八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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今話は表が黒乃とその周辺の視点、裏が別所の視点でお送りします。
どちらから読んでも差支えはないと思われます。

今回から京都編が本格始動……となるのはいいんですが。
すみません、力不足が否めないです。
一応調べはしましたが、ちゃんと京都という土地を理解できていないと思われます。
なので申し訳ありませんが、京都ならぬKYOUTOだと思って読んでいただければと。


第108話 古都にて(表)

『こちらは京都、京都でございます。お降りの方は、お忘れ物のなきよう―――』

「2時間弱くらいなら新幹線のが楽でいいな」

(そうだねぇ、しかもグリーン車だったし楽ちんだった~!)

 

 イッチーの衝撃発言から数日後、婚前旅行っていうことで京都へはせ参じた。本日は快晴、気温は盆地ということもあってか少し低い気はするが、行楽としてのコンディションとしては最適だろう。新幹線で所用時間は約2時間、イッチーはホームに降りると同時に肩をグルグルと回した。

 

 飛行機だけじゃなく、新幹線っていうのもなかなかオツなもんです。そうイッチーの言葉に肯定を示してはいるが、若干の警戒感を纏いながらの反応になってしまう。なぜかって、そりゃあこの時期に京都へ来ているからに他ない。この説明でも解かる人にしか解らんか……。

 

 えーと、私は1か月ちょっと眠り続けたわけだ。その間、本来ならばワールド・パージ編や体育祭編が発生するはずなんだけど、それらしい騒ぎがあったというのは聞かない。……というか、後者に至っては私が派手にやらかしたせいで学園がワヤなわけでして、はい……そのせいで自粛になったらしい。

 

 まぁそれらの本来は起こるべき事件が起きなかったのなら、それはそれでよいうことだと思う。でも、要するにこの瞬間が京都編に位置する状態だったりするのかな。だとするとヤバない?戦力が専用機持ち2人ですよ?アレとかアレに私たちだけで対処できる気がしませんけど。

 

 流石にもう起きない前提で考えるのは愚かしいだろう。VS亡国機業勢は確実に発生するとして、なにゆえ他の専用機持ちたちは姿をみせないのか。……密かに現地入りしているとかかなぁ?私とイッチー2人だけというのが、連中を油断させる作戦だったりすればいいんだけど……。

 

 ……って、ハッ!?それはそれで問題じゃないか、どうして私はそれを知らされていない!要するにイッチーの婚前旅行発言が嘘同然ってことになっちゃうじゃん!……はい止め、この考え止め止め。イッチーを一瞬でも疑わないとならない状況が出来上がるのなら、これ以上の思考はなんの意味も持たない。

 

「よし、とりあえず旅館に向かうか」

(うん、時間は有限だもんね)

 

 ほらみなよ、イッチーのこの素敵な笑顔を。やはり疑うようなことをしたくはないし、例え嘘だったとしてもどうだっていい。私が考えていいことは、ただイッチーとの婚前旅行を楽しむことだけだ。もしこれを邪魔しようという無粋な輩がいるのなら、斬ればいいだけの話だしね。

 

 んじゃ、イッチーの隣を離れず行きますか。宿泊先とかの大まかなプランは考えてくれているようで、安心してついていけるというものだ。あーもー!こういう時にリードしてくれるって、私の乙女化がキュンキュンしちゃいますよ。惜しいのは、荷物が多くて腕に抱き着けないところだろうか。

 

 まぁそれは後からじっくり張り付かせていただくとして、とりあえずは移動移動~。荷物も多いため、当然だが利用するのはタクシーだ。乗り込むなりイッチーが旅館の名を指定するもんだから、運ちゃんはからかう目的か私たちにご夫婦で旅行ですかなんて聞いてくる。バカめ、その類のからかいはからかいにもならんわ!

