八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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後始末回その2.
主にクロエ回となっています。
でも登場する5割以上がオリジナルのキャラという。


第133話 またいつの日か

 束の仕掛けた最終決戦から、早くも1カ月が過ぎようとしていた。世界はそれなりに混乱を続けたものの、落ち着きを取り戻しつつある。ISが世に在り続けることに異議を唱える者も多くいたが、根付いてしまった思想を覆すまではいかなかった。

 

 世界は今日も変わらず回り続けている。誰しもが平常運転とはいかないが、それでも限られた安息と安寧であるということは思い知らされたことだろう。さて、とある施設にも平常運転な者とそうでない者が。前者は大人で後者は子供。昴とクロエだった。

 

「よく来たね。今日からここがアンタの家だよ。まぁ立地的に交通の便は悪いけど、頼まれりゃアタシが足も出すし……。とにかく、なんかあるならすぐ言いなってこった」

「あの……正気ですか?」

「あ? なにが」

「関係各所の決定に背く気はありません。ですが、これではあまりにも……」

 

 相変わらずダルダルに伸びたジャージ姿で自分を出迎える大人を見上げながら、クロエはどうしてこうなったのだろうと困惑するばかり。決戦の後にしばらく拘束されたクロエだったが、それが終わり次第に監視の元で生活することになるという達しは聞いていた。

 

 しかし蓋を開けてみると、通達された内容はホームステイとか居候とかのソレ。日本政府やIS委員会の正気を疑うのはもちろん、昴に対しても同様のことがいえる。自分は一時的にとはいえ黒乃が絶命した要因の1つ。例えその身が子供のものとして、果たして許されることだろうか。

 

「よっしゃ、まず一発だおチビ」

「あうっ!? つ、対馬様……?」

「多方面に許されちゃいないのは、アンタが一番解かってんでしょ。そのうえで、こんな生活を送る資格はないってか?」

「……それ以外になにがあると言うんです」

 

 昴は気だるげな表情からは想像のできない威力の拳骨をクロエの脳天に喰らわせた。束からいろいろと仕掛けられて育ったが、生身の大人に殴られるというのは初めての体験だった。涙を堪えて昴を見上げ直すと、しっかりその言葉に耳を傾ける。

 

 そう、別にクロエは許されているなんてことはない。だがクロエとしては、許されてもいないのにこんな生活を送る権利はないという認識だ。だからこそ昴はクロエに拳骨を遠慮なく見舞ったのだ。昨今では体罰だのどうのいわれるだろうが、骨身にしみさせるのが昴の教育方針である。

 

「あのね、資格っつーんならアタシもそうだかんな。こんなとこで教師やってる資格、ホントはないよ」

「貴女は確か、元日本代表では?」

「名だけみたいなもんさ。この立場を確立するためだけに頑張ってた。昔の反動で、楽して生きてーって思ってたからね」

 

 昴はしゃがんでクロエに視線を合わせると、自分の過去を語って聞かせた。日本代表としてそれなりの成績を築き上げた後、周囲を脅し半分で今の役職に就くことができたのだとのこと。本人の談ではほぼ働かずに給料を貰い、定住できる場所まで確保するという無茶っぷりだったようだ。

 

 自身にも非があるとは思いつつ、16歳そこらの時代の昴には敵と思える人物しか居なかった。親、教師、同じ学校に通う生徒等々。誰もが自分を理解しないとやさぐれ、同じような考えを持つ者たちと徒党を組んだ。そして考えに背く者たちに反抗してきた。

 

 その反動か、とにかく楽をできることはそうしたいと考えるようになった。誰とも関わりを持たなければ、それほどまでに楽なことはないだろうから。だから、そんな自分に教師まがいの役職に就く資格なんてないという。自分とクロエは同じなのだと語り掛ける。

 

「いいんだよ、アタシの真似でもしてりゃあさ。自分がこの家の主だってくらいのつもりで住めば。あ、マジでそうされたら流石にぶっ飛ばすけども」

「そ、そんなことは断じて! 寝床を与えていただいただけでも有難いことです……」

「有り難いって思ってんじゃん。なら最初から資格がどうとか難しいこと考えてんなよ」

「あうっ!?」

 

 染めかたが雑な金髪をワシャワシャと触りながら、昴は冗談めかしてそれなりには弁えろという。クロエも冗談であるとは受け取りつつ、ぶっ飛ばされた姿でも想像したのか、慌てて弁明するような態度をみせた。ようやく垣間見た子供らしい姿に安心しつつ、昴はもう一発拳骨を見舞った。

