八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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122話は少し構成がややこしくなっております。
決戦前日Ⅰでは楯無、簪、ラウラ、シャルロット。
決戦前日Ⅱでは鈴音、セシリア、箒が登場します。
ですが、黒乃が会いに行った順番とは異なるのです。

正しい時間軸に並び替えたものが決戦前日(裏)です。
特に問題があるわけではありませんが、混乱があってはならないので一応ご報告をば。


第122話 決戦前日Ⅱ(表)

 ここに籠ってからけっこう時間が経った気がするけど、明日が決戦ってのはちょっと想像がつかない。なにせアタシら9人にとって特別な日になるわけで、残り数十億人の人類にとってはいつもと変わらない日だものね。正確にいうと、また学校とか会社が始まる日だから少しダルいって感じかしら。

 

 そう考えると今日という日をもっと有効に使ってもいいんだけど、アタシは特に未練はない。もちろん戦いに出るって話したわけじゃないけど、お母さんには一報入れておいたし。変に考えたり悩んだりすんのはアタシらしくないってもんよ。

 

「ほっ」

 

 だからといってみんながそうではいられないのは知ってる。だからこうして、1人寂しく体育館で遊んでるんじゃない。……ってか、今更だけどなんで地下に体育館があんのよ。なんて雑念が混じったせいか、アタシの手から放たれたバスケットボールはゴールから大きく狙いが外れた。

 

 ボールがバックボードに弾かれる音、そして地面に落ちた衝撃で大きな音が響いた。そんな反響もしばらく待てば消え失せ、どことなく寂しさが加速してしまう。はぁ……他のみんなはなにやってんのかしらね。大丈夫そうなのとそうじゃないのがいるけど。

 

 ……大丈夫そうじゃないといえば、黒乃はこういうときって無理してばっかよね。けど無理もないわよ、今まで起きてた事件の狙いが自分だって宣言されちゃったんだから。……ったく、イライラするわ。篠ノ之博士しかり、近江しかり、あのマドカって子しかり、よってたかって黒乃を狙っちゃって――――

 

(黒乃がいったいなにしたっての――――よっ!)

 

 バウンドして戻ってきたボールを再度ゴール目がけて放つけど、イライラのせいかさっきよりも結果は酷い。バックボードに激突した威力はより強く、更にはアタシ目がけて真っ直ぐボールが反射してきた。そこは持ち前の運動神経でなんとかキャッチしたけれど、なんだか集中できてないわ。

 

 精神統一なんてアタシには遥か縁遠い言葉だけれど、始めた頃より格段に集中力は失せている。ま、多分どころか十中八九で黒乃のことを考えていたからで――――って、このいい方だと黒乃が悪いみたいだわ。黒乃のことを考えてて、黒乃を狙う奴らを連想しちゃったからって感じ。

 

 確かにあの子はいろいろと飛びぬけている。勉強とか、運動とか、見た目とか、中身とか――――戦いに関すること、とか。少なくともあの子は、持て余した力を自分の欲求を満たすために使ってはいない。……黒乃に潜んでるアイツに関しては保証はしないけど、とにかく――――

 

 黒乃が人のために使おうとしてる力を、アンタらが自分勝手に利用して楽しむとか、ホントひたすら許せないとしかいいようがないっての。黒乃の力は黒乃のためにあるべきで、黒乃が選んだのは他人のために使うこと。だったらもう口出しとかしていいはずもないのに。

 

(それなのに!)

 

 あーホント、考えれば考えるほどイライラしてくるわ。アタシの悪い癖と思いながら、今度はけっこうな力でボールをバックボードへ叩きつけた。今度こそ触るのが危ないくらいの勢いで返ってきて、私は遠くで弾むボールをただ見送る。しかし、その先には意外な人物が。

 

「…………!」

「黒乃……」

 

 いつの間に居たのか、バウンドしたボールをガッチリ受け止めると、そのまま流れるように綺麗なシュートフォームでボールを放つ。すると流線形と呼ぶにふさわしいような弧を描いて、まるで吸い込まれるようにしてゴールリングを通過していった。

 

 ……偶然この場所にって感じじゃなさそうね。ってことは、アタシ以外のみんなのとこも訪ねてるんでしょ。というより、黒乃だし絶対そう。やっぱアンタは人のこと気にしちゃうか……。とはいいつつ、黒乃のそういう性分に惹かれてるのはあるんだけど。

