八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第18話 その名は刹那

 俺が代表候補生になる事が決定してから、とにかく忙しいの言葉に尽きる。国の認可やら選手登録やら……何が大変だったかって、代表候補生としての振る舞いを延々説明されたのはきつかった。丸一日使ってやるもんじゃないでしょ……。まぁ、それももうすぐ終わりを告げる。

 

 最後に残されたのは、専用機の譲渡だ。聞いた話によると、俺に専用機を渡したいってところが1件しかなかったとか……。とんでもなく寂しいってか、選択肢が1つしかないってふざけんなと。オーソドックスな性能の機体だと良いんだけれど。

 

「しっかし、アンタもついてるわよねぇ。あの近江重工から声がかかるなんてさ。」

 

 車を運転する昴姐さんは、そんな事を呟いた。近江重工……戦後から日本の機械部品や電子部品……工業をひっくるめた諸々を支えてきたとされるエラ~イ企業である。最近は勿論のことIS産業にも乗り出していて、特に基盤といったような内部部品におけるシェアは凄まじい。

 

 全てを近江グループが担っている訳でも無いが、それでもシェアは世界的に見ても軽く7割は超える……ってウィ〇ペディアに書いてあった。そこらを評して、昴姐さんはついていると言ったのだろう。内部部品を作る会社がISを組んだって、それはいわゆる宣伝効果を狙っての事だろう。

 

 だとすれば、それを渡される俺は期待されていると思っていい。だから嫌なんだよ……。人から期待されるとか、苦手とする分野の1つだ。くれるなら有難く貰っておくけど、負け続きで剥奪とか言われたらどうしよ。今はその近江重工の総本山に向かってるんだが、もう今から胃が痛くて仕方が無いよ……。

 

「お~……でっけーでっけー。アタシも近づくのは初めてだけど、見上げるのに首が疲れちまう。」

 

 俺が自分に大丈夫だと言い聞かせている間に、車は目的地へと辿り着いてしまう。昴姐さんは、どこか無邪気な様子で巨大なビルを見上げた。俺は現実逃避したいので、直視はしませんよ……。そうやって昴姐さんを見ていると、催促されていると思ったらしく咳払いをして歩き出した。

 

「え~っと、確か案内役がだね……っと、居た居た。ゴホン!お待たせ致しました。わたくし、この子の指導をさせて頂いている者で、対馬 昴と申します。本日はお招きいただいて、大変ありがとうございます。」

「ご丁寧にどうも。私は社長秘書を務めています。名は常盤(ときわ) (つぐみ)です。以後、お見知りおきを。」

 

 入り口付近で俺と昴姐さんを待ち受けていたのは、いかにも仕事のできる女といった風体の……20代後半から30代前半ほどの女性だ。適度の長さの黒髪を、ローポジションのポニーテールにしている。他は……黒縁眼鏡に胸は……無いけど、腰つきがセクシー……エロいっ!

 

 後は、どうやら既婚者……チッ!左手には輝くリングがはめられていますよ……チッ!どこの誰だ、こんな綺麗な人を貰ったド幸せな野郎は……。沢山の親戚一同に囲まれながら末永く爆発しろ。それはそれとして、鶫さん……なぁ。……止めとこ、綽名とかつけないでシンプルに鶫さんでいいや。

 

「早速ですが、社長がお待ちです。藤堂様、対馬様、こちらへどうぞ。」

 

 仕事モードに切り替わっている昴姐さんでも、様呼びはむず痒いらしい。背後に立っているから解るけど、ばれないように背中をバリバリ掻いてるもの……。まぁ……プロだよね、鶫さん。所作って言うか雰囲気って言うか……何を取っても秘書そのものだ。

 

 そんな事を考えながら長いエレベーターに乗ると、どうやら最上階に辿り着いたみたいだ。社長室って、どうして高い所にあるんだろうね……素朴な疑問。それは良いとして、鶫さんに先導されて社長室の前に行く。鶫さんが丁寧な様子でノックして見せれば、いよいよ社長とご対面だ。

 

