八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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今話は表が黒乃とその周辺の視点、裏が別所の視点でお送りします。
どちらから読んでも差支えはないと思われます。

今回から京都編が本格始動……となるのはいいんですが。
すみません、力不足が否めないです。
一応調べはしましたが、ちゃんと京都という土地を理解できていないと思われます。
なので申し訳ありませんが、京都ならぬKYOUTOだと思って読んでいただければと。


第108話 古都にて(裏)

「無理」

「しんどい」

「尊い」

「さっきからなにを仰っているんです、そこの幼馴染プラス信者さんたち……」

 

 一夏と黒乃が京都を満喫する中―――そのかなり後方、2人の姿を見守る沢山の視線が。その内訳は、主に3名―――箒、鈴音、簪である。箒と鈴音は大事な幼馴染を、簪にとっては信仰の対象を、ラブコメ的な視点でカップリングを尊いものだと感じているらしい。とりあえず語彙力が低下するほどには尊いと感じているようだ。

 

 そんな3人に呆れた視線を送るのはセシリア。特にキャラが崩壊しているような気がする幼馴染2人への視線は、率直にいうと引いていると表現してもよさそうだ。そんなセシリアに対し、諦めにも似た表情をしているのがシャルロットとラウラ。ラウラはセシリアの肩に手を置き、黙って首を横に振った。

 

「ですがラウラさん、簪さんに至ってはジリジリと前へ出ているのですが……」

「なにっ!?ちょっと待て、少し自重しろ簪!」

「あ〜……ギリギリセーフ、とりあえず黒乃にはバレてないみたいだね」

 

 一応は物陰に隠れていたのだが、気づけば簪はその姿が完全に露出してしまっている。それで簪らが近くにいることを察した一夏は、慌てた様子で黒乃をそこらの店に押し入れた。一夏の機転で事なきを得たものの、作戦そのものが破綻しかねない事態に冷静であったメンバーは冷や汗を流す。

 

「簪、言い訳があるのなら聞くが?」

「な、ない……。ごめんなさい……」

「箒と鈴も、気持ちは解かるけど落ち着いてね」

 

 簪を物陰に引き戻したラウラは、少しご機嫌斜めな様子で問いかけた。だが特に言い訳はなく、100%自分の過失だと素直に認め謝罪。箒と鈴音もまだ特定はされていないながら、シャルロットにそう忠告され恥ずかし気に了解の言葉を述べる。

 

「まぁまぁ、そこは私の顔に免じて許してあげてちょうだい」

「生徒会のみなさんは、少しリラックスし過ぎではありませんこと?」

「それはまだ解かるけど、織斑先生に山田先生までってどうなのよ」

「あまり気を張り過ぎても今回の作戦は上手くいかん、仕込みが全てといっても過言ではない。なにせ、私たちは修学旅行の視察に来た一団……なのだからな」

 

 IS学園全専用気持ち、生徒会メンバー、教員の千冬と真耶が息を潜めているのは、そこらにあった甘味処だ。1学年専用機持ち以外の者は、それぞれ思い思い注文した品に舌鼓を打っている。というのも、千冬の放った言葉が全てなのだろう。

 

 一夏と黒乃を除いた11名は、時間をずらすどころか同じ時刻の新幹線に乗り込んで京都入りしている。これから起こる亡国機業との戦闘に備え、しなければならないことが山ほどあるからだ。時間をずらしていたようではとても足りないが、急いても事を仕損じる―――ということなのだろう。

 

「さて、バカップルの足も止まったようだしブリーフィングを始めるぞ」

「な、なんという緊張感の欠けたブリーフィング……。いえ、なにも教官のお言葉に逆らおうということではないのですが」

「ならいい。……とその前に更識妹、例の協力者と回線は繋がっているか」

「はい……今もオープンです……」

 

 3つ連なった団子を1つ咀嚼し終え熱い緑茶を啜った千冬は、そのままの勢いでブリーフィングを開始した。高校1年生ながら軍人であるラウラにとっては信じられない状況らしく、思わず口をはさんでしまう。そんなラウラを尻目に、千冬は簪に話を振る。すると、SOUND ONLYと表示されたディスプレイを差し出した。

 

「確か……七宝刃 参ノ太刀・驟雨―――だったか?」

『あっ、どもッス、お初にお目に―――はかかってないッスね!まぁはい、一応小烏党のナンバー4やらせてもらってる驟雨ってもんッス。皆さんよろしくどうぞ~ッス!』

「随分と軽そうなやつだが、本当に大丈夫なのだろうな?」

「大丈夫……。私の知る限り……今回は驟雨さん以上に頼りになる人はいない……」

 

