八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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裏では主に一夏とその周辺について描写しています。
今話に限り、表の方から読むのを推奨させていただきます。

ちなみに裏ですが、流血描写や痛い表現を多く含みます。
そういったものが苦手な方は、読まれる際に一応の注意をお願い致します。


第101話 雷光散華(裏)

「黒乃は……あそこか!待ってろ、今す―――ぐぅっ!?な、なんだ……?」

 

 零落白夜でシールドを破壊し、絢爛舞踏にてエネルギーの補給を済ませた一夏は、目視で確と黒乃を捉えた。今すぐ助けに行くからなと意気込み、白式のスラスターを最大まで稼働させようとした瞬間のことだった。突然一夏の耳には、とんでもない音量のノイズが響く。

 

 どうやら通信が入ったようだが、妨害電波かなにかでうまく機能していないようだ。発信元をみるに、どうやら千冬の閉じ込められている管制室らしい。無駄とは思いつつも、ザーザーとしか言わないノイズへ耳を傾ける。そうやって凝らしてみれば、ノイズ混じりながらも人の声らしきものが感知できた。

 

『――ちか――聞こえて―――解らんが―――えす―――』

(聞こえているかは解らんが、繰り返すぞ―――だな。オーケー千冬姉……続けてくれ)

『―――幕―――う―――かま―――やつ―――くろ―――』

(く、今度はよく聞こえない!けど繰り返すって言ったんだ、少しずつ解読していけば―――)

 

 ノイズには強弱ようなものがあり、時折酷くなっては緩くなるのを繰り返していた。おかげで重要そうな部分に関して、1発で理解が及ばない。しかし、こんなことで戸惑っていてはならないと、一夏は落ち着いて千冬の発する1音を逃さないよう神経を研ぎ澄まさせた。

 

 始めの内は、一夏も真剣そのものだった。しかし、1音ずつ拾っていくたび、千冬の喋る文面の解読が進んで行くたび、一夏の顔にはだんだんと動揺が浮かんでいく。一夏だって信じたくはなかった。何故なら、一夏は彼のことをそういった方面で疑ったことなど1度もないのだから。

 

「そんな馬鹿な……!?クソっ!」

 

 高度はそのまま、ハイパーセンサーで地上を見渡す。黒乃周辺でなければ通常通りに機能するらしく、いつもどおりに隅々までを確認することが可能だ。そして、件の人物が見つかった。癖の着いた茶髪、高めの背丈、いつもと変わらぬ白衣―――

 

(見つけた!)

 

 黒幕は近江 鷹丸、奴の手製の無人機と黒乃が交戦している。―――それが、千冬の声を繋ぎ合わせた先に導き出せた回答だった―――

 

 

 

 

 

(いやはや、やっぱり彼女が出てくると基礎値から違って来るなぁ)

 

 学園での役目を終えたと豪語し、千冬たちを閉じ込めた鷹丸は、自らが本当にやりたかったことへ取り掛かっていた。そこらにはいくつものモニターが投影されており、黒乃と刹那に関わる様々なデータが映し出されている。細分化されているのは、黒乃本人と八咫烏の黒乃とで分割しているからだろう。

 

(これまでは彼女が出ると攻撃の比率が上がる代わりに回避率が落ちがちだったけど、今回はどちらもこれまでにない数値が出てるや。フフッ、やっぱり織斑くんが関わるとキミも必死なのかな?)

 

 恐ろしい笑みで戦う黒乃をモニターで確認した鷹丸は、どこか楽し気な様子でニコニコ笑う。それはこれまでのような悪意を感じ取らせるようなものではなく、本当に心からデータ収集を楽しんでいるように見える。だからこそ鷹丸は思った、やはり一夏と黒乃が交際を始めて正解だと。

 

 子を守る母親とは地上で最も恐ろしい生物である―――というような言葉がある。それには鷹丸も大いに賛成だった。この場合は恋人になるが、だからこそ鷹丸は一夏と黒乃に好き合ってもらわねばならなかった。そうして、2人が特別な関係になったうえで―――黒乃を脅すような行為に走ったのだ。

