八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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トーナメント本番前にもうワンクッション入れさせてください。
次回より、いよいよ佳境へ向かい始めるといったところでしょうか。


第97話 嵐の前でも静けさ非ず

「まぁ、こうなるな」

(うん、こうなるね)

「「…………」」

 

 昼休みになると同時に職員室へ呼び出された。なんの用事かちー姉が口を開くのを待っていると、黙って4枚の紙を突き付けられる。そこには私を除いた専用機持ちの名が2人1組で記されているではないか。で、冒頭の台詞へ繋がるわけ。

 

 要するに、ペアあぶれてるけどお前どうすんねんと。だけど専用機持ちが奇数だからこうなるよねって、ちー姉はそれらをひっくるめて表現したのだろう。もうね、原作的な組み合わせになるなら自然にボッチ喰らうなって思ってましたよ?けど、半ば諦めてたっていうかさ。

 

「しかし困った、人数の問題があると大会運営委員会にはかけあったのだがな」

(ちー姉にも抗うって、これも世界の修正力かねぇ)

「開催目的に沿った運営をするのが仕事だの一点張りだ。私も大概だが、あれを石頭というのだろう」

 

 今大会の運営目的だけど、昨今の襲撃事件に備えて連携強化を図るため―――だったかな。そんなことしなくても連携の訓練とかしてますから。いつでも・どこでも・誰とでもっていうんなら、むしろナターシャさんとか現役で活躍中の専用機持ち呼んでさ、即興で組んでいざ勝負!って感じのがまだ説得力がある。

 

「1人で出るか?」

(いーやーでーすー!)

「なに、半分ほどは冗談だ。それこそ運営目的に反すれば、連中のお小言がくるはずだからな」

 

 常に2対1を強いられるくらいなら、1回戦で盛大に自爆してやるもんね!まぁ……冗談だったっぽいけど。半分は本気だったってとこも気になるけどこの際それはスルーしておこう。しかしそうなると、私はいったいどういう形で参加すればいいんでしょう。

 

 ……大会がおじゃんになることを知っている身としては、この議論にさほど重要性はないと解ってはいるけど、油断は禁物というかなんというか。それこそ、私の知識は役に立たない可能性すらあるんだから。ゴーレムⅢがこないのが理想だけど、無事に大会が開かれたら開かれたで処遇が不明とはこれいかに。

 

「しょうがない……。藤堂、通常通りの参加は断念しろ」

(え!?その、企業所属の身としてそれはそれで困るんですけど……)

「エキシビションマッチを設けようじゃないか。そこで誰かと組んで出れば運営方針とやらは守ったことになる」

 

 ちー姉は眉間にシワを寄せたまま、回転椅子の背に大きく体重をかけた。すると、私の所属的に考えてないような事をいい出すじゃないか。近江重工は私のスポンサーみたいなもので、大会に出場するイコール刹那での宣伝効果となる。つまり、嫌でも大会には出なければ宣伝部の人たちに恨まれてしまうだろう。

 

 だが、通常通りでの参加という部分を聞き逃していたらしい。なんかトンチの類な気もしなくもないけど、エキシビションマッチか……。まぁ一戦出ればアチラさんも満足するでしょ、ということみたいだ。私としてもそれはありがたい。だって一戦だけでいいんだよ!一戦だけで!

 

 ……何度もいうけど、原作にズレが発生してゴーレムⅢが来なければの話なんだけどね。とりあえず、ちー姉の提案そのものには大賛成だ。私が首を頷けさせると、ならば委員会にはそう報告しておくという返事が。教師とかいう立場を抜きにして、影響力のすごい人なんだなぁと思う瞬間である。

 

「わざわざ呼び出して悪かったな。もう戻ってもいいぞ」

(うん、それじゃ)

 

 用事はこれで済んだみたいで、帰っていいとのお達しが。私はちー姉に頭を下げると、手早く職員室から退室した。さて、今後の方針は決まったかな。後はゴーレムⅢを迎え討つだけだ。私は単独行動になるだろうから、一機のゴーレムには集中せず、遊撃手としてピンチのメンバーを援護しながら立ち回ろう。

 

 私とせっちゃんには神翼招雷がある。最大出力でなくとも、震天雷掌波を一発放つだけでもかなりの支援になるはずだ。誤射だけには気をつけるとして、もし命中すれば必殺だって狙えるかも知れない。そうだ、私が皆を守る。そして皆と一緒に未来を生きるんだ。私も含めて誰1人すら欠けさせやしない……。

