八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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いよいよ始まりました、最終決戦編です。
完全オリジナルといいつつ、動きは少ないですけどね……。
対クロエの準備VSクロエ本番、そして後日談くらいの構成と考えていただければ。


第115話 天災からの挑戦状

「おい黒乃、生きてるか?」

(あぁ……なんとかな……)

 

 亡国機業掃討作戦からしばらく経過し、学園は多少のトラブルはあれど襲撃などの大事件は発生していない。私の中では大事件が起きてるんですけどねぇ。なにがってアレだよ、多分だけど学生のみんななら大多数が忌避するであろう存在、テストに関してだ。

 

 私は1カ月ちょっと眠っていたわけで、それだけみんなに遅れを取っているといっていい。なにより時期が悪かったというか、掃討作戦からしばらくして期末のテスト週間だったんすよ。流石に私の事情に学園が合わせてくれることはなく、テストそのものは滞りもなく行われたというわけ。

 

 ああ、断っておくけど多少の赤点は見逃してくれる前提だからね。けど、私含めてそれが勉強しない理由にはならないという意見で一致したのだ。ということで、みんなが得意科目を受け持ちながら必死こいて私の勉強の世話をしてくれた。しかしいくら人生やり直しているからといって、1カ月のブランクは重く―――

 

 昨日からテスト返却がされているのだが、イッチーの言葉を聞いていただければ後はお察しということで。とりあえずは、全教科なんとか赤点だけは回避できたといっておこう。頭悪いという自覚がありながら、流石にショックで机に突っ伏すのは止められないんですけど……。

 

「仕方ないとはいえ、まさか黒乃と点がギリギリって話をする時がくるとは思わなかったな」

(笑いごとじゃないんですがそれは)

 

 苦笑いという方が近いが、イッチーはハハハと声を漏らす。なんですか、そういう会話が懐かしいみたいな感じは。あれですか、弾くんとカズくんとの比較ですか。彼らも得手不得手はあったようだけど、全体的なものとしてはあまりよくなかったと記憶している。

 

 イッチーはちー姉のこともあって勉強は全く問題がなかったが、身近である男子とテストの点を比べ合うのはよくみる光景だろう。ふむ……かつては私もやっていたりはしたのだろうか? もはやそのあたりは思い出せないために少し寂しいが、紛らわすためじゃないけど後で2人に哀れな点数の答案の写真を送ってみようかな。

 

「ま、黒乃はよく頑張ったって。点はアレかも知れないけどさ、黒乃が努力してたのは俺がよく解かってるから安心しろよ」

(あうぅ……あなたのその言葉で救われるよぉ……。頑張った甲斐あったなぁ……!)

 

 声色を優しい物に変えたイッチーは、机に突っ伏したままの私の頭をヨシヨシと撫でた。本当に、点なんかじゃなくてそれだけで努力が報われるというもの。イッチーが褒めてくれるのなら、私の頑張りも無駄で終わらずに済んだ。とにかく、今はされるがままにご褒美を受け取っておこう。

 

「それにほら、赤点はないから補習や追試も回避だろ? これから楽しい冬休みと思えば安いじゃないか」

(確かにそれはそうだけど、その話題も私にとっては微妙なもんなんですよ……)

 

 IS学園の長期休暇は、多国籍の生徒が集う関係か一般的な高校と比べると数日ばかり猶予がある。今回の冬休みもそうなんだけど、実は繰り上がりで例年より早い終業になることが決定した。これをおかげといっていいのか、せいといっていいのかは微妙なところだが、私の行為が関係していたりするのだ。

 

 まぁ、はい、学園の敷地内で使用した絶天雷皇剣の影響がここでも出ているというわけですよ。いつか話したと思うがバードゴーレムに反射させられたせいで、レーザーの雨が降り注いで学園はそこら中がクレーターだらけだ。その影響で体育祭は自粛―――と。

 

 ずっと前から業者の人が修復作業に取り掛かっているんだけど、なにぶん学園は孤島ということで交通の便が悪い。重機を運ぶにしても前提からしてに船になるし、男社会である建築業者の人たちが女尊男卑の世の中で学園の敷地内に留まるということもできず。要するに、作業のペースは非常に悪い。

 