「失礼します。社長、お2人をご案内……って、人と会う時は白衣は止めてくださいと何度……。」

「くどいってば、鶫さん。僕はこれが正しい服装だよ。後、僕は代理……。」

「代理でも何でもいいですから、とにかく挨拶をお願いします。」

「ん、了解。よく来てくれたね、黒乃ちゃん。対馬さんも、わざわざ足を運んでいただいて。僕は近江(おうみ) 鷹丸(たかまる)。まぁ、とある事情で社長の代理をやってるんだ。」

 

 社長用の豪華な仕事机に座っているのは、予想に反して若い男だった。その男は何故か白衣を着ていて、自らをあくまで代理だと称する。男は立って俺に近づいて来ると、右手を差し伸べながら自己紹介を始めた。黒乃ちゃんねぇ……馴れ馴れしいなコイツ。

 

 特徴を上げるとすれば、癖毛のように巻いた茶色の短髪……色は染めたんじゃなくって、天然でその色みたいだ。それと、目が細いな。アニメ的表現がされるとすれば、一本線で描かれること間違いなしだ。そんで、本気の時は開いて鋭く描かれる的なね。総合的に見て、爽やか好青年ってところだろう。

 

 鷹丸さん……ね。あれ、そう思って見れば年上の男の人と仲良くなるのって初めてだっけ。いや、そりゃもちろん前世抜きにしての話だけどさ……。ならば、俺にとって兄貴分の称号を与えよう。ありがたく思え、今日から貴方は鷹兄(たかにい)だ!

 

「ん~……緊張してる?大丈夫、僕は見ての通りおちゃらけたーーー」

「社長……。」

「あ、ごめんごめん。それじゃ、本題に入ろうか。色々と面倒な事が多いからねぇ……。資料とかは、どうです?対馬さんがやりますか?」

「……そうですね。この子の資料の記入等はいつも私が。」

 

 ……確かに緊張はしていたが、それを見ただけで解った……?この人……口では適当を言ってる風で、案外ただ者ではないのかも。そうしてソファーに座るように勧められる。昴姐さんには申し訳ないが、いつもそういったのはお任せだ。俺の仕事は自分の名前を記入する程度のことだ。

 

「はい、以上で結構ですよ。」

「それじゃ、お待ちかねの専用機とご対面タイムといこうか。……鶫さん、僕は先に行くから引き続きお2人の案内を。」

「かしこまりました。道が幾分か複雑ですので、はぐれないようご注意ください。」

 

 すると先に出て行ったのは鷹兄だった。随分楽しそうな様子だったけど、何かあったのだろうか。それとは別に、鶫さんの案内で専用機のある場所まで連れて行ってもらえるらしい。鶫さんに棘は無いけれど、余計な事をしない人だな……。無言が堪らなかったのか、昴姐さんが口を開いた。

 

「あの……近江社長は、なぜ白衣を?」

「ああ、あれですか。あの方は、そもそもここの研究員みたいなものです。彼は子供の頃から我が社の機械、部品製造に携わっていますが……それ以来、飛躍的に我が社の技術力は上がりました。」

「近江社長は、先代のご子息ですよね?」

「そうですね。ですが、先代……と言うより、鷹丸様のお父様はご存命です。」

 

 ここでようやく、鷹兄が代理を名乗るかが解った。どうやら鷹兄のお父さんは、放浪癖があるらしい。ある日ちょっと出掛けてくるって書き置きがあって、軽く数年間は音信不通みたいだ。それで、仕事を鷹兄が肩代わりしているそうな。別に珍しい事でないそうな……。自由すぎやしないかね?

 

「それは、なんというか……。」

「まぁ、心配はありませんけどね。鷹丸様は、いわゆる天才という奴ですから。」

 

 天才……か。ありとあらゆる物事において、天才的な手腕を発揮しているんだろう。だから、その……どこか変わり者なのは、天才と馬鹿は紙一重って感じか。そして蛙の子は蛙……。親が変わり者なら、子もそうという事らしいな。

 

 鷹兄が言ってた通りに、かなり歩かされた。やがて社内の雰囲気は、オフィスから工場へと様変わりしていく。先ほど鷹兄が着ていたのと同じ白衣を身に着けた人達を多く見かける。そして最終的には、ピットによく似た場所へとたどり着いた。そこにはブルーシートが被せてある物が鎮座している。これが俺の専用機かな……。

 

