八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第11話 織斑一夏の落ち着かない朝

枕元に置いてある目覚まし時計から、アラーム音が鳴り響く。時刻は6時……相当な早起きである。なんでこんな時間の早起きかと申しますと、昴姐さんから出された課題が終わらなかったのである。昨晩もかなり徹夜したのに、それでもだ。だから今日は早く起きて他の生徒が居ない間に登校し、学校が始まるまでに出来る限り課題を進めようと言う魂胆だ。

 

 ウチでやれば良いじゃんと思うかもしれんが、都合の悪い事に今日は俺が家事当番の日だ。働かざる者食うべからず。俺もイッチーに頼ってばっかりじゃなく、織斑家の一員としてするべきことはしている。家事に関しては、俺とイッチーで分担しつつ交代制で行っているんだ。

 

 で……今日の朝飯は、俺の番という訳。家事も同時にこなさないとだから、こんな時間に起きなきゃならんのだよ。本当はまだ寝ていたいが、無理矢理にでも身体を起こす。ノロノロとスローモーションで動けば、クローゼットを開いて制服を取り出した。

 

 手早く着替えた俺は、なるべく静かに行動をとる。それこそ、イッチーを起こしちゃ可哀想だからね。ゆっくり階段を下った俺は、取りあえず洗面所へと向かう。不思議な物で俺自身は眠くて仕方が無いのに、黒乃ちゃんの表情筋はピクリとも動いていない。見た目だけでは、眠いと察してはもらえないだろう。

 

 それはともかくとして、両手に冷たい水を溜めて顔に浴びせる。幾分か目が覚めた俺は、続けて歯磨きを開始。シャコシャコと、俺の歯を研磨する音のみが空間を支配する。近所も生活音はしない時分の為か、余計に際立って歯磨きの音が聞こえる気がした。

 

 歯磨きを終えた俺は、エプロンを纏いつつ台所へ。さて……何を作った物かな。イッチーが後から起きてくるのを考慮すると、1度冷めてもレンジで温めればそれなりに食べれるものが良いかも。とにかく、冷蔵庫を開いてみる事にしよう。冷蔵庫の中を覗いてみると、ありふれた民家の様相だ。

 

 う~ん……ベーコンエッグでも作って、焼いたトーストにでも乗せて食べるか。食パンは、テーブルに並べておけばイッチーも勝手に焼くだろ。本当に簡単な物だが、俺も忙しいし仕方ない。そう自分に言い聞かせつつ、俺は卵と真空パックに入ったベーコンを取り出した。

 

 それをシンクに並べると、後は……フライパンと油……っと。おっと、先にトースターに食パンを入れとかないと。そんな感じで、慌ただしいながらも朝食作りをこなしていく。自分のベーコンエッグはとっとと食パンに乗せて、イッチーのは皿に乗せてラップをしておく。こうしておけば、少しはマシだろう。

 

 そうして、1人で寂しい食事が始まった。喋れるわけでもないが、やはり食卓は大勢で囲む方が良い。時間帯が寂しいってのもあるから、早く食べて早く学校へ向かおう。俺はベーコンエッグの乗った食パンを、少し強引に口へと捻じ込む。手早く後片付けをすると、どこかから脱出するかの如く家を飛び出た。

 

 流石に学校には誰も居ない。けど、これで俺の計画通りだ。鞄の中から参考書を引っ張り出すと、課題が印刷してあるプリントへ手をつける。提出期限が迫っているという緊張感からか、とんでもない速度でペンが進む。それにしても、昨晩は徹夜しておいて良かった。それがなければ、到底終わらせる事はかなわなかったろう。

 

 数枚あるプリントの最後の1枚、その問がたった今埋まった。やったー!なんとか、朝のうちに終わったぞ。時間は……げっ、凄い経過してる。早い時間に登校する人達が、姿を現すような時間帯だ。俺は……学校が始まるまで、居眠りでもしておこう。そうやって机に伏せようとすると、特徴的な赤い髪色が見えた。

 

「ん……とっ、藤堂か。おはよう、お前もテスト勉強か?」

 

 誰も居ないと思っていたようで、俺の姿を確認すると少し驚いた様子だ。しかし……今弾くんは、テスト勉強とか言っただろうか。聞き間違えであってほしかったが、日程の書かれている教室の後方の黒板を確認してみる。するとそこには、ハッキリともうすぐテスト期間である事が記されていた。