 

 

 

 

 

 

「頼ってくれるのは嬉しいんだけどさ、この荷物ってなんなわけ?」

「さっき中を覗いたが、どうやら資料の類みたいだぞ」

(そうそう、打鉄弐式の件でちょっとねー)

 

 放課後、談笑していた幼馴染組みを捕まえ荷物の運搬を手伝ってもらう事にした。私たちはそれぞれ1つ段ボールを抱え、その中身について鈴ちゃんが問いかけてくる。残念ながら私はそれに答えることができず、モッピー代弁してくれた。そう、これはISに関わるアレコレの資料、これも手伝いの一環さね。

 

 あれから打鉄弐式の整備をサポートしてくれるメンバー集めに奔走し、ようやく本格始動したといったところだ。私は整備の知識は薄いため、こうやって雑用をこなして微力ながらも手伝わさせてもらっている。けど、今回の頼みばかりは1人じゃどうにもならなかった。

 

 なにがって、単純に数という物理的な問題だ。別に往復すればいい話かも知れないが、それだとあまりにも非効率。どうしたものかと考えながら資料室へ向かう道すがら、2人に協力してもらう運びとなったわけ。データバンクされてるものじゃなく、紙媒体の資料もほしいとかなんとか……。

 

「資料ねー……。ってかこれ、今どこに向かってんのよ」

「整備室だそうだ。残念ながらそれだけしか聞き出せなかったな」

「ふーん、整備室なの。アタシは国の借りてる区画の方にもってくから用事ないわ」

 

 私を先頭にして最後尾を追従する鈴ちゃんは、いまいち状況を把握できていないらしい。まぁ、私が単語しか喋れないからしょうがないよ。モッピーにどこへ運ぶんだ?って聞かれても、整備室―――しか答えられないから困ったものだ。今に始まったことでもないんだけどさぁ……。

 

 それにしても、今の鈴ちゃんの発言はなんとなく共感できるなぁ。やっぱり代表候補生って特別待遇っていうか、不便なアレコレも専用の区画で一発解決ときた。冷静に考えると、なんでわたしゃそんなスペシャルなポストに着いているんだろう。謙虚にいかんとダメねー……この特別感に慣れたらなんかアウトな気がする。

 

「さて、ここか。失礼す―――なんだこの修羅場は……」

「修羅場ってか世紀末でしょこれ」

(アハハ、今日もやってるやってるぅ)

 

 長いような短いような道のりを経て、整備室前へ到着した。そして扉をくぐるなり、モッピーと鈴ちゃんは中の様子に身じろぎするような仕草を見せる。初見は私もそんな感じだったけど―――というか、率直に驚くなという方が無理だよ。私たちの目の前で繰り広げられるこの光景は―――さ。

 

「ちょっと、数値ミスってない?!」

「へ……?え?わっ、ホントだ!ご、ごめん…数瞬寝落ちしてたかも!」

「M12のレンチどこーっ?」

「よくみな、アンタの足元!」

「おりむー、これがそっちでそれがあっち~」

「あっちってどっちだよ!?のほほんさん、なんかアバウトになってきてるぞ!」

 

 ―――と、こんな具合に、急ピッチな作業のせいか皆なんとなく半ギレで作業しっぱなしなんだよね。喧嘩にまでは発展しないけど、いつ勃発してもおかしくないような状況ではある気もする。鷹兄がこんなに騒がしい整備室も珍しいねぇ―――なーんていってたなぁ。

 

「お疲れ様……わざわざありがとう……。そっちの2人も……」

(いやいや、こんな事しか手伝いできんで申し訳)

「お前は確か、更識……。……っ!?一夏、これはどういう成り行きだ!」

「ん……?ほ、箒!?いやちょっと待て、簪のことなら―――」

 

 私たちの入室に気づいたのか、このプロジェクトのリーダーともいえるかんちゃんが近づいてきた。かんちゃんが私たち3人へ労いの言葉を送っていると、なんだかよく解らないけどモッピーがイッチーへまっしぐら。……本当に良く解らないな、かんちゃんとモッピーはなにかあったのだろうか。

 

 そんなことを気にかけている間に、鈴ちゃんはかんちゃんに朗らかな挨拶をかましていた。恐らくは自分と正反対な明るい性格であろう爽快さに少し困惑していたようだが、今のかんちゃんなら特に問題はないだろう。けど、鈴ちゃんのズバズバとした物言いにだけは警戒しなきゃ。