 

 アタシだけじゃなく、みんなだって絶対そう。黒乃がそういう人間だからこそ、友達でありたいって心から想える。あったらアタシがするべきは、黒乃の想いに応えることよね。アタシは黒乃の放ったボールを回収すると、ドリブルしながらジワジワと近づいていく。

 

 それで1on1で対戦しようというのは伝わったらしく、そのまま流れでアタシと黒乃の一騎打ちが始まった。そういってしまえば聞こえはいいかもだけど、実際はほぼ黒乃の独壇場。体格的に不利ってのも抜き差ししたところで、マトモにボールへ触らせてもらえない時だってあった。

 

「ア、アンタねぇ……ちょっとは手加減しなさいよ……!」

「…………」

 

 アタシの疲れもピークに達したころ、思わずそんな本音が漏れてしまう。ホンット……勝負になると加減なんかなくなるんだから。普段の優しさは何処へ吹き飛んでんのって話よ、ったく……。……けど、なんででしょうねぇ、ボロボロに負けたのに、こんなにも気分が晴れやかなのは。

 

 ……ああ、そうか、今になって解かっちゃったかも。黒乃が勝負事で容赦ないのって、アタシたちを対等に見てくれてるからよね。アタシらに格なんてなく、常に全力で臨んでくれて――――ああもう、なによ。アタシはずっと遥か高みの存在だって思ってたのに、そんなのずるいじゃん。

 

「覚えときなさいよ……!」

「…………?」

「貸しも借りも、全部キッチリ返すんだから! 覚えときなさいよ!」

 

 アタシの胸中には、一気に嬉しさと悔しさが込み上げてきた。嬉しさはもちろんだけど対等だって思ってくれてたこと。悔しさはそんな簡単なことに気づけないでいたアタシに対して。アタシは溢れる涙を抑えきれなくて、それを見られたくない一心で駆け出してしまっていた。

 

 ホントにもう、なんで決戦の前日とかになって気づいちゃうかな。だってなんか、これが最後みたいになっちゃうじゃん。黒乃もなんかそんなこと考えてそうだったから、1つ宣言しておいた。そうよ、アンタからもらったものも、アタシがアンタにあげたものも、全部パーにするまで終われるもんですか。

 

 ……アンタと友達になれて本当によかった。心からそう思えるから、アタシはこの戦いに全てを賭けてみせる。だから涙を拭え、アタシ。もし泣くことがあるのなら、みんなと喜びを分かち合いながら……よね。見てなさいよ黒乃、絶対にアンタを死なせたりはしないんだから。

 

 

 

 

 

 

「……なんということでしょう」

 

 自分で注いだ紅茶を口にしたわたくしは、部屋で1人思わずそう呟いてしまいました。正直に申し上げますと、まったくもって美味しくありませんわ。変ですね、チェルシーに倣った手順で淹れたはずなのですけれど。やはりプロの業だったということかしら。

 

 こういうことになるのなら、お茶を淹れる練習くらいはきちんとしておくべきでした。他のみなさんとは違って、わたくしはなんとできることの少ない。育った環境からして恥ずべきではないのでしょうが、どうしてもみなさんとの逞しさと比べてしまいますわ。

 

(それにしても、どうしたものかしら)

 

 今度は、わたくしの溜息が室内へ響き渡ります。藤九郎様に後悔のないよう告げられましたが、わたくしとしては特に思い当たることもありませんし。チェルシーに電話くらいするつもりですが、日本とイギリスとでは時差もりますから後回しですし……。

 

 特にすることがなかったゆえのティータイムだったのですが、こうも口当たりの悪い紅茶を淹れてしまっては気も紛らわせませんわね。勿論のこともったいないので飲み干しはしますが、もう1度淹れ直すなどしなくてはならなさそうです。

 

(……最悪は自動販売機で売られている物でも……?)

