八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第21話 IS学園入学試験……?

 模擬戦漬けの日々を送る中、ついにこの日がやって来た……。受験シーズン真っ只中、俺氏もIS学園の入試が今日のこの日に行われる。今はイッチーの淹れたコーヒーを飲みながら一服しているけど、もうすぐ戦いに赴くと思うと気が重い。なんたってIS学園の入試は、受験は戦い(物理)だもんな。

 

 まぁ……座学が無いだけいいのかも知れない。専用機も使って良いって言われてるし、合格する確率は高いけれど。っていうか、代表候補生は試験とかパスでいいじゃん。もしこれで落ちでもしたら……赤っ恥もいいところだ。恐らくだけど、即代表候補生から除名だろう。

 

 そうなると、刹那も返さないとならなくなるな……。最初こそはなんだこの機体はって思ったけど、なかなかに愛着がわいてきたころだ。拡張領域に武装を仕舞わないのも渋いし、全ての武装がブレードってのも痺れるじゃないか。速すぎるから乗っていて疲れるけれど、それでももはや俺の相棒である事には変わりない。

 

「黒乃、コーヒーのお替りは?」

「…………。」

「そうか、解った。しかし、落ち着いてるよな。IS学園の受験って、試験官と模擬戦だろ?」

 

 首元のチョーカーを弄ってると、イッチーが俺に声をかけてきた。落ち着いてる……なんて言うけど、違うからね。いつも通りに顔に出ないだけだからね。仮に表情が出るとして、とんでもなく目が泳いでガタガタと震えていたに違いない。コーヒーは断ったけど、やっぱりもう1杯貰おうかな……?

 

「全寮制……か、この家もついに俺1人になっちゃうな。」

 

 あ、いや、そこの心配はないから、キミもIS学園行きなんで。そこを言うと……微妙だ。俺が努力をすれば、イッチーがIS学園に来る事は無いかも知れない。イッチーにとっては、それが最良の事なんだろう。だけどイッチーは、この世界の主軸と言って良い人間だ。

 

 イッチーがIS学園に居ないってだけで、もしかすると世界が崩壊しかねない事態だってあるかも。それを天秤にかけると、とても微妙な事だって話だ。でも個人的な俺の感情で、見ず知らずの人達が不幸になるとなれば……やっぱりイッチーは、IS学園に来てもらうしかないか……。

 

「黒乃……。」

 

 ごめんよ、イッチー。そんな想いをこめて、俺はイッチーの手を取った。剣道をやっているからか、手はゴツゴツとしていてとても男らしい。う~ん、イッチーも……大きくなったもんだ。精神的に30過ぎなせいか、どうにもイッチーは子供のように思えて仕方がない。

 

「時間……大丈夫か?」

 

 ん、本当だ……そろそろ出ないとまずいな。イッチーの手を離すと、残ったコーヒーを一気に飲み干す。少し温くなったコーヒーは、大変に飲みやすかった。そして鞄を掴むと、イッチーとアイコンタクトしながら立ち上がる。するとイッチーは、わざわざ玄関まで見送りに来てくれた。

 

「じゃあ黒乃、頑張れよ!」

「…………。」

「ん、ああ……ありがとうな。俺も頑張るぜ!」

 

 イッチーの有難い言葉を受け取ると、俺はしっかりと頷いた。そして、イッチーに向かってちょこんと拳を突き出す。イッチーは少しばかり反応が遅れたけど、これが俺の激励だと解ると笑顔で拳をぶつけてきた。まぁ……今までのテスト勉強は全部水の泡ですが……。

 

 だっ、だめだ……考えれば考えるほどに、悲しくなってきた……!もう本当に可哀想という言葉しか出てこなくて、イッチーの顔を見ていられない。勢いよくバッと振り返った俺は、哀れな……って言い方をすると悪いけど、イッチーの方には振り返らずに家を出た。

 

 ポジティブに行くか……。イッチーがIS学園に来るって事は、また3年間は同じ学校に通うって事だもの。モッピーにも会えるし、鈴ちゃんだって戻ってくる。そしたらまた皆で、ワイワイ馬鹿騒ぎをすればいい。そうやって考えれば、少しは気が紛れる。自分で自分に納得させると、駅に向かって歩き出した……。

 

