とにかく、VSクロエ本番に向けた回です。
大した動きはないですけれど、今回もよろしくです。
季節は冬、ともなればいうまでもなく気温は低い水準をキープし続ける。そんな季節であるからこそ、1度布団や炬燵に入ると出たくなくなるのだろう。ならば普段から寝起きの悪い者は数段にも増して惰眠を貪ろうとするわけで、自らが寝床とする教育施設の仮眠室に籠る女性が1人―――
「ズー……。ズゴー……」
女性らしくもない寝息をかくのは、千冬の友人―――というよりは悪友に近い対馬 昴。教師として生きる決意も空しく、相変わらず生活習慣ばかりは治らない模様。とりわけ、時分が冬休みということも大きく関係していた。指導している3人娘は現在小学生で、猶予は問題なくある。
そのためスケジュールも空き放題であり、仮に指導が入れば1日練習が基本だが、クリスマス前や正月三箇日は緩く設定してある。昴の場合はそれが本人の為か、それとも生徒たちを想ってか謎な部分が多い。どちらにせよ、特に彼氏が居るわけでもないので寝るくらいしかやることがないのだろう。
ピリリリリ……
「ん゛~……? 長期休暇中にアタシに電話するとかいい度胸―――って、1人くらいしかいないんだけどね……ったく……」
枕元に置いてあった携帯電話が着信を知らせ、その音で昴は目を覚ました。まだ頭も回らないのかボーっとした様子で、更には眉間に皺を寄せ不機嫌そうな態度を隠しもしないが。だが、己に電話をしてくる人間など昴からしてみれば1人しか思い浮かばない。
「なによ、アンタ寂しいなら真耶とでも過ごしなっての」
『悪いが私は暇ではない。手短にだが聞きたいことがある』
電話に出てみると、その相手は案の定千冬だった。一応は友人関係でもあるし、2人で遊びに出たりもする。クリスマス間近ということもあり、昴は飲み会かなにかの誘いと考えたらしい。昴の寂しいという言葉には、一夏と黒乃が構ってくれないからだという皮肉も交えられている。
しかし、速攻で自分はお前ほど暇ではないと皮肉で返された。釣れない千冬に対して内心で不満アリアリながら、先に仕掛けたのはこちらだと昴は気持ちをグッと抑える。だいたい暇という言葉になんの誤りもないのだから。観念して、千冬の聞きたいこととやらに耳を貸す。
「その聞きたいことって?」
『一夏と黒乃を知らんか』
「はぁ? アンタが知らないのにアタシが知るわけないでしょ」
千冬の聞きたいこととは単純明快、先ほど昴が槍玉にあげた一夏と黒乃の行方だった。暇じゃないとの証言からして、なにも寂しいから探しているのではないのは理解ができる。だが残念ながら、それこそ1番の家族である千冬が知らないのなだから昴が役に立てるはずもなく。
千冬の方もそれもそうかと落胆したような声を漏らしているし、初めから期待薄であったということだろう。しかしこうなると、ますます千冬の行動が解せない。緊急の用事にしたって、連絡をするならもっとやりようはあるはず。昴は協力的な姿勢で切り出した。
「千冬、2人になにかあったってのなら正直にいいなさい」
『なにがあったかどうかすら解からん。とにかく奴らが学園から離れてからというもの、一切の連絡が通じんのだ』
別に隠すようなことではなく、千冬はすぐさま返事をした。どちらかというのなら、千冬も全貌を把握し切れていないせいで初めから隠し立てする意味がないといったところか。そんな千冬の新たな証言を聞き昴は心配であると同時に、心配し過ぎのような気分が過る。
「単に邪魔されたくない状況とか? 恋人同士なんだしいろいろあるでしょ」
『私もそれは考えたのだが、なにもそれだけなら昴に電話してまで探しはしないさ』
「それもいえてるか……。つまり、なにか他にも違和感があるって話しかしら」
『他の専用機持ち連中だ。奴らも揃って連絡が取れないときた』
こういう勘ぐりは冗談とも取られそうだが、昴は至って真面目な思考回路でそういう答えを導く。しかし、それは即座に千冬に斬り捨てられてしまった。なにより千冬の返答もまた正論である。だが裏を返せば、それだけでない要因があるという発言と同等だった。
曰く、残りの専用機持ち7名とも連絡が取れないとのこと。ここまでくると偶然を疑うだけ無駄というもので、専用機持ち全員でなにか企んでいると考えるのが自然だろう。むしろこれでは疑ってくださいといっているようなものだが、恐らくはそうせざるを得ない状況であると千冬は踏んでいる。