 

 わ……わわわ、わ……忘れてたぁぁぁぁ!ISの勉強にかまけていたせいか、そっちの事が頭からすっぽ抜けていた。課題の提出もしなければだが、成績が悪いとちー姉に殺される!これは、寝ている暇なんてないな……。俺も弾くんを見習って、勉強しなくては。それはそれとして……。

 

「…………。」

「いや、いきなり頭なんか下げてどうし……あっ、もしかして昨日の事か?気にすんなって、助けて貰ったのはこっちなんだからよ。」

 

 俺が頭を下げた理由を、弾くんは察してくれたらしい。俺が助けたと弾くんは言うけど、あんなの偶然の産物に過ぎない。それなのに俺は飯をご馳走になったのだから、再度こうして礼をしておくのが筋ってもんだ。一瞬困惑した弾くんだったが、後は朗らかに笑ってみせる。

 

「もし良かったら、今度は客として来てくれよ。ほら、織斑とか凰も一緒に。」

 

 あぁ……そうか、俺のせいでイッチーの社交性が息をしてないんだった。本来はどういった経緯で仲良くなったかは解らないけど、どうにか俺が潤滑剤になって2人と弾くんを接触させなくちゃな……。そうでもしないと、なんか事が上手く運ばない気がする。

 

「それと、その……頼み?があんだけど。出来れば、下の名前で呼んで良いか?」

「…………。」

「い、良いのか?言ってみるもんだな……。よしっ、んじゃ……俺の事も気軽に弾って呼んでくれよな!」

「…………。」

「ハ、ハハハ……。」

 

 この問いかけがあるという事は、俺と友人関係を結びたいという解釈で良いのだろう。もちろん、俺としては来る者拒まずの姿勢だ。首を縦に振ると、弾くんは非常に嬉しそうな表情を見せる。しかし、続いて言われた言葉に否定も肯定も出来なかった。そのせいか、弾くんは乾いた笑みを見せる。

 

「ま、まぁ……無理はしなくて良いからさ。そんじゃ、また後でな。」

 

 そう言いながら、弾くんは自分の席へと戻っていった。そうだったそうだった……テスト勉強しないとだった。それでなくても、頭の出来は本当に良くないんだから。運動一本で大学まで行った男だからね、俺は。学ぶのが2回目な分だけ、他の子達より有利ってだけの話さ。

 

 席に座り直した俺は、机の中に置きっぱなしの教科書類を取り出す。そうだな……手始めに、数学から始める事にしよう。理数系とかは、死ねと思うくらいに苦手だ。歴史みたいに、覚えるだけなら気が楽で良いんだけどな~……。文句を言っている暇があったら、頑張れって話だよね。よしっ、頑張る!

 

 俺と弾くんが勉強を始めてしばらく、他のクラスメイト達もちらほら教室に顔を見せ始めた。真面目な子達だねぇ……。俺が前世の時なんて、自主勉強っていったら提出物の分だけくらいだったけど。昔はそれで済むけど、今はとにかく保護者が怖い……。本当、気合入れようぜ俺……。

 

 それからさらに時間が経過して、教室内はどこか騒がしくなり始めた。時計を見れば、俺がいつも登校する時間帯となっていた。うん、結構集中して勉強できたな。だとすると、後するべき事は……弾くんの件だな。勉強道具一式を片付けると、席を立って弾くんに歩み寄る。

 

「えっと、どうかしたのか……くっ、くくくく……黒乃。」

 

 ここまで近づかられれば、嫌でも何か用事と思うだろう。こちらを眺めながら、弾くんはどこか気恥ずかしげに俺の事を黒乃と呼ぶ。その瞬間に、少しだけ教室内がザワついた気がした。それはスルーするとして、どうしようか。イッチーが居ないと、全く話が進まないじゃないか。

 

「黒乃!よかった……。朝起きていないから心配したんだぞ。」

「だから言ったじゃん……。黒乃も子供じゃないんだから。ね~黒乃。」

「…………。誰だ、それ?」

 

