八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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この物語の根幹とも取れる一夏と黒乃のためにある回です。
運命に抗った先にある悲しい現実。
傷心の黒乃に対して一夏が取った行動は……。


第136話 永遠の誓い

「黒乃の中の黒乃が消えたかも知れない」

 

 あくる日、一夏は専用機持ちたちへ集合をかけた。放課後の食堂にて10人規模の席へ集い、神妙な面持ちの一夏が切り出した第一声がそれだ。そう聞かされ僥倖だと喜びかけてしまう者もいたが、どういった経緯で産まれた存在かを思い出すとそうも言ってはいられない。

 

「一夏、もしや黒乃が今日休んでいる原因は――――」

「……ああ、ふさぎ込んじまってる」

 

 黒乃は今朝から姿を見せていない。もちろん箒も朝のうちに一夏へ同じ質問をしたが、話すにはふさわしい時ではないとはぐらかされてしまった。第一声としてそう切り出されたのだとするならば、自ずと答えはみえてくる。箒としては、どうかそうであってくれるなという気持ちだったが。

 

「原因とかどうなのよ。なにがなんでもいきなり過ぎんでしょ」

「済まん。なにかあったかもとか、そういう抽象的なことしか言えないな」

「どれ、とりあえず聞かせてみろ。姉様のことは一夏が話すに越したことはない」

 

 消えるにしたってなにか兆候があっていいはずだ。全員の意見を代弁するかのように、鈴音がそう問いかける。心当たりがないこともない一夏だったが、流石に知らぬところで起きたことなのでハッキリとしたことは言えない。それでも聞く必要があると今度はラウラがそう提案した。

 

 もとより相談も含めて話すつもりでいたが、いざその時となるとなにから始めていいのやら。一夏はとにかく状況を事細かに思い出し、建設的ではないながら順を追って説明を始める。一夏ですら解からない事の方が多い状況だ。少しでも解明が進めばと、そんな希望を抱いて。

 

「えーっと、黒乃から懐かしい感じがした。けどそれは黒乃じゃなくて、八咫烏でもなくて……。でも黒乃? う~ん、本当によく解からない話だね……」

「黒乃さんは複数いらっしゃったと?」

「そう思うんだが、あのふさぎ込みようだからな……。そんなに沢山ってことはないと思うんだ。けど、あの懐かしさが拭いきれなくて……」

「より一夏くんを混乱させるってわけ。これは本当に難しいわねぇ……」

 

 同じ黒乃という単語でも別人のことを示すため、シャルロットはややこしさに参りながらも話を整理してみる。その結果はよく解からないというもので、理解はしたが進展は期待できないかも知れない。なにより、一番の理解者であろう一夏が混乱しているのだから。

 

 うむむと唸りながら開かれた楯無愛用の扇子には、難題の二文字がデカデカと記されていた。だがその妹である簪は、この議論が既に意味を成していないと脳内にモヤモヤが立ち込める。ついに我慢の限界でもきたのか、一夏に詰め寄りながらこう問いかけた。

 

「一夏……。懐かしさとか……今はどうでもいい……。私がしたいのは……黒乃様を立ち直らせること……。そのために必要な話し合いをしたい……」

「そう……だな。確かに簪の言う通りだ。けど俺だってなにも考えちゃいないわけではない。ただ――――」

「ただ……?」

「今の黒乃には酷なことだし、向こうが乗ってくれないと意味がない。けど黒乃の本当を知るためには、これが確実ってのも間違ってはいないと思うんだ。だから、みんなの意見を聞かせてほしい」

 

 

 

 

 

 

(はぁ……)

 

 刹那を纏って宙に浮きつつ、それはそれは大きな溜息を吐いた。それもこれも一夏がいきなり申し立ててきた言葉に起因する。というのも、簡単に言うなれば模擬戦をしてくれと頼み込まれたのだ。当然、当初の黒乃の反応はノーの一点張り。

 

