八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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新章、京都編スタートとなります。
といっても、今話は向かう前までの部分ですが。

京都編も今月が潰れそうなスケジュールでお送りいたします。


第107話 京都行こう

「…………!」

 

 放課後、アリーナでは赤黒い雷撃が一面を照らしていた。その雷は翼状を形成し、バチバチとスパークを弾かせながら轟き続け、やがてはまるで嵐が立ち消えるかの如く徐々に収まっていく。この一連の流れ、見まごうことなく刹那の単一仕様能力である神翼招雷の他ない。

 

 ただし、今回の場合は少しばかり様子が異なる。それは、黒乃が倍加させ翼として放出したエネルギーをいずこへも供給させなかったという点だ。そう、翼が消えたのは単に神翼招雷が制限時間を迎えたから。黒乃は、これを何度も何度も繰り返すばかり。そんな姿を、アリーナ内のモニタールームで眺める人物が。

 

「黒乃ちゃん……」

 

 学園最強の名の元に、生徒会長を張る楯無。その表情には憂いが見て取れて、まるで黒乃を哀れむような悲壮感を漂わせる。どうにも、黒乃の行動の意図がよめるからこそそんな顔をせざるを得ないようだ。伏し目がちにモニターから視線を逸らすと、彼女の名を呼ぶ声が響いた。

 

「楯無さん!」

「一夏くん……。いらっしゃい、見ての通りよ」

 

 IS学園唯一の男子、織斑 一夏のご登場だ。彼をこの場に呼び寄せたのは、紛れもなく楯無その人。しばらく前まで長期間目を覚まさなかった人物がアレでは、その恋人である一夏に声をかけないわけにもいかない。そう思って連絡したが、考えていたよりも顔色が優れないように見える。

 

「見ての通りじゃないだろ、見かけたならまず止めるべきじゃないか!」

「無理よ。あの子が自分と戦ってるのに、止められるはずないじゃない……」

「自分と……?それって、どういう―――」

 

 黒乃は異様なスピードでリハビリを終え、つい最近になってようやくかつての生活を取り戻し始めたばかりだ。だというのに、いきなりISに乗るなど一夏から言わせれば言語道断。だからこそすぐに黒乃に止めさせようとモニタールームを飛び出そうとしたのだが、楯無の含みを持たせた言葉に思わずその場にとどまってしまう。

 

 そして楯無が見ててと呟いたところで、モニターに映る黒乃がまたしても神翼招雷を発動させた。しばらく眺めていると、やはりなにをするでもなく制限時間で雷の翼は消えていく。それがどうにも解せない様子の一夏が眉をひそめると、黒乃が膝を着き刹那の拳で地面を叩いた。

 

「これは……?」

「たぶん、トラウマ……ね。あそこから先へ繋げられないんだと思うわ」

 

 黒乃が選択した答えとはいえ、神翼招雷は自爆の大きな要因だろう。さらに言えば、刹那という機体そのものも奴が造りあげたともなれば、ここだけみればそう取られるのも無理はないだろう。信用を寄せていたであろう、絶対的ともいっていい威力の攻撃が使えないのは避けたい……とでも思われているはず。

 

 そうやって練習するのは、きっと足手まといになりたくないから。そんな部分まで、一夏や楯無に想像させた。一夏はきつく目を閉じ、今にも止めに入ろうとする衝動を抑える。楯無のいいぶん―――自分を乗り越え、恐怖に打ち勝つ邪魔をしてはならないという考えも間違ってはいないと考えたのだろう。

 

「また俺は、なにもしてやれないのか……!」

「見て見ぬフリも、立派なできることだと思うけど。もしくは、止めに入るんじゃなくて一緒に練習してあげるかね。まぁ、どちらにせよ私よりは役に立つわ」

「……だからって、土下座未遂は勘弁ですからね」

 

 一夏が無力感にさいなまれる中、楯無は愛情と書かれた扇子を広げて見せる。そして1度閉じると、ネガティブな発言とともに再展開。そこには、自分のことを指すであろう無能の2文字が。恐らくは、鷹丸の件に関してのことだ。