 

 いや、流石にそれはないですわ。わたくしが淹れたものよりは美味しいかも知れませんが、わたくしにもプライドというものがあります。庶民の品と侮蔑する気は全くありませんけれど、なんだかそれは負けた気分になるので却下……却下……。

 

 ま、まぁ、見聞を広めるという意味では良いでしょう。わたしくもたまにはそういうものに触れ、脱世間知らずですわ。わたくしはお財布を手にして立ち上がると、廊下を目指して歩を進めました。しかし、まるでわたくしの外出に合わせるかのように、お客様が訪れた証であるインターホンが。

 

「あら黒乃さん、わたくしになにかご用――――」

「…………」

「こ、これはご親切にどうも……。さ、お入りください」

 

 わたくしの部屋に姿を現したのは黒乃さんだったのですが、おかげで出かける手間が省けました。なぜなら、黒乃さんがペットボトル飲料である紅茶を手土産にしてくださったからです。自らの不手際から市販のものに屈しそうになった身としては、なんだか微妙な気分が過りますわね……。

 

 恐らくは引きつってしまっている笑みでペットボトルを受け取ると、わたくしは黒乃さんを部屋に通し――――って、ティーセットを片付けなくてはその不手際が発覚してしまいます。黒乃さんに気づかれないよう手早く片すと、とりあえずテーブルに着いていただくことに。

 

「それで、単にわたくしに会いに来て下さったと解釈してよろしいのかしら?」

「いつも通り」

「そうですか、いつも通りですか。フフッ、そうですわね」

 

 催促するような気もしましたが、黒乃さんに要件を伺うといつも通りだという返答をいただきました。黒乃さんは特に用事もなくフラッと現れることが多々ありますから、多分ですがそれを仰られているのでしょう。常に自然体というのは、黒乃さんのウリの1つですわね。

 

 本当に、時々羨ましくなってしまうほどに自然体なお方ですわ。常に飾らず、常に気高く、ゆえに黒乃さんは常に美しい。飾って、気高いフリをして、ちっぽけなプライドに囚われているわたくしとは大違い。ですが、だからこそ越えたいと思うのもまた正解なのです。

 

 日本に三つ子の魂百までというコトワザがあるように、わたくしの本質はもはや変えようのないものですわ。ですから、あくまでわたくしのままで黒乃さんを超えていきたいのです。いつしかもう1人の彼女にリベンジをさせていただくつもりもありますので。

 

 そう、そのいつしかは必ず訪れるのですから、なにも無駄に心配することもないのです。明日も、明後日も、その先まで、必ず訪れる未来を、わたくしたちなら絶対に実現することができるはずです。黒乃さんのいつも通りという言葉で思い出させていただいたのはありますけれど。

 

 ……黒乃さんはマイナスイオンでも発していらっしゃるのかしら。まぁ、それは冗談ですが、彼女と共に過ごすと落ち着くのは確かですわね。そんな黒乃さんの発する癒しの空気を感じながら、わたくしの他愛のない話はもうしばらく続いたのでした。

 

 

 

 

 

 

(今日も寒そうだ……)

 

 地下施設のメインホールは、全天型のモニターに外の様子が映し出される仕組みになっている。そこに映る木々が大きく揺れているということは、寒風が吹き抜けていることが想像できる。地下内は快適に過ごせるよう空調が整備されているため、その風情を感じることができない。

 

 少し寂しいような気もするが、ガタガタ震えるよりは随分とマシだろう。どのみちこの空間は、学園に居たときと大差はないしな。あえて違いを挙げるとすれば、待遇が何段階も上等というところか。向こうはあくまで学生寮の域は出ないのだから当然といえば当然だが。

 

「…………」

 

 私は外の景色をボーッと眺めながら、いくつか配置されているソファへ腰かけた。……きっと、私の知らないどこかの誰かも、この冬を楽しんだのだろうな。……父さんと母さんもそうだといいのだがな。もう、いったいどれくらい会っていないのかも忘れてしまったが。

 

 後悔のないように過ごせといわれたが、私のコレに関してはどうしようもない。無事で戻れる保証がないのなら、せめてもう1度でいいから声を聴きたいものだ。……なにも弱気になっているつもりはないのだが、おじさんの言葉で余計に考え込んでしまっている。私にそう悩ませる原因が、私と血を分けた姉だ……とかな。

 

(……クソッ!)

 

 姉――――いや、今となっては篠ノ之博士の顔が脳内でチラつき、自然に歯を食いしばってしまう。全てがあの人の掌の上だと思うと、悔しくて仕方がないのだ。特に黒乃のことを思うと、その悔しさは何倍にも膨れ上がってしまう。だってそうだろう、私の身内が――――

 

(私の親友を狙っていたのだぞ……!)