 

「んじゃま、軽く中を案内するからついてきな。クロエ、春からのこと聞いてる?」

「は、はい。春からは中学校に通うことになると」

「それまで1カ月半くらいだけど、予行練習としてウチの授業は受けてもらうから。アンタが今更習うことはないだろうけど、他のチビ共が同い年っぽいからちょうどいいんだよね」

 

 クロエが生活するにあたって、とりあえずの日用品は既に運び込まれている。これからクロエの要望に沿い、様々な物品が増えていくのだろう。クロエの性格からして昴に促されなければそうはなりそうもないが、とにかくもうここはクロエの家なのだ。

 

 ズンズン進む昴の背中を遠慮がちに追いかけながら、クロエはこの先に待ち受けるある意味では試練に思いを馳せた。クロエに同世代の友人など居るはずもなく、なんなら目の当たりにするのすら初めてな程だ。それだけで緊張するというのに、4月からは当たり前の女子中生となるというのだから。

 

 クロエにとってそれは恐ろしいまであり、残された1カ月間を3人の少女と触れ合うことすら難関でもある。施設内を案内されてしっかり耳を傾けているが、どこか心ここにあらずという印象を拭えない。もう数時間もすれば対面することになるのだと思えば、ますます追い詰められるばかり。

 

 施設の紹介もほどほどに、昴とクロエはこれから起こるであろうことに対処するための話し合いを重ねた。それは、一般人としてのクロエが何者であるかという点について。要するに設定を話し合うとも言っていい。突然に仲間が増え、しかもそれが見るからに外国人ならば聞きたいことも山ほどあるだろう。

 

 これからいつまでコミュニティを築くかも解からないのに、延々とはぐらかすことはまず不可能。故にアドリブや脚色を効かせ、自然に一般社会へ溶け込めるようにしなければ。テロリストまがいのことをしていました、などといえるはずもないのだから。

 

「先生こんにちはー。今日も授業の時間で――――うえええっ!? 2人とも大変だよっ、仮眠室に先生が居ない!」

「は? それなんの冗談……って本当に居ないし」

「今日は嵐だねー。傘とか持って来てないけどどーしよー」

「聞こえてっぞチビ共ぉ! いいからとっとと教室入ってな!」

 

 すると、仮眠室の方向から快活な声が響いた。時計を見れば16時過ぎほど。昴が受け持つ3人娘がやって来たのだ。彼女らは昴が怖いのだかそうでもないのだか、どことなく失礼な言葉が並べられる。人として手本にならない行動を多くしている自覚はあるが、ハッキリ指摘されて怒らないかと聞かれれば無理があった。

 

 昴は青筋を立てながら廊下の方へ向かって叫び、その声を聴いた少女たちは慌てて教室のほうへ向かったようだ。まったくしょうがない奴らだ。そう呟きながら昴は立ち上がり、同じくクロエにも着いて来るよう命じた。ついにその時がきたのである。

 

「断っとくけど、様呼びは禁止ね。なんなら敬語のほうもだが――――無理そう?」

「様、は問題ありません。ですが敬語のほうは恐らく」

「そか、なら無理にとは言わないよ。気が向いたら直していきな。んじゃ行くよ、準備はいいね」

 

 ミーティングルームと教室の位置は近い。思い出したように昴が指摘するも、返答を聞く前にはもう扉の前だ。準備はいいねなんて問いかけてくるが、これに関しては問答無用で押し込まれてしまう。少しよろけるように教室に入ってみれば、元気そうな少女の期待するような視線が痛かった。

 

「せ――――」

「朝日、うるさい。説明すっから黙って」

「まだ一音しか発音してませんけど!?」

「ほれ、挨拶」

「無視!」

 

 どうせ騒ぎ出すというのは織り込み済みで、昴は朝日が喋り出すよりも前に先手を打った。それに対して不服そうな態度を露わにするも、時間の無駄と判断されて無視される始末。シナシナとしょぼくれてしまった朝日を両隣の少女たちがフォローしているせいか、クロエは遠慮がちに自己紹介を始めた。

 

「は、初めまして、クロエ・クロニクルと申します。この度イギリスから留学するかたちで来日しました。以後お見知りおきを」

「はい、つーわけで新しいお友達。この子のご両親は都合で来日不可ってことで、アタシが預かることになった。まぁなんでもいいから仲良くやりな」

 

