八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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VSマドカの後半戦です。
このペースなら、今月中には京都編が決着しそうですね。
逆にどんだけ長かったんだタッグトーナメント編。


第112話 想いと掌を重ねて

「アイツ、黒乃がきた以上は興味ないってのか!」

「一夏、だから冷静になれと―――ああ、クソッ!」

 

 雄たけびを轟かせながら黒乃の方へ突っ込んでいくマドカを、一夏は心底から気に入らない様子で追いかけ始めた。とりあえず一夏を落ち着かせようと思っていた箒は歯痒そうながら、援護しないわけにもいかず少し遅れてからマドカの追撃を開始する。

 

 一方のマドカが駆る黒騎士は、刹那ほどではないながらかなりの高機動のようだ。そのスピードに乗せるかのよう、柄の部分が伸び槍へと変形したレイヴンイーターを突き入れる。すると切っ先からエネルギーが溢れ出し、黒騎士ごと包み込んだ。

 

「うおおおおっ!」

(どわっ! ぬぅ、あの手の攻撃は止めにくいよ……!)

 

 マドカはそのまま黒乃へ突撃を仕掛け、真正面から迫った。同じくマドカへの接近を試みていた黒乃は咄嗟に鳴神を抜刀し、刀身を下から潜り込ませるように振り上げる。長い刀身のおかげか突撃の角度を変えて弾く事には成功したが、なにも攻撃はそれで終わりではない。

 

 弾かれた方向へ進むことしばらく、マドカは黒騎士を大きく旋回させるようにして再度の突進を仕掛ける。このあたりが、黒乃のボヤいた止めにくいという言葉に集約されていた。今のように弾いたところで攻撃を続行させるのは易いし、変に止めようとしては余計なダメージをもらってしまうだろう。

 

「これならどうだ!」

「こちらも持っていくといい!」

(イッチー! モッピー!)

 

 すると黒乃に追いついた一夏と箒が、それぞれの専用機の遠距離攻撃を放った。雪羅の荷電粒子砲と雨月のエネルギー弾は真っ直ぐマドカへ向けて飛んでいく。が、どちらも黒騎士を包むエネルギーの膜へかき消されてしまう。予測はしていなくもない3人だったが、攻撃が効かないという動揺は大きかった。

 

「大人しく―――喰らええええ!」

(づっ!?)

「ぐあっ!」

「2人とも!」

 

 更に黒騎士の速度を上げたマドカは、黒乃と箒の間を縫うようにして通過していった。その際にランスモードのレイヴンイーターに当たりはしなかったが、無遠慮に撒き散らすエネルギーが猛威を振るう。至近距離でそれを受けた2人は、機体に僅かなダメージを受けてしまった。

 

 2人が身じろぎしている間に、マドカはまたしても急旋回。3人を正面で捉えると、今度は黒騎士をその場に止めつつ空へ向けて突きを放った。すると今度は、先ほどまでマドカと黒騎士を包んでいたエネルギーのみが勢いよく飛んでいく。それを見た一夏が雪羅の盾を展開しながら2人の前に躍り出るが―――

 

「爆ぜろ!」

「なにっ!?―――」

 

 エネルギーを掻き消してやろうという魂胆も空しく、雪羅の盾へ触れる寸前に大爆発を起こした。きっと、今の攻撃もそういうふうに創られたものだったのだろう。爆発の規模はエネルギーの密度に比例しているようで、一夏だけでなく黒乃と箒も簡単に巻き込んだ。

 

「クソッ! なんて変幻自在だよ……」

(その~……私はどういう仕組みかも聞いてないんですが?)