 ディスプレイから響いた声は、なんと小烏党員のものだった。しかも幹部とされる7名―――七宝刃の1人、参ノ太刀・驟雨。声は加工している可能性も捨てきれないが、聞く限りでは若い男性のものだ。どうにも口調からして信頼できないのか、箒はしかめ面で簪に問いかける。

 

 だが簪は絶対の自信を持って頼れる人物だと断言して見せた。箒はその様子に、ならば仕方あるまいと大人しく引き下がる。そうして千冬は、改めて驟雨に協力を求めた理由を再確認するかのように質問を投げかけた。簪のいう今回とはいったい―――

 

「本当に、我々の存在を隠蔽することができるのだろうな」

『人伝の噂に関しちゃ断言できないッスけど、SNS等の情報なら自分が完全にシャットアウトしてみせますよ~。論より証拠ッスね、どなたかなんでもいいんでSNSやってないッスか?』

「ん、アタシやってるわよ」

『そッスか、んじゃ京都に居る的な投稿お願いします』

 

 驟雨に協力を求めた理由は、亡国機業に自分たちの存在を悟られないようにするためらしい。噂話はさておいて、SNS内ならば完全に防いでみせると豪語した。今すぐ証拠を見せると意気込み、鈴音が修学旅行の視察で京都にいるという旨の投稿しようとしたのだが……。

 

『授業だるい~』

「え、なんで!?」

『はい、自分が声を大にしちゃいえないことをチョチョイとやってるからッス。皆さんは京都に関する発言はできませんし、普通の観光客の方にも同じ現象が起きてるはずッス』

 

 入力文字は間違っていないはずなのに、投稿した瞬間に他の文章に変わってしまった。鈴音が驚愕の声を隠せないでいると、驟雨は自分の仕業だと語る。詳しくはなにをしたか教える気はないのだろうが、これならば確かに自信満々であったことも頷ける。

 

「なるほどな、信頼してもよさそうだ」

『そりゃどうもッス、黒乃様のお役に立てるならお安い御用ッスよ!』

 

 確実に法律に違反するようなことに手を出しているのだろうが、今回は目をつぶるつもりなのか信頼に値するという評価を下した。それに対して驟雨も誇らしげで、間接的でも黒乃の役に立てるのならと張り切る姿勢を見せる。参ノ太刀、つまりナンバー4なだけはあり、信仰心は並ではないらしい。

 

「よし、それでは今度こそブリーフィングを開始する。本作戦は、京都に潜伏する亡国機業を掃討するためのものだ。残念ながら京都での戦闘は避けられんだろう。そこで我々が用意したのが例のブツだ。各員、手筈通りにパススロットへ仕舞ったな?」

 

 驟雨が十分に役に立つ人物だという確認が取れると、千冬は本格的にブリーフィングを開始した。黒乃に京都旅行をさせるのももちろんのことだが、やはり主目的はこちら―――亡国機業の掃討だろう。この作戦に欠かせないなにかを、専用機持ちたちは既に所持しているらしい。

 

「向こうでも説明したが、それは簡易的なシールドジェネレータだ。指定したポイントへ設置し、ラインを形成することで広範囲をカバーする。重要文化財の損壊だけは確実に避けたい」

 

 京都市内の構造は碁盤の目と言われているように、南北と東西に直交する仕組みだ。恐らくそのシールド発生装置というのは、単体では意味をなさないのだろう。一定間隔で設置していくことで、発生したシールドが隣接したシールドへ連結。最終的には、京都市内を丸々取り囲むような巨大なものになるということだ。

 

「何手かに分かれてこれを速やかに配置するぞ。そうだな……デュノア、潜入の心得は」

「あ、はい。簡単なものなら、日本に来る前に仕込まれました」

「ならば設置役は凰・デュノア組、オルコット・ボーデヴィッヒ組、篠ノ之・更識姉組の6名だ。異論は?」

 

 この組み合わせは、どちらか片方に潜入工作に心得があり、いざ戦闘になった場合でのバランスが取れているからということなのだろう。シャルロットへ潜入に関しての確認をしたのがなによりの証拠である。それをメンバーは理解しているのか、特に反対意見はでてこない。

 

