八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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前話で導入部を無理矢理くいこませたので冒頭から取材回。
とはいいつつ、いつものように一夏と黒乃がイチャコラする簡単な内容ですけれど。


第96話 着せ替え黒乃ちゃん

「はいどうも、私はインフィニット・ストライプスの副編集長をやってる黛 渚子よ。どうぞよろしく―――あっ、黒乃ちゃんはこれ名刺ねー」

「えっと、織斑 一夏です。こちらこそよろしく」

(ども、藤堂 黒乃でっす!)

 

 時間は少し進んで取材当日。かおるんの指示した時間と場所へ向かえば、待ち構えていたのは立派なオフィスって感じかな。やっぱり鉄鋼業の近江重工とは違い、機能的というよりはデザインされた家具や小物が目を引く。通された部屋は特別広くて、きっとここで沢山の人がインタビューを受けたんだろう。

 

 室内にはテーブル1つに椅子3つ、どれもポップな色調でとても可愛い。そして椅子に座ると同時に、かおるんのお姉さんである渚子さんは自己紹介を始めた。私に名刺を渡すのは代表候補生だからだろう。機会があればピンの仕事も―――って、私の場合はそれ無理じゃん。

 

「…………」

「あの、黒乃がどうかしました?」

「黒乃ちゃんさぁ、前世でどれだけの徳を積んだらそんな美人に生まれ変わるの?」

 

 やけに視線が気になるかと思ったら、そんなことを考えていたらしい。前世ねぇ……私の場合はマジでそれがあるのが前提だからなぁ。まぁほとんどというか、自分が男で20過ぎくらいだったことくらいしか思い出せないんだけどさ。なんとな~く、善行は進んでしてた気はするけど―――

 

「覚えてない」

「へ……?フフッ、なにそれナイスジョーク!今の採用~っと」

 

 素直に覚えてないっていおうとしたらこうやって出てきやがる。おかげで私が無表情の癖してジョークかましたみたいになるじゃないか。渚子さん的には気に入ったらしく、ペンでメモに内容を書き込んでいる。録音の方は不意打ち気味だったせいかし損ねたみたいだ。

 

「無表情のせいで誤解されやすいんですけど、滅茶苦茶ノリのいい奴なんですよ。なっ、黒乃」

(ノリいいのは認めるけど痛いよイッチー!できればもっと強く引っ張って下さい!)

「あ~いい!その絵もいいからジッとしてて!フリーズ!」

 

 イッチーはこれを期に私のイメージアップでも狙っているんだろうか。私の背後に回ったかと思ったら、頬を抓って口角が上がるように捻りあげる。愛する人からの痛みとかご褒美を通り越して至宝かなにかなんですけどね!イッチーあんまし痛いことしてくれないからさぁ。

 

 よって私は無抵抗なんだけど、このじゃれ合う姿が微笑ましく映ったようだ。渚子さんは興奮した様子で携帯のカメラを向け、パシャパシャと何枚か撮影。非常に満足した様子で携帯を仕舞うと、一夏も悪い悪いみたいな感じで席に戻る。……罵りながら平手打ちとかしてくれてもええんやで?イッチーにメスブタとか言われたい、切に。

 

「おっと、ごめんなさいね。それじゃあ本腰入れて始めましょうか。まずは織斑くん、女子高に入った感想は?」

「え、う~ん……特にはなにも。トイレとか着替える場所が少ないな~って感じるくらいで」

「ぷっ……!あれかしら、黒乃ちゃんが居ればなんでもいいみたいな」

「ああ、まさにそれですね。黒乃以外の女子なんてどうでもいいです。あっ、友達としては当然好きですけど」

 

 確かこれは原作でもされてた質問だな……。イッチーも原作通りに返すのだろうと思っていたら、一連の流れで爆弾がぶち込まれましたとさ。え、ちょっとなに……もう死んでもいいやって思えるくらい嬉しい言葉だけどさ、そのへんオープンでいくのかな!?