「とにかく、3人で隙を作りながらやるしかあるまい。行くぞ!」

 

 トリッキーというか常識が通じないというか、少しの意識の差が着実にダメージへ繋がってしまう。マドカの考えでも読まないことに、レイヴンイーターの攻略は難しいかも知れない。しかし、頭数は揃っているのだからやるしかないと箒は攻撃を仕掛けた。

 

 その意見そのものには同意な一夏だったが、その前にどうしてもしておかなければならないことがある。戦闘を継続させつつ秘匿通信を使用すると、通信相手に黒乃を選択。黒乃は一瞬だけピクリと反応を示したが、意識そのものは強くマドカへ向け続ける。

 

『黒乃、俺はお前に聞きたいことや言いたいことが山ほどある。……多分、黒乃もそうだよな』

(そりゃ、まぁ……ね)

『けど、お互い今は無しにしよう。とりあえずはここを切り抜けてから―――でいいか?』

(…………うん)

 

 本当に、一夏からすればどうしてバレているのかはなはだ疑問でしかない。当然ながら束が現れるなんて想像もしておらず、戦場に出てきた原因は最も追究したい事実だ。しかし、黒乃だってそれは同じ。どうしてこんな大きな戦いを自分に黙っていたのか……。

 

 お互いになんだかモヤモヤしていたものが残っていたが、一夏の提案に乗ることで多少は改善がみられる。黒乃は同意の意志を伝えるため、大げさなくらいに首を大きく頷かせた。それを視界にとらえた一夏は、小さく感謝を呟いてから意識を完全に戦闘へ向ける。

 

『奴だが、やはり黒乃しか狙うつもりはないのだろうか……?』

(見る限り、私しか目に入ってない感じはしますねぇ)

『……不本意だけど、それなら黒乃が正面だな』

 

 前回マドカが襲撃をしかけたキャノンボール・ファストでは、専用機持ちが7人も居たというのに執拗に黒乃のみを狙ってきた。ならば今回はどうかと箒が問いかけるように呟くが、マドカの様子を見る限り同様である可能性は非常に高い。というより、殺気を向けられている本人からすればそうとしか思えなかった。

 

 黒乃を囮に使うようで心底から不本意ながら、一夏の提案した陣形が最も効率的だろう。一夏の呼びかけに応えた箒は、マドカを左右から挟むように位置取る。自身を取り囲まれた形になったというのに、それでもマドカが視線を向けるのは黒乃のみ。そして―――

 

「貴様だけは絶対に殺す!」

(げっ、これはまた面倒な……)

 

 レイヴンイーターをガンモードへ変形させたマドカは、砲口を上へ向けて3回トリガーを引いた。するとバスケットボール大ほどの光弾が射出される。それは空中をフワフワと漂うように、ゆっくりと3人へ迫っていく。追尾を始めたと同時に、マドカはレイヴンイーターをソードモードへ。一気に黒乃の間合いへ迫る。

 

 振り上げられた刃を鳴神で受け止めはしたが、いう通りに面倒な攻撃だ。速度がゆっくりなため、ジワジワと追尾してくる感覚がなんともいえない。あまりマドカへ気を取られていると、いつの間にか目の前―――という事態になる可能性を考慮せねば。

 

「一夏、掻き消せ!」

「解かってる!」

 

 ゆっくり迫る光弾の処理を、箒は早々に一夏へ任せた。一夏は雪羅の盾を展開し、自ら当たりに向かう形で自分に近づく光弾を掻き消した。一方の箒は、黒乃へ肉薄するマドカの背後を狙って攻撃を仕掛ける。もちろんわざわざ接近することはせず、空裂と雨月での斬撃&牙突エネルギー弾でだ。

 

「邪魔はさせんぞ……!」

「なにっ!? くっ、やはり一筋縄ではいかんか……」

(っ……! 一瞬の隙―――見つけたり!)

「馬鹿め、隙だらけとでも思ったか!」

 

 エネルギー弾がマドカへ向かっていく最中、射線へ割り込むようにして光弾が漂う。エネルギー弾が命中するのと同時に、光弾は一気に爆発を起こした。かなりのエネルギーが圧縮されていたのか、あの大きさからでは想像もつかない威力。もし触れていたらと思うとゾッとする。

 

 しかし、偏光制御射撃の応用で割り込ませたのか、意識がほんの少しそちらへ向いたようだ。常人では察知することのできないほどの隙に対し、黒乃は素早く鳴神を片手持ちし空いた手に翠雨を握った。急ぎマドカ目がけて突きを入れるが、既に黒乃狙いの光弾は背後。だが、それでも黒乃が止まることはない。なぜなら―――

 

(ごめんね、素敵なナイト様が着いてるものでして!)

