八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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予告通りアイツの視点でお送りします。
時間軸としては黒乃が目覚める前とお考え下さい。


第105話 兎と鷹とその娘

「ねぇパパ、どうしておそらはあおいの?」

 

 始まりは1つの小さな疑問だった。子供も大人も関係なく、ふと過るような日常生活において全く役に立ちそうもない小さな疑問。あの日、父さんに肩車をされた僕が空を仰ぎ見ながら聞いた疑問。すると父さんは、難しそうな唸り声をあげてから答えた。

 

「ん~……海が青いのは空が青いからだそうなんだが、空が青い理由は知らないねぇ」

「そっかー。うちゅうはまっくろなのにね、なんでたいようがあるとあおいのかなって」

「おっ流石は我が息子、着眼点が違うじゃねぇの。いわれてみりゃそうだよなぁ」

 

 父さんは賢いし知識も深いが、別に空が青い理由なんてのは気にしたことがないらしい。その解答について残念に思いつつ、空をジッと眺めながら別の角度から不思議に感じたことを述べてみる。そんな僕の疑問だらけの言葉に対し、どうにも父さんは嬉しそうに笑い飛ばした。

 

「お前さんは研究者向けなのかもねぇ」

「なにがむいてるとかじゃないんだ。ただね、なんだかしりたくてしかたないの」

「ワクワクしてるか?」

「うん、ワクワクしてる!どうしてわかったの!?」

 

 これがきっと、僕の知りたいという欲求の芽生え。どうしても、不思議だなと思うことを不思議のまま終わらせられなかったんだと思う。そのうえで、不思議のままの状態でアレコレ考えているとワクワクが止まらなかった。それを見抜かれて心底から驚いていると、父さんはそういうのが研究者に向いているのだという。

 

「よし、そうなりゃ今度パパがいいものをプレゼントしてやろうな」

「いいもの?それって―――」

「あーっ、社長発見!鷹丸様と戯れるのは大変けっこう。ですが会議だけはすっぽかさないで下さい!」

「あらら、見つかっちった。悪い鷹丸、また機会をみつけて遊ぼうな」

「うん、がんばってねー」

 

 あの時代に鶫さんは就職していなかったし、秘書が男性っていう理由で父さんは頻繁にサボっていたっけ。僕がまだ幼く、相手をしてくれていたというのもあるのだろう。時には一緒にあちこち逃げ回った時もある。その際に父さん流のエスケープ術を伝授してくれたり……。

 

 こんな日々を過ごす僕は、子供ながらになんて幸せな家庭に産まれたのだろうかと思ったのをよく覚えている。しかしいつからだろうか、知って知って知り尽くさなければ満足できなくなったのは。それた多分だけどあの日、父さんにあれをプレゼントされてから。きっかけは1冊の本だった。

 

「ほれ鷹丸、前にいったプレゼントだ」

「わぁ、なにこれ、デッカイえほん?」

「ちっと違うな。そりゃ図鑑っつーもんでな、この間お前さんが聞いてきたことの答えも書いてある」

「ホント!?……うぅん?ねぇパパ、かんじとかえいごでよめないよぉ」

 

 自宅で父さんが悪戯っぽい笑みを浮かべながら僕に渡したのは、子供の身の丈からすれば大きく感じる様な図鑑。知りたかったことの答えも載っているとのことで、僕は嬉々としながら本を開く。しかし、中身を開ければ落胆の嵐。確かに子供向けではあるが、1桁の年齢の層にはそぐわない内容ではないか。

 

 僕が露骨に残念がりながら見上げると、それはちっと甘いぜみたいにチッチと舌を鳴らす父さんがいた。父さんは僕と目線が合うようにその場へしゃがむと、大きなその手で乱暴に僕の頭をなでる。元から癖毛なのに更にハネが酷くなったころ、父さんは僕にこう告げた。

 

「いいか鷹丸。お前さんの知りたいっていう気持ちは忘れちゃいけねぇ、一生大事にしろよ?ただな、自分で調べる努力を怠っちゃいけねぇな」

「しらべるどりょく?」

「おう、今のうちからそっちの方も大事にしときな。それを読む為の手段と方法を考えて、まぁ要するに解読しちまえってこった」

 

 父さんはそこで言葉を切ると、僕を肩に乗せてどこかへ歩き始めた。向かった先はあまり使われることのない書斎で、そこにはあらゆる本が並べられている。そう、僕にとっては始まりの場所だ。あくなき探究を続けることになった僕の。

 

