八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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かつて起きた事故の真相について紐解いていきましょう。
そして、黒乃たちの選んだ答えとは。


第135話 大好き

(よし、ひとまずここまでは順調!)

『誰かに見つかった時点で即失敗だもんね……』

 

 夜もどっぷり更けた頃、黒乃は寮を抜け出して学園の外まで出ていた。真冬にこの時間帯という鬼のような寒さを耐え凌ぎ、なんとか辿り着いたという感じだ。その身に纏うのはISスーツ。その時点で刹那を動かす気があるのは解かるが、いったいなにをするつもりだというのだろう。

 

(問題はここから……。黒乃ちゃん、限界はいかほどだと思う?)

『多分だけど3回が限界。それ以上はお姉さんだけの問題じゃなくなってくると思う』

(ならちょうどくらいか……。失敗できないのはしんどいなぁ)

 

 屈伸したり背筋を伸ばしたり、準備運動をしながら黒乃はオリジナルに問いかけた。この時点ではなんの話か解からないが、とにかくなにかしらの限界が3回だということ。そして、その3回を超えるのはまずいこと。更には、なにかしらをその3回までに収めなければならないということらしい。

 

(やろうか黒乃ちゃん。……本当に、これでいいんだね)

『私の覚悟はさっき決まったよ。ほら、私の気が変わらないうちに』

(……解かったよ。じゃあ行こう! 黒乃ちゃん、せっちゃん、私に力を貸して!)

 

 オリジナルの言葉を受け、黒乃は刹那を展開。そのまま上空へと飛び上がった。そしてひたすら真っ直ぐOIBを発動させ機体の速度を上げていく。赫焉覇王・刹那の翼である雷光。その雷光に接続されているソードBTから漏れ出す光が眩さを増していく時、黒乃はそれを発動させた。

 

(久遠転瞬!)

 

 人知を超越した時空間移動、ないし操作能力を発動できる単一仕様能力――――久遠転瞬。刹那の速度が一定以上に達すると使用が可能で、発動すればタイムスリップさえも行える能力である。今回黒乃が目指す時間はただ1つ、それは――――約10年前のあの日。全てが始まった瞬間だった。

 

(出た! 成功!?)

『あの車は間違いない……! とりあえず成功! お姉さん、ブレーキ!』

(はいよ!)

 

 黒乃が時空の壁を突き破って飛び出たのは、様々な車両が行きかう高速道路だ。更に2人が視線を送る先には、大破した車がみえる。そう、あの車は藤堂夫妻、及び藤堂黒乃が乗っている車だ。それを確認した黒乃は、刹那の脚部を接地させてブレーキをかける。

 

 刹那の脚部とアスファルトが起こす摩擦熱により、車付近には2本の黒い焦げ跡が残った。機体が止まったのを確認して社内を覗くと、目を逸らしたくなるようなショッキングな光景が。見立て通り、この時点で既に死亡している藤堂夫妻である。

 

 フロントガラスに思い切り頭を叩きつけたのであろう。頭部の損傷が激しく、おびただしい量の血液が2人の血に付着していた。黒乃はしきりにごめんなさいと謝りながら次の行動へ移す。事故についての調査書の内容を思い出し、後部座席の扉を引っこ抜いてまた戻した。

 

(こ、これで……?)

『これでお姉さんの無事は保証されるはずだよ。それより急いで、これ以上止まってると効力が切れちゃう!』

(……これから先、たくさん大変な事が起きると思う。けど、挫けないで。あなたには、あなたの隣には……大切に想ってくれる人がいるから)

 

 久遠転瞬が覚醒したその日から、なんとなくの予感はあったのだ。時を駆ける能力、そして事故についての調査書の内容――――それらを照らし合わせた時、パズルのピースがカチリとはまった。かつて自分を助けたアンノウンとは、自分なのではないのかと。

 

 その答えは恐らくイエス。もし仮に黒乃がこのまま自分自身を救出に来なければ、未来が変わって黒乃も死んでいたことになったろう。2人はそれを回避するため、はるばる過去へと飛んで来たということである。そして行った行動は調査書の通り。このまま時が戻れば、いずれ黒乃は死地を脱することだろう。

 

 そして、この時点で名もなき魂が憑依している。だからこそ黒乃は、過去の自分にエールを送ってから高速道路から飛び降りる。道路の下は山を走っており、ここならみつかることはないだろう。そして8本のソードBTが閉じた瞬間、上のほうから大慌てするような声が聞こえ始めた。

 

(……観てるんでしょ? いい加減に出てきなよ!)