 

 速攻で首を縦に振る私にそうなんですよと全肯定するイッチー。そんな私たちをみてか、運ちゃんは割と困った様子で反応するしかなかったようだ。フッ……勝った。イッチーの方も無意味に勝った気でいるのか、黙って私の手を固く握った。私もそれを握り返すと、あぁ……なんだろうね、2人の旅行が始まったって気がするよ。

 

 

 

 

 

 

「おー……見事な石畳だよなぁ。なんていうか、風情がある?とかそんな感じ」

(ん、解かる。洋風のとはまた違った魅力があるよねー)

 

 荷物を置いた2人がまず向かった先は、二年坂・三年坂の付近である。総延長はだいたい350mで、その麓にいる一夏は見えない先まで視線をやり、感心したような様子で坂を見上げた。なんとなく静かな和を感じずにはいられないのか、2人の雰囲気もどこか大人しい。

 

 とはいえ盛り上がりに欠けるのとは違う。むしろこの2人の関係は、周囲からすれば鬱陶しいほどに燃え上がり続けているのだから。すると早速、それまで自重していた反動だと言わんばかりに一夏の腕へ抱き着いた。一夏の方もはにかむような表情をみせると、2人はようやく歩き出す。

 

「そういえばさ」

(うん?)

「清水寺って子宝祈願もありらしいな」

「ブフーッ!」

 

 坂を上り始めた途端に、一夏はふと思い出したようにそう告げる。このまま三年坂を上り続ければ、自然と清水寺へは辿り着く仕組みだ。黒乃も参拝していくんだろーなー程度のことは考えていたが、あまりに唐突にそんなことをいわれて盛大にむせてしまう。

 

 その珍しい様子に一夏はかなり本気で笑い飛ばしてみせるが、いわれた方はそれどころではない。足を止めずにはいられないし、しばらくゴホゴホと咳込まなければ落ち着かない。一夏も未だに笑いながらも足を止め、次に黒乃がどう来るのかを見守った。

 

「き、き……気が早―――」

「ん?そうでもないだろ、あと2年とかそこらかも知れないぞ」

(へぁぁっ!?ちょっ、イッチー……?イッチーが、イッチーが積極的で死ねるぅ!)

 

 俯きながらぶんぶんと両手を振って気が早すぎると誤魔化そうとするが、それを阻んで一夏は黒乃の瞳を覗き込んだ。しかもその口ぶりでは、学園を卒業するのと同時に妊娠してもらうといっているのと同等。これについては半分冗談で半分本気といったところだろうか。

 

 一夏からいわせれば、すぐにでも自分の子供を産んでほしいくらいのことは常に思っている。しかし、やはり金銭面などの理由で現在はまだ適切なタイミングではない。つまり妥協しているようなもので、本当に気が早いなんて考えは微塵もないのだ。ただ、黒乃の反応をみるに困らせていると感じたのか―――

 

「ま、そんなに難しく考えんなって、俺だって焦ってるわけじゃないからさ。ただ、1つ約束はしてほしいかもな」

(ほうほう、約束とな?)

「いつでもいいから、必ず俺の子を産んでくれ」

(……うん、約束)

 

 一夏のいう約束とやらに耳を傾けてみれば、今の黒乃にとっては反応の困る内容だった。本人との対話をすませはしたが、タイムリミットが残りわずかということに変わりはない。憑依している己が必ず一夏の子を産めるかどうかの保証などありはしないのだ。

 

 おかげで一瞬だけ黒乃の表情は内心だろうと陰ってしまうが、必死に取り繕いながらパッと顔をあげた。その際、同時に小指を一夏へ差し出す。その意図を察した一夏は、自らの小指を黒乃の小指に絡め、指切りげんまんと腕を優しく上下へと振った。

 

「よし、約束したからな。破ると怖い―――あ……?簪……?」

(へ、簪?かんちゃん?あれ、もしかしてやっぱりこっちに来て―――)

「あ、いや、ちが―――あ、あーほら黒乃!かんざし、更識じゃなくてホントのかんざしを売ってるみたいだぞ!ほら、せっかくだし少し覗いてこう。なっ、なっ!?」

(おおう……?リアルガチの方のかんざし屋―――あっ、ホントだあった。けどなしてそんなに焦ってるんですかね)