 

 亡国機業の関わらない事件に関して、全て博士が関与していたということだ。つまり無人機から始まりなにからなにまで、黒乃を攻撃する目的だった。臨海学校と先のタッグトーナメントにおいては、どちらも黒乃が死にかけたと思えば目も当てられない。

 

 厳密に表現するのなら、黒乃を除いた多くの者も巻き込まれているではないか。私たち専用機持ちを始め、会場へ閉じ込められた生徒や観客……。特に後者に関しては、私たちと異なり抗う力を持ち得てはいない。恐怖に怯え逃げ惑う姿が、まるでフラッシュバックするかのように頭を過る。

 

 いつか解かり合えるだろうと、そんな淡い希望を抱いたりもした。私が拒絶しているだけで、博士は私に深い愛情を抱いているのだと。それは間違いないにしても、そんな真相が暴かれてしまってはもう遅い。博士の妹だからこそ許すわけにはいかんだろう。

 

 ……私はいったいどうすればよかったのだろうか。ただ少し変わり者の姉だと思って懐けばよかったのか。ない物ねだりだとは思うが、私が黒乃のようにあれば……あの人もああはならなかったのだろうか。考えども考えども、答えがみえてくることもない。

 

 そもそも答えがあるようでない哲学的な思考だとは思うが、そうせずにはいられないのだ。……今までのことが、なかったことにできる可能性を模索せずには。私も黒乃や一夏と共に進学し、鈴と出遭い、弾や蘭、そして数馬に出遭い、笑い合っていた未来があったとするなら――――

 

(それほどのことはなかったろうに)

 

 いつしかシャルロットが、何気ない日常は幸せなものだといっていた。そう考えると本当のことだと心から納得ができる。あぁ……幸せだったろうな、そんな未来は。家に帰れば父も母も家に居て、黒乃と一夏が稽古にやって来て、一夏を独占するなと鈴が怒鳴り、ならばお前も剣道をと私が返す。そんな日常があったのかも知れない。

 

 博士は己の思うままに生き、そのせいで私や巻き込まれた者たちが割を食う。明日で博士の思惑そのものは果たされるのだろうが、落とし前は必ずつけてもらわねば。これは使命感でもなんでもなく、私がそうしたいからそうするのだ。そう、私がみなと一緒に戦いたいからで――――

 

「……っ!? 黒乃……」

「…………」

 

 その時私の背にもたれかかるようにして、何者かがソファの反対側へ腰を下ろした。いきなりのことで悪戯を疑った私だったが、背中に伝わるこの温もりは間違いなく黒乃のものだ。なんの用だと問いそうになるのを抑えた私の頭には、懐かしい光景が頭に浮かぶ。

 

 要人保護プログラムの執行によって転校が決まり、不安だった私に黒乃が寄り添ってくれた時のことだ。あの時の黒乃もなにをいうわけでもなかったが、私に勇気を与えてくれた。例え遠く離れていようと、心はいつでも繋がっているのだと。

 

 黒乃、お前という奴はどうしていつもそうなんだ。言葉なくして、どうしてこうも他人を元気づけることができる。それもただ体の温もりを伝えるというだけなのに、こんなにも勇気がわいてくる。不安や迷いが消えていく。お前の為にと思ってしまう。

 

 そういうことを黒乃は望まないのだろうが、お前がそういう奴だからそう思ってしまうのだぞ。ああそうさ、お前の為ならば命とて惜しくはない。だってお前は、何度も私を救ってくれたのだから。それは単に命というだけでなく、私の心も……。

 

 ……やってやろうではないか。血縁がなんだ、肉親がなんだ、姉がなんだ。例え博士が私の心のどこかでまだ大切な人と分類されていようとも、この背に伝わる温もりをくれる者と比べるまでもない。私の救い、私の導、私の友を必ずや勝たせてみせるのだ。

 

 だから黒乃、いつしか必ずこの温もりを返させてもらおう。そして私もいつしか、誰かに温もりを与えられる人間になってみせる。それをお前に見届けてもらうためにも、明日の戦いはなにがなんでも勝つ。黒乃と、お前の温もりの元に集った私たちで、誰1人欠けることもなく。

 

(ただ今は――――)

 

 決心はついたが、今は黒乃の温もりに甘えさせてもらうことにしよう。フフ、鈴め、やはり黒乃の親友は私にこそふさわしい。ここまで言葉を交わす必要がないのだから、絶対そうに決まっている。後で自慢しに行ってやろうではないか。……などと、黒乃の背中越しに考える私であった。

 

 

 




勘違いの内容については(裏)のほうで一気に書きます。

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