『おおう、バレてしもうたか。ならば仕方がない』

 

 ISを解除した黒乃は、脳裏に広がる凄惨な光景を振り払いながら脳内で叫んだ。すると、オリジナルとはまた違う様子で脳内に声が響くような感覚が。1人の観念するような声が聞こえたかと思えば、次々と声が増えていく。耳を凝らすと、勝ち負けの話をしているようだ。

 

(……やっぱり私たちを観て楽しんでたか。このファッキンゴッド!)

『そんな……! 賭け事のいっかんだったって言うの!?』

 

 そう、勝ち負けという賭けの話。黒乃がどういった運命を辿るのか賭け事をしていたのだろう。黒乃はその下劣さに毒を吐き、オリジナルはあまりの衝撃に言葉を失った。そんな中で代表的な者が口にしたのは、気にするなという軽い言葉だった。

 

『まぁそう言うな、こちとら暇なのだからな。それよりも……ご明察! 世界の仕組みに気づいたのは貴様でようやく数人目だ』

(それなりにそういうのは詳しいんでね。でもまさか、ループ系の話に巻き込まれているとは思わなんだ)

 

 歴史は繰り返す。それは人間が愚かな行為を教訓としないという意味合いだが、この場合は物理的な話である。黒乃が久遠転瞬を身に着けた自分に助けられることにより、ここでループが発生しているのだ。恐らく先ほど助けた黒乃は、いずれまた自分自身を助ける――――可能性が高い。

 

 どうして曖昧な表現なのか。それは、もしもの数だけ世界がある――――いわゆるIFの理論による影響が出るだろう。仮に先ほど助けた黒乃が、今神に辿り着いた黒乃と全く、完全に、微塵たりとも誤差がなく同じ言動をとるだろうか。それは黒乃本人だけでなく、黒乃を取り巻く環境、人物にも同じことが言える。

 

 つまり、救出された時点で100%で同じ黒乃、ないし世界とは言い難くなる。恐らくは今の黒乃も、何人目かの黒乃だろう。久遠転瞬を会得した最初の黒乃が存在するはず。そしてその黒乃が黒乃を助けた。その瞬間こそが、無数の世界を生む特異点のような存在になっているのだろう。

 

 そこからもしもの数だけ枝分かれし、そのもしもの中から更に久遠転瞬を習得した黒乃が現れ、そこからまた派生――――といったように、神の数人目という表現はそこに起因するのだ。様々な結末を迎える黒乃を観てきたことだろう。そう、要するに――――

 

(私1人で随分お楽しみなことで)

『ハッハッハ、貴様はなかなか飽きんぞ。なんせ少々ズレた思考回路をしているようでな。そして、これからも私たちを楽しませ続ける』

 

 ほぼ無限にIF世界が産まれ続けることにより、黒乃は神たちの掌で永遠に弄ばれ続けることだろう。一斉にたくさんの笑い声が脳内で響き、黒乃は内心で舌を打った。黒乃ほど荒くはないオリジナルでさえも、激情を抑えるかのような表情へ変わる。だが――――

 

(1つ確認しておきたいんだけどさ。アンタたち、そうこっち側まで干渉できないっぽいよね。弄れて私に関わることくらいでしょ?)