 

 ほら、渚子さんだってきっと―――ち、違いますよ!俺と黒乃はそんなんじゃないですから……みたいなのを期待してたっぽいのに目も当てられないよ。もうポカンだよポカン、これぞ唖然のお手本みたいな顔しちゃってるよ!っていうか、なにより私が羞恥でダメージ受けてます旦那ぁ……!

 

「あ~……あの~……ね?これ録音してるんだけど、大丈夫?」

「いや、大丈夫もなにもないと思うんですけど」

「ダメだ、妹から聞いてたより重症ね。クロノコンプレックス極まれり……っと」

 

 渚子さんの気遣いにもなにいってんだこいつみたいな調子で返しやがる。どうした、なにか悪い物でも食べたかい。いや、別に毎日好きだとか愛してるだとかいってくれるけどさ、なんでそんな自信満々なのって話であってだね。っていうか、かおるんってばお姉さんになに吹き込んでんの。

 

「じゃあもうこれ聞いちゃうけど、2人は交際中?いい、慎重に答えてよ!記事にしちゃうわよ!?」

「……黒乃」

(……えと、あなたがいいならそれでいいよ。世間がどんなリアクションしたって、私とあなたの愛を引き裂けないって思ってる……から……)

「そうか、それじゃあ―――」

 

 渚子さんの様子からして、この質問はするつもりじゃなかったのだろう。眉間に皺を寄せて難しいような唸り声を発すると、テーブルから身を乗り出してイッチーに詰め寄った。イッチーは真剣な表情で私を見つめる。私はそれで、イッチーがどう動くか理解できた。そして理解したうえで、首を縦に振る。

 

「俺は黒乃が好きです、大好きです、心の底から愛してます。黒乃の代わりになれる子はいないし、必要もないです。黒乃が生きてない世界じゃ生きていけない。黒乃も、それに答えてくれたって胸を張っていえます」

(…………っ……っ!ごめん、泣く。泣くよこんなの……!)

 

 矢継ぎ早に放たれるラヴコール。一撃必殺級の威力のある攻撃を連打されている気分だ。私の身体は泣けない身体、心の底から愛してますあたりから目の奥が沸騰したみたく痛かった。いつも通りそのままかと思いきや、私の目元からは涙が零れ落ちる。しかも勢いが凄くて、たまらず私は顔を両手で覆った。

 

「……その涙が貴女の回答―――ってところかしら」

「なっ、黒乃……ごめっ、泣かせるつもりじゃ―――」

「なら落ち着かせるまでがキミの仕事でしょ。しばらく2人にしてあげる。人払いもするから遠慮しなくていいわよ」

 

 泣いているし頭もほとんどパニック状態だからよく解らないけど、取材が続けられない状態だと判断されてしまったみたいだ。優し気な渚子さんの声がだんだん遠くなって、ドアが開閉する音が聞こえた。後はイッチーが慌てているくらいかな。ごめんね、すぐ泣き止むから少し待ってて。

 

「その、悲しませたわけじゃないから正直どうしていいか解らないんだ。けど、けどさ、どのみち俺にはこうしてやるくらいしか思いつかなくて……」

 

 感情が無に等しいと思っているわけではないだろうが、どうにもイッチーは私が感激して泣いた場合にどう対処するのが正解かみえないらしい。けど、私の大好きな人は常に自分ができることを精一杯してくれる。顔を覆って丸くなる私を包み込むように、心地よいぬくぬくとした感覚が過った。

 

 イッチーが抱きしめてくれているんだ。本当に、キミはいつだってそうだよね。なんでもっと早くにこの温もりが特別だってことに気が付けなかったんだろう。際限なく好きになっていくのが解るのに、どんどんイッチーから離れられなくなっていくというのに。どうして、もっと早く―――

 

「ちゅー……」

「ん?そうか、黒乃の方からいってくれるのは嬉しいな」

 