 

 今回の高水準を叩き出している稼働率に関しても、その影響だとしかいいようがない。事実、黒乃は一夏の為に、一夏と生きるためにゴーレムType Fと戦っている。愛する者を守るという行動原理で戦う黒乃、それは鷹丸が思うに地上最強の決戦兵器。黒乃を打ち破るのなら、そんな状態にならなければ意味をなさないのだ。

 

(さて……刹那・赫焉に対応した機体、これをどう攻略してくれるのか僕にみせてよ黒乃ちゃ―――)

 

 近頃の黒乃が神翼招雷に頼り過ぎているというのは、鷹丸も操縦者本人と同じ見解だ。そのためのゴーレムType F、そのためのレーザー反射コーティングなのである。それを超えてくるというある種の信頼を寄せているため、いつ攻略しているのかと子供のように好奇心を募らせていると―――

 

「近江……鷹丸うううう!」

「ぐぁっ!っ……ハハハ!なんだい思ったよりも早かったねぇ、織斑くん」

 

 白式を纏った一夏が猛スピードで突っ込んで来たかと思えば、寸前のところでISを解除しつつ鷹丸へ殴りかかった。スピードに乗った一夏の拳は鷹丸の右頬へクリーンヒット。文字通り殴り飛ばされた鷹丸だが、当然ながら一夏も無事ではすまない。思い切り地面をスライドしながら、木にぶつかることでようやく止まった。

 

「ぐはっ!……ハァ、ハァ……どういうことか説明しろ!アレは本当にアンタが仕向けたのか!?」

「ん~……ちょっと待ってね、今ので歯が中途半端に抜けちゃって。……これでよし、もう少し待ってね~」

 

 木にぶつかった痛みをものともせず、一夏は最大限の音量で鷹丸に問いかけた。質問された方はというと、未だ大の字で地面へ転がりっぱなしだ。そしてそのままの状態で口内へ指を突っ込むと、しばらく弄るような仕草を見せる。出て来た鷹丸の指には、確かに歯が挟まれていた。

 

 それを適当に投げ捨てた鷹丸は、ふらつく足元のまま木を支えにするようにして立ち上がった。口の端からはそれなりに血が流れているし、既に右頬には打撲痕が目立つ。それでも鷹丸そのものの様子はいつもと変わらず飄々としている。むしろ楽しそうなくらいな出で立ちに対し、一夏はわずかな恐怖を感じた。

 

「え~っと、あれが僕の仕業っていう質問ならイエスだよ。その通りさ」

「っ……!?だったら……今までのもか?」

「説明が面倒だから端折るけど、臨海学校と今回は僕の仕業ってことでいいんじゃないかな」

 

 千冬の際と同じく、鷹丸はなにの言い訳もすることなく自分が主犯だと語る。ワナワナと震える一夏に対し、臨海学校の件も含めて。5機の忍者型無人機については、黒乃が無事に帰ってきたからそれでよかった―――くらいの認識でいた。だが、黒乃が―――一夏の愛しい黒乃が死にかけたというのも紛れもない事実である。

 

「お……前がぁ……!お前が、お前がああああ!」

「がっ!あはっ、痛いなぁ織斑くん。まぁここは落ち着いて―――」

「よくも黒乃を傷つけたな!黒乃の気持ちを踏みにじったな!よくも、よくも、よくもっ!」

「ぐがっ!うっ!あっ!がっ!はっ……織っ、斑っ、くん!これじゃっ、話す、ことも、話せ、ない、よっ!」

 

 その事実を聞いて、病的な程に黒乃を愛する一夏が耐えられるはずがなかった。感情のままに再度鷹丸を殴り倒すと、一気に爆発した憎悪を叩きこむかのように、マウントポジションから固めた拳で顔面を強打し続けた。骨と骨がぶつかり合い、ひしゃげるような不快な音が響く中で鷹丸は一夏を止めにかかる。

 

 なにも鷹丸は命が惜しくてこんなことをいっているのではない。自分を殺すのは自由だが、いろいろ聞いてからにしないと後悔しないかといいたいのだろう。千冬の時のように迷わず殺さないのかといわないのは、一夏が十分に自分を殴り殺す気が満々だったのを感じ取ったからだ。