「こいつは漢字辞典つってな、漢字の読み方が書かれてる。こっちはその英語バージョンみてぇなもんだな」

「それをつかえばこれがよめるようになるね!パパ、ぼくものすごくワクワクしてる!」

「カッカッカ!流石はパパの子だな、うん、お前さんならそういうと思ったぜ。よし鷹丸、ここは自由に使って良いぞ。でもあまり高い場所の本は無茶して取ろうとすんなよ。適当に使用人を捕まえて―――って聞いちゃいねぇな……」

 

 目を輝かせていたであろう僕に対し、父さんが豪快に笑い飛ばしたあたりまでは記憶しているかな。父さんがなんだか忠告をしていたような気はする。まぁ、本が覆い被さってきたら大変だったろうしね。きっと、父さんが僕に目を配るよう使用人の皆さんにいっておいてくれたのだろう。

 

 それからというものだ、僕はいわゆる頭角を現したという状態になった。知りたい事を知りたいままに、そうやって自分の好奇心の赴くままに解決へ導こうとすれば―――不思議と理解できてしまうのだ。当時の僕はあまり気にはしていなかった。だって、それは僕が努力した結果だと信じていたから。

 

 しかし、周囲の人間からすればそれは信じられないことだった。年齢にそぐわない知識量、理解力、柔軟性―――それらを所持していた僕は、いつしか神童と呼ばれるようになっていく。僕はそんなことどうでもよかった、周りが僕のことをどう呼ぼうが関係なんてない。

 

 ただ僕は知りたいだけだから。僕の知らないことを知らないままにしていられないだけ。だが、いつしか他人が僕の知識を求めるようになった。僕の知的好奇心を利用するようになった。これについても特に思うところはない。むしろ解決策としては合理的かつ効率的、僕としても望むところだ。

 

 人間は好きだよ、1人1人が様々な感情や考えを持っていて、僕の知的好奇心からくる調査では人生が何度巡ろうと誰1人の感情も理解しきれないだろうから。けれどなんだろうね、やはりどこか違うんだ。解ろうとする努力はするが、僕と彼らもしくは彼女らは永遠に解かり合えない。

 

 やはりこれを寂しいと思った事はない。だが、誰か僕と同族がいればもっと人生が楽しくなるだろうと思った事はある。そうだな、彼女との出会いも1つの―――いや、僕の人生の大きな分岐点。彼女との出会いとして小さなきっかけをあげるなら、そう……あの日風に乗って舞ってきた1枚の……―――

 

 

 

 

 

 

(夢……か……。つまり、僕はまだ生きている……と)

 

 光を感じて薄ぼんやりと開いてみると、どうにも見覚えのある天井が目に飛び込んで来た。それにしても、随分と懐かしい夢を見たな。やっぱり死にかけたことが起因していたりするのだろうか?そのあたりはおいおい考察するとして、僕の現状を把握しよう。

 

 痛み……は、ほとんどないな。身体中に包帯が巻かれているのは、一応の処置といったところか。折れた鼻はキチンと矯正してあるみたいだし、この分なら問題なく元に戻るだろう。歯も……全部そろっている。一夏くんの拳で結局のとこ3~4本は折れちゃったからねぇ。

 

 それでコイツが最も重要だろうけど、この右足は―――まぁ義足だよね。神経に直接繋いでいるのか、僕の意志に従ってある程度は動かすことができる。けど、健常者と同等の動きはもう出来ないだろう。いいか、立てるだけで十分でしょ。僕がそうやって義足の調子を確かめていると、不意に部屋の扉が開いた。

 

「目が覚めましたか」

「やぁ、クロエちゃん。わざわざご苦労様」

「その言葉はそのまま返させていただきます」

 

 僕の様子を見に来たのは、ボーデヴィッヒさんと外見的特徴が一致するが別人である少女―――クロエ・クロニクルちゃん。ある時に束さんに呼び出されて向かってみれば、彼女を拾ったのだと意味も解らず得意気に説明された。以来、束さんはクロエちゃんを娘と自称して共に暮らしている。

 

 それにしても、ご苦労様をそっくりそのまま返す……ねぇ。まぁ、確かに僕のが絶対に苦労はしたけどさ。基本的に冗談が通じなかったこの子に、まさかこんな形で1本とられる時がこようとは。ふむ……いろいろと教え込んだ身としては、なんだか嬉しくもあるな。

 

「なにをニヤニヤしているのです?」

「やだな、それに関してはいつものことじゃない」

「そうですね、失念しておりました。それより、目が覚めた場合は自分の元へと仰せつかっております。こちらへどうぞ、杖も用意してありますので」

 