 しかし、どういうわけか一夏も全く引き下がらなかった。こと一夏が関われば気力なんて底抜けで湧く黒乃だが、今回の場合は受けた方が早く済むという理由でアリーナまで引きずり出されたということ。自身が落ち込んでいる理由を解かってもらう気がさらさらないだけに、倦怠感も増してしまう。

 

「黒乃、とりあえず謝らせてくれ。気のりはしないだろうけど、これは必要なことなんだ」

(……いいよいいよ。イッチーたちが私のことを想ってくれてるのは解かってるつもりだしね)

「……そうか、ありがとう」

 

 すると、対峙している一夏が深々と頭を下げてきた。対する黒乃は首を左右に振って見せるが、やはりその様は気だるいもの。頭では理解しているつもりでも、精神のほうがついてこないのだろう。心の片隅でも、どうせまともな模擬戦にならないという考えも過る。

 

 そう、まともな模擬戦になりはしないだろう。例え黒乃が立ち直っていたとしてもだ。それでも一夏にはこの方法しか思いつかない。だから心を鬼にし自らに課せられた役目をこなすという誓いを胸に、雪片を展開して構える。黒乃も鳴神を抜刀し、試合開始の合図を待った。

 

『試合開始』

「うおおおおっ!」

(……キミにはそれしかないのは解かる。解かるけど、流石に安直過ぎるよ)

 

 一夏はブザーが鳴ると同時に仕掛けにかかる。流石に零落白夜は発動させていないが、白式の機動力を活かして真っ直ぐ突っ込んで来る。しかし、それは機動力の有利が利く相手にしか通用しない。刹那は白式を遥か上をいく機動力を有するため、ほんの軽い気持ちでサイドに回り込んだ。

 

(ファーストアタック……!)

「そうくるだろうな!」

(えっ……!? キャッ!)

 

 すれ違いざまに軽く一太刀浴びせるつもりだった黒乃だが、横から接近を仕掛けると同時に予想外の事態が。どうやら一夏は黒乃の動きを先読みしていたようだ。いや、むしろ初手の突撃は横からの攻撃を誘発するための撒き餌。一夏は、その場で大きく横回転をするように雪片をブン回す。

 

 結果、黒乃の太刀筋はどん詰まりになってしまい不発。そこから一夏はさらにもうひと回転することにより、鳴神を弾いて無防備な状態を作り出した。瞬間、黒乃の背筋には悪寒が走る。無論、仮に零落白夜を使われていたのならもう試合は終了していただろう。

 

(と、とにかく離れ――――)

「逃がすかよっ!」

(くぅっ! こ、このぉぉぉぉ……!)

 

 掌にあるレーザーの発射口から拡散するように放つことでバックステップをしようとした黒乃だったが、またしても一夏に阻まれてしまう。黒乃が手をかざした瞬間に考えを読み取り、瞬時加速で即座に距離を詰めた。一方の黒乃は、手をかざしていた影響で対応が数瞬だけ遅れてしまう。その数瞬が別れ目であった。

 

 黒乃は雪片を防御しないわけにはいかず、勢いの良い兜割りを頭上に構えた鳴神で受けた。結果的に鍔迫り合いの状態を作られ、これをどうにか凌がない限りは持ち前の機動力もないに等しい。鳴神と雪片が火花を散らす中、黒乃はどうするべきか考えを巡らせる。

 

「どうした?」

(んっ……?)

「そんなモンじゃないはずだろ。こんなド素人の攻撃、とっとと凌いでみせろよ代表候補生!」

(…………!? ……ああそう、お望みとあらばやってあげるよ!)

 

 必死で雪片を防いでいると、一夏から投げられたのはあからさまな挑発だった。普段の黒乃ならば気にも留めなかったろう。しかし、黒乃を喪った悲しみに暮れる黒乃を逆上させるには易い。恐らくは、一夏に対して初めて憎しみに近い感情を過らせたことだろう。黒乃は感情のままに反撃に撃って出ようとするが――――

 

(この状態なら、イッチーにこれを防ぐ手立てはないでしょ。お願い黒乃ちゃん! ……あ――――)

「どこを狙ってんだ? 俺はっ、ここだ!」

(キャアアアア!?)