 

 疑惑の目を向けてはいたが、まるで尻尾を掴むことができなかった。もっといえば、楯無は心のどこかで鷹丸を信頼してしまった節がある。だとすれば、黒乃の件について責任感を負わずにはいられない。そのため傷が癒えた楯無がまず起こした行動は、一夏への謝罪だったのだ。

 

 それもわざわざ、プライドもなにも投げ打って土下座までしようとする始末。もちろん楯無はそんなことで許されてよいと思っていたわけでもないが、そうせずにはいられない。一夏に思うところはあれど、そこまでのことを楯無に求める気は更々ない。土下座を途中で止めさせたうえの土下座未遂である。しかし―――

 

「いいえ、私はまたキミにそうまでして謝らないといけない」

「今度はなんです?」

 

 またしても扇子を閉じ開くと、そこに書かれた文字は懺悔。話を聞く前からそんな宣言をされては心中穏やかでない一夏だが、この時点で喚く意味はないと冷静を装う。装っているという点は見抜かれているのか、楯無は難しい顔のまま続けた。

 

「一夏くん、こんな言葉を知っているかしら」

「そ、その言葉ってのは……?」

「そうだ、京都行こう」

「……………………は?」

 

 

 

 

 

 

(頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る刹那だって頑張ってるんだから!)

 

 アリーナにて神翼招雷を発動させる私は、自分を励ましながらとある技術を習得するために猛特訓に励んでいた。そのとある技術とは、神翼招雷で発動したエネルギーを徐々に絞り出すということ。まぁ、要するにもっと繊細なコントロールを学びたいってことなんだけど。

 

 なにかって、私がもっと神翼招雷を上手に使えてさえいれば自爆なんか選ばずに済んだって話なんですよ。バードゴーレムに負わせた傷に対し、大規模なエネルギーの奔流を食らわせようとしたのがまず間違い。理論的には可能なはずなんだよ、こう……イメージインターフェースを利用していろいろとさぁ。

 

 例えば、倍加させつつ極小に絞り放出したレーザーを鞭のようにするとか。現在の私が目指しているところは、細めのレーザーブレードをめっちゃ長く伸ばして13kmやってドヤ顔してやること―――なんだけど。ぶはぁっ!何回やっても上手くいかない!

 

 またしても神翼招雷が発動限界……。最初期に設定したエネルギーを吐き切って、雷の翼は消えていった。あ゛~ド畜生!お前のニヤケっ面がチラつくんだよクソッタレがぁぁぁぁっ!八つ当たり半分ながら、どうにも上手くいかない腹いせに地面を殴ってしまう。

 

 ったく、胡散臭いとは思ってたけどまさかおもっくそ束さんサイドだとは……近江 鷹丸め、今度会ったら絶対にただじゃおかねぇかんな……。―――って、ヤダー☆黒乃ちゃんってばちょっと素が出すぎかもー!……いやね、別に猫被ってるつもりでもないんだけど、流石に今のは男成分が強かったかなって。

 

 ……というか、やっぱり彼は束さんサイドで合ってるのかな?クロエちゃんが、近江のことをパパと呼んだっていう証言からくる予測なんだけど……。待てよ、その推理なら理由はどうあれ束さんも敵じゃん。どうすんのあの2人が手を組むって、なんかもう凄まじく過酷な未来しか予測できませんが。

 

 刹那の強化は……これ以上は期待できないね、三次移行?ないし最終形態移行?とかがあるなら自力で発現させるしかない。他の近江重工の職員が役立たずなんて思ってはいないが、奴と比べると見劣りはしてしまうし……。刹那もつい最近修復しましたって感じだしなぁ、奴なら数日あれば治していたろう。

 

 しかし、近江重工からの正式な謝罪は重かったものだ。重工だけにとかそんなダジャレじゃないかんね。なんかもう、職員1人たりとも欠けずにってくらいの人数に謝られたもんで疲れたよパトラッシュ。あの近江パパンですらすっごい厳かな感じだったもん。

 

