八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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呼んで字の如くな回になります。
実際に戦闘が始まる前までということですね。


第124話 開幕 最終決戦!

「おはようございま――――って、なんだ!?」

「いつも以上の地獄絵図ね……」

 

 決戦当日となり集合をかけられたドックへ向かうと、そこは鈴ちゃんのいう通り地獄絵図が広がっていた。なんだかボロ雑巾のように疲れ果てた様子の研究員さんたちが、あちらこちらで呻き声を上げて横たわっている。というか、いわないお約束なんだろうけど匂いも酷い。

 

 これだけで徹夜を繰り返したのだろうというのは想像がつくが、流石にここまでくると命の心配をしてしまいたくなる。そんな研究員さんたちを踏まないように奥へ進むと、そこにはオジサンの姿が。傍らには主任研究員さんの背中も。

 

「さ、最終調整……及び施した特殊仕様……そのリストに纏まってますので……」

「おう、よく頑張ってくれた。全部終わったらバカンスと洒落こもうや」

「ははは……元に戻す作業もあるんですけどね……。あぁ……皆さん、やることは自分らがやったんで……どうか……勝って……」

 

 オジサンと主任さんの前には、ズラリと9機のISが並べられている。決戦に際して預けていたが、どうやらそれ以前にも徹夜が続いていたということになるな……。背後から見てもフラフラだったが、私たちに気が付いて激励の言葉を述べている最中に限界を迎えたようだ。

 

 電池でも切れたかのように倒れた主任さんは、オジサンがしっかり受け止めた。過労ではあるようだけど、命に別状はないみたい。……こんなになってまで私たちのISを世話してくれたとなると、沢山のものを託されたといっていい。私たちは自ずと顔付を引き締め、オジサンが開口するのを待った。

 

「さて、おはよう。気持ちはさておいて、体調は万全か?」

「不思議とすこぶる調子がいいです」

 

 いろいろと肩にかかってしまうのを避けるためか、オジサンは気位に関して言及するのを止めた。代わりに体調の方を確認してきたけど、モッピーの言葉に同意するようにして全員が首を縦に振る。オジサンはならよしと返すと、専用機たちのコンディションについて触れた。

 

「お前さんらの専用機だが、チューンナップは万全。細かい部分もオーダー通りにな。ま、相変わらず坊主と箒ちゃんは除いた話だが」

「あの、特殊仕様がどうのいってましたけど……」

「馬鹿のデータベースを参考にして、耐ビームコーティングからなにまでを施しておいた。流石にデキは劣るが、初見殺しは確実に防げるはずだ」

 

 オジサン曰く、束さんたちのありとあらゆる攻撃を想定したとのこと。ただ、それはあくまでダメージ軽減くらいのものと考えるよう注釈が入る。なるほど、だから初見殺し防止か。1回は当たっても大丈夫だけど、2回目以降は機体がもたないよって感じかな。

 

 あくまで想定しただから、後は向こうがそういう攻撃をたくさんしてこないことを祈るしかないね。後はオジサンから詳細報告を受け、私たちはいざ専用機を待機形態へ。私の場合は刹那がパッと輝き、チョーカーへ早変わりして首元に落ち着いた。

 

「んじゃ最後にもう1つだけ確認だ。覚悟は決めたか? 今ならまだ引き合えせるぞ」

「愚問ですわね」

「ホントよおじ様。覚悟なんて、ここに来た瞬間からできてるわ」

「以下同文……」

 

 オジサンは私たち9人を見渡すと、今ならまだ逃げられる。逃げても悪いことじゃないんだと告げた。それは解かるし、私としては今すぐにでも逃げ出したい。しかし、やらねば私の目指すイッチーとの日常は永遠に訪れはしないんだ。だから私はやると決めた。

 

 このように抱く想いは様々だろうが、私たち全員の覚悟は決まっている。セシリーを皮切りに私たちの士気の高さを表すかのように、みな思い思いの言葉を口にした。するとオジサンは、もはやなにもいうまいという気構えになったことが見て取れる。