 

 指切りを終えた2人が指を離すと、一夏が目を細めながら確かに簪と呟いた。普通の人物なら装飾品の方を連想するだろうが、生憎その名に該当する友人がいるわけで……。黒乃は友人の方の簪かと思い、背後の方をキョロキョロと見渡した。

 

 だが、それは一夏が別の方向を指差したことで注意が逸れる。そこには確かに装飾品の方の簪専門店らしきものが構えており、一夏は黒乃の背を押すことで強引に入店させた。あまりの押しの強さに違和感は感じたものの、店員の自分たちを出迎える声に釣られ、意識は店の方へ向く。

 

「いらっしゃいませ~」

「へぇ、意外といろいろ種類があるんだな……」

「そうですねぇ、男の方だと似たような反応をされますね」

(いやぁ、ウチかて女?やけど、こんなぎょうさんは知らへんかったわ)

 

 飛び入りではあったが、店内に飾られてある簪の数々に一夏も関心が湧いたらしい。向こうは黒乃連れということで既に彼女へのプレゼント用だとでも思っているのか、目線が似合いそうなものへと泳いでいた。すぐに自分へ話が振られるであろうというのに、黒乃はボケーッと眺めるばかりだが。

 

「どれか気になる品はあります?」

「どうだ、黒乃」

(せやかて工藤!―――ふざけ過ぎか。う~ん、そうだなぁ……)

 

 まぁ確実になにかしら買ってくれるであろう客に対し、店員はかなり積極的に商品を勧めにいった。一夏も既にプレゼントする気が満々なだけに、特になにも気にすることなく黒乃に選んでみろと催促してみる。そういわれて店内を見渡した黒乃が手に取ったのは―――

 

(やっぱこれ、かな)

「羽のデザイン、お好きなんですねぇ。指輪もお揃いですし」

 

 白鳥の羽らしきものが装飾されているかんざしだった。まるでそれを手に取ることはお見通しですよと店員がいいたげなのには、それなりに理由があるらしい。答えは簡単、2人の左手薬指にはまっている翼のデザインをしたリングからだ。これをプレゼントされて以来、黒乃にとっても翼や羽は特別なものになった。

 

「いいのか?もう少しゆっくりみてもいいんだぞ」

「あなた」

「うん?」

「あなただから」

「そ、そうか。そうか……」

 

 ほぼ即断即決の状態だったためか、一夏は他を見なくても大丈夫なのかと問いかける。それに対し、黒乃は羽の装飾を指先でつつきながらあなただからと返した。これは、白い羽は白式の―――一夏の象徴だからといいたいらしい。一夏の象徴だから、これがすごく気に入ったのだという意味だ。

 

 短い言葉からそれをしっかり察知した一夏は、顔を赤く染めながら頬をポリポリと掻くばかり。そんな2人の若い様子をみて、それなりに年配の店員はあらあらまあまあと茶化すような声をあげた。それで現実に引き戻されたのか、一夏は誤魔化すように店員に告げる。

 

「これ試着とかは―――」

「えぇ、もちろん」

(ん、試すのは大事だよね。それじゃあ早速―――)

「ちょっと待った、俺の役目を取らないでくれ」

 

 一夏が店員から試着の許可を得ると同時に、黒乃は髪を結い上げ始めたが―――一夏から待ったがかかり手を止める。どうやらかつて話したように、黒乃の髪を弄るのは自らの仕事だという認識かららしい。黒乃本人も全面的に賛成なのか、大人しく簪を手渡した。

 

「これでよし……っと……」

「まぁ、よく似合ってますよ。美人さんですし。見栄えも抜群です」

 