「させるかってんだ!」

「ちぃっ、追いついていたか! ぐうっ!」

 

 滑り込むようにして刹那の背後に陣取ったのは、雪羅の盾を構えた一夏だった。一夏が己を守ってくれると信頼していたからこそ、黒乃は回避する素振りをみせなかったのである。見事にその期待に応えた一夏は光弾を掻き消し、黒乃が翠雨を確と当てるための時間を稼いでみせた。だが、2人の連撃はまだ続く。

 

「黒乃!」

(はい、あなた!)

「ぬぐっ、く……小癪な!」

 

 名を呼ばれるだけで一夏の意図を把握し切った黒乃は、そのまま円を描くように移動して位置を正反対に入れ替えた。マドカを真正面にとらえた一夏は、そのどてっ腹に荷電粒子砲を撃ち込む。この距離で喰らえば衝撃も凄まじく、マドカはたまらず大きくノックバックした。

 

(よし、なんだか勝ちがみえて―――)

『おい一夏、この非常時に通信を切っている馬鹿は隣に居るか!』

「ち、千冬姉!? あ……ああ、黒乃ならすぐ隣だ」

『よろしい。よく聞け馬鹿者、事情は知らんが布仏姉妹と回線が繋がらん。よって、可能性をあげるのならお前かお前を除いた第3者がなにかしでかしたと考えていい』

 

 黒乃が勝ちを確信―――というほどではないが、勝機を感じ始めたその時だった。一夏の白式の通信機からオープンチャンネルにて千冬の声が響く。怒鳴られるのならば後でよいという考えがあったせいか、裏手のようなものを使われて内心で焦りを拭いきれない。

 

『だからこそ黒乃、お前が引っ張り出されたとも思っている。そこに関して責める気は毛頭ない……』

(ちー姉……)

『だから自ら反応を消すのは止めろ。……心配するだろうが、人の気を知らん妹めが』

(……うん、ごめんねお姉ちゃん)

 

 黒乃が戦いを知ることのできなかった状況だったということは理解している。だからこそ千冬の導いた結論は、幾人か候補はありながらも第3者が黒乃に入れ知恵をした……だ。千冬が怒っているのは、刹那を展開してからずっと回線を切断していた点について。

 

 やはり千冬からしても自爆の一件が尾を引いているらしく、珍しくストレートな言葉を送った。そのことに不謹慎ながら歓喜を覚えつつ、黒乃は大人しく全ての回線をオンに。ほんの短い一連の出来事だが、黙って見過ごすわけにはいかない者が1人―――

 

「―――ぜだ……」

「っ!? くろ―――」

「なぜ……貴様なんぞがぁああああっ!」

(ぐっ……!)

 

 先ほどとは毛色の異なる怒りを纏ったマドカは、レイヴンイーターの刀身全体をレーザーに包んで黒乃へ斬りかかる。その攻め手にマドカらしさなんて微塵も感じられず、数分前と比べても現状の方が冷静さを失っているのは一目瞭然。ただ怒りの感情に任せ、我武者羅に刃を振るうのみ。

 

「なぜ、どうして、貴様なんぞが妹扱いなのだ―――赤の他人の癖して! なんの脈絡もない癖して!」

「「『!?』」」

「一夏、なにを呆けている!? 特に今は隙だらけだぞ!」

「ぐぁっ! ぬぅぅぅぅっ! 本来ならば私がそこに居るべきなのに! ただ隣人の娘だったというだけで、貴様が……貴様がああああああああっ!」

「い、意に介さない……。それほどの怒りだとでもいうのか……?」

 

 マドカの言葉の端々には、自身が織斑家となんらかの関係があるということを示唆していた。それでいて、空裂の攻撃をも意に介さないほどの怒りにとらわれている最たる原因は―――黒乃に対する嫉妬心のようだ。それを踏まえると、考えられる要因はただ1つ。

 

 その要因こそが、黒乃を含めた織斑家とされる3人の動きを鈍くしている。例え黒乃が激しい猛攻にさらされていようと、一夏も千冬も黙り込むしかできない。しかしだ、それこそ織斑姉弟はマドカの正体についてはある程度の想像は着いていた。一夏は、ただ想像通りだったというだけどと気持ちを切り替え―――

 