 

「後悔のないように過ごすのが最後の課題つったが、もう1つ付け加えさせてもらう」

「ほぅ。して、それは?」

「必ず生きて帰って来い。以上」

 

 本当の本当に最後の課題をいい渡すというオジサンの表情には、いつもの飄々とした態度が欠片も見当たらない。この真剣な感じ、これこそがきっとオジサンの素なんだろう。そんな素のオジサンが私たちに課した最後のこなすべきこと、それは単純明快――――生きて帰ってくること。

 

 オジサンは勝てとはいわなかった。それがなにを示唆しているか、私たちは嫌でも思い知らされる。これもまた、別に勝たなくてもいい、負けたら負けたで仕方がない。とにかく、私たちは生きて帰れ。……きっとそういいたいのだろう。

 

 オジサンの短い言葉から全てを察した私を除いたみんなは、同時に腹から精一杯の声を出してはいと返事をしてみせる。私も必要以上に力強く首を縦に振り、オジサンの言葉は伝わったことを表した。そうして私たちは、近江重工を後にし――――決戦の地へ赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ホントにここで合ってるわけ?」

「あの人が黒乃との決戦を望んだのなら、小癪な真似は絶対にしない」

 

 近江重工に運んでもらった先は、とある埠頭の廃棄されたらしい倉庫の中だ。ここが束が指定した場所であり、それは映像で全員が何度も確認した。だがこんな場所が決戦の地とは思えず、鈴は思わず文句を呟くかのように誰かへ向けて問いかけた。

 

 それに答えたのは箒だが、束のことは理解しつつも徹底して突き放すような口ぶりに気まずい空気が流れた。こういう空気感を極端に嫌う黒乃は、まるで誤魔化すかのように周囲を物色する。すると、明らかに埃のかぶり方が他と異なる箱を見つけた。

 

(あれ、この箱だけ埃の厚さが違う――――って、これは……?)

「黒乃、なにかみつけたのか?」

「……姉様専用と書かれているな」

 

 バカっとその箱を開いてみると、そこにはデカデカとくろちゃん専用! と書かれていた。黒い機械的な板に右手の枠が白線で刻まれてもいる。これをみるに、手を置くのだと黒乃は察した。みんなが見守る中、恐る恐る手を乗せてみると……。

 

「ゆ、揺れ始めたね。建物が倒壊する心配とかはなさそうだけど……」

「みんな……みて……」

「なるほど、地下があったのね」

「科学者の方は地下がお好きなのかしら」

 

 指紋や手相でもスキャニングしているのか、板からはピピピと音が鳴る。その数瞬後に、微細な振動が足から伝わってきた。全員が警戒を強める中、簪は倉庫の床が一部スライドしていくのを目撃。揺れも収まりそこへ近づいてみると、どうやら地下へ通じる階段が現れたらしい。

 

 最近まで地下にて生活をしていた専用機持ちからすると新鮮味はなく、むしろ芸がないくらいの感覚が過る。ただ致命的に違う点があるとすれば、この先がどこへ繋がっているか保証ができないという部分だろうか。しかし、ここまで来ておいて臆するという選択肢はない。

 

 なにが来ても文字通り物理的に止めることが可能なラウラが殿を務め、階段をゆっくりと降りていく。だが地下空間は思ったよりも広くなく、すぐ行き止まりに差し掛かってしまった。目新しいものといえば、これまた機械的なケーブルが土俵のように円を組んでいるくらいか。

 

『あっれー!? 箒ちゃんといっくんはいいとして、余計なのが6匹も! ああいう脅し方したら、くろちゃんの場合は巻き込まないようにすると思ったんだけどな~……』

「篠ノ之博士……!」

 

 その時、地下空間内に此度の決戦を仕掛けてきた張本人の声が響いた。その声を聴いた途端、箒は相変わらず姉とは呼ばず、苦虫を噛み潰したような表情を止められない。友人のカウントが人ではなく匹であったことも十分に関係していた。無論、沸点の低い彼女はすぐさま嚙みついたが。

