八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第14話 第2回モンド・グロッソ

人を見たら泥棒と思え、なんて言う言葉がある。だが現在の俺は、人を見たら誘拐犯と思えと自分に言い聞かせている。何故かって……来たくも無いのに来ちゃっているからだ。何処って……第2回モンド・グロッソ開催地……ドイツに来ちゃったよおおおお!

 

 嫌だぁ……今すぐ帰りたい。第2回モンド・グロッソと言えば、織斑 一夏誘拐事件の発生で有名であろう。イッチーがちー姉にとって大事な存在だから誘拐されちゃったわけじゃん。そしたら俺も誘拐される可能性大で……って、あれ?それって、俺がちー姉の大事な存在って前提の話だよね。

 

 …………もしも露骨なアンチ物みたいに、ちー姉が助けに来なかったらどうしよう。それはそれで、復讐ルートもやむなしかも知れない。いや……割と本気で。人生に刺激なんて必要はない……草みたいに生きていければ俺はそれで良いのに……。はぁ……どうしてくれようか。

 

「いやぁ……生で見ると迫力が違うな。」

「…………。」

「黒乃もいつか、こんな舞台で戦えると良いな。黒乃、俺は応援してるぞ!」

 

 なんて言いながら、イッチーは俺にイケメンスマイルを向けた。俺がISを動かしている事は、既にイッチーも知っている。ばれないようにした方が良いかなって思ったけど、ちー姉が普通に俺の前でISの話題とか振るし。それにしても、こんな笑顔の後に誘拐されるとか……やるせないにも程がある。

 

 時間帯的に、もうすぐちー姉の試合の準備段階ってところか。まだしばらく時間はかかりそうだが、もうすぐ事件が発生する可能性のある範囲に入ってしまっているんだよな。う~ん……どう行動するべきか。俺も頭数に入っているのなら、何処へ逃げても無駄だろう。逆に入っていないのなら、イッチーと距離を置くのが正解……。

 

 二者択一、2つに1つか……。あ~……まずいな、どうも俺は2択で外しやすい性質なんだよ。なるべくなら巻き込まれずにはいたいけど、なんかイッチーを見捨てるようで気が引ける。でも……ほっといても死にはしないとも思うし……。こんな事なら、何か武器になりそうな物でも持って来ておけば良かった。

 

「千冬姉の試合まで時間かかりそうだし、ちょっとトイレ行って来るけど……黒乃はどうする?」

 

 げっ、そんな事を言ってるとイッチーが移動しようとし始めちゃうよ。ってかイッチー、俺だから良いけどさ……女の子にその聞き方はアカンよ。女として意識されてない証拠だと思うけど、少しはデリカシーを考えようね。んで、トイレか……。別に行く必要は無さそうだけど……。

 

「…………。」

「そっか、じゃあ一緒に行こうぜ。人が多いから、はぐれないようにしろよ。」

 

 俺は首を縦に振って、イッチーに着いて行く事に。だって、誘拐されるかもってのが解ってるのに……1人は心細いんだもの。それに2人だったら、何か対処が出来る事態にも遭遇するかも。イッチーに着いて行くって事は、それだけリスクも増すけれど……。やっぱり隣にイッチーが居る方が安心感というものが違う。

 

 とにかく俺は、イッチーの忠告通りにはぐれないよう心がける。それこそ、はぐれた拍子にお持ち帰り……なんてのも考えられる。しかし、何の問題も無くトイレまでは辿り着けた。だが、どうにもトイレ前の様子がおかしい。入り口には立ち入り禁止の看板が立ててあって、中には入れないようだ。

 

「あれ?さっき来た時は何とも無かったんだけどな……。すみません、ちょっと良いですか?」

「はい、何でしょう。」

「トイレ、使えないんですかね。」

「あぁ……申し訳ありません。水道管の方にトラブルがありまして、現在は復旧作業中です。」

 

 近場に居た日本人のスタッフに、イッチーは話しかけた。少し離れて2人の会話を聞くに、どうやら水回りで何かあったらしい。トイレに水は必要不可欠だし、今日中……どころか数日このトイレは使えないかも。復旧作業中との返答をされて、イッチーは困った表情を浮かべる。

 

「よろしかったら、他のトイレにご案内しましょうか?」

「本当ですか?それなら助かりますけど……。」

「こちらの不手際ですので、ぜひそうさせて下さい。」

「えっと、じゃあそれでお願いします。」

 

 う~む、いかにも日本人らしい対応を見た気がする。外国人がこんな時にどうするか知らないけど、日本はサービス精神が素晴らしいと評価されるのも頷けるな。しかし、こんな事なら別のトイレの位置も確認しとくべきだった。そうすれば、スタッフさんも道案内せずに済んだのに。