 ならいっそのこと生徒の大半が出払う長期休暇を早めに実行すればという流れになったらしく、いろいろと勇み足で進んで今ここに至るということ。その一連の流れに私が絡んでいるとなると、教師陣にも業者のみなさんにもなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「あぁ、冬休みといえば……。黒乃」

(む、なんでございましょ)

「最近聞いた話なんだけどな、セシリアの誕生日が24日らしいんだ」

(ほう、それはそれは! なんかセシリーらしい日にちな気がするねー)

 

 イッチーが屈んで声を潜めたので、そのまま伏せたフリをしつつチラリと視線をイッチーへ向ける。するとその口からは、セシリーがもうすぐ誕生日を迎えるという吉報が。原作的な話をすると誕生日が明かされていたのはイッチー、モッピーの両名だけだったが。

 

 お断りしておきますが、他のみんなの誕生日もちゃんと祝ってますからね。多分これも呪いの一環で明かすことはできないようだけど、原作の人物であるイッチーの口から出たなら確かな筋だろう。それにしても、12月24日が誕生日って、なんだかセシリーに似合うような気がするのは私だけだろうか。

 

「ほら、祝ってもらって返さないのもなんだと思うんだ」

(あー……ねぇ。パーティそのものはもちろんだけど、あのお茶は美味しかったなぁ)

 

 日本人的な発想かも知れないが、あれだけ盛大に祝ってもらっておいてスルーっていうのはスゴイ=シツレイに価するだろう。セシリーにとっては飲みなれた紅茶だったかもしれないが、あの茶葉で淹れた奴はもう素人目にも高級さがわかるくらい絶品だった。

 

 というか貰ったの茶葉だけじゃなくてカップやポットもですからね。綺麗な陶器でアンティーク調なものなんだが、あれもどことなくロイヤルさを感じずにはいられなかった。もはや総額とか考えたくはないが、考えたくもなくなる値段の物を頂いた身としてはもはや引き下がれないんじゃないだろうか。

 

「だからほら、せっかくだしまたパーティでも―――」

「せっかくですが、そうお気になさらずとも構いませんわ」

「セシリア! あー……全部聞いてたか?」

「随分とコソコソしていらしたので、失礼ながら聞き耳を立てさせていただきました」

 

 サプライズにするかどうかは別として、企画してる最中にご本人登場だよ。休み時間中の喧騒に紛れたつもりだが、コソコソし過ぎて逆に怪しまれていたみたい。しかしあれだね、えらくタイミングがいいけど伺っていたのかね。セシリーはそういうのこだわってそう、という固定概念を提示しておく。

 

「失礼ですが一夏さん、12月24日がどういう日かご存知でいらして?」

「え、セシリアの誕生日か?」

「確かにそうですが違いますわ! なぜここにきて持ち前の天然を発揮なさるのです!?」

 

 12月24日がどういう日か問うセシリーの様子は芝居がかっていて、やれやれこの男は仕方ないんだからというのが滲み出ていた。しかし、一夏は困った顔して困ったことを仰る。その発言のせいでセシリーの調子はダダ崩れし、いつもの如く鋭いツッコミをイッチーに見舞う。

 

 残念だけどセシリーや、この人は自分が天然である自覚すらありませんから。まぁ、12月24日といえばアレしかないよねぇ。イッチーも流石にそれを忘れているとか知らないということはないだろうが、それを推してもセシリーを祝おうという気持ちがあったのだろう。

 

「オホン、失礼。一夏さん、クリスマスイヴ以外になにがあるというのです」

「そりゃ確かにそうだけど、せめてお返しくらいはさせて欲しいと思ってるんだが」

「ならば後日プレゼントに期待させていただきましょう。お2人は素敵なイヴをお過ごしくださいな」

 

 こ、こ、こ……高貴ーっ! 心底から私たちが2人で過ごすことを望むかのようなセシリーの微笑みは、まさに高貴―――エレガントのそれ! なんでしょう、もはやセシリーが金色のオーラを放っているような幻覚さえ見えてきた……。あ、ありがたや~! ありがたや~!