 

「ちょっと、余計はまだしも匹って――――」

『ま、いっか。自殺志願ってことで特別に招待したげる。その円の中に入ってね。中途半端に入ってたらそれこそ死んじゃうから気を着けなよ」

「む、無視とか!」

「鈴、やるだけ無駄だ。あの人は昔からああだよ」

 

 どこから見ているのか解からないにしても、鈴はズビシと空を指差して反論――――しようとしたのだが、清々しいまでにスルーされてしまった。不満タラタラだったものの、一夏に促されつつ円の中へ。全員が丸く収まるのは容易で、これで指示通りだ。

 

『入った~? んじゃ、レッツ転送!』

「なに……? 転送ってまさか……」

「あの人まさか、ワープなんて確立したんじゃ――――」

 

 束の無邪気な声の後に、円の中が白い光で包まれた。その口ぶりからしてこれからなにが起こるのかを察した更識姉妹は、暗部的な観点から野放しにできない装置を想像せざるを得ない。そして楯無が言葉をいい切る前に強く光がスパークすると、あたり一面は闇に包まれていた。

 

「みんな、無事か!?」

「問題はありませんが……。ここは、さきほどまでの場所とは違いますわよね?」

「うん。目が慣れないけど、さっきみたいな狭い場所じゃないよ絶対」

(ワープ装置かぁ。フットワークの軽さからして、もしかしてとかは思ったりしたんだけど……)

 

 特別メンバーが散り散りになっているということもなく、円の中に居た全員は無傷そのもの。ただどうやら、更識姉妹の想像通りにワープしてどこかへ飛ばされたらしい。黒乃としては砂漠に現れたり、不自然なまでの神出鬼没さに説明がついて納得した様子である。

 

「う゛ん! あーあー……。レディース・アーンド・ジェントルメーン! ようこそ、くろちゃん、箒ちゃん、いっくん、以下省略その他大勢」

 

 すると、かなり遠方にてスポットライトが点灯した。それだけで、この謎の場所がかなりの広さがあることが解かる。それだけでなく、高さも同様だろう。束が立っているのはそびえ立つ塔の一角らしく、空間投影型のモニターでその様子を黒乃たちの近場に映し出している状態だ。

 

 束はガバッと両手を開くと、妙に芝居がかった口調で専用機持ちたちを歓迎した。いわずもがな、それは黒乃、箒、一夏の3人までで留められるが。露骨に声のトーンなんかも異なり、3人までは甘い声色だったのに対し、他とされた6名に至っては凍えるような口調だった。

 

「さてさて、期限ギリギリまで粘ったね。そのぶん期待させてもらっていいのかな?」

「ああ、俺たちは勝つ気でここに来た!」

「ほうほう、それはそれは! ムフフ、聞いただけで楽しくなってきちゃうね。じゃ、舞台を整えよっか。たっくーん、おー願い!」

「はいはーい。みんな、けっこう揺れるから気を付けてね!」

 

 現在の時刻は午前11時で、束がタイムリミットと設定した刻までは13時間ほどある。それでも日数でカウントすれば切羽詰まったと表現しても差支えがない。つまり、それだけの時間を研鑽の為に使ったと束は読んだ。みなを代表し、一夏は完結的にそれを述べる。

 

 束のテンションもうなぎ上りのようで、年齢にそぐわないほど無邪気な仕草で内に秘めるワクワクを表現して見せた。そして傍らにいるらしい鷹丸になにかを頼むと、揺れるとの警告が本人から行われる。すると、みんなが想像していた数倍もの揺れが襲ってきた。

 

「っ……! 全員、ISを展開!」

(言われなくてもやってます!)