 

「くそっ!話すんならさっさと話せ、アンタにはもっと苦しんでから死んでもらう!」

「あ~……ホント時間稼ぎとかじゃないからまたちょっと待って。鼻が折れちゃったみたいで喋り辛くってさ……」

 

 さっき以上にふらつく足元で立ち上がった鷹丸の鼻だが、少し不格好にねじ曲がっているように見える。しかも鼻からの出血が止まらない様子で、純白のワイシャツには多量の血が付着していた。それでも特に気にした様子は確認できず、出てきた感想は喋りにくいくらいのもの。

 

 しばらく血が鬱陶しそうに白衣で拭ったり、鼻をすすって口から吐いたりを繰り返していたが、しばらくボーっとしたように間をあけると―――まぁいいかなんて呟き出す始末。そのままドクドクと鼻血を垂れ流しの状態でニコニコと笑い、籠った声で喋り出した。

 

「どうせ目的はなんだとか、どうして黒乃ちゃんを狙うのかとか聞きたいんでしょ」

「当たり前だ!」

「そうだねぇ、目的……かぁ。織斑くん、知的好奇心ってあるじゃない?我ながら、僕は自身をアレの究極系だと思ってるんだ」

 

 知的好奇心。物珍しいものを見てみたいという気持ちや、知りたいという欲求のことについて指す。鷹丸は、自らをそれの究極系だと謳った。前置きとして目的としているだけに、それとこれになにの関係があるかを一夏は見いだせない。そんな一夏の心情を外面から察したのか、鷹丸はニッと笑ってから続けた。

 

「知らずにはいられないし、考えずにはいられないんだよねぇ。解らないと思うことについて自由な考察をするのも好きだし、自らの手で答えを導き出したときの達成感なんかはこの世のなににも変え難い。あぁ、知らないことを体験するのも好きかな。極端な表現をするなら―――こういうことかな!」

「な、なにを……?!」

 

 鷹丸は極端な表現とやらで一夏に自らの考えを解りやすく説明したつもりなのだ。その行動とは、白衣からシャープペンシルを取り出し自分の足に突き刺すことだった。あまりに突然かつ、一夏の―――いや、常人の頭では理解が追いつかない。しかし、鷹丸は1人高笑いをあげる。

 

「フフッ……アハハハ!なるほどねぇ、これが物体が肉を貫いた感触かぁ。いやぁ、痛いのは好きじゃないから能動的にこういうのをするのはまずないからねぇ。うんうん、貴重な体験だよ」

「貴重な体験……!?」

「そうさ、これで僕は肉を貫く感触とその痛みを知ったことになる!いったろ、僕は究極系だってさ。こうして知らないことを知れたんだからこのくらいの痛みなんて安いに決まってるじゃない!」

 

 普通に生活をしていれば、事故でも起きなければ肉体に鋭利なものが突き刺さる感触なんて知れるはずもないだろう。だからこそ鷹丸は、自らを知的好奇心の究極系と前置きし―――こうして解りやすい例えを実践してみせた。そう、本当にそれだけ。痛みと感触を知れたのなら、鷹丸にとってそれ以上のことはない。

 

「だったら、アンタは黒乃のなにを知りたい……!」

「ん、そうだねぇ……簡単にいえばどうやったら彼女を倒すことができるかってところかな」

 

 一夏は鷹丸になにをいっても無駄と思ったのか、聞きたい事をさっさと口にした。するとクスクスと笑いを零しながら、素直に包み隠さず知りたい事を伝える。これもまた単純そのもので、どうやったら黒乃を倒せるかということ。実は周囲に漏らしたときもあるのだが。

 

 鷹丸にとって、近江重工を一丸として造り上げた刹那は最高の機体である。そしてその最高の機体に、藤堂 黒乃という最強の人物が乗ることで手が付けられない状況になった。しかし、それはあくまで次点での話に留めなければならない。

 