 こ、怖っ!?イッチーが聞いた事も無いトーンでそれ(・・)って言ったよ……それ(・・)って言ったよ!もちろんそれは、俺の後ろに控えてる弾くんの事だ……。イッチーは弾くんを睨んでいて、弾くんはイッチーに凄まれて怯んでいる。でも、俺じゃ説明してやれんから……ここは心を鬼にしてっと……。

 

「どぉお!?ちょっ、待て黒乃!」

「黒乃……?お前、なんで黒乃の事を名前で呼んでんだ。」

「な、何でって……本人の了承はもらってんぞ!」

「そうなのか、黒乃?」

 

 俺は弾くんの背後に回り込んで、イッチーの前へと押し出した。イッチーにビビっている弾くんにはハードルが高いのか、バタバタと手を振りながら抵抗を見せる。だが観念せい弾くんや、イッチーはキミにロックオンカーソルを合わせてますぜ。とりあえず、イッチーの問いかけにはしっかり肯定を示しておく。

 

「で、アンタと黒乃はどんな関係な訳?ってか、アンタ名前なんだっけ。」

「ナチュラルに酷ぇ……。俺は、五反田 弾な。」

 

 辛辣ってか、物はハッキリ言うタイプだからねぇ鈴ちゃん。原作でも、あまり他人に興味が無い風な発言はしてたし。中学が始まってまだそんなに経たないとなると、弾くんの顔と名前を憶えていないのも無理はない……のか?とにかく、これでようやく弾くんと2人の接触がはかれたぞ。

 

「ちょっち不良とトラブってさ、黒乃が助けてくれたんだ。」

「アンタ……それ、言ってて悲しくなんない?普通は逆でしょ、逆。」

「うっ!?否定できねぇ……。」

 

 何度も言うけど、偶然だからね?そんなに過大評価されても困るんだけどなぁ。うん、鈴ちゃんと弾くんは大丈夫そうだな。問題は、イッチーだよ……。さっき俺に確認取ってから、一言たりとも喋らないよ……。普段は俺の良く知るイッチーなのに、どうしてこう……他人が俺に絡むとこう……こう……なのかなぁ?

 

「……なぁ、少し話せるか?」

「お、おう。望むところだ!」

 

 俺達の前だと都合でも悪いのか、イッチーは弾くんを連れて廊下へと出て行った。それを不思議に思う俺と、呆れたような溜息を吐く鈴ちゃん。取り残された俺達は、自然と顔を見合わせた。それまでジト目だった鈴ちゃんも、俺を見るとパッと表情を明るくする。残念、鈴ちゃんのジト目とか素晴らしいのに。

 

「大丈夫よ、どうせいつもの心配性だから。それに……弾も悪い奴じゃなさそうだし。」

「…………。」

「それより、昨日のテレビ見た?」

 

 心配性……心配性ねぇ。イッチーは、俺の事を姉か妹として見ているだろう。つまるところ、公式設定気味のシスコンが発動してるのね。ちょっとイッチー過敏すぎんよ~。ま、放っておけばどうにかなるでしょ。シスコンっつったって、あくまで姉や妹の枠は出ないだろうしね。血の繋がりは無いけど、俺にとってもイッチーは大切な兄貴分か弟分って思ってるし。

 

 そうして俺は、鈴ちゃんの世間話へと耳を傾けた。相槌しかしてあげられないけど、鈴ちゃんも俺に過度な返答は求めていないハズだ。ホームルーム開始ギリギリまで、鈴ちゃんのトークは止まらない。担任の教師が入ってくると同時ほどに、イッチーと弾くんも教室へと帰還。それを見届けた俺は、鈴ちゃんともども自分の席へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……おはよう、黒乃……?」

 

 いつも通りの時間に起床すると、リビングに黒乃の姿は見当たらない。いつもならば、朝食には手をつけずにテーブルに座っているのに……。俺は慌てて玄関まで行くが、そこには黒乃の靴がない。それこそが、黒乃が俺を置いて学校へ行ってしまった証拠だ。……朝から調子が狂う。

 

 なぜだか解らないけど、胸の奥がモヤモヤした感じになってしまう。……俺もすぐに黒乃を追いかけよう。今から出たって、もはやいつもの時間に学校へ着くだろうけど。黒乃を1人にするのは、何かと心配だ。どうせ……黒乃の事を理解しようとしない連中が(たか)る。……とにかく、急いで支度を済まそう。