 

 流石にイッチーも本人にそういわれては形無しなのか、少しばかり頬を紅く染めながらお言葉に甘える旨を伝えた。まぁ、日本人からしたらクリスマスなんてただのイベントだからね。大切な人と過ごすという大きなくくりがある風習だし、ぶっちゃけ私もイッチーと過ごしたかったし……。

 

「それに、わたくしに現を抜かしてよろしいのかしら」

「意地の悪いことをいうなよ。セシリアには悪いけど、俺も本音じゃ黒乃と過ごしたかったしな」

「あら、それはそれでドライですわね。ああ、一夏さんはなんて薄情な方なのでしょう!」

「だったら俺はどうすりゃいいんだよ!」

 

 セシリーの微笑みはだんだんとニヤニヤした感じに様変わりし、あからさまに私たちのことをからかいに来た。そんな視線に耐えかねたのか、イッチーは視線を私に向けつつ死ぬほど嬉しいことをいってくれる。しかし、なんだか今日は妙にノリノリなセシリーに更に返されてしまった。

 

 天然の方のボケでなければツッコミの傾向が強いイッチーは、先ほどのセシリーにも負けないくらい鋭いものを入れた。2人の繰り広げる漫才は騒がしくも面白く、望むなら自由にやらせたいですけど……。いいやもう限界だ! 愛情がなくても私以外とイチャイチャするの禁止ーっ! イエローカード!

 

「うおっ!? 黒乃、い、いきなりどうした?」

「あらあら、冗談が過ぎたかしら。それではお2人とも、ごめんあそばせ」

 

 椅子からおもむろに立ち上がった私は、表現のしようではタックルといっても差し支えないくらいの勢いでイッチーの正面から抱き着いた。突然のことでイッチーは混乱しているようだが、私が抱き着いた理由をセシリーは察したようで、ヒラヒラと小さく手を振りながら歩き去っていく。

 

(むー……これはセシリーの罠か? でも面白くなかったのは事実ですしおすし)

「いや、その、な? そういうつもりじゃないんだ。なにもセシリアの方が優先順位が高いとかじゃなくて。というか、むしろ俺にとって黒乃ほど最優先すべきことはなくて―――」

(うんうん、大丈夫だよ、解かってる。ちょっち私が露骨に嫉妬深くなっちゃったってだけだから気にしないで)

 

 冗談が過ぎたとかいっときながら、去り際のセシリーは本当に楽しそうだった。抱き着いてからそれに気が付いたが、つまるところ私をヤキモキさせるための言動だったみたい。ふーむ、冷静に考えたらすぐ解かりそうなものなのに、恋は盲目とはこのことか。

 

 イッチーも私が軽いジェラシーを抱いたことを察したらしく、凄まじく不安そうな顔して弁明を始めた。あーもう、そんな怖がらないでってば。あなたが私のことを好きでいてくれるように、同じくらい私もあなたが大好きなんだから。

 

 嫌いになるなんてありえないし、むしろあんなちょっとのことで嫉妬しちゃってごめんなさいだよ。ただ、流石の私も教室内でここから先へ進む勇気はない。というわけで、イッチーが先ほどしてくれたように優しく頭を撫でておく。これで気持ちは伝わったようで、イッチーはもう1度だけ悪かったといってから冷静さを取り戻したようだ。

 

「じゃあ、その、イヴはどうするか。俺としてはまたどこか旅行ってのもアリと思うんだけど」

(ああ、いいね! 2人きりの旅行は楽しかったよ~)

 

 イッチーは気持ちを切り替えたようで、予定が空いたイヴはどうするかという流れになった。向こうが提示してきたのは旅行だが、そういわれては私の気持ちも固まったかも知れない。今思えばイッチーと2人きりの旅行って京都が初だし、本当に一瞬一瞬が楽しくて仕方がなかった。

 

 私はイッチーの提案に肯定的な仕草をみせると、ならばと意気込み今度はどこまで向かうかという話題に。結局は休憩時間が終わるまで話が尽きなかったけど、こういうやり取りも旅行前の醍醐味の1つだよね。さーて、それなら私も候補を考えておきますかねーっと。

 

 

 

 

 

 

(北海道は今の時期寒いかな? じゃあ逆に沖縄……は海で泳げないうちに行ってもなー)

 