 

 俺とイッチーは、スタッフさんへ連れられて会場内を練り歩く。やがて連れて来られたのは、当然ながらトイレである。でも、なんか変だな……。1か所が使用不可なのに、こちらの人だかりがまばらなのはどうしてだろう?……気にするほどの事でもないか、現にこうして人の眼もある訳だし。

 

 そんなわけで、ポーズながらも女子トイレへ足を踏み入れた。未だにだけど、男子トイレに入ろうとしちゃうんだよなぁ。人間に刷り込まれた記憶ってのは凄いと言うかなんというか……。さて、トイレは……うむ?1つを除いて使用中か。やっぱり俺の考え過ぎみたいだな。

 

「かかった!」

 

 ほわぁ!?トイレの扉に手をかけようとしたその瞬間の事だった。急に扉がバァン!と開いて、中から人が飛び出て来るではないか。その手に握られているのは……スタンガンである。チ、チクショー、騙された!なんて理解した時にはすでに遅く、俺にスタンガンが押し当てられた。あばばばば!?しっ、しびびび……痺れ……る……!

 

「上手く行ったか!?」

「ええ、成功よ。早く運びなさい。」

 

 朦朧とした意識の最中、先ほどトイレ周辺で話していた人間が目に入った。つまり、自然に見せかけるためのエキストラだったって事ね……。この調子ならば、イッチーも同じく痺れてる頃だろう。あ~も~……だからヤだったんだよ……。と、しつこく小言を呟いて意識を手放す俺であった。

 

 

 

 

 

 

 う、う~ん……ハッ!?ここは何処、私は誰!?……って、ふざけてる場合じゃないんだよなぁ……。え~っと、場所はどうやら……廃工場か何からしい。そんでイッチーは……無事か、ひとまずず安心だ。縄に縛られたイッチーは、まだ気絶の最中っぽい。…………縄?なんでイッチーは縄で、俺は鎖なんでしょうか。縄だと千切られるとでも思われたのかな。

 

 そんなゴリラじゃあるまいし……。まぁそれは良いや、もっと状況を確認しないと。身をよじらせて周囲を見渡すと、廃工場の入り口付近に2人の男が居た。う~ん……あの2人だけなら良いけど。だって、この後に予測されるのはただ1つ……。なるべく人数は少ない方が良いよ。

 

「作戦は成功か?」

「ああ、たった今……織斑 千冬の棄権が伝えられた。」

「じゃあ後は……好きにして良いんだな?」

「おいおい、お前も好きだな。まぁ……俺も人の事は言えんが」

 

 なんて言いながら、男2人は俺を見た。ドイツに来たくなかった理由としては、薄い本展開になるのが目にみえていたからだ。やめて、私に乱暴する気でしょう!エロ同人みたいに……エロ同人みたいに!……それが冗談じゃないってんだから、本当にどうしようもない。

 

「よぉお嬢さん、お目覚めかい。」

「これからどうなるかくらい解るだろ?せいぜい慰みものになってくれよ……なぁ!?」

「んぅっ……!」

 

 男の片割れが、声を荒げながら俺の胸をわしづかみした。自分でもびっくりだが、変な声が出てしまう。ろくに喋る事が出来ないのに、こういう声はキチンと出るんですね……。ていうか、まずいなぁ……なんか、気分も変になってきた……。このままでは、流されてされるがままになってしまう……。

 

 はぁ……無理矢理されるんだったら、まだイッチーや弾くんのがマシだった。今から〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)されて、挙げ句の果てには〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)なんていうハードな事になって、最終的には〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)になるまで延々と〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ!)〇〇〇(ピーッ)

 

「貴様ら、ピーピー五月蝿いぞ!何をしているんだ!」

 

 は、はい……スミマセンでした!って、俺の事じゃないか。頭の中で放送禁止用語を言ったときのピー音が鳴ってただけだし。現れたのは、ラファールを纏っている女だ。それまで俺にあんな事やこんな事をしようとしていた2人は、渋々離れていく。た……助かったぁ……。

 

「……恨みはないが、これも命令だ。」

 

 助かってねええええ!?な、なんで……?イッチーは殺さないっぽいのに、どうして俺にアサルトライフルの銃口を向けてくるの!?これだったら、強姦された方がまだ……。いや、強姦も嫌だ……けど、引き金を引かれたら一発昇天しかない。こ、殺さんといて!アンタ達の目的は達成したはずでしょうよ。……と、心の中で懇願する。

 

「…………!?」

 