 次点最強である刹那に乗った黒乃を超える存在を造り上げる。それが鷹丸の唯一にして絶対の目的だ。考えて、考えて、考え抜いて―――それでもまだ明確な答えは出ない。鷹丸にとって人生でそんなことは初めてで、考察も今までと比べ物にならないくらい楽しくて仕方がなかった。だが―――

 

「僕の解がアレさ。アレならきっと彼女を倒せる―――だから僕はもう隠れるのを止めたんだよ」

「そうか、なら残念だったな。黒乃があんなのに負けると思ったら大間違い―――」

「ははっ、キミの彼女に対する信用は称賛に価するんだけどねぇ、残念だけど彼女―――自爆する気みたいだよ?」

「なっ!?」

 

 一夏と話しながらでもキチンと刹那のデータをチェックしていたのか、鷹丸はモニターの1つをピックアップしながら自爆する気だと告げた。エネルギー効率の変動、僅かな状態から倍々されていくエネルギー、その影響で周囲を紅く照らしては収まるを繰り返す雷の翼―――

 

 以上の材料からパズルを組み立てるに、自爆という答えしか導き出せない。恐らくは雷光が不可に耐えられないくらいにまでエネルギーを膨らませ、それを取り込んで自分ごとゴーレムType Fを破壊しようという捨て身の作戦。なるほど、黒乃ならその手に出そうだ―――そう思ってしまう一夏がいた。

 

「で、驚いてないで助けに行かなくていいのかい?黒乃ちゃんの王子様」

「……とりあえずは、アンタをもう少しボコボコにしてからだ」

「へぇ、殺すつもりだったみたいなのにどういう心変わりかな」

「あぁ、本当は殺してやりたいくらいにアンタが憎いさ!けど、アンタにとってなにが苦痛かよく解った……。アンタには!ただ死ぬだけじゃ生ぬるい!」

 

 こんなところで自分に構っている暇があるのかと鷹丸は言うが、一応だがこれは逃走を考えてのことだ。こんな稚拙なものでは誰も騙せないと本人も思っているし、一夏もここで諸悪の根源を見逃す気はさらさらない。しかし、生け捕りにするという趣旨の言葉が出てきたではないか。

 

 そう、これは鷹丸にとって最も回避しなければならないパターン。捕まえてなにもない空間に生かさず殺さず、幽閉されることほど最悪なパターンはないのだ。鷹丸にとって退屈とは死より重い。先ほどの会話からキチンとそれを見抜いた一夏は、とにかく最上の苦痛を与えるためにここは生かすということをいいたいのだろう。

 

 実際のところ、こういった局面で相手を煽りにかかる目的はソレだ。つまり、生かしてもらわないようにするため。仮に相手が鈴音あたりだとすれば、今頃の鷹丸はミンチも同然の状態になっているだろう。一夏にそのあたりを見抜かれるのは、随分と意外なようにみえる。

 

「う~ん、テンション上がっちゃって少し喋り過ぎたかな。僕としたことが、失敗失敗。……ねぇ織斑くん、キミからしたら黒乃ちゃんが死んじゃうくらいなら―――」

「死んだ方がましだ!」

「アハハ、だよね。僕にとって捕まるのはそれと同じ、つまり気持ちは解るってことだろ?だから―――さよなら、一夏くん。僕の運がよければまた会おうよ」

「なっ、お前―――」

 

 相変わらず楽しそうに笑い声をあげながら、鷹丸は足に刺さっていたシャープペンシルのノック部分を押し込んだ。するとノック部分から赤いランプが点灯し、ピピピと電子音を鳴らす。その電子音は加速の一途をたどり、また会おうよと鷹丸が発音した瞬間―――それは勢いよく爆ぜた。

 

「なんて奴……!くそっ!」

 

 元から自爆用なのか、はたまた緊急時用なのか。もはや用途は知れたことではないが、とにかく足に突き刺さったまま爆弾が起爆した事には変わりない。それに伴い、鷹丸のものであろう肉片と鮮血が辺り一面に勢いよく飛び散ったのだ。いくらか血飛沫が一夏に襲い掛かる―――が、そんなことを気にしている暇ではない。

 

 2人が居たのは島の端の方、つまりもう少し進めばそこは崖だ。シャープペンシル型爆弾が爆ぜた衝撃で鷹丸は吹き飛び、崖の下へと真っ逆さま。慌てて崖下を覗いた一夏が目撃したのは、ボロボロかつ血まみれの白衣と―――爆破で千切れたのであろう鷹丸の右足が浮いているのみだった。

 

(……それならもう、ここに残る必要もないって思うしかない!)