 

 本当に転倒の危険を感じるほどで、楯無はすぐさまISの展開を指示した。揺れるのならば宙に浮けばいいという単純な理論で、これにより専用機持ちたちはことなきを得た。しかし、今起こっている現象を察した幾人かのメンバーは顔をしかめる。

 

「ラウラ、どうしたというのだ」

「……浮いている」

「IS……展開してるし……」

「そういう意味ではない。恐らく、我々が居るこの場は――――」

 

 気になった箒がラウラに問いかけると、浮いていると返された。更に簪がIS展開中だから当たり前と返そうとするも、なにもラウラがいいたいのはそういうことではないらしい。そんな返答に首を傾げるばかりだったが、徐々に闇へ光が差してきたことで、自分たちが立っている場の規格外っぷりに目をひん剥いてしまう。

 

「はい、とうちゃーく! どう? どう? 驚いた!? くろちゃんとの戦闘を想定して、8年前からコツコツ造ってきたんだよ!」

「ば、馬鹿な……海上都市だと!?」

 

 ラウラの浮いているという発言は、立っていた地面そのものが浮上を始めているということだったらしい。つまり、先ほどまでは海底に居たわけだ。浸水がなかったのは、恐らくアリーナんにおけるシールドのようなものが張られていたからだろう。

 

 箒は姉のしでかした所業に驚いているようだが、それよりも黒乃も驚いていた。自らの力量に無自覚な上で、8年前からなんていわれたらそれはもう。頭は痛いながらそのあたりはスルーするとして、目の前で起きていることに集中を始めた。

 

「ここは……太平洋沖かしら」

「あの遠くに見えるちっこいのが日本ってこと?」

「ピンポーン、ご明察。一応は近場にしたのには理由があってね。それはなにかって、邪魔をさせないためさ」

 

 モニターに座ったままの鷹丸が現れると、なにかしらのコンソールを操作している様子が映し出された。すると海上都市の外周部にあたる隔壁が開き、そこからは無数の機械が飛び出してきた。比較的小さな鳥のデザインをしたソレは、各所に武装しているのが見て取れた。

 

「さーて、ここまで言えばアレが向かう場所は解かるだろ?」

「あの男、相も変わらず!」

「ちぃっ……! 黒乃ちゃん、一夏くん、箒ちゃん! あなたたちが残って奴らの相手を!」

 

 海上都市の位置を東京が見える場所と前置きしたということは、撃墜しなければ攻撃を仕掛けるといいたいのだろう。それを察したラウラは、幼い体躯からは想像もつかない顔付をみせた。だがそんなことをしている暇もなく、楯無の指示通りに動かねば多くの犠牲が――――

 

「その必要はない!」

「なっ、この声は……!?」

(ちー姉!?)

 

 原初の幼馴染組(オールドプレイメイト・ジ・オリジン)を除いた専用機持ちたちが、今まさに飛び立とうとしていたその時だった。オープンチャンネルで拡声しているらしい千冬の声が響いたかと思えば、機械鳥が次々と爆散していく。第一波の爆破した名残である煙が晴れてみると、そこには無数のIS乗りが漂っているではないか。

 

「やっぱり千冬姉!? どうして……」

「なに、どこぞのアホウドリが伝えてきた。本当は加勢するつもりだったのだがな。こういう手を使ってきた場合の補助に回るべき――――と判断した。どうやら正解だったようだ」

 

 左腕は完治していない様子ながら、千冬はメタトロニオス戦で用いた暮桜の贋作に搭乗している。実の弟である一夏がこの場に居る理由を問いかけると、藤九郎が来るべき決戦のことを教えてくれたとのこと。そう、あれは千冬が藤九郎の元を訪問した際のことだ。

 

 あの日藤九郎は、しっかり千冬にヒントを与えていたのだ。頭を使えと藤九郎が区切りを置いてからの言葉、それらの頭文字を並べてみると――――しのののたばね、である。千冬はそのヒントに気づき、この名が示す意味を確と理解した。その結果――――この部隊が出来上がったのだ。

 

「ハッハー! どいたどいたぁ! プレアデス(昴星)様とアルデバランのお通りだぜええええっ!」

「昴さんも来てくれたのか!」

 