 

 黒乃はソードBTのマウントを解除。操作を黒乃に任せて己は攻撃の準備に入ろうとしたが、黒乃は思い出してしまった。もはや己の内に、藤堂 黒乃の魂は不在なのだと。つまり制御なんて端からしていないも同然となってしまい、ソードBTはあらぬ方向へ飛んで行き、アリーナに突き刺さってしまった。

 

 それを見届けた一夏はまたも挑発しながら反撃に映る。押し合っている状態から体重を後ろへいなすことで、黒乃は前のめりにバランスを崩す。その隙を狙い黒乃の頭上を飛び越え、上下逆さの状態からその背へ強烈な一太刀を浴びせた。

 

(もう、もう、なにやってんの私! これで久遠転瞬も使えない……! こんなんじゃ、黒乃ちゃんが安心してくれるはずもないのに!)

「さっきからいいとこなしだな黒乃! それとも――――」

(ってか、イッチーもなんか様子変だし……。そんなんで戦えるはずが――――)

「もう1人の黒乃に頼らないと全然なのかよ!」

(…………は…………………? …………はは…………イッチーさぁ、ホントなんのつもりなのか知らないけど……それ! 絶対! 言っちゃダメなやつだから!)

 

 一夏はなおも挑発を繰り返す。その際に、黒乃は不可解なワードを耳にする。それはもう1人の黒乃と、そう指摘してきた点についてだ。知られていたのか、バレていたのか。本来ならばそういった考えが先行していたのだろう。だが今の黒乃にとって、それは特大の地雷以外のなにものでもなかった。

 

 黒乃も一夏が自分を怒らす気というのはなんとなく読めていた。だから反対に冷静でいようとしたというのに、黒乃のことを指摘されたとあらば話は別である。黒乃は完全なる怒りと憎悪を抱きつつ、紅雨と翠雨を投擲。真っ直ぐ飛ばすだけなら問題ないのか、残された6本のソードBTが飛んで行った。

 

(くそっ、流石に全部は防ぎ切れない……! 持ってくれよ、白式!)

(でぇやああああああああっ!)

「ぐおおおおっ! カハッ!?」

 

 投擲されたとは思えない速度の小太刀2本。そして補助ブースターの役割も担うソードBT6本。計8本の刃を完全に防ぎ切ることは叶わず、紅雨と翠雨、そしてソードBT2本を雪片で弾くのが限界だった。残りのソードBTは変に避けようとはせず、身体を丸めるようにして白式の装甲で受ける。

 

 甘んじて受けたのは良いが、ソードBTはレーザー式。突き刺さって回路でもイカレてしまえばその時点で一夏の思惑も積む。幸い被害は肩や足の装甲のみで済み、一夏は思わず胸を撫で下ろした。しかし、安心したのは束の間のこと。刹那の前にすれば一瞬の隙は絶対の隙。

 

 一夏視点ではいつの間にか黒乃が眼前へと迫り、大きく鳴神を振り上げていた。そのまま胴体に鳴神を押し当てられるような状態となり、なおも黒乃前進を止めることはない。ゆえに一夏は黒乃に運送されるが如く、最終的にはアリーナのシールドへ叩きつけられたことで移動は終わる。

 

「ようやくエンジンかかってきたか?」

「――――にが――――」

「ん……?」

「なにが解かるの!」

 

 叩きつけられた衝撃で息を乱しながらも、一夏はまだまだ余裕だと言わんばかりに調子を問うた。しかし、返ってきた言葉はそれに対しての答えではなかった。なんともいえない視線で一夏を見やり、涙を流す黒乃が訴えたのは――――黒乃が、他人に絶対に言ってはならないと位置付けていた言葉だった。

 

 あなたに私のなにが解かるのか。そんなもの解かるはずもないだろう。無口無表情、たまに言葉が出たとしてもほぼ単語のみ。黒乃にとって、自分のなにが解かるのかという言葉は初めから聞くに値しない。だから例えどんなことがあろうとも、それだけは言わないようにしていたのだ。