 

「自力で専用機!?なかなか無茶やるわね……」

「無茶でもなんでも……やるって決めたから……」

「ふぅん。けど嫌いじゃないわよ、そういうの。アンタ、見かけによらずかなり―――」

「あ、藤堂さん発見!」

 

 知らない間に結局これはなんの騒ぎなのかとでも問いかけたのか、鈴ちゃんは繰り広げられる作業に目が飛び出るような勢いで見開いた。それだけ驚くということは、やはり難しいことではあるんだろう。しかし、存外にも強気な発言がかんちゃんの口から出て、なにやら感心するような反応を見せた。

 

 しかし鈴ちゃんが称賛の言葉を送ろうとする前に、私がメンバーのうち1人にみつかった。私が来しだい休憩にする腹積もりでいたのか、どんどん周囲に集まってくるじゃないか。いったいどうしたのと首を傾げる前に、目を輝かせた女子が私に問いかけた。

 

「ね、ね、風の噂でモデルやったって聞いたんだけど本当?」

(あ、うん、まぁ一応)

「てっきりガセかと思ったけど本当なんだー。ならその号は絶対買わないと!」

 

 どこから聞きつけたのかは詮索しないとして、どうやら私がモデルをやったのが明るみになっているらしい。隠す必要もないと判断して首を縦に振ると、キャッキャウフフとはしゃぎながら元気に私の手を取った。いやはや、今更になって恥ずかしくなってきてる私に追い打ちをかけるおつもりで?

 

「……アンタら、なんなわけ?」

(おろ、鈴ちゃんってば怖い顔してどうしたのさ)

「ハッ、最近の黒乃人気に便乗して掌返しってことね。———笑わせんじゃないわよ!アンタらみたいな連中のせいで黒乃がどれだけ―――」

(あー!どうどう、鈴ちゃんストップ!ストーップ!)

 

 しばらくあれやこれやとイエスかノーで答えられる質問が飛んできていたが、それらを一瞬にして凍りつかせるような声色で鈴ちゃんが呟いた。どうしたのかとご機嫌を伺ってみると、どうやら鈴ちゃんは急変した皆の態度が気に入らないらしい。しかし、慌てるのはまだ早いぞ鈴ちゃんや。

 

 確かに露骨に怖がられたり引き気味な態度で接せられてましたよ?けどこのメンバーを招集した際に、今までの私の扱いに関してはしっかり謝罪をいただいた。ことの経緯については私が鈴ちゃんを確保している間にのほほんちゃんが説明を入れてくれたが、それでも納得のいかないご様子。

 

「黒乃、いい加減に人好すぎ!外部の連中はまだいいわよ、アンタの日常生活なんて伝わらないだろうから少しの掌返しだって。けど、学園に居る以上は黒乃が優しい子だって見てたらすぐ解るじゃん!それなのに……!」

「仕方ないこと」

「っ…………!?だから、そういうとこがお人好し過ぎだっていってんのよぉ……!」

 

 羽交い締めにしなきゃいけないほどにご立腹の鈴ちゃんは、ジタバタと暴れながら憎しみの籠った視線を皆に送る。向こうはたまったもんじゃないというか、どうにもバツが悪そうだ。しかし、このことに関して私がいえることはただ1つ。それもそれで仕方ないこと、って話。

 

 だってそりゃ怖いよ~……常に無表情でなに考えてるのか解らない人のことなんて。皆はある種で当然の反応をしていたまでで、責められる部分はあれども100%の過失とはいい難い。そうやって鈴ちゃんの説得を試みると、大人しくはなってくれたが、なんだか涙声な気もする。

 

 ほいほい、鈴ちゃんが泣くことじゃないんやで。それに私はお人好しなんかではなく、単になーんも考えてないだけのことだよ。ただ、そうやって私のことで感情的になってくれるのは嬉しいな。友達想いなのは鈴ちゃんの褒めるべきところさ。

 

「……解ったわよ、アタシはアンタの意思を尊重するわ」

(むっ、なら離すけど暴れんといてよ?)