 え?え?何……その銃口がブレブレなのには、どういう意図があるのだろうか。ハッ!?さては……俺の命を弄んでいるな!なんて悪趣味な女性だろう……。亡国機業の連中は、全員こんな冷酷なのか……?いいさ、そうやって時間を喰えば喰うほど、ちー姉が助けに来てくれるまで時間が稼げ――――。

 

「うわああああっ!」

 

 ひぎゃああああ!?こ、この……この女、ろくに照準も定まらないのに撃ってきやがったああああ!当たっ……当たった!鎖の部分に当たって跳弾したぁ!ぜぇ……ぜぇ……し、死んだかと思った……。あれ……?ラッキー、鎖が切れてる!弾丸が当たったおかげだな。俺は手早く鎖を振りほどくと、一目散に物陰に隠れた。

 

「しまった……!隠れるな、出てこい!こいつがどうなってもいいのか!」

 

 げっ……これはまずい。俺が隠れられたのは良いけど、イッチーが人質に取られてしまう。あの感じは、脅しではないみたいだ。ど、どうする……?ギリギリまで引き延ばした方がいいのか、それとも……。そんなにまでして、俺を殺したいのかな?ムキになってるだけとかなら万歳だけど……。

 

 とにかく、イッチーだけは殺させない。それは彼が主人公だからとかじゃなく、イッチーは俺にとって大事な家族だ。助けて死ねるなら本望……とは言わないけど、見過ごす訳にはいかんでしょ。しかし丸腰なのも心もとないので、そこらに転がっていた鉄パイプを掴む。そして、女の前へ姿を見せた。

 

「フンっ、何かと思えば……。こちらはISだぞ、無駄な抵抗は止めて大人しく殺されろ。」

 

 解ってるよ、ISに乗っているのだから……この鉄パイプで殴ったって意味のない事くらい。だけど、少しでも時間が稼げられればそれで良い。でも……死ぬ確率は高い。銃で撃たれても死ぬ、殴られても死ぬ、蹴られても死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……。ヤバい……ヤバい!やっぱり怖い……。

 

 あまりにもリアルに感じられる死の予兆に、どうしようもなく心を支配される。なんだか知らないけど、1周回って笑えてきた。どうやら俺は、そういう性質だったようだ。これに限っても表情は出るらしく、女は訳の解らないような顔つきをし始めた。

 

「なっ、何故この状況で笑っていられる……!?」

 

 あ、やっぱ顔に出てるみたいだ。いやいや……違うんですよお姉さん、これは怖がってるんです。でも、なんだかうまい具合に動揺を誘えたかもな。恐怖を振り払え、怖くない……怖くない。そう自分に言い聞かせて、ジリジリと前へ出る。俺の想像通りに、女は行動を起こさない。

 

「くっ……うっ……。」

 

 もう少し、もう少し……。向こうにも我慢の限界が見えて来た。いつでも退避できるようにして、呼吸を乱さずに前進を続ける。俺だって、相当に我慢しているのだから。本当だったら、機をうかがって逃げ出したい。それでも逃げられないのは目に見えてるから……だから、せめて……。

 

「し……ねええええっ!」

 

 来たっ!俺は女がアサルトライフルの発砲を開始する寸前に、女を中心として周囲を回るように全力で走る。するとアクション映画さながらに、俺の背後で弾丸の跳ねる音が聞こえた。ひいいい……!止まったら死ぬぅ!ってか、あの女……やっぱり遊んでるよね、こんなの当てられないはずが無いし。

 

 なんて考えてる暇じゃない!何か、何か策を考えないと……。走り回りながら、廃工場を見渡す。すると俺の眼に入ったのは、もう1本の鉄パイプと、先ほどまで俺の縛られていた鎖だった。俺の頭の中で、パズルのピースが埋まった。……なんてカッコイイ表現してるけど、コレは起死回生の手かもしれない!

 

 俺は息を荒げながらも、なんとかもう1本落ちていた鉄パイプを回収した。止まる事が出来ない状況は悪いが、この1本さえあればどうとでもなる。俺はそのまま、アサルトライフル目がけて鉄パイプをブン投げる。横回転しながら飛んで行った鉄パイプは、見事にアサルトライフルに命中した。

 

「馬鹿な!?」

 

 ありゃ、一瞬でも気を反らせれば御の字だったけど……弾く事にも成功したな。それこそ、結果オーライ!俺は間髪入れずに女の方へと走り込んで、その頭に思い切り鉄パイプを振りかぶる。う、うぇ……手に人を殴る感触が伝わって、かなり気持ち悪い。でも、殺すつもりでいかないと……!俺は女がふらついている間に、今度は鎖を拾う。

 

 鎖を拾うと、ラファールや女の身体を蹴りつけて上へ上へと昇る。そして女の肩辺りまで来ると、首に鎖を巻きつけながら肩車の要領で座った。そんで……後ろに体重をかけながら、引っ張る!当然ながら女の首は締まってしまう。IS操縦者だって、呼吸さえ止めてしまえば気絶くらいには持っていけるはずだ!