「社長、お2人をお連れしました。」

「やぁ、待ってたよ。それじゃ黒乃ちゃん、君の手でこれを退けてくれないかな。」

 

 ブルーシートの端を掴んでいる鷹兄は、俺に引っ張るように促す。俺はしっかりそれを掴むと、思い切り引っ張った。ブルーシートは、バサリと大きな音を鳴らしと宙へと舞う。そこに佇んでいた機体は、なんだろうね……。一言で表現するなら……烏天狗といった様相だ。

 

 目を引くのは、背中の大きなウィングスラスターだろう。どちらかと言えば巨大な翼の骨格みたいな印象を受ける。どちらにせよ、この機体が高機動型である事を示していた。脚部も鳥類の足みたいになっているし、それがますます鳥っぽさを際立てている。他にも細かなディティールは禍々しいっつーか、ダークヒーロー的なスタイリッシュな出で立ちだ。

 

「この機体の名前は、刹那(せつな)って言ってね。見た通りに高機動の第3世代機だよ。その代わりに装甲は薄っぺらいから当たり過ぎは禁物ってところかな。」

 

 刹那かぁ……かっけぇ名前だな。日本製の機体は、名前が2文字がシンプルでいいよね。だけど、やっぱり高機動の機体みたいだな。俺って、絶叫マシンとか苦手なんだよね。こいつをしっかり乗りこなしてやれるかどうか、今からとても心配だ。

 

「まぁとにかく、乗ってもらったら話が早いよ。鶫さん、アレを渡してあげて。」

「はい。藤堂様、こちらをどうぞ……。」

 

 俺に手渡されたのは、これまた黒一色のISスーツだった。なるほど、特注の専用ISスーツですな。まぁ黒いデザインだし、見た目だけだと汎用の奴とあまり変わらないだろうね。ってか専用機持ちのISスーツに、固有の性能があるかどうかも知らんし。

 

「更衣室は隣接してるから、着替えたら試運転を始めよう。」

「それでは、対馬様はこちらへ。」

「解りました。頑張ってね、黒乃。」

 

 昴姐さんの激励をもらって、俺は更衣室へと向かう。手早くISスーツへと着替えると、早速刹那へと初搭乗だ。ううむ……そういえば、イメージインターフェースを使った機体を動かすのは初めてか。素直に俺の言う事を聞いてくれる機体なら良いが。

 

「初期化やら最適化やらはまぁ……飛びながらやろうね。それの方が君も慣らしやすいと思うけど……どうかな?」

 

 い、いきなりだね鷹兄……。だけどその意見には全面的に肯定かな。え~っと、イメージイメージ……浮いている感覚を意識してイメージするが、これを自然に出来ないようにしないと。浮いた状態からカタパルトまで移動すると、脚部を固定して発進準備はオーケー。カタパルトもオールグリーン……よっしゃ、行くぜ!

 

 ……って、のわああああ!?少しスラスターを吹かしたつもりなのに、何この超加速!?こ、こんなの……飛んでいられる訳が無いじゃん!俺はカタパルトから飛び出したと同時に、機体の安定を保っていられない。そのまま紙飛行機が墜落するかのように、地面へと真っ逆さまに落ちてしまった。

 

『…………。』

「…………。」

『ごめんね、黒乃ちゃん。刹那の調整が不十分だったみたいだ。悪いんだけど、もう1回戻ってもらえるかな?』

 

 う、うう……鷹兄にとてつもなく気を遣わせた。多分俺が下手くそだっただけなのに、鷹兄は刹那の方が悪かったと言ってくれる。見直したよ、鷹兄……これでさっき慣れ慣れしかったのはチャラにしておいてあげよう。ピット内に戻れば、少し待機していてくれと言われた。

 

 遠くで作業を見守るけど、距離の開きで何を言っているのかは聞き取れないな。……悪口、言われてないと良いけどな……。なんなのあの子、本当に代表候補生なんですか?……とか、代表候補生(笑)……とか。知るかそんなの……俺だって、なりたくてなってる訳じゃないですよーっ!

