八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第25話 固有スキル ラッキースケベ

(ん……もうこんな時間か……。)

 

 放課後の1年1組教室では、寂しい事に俺しか残っていない。居残りで勉強をしていたが、よほど集中していたのか夕日も沈みかけている。俺が手を付けていたのは、ISに関するあれこれの知識が載せられた参考書だ。代表候補生と模擬戦をする事になった今、詰められるだけの知識は詰めておかないとならない。

 

 しかし、この参考書を捨てかけた俺は……随分とマヌケだったな。黒乃が拾っておいてくれたから良かったものの、1人暮らしだったら今ごろはリサイクルされているところだろう。……その黒乃の為にも負けられない。気持ちは同じだって、黒乃はそう言ってくれたんだ。

 

 ……俺は、その言葉が嬉しくて堪らない。好きな子にそんな事を言われた日には、やる気も湧いてくるというものだ。とはいえ、今日の所はこのくらいにしておこう。何事も適度にこなすのが大事だ。そう思って勉強道具を片付けていると、軽い調子の声が俺の耳に届いた。

 

「おや、まだ教室に居たのかい。居残り勉強とは感心だね。」

「近江先生……?あの、俺に何か用事ですか。」

「う~ん……僕と言えば僕もだけど、一緒に君を探してほしいって頼まれてさ。おーい、山田先生~!」

「あっ、ここに居たんですね織斑くん。スミマセン近江先生……わざわざ一緒に探してくださって。」

 

 俺の前に現れたのは、いつも通りのニヤけた顔の近江先生だった。う~む、人当たりは良さそうなんだけどな、やっぱりどうも胡散臭く感じてしまう。そんな感想を抱いていると悟られないように、何か用事かと問いかけてみる。すると近江先生は、教室の外に居るらしい山田先生を呼び寄せた。

 

 自分も用事はある……と言っていたが、大半は山田先生の方らしい。1年1組副担任コンビは、いったい俺に何の用事なのだろうか。山田先生がペコペコと近江先生に頭を下げている内は話が進む事も無さそうだ……。しばらく待つと、山田先生はハッとなったように俺へと向き直った。

 

「お、織斑くんもスミマセン……。」

「いや、大丈夫ですよ。それより、俺に用事って……。」

「それがですね、寮の部屋が決まりました。」

「はい、これが部屋番号とその部屋のキーだよ。」

 

 用事を尋ねると、副担任コンビは畳み掛けるように事を進行してゆく。近江先生にキーやらを渡されるわけだが、俺からすると不可解な事態だったり。IS学園が全寮制なのは知っている。だが、部屋の調整諸々が原因で1週間は自宅通学だと知らされていた。俺は率直にその質問を副担任コンビへぶつけてみる。

 

「事情が事情ですので、部屋割りを無理矢理にでも変更したらしいんです。」

「上はさらっと命令するだけだからねぇ。あ、それは僕にも言えた事か……ハハハ。とにかく、日本政府のご要望って事だよ。」

 

 なるほど……。IS学園が全寮制なのは、そもそも有望な人材を保護するという名目だ。そうなると未だかつて前例のない男性IS操縦者である俺は、何が何でも危険に晒すわけにはいかないって事か。それこそ、俺がISを動かせることが発覚してから凄まじい物だったしな……。家に研究者を名乗る人が押しかけてきたりして。

 

「あ、しばらくすれば個室も用意出来るらしいけど、それまでは女子と相部屋だけど我慢してね。」

「……近江先生は何処に寝泊まりするんです。」

「僕かい?教師と生徒じゃ圧倒的に数が違うからね、僕は普通に個室……。なんなら、僕と相部屋がいいかい?」

「い、いや……遠慮します……。」

「おやおや、それは残念。」

 

 同じく男性である近江先生に、素朴な疑問が浮かんだので聞いてみた。どうやら近江先生は、教師用の寮室が用意されているらしい。その後に続けざまに出てきた言葉は、即答で拒否しておく。今の言い方からするに冗談ってのは解るけど……。……って、山田先生……顔を紅くして、よからぬ想像でもしてるんじゃないでしょうね。

 

「んじゃ、荷物纏めないとなんないんで帰ります。」

「だっ、大丈夫ですよ織斑くん。荷物の手配は、織斑先生がしておいてくれたので!」

 