 まぁ、アイツがサイコヤローだったってだけだ。流石の私も全く気にしてないということはないが、筋違いというかなんというか。あぁ……でも、あの言葉は有難かったかな。おかげで私も次に遭遇することができたのなら、遠慮する必要なんて1つもなくなった。

 

『あのバカ息子、次に会ったら好きにしてくれ。お嬢ちゃんにゃその資格と権利がある』

(―――とかなんとか……)

 

 そこは近江パパンなだけに本心かどうかまでは解からない。だが、いわゆる言質を取ったという状態だろう。好きにしていいといったんだ、ならば次は消し炭にしてやるしかないでしょうに。私の件含め、脅したことに関しても許したつもりなんて毛頭ない。

 

 だからこそ練習あるのみだ。神翼招雷を自由自在に使えるようになった暁には、もっと戦闘に多様性を持たすことが可能だろう。ちー姉が傷1つつけられなかったというクロエちゃんとメタトロニオスなるISに対してそれで足りるかは解からないが、私に立ち止まってる暇なんてないのだから。

 

 ……一朝一夕で出来ちゃったら苦労はしないか。今日のところは特に成果らしい成果はなし。ただひたすら雷の翼を放出するだけの簡単なお仕事でしたよっと……。着替えやシャワー等々を済ませた私は、なにか良い手はないかと熟考しつつ自室へ戻ると、待ち受けるのは私の愛しい人。

 

「おかえり黒乃、今日は訓練でもしてたのか?」

(ただいま!あ~……うん、一応ね。あれを訓練と呼んでいいのかは微妙だけど……)

「……次からはなるべく声をかけてくれよ。どんな些細なことでもいいんだ、黒乃の力になりたい。それに、なるべく隣に居て欲しい。いや、居させてくれ」

 

 朗らかに私へ声をかけるイッチーだが、向こうも向こうで本調子に戻ったようだ。私のせいもあってしばらくは酷い顔だったが、リハビリがてらにたくさん手料理を作ったらなんだか元気になってくれたみたい。付き合いだしてからずっと1つのベッドで寝ているが、私が復活してからはスヤスヤ眠れてるようだ。

 

 けどなんというか、1人で訓練していたことを肯定すると少し悲しそうな表情へと変わる。どうにも例の件が尾を引いているというか、かつての過保護っぷりが再来したような気がするな。なにも鬱陶しいっていってるわけじゃ―――って、説得力ないか……かつてはそれに近いニュアンスのことは考えてたわけだし。

 

 けど、お互い特別な関係になったら全く違うように感じられる。なんというか、今のイッチーは可愛くて仕方がない。子犬のように構ってあげずにはいられないような、そんな愛おしさを抱いた。あぁ……そんなのされたら我慢できないよ。私はイッチーの頬を包むように手を添え、すかさずイッチーの唇を奪った。

 

 キスに関しては大抵の場合イッチーがリードしてくれるが、今回それはふさわしくないだろう。あまり強引にはならないよう注意し、唇を甘噛みするようなキスを心掛ける。舌を絡めるのは激しくではなく、深く味わい尽くすように。しばらくは動きが噛み合わなかったが、イッチーが私を受け入れるような形で落ち着いた。

 

 後はお互いのことなんて手に取るように解かるだろう。少なくとも私はそうだし、イッチーもそうだって信じてる。だってほら……息継ぎのタイミングも、混ざった唾液を飲み下すタイミングも、なにもかもが完璧だ。これは私たちが愛し合っているからだって、私はそう信じてる……。

 

「はぁ……黒乃と深いキス、ホント久しぶりだな」

「ごめん」

「そういうつもりじゃない、ただ嬉しいって話。……ああ、でも我慢したぶん遠慮はできないかもな。悪い、今後は人前でもする可能性も考えておいてくれ」

(え、えぇ……?で、でも……あなたが望むのなら、私も、いつでもどこでも……)

 

 私は寝て覚めた感覚だが、イッチーからするとそうはいかないだろう。……イッチーは時が動いたまま、私が起きるのを待ち続けてくれたんだ。だから私と交わす諸々のこともずっと我慢してくれた、我慢させてしまったということ。どうやら、私以外でフラストレーションを解消する気なんてないらしい。