 どうにも嬉しさが顔に出てしまったようが、クロエちゃんは特に気にした様子をみせない。本当に失念していたのか、単に僕の相手が面倒なのかは解らないけど。とにかく、どうやら束さんが僕に用事があるみたいだから早く向かおう。僕も聞きたいこととかいっぱいあるし。

 

 ベッドから降りて用意されたスリッパをはくと、クロエちゃんから片腕用の杖―――ロフストランドクラッチを受け取った。慣れない……というか、長期間眠っていたのもありそうだが、歩くのにはかなり四苦八苦してしまう。う~む、リハビリを頑張らないとねぇ。

 

 そうしてクロエちゃんの手を駆りつつ、薄暗くメカメカしい廊下を進む。いくつか場所のある束さんのラボだが、ここは確か最も規模が大きかったと記憶している。わざわざメインのラボに居るということは、そろそろ計画の方も最終段階ということなのかな。

 

「お連れいたしました」

「ややっ、たっくんおはよ!ふふん、この命の恩人に感謝したまえー」

「はい、おはようございます。というかその言い方、やっぱり死にかけました?」

「そだよ。というかどう足掻いても死にかけはすると思ってね、いろいろスタンバっておいたのさ!」

 

 ラボ内の中枢をなす開発室へ辿り着くと、そこでは束さんが回転椅子に座って無意味にグルグルと回っていた。クロエちゃんの言葉で僕への関心が湧くと、ピョンとジャンプして椅子から離脱。どことなくあざとい仕草で僕に挨拶をかますと、得意気に命を救った私に感謝せよとのこと。

 

 傷全般の治療は、やはり束さんが行ってくれたようだ。ナノマシンぶち込んどいたから傷自体はすぐ治る、なんていうじゃないか。自己再生能力の向上ねぇ、果たしてその効果は一過性なのかな。束さんのことだから、面白がって傷がすぐ超速再生するような仕様にされている可能性は頭に入れておこう。

 

「束さん、Type Fはどうなりました?」

「ん~……えっとね……くーちゃん、タブレットどこやったっけ」

「必要になると判断して預かっておきました」

 

 僕の傷のことよりも、最終的にどのような決着だったのかを知りたかった。どうやら記録映像があるようなのだが、記録させた媒体の方が見当たらないらしい。そこらの機械やら日用品を漁るようにして投げ捨てるが、早々に捜索を諦めた束さんはクロエちゃんへ呼びかける。

 

 そこは流石クロエちゃん、僕が映像を見たがるのを見越して回収しておいたらしい。出来の良い娘に対して愛着が凄まじいのか、束さんはよしよしと褒めてから僕にそれを手渡した。そんな2人に感謝しつつ、タブレットを操作して記録映像を拝見……っと。

 

「……う~ん、また負けか。嬉しくとも楽しくともあるんですけどね」

「引き分けでよろしいのでは?」

「ダメだよ、僕は対策を重ねてで挑んでるんだ。これじゃあお世辞にも引き分けには出来ないね」

 

 黒乃ちゃんを自爆に追い込んだという実績は残るが、結果的にType Fを落とされたならそれは負けと変わらない。クロエちゃんは慰めとかではなく、疑問として引き分けではないのかと質問してきたようだ。やはりそういった部分はまだ少し理解が及ばないかな……。こればかりは、時間をかけて知ってもらうしかないけど。

 

「せっかく束さんが時間稼ぎしてあげたのに~」

「4機とも落とされましたが」

「う゛っ……そ、それはいいっこなしだよくーちゃん!」

「まぁ、どちらにせよパパとママのどちらに倒されても困るのですが。私の存在意義が失われてしまいます」

「アハハ、そうだねぇ。最終的に黒乃ちゃんを討つのはキミの―――うん?ちょっと待ってクロエちゃん、なんだか今ものすごく不穏な単語が2つほど聞こえたんだけど……」

 

 口先を尖らせてブーブーと文句をたれる束さんだが、用意した無人機を落とされたという点に関しては僕とあまり変わらない。もっといえば、貴女の場合は数が4だぞクロエちゃんに指摘されてしまう始末。特に反論らしいものもないのか、困った顔つきでそれは言ってくれるなと束さん。

 

 困ったといえば、クロエちゃんも同じといえば同じらしい。本人としては、自身の存在意義を黒乃ちゃんを倒すことと思って―――いや、ちょっと待って、待とうか。なんだかクロエちゃんが束さんをママと呼び、僕をパパと呼んだ気がする。僕が動揺していると、束さんが小悪魔な笑みを浮かべつつこう告げた。

 

「あ、そうそう忘れてた!もう学園に用事がないってことは、ずっと一緒に居られるってことだよね」

「はぁ……まぁ、行き場もないのでお世話になる気は満々でしたけど」

「でしょ?つまりこれはもう事実婚だよ!みての通り愛娘が居るわけで、私がママならたっくんがパパになるのは必然!」

 