「なぁ千冬姉、俺はやっぱり―――」

『恐らくな。……どうすべきかなど私にも解からんが、今はただ愛する者を守れ。以上だ』

「ああ、そうこなくっちゃな!」

 

 マドカの謎が解明されたというのなら、己の謎もまた同じ。一夏はその手に握る雪片が急にふさわしくないように思えてしまう。だが1つ、そんな自分でもただ1つ、いつでもやるべきことが変わらないものがあった。それは愛する者―――黒乃を守るということ。姉に背中を押された一夏は援護を開始。

 

「うおらぁっ!」

「カハッ!? ちぃっ……!」

「黒乃、話さないといけないことが1つ増えちまった。これが終わったら聞いて欲しい。だから今はただ……俺の隣にいてくれ」

(あなた……。……うん、絶対に離れないから!)

 

 スピードに乗ったまま、一夏はマドカを蹴り飛ばした。衝撃が凄まじいせいか、こればかりは意に介さないわけにもいかず―――というよりは、マドカの意志に反して吹き飛ばされ攻撃を中断してしまう。そんな一夏を忌々しそうに睨む視線をものともせず、隣に寄り添う愛する少女へ穏やかな口調でそっと告げた。

 

 原作知識を所持している黒乃は、一夏とマドカの関係性及びその正体についてなんとなく察しがついている。実際の所がどうなのかは未知として、自身の考えが現実味を帯びたことで意気消沈せざるを得ない。だからこそマドカに反撃できずにいたが、最も辛いのは一夏なのだと考えを改めた。

 

「ハッ……クククク……! ハハハハハハハハ!」

「……なにがおかしい」

「考えが変わったのだ。もはや貴様らに絶望を与えようということは無意味だと悟った! ならばそんなもの必要はない。この一撃の元に消し去ってやる!」

「こ、これは、神翼招雷と同等の……!?」

 

 限りなく自分と同じ状況に置かれているはずの一夏が、自身の憎むべき相手が隣に居ることで折れない。なんとも皮肉なこの事実に、マドカは呆れや賞賛の混じったような笑いを止められなかった。それと同時に、2人並んだこいつらに絶望を与えることは不可能だとも。

 

 マドカはまたしてもレイヴンイーターを天へ掲げると、一夏と箒に放った一撃の比ではないエネルギーの刃を形成した。その外観はまさに絶天雷皇剣のソレ。そんな威力とリーチのモノを振るわれてしまったら、シールドをいとも簡単に破壊して京都にも深刻な被害が及ぶだろう。

 

(どうすれば……!)

「黒乃、もはや対抗手段はお前の神翼招雷しかない! 私が時間を稼ぐ、その間になんとか発動させるのだ!」

(け、けどそれじゃあ本末転倒―――)

『……箒の言葉も間違いではないか……。やれ黒乃、全ての責任は私が取る!』

 

 もはや考えている暇などなく、10人中10人に問えば全く同じ答えを導いたであろう。そう、もはや神翼招雷を使うしかない。一か八かという奴だが、流石にこれは雪羅の盾でも消しきれないだろう。つまり使わなかったが最後、使う以上に京都の街並みを傷つけることになる。

 

(あぁ……もう、やっぱ無理! 絶天雷皇剣は使えない……!)

(黒乃……!)

 

 黒乃が迷った末に発動を開始したのは、絶天雷皇剣ではなく天裂雷掌刃だった。こちらならまだ6倍の増幅で済むが、逆にマドカの攻撃を防げるかは微妙なところだろう。京都の街や生命、マドカの安否も含めた最低限の手加減だった。それを察した一夏は、複雑な表情を浮かばせずにはいられない。

 

「おおおおおおっ!」

「邪魔をするなら本気で貴様も殺すぞ!」

「やってみるがいい! ぐああああっ! っ……私は……私は、死をもってしても黒乃へ繋ぐ!」

 

 箒は黒乃の妨害をさせないために、マドカへの妨害を仕掛ける。向こうからすれば邪魔以外の何物でもないようで、偏光制御射撃の応用を利用した攻撃が始まった。刃から延びるエネルギーの一部が、勢いよく飛び出て箒に襲い掛かるではないか。

 

 それは見事に箒へ命中―――いや、むしろ自ら当たりにいったのだ。箒は紅椿が機能停止しないよう、己の身体が露出している部位を呈して盾の役割を果たしている。そして継続的に絢爛舞踏を発動することにより、絶対防御機能によるエネルギー切れを防いでいる状況だ。

 

(モッピー……! ……雷の翼、再放出!)

