは解からないけど……セシリーの攻撃の手はいったん止まった。ふぅ……ようやく落ち着く―――わけねぇだろうがこんなのーっ!もうヤダぁ……セシリー怖いよぉ……。代表候補生ってやっぱり強い……。アンジェラさんは除いてだけど、このレベルの相手も初めて戦うし……。
「っ!?あ、貴女……何が可笑しいと言うのです?!」
へぁ?……ああ、いつものパターンね……。まぁた怖くなって例の笑顔が出ちゃってるか。う~ん……セシリーは目に見えて動揺してるな。俺の笑顔を見て動揺してる相手を攻撃するのは気が退けるんだけど。かと言って、落ち着くまで待つとセシリーに舐めてるのか、なんて言われちゃいそうだな……。
……攻撃、しようか……怖いけどね。方法は、どうするかな……。ボスと戦う時は周囲の雑魚散らしからするのが定石だけど、そうこうしてる間にスターライトMk-Ⅲを撃たれるのは1番嫌だ。だとすると、一気に詰め寄って接近戦に持ち込もうか。ブルー・ティアーズは懐に潜り込んだもん勝ちだからね。
「…………。」
「こ、これは……烏の翼……?」
最大限の
「こ……ないで……来ないで下さい!」
速さが足りているから!俺は
「なっ……!?は、離しなさい!」
し、しまったああああ!勢いつきすぎてるうううう!
ここまでくれば、ほぼ勝ち確定だ。刹那を操作してしっかり脚部のロックを確かめると、俺はイメージインターフェースで霹靂の作動をオンへと切り替えた。そしてそのまま右ひじを折り曲げると、刹那の肘からシャコン!と仕込刀が飛び出てきた。俺は霹靂の刃を、肱打ちの要領で……叩き込む!……っつっても、ずっと押し付けるつもりだけど。
「ヒッ……!キャア!?」
「…………!」
「このっ……このぉ!」
「…………っ!」
そりゃ当然……反撃はしてくるよねぇ。セシリーは俺に組みつかれた状態のままで、巧みに3基のBTを操作する。BT達は俺の頭上で留まり、容赦のないレーザーの雨を降らせた。くぅぅ……!こ、怖い……けど、ココでセシリーを離したら……もっと怖い事が起きるに違いない!
「キャッ!?ね、狙いが……定まらな……。」
そう思った俺は、地上へ向かってまたしても
「うぐぅ……!」
よっし!後は、このままブルー・ティアーズのエネルギー切れまで、霹靂の刃を押し付けるのみ……へ……はぁ……ハックショイ!あ、あれ……やばくね!?地面に叩きつけた際に舞いあがった土煙で、鼻がムズムズ……ダアックショイ!く、クシャミが……止まんな……バエーックショイ!
「……!……!……!……!」
「あ、あぁ……!」
「……!……!……!……!」
「あああああああああっ!」
う、うわああああ!?クシャミで体が動くのに合わせて、霹靂をセシリーの胴体に叩きつけちゃってるぅ!?もしかして俺、鼻炎持ちで……ハクション!ヒクション!ウェークシッ!ええ……そ、そんなつもりじゃないのにぃ!だ、誰か俺を止めてくれー!……ックション!
「もういい……黒乃!」
ほわぁ!?ち、ちー姉……ってどわぁ!クシャミに夢中で気が付かなかったのか……?打鉄を纏ったちー姉が乱入して来て、トップスピードに乗せた蹴りで俺を吹き飛ばした。そのままズザザーッと地面を転がって、ようやくちー姉の蹴りの威力が無になる。
「ブルー・ティアーズのエネルギーはまだ残っている……が、もうお前の勝ちだ……黒乃。」
「…………。」
そう言われてセシリーに再度目線を合わせてみる。それと同時ほどだったろうか、セシリーが気を失った影響らしく、ブルー・ティアーズは強制解除……って、気絶……?……マジで!?失神するくらい怖かった!?ああ、ええと……た、担架!……は違う……ああと、ええと……。
い、いかん……いろんな事が一気に起きすぎて、少し腰が抜けてしまった……。刹那を纏っているから良いが、気を抜いたらこけるな……これは……。と、とりあえず……セシリーを保健室に運ぼうか。俺も動揺が大きくて、操作が上手くいかない。フラフラとした足取りになりながら、セシリーへ近づくと……。
「いい……もう良い……落ち着くんだ黒乃……!」
あ、あざっすちー姉……。俺を抱き留めてあやしてくれるのはもう死ぬほど嬉しいけど、俺よりもまずセシリーだよ。クシャミのせいとは言え、何度も霹靂を叩きつけたのは俺の責任だよ。だから今すぐ、セシリーを保健室へ搬送しなくちゃ。気絶させたのが俺なら、それが俺の役目だろうから。
「黒乃……。」
ちー姉を多少強引にひっぺがすと、セシリーを横抱きに持ち上げて飛行を開始した。慎重に飛ばないと、マジでエネルギーが尽きるな……。慎重に慎重にセシリーを運ぶと、何とか自陣ピットまで戻る事が出来た。ごめん、本当にごめんなセシリー……。今あったかいお布団が待ってるよ~……。
「黒乃……。」
「……軽蔑してくれていい。」
「!?」
はいはいイッチー……正義感の強いキミは、俺のやらかした事に言いたい事は多いでしょうよ。説教、文句、誹謗中傷……後からいくらでも聞くんで、今は俺を通しておくれ。最近は調子がいいせいか、取りあえず簡潔に俺の考えを伝えられた。それでイッチーは水をかけたように大人しくなり、俺は急ぎつつ保健室を目指す。
う~む……この運び方って、セシリーに負担が大きいかな……。やっぱり大人しく担架とか捜した方が良かったかも……って、それだと相方が必要になるでしょうよ。イッチーは無論だけど、手伝ってくれそうな人は居なかったし……。良いや……迷ってる暇があるなら急いだ方が良い!俺はセシリーに最大限の気遣いをしつつ、迅速に保健室までの道のりを急いだ。
黒乃→クシャミのせいで、霹靂の刃をセシリーに何度も叩きつけちゃってるよ!
箒→あんな笑顔で、あんな戦法……!あれは本当に、黒乃なのか!?