 

 それをあろうことか、最も愛する人物に放ってしまうとはなんと皮肉なことだろう。黒乃が涙を流しているのは、黒乃への哀愁と共に己へ嫌悪に追い詰められた結果だ。八つ当たりのように喚いても無意味なのに、感情に任せた結果がこれ。そして、そんな言葉を受けて一夏は――――

 

「解からねぇよ……。解かるかよ、解かってやれないんだよ、解かりたいのに解からないんだよ! こうでもしないとお前のそういう言葉を引き出せない俺はくそったれだ! 黒乃の全部を理解するのが俺の役目のはずなのに! 畜生……畜生がっ!」

(イッ……チー……?)

「黒乃、俺はお前の全部を解かりたい。でもそれにはこういう方法しか思いつかなかったのは許してほしい。だから1つ約束する。これで、必ず黒乃の全部を俺の物にしてみせるから」

 

 一夏は押し付けられた鳴神の刀身を掴むと、黒乃と同じく涙しながら力ずくで刃を胴体から離していく。苦しいのは一夏も同じだった。その苦しみが黒乃のものに遠く及ばないにしても、一夏の黒乃を理解してやれない部分があるのは相当な苦しみだった。

 

 黒乃は無口無表情だからなにを考えているか解からないのは仕方がない、としていた。しかし、一夏にとっては表情や言葉がないだけで解からない部分があるのは屈辱なのだ。一夏にとって、それだけ黒乃が自身を理解してくれる存在だという裏返しである。

 

 だからこの方法に頼るのも屈辱だった。だがこうでもしないと黒乃を断ち直せられない。だからプライドは投げうち、黒乃を救うことを念頭に置いた。一夏は左手を手刀のようにしてそっと黒乃の腹部に添えると、ボソッと呟くように己のフィニッシャーを発動させる。

 

「零落白夜……」

(あっ……)

 

 音声機動をキーにして発動した零落白夜は、雪羅の五指から青白いエネルギーを噴出させた。それはいつしか鋭い刃を形どり、一夏はそれを悔しそうな表情のまま振りかぶった。無論だが出力そのものは微弱なものに加減されている。だが零落白夜の効力そのものを無に帰すことはできない。

 

 刹那のエネルギーはほとんどフルの状態から一気にゼロまで持っていかれた。刹那は急激なエネルギー下方を感知し、安全装置が作動。操縦者への負担を減らすためオートで気絶させる機能により、黒乃の意識は瞬時に暗転してしまう。

 

 ただそれは、単なる気絶とは少し異なるような気がした。意識を失いかけているというのにそんな考えが浮かぶこと自体不思議でならないが、なにか黒乃は安心できる場所へ手を引かれているような感覚に包まれていた。やがて黒乃は――――

 

 

 

 

 

 

「……ここは…………?」

 

 黒乃が次に目を開いてみると、なにか光の散りばめられた空間に漂っていた。これは刹那の宿る領域とも、黒乃の心象世界とも異なる場所ということは解かる。それと、なにか安心できるということも確かだった。それでも正体の程はまだ見えない。

 

『黒乃、聞こえてるか?』

「その声は……イッチー?」

『あぁ……どうにか成功してるみたいだな。ほら、いつか話したろ? ラウラとの決着の瞬間に――――』

 

 あたりを見渡す事くらいしかできないでいたが、ふと一夏の声が響いた。姿は見えないながらも黒乃が一夏を間違えるはずがない。虚空へ向けて名前を聞き返してみると、向こうも黒乃の存在を確認したかったらしい。酷く安心したかのような声色で成功を喜んでいる。

 

 一夏の言う成功というのは。ラウラがVTシステムを発動させてしまった際に行われた戦闘において発生した、IS操縦者同士のシンクロ現象のようなものを再現させること。先の戦闘において、一夏が執拗に挑発を繰り返した意味はそこにある。

 