 緊張のせいか少しばかり説明不足になってしまったが、とにかく一緒に学ぶ相手が増えたのだと認識すればいい。そうやって昴が付け足すと、3人の少女は声を揃えてはいと返事をしてみせた。昴は満足そうに頷くと、高らかに切り上げる。

 

「よーし、とりあえずお前らもっと会話を重ねとけ。仲良くなる第一歩だ」

「す、昴さん……!? そんな殺生な!」

「アホ、一か月後にはもう30人くらい増えんだよ? こんなとこで躓いてちゃやってらんねぇって。つーわけでお前ら、後任せた」

 

 いわゆるレクリエーションの時間を取り、クロエと朝日たちを触れ合わすところから始めるという。決して授業をするのが面倒になったとかではない、決して。クロエにしてみればいきなりのハードルの高さに困惑するしかないが、子供の無邪気さというのは時として毒牙となりうる。

 

「クロエちゃん、こっち座ってお話しようよ!」

「は、はぁ……。解かりました。それでは……」

 

 壇上に立ったまま硬直している間に昴は教室を出ていき、それと入れ替わるかのように朝日が着席を促した。もはや逃走は不可能と察し、クロエはいきなりのフレンドリーさにオドオドしながら指定された席へ腰を下ろす。すると向こうは遠慮の欠片もなく質問を投げかけてきた。

 

「クロエちゃんはどれくらいISに乗ってるの? 得意な戦法はどんなのかな? というか日本語ペラペラで凄いよね!」

「こら朝日、先に自己紹介。あっ、私は大竹 沙夜。よろしくね」

「梅宮 夕菜でーす。どーぞよろしくー」

「松野 朝日です! 改めてよろしく、クロエちゃん!」

 

 好奇心旺盛である朝日は、クロエが答える暇もないほど質問のラッシュを見舞う。見かねた沙夜がそれを抑え、とりあえず自分たちの名前を知ってもらうところから。一度聞けばクロエが忘れることはまずないことで、どちらかといえば様をつけないようするのに苦労してしまう。

 

「それでそれで、ISに乗ってどのくらい?」

「少なくとも皆さんより経験は長いと思われます」

「そんな前からー。というかー1人で留学って大変そーだねー」

「あらゆる面でISは日本が先進ですから。学びたいことも多く、なにより私が望んだことなので」

 

 ISはここ8年で世界に定着した存在だ。クロエは物心ついた頃の記憶は曖昧で、正しく朝日の質問に答えるのなら、気づいた時にはと表現すべきだろう。だがそこを明言するわけにもいかないので、すぐさま設定しておいた身の上を話す。

 

 だいたい聞かれる質問も想定内のため、続いた夕菜の言葉にも即座に答えた。が、これはほとんど嘘で構成されるために気分はよくない。自分が望んでここに居るというのは特に。クロエは叶うのならば、束と鷹丸の傍にありたいのだから。

 

「ご両親、そんなに忙しいんだ」

「はい。パパとママはISの技術開発に携わっていまして、最近は特に――――」

 

 

 

 

 

 

「ひーまーにーもーほーどーがーあーるー!」

「1日1回は必ず言ってるよね、それ。というか、そういう発言は白い目で見られるから控えてってば」

 

 刑務所とはいえず、かといって牢屋ともいえない場所。束と鷹丸の2人は、更識、日本政府、IS委員会が共同で造り上げた施設で囚人生活を送っていた。とはいっても、それはVIP待遇のそれと変わりはない。注文すればなんでも用意されるくらいだ。

 

 ただし、勿論だが制限はある。それは研究に関する物事が一切行えないという、2人にとっては死活問題となりうる制限だ。いくら天災ないし天才と称される2人であれど、元となる素材がなければなにも始まらない。例えどうにか入手できたとして、すぐさま没収されるのがオチであろう。

 

 牢の中である程度のプライバシーは保証されているものの、24時間に及ぶ監視体制を敷かれているためにおかしな行動はとれない。現に束が暇と嘆いただけで、モニタールームの監視員は厳しい目を光らせている。ここ1カ月毎日1回となると、流石の鷹丸も反応するのに飽きてきたようだ。

 

「だってだって、できるとしたら読書か脳内シミュレートだよ?! ノートに計算書くのもご法度ってやり過ぎだってば! それだけ束さんが厳しくされることをしたのは自覚があるけどさ~……」

「まぁこうなる予想が立ってたから、僕らが死のうとしたってもの間違いじゃない。反省したから出ていいですよってことが起きるはずもないし、これだとクロエのために生きた意味はほぼないに等しいよね」