 やっぱりよからぬ想像をしていたのか、山田先生は声をうわずらせながら俺にそう告げた。千冬姉……気が利くな……と思ったのも束の間だった。発送された品の内容が書かれた紙を渡されたが、数枚の着替えと携帯電話の充電器のみ。……千冬姉、少しは娯楽の事も考えてくれると弟は大変喜びます。

 

「それと、夕食は6時から7時までの間……寮に1年生用の食堂がありますからそこで!そ、それでは!」

「山田先生~?う~んと、各部屋にシャワーがあるけど、大浴場もあるよ。時間割は学年ごとに区切られてるみたいだけど、僕らにはあまり関係ない話だね。」

「へ?なんでですか。」

「考えてもみなよ。僕らはこの学園の0コンマ数%の男でしょう?しかも突発的にこの学園に来たんだし……時間が割り当てられている方が不自然だよ。」

 

 山田先生は早口で喋ると、まるで逃げるように教室を去って行った。話はそれで終わりかと思ったら、どうやらまだだったみたいだ……。近江先生が山田先生に着いて来たのは、たぶんだけど補足を入れる為であろう。最後は風呂の話だった訳だが、随分と残念な情報を仕入れてしまったものだ。風呂、好きなんだけどなぁ……。

 

「ん~……伝えるべきはそのくらいかな。忘れてたらまた伝えるし、解らない事があったら気軽に聞いてね。それじゃ、この後会議らしいから僕はもう行くよ。」

「どうも。わざわざありがとうございました。」

「うん、明日も遅刻しないようにね。」

 

 近江先生はそういうと、手をヒラヒラと振りながら山田先生を追いかけはじめた。……あっ、今朝の黒乃に対しての態度に関して聞いておけば良かったかも。まぁ……あれも冗談だと勝手に思っておく事にしよう。うん……本当に冗談であってくれ。さもなきゃ俺の恋が砕け散る。

 

 教室を出た俺は、自室となる1025号を目指して彷徨っていた。というか、たかだか学生寮で4桁になるってどういう事だよ。そんなことを考えながらも、特に問題もなく辿り着けた。なんだか、扉から高級感が漂っているな。さて、とっとと入って1日の疲れを癒すとするか……。

 

 扉を開いて中へと入ってみると、とてもじゃないが寮室と呼べるものではない。それはもちろんいい意味で。自宅の俺の部屋なんかよりはよほど綺麗な内装だ。落ち着かないが、そこは徐々に慣らしていくしかないな。ん、あの段ボールに入っているのが俺の荷物か。

 

「同室の者か?私は篠ノ乃 箒という。これからよろしく頼……。」

「箒か……?」

 

 さっそく荷解きをしようと思ったら、何か聞き憶えのある声がした。振り返ってみるとそこには、バスタオル姿の幼馴染がいる。箒もきっと油断していたに違いない。そして俺がこの場に居る事実……。同室だと察してくれなければ、単に覗きを働いたように解釈されかねないぞ。

 

「なっ、なななな……。」

「な?」

「何故ここに居る!?」

「何故って、俺もこの部屋に住むからだが」

「なん……だと……!?と、というか……見るな!」

 

 やっぱり混乱もするよな。というか、むしろ箒で助かったとも言える。これでもし顔見知りですらなかったとすれば、俺は間違いなく生徒指導室にでもぶち込まれているはずだ。持つべきものは幼馴染だな、うんうん。それより、混乱している箒にフォローを入れよう。

 

「箒。」

「な、何だ……。」

「服の上からでも解ったけど、お前やっぱりきょにゅ――――」

「出て行けーっ!」

 

 場を和ませようとしたら追い出された。何故だ、一応は冗談っぽくする為に笑い飛ばすように言ったのに。しかし、この状況はあまりよろしくないな。騒ぎを聞きつけてか、女子達が集まり始めている。箒もそうだが、女子達の格好は総じてギリギリだ。何がとは言わないけど。

 

 そうだ、挨拶がてらにお隣さんへ助けを求めてみよう。そうだな、それじゃ……1026号室を訪ねようじゃないか。あくまで自然な様子を意識して、初めから挨拶目的ですよみたいな空気で1026室の扉を叩いた。……返事がないな。扉の鍵は……。