 で、結局のところだけど……俺が選考会に出た場所は、やっぱりIS学園の入試にも使われる場所だったみたいだ。あの時は昴姐さんの車で連れて行ってもらったけど、今回は甘える訳にもいかない。だからこそ、降りる駅とかを間違えないようにしないと……。いっその事、学園で開催すればいいのにと思うが。

 

 電車に揺られてしばらく、始めは通勤の用事で電車に乗っていたような人物も多かったが、徐々に俺と同年代の女子の乗車率が増えて行く。普通の車両に入ったのに、まるで女性専用車両みたいだ。居心地が悪くなったのか、男性がこの車両から自ら出て行ったのも大いに関係している。

 

 今のご時世……痴漢なんてやったら社会的に死ぬどころか、物理的に死んだ方がましな目に合うとか聞いたことがある。痴漢は比較的に冤罪率も高いし、余計なトラブルに巻き込まれたくないのだろう。その点俺は、鴨がネギを背負ってきたみたいなもんですけどね~……。もし痴漢されたら、痴女だと思われるんじゃなかろうか。

 

 そうこう考えている間に、もう戦場……違う違う。いや、あながち間違いでも無いけれど……受験会場の最寄駅へと電車は停まった。女子達が一斉に立ち上がったのを見るに、やっぱりIS学園の受験か。倍率何倍とかだっけ?俺が代表候補生って事もあってか、担任からはお墨付きを貰えたが。

 

 とにかく、最悪この子たちの流れに着いて行きさえすれば、迷子になる事は無さそうだ。もしもの事があれば携帯の地図アプリとかを使えば良いし、とにかく行くか。ゾロゾロと歩き始めてしばらく、なんだか女子達が振り向いて俺の事を見ていた。

 

 向こうが見てたって事は、自然に目が合う訳で……。すると女子達は、慌てて視線を逸らして俺を見ていたことを誤魔化し始めた。俺は、それなりに有名人だったりするのかな。エゴサーチとかとは話が違うってのは解ってるけど、どうにも自分の名前とかを検索するのが恥ずかしい。

 

 かといって、取材の仕事が来た事も無いし……。う~ん、単なる俺の自惚れかな。そう考えてみると、まだ公式試合にも出た事すらないじゃないか。うんうん、そうだ……ちょっと調子に乗っちゃってたかな。人間謙虚が1番だし、少し考えを改めないと。

 

 気持ちを新たに歩き出すと、遠い場所に懐かしの会場が見える。思えば俺の苦労も、全てはここから始まったんだよなぁ……。因縁の場所……って程でもないけど、あまり良い思い出は無いかも知れない。なんて言ってないで、早い所会場入りしないとな。

 

 会場に入ると、人の気配があまりしない。よく周囲を観察してみると、皆自分の受験票を受け付けに提出だけして、後は各々で更衣室へと向かっているようだ。確か受験の手引きに、そんな事を書いていた気がするな。さて、それなら俺も受験票を……。

 

 そう思って、鞄の口を開いたが……それらしいものが全く見当たらない。……あれ?あれぇ!?おかしい……おかしいぞ!?存在そのものはうろ覚えだったけど、ずっと入れとけば忘れないだろってかなり長い間は淹れっぱなしだったはずなのに……。その後カバンの中身をひっくり返してみても、やはり受験票は見当たらない。

 

 ヤバイ……どうしよう、どうすれば……!くそぅ……普通に喋られれさえすれば、受験の順番を後回しにしてくれませんかとか頼めるのに。と、とにかく……受付の人の前に立ってみよう。そうすれば、受験票の提示を求められるはず……。それでも無言でいれば、何か事情があると察して貰えるかも……。

 

 俺は一縷の希望を胸に、ズンズンと受付の方へと向かってゆく。俺が慌てている間にも、他の女子達は全員居なくなってしまっていた。ならば覚悟をしている暇も無い……。受付に座っている教師の前へ立つと、なんだか向こうはマジマジと俺の事を見た。

 

「……もしかして、藤堂 黒乃さんじゃありませんか……?」

「…………。」

 

 あれ、受験票の事を聞かれる前に名前の方を尋ねられたぞ。もしかすると、家でイッチーが俺の受験票をたまたま見つけたとかかな。それで、ここに連絡を入れておいてくれたのかも知れない。だとすると、イッチーのファインプレーとしか言いようがないけど……何か様子がおかしいな。

 

「そ、その……少しこのまま待っていて下さい。」

 