「なーんかまた厄介ごとってわけね。千冬―――というか、周囲には黙ってないといけなかったんでしょう」
『私も同意見だ。しかし、指導者として野放しにしておくわけにもいくまい』
「アタシ相手に指導者の道を説くとか皮肉? ……ま、解かった。心当たりは少ないけど総当たりしてみるわ』
『すまんな、恩に着るぞ』
正直なところ、昴にしてみれば専用機持ち7名に関しての思い入れはさほどない。しかし、一夏と黒乃に関しては別だ。巣立った教え子と、その教え子が心底愛する男とくれば昴が手を貸さない理由がない。無論、そもそも友人の頼みというのも加味されている。
千冬と話している間に頭も冴え、既に着替え等の支度をしながら会話を続けていた。手を貸してくれるであろうという信頼はありつつも、千冬は感謝の気持ちをキチンと伝える。もちろん、千冬の性格からしてどこか冷たい印象に取れる程度に抑えてはいるが。
「あ、悪いんだけど最大の心当たりはアンタが向かってくれない?」
『構わん、もとよりそのつもりだ。しかしどうした? 彼は苦手か』
「苦手というか……うん、まぁ苦手だわね。打っても響かないところが特に」
『所詮は似たもの親子ということだろう』
実際の所、千冬は心当たりがないわけではなかった。いや、むしろ心当たりだらけといっていい。千冬や昴がわざとそれを外して探そうとしているのは、どうかそうであってくれるなという淡い期待も込められていた。しかし、どちらにせよあの男とは対峙せねばならないのだ。
その事実に昴は顔をしかめ、千冬は平然としながらも若干の刺が隠し切れない。千冬とて初めから喧嘩腰でことを進めるつもりもないが、冷静でいられるかどうかは神のみぞ知るというところだろう。そうして最後にひと言ふた言の会話を交わし、専用機持ちたちの行方の捜索が本格的に始まった。
◇
「織斑様、いくら貴女とて常識を弁えていただきたい。アポなしでの訪問なうえに強行突破などと。これ以上警告を無視なされるのなら、法的手段に―――」
「常識知らずは百も承知。申し訳ないですが、こちらも形振り構っていられないのです」
千冬は昴と手分けして心当たりを探ったが、やはりどこも外れ。そこで最後にして最大の心当たりである近江重工へと訪問を仕掛けた。事前の許可を得ようとするだけ無駄と考えたのか、自然とアポなしの訪問になってしまうため鶫の反感を買うのは当然であった。
もちろん鷹丸のことがあったからといってなんでも許されるなどとは思っておらず、強行突破そのものには心底から申し訳ない気持ちは感じている。しかし、やはり専用機持ち全員と連絡が取れない事態を無視するわけにもいかない。それゆえ、千冬は鶫の警告を無視してある場所を目指し続けた。
「失礼します」
「ん? おっ、これはこれはブリュンヒルデ。なんだ、オジサンに会いに来てくれたのかい」
「……意味そのものは間違ってはいませんが、決して情熱的な感情は持ち合わせていません。それと、なるべくならその呼び方は勘弁していただきたい」
千冬が開け放った扉は、社長室に通じるものだ。開いてみると、幸いにも他の訪問者は居ないらしい。社長室の机にて、藤九郎が資料を眺めているだけだった。一方の藤九郎は千冬を見た途端に、一瞬だけ驚いたような表情を見せる。それを見逃しはしなかったが、すぐさまニヤついた表情に変わるので真意は読めない。
そして相対した途端に冗談をかます藤九郎だが、むしろハイレベルな美女に相当する千冬がそういう言葉を投げかけられないわけがないというもの。恐らくこの場合は相手の冷静さを欠く意味も込められているのだろうが、その手に乗ってたまるものかと平静を装った。
「社長、申し訳ありません。今すぐ退席させますので」
「いいのいいの。こんな美人とお話する機会をみすみす逃す手はないって。それに今は資料に不備がないか確認して判を押すだけの簡単なお仕事の最中だしな」
「……人払いは?」
「ああ、頼む」
鶫からすれば、例え相手が美女であるないに関わらず、訪問してきた者を無下に扱わないことなど解かっていた。むしろ取引中だろうと突撃してきた者を優先するのは容易に想像がつく。それが想像できてしまう自分が嫌らしく、溜息を吐きながらも己の仕事へ取り掛かった。
なんだかんだで自分を理解している鶫には頭が上がらないが、礼は後でするとしてとりあえずはいつもの態度で接する。鶫が頭を下げて社長室を出ていき次第、藤九郎は回転椅子から立ち上がり千冬を応接用のソファへ導いた。千冬もそれに応えると、まずは当然ながら謝罪から入る。