 

 もともとは地球圏外での活動を目的とした機械だが、ラファールに呼吸うんぬんの機能は備わってない……はず!でも女のもがくような反応を見るに、効いているに違いない。頼む……早いとこ気絶してくれ!人の首を絞めるなんて、あまり気持ち良い物じゃ……おえっぷ!うぇぇ……やっぱり吐き気がするぅ……!

 

「くふぅ……!ふっ!あぁ……ああああっ!」

 

 吐き気をもよおしたせいか、手が少しだけ緩んでしまったらしい。女は必死の様子で俺を掴むと、そのまま放り投げる。操作をしている暇が無かったのか、俺の身体はフワリと浮く感じで宙を舞った。無論、それなりの高さがあるので着地なんてできないが……。いづっ!?っつ~……落ち方が悪かったのか、左腕から変な音がしたような……。

 

「ぐっ……カハッ……!ぜぇ……はぁ……き、貴様……!」

「一夏、黒乃!居たら返事をしろ!」

「チイッ!ここまでか……!」

 

 女は盛大にむせ返りながら、俺へアサルトライフルを向ける。今度は余計な事をさせないつもりか、かなりの至近距離だ。これは……ダメだな、詰んでいる。俺が今度こそ死を覚悟していると、遠くからちー姉の声が響く。幻聴かと思ったが、女の焦り具合からして本物だろう。

 

 女はスモークグレネードか何かを投げて、周囲に煙を蔓延させる。それが晴れる頃には、女の姿はもうない。異変を察知したらしいちー姉は、慌てた様子で工場内に足を踏み入れた。そして、俺とイッチーの姿を確認すると、心底から安堵したような表情を見せる。

 

「お前達……!良かった……無事でいてくれて、良かった……!」

 

 な、成し遂げたぁぁぁぁ……狙い通りに、ちー姉が来るまで時間を稼げたよぉぉぉぉ……。ほんっとにもう……強姦されそうになるわ、殺されそうになるわ……散々だよ、もう……ドイツ嫌い!ちー姉が目の前に居る安心感からか、なんだか緊張の糸が切れてしまった。このタイミングでの気絶は心配されそうだけど、もはや……限……界……。

 

 

 

 

 

 

(藤堂 黒乃は殺せ……か。上は、いったい何を考えているのやら……。)

 

 作戦内容は、織斑 一夏及び藤堂 黒乃の誘拐……そして、それに伴って織斑 千冬に決勝戦を棄権させる事だったはずだ。今になって命令が出されたが、何を思って上は……?……いや、たかだか末端の構成員である私に、そんな事を考える必要はない。一応だが、念には念を……ISは持って来ておいて正解だった。

 

 確か誘拐の実行部隊が、この廃工場に放置しておいたと言っていたな。私はラファールを装着すると、工場の奥へと侵入していく。するとまず目に入ったのは、藤堂 黒乃に群れる監視役の男2人……。ハイパーセンサーでズームすれば、片方の男の手は藤堂 黒乃の胸を掴んでいる。

 

「貴様ら、ピーピー五月蝿いぞ!何をしているんだ!」

 

 私がそう怒鳴ってやれば、男2人は文句を言いながら撤収作業へ移る。まったく、最近の男共は……油断も隙もあった物では無い。我々の組織は、女だけで構成する訳にはいかんのだろうか。それは今度上に進言するとしてだ。私の目的は、この小娘の殺害……それのみだ。

 

「……恨みはないが、これも命令だ。」

 

 哀れな物だ……。だが、強姦を防いだのは感謝してほしい所だな。せめてもの情けという奴だ。それ以外には、特に情も浮かばない。私はラファールのアサルトライフルの引き金へ手をかけた。するとその時、突然えも知れぬ威圧感が私に襲い掛かる。もしや、もう織斑 千冬が……!?