 

 いろいろと歯がゆくて仕方がない一夏だったが、生きているのだか死んだのだか解らない憎き相手の所在を探す暇はない。今は生きている愛する者の元へ向かうべきだと、地面を蹴り上げながら白式を展開し宙へと舞った。しかし、ここにきて気にしないようにしていた言葉が脳内で響く。

 

 彼女、自爆するつもりみたいだよ―――という鷹丸のあの言葉を、必死に振り払いながら高度を上げる。そして、ようやく刹那を纏った黒乃を間近で捉えることができた。だが、ひと目見て解るくらいに様子がおかしい。異常に迸る電撃、亀裂の走る刹那の装甲、そこから漏れ出す光―――

 

 そしてなにより、そんな状態だというのに黒乃がゴーレムType Fに抱き着いて離れようとしていないこと。一夏は理解したくないかのように脳がしばらく活動停止していたが、気づいた時にはスラスターの出力をあげ、黒乃に向かって手を伸ばしながら叫んでいた。

 

「待て……馬鹿な真似はよせ、黒乃!そいつも俺が倒すから、だから―――」

「…………」

 

 声が届いたかどうかは解らない、気配で自分の接近に気づいたのかも知れない。どちらにせよ、確かに黒乃は一夏の方へと振り返ったのだ。その表情はどこか穏やかで、一夏の身が無事であったことに安堵するようなものだった。まるで安心させるような顔だからこそ、一夏は胸中の不安が加速する。そして―――

 

――――――――よかった

「っ!?くろ―――」

 

 黒乃がよかったと、一夏が無事でよかったと口パクで伝えた次の瞬間のことだった。刹那の装甲全体がカッと光り、全てを破壊しつくすが如く威力で大爆発を起こした。刹那が溜めに溜めたエネルギーはドーム状に広がり、学園の敷地内のなにもかもを飲み込んでしまいそうだ。

 

 そして爆発の瞬間と同時に、中心部から勢いよく飛び出たのは間違いなく黒乃だった。今にも折れてしまいそうな心で受け止めなければと白式の速度をさらに上げるが、到底間に合うはずもなく。一夏の腕が黒乃へと触れる寸前、その身体は思い切り地面へ叩きつけられてしまう。

 

「黒乃っ!あぁ……黒乃……黒乃!なんで、こんな……!」

「……泣か……ない……で……」

「ふざけんな、無理に決まってんだろそんなの!だって、だって、黒乃が……黒乃が!」

 

 安全を確保するために雪羅の盾を構えつつ、一夏は黒乃の身を起こした。目の前で起こる現実はあまりにも受け入れ難く、そして悲劇的。一夏の目からは、とめどなく大粒の涙が流れる。しかし、そんなときでも黒乃は泣かないでという。それも全ては、一夏に安心してほしいという一心で―――

 

「愛し……てる……」

「おい……黒乃?なんでそんなやり切ったって顔なんだよ、もう全部終わったって顔なんだよ!待て、待ってくれ!俺は……俺はお前が……黒乃がいてくれないと―――」

「…………―――」

「黒乃?黒乃……?あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!くろのおおおおおおおおおっ!」

 

 相変わらず穏やかな表情で、黒乃は一夏に愛を伝える。しかし、今回ばかりは受け入れるわけにはいかなかった。なぜならその口ぶりは、これで最後―――いや、最期に1つだけいわなければというような想いが見て取れる。事実、黒乃の笑みは愛を告げ終えた達成感を得たようなふうに変わった。

 