 

 出かけているのかも知れないと思って、鍵がかけてあるかどうかだけ確認しようと俺はドアノブに手を伸ばした。するとどうだ、掴もうとしたドアノブが急に奥へと引かれてしまう。既に体重を扉にかけようとしていたせいか、俺は倒れこむように1026室に入室する形になった。

 

「うわっ!……なんか柔らか……。」

「…………。」

「い……?いいいい!?く、くくく……黒乃!?」

 

 倒れてしばらく目を閉じていたが、刮目してみるとバスタオル姿の幼馴染がそこにはいた。箒の時と一字一句同じじゃないか。いや、厳密に言えば同じではない……。俺は倒れた勢い余ってか、黒乃を押し倒してしまっている。ついでに言えば、胸に手を……胸?……俺の恋、たった今終わったかもしれない。

 

「わ、悪い……今どくからな!」

『い、一夏……。着替え終わったぞ。その……さっきはすまなかった。私も落ち着いたから、ゆっくり……。』

「ま、待ってくれ箒!今それどころじゃ……。」

『む……?もしや、何かトラブルか!?待っていろ、助太刀……』

「いや、違っ……部屋に入ってくるなって言いたいだけで……。」

「一夏、無事か!?……って、何をやっとるか貴様ああああ!」

 

 扉越しに話しかけてきた箒の様子からするに、焦る俺に何やら危機が迫っているとでも思ったのだろう。助太刀……あたりからドタバタと音が聞こえたから、竹刀でも取りに戻ったのだと考えていると……その通りだった。黒乃にまたがったまま顔だけ振り返えらせると、怒り心頭で竹刀を振り上げる箒が俺の目に映る……。

 

 

 

 

 

 

(ふぃ~……初日は何とか乗り切った……のかな?)

 

 IS学園学生寮の1室にて、黒乃はシャワーを浴びながらそんな事を考えていた。彼女……というか、中身のオッサンは基本的に小心者の為にボッチで大浴場に行く勇気は全くと言って良いほどない。本人も体が女性なだけに義務的な意味合いで風呂等に入っている。前世では出かける予定がなければ入らない事もしばしば……。

 

(でもやっぱり、運命力って奴が働いてるっぽい。テンプレであってテンプレじゃないっていうか……。)

 

 現在は1人脳内でもくもくと反省会である。理由は多少違うものの……やはり流れとしては自分も一夏もセシリアと戦う事になってしまった。それは彼女の望む平穏無事とは程遠い。今回の場合は、マゾヒストっぷりが勝って仕方が無い事だという認識らしいが……。

 

(ま、それは追々で良いか……。それよりも……個室、なんていい響きだろうか!)

 

 内心では花が咲くような喜びっぷりだが、藤堂 黒乃の肉体はやはり全くそれが表に出ない。黒乃にとって、最も危惧していたのはそこだった。喋る事も筆談も出来ない身で、誰かと同室など気まずいに決まっている。最悪は一夏か箒ならばと思っていたが、誰かが訪れる気配も無い。

 

(つまりここは俺の城!フハハ、どう改造してやろうか。とりあえず持ってきたノートPCをネットに繋いで~っと……。)

 

 黒乃が持って来ておいた荷物には、PCやゲーム機など自堕落な生活を送る気が満々な物が詰め込まれている。それをどう配置すればなるべくベッドから動かずに済むかを想像するだけでルンルン気分らしい。黒乃は大きめのバスタオルで身体を拭き、脱衣所を出ようとした時……。

 

(……?扉を叩く音かな。……ハッ!?もしや、やっぱり同室の人が!?)

 

 黒乃が聞いたのは、確かに扉を叩く音だった。その音が鳴る=同室の者がやはり居て、それが今になって現れたと結論付ける。扉の鍵はかけてないが、すぐに顔を出さないと何かとまずいのではと黒乃は少し慌て始めた。着替えなんて持って脱衣所に入っていないため、とりあえず身体と頭にバスタオルを巻いて自室の扉を目指す。

 

(はいはい、今出ますよ~っと。)

「うわっ!?」

(どわああああ!?)