 

「待たせたね、黒乃ちゃん。今度こそ大丈夫だと思うから、行こうか?」

 

 しばらく待つと、鷹兄が準備が出来たと俺を呼ぶ。はぁ……鬱だ。これで飛べなかったら、本当に俺の責任だよ。でもやるしかないし、頑張るか……。俺は渋々ながらも立ち上がって、刹那に乗った。そして先ほどのように、カタパルトへと足を付ける。うん……?でもなんだろ、確かにさっきよりは動かしやすいような……。

 

 ……これは、本当に期待しても良いのかもしれない。俺は刹那のスラスターを吹かして、カタパルトの出撃を開始する。おお、なんかさっきと違ってしっくりくる!そのままカタパルトから飛び出るが、何の問題も無く飛行ができた。これは、打鉄なんかとは比べ物にならないくらい速度だぞ……。

 

『大丈夫みたいだね。ようやく刹那の性能を詳しく説明できるよ。』

「…………。」

『その機体は高機動って言うのは、もう話したよね。それを飛んでみて実感してるとは思うけど、刹那はまだ本気を出してはいないんだ。』

「…………。」

『刹那には、とある新技術を積んである。その名も、クイック・イグニッションブーストって言うんだけどね。』

 

 話を聞くに、俺が前世でプレイしたロボゲーの回避行動に良く似ていた。本来は放出したエネルギーを充填して、それを爆発的に放出するのが瞬時加速だ。しかしこのQIB(クイック・イグニッションブースト)は、刹那のウィングスラスター……雷火(らいか)って名前らしいんだけど……雷火に刹那本体とは別にしたエネルギーを積んでいるそうな。

 

 この雷火は、常にQIB(クイック・イグニッションブースト)用の微量なエネルギーがダダ漏れらしい。だからこそ、この刹那は……急速的かつ連続して瞬時加速が出来てしまうんだってさ。ちなみにだが、発動の際に操縦者の安全面を考慮して、身を守るバリアが自動で張られる。そのバリアにもエネルギーを割く事になるから、とてつもなく燃費の悪い仕上がりになってるな……。

 

『じゃ、試しにやってみようか。やり方は……君に任せるよ。』

 

 操作感覚は、第3世代は乗り手の感覚に委ねられるだろうからね。ん~……一応はちー姉に習ってるからそれで行こうか。とりあえずPICをチェックして~っと、うん……大丈夫そうだ。そんじゃ、右方向にドーン!と瞬時加速してみる。

 

 うおっ、とっとっと……ふらついたけど、真横に急な移動が出来た。これならすぐに調整が効きそうだ。そんじゃ、右、右、前、左……と言った風に、適当な方向へ連続して行う。うん、このくらい出来たら十分だろう。まんまどこぞのクイックブーストだなぁ……。

 

『…………。おっと、ゴメンよ。大丈夫そうかい?問題ないなら、次に行こうか。』

「…………。」

『じゃあ次だね。黒乃ちゃん、刹那は本気を出していないって言ったけど……QIB(クイック・イグニッションブースト)はまだ半分の力だよ。さっきのは連続かつ急速だったけど、今度のは継続的に瞬時加速を行えるんだよ。まぁ、その時点で瞬時加速じゃなくなってるんだけどね。』

 

 つまるところ鷹兄が言いたいのは、瞬時加速の爆発的加速並の速度を継続させ飛び続ける事が出来るって話かな。名称としては、オーバード・イグニッションブーストだとか。実に単純!それにしても、大変な変態機体じゃありませんか……刹那ちゃんってば。

 

『イメージ的には、1回爆発させたエネルギーを途切れさす事無く……爆破の余韻が背中を押し続ける感じ?ハハハ、ごめんね……僕が何言ってるのかわかんなくなってきちゃったよ。』

 

 オーケーオーケー、ヒントは大事よ鷹兄。え~っと、瞬時加速まではやる事は同じ……後は、鷹兄の言葉通り……。そうやってイメージを固めると、雷火から黒い炎が噴き出はじめた。その黒い炎は、雷火の骨組みには収まり切らず……まるで大きな翼を形成しているかのようだ。なんて考えている暇もなく、俺は凄まじいスピードで前へと押し出される。

 