 

 全てにおいて自業自得なのは承知の上だが、なにもする気がないしできないのに、計算すら制限されるのは理不尽だと束は騒ぐ。今日はどうにも騒がねば落ち着かないほどらしく、鷹丸は読んでいた本を閉じて束のほうに目を

向けた。

 

 そこには、2つ年上とは思えない女性の姿が。床に仰向けになってジタバタする姿は、まさに駄々をこねる子供。鷹丸は、自分たちの牢を遮る透明な壁を優しく叩いた。一応は落ち着いて欲しいという旨が伝わったのは、とりあえずジタバタするのは止まる。

 

「たっくんさー、真面目に出る方法考えようよ。もち、脱獄以外でね」

「だからそういう発言は控え――――あー……そうだねぇ、思いつくとしたら恩赦くらいなんだけど」

「減刑狙い? 無理無理、無量大数から1とか2とか引き算しても焼け石に水だよ」

 

 2人が世界をよくするために動こうと思えばいくらでもできる。ただし、それはあくまで研究や実験が行える状況であることが前提である。その前提がクリアされているとしても、自分たちが重ねてきた数字はもはや引いていくことはできない。そうやって束は首を横に振った。

 

「じゃあ、まぁ……どうしようもないかな」

「それじゃダメなんだってば」

「……外にこだわっている理由は解かるけど、そう焦ったところで得はないよ」

「……どうしてかな、あれだけくろちゃんのことばっかり考えてたのに、今はただくーちゃんに会いたいんだ」

 

 束がこうも外へ出たがる理由を、鷹丸はしっかりと察していた。なにも自由が欲しいとか、また研究に明け暮れたいとかでなく、ひたすらにクロエに会いたいという想いのみ。また一緒に暮らしたいというのは端から諦めているが、せめて面会くらいはしたいというのが望みである。

 

 だが、面会すら許されないだろう。周囲からすれば、束と鷹丸はここで一生を終えてもらうつもりなのだから。しかし、不思議と会えないと思えば会いたくなってしまう。束にとってクロエは正しく娘であり家族。もう二度と目にできないというのは辛いことだろう。

 

「……会いたい……なぁ……。会いたいよ……くーちゃん……!」

「束……。……多分泣き落としも通じないと思う……」

「あっ、バレたー? 名演技だと思ったんだけどなぁ」

 

 束はメソメソと顔を覆い隠すが、それが演技であることなど鷹丸にはお見通しだった。どうやら正解だったようで、束はパッと両手を開いて満面の笑みをご開帳。確かに束と関わりが浅い者なら騙されていた可能性が大だが、仮に騙されても外へ出られることはなかったろう。

 

「断っとくけど、くーちゃんに会いたいってのは嘘じゃないからね!」

「大丈夫、解かってるよ。僕だって気持ちは同じさ。だから方法を考えているんだけど――――」

 

 束はハッとなにかに気が付くと、付け加えるようにして訂正を行った。それは自分の気持ちについてだが、鷹丸に揚げ足を取られないための処置だ。いくら鷹丸とて無粋な口出しをするつもりはないらしく、束と会話中もずっとクロエと会う方法を考えていたようだが――――

 

「――――果報は寝て待て」

「ほぇ?」

「僕らは地球を危機的状況に陥れたわけで」

「ふんふん、それでそれで?」

「じゃあ僕らが地球を救っちゃえば、流石に面会くらいは容赦してくれる……かもね」

 

 顎に手を当て考える様な仕草をしていたが、なにか思いついたらしく呟くように格言を口にした。それだけで意味が通るはずもなく束が問いただすと、ここで自分たちのしでかしたことを再確認。確認したうえで、なんとも投げやりな結論であると束は察した。

 

 束と鷹丸が本気になれば、なにかしら発生した地球の危機なんてあっという間に解決してしまうだろう。それが実現すれば面会の許しくらいは出るかもと鷹丸はいうが、問題は地球規模の危機なんてものがそう起こるかどうかという点だ。

 

 実際のところ、そんなに都合よく地球の危機なんてものがあるはずもない。自分たちの起こした騒ぎで最後かも。それをふまえて果報は寝て待てということである。聞こえはいいかも知れないが、やはり現状でできることはないという証拠だ。本当に寝るつもりなのか、ベッドに横へ寝転んだ鷹丸に対し、束はブーブーと口先を尖らせた。

 