 ……言葉を濁すのが束さんらしいが、ここまで来たなら両想いってことでいいんだろう。多分、僕が愛を囁かない限りは絶対に皆までいわないつもりだな……。それ逆効果なんだけどなー……まぁ解っててやってるんだろうけど。お互いに負けず嫌いの天邪鬼だからねぇ。

 

 といより、それこそ互いに好きだと口に出していないのに結婚というのはどうなんだろうか。束さんはいい出したら聞かないし、もうなにをしても無駄というのは理解しているのだけれど。なにもわざわざクロエちゃんにそういう呼ばせ方をする必要もないと思う。

 

「クロエちゃん、束さんに無理矢理いわされてるんだったら―――」

「……貴方と出会って、多くのことを教えていただきました。必要なことから無駄な知識まで。学んだ最中に、ふと思ったのです。父親というものがいたのなら……こういう、もの……なのではと……。で、ですから―――」

「……そうかい。ハハハ、これはまた知らない内に大きな娘ができちゃったなぁ」

 

 確かに、とある事情で世間に疎いクロエちゃんには多くのことを仕込んだ。それは義務感や使命感とかじゃなく、ましてや暇つぶしのつもりでもない。なんだろうね、僕自身が彼女へ抱く感心はどうにも言葉では表現し辛くて。ただ、そう思ってくれているのなら答えないわけにはいかないよね。

 

「クロエ」

「……っ!?は、はい……」

「キミが僕のことをそう認識している間は、僕もキミのパパとして頑張るよ。これからもよろしくね」

「……はい…………!」

 

 例外は存在するが、僕が他人称の最後にくん、ちゃん、さんを着けるのは最低限の壁をつくるためだ。けど、僕を親だと思ってくれてる子にソレはもう必要はない。恐らくは、僕が人生で初めて呼び捨てにするのがクロエだろう。僕は小さな娘の視線に合わせるようにしゃがむと、頭を撫でながら言葉を紡いだ。

 

「くーちゃんだけ呼び捨てずるくない!?私ママだよ、妻だよ!?」

「ハハハ、束さんは束さんですから」

「止めて下さいママ、みっともないですよ」

 

 束さんがさん着けなのは、簡単にいえば尊敬の現れのようなものかなぁ。呼び捨てにする予定はないから適当に誤魔化すが、彼女はどうにも不服なようで僕をグイグイと左右に揺さぶる。ハッハッハ、束さん、僕は怪我人なんですけど?クロエが止めてくれたから事なきは得たけれど。

 

 それにしても、こんな流れで所帯持ちになるとは思わなんだ。ま、どうやったって幸せな家庭になんてなりませんけどねぇ。そろそろ計画も最終段階だし、それまでは仮初だろうと全力で答えられることには答えることにしよう。時と場合によって僕の信念を優先させてはもらうが。

 

「あっ、くーちゃんくーちゃん、携帯鳴ってるよ。修復して返してないたっくんのやつ」

「……ええ、確かに。パパ、どうぞ」

「うん、ありがとうクロエ。もっしもーし」

 

 戯れている間に、束さんが携帯電話のバイブ機能が働いていることに気づいた様子だった。どうやら僕の所持品だったものらしい。あの爆発のときに破損したようだが、気が利くことに直しておいてくれたようだ。僕はクロエから携帯を受け取ると、いつもの軽い調子で通話を始めた。その相手は―――

 

『……ダメもとのつもりだったが、まさか本当に出てくるとは……近江 鷹丸!』

「ハハ、出ない理由がないじゃないですか。僕と貴女の仲でしょう?」

 

 僕を探していたようだが、灯台下暗しってやつだよねぇ。どんな手を使ってどんなふうに調べ続けたかは知らないが、当然ながら僕は見つからなかった。千冬さんは最後の手段として、アテにもしてはいなかったが僕の携帯に電話をかけてみたんだろう。

 

 言葉通り特に出ない理由はない。彼女を別段、脅威としては見てはいないからねぇ。そこまでストレートにいえば怒らすだろうし口にはしないが、裏切り行為をした後に僕らの仲だと煽っておく。すると電話口からは、私怨のこもりこもった貴様という言葉が響いた。

 

『居場所を吐け、貴様の望み通りに今度は確実に殺してやろう』

「ん~……居場所はちょっとアレですね。けど貴女の前には姿を出しますよ、一応の抵抗はさせていただきますけど」

『……果し合いを受けろとでも?』

「平たくいうならそうでしょうか。怪しいと思うなら別の方法を考えますけど」

 