「更識妹は織斑と藤堂の監視、および驟雨と協力しての隠蔽工作を」

「はい……!」

『お任せッス!』

「布仏姉妹は全体のオペレートだ、お前たちの誘導も重要だぞ」

「了解しました」

「何気にプレッシャ~……。でも頑張りま~す!」

 

 2人の監視を命じられたのが簪なのは些か心配も残るが、誰よりも支援向きな打鉄弐式を所持しているからだろう。絢爛舞踏を有す紅椿を駆る箒ではないのは、単に隠密の心得がないからだ。そして、残った布仏姉妹に課せられた仕事は、実行メンバーを導くこと。

 

 どこのポイントに設置を済ませたとか、どこが未設置だとかを把握しつつ3組の専用機持ちが一夏たちとバッタリ鉢合わせないようにするのは本当に大事だ。姉である虚はいつも通り冷静に、妹である本音もまたいつも通りにゆる~く返事をしてみせた。

 

「私と山田先生だが、基本的には府警を離れることはないはずだ。直接会わねばならん用事ができたのならそこを目指せ、一応いつでも電話には出られるようにしておくがな」

「警察組織との連携も大事ですから、そういったことは大人である私たちに任せてください!」

 

 流石にこれだけの作戦を秘密裏に進めるのは無理だ。なにせ、京都上空が戦場になるのはほぼ確定なのだから。更識とブリュンヒルデの影響力を利用しつつ、様々な組織や人物の認可を得て作戦は進んでいるのだ。その1つとなるのが、千冬のいった府警なのだろう。

 

 当たり前ながら京都に自衛隊基地なんてものはないので、市民を守るために連携するのならば警察と消防になる。作戦当日における避難誘導の流れの確認だとかをするのは自分たちの仕事だと、真耶は自己主張の強い胸をさらに張りながら任せてほしいと頼りがいのある表情を浮かべた。

 

「だがあまり無暗に隠れようと考えるなよ、逆に浮く。緊張感は捨てず、お前たちも適度に観光を楽しめ。どうせそんなこともいっていられなくなる」

「千冬さん……」

「最後に確認するが、なにか質問はないか?―――なさそうだな。それでは、これにてブリーフィングを終了する。各員、準備ができ次第に作戦を開始しろ―――解散!」

 

 解散と宣言はしたが、とりあえずなにかを頼んだ者はテーブルに並べられたメニューを片付けるのが先決だ。簪は単独行動なので一夏と黒乃が店を出ると同時にその場を離れたが、残りのメンバーは揃って甘味処へ留まることになってしまう。

 

 ついでにいうならなにも頼んでいなかった者も注文をし、結局メンバー全員が散ったのはそれからしばらくのこととなる。時間が足りないとはいったが、なにも焦っても仕方がないという千冬の言葉が効いたのだろう。この調子ならば、敵に悟られるようなことはなさそうに思える―――

 

 

 

 

 

 

「…………」

「クロエ、なにか違和感でもあるのかい?」

「……そう……ですね……。それだけでなく、このような服装ではいざという時の機能性が低いです。非効率です」

 

 IS学園勢13名が京都へ入る数日前、仮称するのならば科学者一家組がとあるホテルのロビーにてそんなやり取りを交わしていた。クロエは自らの身を包むゴシックなファッションに思うところがあるようで、着心地に関しても含めて非効率だとバッサリ斬り捨てた。

 

 年頃の女の子らしくない発言に、鷹丸はクスクスと笑いを零す。どうして鷹丸が笑うかは理解できないながら、不愉快であるのは感じ取ったらしい。ムスッとした表情を浮かべ、そっぽを向くことで反抗を示した。だがその姿は今度こそ年相応で、それがまた鷹丸の笑いを誘う。

 

「パパは意地悪です」

「ハハ、なにを今更。僕だって白衣がないと落ち着かないんだ、それで相子ってことにしようよ」

 

 そういう鷹丸の姿はフォーマルスーツで、夏場の炎天下でも脱がなかった白衣は見当たらない。自らが科学者である象徴であるとともに、単に癖で着ていないと違和感があるのだろう。逆をいえば、堅苦しいような恰好を極端に嫌っているというのもある。

 

「ま、人に会うからお互い仕方ないよね。今日ばかりは我慢―――」

「たっく~ん、くーちゃ~ん、お~待たせ~!」

「パパ、これは俗にいうツッコミどころというものなのでしょうか?」

「いや、束さんは気にしたら負けだよ。いって聞くなら苦労はしないし」

 