 別にそれは構わないけど、一体何がどうしたって言うんだ。受付の教師は、バタバタと奥の方へと駆けて行ってしまった。代わりの教師らしき人が来たが、俺には何も言わずにただただ愛想笑いを浮かべるだけ……。全く状況がつかめないな、これは。俺が待っている間に、またしても女子の波が入り口から押し寄せる。

 

 比較的に小規模って事は、これが最終組ってところかな……。とにかく邪魔になってはいけないし、端の方へ避けておこう。邪魔にならない場所で女子の動きを見守っていると、やっぱり彼女達も俺の事が気になるらしい。まぁ今は、なんでこんな所に居るんだろう?……って感じだろうけどね。

 

「あ、あの……藤堂さん。乗車駅の名前は、こちらで大丈夫でしょうか……?」

 

 またしてもバタバタと慌ただしい様子で、さきほどの教師が俺の元に駆けてきた。そして手渡されたのは、小さなメモ帳だ。そこには確かに、イッチー宅の最寄駅の名前が書かれていた。教師の問いかけに肯定を示すと、今度は茶封筒を取り出した。それを俺に手渡すと、教師はさらに続ける。

 

「これ、交通費です。わざわざ来てもらって申し訳ないですが、今日のところはお帰り下さい。後日説明の文書をお送りしますので。では、私はまだ仕事がありますから……。」

 

 は?(威圧)。いやいやいやいや、何の説明にもなってませんから。何だこれは、比較的温厚な俺でも流石にこれは怒りますよ。せめてもの抗議に引き留めようとしたが、そそくさと逃げるかのように仕事へと戻っていく。天下のIS学園が、こんな対応で良いのだろうか。

 

 ……帰るしか、ないのかな……?意味が解らないよ、受験すらさせてくれないとか……。はぁ……滑り止めの高校、受験しておいてよかった。そっちの方は合格だろうから、とりあえず高校までは行けるな……。主にネガティブな事を考えながら、トボトボと俺は帰宅の途に就く。

 

 

 

 

 

 

「こちらは、何も問題はありませんか?」

「あっ、織斑先生……お疲れ様です。強いて言うなら、人数が多いのも問題ですね……ハハハ。」

「そこは同感です。来年からは、少し人数を絞らないといけませんね。」

 

 今日はIS学園の受験日という事で、私は現場に駆り出されていた。1度は世界も取った身だ……嫌でも周囲の期待が高まるのは解るが、現場を監督するのは私じゃ無くても良い気がするがな……。休む暇が無いと言うか、気が休まらん。こうして見回りを定期的に行わなくては、本当に人数が多すぎる。

 

 好奇心でIS学園を目指されるのだけは勘弁したいものだが……。私達の住んでいる世界は、小娘共が思うほど甘くは無い。まぁ……そんな気構えで合格する事は無いだろう。とにかくこの体制を変えないと、いくらなんでも教師陣の負担が大きすぎる。とりわけ、私の様な立場の者がな……。

 

『おっ、織斑先生織斑先生織斑先生~!』

「山田先生……何かトラブルでも?」

『ト、トラブルと言いますかなんと言いますか……。とにかく、こちらへ来てもらえませんか!?』

「何か大事みたいですね……。織斑先生、こちらは大丈夫ですので急いで様子を。」

 

 世間話がてらに滞りが無いか確認していると、インカム越しに慌ただしい女性の声が聞こえた。声の主の名は山田 真耶。元候補生という縁もあってか、割と昔からの友人である。教師になっても先輩後輩の間柄だが、相変わらずだな……山田くんも。

 

 しかし、トラブルか……。正直な話し……山田くんが呼ぶという時点でしょうもない事だと思ったりしたが、事は一刻を争うらしい。私は先ほどの教師の後押しもあってか、山田先生の言うトラブルの原因を確認しに行くことに。そこでは試験官を任されていた教師達が、何やら言い争いをしている。

 

「冗談じゃない……。あの八咫烏となんて、戦えるわけがないでしょうが!」

「無責任な事を言わないで下さいよ!受験番号的に、貴女の担当じゃないですか!」

「ハッ、アンタも戦いたくは無いでしょう?」

「そ、それは……その……。は、話のすり替えをしないで下さい!」

「お、お2人とも……落ち着いて下さい~!」

 

 何が原因か理解すると同時に、とんでもない頭痛を私が襲った。八咫烏……それすなわち、私の妹分である黒乃の事を指し示していた。近江の自演か、それとも勝手に広まったのかは知らんが……IS業界においては、八咫烏=黒乃で十分に通じてしまう。