『……なにが言いたい?』

(オーケー、その反応は肯定ってことで。黒乃ちゃん……)

『大丈夫だよお姉さん、やろう』

 

 黒乃が高らかに一刺し指を掲げて、そんな質問を投げかけた。こんな行動を取る黒乃を観るのが初めてなのか、神は興味半分ほど、なにをする気なのかと疑問半分で質問を質問で返した。その声色に肯定であることを感じ取った黒乃は、最後になるかも知れない駆けに出る。

 

 そのままISを展開すると、猛スピードで前進を始めた。その様子で久遠転瞬を発動させようという気なのは解かったが、自分を助けた以上はもう来た時間軸に戻るために使うだけのはず。だが、先ほどのやりとりをみるにそうは感じられない。そして――――

 

(今度も成功!?)

『うん、っぽい! じゃあお姉さん……やっちゃって!』

(……黒乃ちゃん、ありがとう!)

 

 黒乃が飛び出た先には、先ほどと同じ光景が。いや、よく目を凝らせば少し異なる。今度は事故が起こる前のようだ。黒乃はそのまま事故の原因であるトラックへ接近すると、ドアを破壊して手早く運転手を引っ張り出して安全圏へ運んだ。そしてそのままトラックを持ち上げると――――

 

(神翼招雷! 震天雷掌波!)

 

 6倍威力の巨大レーザーである震天雷掌波を放つと、跡形もなくトラックを消し飛ばした。トラックの運転手に迷惑だし、空中で謎の爆発事故と大騒ぎになるだろうが、逆転の手としてはこれしかない。藤堂家の乗用車が無事であることを確認すると、黒乃はまた高速道路の下へ隠れた。

 

(はぁ……はぁ……。これでよし……)

『なんという愚かな! それを行った貴様はまだ1人も居なかったというのに!』

 

 息を整えていると、脳内に様々な激高したような声が。その理由として、黒乃は最もやってならないことをしでかしたからだ。それは、事故そのものをなかったことにする行為である。事故がなかったことになれば、そもそも名もなき魂が憑依する器がなくなるということ。

 

 つまり、それと同時に名もなき魂の消滅。それに伴って、生まれた無数のIF世界も全てがなかったことになるということ。だからこそ神は激高し、愚かだと罵った。自らの命と引きかえに、ただちょっとした反抗の為だけに自分たちの楽しみが奪われるのが癪なのだろう。だが、黒乃はなにもそのつもりで事故をなかったことにしたのではない。

 

(チッチッチッ……。今私が居るこの世界、誰がさっきと同じ時間軸って言ったかな?)

『なに……? っ!? まさか貴様……!』

(ああ、そのまさか……。私は今、いずれかのIF世界の10年前に居る!)

 

 久遠転瞬の能力を、1本に伸ばした縦の線を自在に行き来できる能力としよう。そして、IFの世界はその隣に伸びる線。要するに黒乃が行ったのは、縦移動ではなく横移動ということ。つまり、今黒乃が助けたのは別次元の自分自身ということになる。

 

 先ほど助けた黒乃はほぼ同一人物だ。どちらにせよ助けなければ消滅は免れない。しかし、別次元の自分を事故ごとなかったことにより、無数に生まれたIF世界は消滅しつつ、混じりけのない純正・藤堂 黒乃も助けることができるということだ。

 

 そして更に、無数のIFが消滅することにより、先ほど助けた黒乃は枝分かれから断裂され1つの世界線として確立される。あの黒乃が今の黒乃の過去である事には間違いないのだから、これにより純度100%の憑依黒乃が出来上がるということだ。

 

『馬鹿な……こんな馬鹿なことが! その単一仕様能力に、次元の壁を超える力などないはずだ! 貴様、いったいなにをやった!?』

(練習! 気合! 以上!)