 うおおおお!?刹那のトップスピードは、さっきまでトップスピードでは無かったって事ね!だけど鷹兄達が調整してくれたおかげか、飛べない事も無さそうだ……。って言うか、だんだん慣れて来たぞ……。なるほど、QIB(クイック・イグニッションブースト)は鋭い軌道が描けて、OIB(オーバード・イグニッションブースト)はある程度旋回も三次元飛行もできる訳ね……。どちらにせよ、刹那の名にはふさわしい仕様か。

 

『あっ、ちなみにだけど……OIB(オーバード・イグニッションブースト)中でもQIB(クイック・イグニッションブースト)は可能だから、無理じゃなければ試してみてね。』

 

 やれってか……やれって言いたいのか!?こんにゃろう……やってやるよ!やればいいんでしょ、やれば!俺は半ギレになりつつ、OIB(オーバード・イグニッションブースト)を維持しながら右、真ん中、左と反復横跳びのように連続してQIB(クイック・イグニッションブースト)を行う。どうだ、これで文句はないでしょ!俺はそう示すために、黒い翼を収めてその場に止まった。

 

『よ~し、慣れてきた頃かな?それじゃあ本番行ってみよ~。」

 

 ほぇ?……いや、鷹兄……本番ってどういう意味かな。俺が意味も解らずボーっとしていると、俺を取り囲む四方八方の壁から砲台にも似た筒状の物が飛び出てくる。……というか、砲台にも似た……じゃなくて、砲台だよねこれ?そして次の瞬間、レーザーの雨が俺を襲う。

 

(ほわああああっ!?ちょっ、マジ……これは何のつもりですかぁ!)

『おー良いね。その調子だよ。QIBやOIBを使いながら上手く避けてね。』

 

 攻撃が来れば避けるのが人間の心理なわけで……。鷹兄に言われるまでもなくQIBで回避をしていると、そんな声が耳元で響く。その調子……?つまりあれか……一次移行する経験値を手っ取り早く溜めるために、こうやって刹那を動かせと。……なんなんだあのマッドサイエンティストはああああっ!

 

 避けるよ……そりゃ避けますとも!だってレーザーとかISの試合でも当たったことないのに!とにかく意識を集中させ、ハイパーセンサーを確認する。どうやらある程度は規則性があるみたいで、ギリギリの回避ながらもQIBでどうにか凌げそうだ……。けど、いつもの笑顔は出ちゃってるだろうなぁ。

 

(無理……もう無理!せ、刹那さん……願わくば、もっと速く飛べる翼を下さいぃぃぃぃ……!)

 

 刹那にも俺自身にも限界が差し迫る中、苦し紛れにそんな事を考えてみる。しかし、現実は非情である……と思いきや!神はまだ俺を見放しちゃいなかったようだ!刹那のコンソールに表示されるのは、一次移行が可能との表示。間髪入れずに実行ボタンを押した俺は、凄まじい光へと包まれる……。

 

 

 

 

 

 

「と、飛んだ……本当に、刹那が……。」

「ね、僕の勘ってのもあてになるでしょう?」

「それにしても、刹那の反応速度が遅くて飛べなかったって……。あの子、とんでもないですね。」

 

 試運転場内を華麗に舞う黒乃ちゃんと刹那の姿を見て、研究員さん達は静かな歓喜と驚愕を露わにした。前者は苦労の裏返しで、後者は……黒乃ちゃんの事を言っている。黒乃ちゃんが刹那に乗って墜落した原因を調べてみると、これまで刹那を乗りこなせなかった人達とは異なるデータが取れた。

 

 それはおびただしい量の手動運転、イメージインターフェースの操作記録だ。何故こんなにも大量に操作せねばならなかったのかを議論した結果、刹那の反応が遅いせいで大量の操作で機体を安定させようと思ったのではないか……という結果に。そこで刹那の反応速度を限界まで引き上げるとあら不思議、黒乃ちゃんはいとも簡単に飛んでみせる。

 

「えと、これからどうします?」

「そうですね……いけるところまでやってもらう事にします。大丈夫みたいだね。ようやく刹那の性能を詳しく説明できるよ。」

 

 黒乃ちゃんが指示を待っているように見えたので、通信機でそう呼びかけた。さて……ここからも問題だ。アレを使いこなしてもらわないと、刹那の性能を100%引き出したとは言えない。超高機動近接格闘機体と位置付けた刹那になくてはならない技術……それは、急速かつ連続で瞬時加速を行う能力と、瞬時加速の爆発的速度を継続して放出し続ける能力だ。