「突然の無礼をどうか許していただきたい。ですが、こうでもしなければならない理由が―――」
「さっきもいったが、オジサンはアンタと対面で座れてるだけで価値がある。そう畏まらなくったって、いつも通りにしてればいいさ。というか、オジサン的には気の強いアンタの方が好みなんだけどね」
「いえ、流石にそれは」
千冬が畏まった態度をとるのは、藤九郎に一定以上心を開くつもりがないからだ。普段のキツイ口調や態度から一周回り、かえって冷たい状態ともいえる。気の強い女性がタイプらしい藤九郎からすれば残念このうえなく、やんわりと普段の態度をと頼むが、それは相変わらずの様子で一蹴されてしまった。
「んで、どうしてオジサンを尋ねる必要が?」
「IS学園が冬休みに入って以来、在籍する9名の専用機持ちとの連絡の一切が断たれました。無礼といっておきながら、率直にいえば私は貴方がなにか存じているのではないかと思っています」
子供じみた様子でちぇーとでもいいたげな表情を浮かべつつ、藤九郎は本題に入った。すると千冬は事情を離しながら、懐から一夏たち専用機持ち9名の写真を机に並べる。最後の1枚を並べ終えたところで、千冬は睨むような目つきで藤九郎に視線をくれてやった。
「暴力に訴える気はありませんが、心当たりがあるのならすぐ吐いていただきたい。彼女らを監督、うち2名に至っては保護している身として、安心できる材料があるのならこれ以上のことはないので」
というより、暴力に出たところで藤九郎が吐くわけがないが。もちろん千冬もそういう認識で、それはなにか知っているという確信にも近いなにかだった。相変わらず藤九郎は飄々とした様子で全員の写真を眺め、数拍置いてから再度口を開く。
「頭を使やすぐ解かる」
「なんです?」
「知らないね。……って、オジサンがいうのはお見通しだろ」
藤九郎はソファに深く座り直すと、フーッと息を長く吐いてから知らないと証言した。これを想定していたとはいえ、実際にやられると流石にくろものがある。しかし、ここにきて強引にいくのはそれこそ愚の骨頂。千冬はあくまで冷静な態度を崩さない。
「そうですかと引き下がるわけにはいかないのですが」
「野放しに出来ないのは解かるけどね、過保護も毒だとオジサンは―――」
「放任主義の結果が御子息の暴走を生んだのでは?」
「のわっと、こりゃ手厳しい」
なにか重要な案件を抱えているのならそれはそれで構わない。一夏たちを信頼しているし、悪だくみをしようなどとは微塵も考えてはいない。ただ千冬は、無事が確認できればそれでいいのだ。とはいっても、黙っていたことを説教せずにはいられないだろうが。
周囲の手を借りられない状況だったとして、厄介ごとを打破するための協力は間違いなくできるはずなのだから。楯無あたりがそこらを理解しているであろうという予測ができるだけに、本当に黙っていることが解せないとしかいいようがないのだ。
「……まさか、巻き込みたくないなどと言われて黙っているわけではないでしょうね」
「ノンノン、知らないんだからそんなこと聞かれても答えられないんだって」
千冬からすれば、それは想定しうる最悪のパターンだった。そういった理由で黙っていたのだとすれば、それこそ大説教せねばならない。もはや千冬も立場どうこういうつもりはなく、手が貸せるのならどういった厄介ごとでも巻き込まれようというスタンスであったからだ。
「多分だけど? お嬢ちゃんらも千冬ちゃんの気持ちくらい解かってるさ」
「ならば黙って消えるなという話なんですがね」
「場数の問題だろそりゃ。嬢ちゃんらを責めるのは正解でも不正解でもない感じか」
知らないという証言をしているせいか、藤九郎は前置きのように多分と着けてから落ち着くよう促した。次いで出た千冬の言葉はまた正論だが、やはりそうせねばならなかったという問題が行く手を阻む。これでは千冬の頭痛が激しくなるばかりだろう。
「念頭に入れるべきは、あくまで嬢ちゃんらの身柄がどこにあるか……だな」
「あくまで知らないと仰るのですね」
「おう、だってホントに知らないもん」
話は平行線をたどるばかりで、もはや世間話の様相を呈してきた。そろそろ歯痒くなった千冬は、もはや議論するだけ無駄と感じてきたようだ。これも最初から解かっていたことだが、藤九郎というか近江家男子の厄介さに溜息が出るばかり。しかし、爪痕くらい残すことはできる。