 時間をかければ細かいデザインも可能なのだが、今回は手っ取り早くお団子状に結い上げた。そこへ件の簪を差し入れると、黒乃の髪はバラけることなくキレイに纏まる。生憎ながら服装とこの髪型はミスマッチなものの、それでも黒乃の元がいいのでさほど問題ではなさそうだ。

 

 手早い仕事に感心しながら鏡を覗くと、そこには黒髪と見事なコントラストを生み出す白い羽つきの簪が。対となっていることにご満悦なのか、かなり気に入った様子である。一夏の方も滅多に垣間見えない黒乃のうなじにご満悦なのか、背後でニコニコと笑みを浮かべていた。

 

(うぅむ、ここまでくると欲しいなぁ)

「黒乃、値段のこととかは気にすんなよ。俺は黒乃が喜んでくれるならそういうのは二の次なんだから」

(この買っていただく前提がどうも……。い、いや、イッチーがそういってくれてるんだからお言葉に甘えようじゃありませんか!)

 

 当然のように一夏が金を払う気構えでいることに妙な罪悪感を覚えるも、断るのはそれで失礼でもあると厚意に甘えることにした。どちらにせよ、一夏の頑固な性格からすれば意地でも払うだろうから無駄というのもある。黒乃は一夏にしっかり頭を下げ、感謝の意を伝えた。

 

 やはり服装のこともあってか、購入後はお団子状の髪型を解除。簪の方は専用の箱に入れ、後生大事そうに手提げの鞄へしまった。2人とも満足のいく買い物ができたようでなによりである。やはり直接的な物品は、旅の思い出としてはおあつらえ向きだろう。

 

「あ、そういや皆にもなにか土産を買って帰らないとな」

「最終日」

「そうだな、そういうのは帰り際にまとめてやろう。勇み足にはならないよう、時間の計算はキチンとしてからだな」

 

 他のメンバーも京都に現地入りすることを知っているというのに、店を出るなり一夏は白々しいことをいい出した。これも黒乃に違和感を抱かせないようにする作戦のうちであり、友人たちに旅先で土産を買うのは基本だろう。つまりそういう言葉が出てくるのは自然なわけで、黒乃はなんの疑いも持たずに首を頷かせた。

 

 最終日、帰る直前にしようと取り決めた2人は、その後も気ままに三年坂を散策しながら昇って行く。途中何件かの店に立ち寄りつつ、ようやく主目的である清水寺へと辿り着いた。やはり縁結びのイメージが強いのか、女性の参拝者が多いように見受けられる。

 

「えーっと、確か撫で大国さんってのが本堂の近くにだな……こっちか」

(なんか、舞台とかよりこっちのが人だかりができてる気がするね)

 

 敷地内の見取り図を確認しながら、一夏が参拝しておきたい撫で大国さんなるご神体を目指した。広い敷地とはいえ境内は人でごった返しており、とりわけ一夏たちの目指している方向は特別多いような気さえする。それだけ著名な神様なのかも知れない。

 

 長い行列に並ぶことしばらく、一夏と黒乃の番がやってきた。ご神体の姿は袋を携え打ち出の小づちらしきものを構えている。七福神でいうところの大黒天に近い存在なのかも知れない。近くには看板が添えられており、どこを撫でればどういったご利益があるかの説明が書かれている。

 

 例えば小槌を撫でれば良縁・開運・厄除け。頭を撫でれば受験必勝・成績向上。一夏が先ほどいったように、お腹を撫でれば安産・子宝のご利益が得られるようだ。その他さまざまなご利益も得られるようで、撫で大国さんの名が知れ渡るのもわかる。

 

「ほら黒乃、好きなとこでご利益もらえよ」

(ぐ、ぐぬぬ……!意地悪なイッチーも大好きだけど……うーっ!え、えーっと……げ、元気な赤ちゃんを宿して、母子ともに健康にう、産めます……ように……)

 

 ニヒルな笑みを浮かべて一夏はそういう。つまりそれはフリのようなものであって、どこを撫でればいいか解かってるよな?……といっているのとほぼ同じだ。意地の悪い一夏に対して内心で頬を膨らませつつ、無表情ながらも顔を真っ赤にしながらお腹を撫でた。

 

 プルプルと小刻みに震えているようだし、一夏が思っている以上に羞恥を感じているようだ。もっとも、安産ないし子宝だというのなら損はないとは思っているらしい。さて、一夏の方はというと、看板を眺めて考え事をしているようにみえる。

 

(どったのイッチー?)