 

 それぞれQIBとOIBと命名。まぁ……どちらも本当に難しい操作を要するから、数年かけてじっくり使えるようになってくれたらな~……なんて思っていた僕は、きっと彼女を舐めていたのだろう。なんと彼女は1回説明しただけで、どちらもアッサリこなしてしまうではないか。

 

「……鷹丸くん、私は夢でも見てるのかな。」

「アハハッ、確かに……僕も嬉しすぎてまるで夢の中に居る気分ですよ。」

「いや、そういう意味じゃ……。単に現実を受け入れられないだけで……ああ、いや……なんでもないから忘れてくれ。」

「フフフ……それじゃ、ちょっと無茶振りしてみます。」

「え……?いや、良いから……。鷹丸くん、私はもう何も望まんよ。」

「あっ、ちなみにだけど……OIB(オーバード・イグニッションブースト)中でもQIB(クイック・イグニッションブースト)は可能だから、無理じゃなければ試してみてね。」

 

 OIBで飛んでいる最中の黒乃ちゃんに、そんな感じで呼びかけてみた。言ったとおりにこれは単なる無茶振りだ。理論上は可能ではあるけれど、想定なんて全くしてない。さぁて……どうなるかな。僕が期待を膨らませつつモニターを眺めると、凄まじい光景が繰り広げられる。

 

「本当……どうかしてますよ。鷹丸さん、彼女は何処で見つけてきたんです……。」

「うん、この間の選考会で少し。それにしても本当にどうかしてるね……最高に。」

「な、なんだか分身して見えるのは気のせいか?」

 

 僕の無茶振りを聞いた研究員さんたちはザワついたが、モニターを眺めてザワつきは更に膨れ上がる。なんといったって……本当に僕の指示通りの事をこなしちゃったんだから。黒乃ちゃんはOIB発動中に、小さくQIBを使って細かい進路変更をしみせる。単純な反復運動ではあるが、刹那の速度も相まってか確かに分身して見えなくもない。

 

 文句なし、これで決まりだ。むしろ何処に文句をつけろと言うのか。ようやく見つけた……刹那にふさわしい女性を!あぁ……この時をいつまで待った事か。もはや歓喜で狂ってしまいそうな僕だったが、その感情を必死に押さえつけた。……が、案外そうでもなかったのだろう。僕の悪い癖が出てしまったからね。

 

「よ~し、慣れてきた頃かな?それじゃあ本番行ってみよ~。」

「ちょっと鷹丸さん……?本番って何言ってーーー」

 

 言ったら止められるのは解っていたから、半ば無視して試験場内の設定を弄る。操作が完了すると、壁一面からレーザーの砲台がせり出した。うん、動かすのは初めてだけど……特に問題はなさそうだね。証拠に刹那を攻撃し始めてるし。半ば奇襲であったにも関わらず、黒乃ちゃんはばっちり避けちゃったけど。

 

「おー良いね。その調子だよ。QIBやOIBを使いながら上手く避けてね。」

 

 奇襲であったにしても、最初の警告みたいなものだ。それを皮切りに、無数のレーザーが黒乃ちゃんを襲う。あ~……ちょっとテンションが変になっちゃって設置し過ぎたかな。でもまぁ良いよね、彼女には掠る気配すらないし。ハハハ……!本当に面白いよ君は。

 

「わ~……避ける避ける。まるで勝手に外れてるように見えてくるね。」

「……鷹丸くん。」

「おおっ!今の見た!?コンマ単位でタイミングをずらしつつの同時射撃をあんなにアッサリ!」

「鷹丸くん……。」

「ハハッ、これなら弾速をもう少し上げても問題はーーー」

「問題大あり!鷹丸くん、いくらなんでもこれはやり過ぎじゃないか!」

 

 おっといけない……気分が乗ってきたせいで人の話が耳に入らなくなっちゃってた。え~……っと、僕は怒られたって事で良いのかな。はて、やり過ぎ……?ああ、レーザー包囲網の事かな。これでやり過ぎって言われちゃうと、僕の目的なんか永遠に達成されないだろう。さぁて、どう言い訳しようかなっと。