 追加の機械鳥が出てきたが、それに突っ込む機影が1つ。アルデバランと呼ばれる恐らくは専用機であろうISを纏った昴である。昴が構えたランスの柄にはエンジンパーツのようなものがついており、まるでバイクのアクセルのように捻ると、そこから炎が噴出。

 

 昴の突進の勢いはグンと加速し、次々と機械鳥を蹴散らしていく。単にすれ違ったのみの機械鳥も、灼熱に身を溶かし機能停止。たった1回の突進のみで、大半の数を落としきってしまった。これこそが、昴が封印していた専用機――――アルデバランの殲滅力である。

 

「すばる……? 昴って、あの対馬 昴!? 怒れる猛牛(レイジング・オックス)!? 昴星(プレアデス)!?」

「おっ、嬢ちゃん詳しいね。アタシは現役時代が短すぎて半分伝説なのにさ」

「あっ、あの、ファンです! 貴女のパワースタイルに憧れて参考にさせてもらってます!」

 

 意外なところから、意外な人物が珍しい声色を上げた。どうやら昴のファンであったらしい鈴である。基本的にドライなシーンの多い鈴だが、今はまるで子供のように目を輝かせている。そんな鈴の姿に、嬉し恥ずかしといった様子で昴は頬を掻いた。

 

「いつになっても嬉しいもんだねこういうのは。よしっ、ここを切り抜くけたらサインでも――――」

「戦場で立ち止まらないでくれないかし――――らっ!」

「っ!? そんな、まさか……ありえませんわ。貴女は……アンジー姉様!?」

 

 照れくさそうなにしながら立ち止まっている昴に対し、数機の機械鳥が狙いを定めた。しかし、攻撃態勢にはいった機械鳥を、昴の後方から青いレーザーが射抜く。それはブルー・ティアーズとよく似た機体を纏った――――トラウマにより完全引退したはずのアンジェラ・ジョーンズその人。

 

「戻って来てくれたのですね!」

「……セシル、そんな目でみないで頂戴。今でもあの子を視界に入れたら震えが止まらないし、あの日のことなんて思い出したくもないわ。私にトラウマを植え付けておいて、世界は救おうなんて納得いくはずないじゃない」

 

 嬉々としてアンジェラに話しかけたセシリアだったが、青ざめた顔とライフルを握る震えた手をみてなにもいえなくなってしまう。そんな都合のいいことがあってたまるかと、思わずセシリアは自分を責めてしまう。けれどアンジェラは――――

 

「けどセシル、なら私はどうしてここに来たと思う?」

「……見当もつきませんわ」

「それはね、貴女よセシル」

 

 アンジェラは、穏やかな口調でセシリアに語り掛ける。それこそ、セシリアのよく知る姉と慕う人物の姿だった。確かに、未だに黒乃へ恨みを覚えているのなら断りそうなもの。それでもアンジェラがここまで来た理由は、セシリアなのだと告げた。

 

「貴女を……貴女の助けになりたかった。貴女の想いを裏切った償いをしたかったの……」

「姉様……!」

「だから、逃げてなんていられないじゃない! 貴女が世界を救う手助けなんかしてるのに、過去の幻影からいつまでも逃げてるわけにはいかないの! だから――――」

 

 話の途中だというのに、無粋な機械鳥がアンジェラに迫る。しかし、高機動で攻撃を回避しながら精密な射撃で反撃していく。その姿はまさに、セシリアがかつて憧れた戦士としてのアンジェラだった。機械鳥を撃墜し終えたアンジェラは――――

 

「思い切り戦いなさい!」

「……はい! アンジー姉様!」

 

 無理をしているというのは伝わっていたが、やはりセシリアは嬉しさが込み上げてしまう。だからこそ、セシリアもかつてのような返事でアンジェラの想いに応えたのだろう。昔懐かしいやりとりだと向こうも感じたのか、少しだけ頬を釣り上げてみせた。

 

「ったく、有給取ってまで戦闘ってヤキが回ったかねぇ。……つか、軍法会議モノだろこれ」

「でしょうね。けど大丈夫よ、これが終われば私たちはヒーローなんだから」

「ハンッ、ヒーローとくりゃぁ……アメリカンな血が騒ぐなぁ!」

 