 

 自分に賭けてくれている箒の姿を目の当たりにした黒乃は、天裂雷掌刃の準備を急いだ。掌からあふれ出るレーザーは十分、そして攻撃のモーションへ移行するための機体安定を目的とした雷の翼の形成も終了した。後は振るうのみなのだが、やはり黒乃の胸中から躊躇いが消えることはない。

 

(これを振らないとモッピーが……! けど、振ったら振ったで関係のない人たちを……!)

(クソッ! 黒乃が迷っているってのに、俺は隣で突っ立ってることしか―――)

 

 表情はいつもと変わらぬ無そのものだが、一夏はしっかり黒乃の躊躇いを感知していた。それはもう天裂雷掌刃を発動させたその瞬間からだ。黒乃が苦しんでいるというのに、一夏は心底から己の無力を呪うしかない。しかし、なにか―――自身の放った言葉に引っかかりがあるような表情をみせる。

 

(隣……となり……?)

『今はただ、俺の隣に居てくれ』

 

 どうして自分は、わざわざ黒乃にそんな言葉をかけたのだろう。本来ならば、そんな言葉をかける必要なんてないじゃないか。だって、黒乃はなにも言わずとも自分の隣に居てくれたのだから。つまり、わざわざそんな言葉をかけなければならないほど、黒乃を遠い存在だと感じてしまっていたということ。

 

(そう……じゃねぇか、いつだって黒乃は……!)

 

 黒乃の居場所は戦場だと、周囲が勝手に決めつけるという考えだった。だがよく考えてみれば、一夏もそれと同じことをしてしまっていたのだ。考えるまでもない。なぜなら、黒乃の居場所など―――一夏の隣以外のなにものでもないのだから。

 

(あぁ……だから黒乃は……)

 

 一夏はいつの間にか自分の隣に居てくれるのが黒乃だと思っていたが、厳密に表現するならば黒乃は一夏の隣にあろうとしている。だから2人はいつも一緒だった。つかず離れず一緒だった。ずっと同じ道を歩いてきた。それを理解した一夏は、嬉しくて胸がいっぱいになってしまう。そして―――

 

『俺……運命だって思ってるんだ。白式と刹那の相性に関してだけど―――』

(っ……!? そうか……そうか……! 本当にその通りだったんだ!)

 

 いつしか姉と半ば言い争う形となったあの日の話し合いの最中、白式の零落白夜ならば黒乃の神翼招雷を止められるという旨の言葉を一夏は放った。しかし、しかしだ……本当に出来ることは、完全に消し去って止めてしまうことだけだろうか。否、もっと友好的な活用法がある。

 

 それにすぐ気づけなかったのは、一夏がいつも隣に居てくれる黒乃に甘えていたから。己は全力で隣に居ようとしないのに、2人揃っているものだと思考を止めていたからだ。だがもう違う。自分にもっとできる事があったと自覚した今、溢れる想いを止められない。一夏は白式の左掌に微弱な零落白夜の膜を張ると、刹那の甲を握るようにして重ねた。すると―――

 

(イ、イッチー!? ……って、こ、これは……天裂雷掌刃が―――)

『安定……している……。っ!? なるほどな、文字通りその手があったというわけだ!』

「なん……だ……? それは……いったいなんだというのだ!?」

 

 神翼招雷の概要を簡単に説明するのなら、エネルギーを数倍に増幅させレーザーブレードを形成する能力といったところだ。しかし、実際の所でそれは便宜上のものでしかない。これまでレーザーブレードと一口に表現してきたが、事細かにいえば真っ直ぐ縦に伸びる大出力のエネルギーとした方が近い。

 

 それは勿論、エネルギーの増幅量が並ではないからだ。言ってしまえば余剰エネルギーだらけで、無駄だらけ故に使用場所を選ばねばならない能力だった。だが、今天に向かって昇るソレは違う。余分に漏れるエネルギーなど見当たらず、キッチリと形を保っているのだ。それは全て、一夏と白式の零落白夜があってこそ。