「けど、納得したわけじゃないのは覚えといて。……じゃ、アタシは帰るわ」

(鈴ちゃん……)

 

 ため息を吐くような仕草をみせた後、どうにもふてぶてしい態度のまま解ったと鈴ちゃんはいう。それを落ち着いた合図だと判断して腕の力を緩めてみると、スルリといった感じで私の拘束をすり抜けた。ようやくこれでひと段落―――かと思いきや、鈴ちゃんは最後に皆をひと睨みしてから整備室を後にする。

 

「皆、悪い。黒乃のためを思ってのことなんだ、許してやってくれよ」

「そ、そんな!凰さんのいう通り、私たちがいけないことをしてたんだし……」

 

 鈴ちゃんの姿が完全に見えなくなると同時に、フォローのためかイッチーが皆に声をかけた。おや、それならモッピーの用事は済んだのかな。怒られたなら後でよしよしってしてあげるんだけど、内容がいまいち解らないからどうもな。それはそれとして、モッピーはいったいどこに―――

 

「更識、私はお前と仲良くできそうな気がする」

「そう……私も同感……。……簪でいい……苗字は苦手だから……」

「同じく私も名字が苦手なクチでな、箒と呼んでくれ。よろしく頼む、簪」

 

 あら~……イッチーが諸々の事情でも話したのか、向こうの方で熱い握手を交わしているや。苦労人妹ちゃん組ってところかな……。本人たちもシンパシーを感じているようで、このままの勢いだと意気投合するかも。自由奔放な身内を持つと、きっと苦労も大きいよね。

 

 モッピーに至っては苦労どころか一家離散で―――いや、止めよう……このデリケートな話題に関して深く触れないでおくのがいいに決まっている。はぁ……けど、モッピーのパパンとママンは元気かなぁ?ぜひ再会したいというか、私とイッチーの式には来てほしいのだけれど……。

 

「かんちゃ~ん。試運転の日とか決めとかないと、アリーナ借りる申請とかいるし~」

「あ、うん……そうだね……。えっと、大会から逆算して……最低でも3日以内……?」

「げっ、真に迫ってきたって感じか……。じゃあ、そろそろ再開しようぜ」

「簪ちゃん、藤堂さんが持ってきた資料の解読お願い!」

「解った……」

 

 そんな2人を邪魔する意図はないだろうけど、意外にもまともな理由でのほほんちゃんが質問を投げかけた。この学園に居る時点でバカではないのだろうけど、鷹兄とは違う意味でどこまで本気か解りにくい子というか……。まぁ、発言そのものはやっぱり核心を突いてるよね。

 

 のほほんちゃんとかんちゃんのやり取りを皮切りに、そのまま作業再開という流れとなった。よし、なら私もやれることをみつけて頑張らなきゃ!……とはいっても、やっぱり力仕事くらいしか役に立たないんだけど。今は貴重な戦力だと自己解釈しておくことにしよう。

 

「ふむ、これ以上ここに残っても邪魔になりそうだ。私も暇するぞ、失礼したな」

(ういういモッピー、まったね~!)

 

 作業が再開された様子をみてか、モッピーは大きく頷いてからこちらへ背を向けた。邪魔ということはないだろうが、本人が整備に関心を持っていないのなら残る必要性も低いというもの。声が出ないながらも退室していくモッピーへ手を振り、その姿を最後まで見届けた。

 

 さて、そんじゃ私も本格的に始めますか。え~っと……かんちゃんにとって必要そうな資料を探そう、それくらいなら私にも手伝えるかも知れないし。なんせ段ボール3箱分だからね、いくら専門知識があるにしたって非効率だろう。そうやってかんちゃんの隣に腰掛けると、資料を1枚1枚選別する作業に手を付けた。

 

 

 

 

 

 

(たっだいま~……)

 

 本日のノルマをこなした打鉄弐式整備班は速やかに解散し、その一員である黒乃はひと足先に自室へと戻っていた。これは最近に至っては通例のことで、要因としては一夏が1人での後片付けを行うから。本来ならば黒乃も手伝うつもりだし、当初はかなり食い下がった。

 

 しかし、同じくして一夏も食い下がらない。理由を聞けば、自分は特別手助けになっているわけでもないからだと聞かない。黒乃からすれば的外れもいいところで、むしろ自分の方が役に立っていないくらいだ。だからこそ自分も手伝うといっているのに。

 

(むぅ、イッチーめ……1秒だって離れたくないのにな~)

 

 やはりしばらくは帰って来ないわけで、それが連日となると黒乃も少し機嫌が悪い。外面からは解らないが、不貞腐れた様子で一夏のベッドへと飛び込んだ。まるで一夏が不在な寂しさでも埋めるが如く、鼻いっぱいに香りで満たすかのように息を吸い込む。

 