 

 遠慮できないというのは冗談のつもりだったのだろうけど、そうなればどこでだろうとイッチーを受け入れる気ではいる。イッチーが私を求めてくれるのなら、衆目の前でなんだってしてやろうじゃないか。何度もいうが、私にとってはそれが1番の喜びなわけなんだし。

 

「……って、聞きたいことがあるんだった。とりあえず、落ち着いて話そう」

(あ、うん、そうだね。ずっと立ちっぱなしっていうのも疲れちゃうもん)

 

 私の妄想がちょっとエッチな方向へ反れかけそうになる瞬間、イッチーはまるで思い出したかのようにポンと手を叩く。はて、聞きたいこととはなんぞや?けど、思い出したっていうことならあまり大したことじゃないのかなぁ。……なんて思いながらベッドへ腰かけると、イッチーは衝撃のひとことを放つ。

 

「なぁ黒乃、婚前旅行に行かないか?」

(…………はい?)

 

 

 

 

 

 

「……楯無さん、要点を抑えて常人の頭でも理解できるように頼みます」

「あ、あらあらごめんなさい。どんな時でも明言を避けちゃうっていうか、悪ふざけに入っちゃうっていうか」

 

 そうだ、京都行こう。妙に得意げな様子でそう言い放つ楯無さんに対し、つい皮肉たっぷりに返してしまった。向こうは慌てて取り繕うが、俺は確かに土下座クラスに謝らなきゃならないってのを聞き逃してない。というか、それが癖として定着しちゃってる時点でかなりアレだぞ、アレがなんなのかの明言は避けるが。

 

 本当に自分でも無意識の行動だったのか、咳払いをしてみせてから雰囲気をシリアスな物へと変えた。多分そんなところがこの人のいい部分でもあるのだろうが、流石に時と場合くらいは選んで欲しいところだ。気を取り直して、楯無さん京都がどうのという言葉の真意を語り始める。

 

「亡国機業、いるじゃない?」

「……ああ、いましたねそんな連中」

 

 亡国機業といえば、学園祭やキャノンボール・ファストの際に現れたテロ集団だったかな。あのマドカっていう子のことは個人的に気になっているが、組織そのものはここ最近は黒乃のことばかり考えていたものですっかり頭から抜けてしまっていた。それで、テロリストたちがいったいどうしたというのだろう。

 

「しばらく調査を進めた結果、潜伏先がようやく掴めたの」

「それってつまり、潜伏先が……」

「数ある内の1つだろうけど、現在は間違いなく京都にいるわ」

 

 テロリストとはいえ、日頃はいかようにして日常生活に紛れ込むかが基本だろう。国内には在中しているとはいえ、その拠点となるのが首都圏のみとは限らない。奴らの目的が不明なだけに所在地も割り出し辛かったろうに、断言していいレベルで京都に居るという情報を得ているようだ。

 

 なるほど、全貌は未だに理解していないが更識は伊達じゃないらしい。しかし、俺がそうやって感心したのは束の間だった。謝らねばならないという前提から、楯無さんがなぜその話を俺に持ちかけてきたのかが理解できてしまう。俺は、途端に全身の毛が逆立つような感覚に包まれた。

 

「黒乃を戦力としてしか見れないのか」

「……そんなことはない、とはいえないわね。勿論だけど期待はしてるわ。けど―――」

 

 急激に声のトーンが変化した俺に驚いたようだが、嘘をつくのはかえって悪いと判断したのか、楯無さんは正直に黒乃に対しての評価を下した。その後にけど、と言葉が続くようだけれど、そんなものにもはや興味はない。俺は楯無さんへ向けて―――雪片の刃を振り下ろした。

 

「っ…………!ちょっと、なんのつもり!?」

「敵だ―――」

「えっ……?」

「黒乃を傷つけようとする奴は誰だろうと敵だ!それは、そういう可能性を生み出そうとする奴も例外じゃない!」

 