 黒乃の考えを伝えたいという気持ちを高める必要があった。自分のなにが解かるのかというのは、その感情が最大限まできているからこそ出た言葉だ。逆に一夏は黒乃の気持ちを知りたいと切に願った。一夏の狙いはあの日の再現だったため、念のためという部類の意味を込めて黒乃に零落白夜を喰らわせたのだろう。

 

 

『それにしてもイッチーな……。もしかして、他のみんなもずっとアダ名で?』

「う、うん……。一応はみんなそんな感じで呼んでるかな」

『そうか……。そうか、俺は……そんなことすら知らなかったんだな』

 

 説明を終えた一夏がまず気になったのは、イッチーという自分のことを指すであろうアダ名についてだった。まさかそのような、本音に近いことをしていたなんて想像すらつかないことである。黒乃を解かっているつもりだった一夏は、やはりあくまでつもりでしかなかったのだと思い知らされてしまう。

 

「そんな落ち込まないでよ、だって仕方ないじゃん。私は――――」

『言葉も表情も出せない……か? ……そんな理由で納得する気はないけど、さっきも言った通りに解からないからこんな方法しかなかったってのもあるしな』

 

 そんなことすら知らなかった。そうやって絞り出すかのような声色を耳にし、黒乃は姿が見えない一夏の姿が容易に想像できた。きっと弾け飛ぶような勢いで歯を食いしばっているのだろう。なにが解かるのかと喚き散らしたのは自分ではあるが、一夏が気にするのは筋違いであると語り掛ける。なおも悔しそうな声色ではあったが、一夏は本題に入ることに。

 

『黒乃、お前の身になにが起きてるのか聞かせてほしい。もちろん話しづらいところがあるならボカしながらでも構わない。さっきも言ったが、俺は黒乃を解かりたいんだ。黒乃がいつもそうしてくれているように、俺は黒乃の支えになりたいんだ』

「…………解かった。ちょっとなに言ってるか解からないところもあると思うけど――――」

 

 一夏がこの手に出た目的はそれ以外のなにものでもない。これを聞かずして、言いたくもない挑発を並べた価値がない。黒乃だって一夏が己が身を案じてくれていることは初めから解かっている。ただ説明が難しいが、黒乃は自分がふさぎ込んでいる原因を語り始めた。

 

「私はね、藤堂 黒乃じゃないんだよ。まぁ本人からお墨付きは貰ってるんだけどさ。……ごめんね、初っ端から意味解かんなくて」

『大丈夫、続けてくれ』

「えっと、この間のデートで懐かしいって言ってたでしょ。あっちが正真正銘の藤堂 黒乃ちゃんだったってわけ」

 

 流石に前世どうこうは突飛も過ぎるために端折りつつ、自分は本当の藤堂 黒乃ではないと告げた。そしてデートの際に一夏が感じ取った違和感こそ、あれこそが混じりけのない藤堂 黒乃だということも。そして、自分と本人のどちらか一方が消えねばならなかったこと……。

 

「だから、消えちゃったってそういうことだよ。私みたいな紛い物のために、黒乃ちゃんが……消えちゃった……」

『黒乃……』

「ホントは私が消えるべきだったのに! 私の血肉は全部あの子のもので、私はそれを使わせて貰ってるのに過ぎないのに! 消えちゃった……。私なんかのために黒乃ちゃんが犠牲になって、居なくなっちゃった……!」

『…………』

「もうどうしていいのか解からない……。あなたと幸せに生きたいって気持ちはあるのに、全然なんにもする気が起きなくて……。でもそんな自分が黒乃ちゃんに申し訳なくて、嫌で、嫌いで……!」

 

 気丈に振舞ってはいたものの、やはり黒乃の根底に宿るのは自己犠牲の精神のようだ。心のどこかで黒乃が消えることに納得してしまい、黒乃の意思のまま計画を実行しそれを成功させた。黒乃が消えるのはほぼ確実と知っていながら……。

 