「ちょい待ち、待った! 起こり得ない話とか、束さん好きじゃないの知ってるよね!?」

「ん~? まぁ亡国機業あたりがワンチャン――――ああ、でも僕らに私怨があるだろうし、ダイレクトに命を狙いにくるかもねぇ。この場所が知られたら大変だ、ハハッ」

「いつもなら余裕綽々だけど、この状況じゃちょっと笑えな……あれ? でも襲撃にあったら脱獄のチャンス――――ああ、ウソウソ冗談だってば。いえ~い、見てるー?」

 

 ほぼ0%に近いものを待ち続けるなど、束からいわせればナンセンスの極み。珍しくもう少し真面目にしてくれという、まるで説得力のないニュアンスを交えて鷹丸へ抗議した。だがこの状況ばかりはどうしようもなく、あくまで可能性の話で亡国機業がなにかしら行動を起こす……かも。ということしかいえない。

 

 鷹丸の考えとしては、まず行動を起こすなら自分たちへの復讐の可能性が高いと笑い飛ばす。厳重に秘匿された場所にある施設だが、相手が亡国となるといつ割れてもおかしくはない。もしそうなったとして、これまでならなんの問題もないが、今ではなんの抵抗もなく殺されてしまうだろう。

 

 しかしピンチはチャンスともいう。もしかするとどさくさに紛れて脱獄できるのではと思わず呟く束だったが、監視もされているし声も拾われていることを思い出した。すると脱獄なんてする気はないですよアピールなのか、把握している隠し監視カメラに向かって手を振って見せた。

 

「っていうか、いい加減にそのキャラ付けは止めない? 20代前後半になってまで痛々しいと思うよ」

「あーっ、たっくん言ってはならないことを口走った! 別にキャラ付けじゃないですー。束さんは天然でこうなんですー」

「それはそれで痛いけどね」

「またまたそんなこと言っちゃってー! なんやかんやで束さんのあざといところも好きな癖して~」

「ん? まぁ基本的に束の全部は好きなつもりだけど、伝わってなかったかな」

「嫌いだわー。束さんたっくんのそういうとこ嫌いだわー」

「またまたそんなこと言って。僕に意地悪されるのも嫌いじゃない癖して」

「……否定はしないでおこうかな」

 

 2人の監視を任され仕事として従事している者は思う。これから幾年もこのイチャイチャをみせられ続けることになるのかと――――

 

 

 

 

 

 

「わぁ、パパさんとママさん技術者なんだ。サラブレットってやつ?」

「それ選手の場合だねー」

「いえ、どちらにせよそんな大層なものでは……」

 

 ある意味ではサラブレットなど赤子同然の英才教育を受けているが、クロエにとってはそれが当たり前なのであくまで謙遜するような姿勢をみせた。現状で国家代表クラスに相当する実力の持ち主であるというのに。クロエが実際にISを操作する姿を見れば、3人の度肝を抜くことだろう。

 

「でも本当に凄いよね。産まれた環境とかご両親の話じゃなくて」

「私がですか?」

「うん。だって、私だったら1人で留学とか考えられないもん。なんていうか、覚悟が凄いっていうか」

「うーん……。私もまだ長い休みしか親と会えないのは寂しいかなー」

「それは……」

 

 なんの気なしにクロエを褒めた沙夜だが、それは幾分か地雷でもあった。クロエとて、好きで親元を離れたわけではない。叶うのなら自らが親と定めた2人の元に居たいというのが本音だ。長い休みしか会えないという夕菜の発言も然り。もしかすると、もう永遠に会えないかもとなどいえない。

 

 そうではないと否定したところで、3人には意味不明な回答となるだろう。さらにいえば、そういった発言は禁則事項の1つとして誓約に明記されている。クロエは少しばかり返事に困ってしまうが、この環境に置かれて、実際に自分がどうしたいのかを必死に考えた。

 

「……帰る気は、ありません」

「えっ?」

「日本に居てもパパとママの元へ私の名が届くような、そんなIS操縦者になるまで、しばらく2人とはお別れする気で来日しました」

 

 自分が、または束と鷹丸がどう足掻こうと再会は難しい。そんな現実が見れないほどクロエは子供ではなかった。ならば自分がどうするべきか考えて、1つの結論にたどり着く。それは、与えられた環境を精一杯生き続けるということだ。

 

 本来ならば自分もどこかへ閉じ込められ、そこで一生を過ごしていた可能性は高い。クロエがこの場で少女らと語らえていられるのは、やはり間違いなく慈悲があったからだ。昴のようなまでとはいかないが、ならばこの環境に甘えてやろうとクロエは考えた。