 人に会うのだから正装は欠かせないのだとクロエに告げようとしたところで、トイレにでも行っていたのか2人の前に束が現れた。その姿はアリスを模したようないつものエプロンドレスで、どこで学習したのかクロエはツッコミを入れようと身構える。

 

 やるだけ無駄だから止めておきなさいと鷹丸が制したところで、なんの話~?―――なんて、あざとく首を傾げてみせた。鷹丸の言葉は嘘だらけだが、こういった場合は逆にストレートに真実を伝える性質である。そこで、人に会うのにその恰好はどうなのかとやんわり伝えてみると―――

 

「え、だったらアリじゃん。だって名前にドレスって着いてるし!」

「ママ、それは屁理屈という奴―――もごっ」

「そうですよねぇ、アリですよねぇ。束さんがアリスなら僕はマッドハッターあたりの恰好もいいのかも知れないですねぇ」

「アハハ、キャラ的にも似合う~。じゃあくーちゃんは、う~ん……チェシャ猫あたりでどうかな」

 

 平然とエプロンドレスなのだからなんの問題もないと言い放つ束に対し、クロエは指摘しなければ気が済まなかったのか口を挟むが―――鷹丸に口を塞がれて遮られてしまう。やはりいっても無駄だと判断したのか、むしろ露骨に束の話に合わせにいった。

 

 どうやらマッドハッターというチョイスがよかったらしく、束はむしろ上機嫌なようにみえる。クロエがチェシャ猫というのは、性格どうこうよりも猫の恰好をしたのを見てみたいだけだろう。この分だと、2人はいずれ本当にコスプレをさせられる運命かも知れない。

 

「それより、準備ができたのなら向かいましょう。そう待たせてはいないでしょうけ……どっ……」

「もう、立ち上がるときは手を貸すからいいなってば」

「ママのいう通りですよパパ、貴方は健常者ではないのですから」

「いやぁ手を借りるのが癪ってことではないんですけどね。まぁ、2人ともありがとう」

 

 椅子から立ち上がろうとする鷹丸だが、右足が義足なだけあって杖ありきでも上手くいかなかった。すかさず両サイドから束とクロエのフォローが入ったために転倒することはなかったが、誰がみたところで危なっかしいことに変わりない。早く慣れねばと誓いつつ、少しは手を借りることも覚えようと思う鷹丸であった。

 

 そして亀の歩みながらゆっくりと確実に、義足を少しひきずりながら前へ進む。束とクロエはなんの文句もなしに鷹丸のペースに合わせ、両サイドを定位置のようにキープし続ける。そんなさりげない気遣いは、鷹丸の心になんともいいがたいしこりのようなものを残す。

 

「さて、ここだね。お邪魔しま~す」

「あら、いらっしゃい。タイミングがよかったわね、たった今食事が運ばれてきたところなのよ」

「そいつは僥倖ですね、スコールさん。わざわざこんな格好をした甲斐があります」

 

 扉の先で待ち受けていたのは、豪華な商事と優雅な笑みを浮かべる―――亡国機業がスコール。人と会う約束というのは、どうやらスコールのことを指していたらしい。目的はどうあれ、完全にIS学園と敵対関係にある組織と共謀するつもりなのだろうか。

 

「え~と、すみません、とりあえず座っても?」

「勿論よ。大変だったわね、逃亡するためとはいえ右足を―――」

「なっ……!?テメェ、このクソニヤケ面ぁ!どーしてテメェがここに居る!」

「あっ、オータムさんじゃないですかぁ。お久しぶりです、息災でした?」

 

 右足のこともあってかとりあえず座りたい鷹丸だったが、食事の時間ということもあってか彼女がリビングへ姿を現した。学園祭の際、鷹丸に対して因縁アリアリのオータムだ。次に会ったらタダじゃおかないというようなセリフを吐いたというのに、むしろ向こうからやってくる始末。

 

 当然だが、スコールに会うというのならオータムにも会うということは理解している。だが、やはり大人しく謝るような性格じゃない。むしろヒラヒラ手を振りながら息災だったかと煽りにかかった。それが短気なオータムには気に障ったのか、怒りに満ち溢れた表情で鷹丸を睨み付ける。

 

「オータム、止めなさい。彼は大事なお客様よ」

「いいや、こればっかりはスコール―――お前のいうことでも聞けねぇ!コイツはここでブッ殺―――」

「くーちゃん」

「はい、ママ」

 