 

「まぁまぁ、当たってもさほど問題ないように調整してますから。」

「いやだから、そういう問題じゃないんだって!」

「え……じゃあどういう問題なんでしょう?」

「は、はぁ!?本気で言ってるのかい!?あ、あ~……もう!」

 

 そうやってすっとぼけてみると、研究員さんは歯痒そうに頭を掻き毟った。な~んて嘘に決まってるじゃない。人道に反するどうこうはちゃ~んと理解してますってば。でも……言いよどむってことは、本当に僕が何も思ってないととられているんだよね?……う~ん、それはそれでなんというか……。

 

「あんなピーキーな機体に乗せられて、いきなり攻撃されるなんて彼女もーーー」

「あ、それに関しては問題ないんじゃないんですかね。だって彼女……楽しんでるみたいですし。」

「こんな状況で楽しめるわけ……わけ?な、何故……どうして彼女は笑っているんだ……!?」

 

 僕は初めから気づいていたけど、研究員さんは僕へのお説教で頭がいっぱいだったみたいだ。詰め寄られた状態でモニターをちょいちょいと指差すと、研究員さんは理解が及ばないと言わんばかりに後ずさり。ん~……僕と同じ匂いがするって、やっぱり間違いではなかったみたいだ。

 

 いやぁ、ホントに面白いなぁ。こんな状況で満面の笑みって、なかなか出せるもんじゃないよ。つられ笑いとは違うかもしれないが、キミが笑っているのをみてるとなんだか楽しくなってきた。絶句する研究員さん達とニヤケる僕。対照的な空間が作られてしばらく、黒乃ちゃんと刹那に変化が訪れた。

 

「あの光……来たね。皆さん、一次移行です。映像やら数値の記録、解析をお願いします。」

「りょっ、了解!そっち、何か変化は!?」

「……雷火のサイズ調整が確認されています!具体的な数値で言えば、一次移行前の1.5倍ほどに!」

「へぇ~……って事は、もっと早く飛べるように最適化されたのか。……あれでもまだ足りないんだ。」

 

 そうやって研究員さん達に指示を送っている間に、僕は攻撃を止めておく。本当は最適化された刹那でもう少しデータを取りたかったんだけど、このまま続けたら本気で怒られそうだから止しておこう。しかし、不必要なほどに大きなスラスターにしたつもりなんだけどな。

 

 まぁ最適化ってのは文字通り操縦者に最も適した状態になるって事だし、あれが彼女にとっての最適ならば何も言うことはない。一次移行も済んだのなら、今日はこのくらいにしておこうかな……。あっ、黒乃ちゃんがあの状況で笑ってたのは内緒にしておかないと。なんたって、そっちの方が面白くなりそうだしね。

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま、黒乃ちゃん。」

(誰のせいだと思ってんのこの人……。)

 

 とりあえずの試運転が終了した黒乃は、ピットへと戻って来ていた。鷹丸に労いの言葉を贈られるわけだが、とんでもなく皮肉にしか聞こえない。それでも束という知り合いがいるためか、ある程度この手合いの人物に耐性があるようだ。普通はそれで済まされないところを、まぁ良いかと流す。

 

「おっす黒乃、お疲れ。おっ、そのチョーカー……刹那の待機形態?なら一次移行までは終わったのね。」

(あぁ……昴姐さん。そうそう、このチョーカーが刹那やで。)

 

 刹那の試運転が終わったと聞いてやって来たのか、別室で待機していた昴も姿を見せた。いの1番に昴が触れたのは、黒乃の首へと着けられているチョーカーだった。黒色のラバーチョーカーのようで、首元には烏の羽を模した羽のアクセサリがぶら下がっている。

 

「んじゃま、今日のとこはさっさと暇しましょうかね……。常盤さん、何か私達に言っておくべき事は?」

「明日のですが、引き続き専用機関連で所用があります。それと、模擬戦を予定しておりますね。」

「はぁ……模擬戦?随分と急な話じゃないですか。」

「いやぁ……そこは本当に申し訳ないんですけれど。遅かれ早かれ刹那で誰かと戦ってもらわないとですし、何より相手は来日してますし。」

 

 鷹丸の言葉に、昴は半ば強制のような物であると察知した。先ほどの言葉は、先方はもう日本に居るから今更キャンセルするのは失礼です……と言っているのと同等だ。失礼だろうが何だろうが、それは本人の意思次第だと昴は黒乃を見る。そして聞くべきであろう質問を投げかけた。

 

「黒乃、大丈夫そう?」

(……大丈夫じゃないです……けど……けど……!頼まれたら断れない……!)