 

 完全にエネルギーを消しきらない程度に出力を抑え、余剰分のみを消し去る事で天裂雷掌刃を安定させたのだ。ふとした思い付きだったが、初見で微細な調整を合わせてくるのが流石は一夏といったところだろう。こういった場面では、黒乃の考えている大半が手に取るように解かるのだ。

 

「……こんなにも、目覚めた能力がコイツで良かったって思った事はないよ」

(イッチー……)

「俺の手は、零落白夜は―――黒乃、お前の手に重ねるためにあったんだ! だからもう間違えない! 黒乃をどこにも行かせない! 掴んだこの手を―――離さない!」

(っ……イッチー……! ……黒乃ちゃん、ブレードの形成お願い。もっと鋭く、全てを裂けるくらいに!)

『うん……!』

 

 驚いた様子で安定した自身の必殺技の1つを眺めるばかりの黒乃だったが、呟くような一夏の言葉に釣られて視線をそちらへやった。よほど嬉しく思っているのか、目元を潤ませつつ笑顔を浮かべているではないか。黒乃としては、そう思ってくれていることが嬉しくて堪らなかった。そしてそんな2人のやり取りに感動したのか、オリジナルの方の黒乃は声を震わせる。

 

 だからこそ黒乃は自信を持って天裂雷掌刃の出力を上げた。一夏もそれに合わせて零落白夜の出力を上げ、やはり余剰分のみを消しにかかる。更には黒乃が形成を行うことで、その刀身は研ぎ澄まされた日本刀のような鋭さを得た。それは赤と青が綺麗に混じり合い、紫色の光を放つ巨大な刃―――

 

「負けるか……。貴様らのような2人でなくてはなにも出来ないような者どもに、生きる為に戦い続けてきた私が―――負けてたまるかああああああああああ!」

「行くぞ黒乃、初めての共同作業って奴だ!」

(うん! ……天裂雷掌刃・紫電ってところかな!)

 

 マドカは更にレイヴンイーターから放たれるエネルギーの出力を上げると、ついにその刃を振り下ろした。それに合わせるかのように、一夏と黒乃も互いの手と手が重なり1つになった腕を、ケーキ入刀に例えて振り下ろす。今、超絶威力のレーザーブレードがぶつかり合った。

 

 2つのソレがぶつかり合う地点は、凄まじい光と音を放ってもはやなにがなんだか解からない。両者が動くのを察して大げさに退避したつもりの箒でさえ、目を閉じ耳をふさがずにはいられない。そんな劣悪な環境の最中、攻撃を放っている本人達はしっかりと目を見開いていた。

 

 音に掻き消されようとも雄たけびを上げ、まるで相手が目の前に居るかのように睨み付ける。そうやって両者の気合が具現したような刃2つは拮抗を続けていた―――が、均衡は徐々に崩れていく。言うまでもなく、マドカが一夏と黒乃に押されることによって―――だ。

 

「なぜだ……なぜなんだ……! なぜ、なぜ、なぜ!?」

「2人じゃないとなにも出来ないんじゃないさ! 俺たちは、初めから2人で1人なんだ! だから2人揃っている時の俺たちに―――」

(『私たちに!』)

「(『出来ない事なんてなにもない!』)」

 

 マドカは心底から理解が出来なかった。それはただ単に出力の差で押されているわけではないということを、理解できていたからだ。それが理解できるから、なぜ押されるかが理解できない。ちょっとした差といえば、2対1の状態なくらいだろう。

 

 もし2人にマドカの思考が読めたなら、口をそろえてそれこそが敗因だと告げたろう。そう、単純にその意識の差でしかない。時として、1と1を足した際の答えは2にならない。とりわけ(一夏)(黒乃)を足したのならそれは、数式では計れないほどに膨れ上がることだろう。

 

「(『いっけええええええええっ!!!!』)」

「そん……な……。私はっ……わたしはああああああああああっ!」

 

 天裂雷掌刃・紫電は、レイヴンイーターから放たれる漆黒のエネルギーを打ち破り、その刀身をマドカ本体へ到達した。安定しているとはいえ威力そのものは通常時とほぼ変わらず、マドカの身体全体を軽く飲み込んだ。振り切った刃はというと―――

 

「黒乃、出力!」

(オーライ! 黒乃ちゃん!)