 あれから時間は過ぎて放課後となったが、いまいちピンとくる行き先が決まらない。自室に向かいながらあーだこーだと悩んでいるんだけど、それでもまだまだって感じ。まぁ、別にイッチーが居ればどこでもいいんだけどね。例えば近場の遊園地とかでも―――

 

 ……遊園地デート、案外いいのかも知れないな。夏休みの時のリベンジというか、恋仲になった状態ならもっと楽しめるような。というか、もはや夏休み時の私をぶん殴ってやりたい気分だ。イッチーが積極的なせいで困惑していたのもあったけど、いちいち発言に棘があったもの。

 

 というかアレだよね、あの時期の私って完全にイッチーのこと好きだったよね。はー……予行練習発言にモヤモヤしてたのはそれこそ嫉妬か。…………ああああああああっ! どーしますこれ、今になってめっちゃ恥ずかしいよぉ! お、お、お……落ち着け、あの時から私は乙女だったというそれだけのことじゃないか。

 

(た、ただいまー!)

 

 急に湧いて出た羞恥心を誤魔化すため、無意味に力強く自室の扉を開けた。そのまま倒れこむようにしてイッチーのベッドに突入し、私にとってはもはや精神安定剤の役割を果たす匂いを鼻いっぱいに取り込んだ。はふぅ、落ち着くー……。あ、ちなみにだけどイッチーはクラス代表ってことで委員会に顔出してますゆえ。

 

 さもなきゃこんなことしないさ、だって直接イッチーから吸引した方が何倍も……うぇへへへへ……。ぬっふ、いかんいかん……これじゃ精神安定剤というよりは危ないクスリかなにかだよ。落ち着きを取り戻した私は、乱れたベッドを整えておく。よし、証拠隠滅コンプリート。

 

(さて、イッチーが帰ってくるまでは勉強でもして―――)

 

 テストがいろんな意味で終わったからといって、勉強のノルマは消費し切っていない。これから冬休みの宿題も増えるのだから、趣味の時間は削り削って頑張らなければ。そう思って勉強机に目をやってみると、なんだか見覚えのない物がポツンと置いてあるじゃないか。

 

 これは、録画用DVD? どうしてこんなところに……って、なんかこのパターンは見覚えがあるぞ。盛大に嫌な予感がするというか、ピンポイントで2人の人物が脳裏に浮かぶ。……見ないとダメ? ……ダメだよね、はいはい解かってますって。

 

 私は渋々ながら愛用のノートPCを立ち上げ、プレーヤーにDVDを挿入。中身は当然ながら録画映像のようで、再生時間はさほど長くはない。けれど嫌な予感は引き続き全開なため、再生を開始するまでは相当な時間を要した。意を決し画面に表示されている再生のアイコンをクリックすると―――

 

『えー……撮れてるっぽいー? まぁ私に限って録画ミスとかはないだろうけどね』

(やっぱりか!)

 

 再生が始まった動画にまず映り込んだのは、想像した通りに束さんだった。リモコンのようなものを手にしていることから、ドローンかなにかで録画をしたらしい。……束さんに限っては顔も見たくないとまでは言わないけど、一応は世話になった人が完全なる敵っていうのは複雑なんだよなぁ。

 

『やっほーくろちゃん、元気かな。束さんは元気だよ! 元気過ぎていろいろ居てもたってもいられなくてさぁ』

『束さーん、世間話よか本題に入ってくださいよー……。流石の僕も早く帰りたいんですけどー……。というかこれ僕が来る必要ありましたー……?』

 

 画面外に近江でも居るのか、なんだかバテたような声が聞こえてきた。おかしいな、ならむしろなんで束さんの方はあんな元気なんだろ。……ま、それも見ていたら解かるかな。近江のおかげで話が脱線することもなさそうだし、どうせろくなことでもないが2人は私に用事があるのだから。

 

『うーんとそれじゃ、早い話がこれは招待状とでも思ってくれていいよ』

(招待状……?)