 ブツクサと呟きながら戦うのはアメリカ軍のイーリス。その傍らで軽口を飛ばすのが、銀の福音事件において中心人物であったナターシャ。恐らくは千冬に声をかけられ、IS学園サイドに恩義を感じて参戦したのだろう。イーリスに至っては付き添いとしかいいようがないが……。

 

「シャルロットお嬢様!」

「え、えぇ!? あ、あの……デュノア社の専属パイロットのみなさんです……よね……?」

「はい! お父様が社の実権を完全に取り戻されたのです。私たちは社長の最初の――――お嬢様とその誇り高き友のために戦えという命令に従って来ました!」

「お父さん……! あ、ありがとうございます!」

 

 次に声がかかったのは、シャルロットに対してだった。リヴァイヴを纏った数人の女性を前にして、シャルロットは驚いたように目をパチクリさせてしまう。なぜなら、シャルロットは彼女らにISの操作を指導された身だからだ。

 

 だからこそどうしてここに居るかが理解できなかったが、チームの代表らしき女性が吉報を告げた。どうやら、アルフレットが毒婦から完全に開放されたらしい。そのため、こうして最初にして最大の命令を与えたのであろう。シャルロットは、思わず目元を潤ませながら大きく手を振って応える。

 

「シュヴァルツェア・ハーゼ隊、ここに集いました!」

「クラリッサか。フッ、この流れなら来てくれると信じていたぞ」

 

 クラリッサ・ハルフォーフ率いるシュヴァルツェア・ハーゼ隊が姿を現した。千冬がモンド・グロッソの件でドイツ軍に在籍していた縁もあり、声がかかって参戦したようだ。なにより、彼女らが隊長であるラウラを放っておくわけがない。

 

 その忠誠心を示すかのように、隊の全員はビシッと敬礼を決めてみせる。ラウラとしては信頼する部下たちで、むしろ来てくれないはずがないというような態度を示した。絶対的ともいえるこの関係性において、ドイツと日本の距離などないに等しい。

 

「隊長、ご命令を!」

「そうか、ならば――――指揮権はクラリッサへ譲渡する。細かい指示はそちらへ従え。そして私から下すのはただ1つ。殲滅あるのみだ! 奴らに目にもの見せてやれ!」

「「「「ハッ!」」」」

 

 普段の小動物的雰囲気は消え去り、1つの隊をまとめる長として、ラウラは威勢のいい指示を飛ばした。クラリッサたちもその言葉を待っていたといわんばかりに、嬉々として敬礼をみせてから行動を開始。他と同じく、群れを成す機械鳥たちと交戦を始めた。

 

「――――と、そういうわけだ。お前たちの力になりたい者が馳せ参じた」

(みなさん……!)

「よって、周囲のことは我々に任せろ。お前たちは――――生きて明日をつかんで来い!」

 

 全体の流れをまとめるかのように、千冬は専用機持ち全員に対してそう付け加えた。その表情はどこか穏やかで、お前たちの縁がこの場に人を呼び寄せたのだとでもいいたげだ。そして最後にクワッと表情を引き締めてから、藤九郎と同じく生きろと告げる。

 

 教師と生徒という間柄を抜きにしても、専用機持ちたちはその言葉に大きな返事をせずにはいられなかった。大音量ではいと返ってきたのを満足気な様子で見届けると、千冬も戦闘に戻っていく。その背を見届けた専用機持ちたちが、そびえ立つ塔の方へ向き直ると――――

 

「…………ちぇーっ! なにさなにさ、8年も待った束さんの努力を無駄にするようなことしなくていいじゃん! ちーちゃんのバーカ!」

「まぁ策は二重三重に敷くのが基本ですし、僕のアレも持って来ておいて正解でしたねぇ」

 