『うん!』

 

 零落白夜と神翼招雷の出力は等倍ほどだったが、振り切ったと同時に零落白夜の出力を上昇させる。エネルギー無効化の能力により、シールドへ触れる前に天裂雷掌刃・紫電は完全に消滅。この完璧なまでのコンビネーションを目撃した者すべては、思わずガッツポーズをみせた。

 

「流石だ2人とも! ぬぅ……! わ、私も身体を張った甲斐があるというもの……だ……」

「いや、箒のがよくやってくれたよホント……。完全に俺たちよりMVPだって」

(帰投したらすぐ誰かに診てもらわないとね……)

 

 はしゃいだ影響で絶対防御を貫通した傷でも痛むのか、箒は歓喜と苦痛の合間のような複雑な表情を浮かべながら2人へ近づく。一夏の言う通り、箒は2人を信じてよくやったものだ。もし箒が時間稼ぎをしてくれなければ、黒乃に神翼招雷すら発動させてもらえなかったかも知れない。

 

「私のことより、あの女は……」

「……とりあえず、命を奪うのは止めにした。無事に済ますとこっちがやられてたから加減はしてやれなかったが、どのみちあれじゃあもう戦えないだろ」

(マドカちゃん……)

 

 箒がチラリと下へ視線を向けるのに合わせ、一夏と黒乃も視線を落とす。するとそこには、あちこちがショートした状態の黒騎士を纏い、無造作にシールドへ横たわるマドカの姿があった。一夏のいう通り生命そのものに問題はなさそうだが、心配なのは精神の方だろう。

 

 2人に完全敗北したことでアイデンティティの崩壊でも起こしたのか、マドカはひたすら呪詛の言葉や敗因が理解できないという旨の言葉を呟いていた。その様に一同は複雑そうな表情となり、保護しなければという思いでも働くのか一様にして高度を下げていく。しかし―――

 

(あれ……?)

「黒乃、どうした?」

(うん、なんかもっと上空の方で音がしたような―――って、ええ!?)

「なっ……どこから飛んできた!?」

「とにかく避けろ、退避だ!」

 

 気のせいだとは思いつつ、気になるような音がしたと黒乃が足を止めた。一夏にどうしたと問われて更に上空に目をやれば―――なにか黄色いレーザーが飛来してくるではないか。明らかに意図的な攻撃だが、本当に考える暇などない。そうやって全員が大きな回避行動を取ったが、初めから狙いを定めていたのは―――

 

「これは……まさか!? クソッ!」

(イッチー!? ……っ!)

「ば、馬鹿な……もはや奴は戦える状態では―――」

「あっ……ガッ……はっ……!」

 

 レーザーの飛来した角度からして、その先にある狙いにいち早く勘付いたのは一夏だった。そうはさせるかと雪羅の盾を展開するも時すでに遅し。レーザーは恐らく初めからのターゲットであったであろう―――既に戦えない状態であるマドカを射抜いた。

 

「許せん……! 卑劣な奴め、あんな状態の者へ追い打ちをかけるなど言語道断! 出てこい、私が斬って―――」

「卑劣はちょっと酷いなぁ、箒ちゃんってば。完璧主義者って言ってくれなきゃ」

「な……に……? どうして……どうして貴女がここに居るんだ……姉さん!」

 

 武士道を重んじる箒からすれば、これは見過ごせない行為だった。怒髪天を衝くという表現そのもので許容できない行為をしたものを探していると、箒にとっては多くの意味で忘れられない姉の声が響く。馬鹿なと否定したい気持ちは儚く散り、紅椿のハイパーセンサーには―――ISを駆る少女の背に乗り、無邪気な笑みを浮かべる束の姿が映し出されていた。

 

「やっほー!箒ちゃん、くろちゃん、いっくん、おっひさー!」

 

 

 




どうしてもやりたかったことというのはこれですね。
やっぱり合体必殺技は必要かと!
別にこれを見越して神翼招雷になったってことではないんですが。


次回はついに姿を現した束&クロエからお送り致します。

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