 そして、そこから数秒かけて―――ゆっくり、ゆっくりと目を閉じていく。一夏の腕には、だんだんと黒乃が身体に込めている力が失せていく感覚が。胸部と腹の動きも弱まっていき、そしていつしか―――黒乃の身体から完全に力が消え去った。その様は、まるで糸の切れた操り人形そのもの。

 

 ここまで来たら誰だって解る。黒乃は―――藤堂 黒乃は完全にこと切れたのだと。だが、やはり一夏はその現実を受け入れられない、受け入れるわけにはいかない。だってそんなことをすれば、心が壊れてしまうから。だから一夏はひた叫ぶ。……そうすることでしか精神を保っていられないのだ。

 

「一夏ぁああああっ!」

「ち……ふゆねえ……?千冬姉、千冬姉!黒乃がぁぁぁぁっ!」

 

 上空からやってきたのは、打鉄を纏った千冬だった。いまだ学園のシステムは大半がダウンしたままだが、残った箒が管制室の扉を物理的に破壊したのである。脱出した千冬は一目散に家族の元へ向かうが、待っていたのはこの有様。千冬も現実を受け入れ難く思ったが、しなければならないことは山ほどある。

 

「どけ、邪魔だ!」

「くっ…………!」

(反応―――なし。呼吸―――なし。心音―――なし……!)

「なぁ千冬姉、黒乃は―――」

「っ……気持ちは解るが落ち着け愚弟!いいか、このままでは本当に黒乃は死ぬぞ!私の言葉を覚えているか、心血1つ残らず黒乃の為に使え!なら貴様に出来ることはなんだ?!少なくとも狼狽えることではないぞ!」

 

 本当は殴ってやりたいくらいの気持ちだったが、弟の愛する者に対する病的なまでの執着を理解しているだけにそれはできなかった。だが焦っているのは千冬も同じため、黒乃の状態を確認し終えると一夏の胸倉を捻りあげながらできることをやれと檄を飛ばす。すると一夏は、せっせと心肺蘇生を開始した。

 

「やり方は?」

「大丈夫……!俺がやるんだ、俺が……俺が……!」

「管制室、誰でもいいから応答しろ!むしろ応答しなくていいから聞け!藤堂 黒乃が心肺停止、今は織斑が心肺蘇生を施術中だ!AEDと在中の医師を求む!それと同時に搬送の準備もだ!」

 

 精神的には不安定ながらも、知識として正確な心肺蘇生は心得ている。不安は残るながらも黒乃を一夏へ任せると、千冬は打鉄の通信機から教師陣へ指示を飛ばした。すると向こうからも返事らしきものが感知されたため、恐らくは通じたとみていいはず。しかし、大事をとって千冬は引き返すのが得策と考える。

 

「一夏、私は1度戻るぞ」

「頼む、頼む、頼む、頼む!なんでもいい!生きてくれ!黒乃!黒乃ぉっ!」

(聞いてはいないか……。……無人機、完全に停止と判断していいな。後は奴だが―――今はそれどころではない!)

 

 胸骨圧迫と人工呼吸をリズミカルにこなす一夏は、まるでなにかをせがむかのように見える。もちろんそれは黒乃に生きてくれと伝えたい一心なのだろう。そんな一夏をしり目に、千冬はハイパーセンサーでチラリとゴーレムType Fを観察した。スキャニングしても反応は見受けられない。

 

 もし自分が離れている間に動き出したらと考えていたようだが、どうやらそれは杞憂らしい。ブスブスと黒煙を各所から上げる姿は、まさにスクラップのそれとしかいえないだろう。少しばかり胸をなでおろした千冬は、管制室へ向けて飛び去った。

 

 それからしばらく、千冬が打鉄に学園在中医師を乗せて戻ってきた。医師の腕には大事そうにAEDが抱えられており、千冬が地面に降ろすなり大慌てで準備を始める。いつまでも離れようとしない一夏を千冬が無理矢理ひっぺがすと、医師が本格的な蘇生を開始した。

 

「電流を流します!いいですね、絶対に患者へ触れないでください!」

「……あとは祈るしかあるまい」

「…………!」

 