「……解かりました、今はそういうことにしておきましょう。ですが、後日で構わないので社内の捜索を許可してもらえないでしょうか」
「ん、全然オーケーさ。なにも出てこないからな」
話して無駄なら、実際に自分が歩き回って社内を探した方が早いという寸法だ。藤九郎が専用機持ちたちを匿っているとして、なにかヒントくらいは得られるはず。藤九郎の様子をみるに、よほどみつからない自信でもあるのか、もしくは本当に知らないのか千冬が思った以上に快諾が得られた。
「では、今日はこれで―――」
「ああ、帰る前にもういっぺんだけ。頭を使えばすぐ解かる」
「…………? …………失礼しました」
千冬が社長室を出て行こうとすると、念を押すかのように始めいわれた言葉を再度投げかけられた。その真意を察しかねる千冬は、怪訝な表情を浮かべて退室することしかできない。しかし、あの藤九郎が念を押したのなら、確実に意味のある言葉だということは理解が及ぶ。
廊下を歩く最中も、エレベータに乗っている最中も、ずっと言葉の真意ばかり考える。そうして近江重工本社の自動ドアを潜り社を出てしばらく、千冬に稲妻が走るかの如くある考えが過った。千冬は思わず、振り返って遥か上にそびえる社長室を見やる。
『頭を使えばすぐ解かる』
(煽っているものだと思ったが、そういう意味だったか……。ならば、私のするべきはただ1つ―――)
本当に藤九郎の言葉通りに単純なことであっただけに、千冬は少しだけ頬をニヤつかせた。そうしてキュっと勢いよく踵を返せば、やるべきことが決まった千冬の足取りは綺麗なものだった。千冬は携帯電話を取り出すと、昴へと通話を繋げる。
「昴、すまないが―――もう少し手を貸してくれんだろうか」
◇
「知らせてよろしかったので?」
「おう、向こうも向こうで動いてもらわねぇと困るからな」
千冬が去って少しの暇が取れるくらいの仕事を終わらせた藤九郎は、傍らに鶫を引き連れ1階にある会議室を訪れていた。両者の口ぶりからして、一夏たちを匿っているのは確定だ。更にいえば、藤九郎はヒントを与えて千冬になにかを気づかせもした。千冬が動くにしても、それもまた秘密裡でなければならないからだろう。
「1096……っと」
「……暗証番号の語呂合わせはどうかと」
「忘れるよかいいだろ。それに―――」
会議室の絵画の裏には、壁内に隠すようにして暗証番号を入力する操作盤のようなものがあった。藤九郎はそれに自身の名前の語呂合わせとなる番号を入力すると、静かながら会議室に機械の作動するような音が響き始める。近未来を思わす動作で、机が動き床が割れると―――
「誰が隠し部屋があるって思うよ」
「それもそうですが、万が一ということもあります」
秘匿された地下空間へ繋がる階段が、割れた床の奥底からせりあがって来るではないか。鶫は既にその存在を知っているらしく、慣れた様子で階段を降りていく。おまけで小言が着いてきたが、それに関して藤九郎はへいへいと気のない返事で答えた。
カツンカツンと革靴とヒールを鳴らしながら階段を降りていくと、自動的に隠し階段は元の状態へと戻り、周辺も自動で明かりが輝き始めた。地下空間はかなり広大らしく、恐らく近江重工本社の土地ほとんどに張り巡らされているのだろう。藤九郎は携帯のナビゲーションシステムを用いつつ、更に歩を進めていく。
「よーう、調子はどうだ?」
「あっ、社長。たった今、全員分のテストが終わったところです。ただ―――」
「はぁ……なるほど、流石お嬢ちゃん。リアルでこういうのってありえるんだねぇ」
「はい……。信じられない事ですが、藤堂さんは気絶しての終了でした」
いかにもメカニカルな自動ドアを潜ると、IS戦闘用のアリーナにも似た空間が広がっていた。それを取り囲むようにモニターや各種電子機材が置いてあるということは、実験施設かなにかだろう。近江重工の発展は戦後間もないということなので、IS専用ということでもなさそうだが。
そして藤九郎は、モニタリングしていた研究員に声をかける。向こうも待っていましたといわんばかりに、作業の手を止めて藤九郎に近づいた。どうやら単に様子を見に来たようだが、疑似アリーナの中心をみて感心したような言葉を抑えられない。無論、黒乃が気絶をしているからだ。
「ならお嬢ちゃんは合格―――まぁ最初からするだろうとは思ってたがな」
「当初は半信半疑でしたが、社長のお言葉通りに反応は2パターンでした。あそこまで戦い続けたのは彼女のみですけれど」