 瞬間、内心で恍惚な表情を浮かべ、まるでトリップでもしているかのようにボーっとしながらどこでもないどこかを見つめる。その様はまるで薬物中毒者のそれ。実際のところ、ある意味で一夏中毒ではある。だからこそ、それらの表現もあながち間違いではないというのが若干恐ろしくもある。

 

(むふっ、むふふふふ……。すきぃ……イッチーだぁいすきぃ……。えへへへへ……)

 

 寂しいといっておきながら、実のところこれも最近の楽しみであるようだ。かつては女性に対して多くみられた変な笑い声が男性である一夏を想って出るということは、つまり、そういうことなのである。その後も一夏の匂いを嗅ぎながらあれやこれやと妄想を繰り広げていると、気になることでもあるのか急に態度が急変した。

 

 黒乃の視線の先にあるのは自分用の勉強机。几帳面な性格とはいえないながらも、酷く乱雑というほどでもない机に違和感を覚えたようだ。机の中心に置いてあるのは、ブックカバーがかけられた読みかけのライトノベル。冴えた頭でそれを理解すると、ますます違和感が加速する。

 

(おかしいな、あんな場所に置くはずがないのだけど……)

 

 集中力が長続きしない黒乃は、ある絶対のルールをしいている。それは、勉強机に趣味関連の物品を置かないこと。勉強は勉強と割り切らなくては、もし趣味に関わる品があったとするならば誘惑に負けるのは本人がよく解っている。だから小さいながらも専用の本棚はあるし、そこにしか仕舞わないよう気を付けていたはず。

 

 だからこそ勉強机のライトノベルの存在がおかしい。こうなってくると、なに者かが侵入して動かした形跡であることを疑わざるを得なかった。立ち上がった黒乃がライトノベルを覗き込むと、どうやらメモかなにかが挟まれているようだ。それを取り出して広げた途端、黒乃の思考は一気に冷徹なものへ変わる。

 

『大会当日 指定の場所に参上願う さもなくば 貴女の最も愛する男の命はない』

(っへ~……脅迫文?凝ってるね。けど、私とイッチーがそういう関係って解ってこういうことしちゃうんだ。ふ~ん……)

 

 そう、黒乃の目に飛び込んで来たのは間違いなく脅迫文だった。それもご丁寧に、新聞の切り抜きを使った風なデザインで、まるでフィクションに出てくるようなそのもの。手の込んだソレに一定の関心は持ちつつも、黒乃は全力をもってして脅迫文を握りつぶした。そして―――

 

(消してやる。骨も残さない、肉も残さない、髪の毛1本さえ―――この世に遺伝子情報の1つも残さず完全に消し去ってやる!)

 

 刹那の腕部を部分展開し、赤黒い電撃を僅かに放出。それに伴って電撃は紙に引火、瞬時に脅迫文を消し炭と化した。これは単に脅迫文を焼き尽くしたということではなく、これを送った人物もこうなるというメタファーを孕んでいた。しかし、その人物とやらも相当に命が惜しくないらしい。

 

 何故なら、黒乃には既に殺害するという選択肢しかない。例えば送り主が千冬だろうと、箒を始めとした友人達であろうと、それら以外の人物であろうと……。早い話、一夏以外なら黒乃は簡単に殺せる。この一夏の命を秤にかけたような文面が黒乃をそうさせるのだ。

 

 一夏の命は自分のものより重く尊い。そんな人物に愛されることこそが生きる糧であり生きる意味。そんな一夏を自分が指示に従わなければ殺すと、あの文はそう示唆していた。だからこそ黒乃からすれば、謎の人物は生きる価値無し。この世から完全に消滅して然るべきなのだ。

 

「ただいま、待たせたな黒乃―――って、なんか焦げ臭くないか?」

(あ、おかえりイッチー!)

「わぶっ!?」

 

 するとタイミングがいいのか悪いのか、一夏が黒乃の元へと帰って来た。扉を開けるなり、先ほど黒乃が燃え散らした紙の焦げた臭いが鼻に着く。思わず顔をしかめたが、次の瞬間にはそんなことどうでもよくなる出来事が。黒乃が自分の頭を抱き寄せ、強引に豊かな胸へと押し付けるから。

 

「もごっ……く、くろの……くるしっ―――」

(大丈夫だからね、私とあなたの未来の障害になるものなんか……ぜーんぶ消してあげるから!だから、あなたは私を愛して。私だけを愛してくれればそれでいいの……)

 