「ん、いやな……どれも微妙に的外れな気がしてさ。夫婦円満とか言われても、俺と黒乃は永遠に円満だろうから無意味というか」

(あ~……そうだね、それはいえてる。それじゃあ、これなんてどうかな?)

「勝運・芸事上達か……なるほど、ISに関してだな」

 

 撫で大国さんが足場にしている俵を撫でると、出世や夫婦円満のご利益があるらしい。しかし、一夏はまだ社会人でないため出世願望なんて的外れ。夫婦円満に関しても、一夏と黒乃の互いの好感度はカンストどころか無量大数とも表現してよいのでこれも無意味。

 

 ならばなんのご利益をわけてもらおうかと思案していると、黒乃が看板の手という表記を指差した。手は勝負運や芸が上達するご利益。だとすると、どちらもISに関わるといえよう。特に勝負運、今の一夏には喉から手が出るほど欲しいものだ。

 

(どうか勝たせてください、黒乃を守る為の勝負だけでいいんです……)

 

 黒乃を守る為には向かい来る相手を倒す、つまり相手に勝たなければならない。一夏はそれ以外の試合だとかにカウントされる勝負に2度と勝てなくなっても構わない、その代わり黒乃を守る時だけは必ず勝ちを運んでほしい。そういう願いを込めながら、撫で大国さんの手を撫でた。

 

「……ご利益、あるといいな」

(信じる者は救われるっていうし、信じてればいいことあるよ……きっと!)

 

 1人で勝手にシリアスな気分に浸ってしまったせいか、向いている黒乃の視線に不必要なほどの笑顔をみせた。その願いが成就するかは実際の戦闘になってみなければ解からないだろうが、黒乃の考えていることが真理といえよう。結局のところ、最後は己の力を頼るしかない。

 

 ご利益を分ける側がするのは、あくまで受ける側にきっかけや考えの変化を与えるまで。一夏も黒乃を守るという決意を改めて魂へ刻んだことだろう。これがあるのとないのとでは大きな違いであり、その点でいえば一夏は既にご利益を得ているのだ。

 

「清水の舞台もみていくか。日頃から空飛んでるから、俺たちの目にどう映るかは解からんが」

(いやぁ、私は少なくとも戦闘してるしで目が回って景色どころじゃないよ?)

 

 参拝を終えると撫で大国さんに感謝の礼をしてから、2人は次なる目的地を定めた。やはり清水寺で観るべき場所はと聞かれれば、清水の舞台が真っ先に思い浮かぶところだろう。一夏は微妙に無粋なことをいうが、的を射ているような気もする。黒乃の発言もまたそうなのだが。

 

 基本的にIS学園の上空から見える景色なんて一面が海で、それがほぼ毎日ともならば新鮮さに欠ける。学園の敷地以外でのISの展開はご法度だし、生身の状態で眺める絶景はまた格別だろう。それが隣に恋人が居るというのなら、また違った様子に感じるかも。

 

(うわぁ~お、生身でここまで見渡せるってやっぱ凄いよ~!)