黒乃は見たところISを纏っていない。藤九郎の主導のもと、とある試験を開始したと同時は纏っていたのだが。そのとある試験というのは、早い話が耐久試験である。近江重工―――というよりは、鷹丸が残していった高度なホログラフィック技術を用いてのだ。
鷹丸のデザインしたいかにもゲームの雑魚キャラのようなロボが無限沸きするという仕様である。ただし、遠距離攻撃はしなければ、よほどのことがない限り一撃当てれば撃破判定が出る仕組みでもある。ただし、倒せば倒すほど段階的に難易度も上がっていくが。
つまり、黒乃は刹那のエネルギーが切れた後も、気絶するまで戦い続けたということである。これには黒乃慣れしている近江重工の面子も引き―――はしないが、いろいろと思う部分はあったようだ。そして、この試験で藤九郎がみたかったものとは―――
「合格は坊主、お嬢ちゃん、ラウラちゃん、楯無ちゃん……か、少ないな」
「篠ノ之さんはそもそも測定不能ですしね。そういう枠に収めれば、彼女が最長記録です」
「なるほどね、ならおまけで合格ってことで」
藤九郎が見たかったのは、戦いに対する意識というもの。藤九郎が伝えたのは、あくまで耐久試験であるということのみ。合格とされた者はISのエネルギーが尽きた後も生身で戦い、されなかった者は尽きると同時に試験終了のような態度をとったものだ。
ちなみにだが、疑似アリーナ内には生身でも武器として扱えそうなものが多々配置されている。戦う意思を見せた者は、それを用いて戦闘を継続させてみせた。その時点で合格とも知らず、己の限界が見えるまで戦い続けたのだ。あくまで相手はホログラフィックではあるが。
「社長、合格できなかった皆さんは―――」
「いや、後で全員に真意を伝える。オジサンがするのはそれだけ」
研究員は不安そうな顔で聞くが、なにも藤九郎はふるいにかけたいわけではなかった。今やろうとしていることは全員の力が必要だし、それでいて外部で動ける千冬のような者の力も必要である。いや、もしかしたらそれでもまだ少ないのかも。なんといったって―――
「それだけ伝えりゃ意識に差があんのは解かるだろ。なんせ、あいつらが世界救うって決めて始めたことだ。ホントのとこは、オジサンに偉そうなこという筋は1ミリもないんだけどねぇ」
「そうですね。僕らがああだこうだ言わず、自分で気づいてもらうのが1番ですよね」
一夏たちは、世界を救うためにここにいる。平たくいってしまえば、修行のためにここにいるのだ。あれから黒乃は束に仕掛けられた世界をかけた戦いのことを友人たちに伝え、皆も黒乃に全会一致で協力が得られたということ。
これを自分たちで留めたのは、変に束を刺激しないためである。束はあの映像で1人でかかってこいとはいわなかったが、世間に明るみにされてはなにをしでかすか解からない。約束を反故にする可能性も十分に考えられたため、音信不通にするしかなかったのだ。
「そういや、既に試験を終えた連中は?」
「はい、各々居住スペースや談話スペース、娯楽スペースで気ままに過ごしているようです」
「ま、時間かかるし暇だよな。ん~……じゃ、お嬢ちゃんも気絶しちまったし明日にするか。待たせて悪かったが、今日は終了って伝えといてくれ」
「はい、了解しました」
プライバシーを尊重するために監視などはしていないが、ある程度の動きは把握できるらしい。いや、それよりも、この地下空間には娯楽用のスペースまであるようだ。この空間がどういった経緯で造られたかは不明だが、ある種で国と表現していいのかも知れない。
ちなみに黒乃だが、既に地下空間内の医務室のほうに運ばれていったようで姿はない。だが気絶という事実がいまだに信じられないのか、藤九郎は黒乃の記録の再生を始めていた。映像を生身で戦い始めたあたりまでシークすると、顎鬚を触りながらやはり感心したような声を上げる。
「責任感かねぇ?」
「……彼女の行動原理、それでないことを祈るばかりですね」
「慈母、天使、女神―――そういう表現がピッタリな女だからなぁ」
感心はしつつも、藤九郎や周囲が思う黒乃像からして、その戦意は責任感からくるものというような印象を抱いているようだ。無論、もう1人の黒乃と思われている八咫烏を除いて。さて、実際のところ黒乃が気絶するまで戦い続けた理由とは―――
◇
(もー……黒乃ちゃん酷いじゃんか!入れ替わらない程度に主導権握って動き続けるって!)