 束はまるで玩具でも取り上げられた子供のように駄々をこね始めた。鷹丸はそれを窘めつつも、再度コンソールを操作。するとそこらの道路が展開をし、SF作品でありがちな出撃用ハッチが出現した。そこから飛び出た機影は3機。

 

「まだなにか……来るの……?」

「黒乃ちゃんが交戦した機体に似てるわね」

「ご明察。その3機は特化傾向が異なる機体と思ってくれていいよ。右から順にゴーレム Type E、Type H、Type Oさ」

 

 かつて黒乃が交戦したゴーレムType Fと同じく、鳥と人の混合といった見た目をしている。しかし、ディティールはそれぞれ微妙に異なり、ネーミングからしてイーグル、ホーク、オウルといった猛禽類がモチーフになっているのだろう。

 

「じゃ、頼んだよ」

『――――――――』

「なにっ!? ぬううううっ!」

 

 鷹丸が軽い様子で命令を出すと、3機は一気に行動を開始した。すさまじい速度でType Oが箒に迫り、その太ましい腕で殴りかかる。とっさに空裂も雨月も抜刀し、交差して防御の態勢をとることには成功した。しかし、ありあまるパワーで紅椿ごとどんどん後退させられていく。

 

 これをみるに、Type Oは恐らく近接特化。そのモチーフとなるフクロウは、意外と筋肉質であることからだろう。まず初めに箒が狙われたのは、回復の手段を完全に削ぐこと。これをみたセシリアは、慌てて照準を離れていくType Oに合わせた。

 

「喰らいなさい!」

『――――――――』

「なんですって!?」

 

 がら空きの背中を狙ったつもりが、既に対策は済んでいたらしい。Type Oの背中に張り付くようにして、Type Eが割り込んで来たのだ。Type Fよりも大きくみえる翼を広げると、地に足を着けてどっしりと構える。そしてスターライトMk―Ⅲのレーザーが着弾した瞬間、それは真っ直ぐセシリアの方向へ跳ね返ってきた。

 

 イーグルというのは比較的大きなタカ類の総称である。Type Eの巨躯はそれを現しており、Type Fよりも高ランクのレーザー反射コーティングを有しているのかも知れない。それをみるに、Type Eは防御特化だろう。レーザーだけでなく、生半可な攻撃は通用しない可能性すらある。

 

「このっ、調子に乗んじゃ――――」

「鈴、危ない!」

「は!? いつの間――――キャア!」

 

 反射して返ってきたレーザーは全員が回避行動を取って事なきを得た。しかし、こうも攻勢に出られては反撃せずにはいられないだろう。勢いそのまま鈴が攻撃を仕掛けようとすると、何気ない様子でType Hが真横を通り過ぎて行った。無論、脇腹あたりを斬りつけられる結果に終わってしまう。

 

「一瞬だけハイパーセンサーから消えてたし、というかステルスもしてたわよね!?」

「ああ、確とみた。恐らく、反撃に転じたところをチクチク狙う腹積もりなのだろう」

 

 Type Hは他の型と比べると、目に見えて小柄だ。流れからして、ホークが比較的小さなタカ類の総称であるからだろう。その小柄を生かした小回りの利く動きで鈴へと迫り、搭載されている機能を活用して一太刀浴びせたということらしい。

 

 この特化傾向をみるに、Type Oがパワフルに切り込む、その隙をType Eが守り、反撃に転じようものならType Hの洗礼を浴びる。そんなバランスのとれた3機を同時に投入したことにより、互いが互いの隙を補い合うことが可能となったようだ。

 

「みな、私のことは気にするな! こんな玩具、私1人でなんとか――――」

「そういうわけにもいかないでしょ! 黒乃ちゃん、一夏くん、後は任せたわよ!」

「すぐに片付けて援護に向かいますわ!」

 

 Type Oの荒々しい殴打や蹴りの応酬に対し、防戦一方の箒が説得力のない言葉を口にした。確かに絢爛舞踏ありきで長期戦に持ち込み、3機を引きつけることができるのならそれが効率的だろう。ただし、その場合は箒の生命に関して心配をしなければならない。