 

 リビングに戻って、落ち着きながらテーブルを眺めてみる。そこには、黒乃が作ったらしい朝食が用意されていた。早くに家を出たのなら、黒乃も急いでいたはずだ。それでもきちんと俺の分も用意してくれるあたり……なんとも黒乃らしい。黒乃はきっと、良い嫁さんになるだろう。

 

 そんな事を考えていると、なぜだか頬が緩む。それはさて置いて、メニューはベーコンエッグ……を、トーストに乗せて食べろと言いたいらしい。俺は手際よく食パンをトースターに突っ込み、レンジでベーコンエッグを温める。この待ち時間が地味に歯痒い。でもきっと黒乃は、温かいのを食べてほしいと思っているだろうし。

 

 うん、やっぱり黒乃は良い嫁になるな。さて、トーストも温めも完了した。台所のフライ返しを手に取って、ベーコンエッグをトーストへと乗せる。それを急いで胃に送ると、すぐさま家を出た。走らなくたって遅刻する時間ではないが、俺の足は自然に走り出していた。

 

「おはよ、一夏!って、ちょっと待ちなさいよ……何で走り去ろうとすんの!?」

「ああ、おはよう鈴。悪いけど、説明してる暇じゃ無いんだ!」

「……それって、黒乃が居ない事と関係してるでしょ。はいストップ。とりあえず落ち着きなさい。」

 

 鈴はそう言いながら、俺の制服の背中辺りを掴んだ。丁度飛び出そうとしていたせいで、思いきり転びそうになってしまった。何をするんだと、そんな視線で鈴の方へ振り返る。しかし鈴は、至ってふてぶてしい態度を崩さずに腕組をしながら俺を見る。そして、俺をピッと指差して告げた。

 

「一夏さぁ、黒乃だって1人じゃなんにも出来ないってわけじゃないわよ。少し心配し過ぎ。」

「でも黒乃は……!」

「馬鹿ね、周りを見なさいって言ってんの。明らかにあの子が困ってるならさ、アタシだって全力で助けるわ。でもね、四六時中張りついても……逆に黒乃の為になんないってアタシは思うけど。」

 

 黒乃の為にならない……?そんなのは、考えた事がなかったかもしれない。黒乃は、俺の事を迷惑だと思っていたのだろうか。そうだとすれば、凄く……ショックだ。それこそ黒乃は優しいから、今まで何もアクションを起こさないでいたのかも知れない。

 

「…………。」

「なんだよ、そんなにジッと俺を見て。」

「一夏って、黒乃の事好きなの?」

「は?そりゃ好きに決まってるだろ、家族なんだから。」

「アンタって本当……。そうじゃなくて、女の子として黒乃を見てるのかって事!」

「……どこからどう見たって、黒乃は女の子だと思うぞ?」

「はぁ~……。」

 

 唐突な鈴の質問に答えていくと、だんだんその表情は何言ってんだこいつみたいな目に変わっていく。俺は、何か悪い事を言っただろうか。ついには溜息まで吐き始めたぞ、鈴の奴。既に呼び止められる雰囲気では無く、歩き出した鈴の背中を追いかける。

 

「とにかく、アンタが思ってるほど心配しなくたって大丈夫よ……。」

「そ、そうか。ところで鈴、なんか具合でも悪いのかよ。」

「ああ、うん……平気だから、しばらくそっとしておいて……。」

 

 何をそんなに落ち込んでいるのかは解からないが、本人がそう言うならそうしておいた方が良い。とりわけ、鈴に対して変に勘ぐると手や足が出てくるから……。いつもは黒乃が止めてくれるけど、残念ながら今は居てくれない。ここは大人しく黙って歩くのが吉だ。

 

 そうして無言のまま連れ立って歩くと、予想通りに通常の時間帯に学校へ着いた。自分のクラスの下駄箱を確認すると、黒乃のスペースには黒乃の外履きが収められている。良かった……学校に居なければ、どうしようかと思ったが。俺が安堵していると、鈴に早くと急かされる。どうやら調子は戻ったみたいだ。

 

 元気になったのは良いけど、反動で暴走しそうで怖いな。あまり待たせるのは悪いし、俺も急いで上履きに履き替えた。自分達の所属クラスへ辿り着くと、少し乱暴に扉を開け放つ。俺の眼にまず飛び込んで来たのは、そこに確かにある黒乃の後ろ姿だった。長く綺麗な黒髪は、嫌でも目に入る。