 スコールはオータムに怒りを鎮めるよう警告するが、むしろ火に油を注ぐように殺気をより強いものにさせた。そんな怒号とは正反対に、静かで鋭い声が2つ。束はツーカーの取れた様子でクロエの名だけ呼ぶと、次の瞬間にオータムはうつ伏せになるようにして組み敷かれていた。

 

 あまりの早業に、なにが起こったかいまいち理解できていないらしい。そんなことは知ったことかというように、クロエはスカートを捲りふとももに装着するタイプのホルスターから小型のナイフを取り出す。そして容赦の欠片も見えない様子で、それをオータムへ振り下ろした。

 

「ダメだよクロエ、束さんもです。僕らが殺したいのはたった1人なんだから」

「え~……有象無象の1匹や2匹同じことだと思うけどな~。まぁいっか、たっくんがそういうなら仕方ないよね。くーちゃん、ありがと!もういいよ」

「かしこまりました」

 

 クロエを止めたのは、攻撃されかけた鷹丸だった。ダメだよと発したと同時にクロエの手は止まったが、ナイフの切っ先はミリ単位でオータムの首へ刺さっている。つまり、鷹丸が止めるタイミングがもう少し遅かったらオータムは絶命していたということである。

 

 なにがなんだかわからない内に殺されかけたという事実が、急にオータムへ恐怖を植え付けた。ダラダラと大量の汗を流し、呼吸を乱れさせて生き残ったのだと実感させるその様には、先ほどの威勢なんて微塵も感じさせない。クロエがあまりに機械的ということも十分に関係していそうだ。

 

「……オータム、冷静になれないなら下がっていなさい。さもないと、今度こそ死ぬわよ」

「あ、あぁ……」

「すみませんね、僕の妻と娘が」

「いいえ、こちらにも非は―――妻?娘?あら、貴方たちそういう関係なの」

 

 それまでの柔和な態度はどこへやら、スコールは亡国機業のリーダー格らしい声色でオータムへ指示を出した。素直に指示に従ったのか、はたまた本当に命の危険でも感じたのかは不明だが、オータムは立ち上がると同時にそそくさとリビングを後にする。

 

 オータムの姿が見えなくなったと同時にすかさず謝罪を述べるが、その際に束とクロエを妻と娘と表現した。なんの前触れもなく飛び出たその宣言に、スコールはからかうような表情を抑えられない。一方の束はというと、かなりの不意打ちに勝手に手を付け始めていた食事を吹き戻しかけてしまう。

 

「まぁそれはさておいて、交渉を始めましょうか」

「さておいてって、妻っていう割にはやっぱ私の扱い雑じゃない?あ、くーちゃんも食べなよ。お仕事の話はパパに任せようねー。そうだ、私のお膝に座る?」

「それは魅力的な提案ですが、その……さ、流石にそういった年齢でもありませんので……」

 

 鷹丸にとって、束とクロエのことで茶化されるのは時間の無駄だ。何故なら、事実は事実なのだから鷹丸が照れるようなこともムキになるようなこともない。だから手っ取り早く交渉へ入ろうとしたのだが、隣で繰り広げられる母娘の戯れには思わず頬が緩んでしまうようだ。

 

「さて、貴女の提示してきた条件ですが、申し訳ないんですけど頭から妥協案を提示するしかないですね」

「あら、貴方が学園を―――いえ、社会を離脱したならより動きやすいのではなくて」

「そこは確かにそうなんですけど、束さんの施設じゃ僕はできないことも多いんですよ」

「たっくんが細かすぎるのがいけないんですー」

 

 スコールが持ち掛けた条件とは、以前に藤九郎と交渉した内容と同じく機体のチューンナップだ。しかし、鷹丸らしくもなく妥協案を提示するところから入る。それには諸々の事情というか、自由に動けるようになったからこそ出来なくなってしまったことがあるからだ。

 

 それは、近江重工の施設が使用不可になったということ。鷹丸専用の研究室というものがあり、自らが造り上げた機器があってこそ初めて100%を引き出せる。例え束が至高の天才で、そんな人物が造り上げた機器だろうがなんだろうが、やはり自分の馴染みがある物でなければ意味をなさない。

 

「そう…………微妙なところね。貴方たちが提示した条件が簡単すぎるせいで、こちらも簡単に首を縦に振ってしまいそうだわ」

「えぇ、僕らは黒乃ちゃんに手を出さないということを守っていただければ満足ですよ」

 