 どうしてもキスがしたくなったから、どうにかこうにか言葉をひり出してみる。なんとか私の願いは伝わり、イッチーはにこやかに笑いながら私を姫抱きで持ち上げた。そのまま自身が椅子へ腰かけ、私は膝に座るような状態となる。……重くないかな?とか考えていたら、唇を唇で塞がれた。

 

 ほとんど濃いキスしかした覚えがないが、今日のはネットリという表現が近いかも。いつもは激しく求められている感じだが、なんというかこう……私を安心させるかのように、ゆっくりと舌が絡みついていく。イッチーにそのつもりがあるかは解らない、けど……本当に心が安らぐようなキスだった。

 

「……好き」

「ああ、知ってるよ」

「バカ」

「それも知ってる」

 

 キスが終わって好きだと伝えると、悪ガキみたいな顔つきで知っていると返された。こんなんでもときめいてしまう自分がいて、なんだかそれが照れくさいから更にバカだと返す。が、それも知ってるそうですよ奥さん。ホントにバカだねー……私なんか好きになっちゃってさ。……死んでも離してあげないから。

 

「……渚子さん、呼んで来るな。あまり待たせると悪い―――というよりもう大丈夫そうか?」

(う、うん……ご迷惑をおかけしました)

「そうか、じゃあ少し行ってくる」

 

 元の状態に戻るよう私を座り直させると、イッチーは部屋の出入り口の方へ近づきながらそう告げた。確かに私のせいで時間を取らせたようなものだから、落ち着いたのなら探した方がいいだろう。なんだかイッチーが行く気満々だから少し申し訳ないけど……。

 

 

 

 

 

 

「はい、オッケーでーす!」

(う゛~……ちかれたびー……)

 

 あれから根掘り葉掘りと取材は進み、次いでは本番とでもいったところの撮影に取り掛かっていた。とりあえずは黒乃と一夏のピン、その後に同時にカメラに収まることになるのだとか。そうして、今しがた黒乃のピンでの撮影が終わったところだ。

 

「お疲れ様、黒乃ちゃん。なかなか自然体だったわよ」

(その自然体ってのが難しかったんですがそれは)

 

 シチュエーションとしては、オフショットを意識した構図だろうか。リビングルームのようなスタジオが用意され、黒乃の姿はオフショルの縦セーター。スカートと一体型になっているタイプで、その魅力的なおみ足は大半が露わになっている。

 

 そんな姿の黒乃に入った注文は、自由にしていてくださいというなんともアバウトなものだった。恐らくは黒乃の無表情障害とでもいうべき症状を意識してのことだろう。このシチュエーションならば、変に表情を作らなくても違和感はかなり緩和される。

 

 で、ご注文通りに黒乃は携帯を弄ってみたり、ソファーでくつろいでみたり……。本人としてはいつも通りなのだが、周囲は自然体な体で過ごしていると思っているようだ。かなり自堕落な私生活っぷりが想像できないせいだろう。どちらにせよ、副編集長がお墨付きなのだからそこまで気にする必要もないかも知れない。

 

「織斑くん入りまーす!」

「ぬぅ……思ってたより見る暇ないんだな。せっかくの黒乃の縦セーター……」

(あれ、気に入ってくれた?なら学園でも着てあげるよー)

 

 カメラマンのアシスタントらしき人物の威勢のよい声が響き、ひょこっと顔を出すようにして一夏もスタジオ入りした。出で立ちはやはりラフなスタイルであることから、セットは同じものを使うのだろう。一夏は頭を掻きつつ黒乃に近づき、不満げな様子でそう漏らした。

 

 伸縮性のあるセーターは黒乃の女性的ラインを強調し、なおかつオフショルなので肩から何気ないエロスを感じる。そんな姿は一夏からして100点なわけで、撮影の合間も眺めていたかったのだろう。そんな一夏に対し、今はしょうがないよと黒乃はその場で一回転。

 

「フッフッフ……安心しなさい織斑くん。しっかりカメラは回しておいたわ!」

(ファッ!?いつの間に……)