 

「黒乃!よかった……。朝起きていないから、心配したんだぞ。」

「だから言ったじゃん……。黒乃も子供じゃないんだから。ね~黒乃。」

「…………。誰だ、それ?」

 

 黒乃の正面に居るのは、赤髪の男子だった。距離感的に、黒乃と会話(・・)していたことが窺える。それを理解した瞬間に、俺は何故だか冷静でいられない。今朝に感じたような、胸の中がモヤモヤする感じ……をもっと酷くした何かが渦巻く。

 

「どぉお!?ちょっ、待て黒乃!」

「黒乃……?お前、なんで黒乃の事を名前で呼んでんだ。」

「な、何でって……本人の了承はもらってんぞ!」

「そうなのか、黒乃?」

 

 黒乃は赤髪の男子を、俺の前にグイッと押し出した。どういう意図があるのかは解からないけど、どちらかと言えば赤髪の男子が黒乃を下の名前で呼んでいる事が気になる。俺の問いかけに、黒乃はしっかりと首を頷かせて肯定を示した。それはつまり、黒乃が信じても大丈夫な奴って思ったからだろうけど……。

 

「で、アンタと黒乃はどんな関係な訳?ってか、アンタ名前なんだっけ。」

「ナチュラルに酷ぇ……。俺は、五反田 弾な。ちょっち不良とトラブってさ、黒乃が助けてくれたんだ。」

「アンタ……それ、言ってて悲しくなんない?普通は逆でしょ、逆。」

「うっ!?否定できねぇ……。」

 

 俺とは対照的に、鈴はいつも通りの態度で五反田をからかいにかかる。そこで俺は、鈴の言葉を思い出した。俺のこういった行動は、必ずしも黒乃の為にならない……。それは、解る。それでも、黒乃は俺が守るって誓ったんだ。だからまずは、人となりを確認くらいはしておきたい。

 

「……なぁ、少し話せるか?」

「お、おう。望むところだ!」

 

 五反田を連れて廊下に出るが、まず何から話すべきか。黒乃が信じていいと思ったのなら、なるべく事情は包み隠さず話しておいた方が良い。が、それはまた人の少ない時でも構わないな。……モヤモヤしているせいか、上手く考えが纏まらない。とにかく、思った事を言ってみる事にしよう。

 

「黒乃に、何かしようって気は無いんだよな?」

「いや~……もはやする気も起きねぇってか、普通に返り討ちになっちまう。でもその聞き方……もしかして、昔に何かあったのか?」

「……男だと、たまに居るんだよ。黒乃が喋れないのにかこつけて、変な事をしようとする奴がな。」

 

 黒乃はああ見えて、警戒心という物が薄い。人気のない場所に誘い出されて、口にするのもはばかられる行いをしようとした輩が実際に居た。その時は俺が現場を目撃したから未遂で済んだが、今日のような事があれば対処のしようがない。俺の言葉を聞いた五反田は、どこか胸糞悪そうな顔つきに変わった。

 

「なんだよそれ……!男の風上にも置けねぇ!」

「…………。」

「ど、どうした織斑。いや、確かに恥ずかしい事を言った気もするが……。」

「あ、あぁ……悪い。なんか、五反田みたいな奴……久しぶりに見た気がするぜ。」

「マジか。男に言われても嬉しい一言かもな、それ。」

 

 ISが世に出てからという物……男らしい男を見かける事が少ない。今の五反田の発言は、まさに男らしい発言のソレだ。思わずあっけにとられた俺は、少しばかり反応が遅れてしまった。五反田の方はと言うと、自分の発言に照れているみたいだった。

 

「黒乃は……さ、喋らないし表情も出ねぇ。けど、誰よりも優しい女の子なんだよ。」

「おう。それは昨日にいろいろあって、俺も十分に理解してるつもりだぜ。」

「あぁ……。でもな、五反田みたいに思ってくれない奴がほとんどなんだ。……同じクラスだから、解ると思うけど。」

「……そうだな。何も行動しなかった俺が言う資格はねぇのかもだけど、少し……行き過ぎだって思うぜ。」

 