『な……に……?』

 

 さっきまでの余裕はどこへやら、神の代表は非常に焦ったような声色でなにをしでかしたのか問いかける。対して黒乃は、単に練習と精神論のみで新たな能力の発展を開花させたと堂々と宣言してみせた。神も思わず困惑するしかない。そして思いさせられた。自分たちが選定したのは、いろいろとぶっ飛んだ人物であったことを。

 

『くっ、おのれ……おのれ……小癪な! たかだかちっぽけな存在の癖に――――』

『お姉さん、代わって』

(オーライ)

「……自分たちの思い通りにならないのがそんなに癪ですか? ……だったらこっちの狙い通りだ! ざまぁみろ、このクソッタレどもが! お姉さん、合言葉!」

(お、おうさ! せ~のっ……)

「(キルゼムオール・ファッキンゴッド!!!!)」

 

 代表だけでなく、多くの罵声が黒乃の脳内に響く。それに言い返してやろうと思っていた黒乃だったが、オリジナルが交代を申し出た。それを快諾すると、黒乃としては想像の着かない言葉が飛び出てきた。オリジナルは大きく息を吸い込むと、これまでの鬱憤を晴らすかのように口汚い言葉を並べる。

 

 流石にクソッタレは予想外でたじろいでいたところに呼ばれて戸惑うものの、自分の定めた合言葉を宣言してやる。キルゼムオール・ファッキンゴッド。奴らに一泡吹かせようと定めたこの言葉は、今この瞬間に成就された。最後にオリジナルはサムズダウンを見せつけると、またもISを発動して久遠転瞬を発動。

 

 2人が飛んだ先には、真夜中のIS学園という最初の光景が。時間としては過去へ戻った瞬間から約1秒後。恐らくこの光景をずっと見守っていれば、黒乃がすぐ消えて現れたように見えたことだろう。そして戻って来れた事を確認すると、2人は主導権を入れ替えながら刹那と共に地上へと降りた。

 

(っ……! 黒乃ちゃん!)

 

 と同時に、黒乃は慌てて精神世界へと潜った。もう手遅れかも知れないという焦燥に駆られながら、とにかく心を深く深く沈めていくようなイメージを繰り返す。目を開いてみると、眼前に広がる光景はどこまでも無垢な白が続くがらんどうの世界。そこにポツンと佇む少女の姿が。

 

「黒乃ちゃん! よかった、その様子だと無事で――――」

「ううん、お姉さん。こうなることは解かってたはずだよ」

「そん……な……。黒乃ちゃん……!」

 

 未だオリジナルが健在であったことに安堵した黒乃だったが、天国から地獄へ叩き落されるような気分になってしまう。安堵してくれたことは嬉しく思う。だが、オリジナルは困ったような笑みを浮かべずにはいられなかった。なぜなら、その身が徐々に光の粒子となって消え始めているから。

 

 本人の談のとおり、こうなることはある程度予想がついていた。原因はとある次元において事故そのものがなかったことになったからだ。例えそれがIFの世界だろうと、オリジナル黒乃が無事に成長する世界線が確立されてしまったから。

 

 救出したIF世界のオリジナル黒乃は、名もなき魂が憑依することのない人生を送ることになる。救出した黒乃とオリジナルはほぼ同一人物と言えるが、それは今肉体を共有し合う黒乃ではない。これによりタイムパラドックスが発生し、結果的に消滅を迎えることとなってしまった。

 

「お姉さん、泣かないで。私は消えちゃうけれど、私が幸せに生きられる世界が確かに生まれたんだよ。お父さんとお母さんも死んじゃわない、考えうる最高の世界がさ」

「けど……けどそれは、キミじゃない!」

「うん、そうだね、私であって私じゃない。でもここに残ってたらお姉さんが消えちゃう。私が残っている理由もさっきなくなったばかりでしょ?」

 

 膝から崩れ落ち涙を流す黒乃にそっと近づいたオリジナルは、その場にしゃがんで黒乃を優しく抱きしめた。なにも貴女が泣く必要はない。むしろ貴女はよくやってくれたんだと、心の底から讃える言葉を送る。しかし、やはり消えてしまうなんてあんまりだという考えは浮かんでしまう物だ。

 

 しかし、オリジナルに残り続けてほしいというのも残酷なことだ。オリジナルは名もなき魂にはなれないということが、一夏とのデートで証明されたのだから。消えなければならないのは私のほうだ。そう言いかけていた黒乃は、オリジナルの言葉を受けて必死にその台詞を飲み込む。