 

 この2人が黒乃との模擬戦を擦り付け合っているのは、黒乃が八咫烏と呼ばれるようになった所以が関わっている。与する者には幸を運び、仇なす者には災いもたらす……笑みを浮かべて仇を屠るその姿、まさに黒い翼の八咫烏。……誰が考えたのか知らんが、良く出来た詩な事だ……。

 

 認めたくはないが、それは大いに事実だ。黒乃と戦った者は、2度とISに乗れなくなるという事実が明るみになってしまったのだから。実際のところは全員が全員そうではないと近江は言っていたが、20近い人数を黒乃がダメにしているのは本当の事だ。

 

 しかし、噂と言うのは尾ひれがつくのがお約束だ。黒乃と試合をして、死人が出たなどと……半ば都市伝説に近いものまで1人歩きしていた。だからこそ世のIS乗り達は、(おそ)(おのの)き……黒乃を八咫烏と呼ぶのだろう。しかし、どうした物だろうか……。

 

 黒乃の担当を説得してでも戦って貰うか……。それとも、なすりつけられそうになっている教師に妥協して貰うか……。とりあえずは山田先生の効果が無い仲裁で時間を稼いでもらって、その間に私は何か策を練るとしよう。……私が黒乃と戦えば良いかも知れんが、こういう事があるからこそ私が監督を任されていると言うのもある。

 

 だとすると、何が最適なのやら……。誰か物好きでも捜して、そいつに黒乃と戦って貰おうか。いや、そんな物好きが居ないからこそ、こんな状況になるのだろうな……。はぁ……仕方が無い。誰か代わりに監督を出来そうな者を捜して、私が出るとしよう。そう私が提案しようとすると、耳に着けているインカムから声が響いた。

 

『良いじゃないですか、彼女は合格と言う事で。』

「っ!?……学園長、それは……黒乃を何もさせずに通すと言うのですか。」

 

 私の耳に響いたのは、本物の方の学園長の声だった。彼の名は轡木(くつわぎ) 十蔵(じゅうぞう)……学園では用務員なんかをやっているが、彼が本物の学園長だ。その正体を知っている私は、騒動の輪から外れて小声で学園長と連絡を取る。学園長の出した提案は、教育者とは思えない言葉だった。

 

『彼女の実力は、積み立てた骸が物語っているでしょう。』

「ですが、それでは公平を期すのでは……。」

『公平も何も言っていられないのでは?ハッキリ言って、ウチの教師で太刀打ちできるとなると貴女くらいでしょう。無闇に彼女へ餌を与える事も無いと思いますし。』

 

 詩的な表現をしているだけで、学園長に悪気はないのだろう。しかしその言葉に、私は嫌悪感を拭えない。だが、学園長の言っている事も間違いでは無い。黒乃は、死に場所を求めている……。もし本当にそうなら、あの子に戦いの場を与えるのは最小限にしなくてはならん。

 

「…………解りました。それでは、対応はいかほどに?」

『そうですね、顔を見せて貰ったらお帰りいただきましょう。そして後日に、適当な理由をつけて合格通知を送付してあげてください。』

「了解しました。それでは……。」

 

 インカムの通信は途絶えて、私の耳には口論と山田先生の慌てふためく声が耳に入る。そして先ほど学園長と取り決めた事を、騒ぎの原因となっている2人へと伝える。戦わなくて良いと解った途端に、2人は少しばかり安堵したような表情を見せそれぞれ持ち場に戻って行った。

 

「お、お疲れ様でした……織斑先生。すみません、私がしっかりしないばっかりに……。」

「いえ、それは構いません。山田先生も試験官でしょう?持ち場へ戻っていただけると助かります。」

「はわわわわ……い、今すぐ戻ります!」

 

 別に責めたつもりでは無いのだが、私の口調や態度がそうさせたのかも知れない。そんなに慌てると転ぶぞと言おうとしたが、手遅れだったらしく山田先生は盛大にすっ転ぶ。はぁ……困ったものだ。私は……そうだな、黒乃が来たら知らせるように受付担当の教師に言っておかねば。

 

 再びインカムをオンにすると、回線を受付へと繋ぐ。手短に何が起きたかと、どう対処すれば良いかを伝える。とにかく、私の元へ来てもらえば良い。そう伝えると、向こうは黒乃の見た目の情報を要求してきた。かなり長い黒髪の美少女と言っておけば、嫌でも伝わるはずだ。