『束さんはさ、もうくーちゃんとメタトロニオスにしてあげられることはぜーんぶやり尽くした。だったら後はどうするかって? ならもう本番しかないじゃない!』

 

 束さんがこの映像を招待状だと称し、その後に続いた言葉で全てを察した。これはつまり、クロエちゃんがこちらへ攻めてくる準備が完全に整ったということなのだろう。その本番とやらでも想像しているのか、束さんはいつもの数倍も増して興奮気味のようにみえる。

 

『もうね、もうね、待ちきれないの! この時をくろちゃんと会った時からだから……8年? とかそのくらいずーっと待ってたんだもん!』

(うん? いや、はい……? ちょっと待って、ちょっと待った。一時停止―――)

 

 8年ですと? 初対面の時からですと……? アンタ小学生相手になんの希望をみいだしてんの!? いや、私が貴女になにをしたのさ! あ、あれ~……? て、てっきり無表情&無口がある意味で束さんの興味を引いていたもんだと思っていたんだけど、どうやらそうでもないらしい。

 

 だが、どちらにせよ束さんが対私をずっと夢見てきたことには変わらないな。……もしかして、そのためにISを生み出したとか言わないよね? ……はは、それは流石に話が飛躍し過ぎか。束さんがどうしてそういう夢を抱いたのかは別として、続きをみることにしよう。

 

『だからね、宣戦布告しちゃいま~す!』

(随分と無邪気に恐ろしい事をいう人だなぁ……)

『え~っと、たっくん。この映像がくろちゃんに届くのいつ頃だっけ』

『だいたい20日くらいだと思いますよー……』

 

 束さんの怖さの一端というか、悪意の欠片も見せずに狂気じみたことをいうからどうしようもない。今だって堂々たる宣戦布告をダブルピースで告げやがりましたからね。で、なにか逆算するひつようでもあったのか、これまた画面外の近江に問いかけた。

 

『ってことは、だいたい2週間ちょっとかな?束さんとしてもさ、どうせ遊ぶならベストコンディションを保ってもらいたいからね』

(2週間……? なにかの期限……?)

『冬休み明けの1月8日24時、これタイムリミットね。別途で集合場所を送っとくからさ、準備が整ったと思ったら来てよ。それまでは、くろちゃんも好きに時間を過ごしていいから』

 

 束さんは掌に3本指を押し当てると8日がタイムリミットだと称する。つまり、それまでにクロエちゃんを迎え撃てということなのだろうか。こちらに自由を与えるのは良いが、もし私が期限を守らなければどう動くつもりなのだろう。束さんのことだから、私が来ざるを得ない状況を―――

 

『期限をオーバーしたらどうするかって? 束さん、さっきもいったけどこれ以上は待てないんだよね~。よって! この際だから終わらしちゃおっか、人類!』

(っ!?)

 

 規模……スケールが大きすぎて全く話が身に入らない! この狂人は今なんといった……? 私が現れなかったという理由だけで、人類を滅ぼしてやろうというのか。……いや、有言実行が束さんのモットー。この人は確実にそれをやるという確信めいたものが私の中にある!

 

『まぁただ、なるべくフェアにやりたいじゃん? だから私たちがこれ以上くーちゃんを鍛えるってことはないから安心しなよ。といいつつ、慣らしくらいはさせてもらうけどね』

(これ……は……?)

『ここね、見ての通り砂漠。背後の焼け跡は亡国機業関連の施設だから安心してね。あと、信じるかどうかは別だけど死人も出してないよ』

 

 束さんがドローンを操作して景色を空撮のような視点に変えると、その背後に広がっているのは一面が砂だった。太陽も激しく照らしつけているし、アフリカかどこか? なるほど、近江がバテていたのも頷ける。そして更に目を引くのが、焼け焦げた建物だったらしい物体の残骸たち……。

 

 防衛システム用なのか、あちらこちらに兵器なども見受けられる。無論、こちらも既に辛うじて原型を残している程度だが。この規模の基地かなにかを、クロエちゃんたった1人で壊滅させてしまったと? 慣らしということは、メタトロニオスの操作回数そのものは少ないのかな……。ならまだ希望は―――

 

『ママ、周辺地域の施設も完全破壊を終えました』

『くーちゃんお疲れ! ひゃ~流石に砂まみれだねぇ。帰ったら一緒にお風呂入ろっか』

『あ、え……は、はい、ぜひ……』

 

 ドローンが所定の位置へ戻ると、数メートル離れた場所へクロエちゃんが降り立つ。そして私は、クロエちゃんの報告を聞き逃さなかった。周辺地域……だって……? ……どれだけの範囲かは解からないが、少なくとも同等の規模であろう施設を2つ3つ破壊しつくした……!?