 パッドを指定の位置に張り付けると、AEDが電気ショックが必要か判断する仕組みだ。必要なければなによりだったのだが、残念なことに必要だという判断が下されてしまう。医師は落ち着かない様子の一夏に念を押すように告げてから、電気ショック発生ボタンを勢いよく押した。

 

 するとカウントダウンが始まり、0とAEDが音声を発したのに合わせて黒乃の身体がビクリと跳ねた。AEDが患者へ触れてよいという旨の指示を伝えると、医師は黒乃の胸部に耳を当てたり、首筋に指を添えたり、口元に手をもっていったりし―――

 

「呼吸、心音共に安定しました!とりあえず一命はとりとめたはずです……!」

「あ、あぁ……よかった……本当によかった……!ありがとうございます……黒乃を助けてくれて、ありがとうございます!」

「いえ、その、とはいえまだ予断を許さない状況ではあるんです……」

「搬送の手筈は整っています。慎重かつ迅速に病室へ。お前も手伝え」

「ああ!」

 

 ISを扱う優秀な人材を育成するという名目である学園は、施設の端々に至るまでが最先端である。つまり、医療の現場でも本職と変わりない治療が可能だ。いや、下手を撃つとそこらの病院よりはよほど優れているかも知れない。保健室ではなくそちらの施設を利用するということは、黒乃がかなりの重体である裏返しなのだが。

 

 予断を許さないという言葉に、一夏はまたも不安が過る。が、先ほどと比べて希望は見えた。すぐに適切な処置を施せば必ずどうにかなるはず。様々な後悔や懺悔が一夏の胸中で渦巻くが、そちらに集中できる時間などない。一夏は千冬の指示に従い、医師の手助けを始めた。

 

「…………山田先生、そちらの様子は」

『あ、はっきり聞こえます!ちょっと待って下さい……。―――学園のシステム、オールグリーンです!』

「そうか……ならば速やかに更識姉の救助を。それと無人機の回収、刹那の残骸の回収、それと並行して近江 鷹丸の捜索もだ」

『はい、手が空いている人員をフル稼働で動員しますので!』

 

 残された千冬は、そこらに散らばった刹那だった鉄塊に哀悼の意を感じていた。IS操縦者にとって専用機とは相棒であり、かつて暮桜を所持していた千冬もその感覚が良く解る。黒乃はその相棒を喪ったのだ。目が覚めたときにそれを知った黒乃を支えてやれるだろうかと考えていると―――

 

(っ!?この反応は……)

 

 見渡す先に、打鉄のハイパーセンサーがなにかをピックアップした。その反応は、間違いなく刹那のコア。あの爆発の最中、旨く飛び出たのかほぼ無傷の状態だ。つまりまだ刹那は復元可能ということ。鷹丸が自分だけで刹那の作成に着手しなかったのはこの為でもある。

 

 自分がいついなくなっても大丈夫なように、周りの職員たちを教育していたのだ。流石に鷹丸ほど手早くはいかないだろうが、時間をかけてでも黒乃の元に刹那は戻って来る。少しばかりの安堵を胸にコアを拾い上げた千冬だが、それはそれで別の思考が過った。

 

(……こんなものさえなければ、黒乃は……!)

 

 ISを世に出したのは自らも加担している。だとすれば、黒乃がこうして意識不明の重体に陥ったのも全ては回り回って自分の責任であるという思考だった。千冬は自らが救われたいという気持ちが強いのだろう。そして、その自覚も十分にある。

 

 回収して存在を隠蔽しそうになっていた千冬は、大人しくそれを近江重工へ渡すことを決意した。ただしその顔は苦悩と後悔を浮かべたとしか表現しようもなく、黒乃への思い入れとして本当に正しい選択なのかという葛藤が垣間見えた。そして打鉄の掌で優しく刹那のコアを包み込むと、一夏たちを追うように宙へ舞う。

 

 

 




黒乃→自発的に自爆?そんなことせんわい!
鷹丸→倒すために躊躇なく自爆を選ぶかぁ。

旧版、新装版に関わらずにこの展開は必ず待ち受けているものでした。
言い訳がましくなりますが、もう少し堪えて今後の展開をお待ちしていただければと。

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