 

 私としては解りやすい情報を伝えたつもりだが、向こうはどうにも歯切れが悪い。おおかた、情報不足とでも思っているのだろうが……見れば解るのだ、そう表現する他ないと。しかし、こちらに来いと言った手前……変に移動する訳にも行かなくなってしまった。何か緊急の事があるまでは、ここに待機しておくか。

 

「織斑先生!藤堂さん、お見えになりました。」

「そうですか、ありがとうございます。こちら、黒乃が乗った駅の名前です。それと、交通費は……。」

「それなら、私が立て替えておきますよ。ついでに茶封筒か何かも探してきます。」

「……申し訳ありません。面倒な事を押し付けてしまって。」

「いえいえ、私は座りっぱなしですから。それにしても、本当に綺麗な子でしたねぇ……。まだ伸びしろがあると言いますか、とにかく美人さんでびっくりしましたよ。」

 

 黒乃に事情も説明せずに帰れと言うのは、最も心的ストレスのかかる行いだろう。しかし受付担当の教師は、温和な雰囲気を纏って気にしていない様子だ。最寄駅の駅名が書かれたメモを受け取ると、黒乃に対しての感想を述べながら去って行った。彼女には、今度何か奢るとしよう。

 

 それから先は大したトラブルも無く、スムーズに受験は進行していく。私が行ったり来たりするのも、時間が経つにつれて少なくなっていった。そしていよいよ受験も終わりに差し掛かった頃に、爆弾が投下されるかのような驚きが会場内を駆け巡った。

 

『織斑先生、織斑先生、織斑先生!』

「今度は何です……山田先生。」

『お、おおっ。おと、おとととと、おっとっと……!』

「いや、落ち着いて下さい。」

『男の人が、ISを動かしてますぅ!』

「……何ですって!?」

 

 何故だか解からないが、私はこの時点で嫌な予感が止められなかった。しかし、嫌な予感ほど的中するものだという事を痛感させられる。なぜなら詳しく話を聞くと、ISを動かした男と言うのは……一夏の事だったからだ。とにかく私のすべきことは、パニックに陥っている現場を鎮める事だろう……。

 

 

 

 

 

 

ピリリリリ……

 

「んっ……?いけない……居眠りしちゃってた……。ふぁ……鶫さんが居なくて良かった……っと、携帯携帯……。」

 

 黒乃がトボトボと帰宅を始めている頃、社長室にてデスクワーク中の鷹丸に1本の電話が入る。もっとも、当の本人は社長業など飽き飽きで、つい居眠りしてしまっていたようだが……。携帯の鳴る音が目覚ましにでもなったのか、あくび交じりながらも携帯のディスプレイを眺める。

 

「おやぁ……?」

 

 ディスプレイに表示されている名を見て、鷹丸は怪訝な表情を浮かべた。名前が表示されるという事は、電話帳に登録はされているという事になる。それでもそんな表情になるというのなら、よほど電話する用事がないのだろうか?ともあれ、鷹丸は画面を触って電話へと出る。

 

「もしもし。」

『もしもし、急な電話で申し訳ありませんね。』

「いえ、父がお世話になってますから。それにしてもお久しぶりですね……十蔵さん。」

『えぇ、お久しぶり。こうして話すのはキミがまだ学生をしていた時期でしたかな?』

 

 電話の相手は、IS学園の真・学園長ともいえる轡木 十蔵であった。実はこの2人、それなりに親交のある関係だ。鷹丸の父である近江 藤九郎は、十蔵の友人なのである。方や父の友人、方や友人の息子という間柄ならば、こうして電話がかかってくるのも不思議ではない。

 

「それよりも、父にご用事ですか?申し訳ないんですけど、今父はーーー」

『藤九郎が失踪中なのは知っていますよ。まぁ大方……どこか未開の地でも冒険中なのでしょう。』

「ハハハ……違いないですね。でもそれじゃあ、僕に用事って事でしょうか?」

『ええ、そうなりますね。少々キミに頼みたい件がありまして。』

 

 てっきり自分の父親に用事があるのだと思っていた鷹丸だが、その思惑は大きく外れた。なんと十蔵は、自分に用事があるというではないか。IS学園関連で何事かあったのだと推察できるが、どうにも自分である意味を図りかねていた。だが、それも黙っていれば解る。鷹丸は大人しく聞く態勢に入った。