 

 だというのに、メタトロニオスには特に被弾したような形跡は見当たらない。やはり無傷での勝利だっていうのか!? 見えかけた希望が、一気に消え失せた気さえする。これと戦って勝たねばならないと考えると、自然と鼓動が速まっていくのが解かった。

 

『まぁそういうわけだから、鍛えるなり楽しむなりして過ごしてね。それじゃ、楽しみに待ってるよ!』

 

 画面の向こうで手を振りながら別れの挨拶をかます束さんに対し、思わず待ってと手を伸ばしてしまう。しかし、映像が途切れたことでこれが録画だという現実に引き戻されてしまう。……なんということだ。なんだかわけのわからない間に人類の存続が私の両肩にかかるなんて。

 

(……黒乃ちゃん、起きてるかな)

『……うん、全部みてたよ』

(キミに聞いたって仕方ないのかも知れないけどさ、どう……思う?)

『どうって……』

 

 黒乃ちゃんは本当に無関係とも言っていいが、私と完璧に会話をこなせる唯一の相手だけに聞かずにはいられなかった。意見がほしいとかではなくて、ただ話し相手になってほしいというのが近いのかも。私の質問に、黒乃ちゃんは難しそうに唸り声をあげる。そして、しばらく待っていると返答が得られた。

 

『どうって、聞くまでもないんじゃない?』

(そう……だよね。私目的で束さんがそういう条件を出してきたのなら―――)

『違う違う、そうじゃない。そういう意味じゃないよ、お姉さん』

 

 私はてっきり、黒乃ちゃんがこうなった以上は人類のために戦わないと。そういいたくて、聞くまでもないと返答したのかと思った。私が当たり前のことを聞いてごめんという旨で同意を示すと、どうやら私の思っていた聞くまでもないというものとは意味が異なるらしい。

 

『人類とかそういうのじゃなくて、もっと簡単な意味でいいと思うよ。まぁ、どのみち戦わないといけないのは変わりないんだけど……』

(えっと、簡単って?)

『そうだね、例えば大好きな人との未来を守るためだとか』

 

 黒乃ちゃんがいいたいのは、人類のためと考えるのは気負いすぎだということみたいだ。しかし、他に戦うべく理由は思いつかない。再度聞き返してみると、黒乃ちゃんはなんだか得意気に返す。その返事を聞いた私は、なんだか頬を打たれたような気分だった。

 

『あの子を倒すしか生きる道がないっていうんなら、普通に自分の幸せのために戦えばいいとおもうな』

(黒乃ちゃん……)

『一夏くんとさ、いろいろ思い描いているんでしょう? いいんだよそれで。その描いた理想にたどり着くために、自分が幸せになるために戦おうよ』

 

 あぁ……本当に、いい女だなぁ黒乃ちゃんは。そうだよね、平和であればいいと思ってはいるが、なにも人類すべてを守ろうだなんて大それたことは初めから無理がある話だ。そんな考えでモチベーションなんか上がるはずもないし、プレッシャーもひとしおだろう。

 

 しかし、イッチーと共に生きる未来のためと考えればどうだ。一気に身体へのしかかるような重さもなくなるし、むしろ軽くなったような気さえする。動機なんてどうでもいいんだね……。それこそ人類のためーなんて英雄気取りはやめよう。私はただ、愛しい人と―――

 

「黒乃、ただいま。思ったよりも早く終わってさ、すぐ帰ってこれたよ」

『どうすればいいか、そこはアドバイスしなくていいよね?』

(うん、ありがとう黒乃ちゃん。大丈夫だよ、今度は間違えないから)

 

 私が決意を新たにしていると、タイミングよくイッチーが帰ってきた。その姿をみるなり、脳内で響いた黒乃ちゃんの声はどこか厳しい。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。だって私たちは決めたから。もうお互いが前にも出ないし後ろにも下がらない。だからイッチー―――

 

「命を預けて」

 

 

 




黒乃→初対面て、私ただの小学2年生ですけど!?
束→くろちゃんのために世界を変えてもう長いねー

ただの小学2年生じゃないんだよなぁ。
バリバリのチート持ちであることに気づかせるつもりはないですけど。

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