 

 ドアノブに手をかけて引いてみると、どういうわけか雪崩込むように一夏が現れた。心底驚いた黒乃は、思わず後方へとバランスを崩す。更に悪かったのが、一夏が前方に転倒しかけているという事。その相乗効果で、結果的に黒乃は一夏に押し倒されてしまう。

 

「……なんか柔らか……。」

(ちょっ、バッ……!だ、ダメだってイッチー……黒乃ちゃんの身体はその……敏感で……んっ……!)

 

 押し倒された時点で、一夏のラッキースケベスキルが発動したと黒乃は理解していた。その証拠に、ガッチリと胸を掴まれているのだから。しかし、何故そこで感触を確かめにかかるかが不思議でならない。そうなってくると、掴むから揉むに昇華する。

 

 ムニムニムニ……。そんな効果音でも聞こえてきそうな感じで、ゆっくりねっとりと一夏の手が閉じたり開いたりする。その間に黒乃は、何かに耐えるように静かながらも熱い吐息を漏らした。もし黒乃に表情が出るとすれば、それはとてつもなく官能的だった事だろう。

 

「い……?いいいい!?く、くくく……黒乃!?」

(うん、イッチー……気が付いたならはよどいてちょうだい……。)

 

 ようやく一夏は、自分か下敷きにした黒乃の事に気が付いたらしい。それと同時に自分が揉んだのは黒乃の胸だと理解したのだが、手は外したものの完全に黒乃の上からはどいていない。そんな一夏に対して、黒乃はどこか諦め加減でそう思った。

 

「わ、悪い……今どくからな!」

『い、一夏……。着替え終わったぞ。その……さっきはすまなかった。私も落ち着いたから、ゆっくり……。』

「ま、待ってくれ箒!今それどころじゃ……。」

『む……?もしや、何かトラブルか!?待っていろ、助太刀……』

「いや、違っ……部屋に入ってくるなって言いたいだけで……。」

「一夏、無事か!?……って、何をやっとるか貴様ああああ!」

(あ、そっか忘れてた……。モッピーの風呂上りバッタリイベントだっけ……?)

 

 目の前で行われた一夏と箒のやり取りにて、ようやく黒乃は原作にて1番最初のラッキースケベイベントの事を思い出す。その際に黒乃が思う事と言えば、モッピーのバスタオル姿を見逃した……!とかなのだが、怒っている箒を目の前にはそうも言ってられなさそうだ。

 

(モッピーよ、暴力はいかんよ!ここは俺が1つ……。)

 

 黒乃は一夏を押しのけ、竹刀を振り上げた箒の前へと出た。その思惑としては、真剣白刃取り!……と見せかけて、思い切り頭を叩かれてやろうというものだ。失敗するのかよ!というツッコミを入れてもらう事により完成するボケである。つまり、笑いをとって場を和ます気が満々なのだが……。

 

「っ!?さ、流石だな……黒乃。」

「レ、レベルが高すぎる攻防を見た……。」

(あるぇ〜?なんか成功しちった。)

 

 とんでもない強運の持ち主であるだけに、何かと上手くいってしまうのだ。しゃがんだ状態で手を合わせると、その間にドンピシャで箒の竹刀が挟まった。狙いと違うとはいえ、とにかく箒の一夏に対する攻撃は防げたので結果オーライ。……と、思っていると。

 

(あ、ヤベ……バスタオルの巻き方が甘かったみたい。)

「く、黒乃!?バスタオルが……。一夏!何をマジマジと見ている!」

「み、見てない!見たとしても背中だけだ!」

 

 真剣白刃取りに成功した数瞬後、黒乃が巻いていたバスタオルがストーンと落ちた。正面から見ると、完全に豊満なバストの全てが露わになっている。逆に、背後を見れば背中が丸見えだ。当の本人は大して気にしてはいないのだが、一夏と箒の慌てようといえば凄まじい。

 

「っていうか黒乃、いつまでその体勢で……。なんでもいいから早く隠せって!」

「一夏、貴様見ているな!?離せ黒乃、この不届き者を成敗せねば……!」

(モ、モッピー!暴力は……自分から好感度を下げる行為をしたらアカン!)

 

 とりわけ黒乃は、箒自身の為を思って一夏を攻撃するのを止めている。ここからどうするか考えると、てっとり早いのは竹刀を奪う事だという結論に辿り着く。黒乃は合わせた両手を、腕ごとクイッと捻るようにして横へと傾ける。すると、思ったより簡単に竹刀は箒の手元から離れた。

 

(だっしゃ、大成功!)