 全力は出せないながら、機体の性能の底上げは間違いなく可能ということなのだろう。スコールは、この条件を呑むか呑まないか非常に難しい判断を迫られていた。それは本人が述べた通り、鷹丸たちの提示した条件が黒乃に手を出さないという簡単過ぎる内容だからだ。

 

 それは勿論のことながら、全力を出せるのならそちらの方がいいに決まっている。だが全力を出せない前提で、鷹丸たちも簡単な条件を提示しているのかも知れない。そう考えるのなら、かなりの性能向上は見込めるのだからここは条件を呑むのが吉。

 

「解ったわ、その条件で―――」

「ふざけるなスコール、そのような条件を私が許すと思うか!」

「はぁ……今度は貴女なの?エム」

 

 スコールが交渉の成立を告げようとすると、聞き耳を立てていたのかマドカが現れた。血の気が多いということはないが、こと黒乃が関わると途端に冷静さは失われてしまう。そんなマドカが黒乃に手を出すなといわれ、それで納得がいくわけがない。

 

「だいたいだ、そのような胡散臭い連中に頼らずとも戦える!」

「ん~……ん~?あぁ、はいはい、キミはそういうことなんだね。なるほどなるほど~」

「なんだ貴様、ISの開発者だかなんだか知らないが―――」

「専用機、あげようか」

 

 クロエとの食事を楽しんでいる様子の束だったが、マドカの登場にそちらの方へ目を向けた。当初は五月蠅いなぁといったマイナス要素での興味だったようだが、マドカの顔を見るなり何かを察した様子だ。するとニコニコ微笑みながら近づき、今にも鼻と鼻が触れそうな距離で衝撃の言葉を放つ。

 

「なんだと……?」

「それだと流石に天才夫婦の手腕をもってしても3機のチューンナップは時間が足りないけど~。でもさ、私たち手製の専用機が1機あったら十分でしょ」

「それは確かにそうだけど、貴女たちの提示した条件はどうなるの?」

「そうだね、私たちの機体をこの子が扱うなら、特別に許してあげなくもないよ」

 

 2人にとって寝ずの作業なんて日常茶飯事だが、専用機を開発するという前提付きならチューンナップは物理的に時間が足りない。だが束のいう通り、強奪して手を加えた機体なんかよりはかなりの戦果を見込めるだろう。しかもマドカがその専用機を操るのなら、限定的に黒乃への攻撃を許可してもよいとのこと。

 

 スコールにとって、この条件はまさに破格ともいえる。専用機をまた新たに得られるうえに、マドカを大人しくさせることもできるのだから。しかし、それだけに読めない―――裏になにがあってそのような、亡国機業側にしか利のない条件を出してくるのかが。

 

「……スコール」

「ええ、貴方たちが本当にそれで構わないのなら」

「たっく~ん」

「大丈夫ですよ、1機造るだけなら僕ら2人でお釣りが出ますし」

 

 どちらにせよ出し抜く準備はしなければならないし、出し抜かれる覚悟もしなくてはならないのだから同じこと。特に異論を抱く者がいないということは、交渉はこれで成立だ。束は上機嫌で席へ戻ったが、マドカの方は部屋へと帰って行ってしまう。

 

 スコールがそのことに軽く謝罪を入れると、止まっていた食事は再開された。とはいっても、鷹丸とスコールは飲み物にしか口にしていないのでこれが実質の食事の始まりともいえるが。それはさておき、鷹丸としてはクロエに声をかけておかなければならないことがあった。

 

「クロエ、キミは平気かい?」

「パパの仰りたいことはよく解ります。ですが問題ありません、私はパパとママの決定に従うまで。それに―――未来は自ずと視えてくるというもの」

「……そうかい、そうだね」

 

 突如として黒乃とマドカが戦う流れとなったことで、クロエにいらぬ心配をかけると鷹丸は思った。だがそれこそが要らない心配であり、クロエは特に思うところはないとでもいいたげに返す。またしても子供らしくない態度で、それは救いでもありながら一抹の寂しさも感じる鷹丸であった……。

 

 

 




黒乃→簪?かんちゃん居たの?
一夏→危ない……!完全に簪が視認できてたぞ!?

実のところ表裏構成にするか迷ったのですが、最近は話の進みも遅いので。
ですが、次回も一夏&黒乃の旅行記でお送りいたします。

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