「本当にごめんね。キミがそう言ってくれて助かるよ。」

 

 断れない主義の黒乃からすれば、鷹丸の言葉はクリティカルヒットだったようだ。特に相手は既に来日しているという部分……。いくら黒乃とはいえ、それで相手が外国人である事は理解できる。わざわざ日本に出向いてもらっておいて、自分が戦えませんなど言えない。そこまでを一瞬で考えた黒乃は瞬時に首を縦に振った。

 

「それでは、明日も同じ時間にお越しください。本日のご予定はこれにて終了になります。本当にお疲れ様でした。」

「じゃあ鶫さん、玄関まで見送りをーーー」

「ああ、いえいえお気遣いなく。ほら、黒乃も着替えないとですし。」

「そうですか?それじゃあまた明日。バイバイ、黒乃ちゃん。」

(はい、また明日。)

 

 鶫の丁寧な対応を苦手とするのか、昴は見送りを拒否した。別に無理強いする必要性は全くないので、鷹丸はヒラヒラと手を振り、鶫はこれまた綺麗なお辞儀を見せた。それに釣られたのか、黒乃も妙に深々としたお辞儀を見せ、昴と共に更衣室へと向かっていく。

 

「さて、僕らはもう一仕事だね。」

「それは同意しますが、貴方がすべきはそちらの業務ではありません。社長室へお戻りを。」

「え~……そんなぁ。良いじゃないか、ちょっとくらい。」

「貴方の場合はちょっとで済まないから言っているんです。さぁ、戻りますよ。」

 

 鷹丸は背伸びをしてから刹那のデータ解析に混ざろうとしたのだが、白衣の襟首を捕まれ阻止されてしまう。阻んだ張本人である鶫に不満そうな表情を見せるが、そんなものは通じるわけがなかった。鶫は強引に襟を引っ張ると、無理矢理にでも鷹丸を連行する。それで諦めがついたのか、少しばかり消沈した鷹丸は乾いた笑い声を発しながらこの人には敵わないと再確認させられたとか……。

 

 

 




黒乃→なんとか刹那を乗りこなせる感じか……。
鷹丸→難なく刹那を乗りこなしちゃうなんてねぇ♪



オリキャラである鷹丸&鶫のプロフィール紹介です。





名前 近江(おうみ) 鷹丸(たかまる)
年齢 22歳
外見的特徴 茶色の癖毛 糸目 ニヤけ顔
好きな物 魚介類 機械なら何でも 藤堂 黒乃
嫌いな物 らっきょう 退屈
趣味 機械を弄る 人間観察

世界に誇る大企業、近江重工の御曹司にして現社長代理。彼の父であり実質の社長、近江 藤九郎が失踪中なためである。本人も頑なに代理を自称しており、もっぱら社内でも本来の仕事である機械製作等に打ち込む。あらゆる面において、何をやっても上手くいく……いわゆる天才型の人間。特に機械の2文字が関われば、変わり者特有の柔軟な発想にて類い稀なる才能を発揮する。黒乃が譲渡された専用機、刹那は彼が設計した。


名前 常盤(ときわ) (つぐみ)
年齢 34歳
外見的特徴 スレンダー 年齢不相応に見た目が若い
好きな物 蕎麦 夫 娘 息子
嫌いな物 脂っこい食べ物 虫
趣味 ガーデニング 手芸

12年前に単なる事務員として近江重工へ入社したが、持ち前の美貌が藤九郎の目に留まり半強制的に秘書へ転身させられる。鷹丸とはその時に知り合い、教育係も務めた。それゆえ鶫にとって、鷹丸は弟のような存在である。最近はその弟分の暴走が悩みの種。ちなみに既婚者で子持ち(8歳娘と7歳息子)。夫は同い年で、IT関連会社に勤める出世街道まっしぐらなエリート社員だとか。




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