 白式を展開したが、やはり俺の速度では防がれてしまうか……。向こうもミステリアス・レイディを展開し、蒼流旋で雪片の刃を受け止める。すぐさま攻撃の理由を問いてきたが、そんなもの決まっているだろうに。俺は誓ったんだ、もう誰にも黒乃を傷つけさせないと。

 

 もし可能性があるとするならば、黒乃を傷つけていいのは俺だけだ。それ以外は全部敵、憎むべき敵、殺すべき敵!2度と黒乃を試合ではなく戦いに巻き込んでたまるか!戦力を理由に黒乃を京都へ向かわせようというのなら、この目の前にいる女も斬らなくては―――

 

「落ち着い……てっ……!」

「ぐぁっ!?簪か……?なんだよ、七宝刃だかなんだかが聞いて呆れるじゃねぇか!結局はお前も嫌ってた更識の一員―――」

「お姉ちゃんは!私は……そういう理由で黒乃様を京都へ行かせるわけじゃない……」

 

 突如モニタールームに乱入してきたのは、楯無さんの実妹である簪だった。簪は競り合いを続ける雪片と蒼流旋の双方を、夢現にてバットのように振り回して弾き飛ばす。その勢いでノックバックした俺は、体勢を立て直しつつ簪を睨みながら嚙みつくような言葉を並べた。

 

 かなり俺の言葉が気に障ったらしく、簪には珍しく張り上げるような声を上げた。しかし、それは最初だけのことだ。後は申し訳なさそうな声色に変わり、そういうことじゃないんだと、まずは話を聞いてくれとでもいいたげだ。ならばいったいなんだと―――

 

「彼女が戦力……そこは認める……。黒乃様ほど頼りになる人なんていない……」

「なら!」

「でも違うの……黒乃様は本当に最終手段……。例えば……私たちが全滅したとか……。それ以外では……単に貴方と旅行を楽しんでもらう……そういうプラン……」

 

 簪は打鉄弐式を解除しつつ、姉に代わってことの経緯を語り始めた。だが、話の触りは姉と大して変わらない。潔くそうやって認めてくれるのはありがたいが、どちらにせよ反発せずにはいられない。またしても吠えるようにして言葉を挟むが、簪はさらに続けて別の内容を引き出す。

 

「亡国機業への攻撃そのもの……実行のメンバーに黒乃様は含めてないから……」

「……黒乃を除いた専用機持ちか?」

「そう……。決行は黒乃様が寝てる間……。理想は……黒乃様はなにも知らずに学園へ戻ること……」

「黒乃ちゃんが京都へ赴く主な目的としては、メンタルケアってところかしら。一夏くんとゆっくり過ごせば、少しは心の傷も癒せるんじゃないかって思ったの」

 

 戦力として期待されていながら、作戦実行のメンバーには含まれていない。なんとも矛盾したような言葉だったが、それならもう合点がいく。黒乃を除いた学園を誇る最大戦力、8人の専用機持ちをフル投入するという作戦らしい。これが全滅に追い込まれるないし、黒乃が出るのは出ざるを得ない状況になってしまった場合のみ。

 

 それ以外では、黒乃のみ本当にただの旅行となる。そこは俺たちの頑張り次第というか、逆をいうなら黒乃が出なければならないような状況にしなければいいということ。俺は勿論だが、このことを話せば他の皆も全力で力を貸してくれるだろう。そうか……そういうことだったのか……。

 

「……すみません。楯無さん、それに簪も、俺―――」

「謝ることはないわ。さっきもいったけど、戦力としていること自体に間違いはないもの。私が言葉足らずだったのもあるだろうし」

「……気にしてない……。それだけ……貴方が黒乃様を大切に想ってる証拠だろうから……」

 

 取り乱した拍子とはいえ、2人にはとても酷い言葉を投げかけてしまった。楯無さんに至っては攻撃をしかけたというのもある。謝罪で済むかと聞かれればそうではないだろうが、両者とも寛大な振る舞いで水に流してくれた。黒乃が隣に居てくれれば、直情的にならずに済むんだけどな……。

 