 

「幸せにっ……なるから……! 絶対にイッチーに……幸せにしてもらうから! キミのぶんも、目いっぱい幸せになるから! キミのことは絶対に忘れないから! だから、だから……! ありがとう……ありがとう、黒乃ちゃん……! 大好きだよ……! 大好きだから……!」

「……ありがとう。あり……がとう……! 本当に、お姉さんでよかった……。私のところに来てくれたのが、お姉さんで本当に良かった……! お姉さん、私を救ってくれてありがとう……! 私は……とっても、とっても……幸せだったよ……! ありがとうお姉さん、私も大好き……! 大好きっ……!」

 

 本来ならば互いが害をなし合う関係でしかないというのに、醜い争いが起きても仕方がないかも知れないというのに。互いを尊重し合い、涙を流し、親愛を語るその姿は、まるで姉妹かのようだった。それだけに、これが最期の別れとなるのは辛いことだろう。

 

 だが、オリジナルは――――藤堂 黒乃は、その言葉の通りに救われたのだ。なんの感傷もなしに消されるつもりだったはず。しかし、黒乃の想いに触れ、共に過ごしたその日々は――――藤堂 黒乃にとってかけがえのない大切なものだ。

 

 しきりに語り掛けてくれた。相棒のように頼ってくれた。妹のように愛でてくれた。最期の最期まで、己の身を案じてくれた。消えてしまうのが怖くはないと言えば嘘になる。できることなら、ずっと共に在りたいと思うようになった。けれどそれは許されない。だから覚悟を決めて、この計画を自ら提案した。

 

 最後まで罪悪感に苛まれ、辛いものを背負わすことになるだろう。藤堂 黒乃にとってそれが最後の懸念だったが、幸せになって見せるという誓いも聞けた。ならばもう、思い残すことはない。藤堂 黒乃が望むのは、自分を救ってくれた者の幸せだけだから。

 

 まるでその想いを体現するかのように、藤堂 黒乃の魂が霧散していく速度が加速した。やがてその身体は人の形を保っていられず、泡沫のように無数の粒子がゆっくりと天高く昇って行く。支えをなくしてバランスを崩した黒乃は、前のめりに大きく倒れ込み――――

 

「う……あぁ……! うわああああああああ!」

 

 ―—―—まるで幼子のように泣きわめくばかり……。

 

 

 

 

 

 

「黒乃っ! 黒乃ーっ!」

 

 俺は寝間着のまま寮を飛び出し、深夜のIS学園を黒乃を探して走り回っていた。なんだか光ったような気がして目を覚ましてみると、俺の隣には黒乃の姿がなかった。となると、あの光はOIBとか神翼招雷で間違いない。どちらにせよ探しには出ていただろうが、どうにも嫌な胸騒ぎがして仕方がない。

 

 それはもちろん、デートの際に起きた現象の謎が残ったままだからだ。あの黒乃であって黒乃でなく、かつ八咫烏でもない何者かを確かに感じ取った。けどそれについて追及するのは黒乃にとって負担だろうと避けたが、これならばきちんと説明を求めるべきだったのだろうか。

 

 だいたい、黒乃がこの時間に寮を抜け出すというのがまずおかしい。しかもISの無断展開まで……。見つからないように抜け出しつつ、ISを使わねばならない用事とはいったいなんなんだ。とにかく学園に居てくれれば良いんだがとそこらを走り回っていると――――

 

「うわああああああっ!!!!」

「っ……!? これは……黒乃が泣いてるのか……?」

 

 突如として悲痛な叫び声が響く。あまり聞きなれた声とはいえないが、それが黒乃の泣く声だということにはすぐに気が付いた。しかし黒乃がここまで喚き散らすなんて、ますますなにが起こったか想像がつかない。俺の中で渦巻く焦りと不安もどんどん増していくばかりだった。

 