「グハッ!?」

(……あり?)

 

 思わぬ成功に、黒乃はジャンプしながら立ち上がった。黒乃の悪癖として、格好をつけたがるというのがある。箒から奪取した竹刀の柄を持つと、後ろを向きながら振りかぶり鞘に収めるようなモーションをとろうとした……その時だ。振り向くと同時に、竹刀へ何かを殴った感覚が残る。

 

(し、しまった!イッチー!)

 

 黒乃が喜んでいる内に、一夏も同じく立ち上がっていたのだ。そのせいで、一夏は竹刀で叩かれる結果になった。当たりどころが悪かったのか、はたまた黒乃の怪力故か……。一夏は、頬を真っ赤に染めて気絶してしまっている。不可抗力とはいえ、黒乃は申し訳なさそうに一夏の顔を覗き込んだ。

 

「な、なるほど……私から竹刀を取ったのはそういう事か。気持ちは良く解るぞ、黒乃。いくらお前とて、あれは怒って当然だ。」

(いや、モッピー……自分の手で制裁をとかじゃなくてさ。)

 

 あまりに清々しい振り抜きっぷりに、箒には怒っていると解釈されてしまった。驚きはしたものの、黒乃はこれっぽっちも怒ってはいない。どちらにせよ、自分が一夏を怪我させた事だけは間違いない。黒乃は冷蔵庫から湿布を取り出すと、一夏の赤くなった頬へと貼り付けた。

 

「うむ、腫れると大変だからな。まぁ……それよりもなんだ。いい加減に何か着たらどうだ……黒乃?」

(……あ、ほんとだ……俺全裸じゃん。)

 

 一夏を叩く前あたりまでは、申し訳程度ながらも前だけは隠していたのだが……バスタオルは存在すら忘れられている。同性だというのに、箒は少し赤面しながらそう指摘した。黒乃は荷解きの済んでいないバッグから、下着や寝間着を荒っぽく引っ張り出す。とにかく急いでそれを着ると、残る問題は一夏のみだ。

 

「…………。」

「一夏を……運ぶ?そうか、取りあえずはベッドに、だな。」

 

 このまま床に放置も申し訳ないが、かといって1025室まで運ぶのは面倒だと黒乃は思った。そうなると、考え付くのは自分の足で帰ってもらう事だ。黒乃は箒に対して、一夏とベッドを指差す仕草を見せた。それで何が言いたいかは伝わったようで、2人は力を合わせて一夏をベッドへと乗せる。

 

「ふぅ……。2人で抱えてもなかなか重いものだな。それは一夏が逞しくなった証拠か……。」

(おおう、モッピーが女の顔をしてら……。)

 

 一夏が起きるまで付き合うつもりなのか、箒はベッドに腰掛ける。座ったまま一夏へと顔を向けているため、黒乃の目に映っているのは箒の横顔だ。しかし、横顔でもハッキリと解る。箒の表情は、一夏を愛おしく思っているのが見て取れた。黒乃は内心でニヤリニヤリと笑みを浮かべている。

 

(今の内に堪能しときなよ、モッピー。そのうちキミだけ応援する訳にはいかなくなっちゃうし。)

「あ、いや……済まない。そ、そうだな……私が居ない間は、全く剣道には触れなかったのか?」

 

 ジッと黒乃に見つめられていた箒は、何故か取り繕いながら謝った。そして、話題を強引に別の物に進路変更。黒乃も追及するという行為が行えないせいか、早々に箒の話題へ乗っかった。とは言っても、いつも通りにYESかNOで応えるような……会話とは表現し辛い状況になるが。

 

 それでも箒からすれば、このようなやり取りは懐かしく感じられた。そうこうしている間に一夏も目をさまし、これでようやく落ち着いた……かと思われたのだが。一夏は目が覚めるなり、とにかく黒乃に謝り倒した。黒乃としては全くもって怒ってはいないのだが、それを察して貰えず……不毛なやり取りが延々と続く事となる。

 

 

 

 




黒乃→いや、怒っては無いんだけど……。
箒→うむ、女ならば怒って当然だ。


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