 黒乃はそんな自分が嫌で仕方がなかった。これは仕方ないことなんだと納得した自分が大嫌いだった。これしか方向がなかったから。あのままいけばどちらも消えてお終いだったから。そうやって自分に言い聞かせていくたび、自己嫌悪は重なっていくばかり。黒乃は己を犠牲にしてまで本当は自分の物だったはずの身体を明け渡したというのに。

 

『……じゃあ仮にだ黒乃。もしお前の言う本物が残ったとして、その子は本当に幸せだったかな』

「それは……。……違う……かも知れない……」

『残されるってことも辛いことだと思うよ。きっと、今の黒乃みたく悩みに悩んだはずだ……。それにな黒乃、不謹慎なのは承知で言うが――――』

 

 幸せというのは概念的なものであり人それぞれ差があるだろうが、少なくとも身体を取り戻した黒乃がそうあれた可能性は低い。おかしなことに、藤堂 黒乃として生きた年月が本人のほうが短いのだから。身の振り方等々の理由から、本人なのに本人らしく生きられない矛盾が発生していたろう。

 

 それに、黒乃も同じように自分が消えるべきだったのだと悩むに違いない。もはや互いに片割れ同士の関係だっただけに、喪った悲しみも同等だったろう。それに加えてもう1つの問題点が存在する。それは一夏が言葉を切った不謹慎とも取れるらしい表現らしく――――

 

『俺はお前以外を幸せにすることはできない。そもそもする気もない』

「そんな……。聞いてたでしょ、黒乃ちゃんだってイッチーのことが――――」

『ああ、そのこと自体は有り難いって思う。嘘じゃない。けどな黒乃、俺は例え黒乃であって黒乃じゃない奴が70億いたって、その中からお前を見分けられる自信があるぞ』

 

 自分に必要なのは黒乃だけであって、他はどうでもいい。これまで何度も似たような言葉を囁かれたが、この場合では受け取り方を違えてしまう。黒乃には、一夏がどうせ残られても結果は同じだというドライなことを言ったように聞こえてしまう。

 

 ただ、一夏も単に突き放すつもりではない。病的かつ圧倒的なまでに黒乃を愛しているという自負からくるものだった。全ては間違いなく黒乃を見つけ出すという言葉に集約されているし、実際に一夏は見分けてみせるだろう。単位が億だろうが兆だろうがそれは変わらない。

 

『前から何度も言ってるのにまだ足りないか? 俺は黒乃じゃないとダメなんだ。黒乃とじゃなければ生きていけないってな』

「けど、私は……」

『……あのさ、事あるごとにクッキー焼いてくれたの、アレお前か?』

「あ、うん、それは私だけど……」

『そうか、それじゃあ――――』

 

 一夏の愛を受け入れようにも、黒乃が消えてしまった悲しみと負い目が邪魔をしてしまう。嬉しい気持ちはあれども、まだ自分自身を否定するような思考しか浮かばない。そんな黒乃を見た一夏は、いったん間を置いてからつかぬことを聞き始めた。

 

 一夏にとっては思淹れの深いクッキーのことから始まり、様々なことがらを確認していく。なんの意図か図りかねていたが、黒乃はそれに肯定か否定程度の返答で返していく。質問と返答を繰り返すうち、一夏の言葉は核心をつき始めた。

 

『夏休みに遊園地や水族館に行ったのは?』

「私だね……」

『シンデレラの劇に出たのは?』

「それも、うん……」

『……俺が好きだって告白して、それを受け入れてくれたのは?』

「…………私……だけど…………」

 

 質問は過去から遡ってゆき、ついには昨今のできごとまでに至った。一夏と黒乃にとって大きく関係が変化した日、2人の誕生日会の夜まで。そして、ここにたどり着くまでに否定の言葉は1つもない。それこそが、一夏の解かってもらいたい部分だ。

 

『ややこしいから固有名詞として黒乃って呼んでるだけの話だぞ。俺は別にさ、お前が誰だとかどうでもいいんだ』

「…………」

『俺と思い出を重ねてくれて、俺の隣に居てくれて、俺が好きになったのは――――キミだから。……キミが黒乃じゃないってんならそれでいい。キミに隣に居てほしい』

 