「考えてみれば、時期が最高だな。取り囲んでる木の葉が見事に赤々としてら」

 

 清水の舞台に辿り着いた黒乃は小走りでせり出した柵から身を乗り出すようにして手をかける。遠くに広がる京都中心部の景色も見事だが、一夏のいう通りに秋という時分もあってか、舞台を取り囲む木々の葉が紅く染まっているのもまた風情がある。

 

 その時、舞台を吹き抜けるように一陣の加瀬が舞う。すると風に巻き上げられて紅葉は散り、ひとひらの葉がちょうど黒乃めがけて落ちていく。それを優しく両手で受け止めると、奇跡的な出来事に内心でニッと一夏へ満面の笑みを送った。外面から見るとただ真っ直ぐな視線を受け、一夏はただ穏やかな出で立ちで愛しい人を見守る。

 

(……よかった、楽しんでくれてるみたいだな)

 

 一夏の穏やかな様子には、そんな思考が隠されていた。黒乃を旅行へ連れて行くという流れになったのは、自爆の件で精神的な傷を負ったと思われているせい。それだけに、一夏の頭はずっとそんな心配で満たされていたのだろう。というよりは、もっと前からずっと―――

 

(チョーカー……首輪……)

 

 思考をそういう方向へもっていくと、ふと……黒乃の首元へ目が行ってしまう。刹那の待機形態である黒いチョーカー。コアが生きていただけに、なんの問題もなく黒乃の元へ帰ってきた。最近の一夏の考えからすれば、戻ってきてしまったと表現するのが正しいのだろう。

 

 刹那の待機形態がチョーカーであるのが関係しているのだろうが、それを鷹丸にはめられた首輪だと思ってしまう一夏がいた。従順な所有物として、自らの欲求の為に黒乃を飼いならすための首輪―――それが刹那。また、黒乃が戦いを望んでいるというのもその考えを加速させる。

 

 2人の黒乃で多少異なる認識のようだが、八咫烏の方に関しては言葉通りに純粋な戦いを。一夏が思ういつもの黒乃は、己と並び立つために刹那は必要だということ。瞬間、一夏はギリギリと歯を食いしばってしまう。あらゆる悔しさやドス黒い意志が、一気に襲ってきたのだろう。

 

「黒乃……」

(え、あの……人前だとかそういう前フリは聞いたけど、まさかこんな観光地で……)

 

 一夏は真っ黒い感情を抱くと同時に、黒乃に対して愛おしく守りたくて仕方がないという想いも過った。それが抑えられず、堪えられず、後ろから腰を回すようにして黒乃を固く抱きしめる。いきなりの出来事に困惑はするものの、黒乃に振りほどくという選択肢は端からない。

 

 ただ、一夏が無言なのが緊張を誘ってどうしようもないのだろう。2人の世界は妙に静かで、逆に外野の声がよく聞こえてくるというもの。いくら私服だろうと美男美女なうえ、それなりの有名人のカップルな2人は、当たり前のように正体は勘づかれている。

 

 インフィニット・ストライプスの取材で2人の交際は周知されたが、実際にイチャイチャとする姿をみることになるとは思いもしなかったろう。やれ本当に真剣交際なんだとか、やれこんな公の場で大胆だとか、観光客の多くの視線が一夏と黒乃に集まっている。

 

「……ごめん、なんか気持ちが抑えきれなくて」

(う、ううん、大丈夫。キミに想われてるって思える瞬間だから……)

 

 場所が場所なら唇も重ねていただろうが、外野が鬱陶しいために一夏はとりあえず黒乃を離す。恥ずかしい思いをさせたという自覚はあるのか、少し気まずそうな謝罪もおまけだ。しかし、恥ずかしいと感じながらも、黒乃にとってもそんなのは些細な問題でしかない。とにかく必要とされることが喜びなのだから。

 

「気を取り直して次行くか。その前にそろそろ飯の時間かな」

(あ、それ賛成!せっかくの観光地なんだし、なにか名物っぽいものが食べたいよね~)

 

 ふと腕時計に目をやると、時刻はいつも学園の食堂にいる頃合いを示していた。観光もしつつ先に食事だという一夏の提案に、黒乃は大賛成の様子で首を何度も頷かせる。そうして2人は歩き出す。異なる意味ではあるが、お互いが束の間の平穏を噛みしめながら―――

 

 

 

 




一夏が簪と呟いた理由は裏で解かると思います。
実際のところは大した理由でもないんですけれど。

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