 声のする方向を見極めつつ、暗闇の中をもがくように進み続ける。ようやく闇に目が慣れてきた頃、蹲るような体勢の人影を見つけた。その姿はまさしく黒乃だったが、本当に見ていられないほどの有様だ。まるでなにか、大切なものを奪われた子供のような――――

 

「黒乃! おい、いったいなにがあったんだ!?」

「ぐ……うぅ……あぁ……ぁぁぁぁ……!」

「とにかく落ち着け! 大丈夫、大丈夫だから……」

 

 とにかく詮索は後でいいと黒乃に事情を問いかけてみるが、泣きが入っているせいで簡単な返事すらできないようだ。それどころか、酷い嗚咽のせいで呼吸すら危ういように見えた。落ち着けというのに無理があるようなのは解かっていたが、せめてもの気休めになればと黒乃を固く抱き寄せた。

 

 必死に安心させるための言葉を紡ぐも、やはり耳元で響くのは泣き声ばかり。だが、喚くという表現はふさわしくない程度の状態にはなってきたようだ。それでも取り乱しているのか、黒乃はグイッと俺を引き離すと、胸元を掴みながらこう語った。

 

「居ない……どこにも居ない……! 私を……感じない……! 消えて……居なくて……!」

(っ……!?)

 

 大切ななにかを喪ってしまった。今の黒乃は表情からしてそうかたっていたが、そんな言葉を聞けばなにが起きたかなんてすぐに解かる。私が居ない。私をどこにも感じない。私が消えてなくなった。つまりそれは、黒乃の中から黒乃が消え去ってしまったということなのだろう。

 

 それが八咫烏のことなのか、さっき感じた例のもう1人を指すことなのかは解からない。だが、ここにきて初めて知ったこともある。それは、黒乃が己の多重人格に自覚があったこと。そして、もう1人? いや、2人?――――とにかく、他の人格を大切に想っていたということだ。

 

 そうか、そうなのか……やはり黒乃にとってはなくてはならない存在だったのか。強迫観念、または生存本能が生み出した複数の精神。そうでなければ自己を保っていられなかったら。あの黒乃は、黒乃を守ってくれていたんだ。黒乃が壊れてしまわないように。

 

 それがなんの拍子かは解からないが、黒乃にとっても突然消えてしまったのだろう。でなければ、こんなにまで焦った様子にならないはず。黒乃はもう大丈夫だと判断してのことか? それこそ、黒乃が一番問いたいことにちがいない。

 

 相変わらずなんと情けないことだろうか。黒乃は俺の全部を理解して受け入れてくれるというのに。俺に出来るのは、大丈夫だとか落ち着けだとか、そんな無責任な言葉をかけてやる事しかできない。だがそれはなにもしない言い訳にはならないだろうから、嫌悪に苛まれながらもとにかく黒乃を落ち着かせることに終始した。

 

「…………」

「くっ……そぉ!」

 

 黒乃は泣き止むというにはほど遠く、半分気絶するようなかたちで声が止まった。いや、耳を澄ますとうわごとのようにまだなにか呟いている。けど今の状態ならば運搬も容易だろう。とにかく今は黒乃の身体を冷やさないようにしなくてはならない。

 

 悪態をつきながら黒乃を姫抱きで持ち上げると、急いで寮の自室を目指す。次黒乃が目を覚ました時にどうなるかは見えないが、俺は傍に居てやらねば。黒乃はずっとそうしてくれたんだ。今こそ黒乃に恩返しするくらいのつもりでないとどうする。

 

 けどそれは、今にも黒乃が消えてしまうのではないか。そんな心配の裏返しだったんだろう――――

 

 

 

 




黒乃→消えちゃった……! 黒乃ちゃんが……どこにも居ない……!
一夏→八咫烏が消えたってことなのか……?

新たに目覚めた単一仕様能力だけで勘付いた方もいらっしゃるでしょう。
これが全ての真実です。そして、2人が選んだ答えです。
神の操り人形を脱却し、運命に抗うことを選びました。
例えそれが、己を消すことであろうとも。
取り残された側である黒乃はなにを思うのか。

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