 一夏を殺すと脅すような文面であったことが関係しているのか、安心させるかのように抱きしめる。いや、安心したいのは黒乃の方なのだろう。愛する者がそこにいる実感を直に味わいたかった。そのうえで一夏を殺そうとする者を殺すという決意を確固たるものとしたのだ。

 

 しかし、当の本人からすれば現状の意味すら理解できない。ただただ黒乃の胸に呼吸器が塞がれ、だんだんと息が苦しくなるばかり。このままでは本気で窒息死コースかと思われたところで、一夏は全力全開で黒乃の腕をタップする。ようやく一夏が呼吸困難になっていることに気が付いた黒乃は、慌てて腕の力を解いた。

 

(わわっ、ごめんイッチー!)

「げほっ、げほっ!黒乃、いきなりどうしたんだよ……」

(いやぁ……なんと言い訳してようのやら……)

 

 黒乃と一線を越えようとも、こういったことは慣れないのか一夏は顔が真っ赤だ。もちろんだが呼吸が苦しかったというのもあるだろう。盛大にむせかえった一夏が意図を問いかけるが、よりによって黒乃がそんな複雑な感情を説明できるはずもない。

 

「……寂しかったりしたか?」

(まぁ、それも理由の1つ……かな?)

「そうかそうか、しょうがないな黒乃は」

(わっ!?)

 

 恐る恐るというような様子で一夏が問いかけると、一応は肯定ということで黒乃は首を縦に振った。すると一夏は、嬉しい癖してしょうがない奴だなんていいながら黒乃を姫抱きで持ち上げた。そして自分を支えにするようにして黒乃をベッドに座らせると、優しく両腕を腰へと回す。

 

「けど、それだと俺もしょうがない奴なんだろうな。……黒乃と離れてる1秒すら惜しい」

(本……当……?そう、嬉しいな……)

「だから甘えたいときにはそうするって決めたからな。黒乃もさっきので正解……だけど、呼吸器は確保してくれるともっと嬉しいぞ」

(アハハ、そこは本当にゴメン)

 

 この共依存じみた関係性が2人にとって吉なのか凶なのかは解らない。しかし、互いが交わす言葉に偽りはなく、全てが真実そのものだ。黒乃の場合は行動で示さなければならない時が多く、だからこそ一夏は先ほどの行為を嬉しく感じている。

 

 一夏はもっと黒乃に甘えて欲しいと思っているだけに、いきなり飛びつかれるのは寝耳に水だった。ただし、必要最低限の生命維持活動はできる程度に頼むと、なんだか黒乃をからかうような顔つきで告げた。黒乃も半ば冗談であると理解しているのか、軽い調子で返す。

 

「はぁ……本当にダメだ、好きって気持ちが止まらない。日を重ねるごとにどんどん黒乃を好きになる」

(うん、うん……!私も同じ……全く同じだよ!)

「黒乃、愛してる。頭がおかしくなるくらい、狂っちまうくらいに……お前のことを愛してる」

(その言葉だけで生きていける……。私も愛してるよ。だから、だからねイッチー……絶対に守ってみせるから)

 

 一夏は黒乃の肩へ頭を乗せるようにして寄りかかると、ひたすら愛を囁いた。いつもならばそれで済んだ話だったろうが、今回ばかりは問題が山積している。一夏を守ろうという尊い決意を固めているのに、黒乃の瞳は酷く濁っているように思える。

 

 やはり他者の殺害を念頭に置いているからだろう。一夏に対しての想いが募るたび、より強く謎の人物を消滅させる意欲が湧いてくる。恐らく大会当日の黒乃は誰にも止められず、止めようとする者も一夏以外は敵と認識する可能性が高い。

 

 悲しいかな、それはまさに八咫烏の黒乃———と思われている黒乃がしでかしそうな行いだった。周囲の勘違いで済んでいたものが、現実のものとなってしまうのだろうか?黒き翼の八咫烏―――圧倒的なまでの混乱と破壊の象徴が、黒乃の中でフツフツと現れ始めているようにみえる……。

 

 

 




黒乃→そりゃ私は怖いよ~(無口無表情的な意味で)
鈴音→露骨に黒乃を怖がってたくせして!(八咫烏的な意味で)

なんかもう、最近は似たようなオチばっかりでなんだかなという感じ。
一夏と黒乃イチャイチャさせて丸く収めるみたない流れですか。
まぁでも、大目に見てください、今後の展開的にどうもね……。

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