 中学生になって、黒乃の味方が増えてくれると俺は思っていた。だが思春期って奴のせいか、状況はあまり芳しくない。男子からは下卑た視線を送られて、女子からは仲間内から外されて……だから俺は、あまり知らない奴を黒乃に近づけたくは無いんだ。でも……黒乃は、五反田を信じてみるようにしたのだから……俺もそうするべき、だよな。

 

「黒乃は、五反田と仲良くなりたいって……いや、もう友達だって思ってるはずなんだ。だからどうか、黒乃の信頼を裏切るような事はしないでやってほしい。」

「……解かった、任せろ!っつーか、そんな事したら織斑が怖そうだしな……。」

「ついでに鈴もセットだぞ。もっと言えば、アイツの方が100倍怖い。」

「た、確かに……豪い事になったなこりゃ……。」

 

 俺はあくまで事実を述べたのだが、五反田としちゃ冗談だととったらしい。もっとも、鈴の方が怖いってのは本気でそう思っているらしいけど。うん……本当に、鈴だけは怒らせない方が良い。かつて怒らせた事を思い出して、思わず身震いしてしまう。

 

「ああ、そういや……さっきは悪かった。」

「気にすんなって、そんな事情があったんじゃ仕方がねぇよ。じゃ、これからは仲良く……って事で良いよな?」

「もちろん。俺は織斑 一夏。よろしくな、弾。」

「こっちこそよろしく、一夏!」

 

 疑いは晴れたというか、俺が思う以上に弾はとても良い奴だ。とんでもなく失礼な事をしたのに、許してくれるのがその証拠だろう。俺が握手を求めると、弾は痛いくらいに俺の手を握って来た。そのまま上下にブンブンと振れば、まるで放り投げるかのように俺の手を離した。

 

「……ところでだけどよ。一夏と黒乃って、付き合ってはないんだよな?」

「そうだけど、なんでそんな事を聞くんだよ。」

「廊下に呼ばれたからよ……。俺はてっきり、俺の女に馴れ馴れしくしてんじゃねぇ的な事でも言われるんじゃないかと思ったぜ。」

「…………。俺と黒乃は、そんなんじゃない……。」

 

 俺にとって黒乃は、姉で妹で……守るべき家族だ。この考えは昔から変わらないはずなのに、俺の胸がこんなにも痛むのはなぜだ?またしても俺の中で、モヤモヤが顔を出し始めた。もしかして俺は、黒乃に家族や……幼馴染といったそんな関係よりも……踏み込んだ間柄になりたいと思っているのだろうか?

 

『一夏って、黒乃の事好きなの?』

 

 そうか、鈴のあの言葉はそういう意味だったんだな。……黒乃は優しくて気が利くし、中身だけじゃ無くて容姿も目を見張るものがある。しかし、それだけの事だろ……?黒乃をいい女だって俺が評価するのは、千冬姉を綺麗だと褒めるのと同じニュアンスだ。そのはず……なんだ。でも考えれば考えるほどに、胸の痛みは増していくばかり。

 

「一夏?お前、どうかした―――」

「織斑に五反田、なにやってんだ。もうホームルームが始まるぞ、早く教室に入れ。」

「あっ、了解っす!ほら、一夏……。」

「あ、あぁ……悪い。」

 

 弾がどこか心配したような表情で、俺に声をかけようとしたその時だ。廊下の奥から、俺達のクラスの担任が教室に入れと促す。空気が微妙な感じになってしまったが、弾の肩を叩いて大丈夫だという意思を伝えた。急かされながら教室に入ると、ほとんどの生徒が席に着いている。例にもれなく、黒乃もだ。

 

(…………。)

 

 鈴や弾が変な事を言うから、妙に黒乃を意識してしまう。……本人の前に立つまでには、なんとかいつもの俺に戻っておかないと。皆に余計な心配はかけたくないしな……。そうと決まれば、先生の話に集中しよう。無理矢理にでもモヤモヤを振り払った俺は、神経を研ぎ澄ませて先生の言葉に耳を傾けた。

 

 

 




黒乃→イッチーはあくまで家族。イッチーはシスコンも度が過ぎんよ~。
一夏→黒乃は家族……のはずだろ?俺は、何でこんなモヤモヤしてんだ……。


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