「この話、他のメンバーには後日報告するわ。一夏くんは、黒乃ちゃんに勘付かれないように時間稼ぎを」

「はい、了解です。あ、でも……みんなの中から反対意見が出たらどうするつもりなんですか?」

「そこは大丈夫……みんな来ざるを得ないから……」

 

 他のメンバー……特に箒と鈴あたりは、やはり黒乃を戦わせる可能性が少なからずあるだけで反発を生みそうだ。しかし、簪は来ざるを得ない状況になるという。詳しく聞いてみれば、すさまじく単純なことだ。まずこの作戦の大きな目標としては、亡国機業の掃討及び黒乃のメンタルケアということになる。

 

 その参戦メンバーとなるのが、黒乃を除いた専用機持ちたち。しかし、ここで黒乃が旅行に行かなかったと仮定しよう。そうすると、自分以外の専用機持ち全員が学園から姿を消すということになる。誰がどう考えたって不自然だし、そこまでくると黒乃もなにかしら勘付くだろう。

 

 みんな亡国機業の掃討そのものには肯定的なはず。全戦力を投入すべきという意見も一致するに違いない。とすれば、黒乃に怪しまれないように何人かのメンバーを残すという線も消える。つまり、なにごとも滞りなく作戦を決行するためには、まず黒乃が旅行の為に京都へ向かうというのも含まれるのだ。

 

「……策士だな、楯無さん」

「まぁね、じゃないと楯無なんてやってられませんしー」

「生徒会で話し合った結果でもあるから……。ごめんなさい……」

「いや、そうしなきゃならないっていうのはもう納得したよ」

 

 そうしなければならないという選択肢があるようでないのがベストなはずだ。多分、これを聞けば皆も納得せざるを得ないと思う。さっきもいったが、俺たちがしっかりやれば黒乃にとってはただ楽しい京都旅行だ。そう纏めれば、他の皆も俄然やる気が出るに違いない。

 

「旅館はすっごいのとっておいたわよ。一夏くんも、作戦決行までは黒乃ちゃんとのデートを楽しんでね。それこそ、作戦のことがバレないよう自然にお願い」

「……婚前旅行…………」

「簪、お前そっち方面で俺と黒乃をからかうの好きだろ」

 

 楯無さんが勢いよく扇子を開くと、そこには豪勢の2文字が。みんなが宿泊する旅館は別だったりするのだろうか?ばったり鉢合わせたりでもしたら台無しだもんな―――なんて考えていたら、簪がボソッと余計なことを呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

 確かに俺と黒乃は結婚を約束した間柄ではあるし、言葉として間違ってはいないのだが……。なんだろう、自分でいうのはいいんだが、やはり第三者にいわれるとどうも反応を示してしまう。簪も首を横に振ってからかってないなんていってるし、過敏反応が過ぎるのかも。とにかく―――

 

「とりあえず、なんとしてでも黒乃を京都に……ですよね」

「実際のとこ婚前旅行って説明したら飛びつくんじゃない?」

「なっ、楯無さんまで……。あー……でも、まぁ、それでいってみます……」

「頑張って……」

 

 黒乃が誘いに乗ってくれなければ、まず作戦として成り立たなくなってしまう。俺の初動が肝心なわけで、地味にプレッシャーがかかってしまう。すると楯無さんは、簪と違って露骨にニヤニヤしながらアドバイスを送ってくる。しかし、俺には特に考えが浮かぶでもなく、ただそれを飲み込むほかなかった。

 

 婚前旅行……か。あぁ、改めてみるとなんていい響きだろう。今まで黒乃と触れ合えなかったぶんを、一気にチャラに出来てしまいそうな気さえする。そうと決まれば、デートコースやスポットなんかをリサーチしておかなければ。そうやって胸躍る俺は、簪の励ましを受け取ってから自室を目指した。

 

 

 




黒乃→あんの裏切者めぇぇぇぇ!(床ドン)
楯無→黒乃ちゃん……。もしかして、心の傷が……?

久方ぶりにラブコメの波動を放てそうです。
次話、というかしばらくは黒乃と一夏のイチャイチャで進みますとも。

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