 

「…………!?」

 

 そう思った私だったが、よくよく感じ取ってみると……その威圧感を放っているのは、目の前にいる小娘だった。この殺気は、馬鹿な……私の手が、勝手に震えだす……!?まさかとは思うが、この小娘に私が怯えている。そんなのはあり得ないと思いつつ小娘を見れば、その姿が修羅か何かに見えてしまう。完全に、私が臆している証拠だ。

 

「うわああああっ!」

 

 ガタガタと手を震わせながらも、私は発砲せざるを得なかった。その恐怖を打ち破るためか、自然と雄叫びを上げて引き金を引く。しかし、そんなのでは当然狙いも定まらない。放たれた弾丸は、まるで吸い込まれるかのように小娘を拘束している鎖へと命中した。

 

「しまった……!隠れるな、出てこい!こいつがどうなってもいいのか!」

 

 まるで始めからこれが狙いでした。そう言わんばかりに、小娘は拘束されている状況を脱した。隠れ場所のいくらでもある廃工場だ……何をされるか解ったものではない。そこで私は、織斑 一夏を餌に炙り出す事に。存外小娘は大人しく姿を見せたが、その手には粗末な鉄パイプが握られている。

 

「フンッ、何かと思えば……。こちらはISだぞ、無駄な抵抗は止めて大人しく殺されろ。」

 

 ISへの対抗手段は、IS以外にはあり得ない。そうだ、生身の小娘に何を恐れる必要がある。寸前まで確かに私はそう考えていた。しかし……あろう事か、小娘は私に向けて笑みを見せる。それもただの笑顔ではなく、何処かこの状況を楽しんでいるような……狂った笑みだ。

 

「な、何故この状況で笑っていられる……!?」

 

 絶対におかしい……この小娘は、どうかしている。力の差は歴然なのに、もうすぐ殺されるかも知れんのに。いや、むしろ……死を身近に感じている事自体に、歓喜を覚えるようなこの笑みはなんなんだ!?そして小娘は、1歩……また1歩と間合いを詰めてくる。それに対して私は、何も出来ないでいた。

 

「くっ……うっ……。」

 

 物怖じしない方だと自負していたが、こうも私が呑まれるなどと……。落ち着け、落ち着くんだ。近寄られたところで、小娘に利があるわけでもない。私が乗っているのはISだ、恐れる事など何もない。そうだ……そうだろう。後は、殺せ……この小娘を殺すのだ!

 

「し……ねええええっ!」

 

 忌々しい事に、私がたじろいている隙を突かれた。私が発砲を始める前に、小娘は横へと逸れて走り出した。連射しながら照準を合わせるが、どういう事かまったく当たらない。これではまるで、弾丸の方が奴を避けているような錯覚を覚えてしまう。

 

「…………!」

「馬鹿な!?」

 

 小娘がもう1本鉄パイプを拾ったかと思えば、即こちらへと投げてきた。もちろん私も対処しようとしたさ……だが、それはかなわない。とんでもない速度で飛んできた鉄パイプに、反応すらできやしない。鉄パイプはアサルトライフルに命中し、私の手元から弾くほどの威力がある。

 

 思わずアサルトライフルの方へ気を取られてしまったのが、運の尽きというやつだろう。気づけば小娘は私の目の前……。そのまま飛び上がると、私の頭へ鉄パイプを振りかぶる。もちろん痛くもかゆくもない……それでも、更に小娘に隙を与えてしまった事にはかわらん。

 

「くふぅ……!ふっ!あぁ……ああああ!」

 

 私を鉄パイプで殴った隙に、先ほどまで自身の縛られていた鎖を拾っていたらしい。私の身体を駆け上がれば、何の躊躇いも見せずに私の首へ巻き付ける。想定もしないこの状況のうえに首を絞められ、私は軽いパニックを起こしてしまう。なんとかもがいて小娘を掴めば、とにかく急いで遠くへと放り投げる。

 

「ぐっ……カハッ!ぜぇ……はぁ……き、貴様……!」

「一夏、黒乃!居たら返事をしろ!」

「チィッ!ここまでか……!」

 

 私は呼吸を乱しながら、小娘を睨んだ。しかし、小娘は未だに薄くだが笑みを浮かべていた。小娘が次にどう出てくるかを考えている間に、織斑 千冬の声が私の耳に届いた。それすなわち、藤堂 黒乃の殺害失敗を意味していた。私は手早く煙幕を張ると、あらかじめ用意してあった退路から脱出を試みる。

 

 脱出こそ上手くいったものの……私の気はなかなか休まらない。あの小娘の浮かべた笑みを思い出す度に、手の震えが止まらなくなってしまう。上が何故小娘の殺害を命令したか、私はようやく理解できた。あの小娘は、近い将来に我々の大きな障害となるだろう。撤退する私は、そう考えながら回収場所へと向かうのだった。

 

 

 




黒乃→怖いと笑えてくる性質です。
亡国構成員→この小娘、この状況で笑っているだと……!?



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