 

『今しがた、藤堂 黒乃さんの合格が決定致しまして。』

「へぇ、無条件合格ですか。流石は十蔵さん、賢明な判断ですね。」

『お褒めに預かり光栄です。藤堂さんが学園に入学するという事で、折り入ってキミに頼みたい。』

「はい、なんでしょう。できる限りの事はしますよ。」

『ぜひキミには、IS学園の教師として来訪してもらいたい。』

 

 IS学園の受験日は今日であるという事は、鷹丸の耳にも入っている。というよりは、毎年大々的にニュースとして取り上げられるので、知らない方がおかしいとも言える。そんな受験日にも関わらず合格宣言が出るという事は、十蔵は黒乃に何もさせずに通したのだと理解した。

 

 しかし、肝心な十蔵の頼みとやらには一瞬だけ思考が停止した。言葉の意味は理解できるし、十蔵がそれを頼んでくる理由もなんとなく想像がつく。だが、それを自分に頼む事が理解できなかった。すると鷹丸は、妙に頬を緩ませながら告げる。

 

「良いんですか?僕が危ない人種だっていうのはご存知ですよね。」

『ハハッ、本当に危ない者は、わざわざ確認を取ったりはしませんよ。』

「ごもっとも。だけど、多分ご期待に沿えませんよ?ストッパー役としては……ね。」

『いえ、そちらの役はあまり重視していただかなくても結構です。ただ……1人でも多くの味方を彼女に、と思いまして。』

 

 ストッパー役。それすなわち、八咫烏の黒乃を御する為の存在が必要であるという事。現在では学園に千冬しか居ない……。とはいえ、鷹丸では黒乃を煽るだけだろう。十蔵ももちろんそれは理解していたが、第1に考えているのは黒乃の事らしい。目的はどうあれ、鷹丸が黒乃の味方であるのもまた事実であった。

 

 勿論、十蔵は鷹丸の目的までは知らないが……。とにかく、黒乃の周囲に変わらぬ態度で居られるであろう鷹丸の存在は必要不可欠であると考えた結果だ。確かに……変わらぬ態度という点で鷹丸に勝る者はいないだろう。そんな十蔵の頼みに対して鷹丸は……。

 

「良いですよ。整備とか理数を教える教師ってのが自然でしょうね。」

『……頼んだのはこちらですが、そんなに即答で大丈夫なのですか?』

「別に社長業なんて学園でもできますから。それに十蔵さん、考えてもみて下さいよ。僕がそんなに面白そうな話を逃すと思いますか?」

『そうでしたね、キミの性格上はそうでしょう。ともあれ、キミの厚意に感謝します……鷹丸くん。』

「ええ、詳しい事はまた後日でお願いします。それでは……。」

 

 まさかの即答に十蔵は思わず困惑してしまう。藤九郎の代理とはいえ、鷹丸も立派な社長なわけで……。もちろん鷹丸とて先祖が大切にしてきた社を蔑ろにしているという事ではない。本当に緊急なことがあれば近江重工の方を優先するだろう。ただ……やはり自分の好奇心の方が勝ってしまった。

 

 十蔵との通話を終えた鷹丸は、携帯をポケットへと仕舞った。そうして豪華な椅子の背もたれに思い切り体重を預けると、両腕を天高く伸ばす。ふぅ……と短く鼻を鳴らせば、今度は机に置いてある固定電話の方へと手を伸ばし、席をはずしている鶫へと繋げた。

 

『社長、何かご用事でしょうか?』

「うん、幹部の人達って全員……いや、大多数でも構わない。今本社内に居るかな?」

『少々お待ちください。…………。何人か出張等で不在ですが、十分に大多数へ該当する人数がそろっています。』

「それじゃあ、可能な限り会議室へ招集をかけてくれない?ちょっと緊急で話し合いたいことがあって。」

 

 鶫はかしこまりましたとだけ言うと、すぐさま回線を切った。鷹丸が会議をしようとしているのは、自分がIS学園へ行くことになったのを報告する為だろう。なんとしてもIS学園へ行くつもりの鷹丸は、頭の固い大人達をどう言いくるめるかを考え始めた。

 

 

 




黒乃→受験させてもくれないとか……。
千冬→無条件合格か……。黒乃とは言え、何か……釈然とせんな。


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