 

 いまだほんの短い言葉しか交わしていないが、やはり人との触れ合いは人を成長させるものだ。クロエにそう思わせる要因は、昴や少女らが得体の知れない者を快く受け入れてくれたから。ならばもう臆することはない。ただ前へと進むのみだ。

 

 後は本人の言葉通り、場所も知れぬ2人の元まで名が届くような、そんなIS操縦者となる。そしてもし、もしも再会が果たされたその時は。IS操縦技術だけではなく、人間的に成長した己の姿もみてもらうのだ。驚いた2人の様子なんかを創造すると、不思議と会えない寂しさも紛れる気がした。

 

「ううっ……凄いよぉ……感動だよぉ! なれる、絶対なれるよクロエちゃん! だから一緒にがんばろうよぉ……!」

「朝日――――って汚っ!? ちょっ、涙はいいけど鼻水! ほら、ハンカチ貸すからどうにかしなさい」

「あー……沙夜ちゃん、多分だけど朝日ちゃん――――」

「あ、ありがと沙夜ちゃん……ちーん!」

「いやああああっ!? なんで鼻かむの?! 涙を拭いてって言いたかったの!」

「え……? ご、ごめんごめん。汚いからどうにかしてって言うからてっきり……」

「やっぱりかー」

「夕菜、朝日の行動が読めてたなら教えてよ!」

 

 クロエの言葉に酷く感銘を受けた朝日は、沙夜や夕菜が軽く引くほど涙や鼻水を顔中に垂れ流した。思わずギョッとした沙夜がハンカチを渡すが、用途についての認識に差が生じたせいで、沙夜のハンカチは見るも無残になってしまった。少なくともポケットには仕舞えないだろう。

 

 朝日の天然には慣れたつもりの沙夜だったが、これはあまりにもな仕打ちだと声を荒げた。沙夜の苛立ちのターゲットは、先の展開が読めていた夕菜にも向く。それからというもの、クロエを置いて普段通りのやりとりが繰り広げられてしまう。しばらくはポカンとしたまま眺めていたクロエだったが――――

 

「フフッ……」

「あ、クロエちゃん笑った」

「も、申し訳ありません。皆さんのやり取りが絶妙だったものですからつい……」

「なに言ってんのー。喜んでるんだよー」

「緊張が解れてきたなら幸いなんだけどね。……ま、私のハンカチを犠牲にしてだけど」

「当然ながら洗って返させていただきます……」

 

 思わず笑みを零してしまうと、朝日がそれを聞き逃さず指摘を入れた。クロエはなにを笑っているのだといわれたのかと解釈してしまうがそうではない。3人からいわせると、ようやく笑顔をみせてくれた……だ。もっともクロエが笑わないのは単に緊張だけではないのだが、とにかく打ち解けてきてくれたことが嬉しい。

 

 だがその犠牲は大きかったと、沙夜は朝日の鼻水みまみれたハンカチを指差してみせた。それまで大げさなまでに喜んでいた朝日が暗いオーラを纏うのを見て、クロエはもうひと笑い小さく零す。これなら大丈夫そうだと、3人娘は顔を見合わせた。

 

「まぁこんな感じで騒がしいけど、これからもよろしくね」

「大丈夫大丈夫、そのうち自然にやれるようになるってー」

「私たちと、沢山の思い出を作っていこうよ! ね、クロエちゃん!」

「……はい。ぜひ、ご一緒させて下さい」

 

 クロエは思う、きっとこの少女らは自分と正反対の道を歩んできたのだと。本来ならば交わってよいはずのない道が、今1つに重なろうとしていた。自らの存在が、彼女らに害を及ぼす時が来てしまうかも知れない。そんな不安があるというのに、クロエの胸に過るのは束や鷹丸と触れ合っている時のような胸の温かみ。

 

 それを友情というものだとクロエが理解することはできないが、いずれ見えてくることだろう。束と鷹丸を除いた大切な者たち。そしてその者たちと、新たな自分へ通じる道が。新たな可能性へと繋がる道が。だから、それまでは――――

 

(パパ、ママ。また……いつの日か――――)

 

 

 




これにて束、クロエ、鷹丸は出番終了。
敵としての活躍、本当にご苦労様でした。

後の話は解決していない黒乃の諸々について触れます。
次話はそのきっかけとなる話でしょうか。

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