『あの人たちは待ってくれないだろうから、緊急用の対策だよ』
(ぐ、ぐぬぬ……正論……。けど、最後は気絶だからね!? 身体が己の限界を迎えちゃっただけだからね!?)
オリジナルがある程度の勝手が効くということが発覚し、止めたくても止められなかったというのが正解のようである。黒乃は医務室のベッドで目は覚ましたものの、身体の限界を迎えたせいか疲労でなにもできない状態だった。そのことにブーブーと文句をたれてみるも、どうやらオリジナルの方に理があるらしい。
確かに不満は残るが、いざという時のために練習できることはしておいた方がいい。なにせ、もはやタイムリミットは幾ばくもないのだから。逆に焦っても仕方がないというのはあるが、いい機会になったのは確かなだけに黒乃はそれ以上なにもいえない。
(ってゆうかこれ、人呼びたいのに呼べないんだけど?)
『……あ、そこまで考えてなかったかも』
(また!? またなのかキミは! その地味に重要なところを忘れちゃうのどうにかなりませんかねぇ……)
『やっぱりここを訪ねて正解だったね。まさかこんな協力的だとは思わなかったけど』
(うわぁい、華麗なるスルースキル! まぁそうだね、協力してくれなきゃ嘘ってのもあるけどさ)
疲労のために本気で腕を動かす力や気力は沸かず、呼び出しボタンや携帯電話に手は届かない。オリジナルはこのことを想定していなかったようで、ボソっと呟くように失敗だったと告白した。黒乃がオリジナルと対面した際もそうだったが、どうにも後先考えない部分はあるらしい。
オリジナルはなかったことにする方向なのか、無理があるレベルで強引に話題を変えてきた。黒乃もギャーギャー騒いでも仕方ないと思ったのか、半ばあきらめた様子でオリジナルの振った話題に乗る。黒乃たちが近江重工を頼ることになった経緯は、さほど難しいことではない。
頼るに値する技術力を有しているのは知っていたし、なにより鷹丸の件が絡んで断れるはずもなかろう。内容によりけりというよりは、全員が覚悟を持った面持ちをしていたために藤九郎は快諾したわけだが。これほどまでに修行にうってつけの環境が整っているとも思ってはいなかったろう。
(とにかく、秘策を成功率100%にすることだよね)
『うん。思い付きはしたのはいいけど、危ないから練習できる場所がなかったし』
クロエを打倒するための秘策とやらは、どうやらリスクを伴うらしい。しかも周囲を巻き込む危険性すらあるのか、実際に練習はできなかったとのこと。それこそ貸しがあるからといって派手にやっていいというものではないだろうが、どちらにせよ―――
「黒乃!」
(お~……イッチー。会いたかったよ~)
「あのなぁ……。初日から気絶ってどうなんだ? ったく、皆も心配してたぞ」
一夏が傍に居る限り、あまり無茶をできたものではないのだが。いや、むしろ一夏も秘策には大いに関係している。更にいうのなら、一夏と黒乃が揃わなければ成り立たない。……というのに、一夏が調子ではその練習も順調に進まないかも知れない。
黒乃が限界まで戦い続け―――正確には戦い続けさせられ気絶したのを聞きつけた一夏は、一目散に医務室を目指してきたということらしい。自爆後ほど過保護な様子は見られないが、それでも心配性が再発しているようにも黒乃は感じた。
しかし、咎めるような表情も時間が経つにつれ収まりを見せた。とはいえ本気で指1本動かせない状態の黒乃に出来ることは少なく、一夏はその後も介護するかの如く医務室に居座り続けた。最終的には空いているベッドへ潜り込み、同じベッドとはいわずとも同じ空間にて2人は1日目を終える。
黒乃→ひーん! 止まりたくても止まれない!
藤九郎→気絶するまでたぁ驚いたねぇ。
最終章はVSクロエまでだいたいこんな調子です。
クリスマスとか節目節目で日常回は挟みますけれど。
ちなみにですが、オジサンの頭を使え発言はキチンとヒントですよ。
むしろ本当は文章だから伝わるといいますか……。