 

 誰1人欠けることなく帰還するという目標を掲げている手前、箒のそれは許されざる行為である。楯無は残った1人を黒乃と一夏に任せると、返事も聞かずに飛び出していった。それに続くように候補生たちも3機の撃墜のため続いていく。

 

「さて、これでようやくキミらを残すことができたかな」

「束さん不満なんですけどー。箒ちゃん引き離したの不満なんですけどー」

「いやいや、最後の最後で無限回復はないでしょ」

 

 準備万端と鷹丸はいいたげだが、隣から頭を小突く執拗な肘鉄砲が襲う。招待はしていないながら、やはり箒は特別待遇らしい。しかし、鷹丸としては最終決戦だというのに絢爛舞踏での回復は萎えるとのこと。その言に一理あることは理解しているのか、唇を尖らせて残念そうにするばかり。

 

 そんなやり取りをみた黒乃と一夏は、ある種の安心を覚えていた。真っ先に箒が攻撃され、それが束の意志だった場合は激高せずにはいられなかったからだろう。そういう心配をしなくていいのなら、残されたやるべきことは彼女と戦って勝つこと1つのみ。

 

「じゃあ気を取り直して真打登場! くーちゃーん、出ておいでー!」

「来るか……!?」

 

 束はパッと雰囲気を明るいものへ変えると、指をパチンと1つ鳴らしてから真上を指差した。すると塔の天辺から神々しい光を放ちつつ、金と白を基調としたISが舞い降りた。クロエ・クロニクルとメタトロニオス――――かつてないほど強大で、かつてないほど最大のエネミーである。

 

「黒乃様、一夏様、ようこそおいでくださいました。此度のお相手を務めさせていただくクロエ・クロニクルと申します。改めてお見知りおきを」

 

 クロエの対応は丁寧そのもので、客としてしか2人を認識していないかのようだ。そのことに調子を狂わせつつ、一夏にはどうしても聞いておきたいことがあった。本人にとっては侮辱になるであろうが、それでも聞いておかない限り一夏の性格からして戦闘にまでもっていきない。

 

「なぁ。キミはどうして戦うんだ?」

「非生産的な質問ですね。答えは1つ、お2人が愛し合うのと同様です」

 

 一夏の言葉のソレには、無理矢理に戦わされているのではという意味が込められていた。それを察したクロエは、多少の怒気を交えながら返した。2人が愛し合うのと同じということ、それは理屈ではないということ。ならば、これ以上クロエと言葉を交わすのは不要。一夏は短くそうかと答えた。

 

「戦闘開始の合図は~……試合とかと同じでブザー方式でいいかな。早速カウントダウン始めまーす!」

 

 臨戦態勢に入った様子の3人を尻目に、束は相変わらず陽気なテンションでいかようにして戦闘を始めるかを提案した。誰に了承を取るでもなく、モニターに10から始まるカウントダウンが開始される。カウントが徐々に減っていく最中、黒乃と一夏は――――

 

「黒乃」

(うん? ……んっ!?)

「勝つぞ」

(……うん!)

 

 白式の鋼鉄の掌が肩に乗ったかと思えば、少しだけ引き寄せられて触れるだけの口づけを送られた。いきなりのことに驚きながらも、離れた後の勝つぞという言葉にしっかりと頷いた。そんな黒乃の頭にポンと優しく手を置いてから、一夏は雪片を展開。同じく黒乃も鳴神を抜刀。

 

『3――――2――――1――――0』

 

 そうしてカウントゼロと同時にブザーが鳴り響き、最終決戦の火蓋が切って落とされた――――

 

 

 




黒乃→だから8年前ってなんなのさ!
束→いやぁ、くろのちゃんの為に頑張った甲斐があったなぁ!

援護が登場するシーンがあったから無駄に長引いたんだと思います。
ぶっちゃっけナターシャとイーリスはいらなかった可能性が……。
対応するキャラもいないのに、むしろなんで出したんでしょうね私は。

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