 僕自身、生身での格闘能力は並み以上だと自負している。しかし、例え僕が10人居たって千冬さんには勝てないだろう。よって、時間を縫って造っておいた無人機は出します、それでもよろしかったら姿を現しますよと提案してみる。

 

 向こうは僕を殺したくてたまらないだろうからねぇ。なんたって黒乃ちゃんの敵―――って、しまったな、黒乃ちゃんの状態について聞いておくのを忘れてた。……まぁいいか、どうせ生きてるだろうし。それよりも、千冬さんが乗ってくるかどうかだが、こちらもどうせ答えは―――

 

『いいだろう、なにを出そうが叩き潰してやる。その後は貴様だ』

「それは楽しみですねぇ。時間と場所は追って指定しますよ、人の邪魔にならないような場所になるでしょうから千冬さんも移動が大変でしょうし」

『どこだろうと構わん。貴様を殺せるのなら、例え地獄だろうと向かってやろう』

 

 流石は現段階とはいえ、世界最強の称号であるブリュンヒルデを冠する女性だ。僕の誘いには必ず罠があるだろうと解かっているだろうに、まったく臆する様子もなく乗ってきた。別に正々堂々といっても問題はないだろうから、特に罠を張る気はないんだけど。

 

 僕との約束が取り付けられ次第、千冬さんはすぐさま通話を切った。会話の内容からして相手は千冬さんだと察したのか、束さんとクロエの両名はなんだとでもいいたげな様子だ。未だ興味の対象ではあるようだが、黒乃ちゃんという大きな存在を前にするとかすんじゃうのかなぁ?

 

「で、ちーちゃんなんて?」

「姿をみせろですって。束さん、ここにも何機か完成品がありましたよね?うち1機で―――」

「お待ちください。パパ、その役は私にやらせてはもらえないでしょうか」

 

 いくら僕だって彼女を舐めてかかっているつもりはない。けど、対黒乃ちゃん用に対策を張らずに正統派な性能を誇る機体をいくつか作成済みなのだ。対黒乃ちゃん用なのだから、ランクとしてはそこらのIS操縦者の遥か上をいく。それだけあれば、彼女も倒すことはできるだろう。

 

 ―――と、メンテナンスがてらに機体の様子をみようとしたその時だ、なんとクロエが出撃を志願してくるじゃないか。彼女は僕らの計画の最終段階を担う役割がある。実行に移す前に僕らの関係性が割れてもさほど痛くはないが、どうだろうねぇ……と、視線を束さんへ向けてみた。

 

「いいと思うよ、私とたっくんのか・ん・け・い―――がバレないならくーちゃんでいっとこうか」

「だってさ。でもどうしたの?キミが自分の意志で志願するなんて珍しいねぇ」

「彼女の復讐心は理解できます。家族を殺されかけたのですから、パパを殺したくもなるでしょう。ですが、それを理解できるだけに―――私も私の家族を守りたいというだけのこと……です……」

 

 どうでしょう?と目で語っているのが解かったのか、束さんは関係という部分を強調かつ官能的に発音しつつゴーサインを出した。それなら僕がこれ以上なにかいうことはないが、クロエ本人の自己主張があったもので聞かずにはいられない……パパとしてはね。

 

 するとクロエは、千冬さんが家族のために復讐しようとしているのが解かるだけに、私も家族を守りたいのだと嬉しいことをいってくれる。最後の方は消え入りそうな声だったが、逆に愛嬌が湧いてくるというもの。僕はまたしてもクロエの頭をなでておいた。

 

「じゃ、玉座に侍る者(メタトロニオス)の初お目見えといこうか。確か対人戦は初だったよね」

「最初からクライマックスって感じだね、初戦からちーちゃん相手って。いけそう?」

「相手にとって不足なしです」

 

 まぁ、勝てると思ってなかったらそんな大見得切るような子じゃないのは解かってる。クロエが出るなら千冬さんに万に1つの勝ちも消えたってことも。けど、娘認定パパ認定をし合った途端に戦わせることになるのはいくら僕でも気が引けるなぁ。

 

 IS同士の戦いの土俵だ、僕が男って時点で介入を許されないというのが悲しいねぇ。なら僕にできることといえば、既に100%近い勝率を有している状態から、更に100%に近い数字へ押し上げることだろう。それなら、もはや休んでいる暇などない。娘の為にも頑張ると宣言したばかりだ。

 

 

 




科学者サイドもわりに重要なので、今後は出番が多いかも知れません。
なるべく抑えるところは抑えにかかりますが……。

次回でようやくタッグトーナメント編の最終話になりそうです。

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