 一夏は黒乃が黒乃だからこそ好きなのではなく、黒乃の中身が黒乃だからこそ好きなのだ。別人であり本人、本人であり別人であるこの状況、一夏としては頭がついて行かないというのが正直なところだ。しかし1つ、たった1つだけいつでも変わらないことがある。

 

 それは黒乃――――いや、名もなき魂を心から愛しているという事実。たった今知った事実ではあるが、重ねてきた年月を前にすれば大した事には感じない。むしろ大した事なら既に乗り越えている。なにせ、既に黒乃らは世界を救い、当たり前の今を生きているのだから。

 

「……知ってると思うけど、けっこうなオタクでゲーマーだよ?」

『影響されて俺も十分オタクの部類だと思うぞ。一緒にダラダラとアニメ観るのも好きだしな。ゲームのほうは……まぁ、もう少し手心があると嬉しいかも』

「……けっこうどころか、かなり重くてしんどいよ、私? 病的ってやつ」

『それだけキミに想われてるってことだろ? なら、俺にとってそれ以上嬉しいことはないよ』

「ハハハ……。そうやって、イッチーはなに言っても肯定しちゃうんだろうね……」

『当たり前だろ、俺にキミを肯定的に受け取れない面なんてない。キミがそうしてくれたようにだ』

 

 前々から無理に付き合ってくれていると思っていた自身の趣味だが、こうして会話ができれば心配する要素なんてなにもなかった。想いが重いという部分に関しても、一夏だって似たようなものだから言いっこなし。その後も気になっていた部分を聞いておくつもりだったがそれは止め。もはや聞くべきは1つでいい。

 

「本当に居てもいいですか? あなたの隣に死ぬまで、寄り添ってもいいですか?」

『だから俺はずっとそう言ってるだろ。いや、むしろ一度の人生で終わらせる気はない。何度人生が巡っても、俺はキミを探し当ててみせるから! だからさ、文字通りに――――死んでもキミを離さない!』

 

 そう問いかける黒乃の顔に、もはや迷いなどは微塵も感じられなかった。ただもう一度だけ聞いておきたかったのだ。黒乃を喪った哀しみと決別するために。黒乃との思い出を引きずるのではなく、思い出と共に歩んで行くために。

 

 ずるいなぁと黒乃は思う。いつも彼は自分の欲しい言葉をくれる。自分になにもかもを与えてくれる。それは物理的なものではなく感じるものではあるが、黒乃はそれさえあれば生きて行けるのだと再確認させられずにはいられない。だからこそ、虚空へと手を伸ばし――――

 

「だったら離れないよ! 私も離れないから! だってそれが、私の生きる意味だから!」

「ああ、俺もキミと一緒に在れることが喜びだよ。だから一緒に生きよう、永遠にだ」

 

 掴んだその手には、一夏の手が握られていた。気づけば、先ほどから反響していたような声も近くに聞こえる。気づけば一夏がそこに居た。黒乃の目の前にだ。黒乃は思う、やっぱり一夏はずるい男だと。現れて欲しい時に現れて、例えスマートでなくともいつだって自分のために一生懸命でいてくれる。

 

 この手は一生離せない。一夏の言葉通り、一度の人生で手放すことさえ惜しくなってしまった。2人の永久の誓い、それが果たされるかどうかは解からない。ただ、ある意味では既に果たされているとも言えよう。なぜなら例えこれが口約束だろうとも、誓い合うことで2人の間には真なる絆ができあがったのだから。

 

 そして周囲の光はより一層輝きを増し、まるで2人のこれからを祝福しているかのようだった。2人のこれから歩む道を照らす、祝福の光そのものだった……。

 

 

 




なんか一夏の言う通りにややこしくて申し訳ないです。
一夏が好きなのは、憑依したほうの黒乃ということだけ解かっていただければ。
オリジナルのほうに救いがない?
そのあたりは次話にて触れましょう。

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