「おお、渚子さん最高です!」

「そういうわけだから、気合入れて行ってきなさい!」

 

 短時間で一夏の扱いをマスターしたのか、渚子は露骨に黒乃をダシにした。それでなくても単純な思考回路をしている一夏は気持ちいいほどに釣られ、行ってきます!と妙に張り切りながらセットへ向かう。嬉しいんだか恥ずかしいんだか、黒乃は内心で苦笑いを浮かべた。

 

「じゃ、黒乃ちゃんは今の内にお色直しねー」

(はいな!でもあのスタイリストさんノリノリ過ぎて目が怖いんだけんども……)

 

 体よく一夏に気合を入れたところで、今度は黒乃の背中を優しく押して再びスタジオの外へ導く。黒乃も割と楽しんでいる様子ではあるが、自分のメイク等を担当した人物を思い出して少し気を落とした。別にそのスタイリストそのものが悪いわけではないのである。

 

 向こうからすればあの(・・)藤堂 黒乃のメイクをできるわけで、この仕事に名乗り出る人物は数多に存在した。スタイリストが嬉々として職務を全うしているのは、恐らくは2度と担当できることのないであろう上玉を相手にしているから。

 

 だが自分に対しての評価が低い黒乃がそんなことに気づくはずもなく、ホント楽しそうだなーくらいの感想でメイクが終わるのをじっと待った。そうすれば後は着替えをしなくては。そう思いあたりをキョロキョロ見回すと、スタイリストの方も察したようで黒乃に服を突き付けた。

 

「はい黒乃ちゃん、これどーぞ!もう絶対に似合うって保証できるから逸材よ貴女!」

(こ、こここ……これは、童貞を殺す服……だと……!?)

 

 説明しよう!童貞を殺す服とは、SNS内にてプチブームしたコーディネートである。胸元や袖口にふんだんにフリルがあしらわれたブラウス、腰部分がコルセット構造でくびれが強調される暗色系のロングスカート、綺麗な足を包み込むタイツ等々。

 

 童貞では脱がすのが困難、童貞だと思わず目を引いてしまうだとか諸説あるが、要するに清楚な服装をチョイスしたらたまたまボディラインがくっきりしちゃったけど仕方ないよネ☆―――というコンセプトだ。もう本当に、清楚スタイルなのに黒乃が着るとエロくなるところしか想像できない。

 

(ってかこれ、マジでカロリー制限を厳しくしといて正解だな……っと!)

「キャーッ!似合う、似合いすぎてるわ!これはスポンサーさんもご満悦ね……」

 

 腰の部分がコルセット状なため、少し拘束されるような形になってしまう。胸の割には反則級な腰の細さを所有しているため余裕で入るが、油断しているとあっという間に入らなくなる可能性も考えられる。とにかく、ピンヒールローファーに履き替えればこれにて完全体だ。

 

 スタイリストに一礼してからスタジオの方面へ歩き出すと、途中でアシスタントが合流し先導を始めた。アシスタントにもペコリと頭を垂れると、織斑くんはスタジオ入りしているのでとの返しが。別に急げと催促しているわけでもなく、ちょっとした報告であるような印象を黒乃は受けた。

 

「藤堂さん入りまーす!」

(お待たせしましたーっ!)

 

 慣れぬヒールに悪戦苦闘しながらスタジオへ入ると、その瞬間に場がざわついた。無論、黒乃の姿があまりにも完成度が高いから。男女問わず呟くように称賛の言葉を贈るが、やはりどうしたって男の方が食いつきがいい。一夏はそれに少しばかりの苛立ちを覚える。

 

「黒乃、すげぇ似合ってるな。なんていうか、可愛いし上品だ。どこかのお嬢様でも十分通じると思うぞ」

(フフッ、ありがと。でもお嬢様は言い過ぎ!セレブオーラなんて出せない出せない)

 

 迷わず黒乃に歩み寄った一夏は、頬を撫でながら率直な感想を述べた。まるで見せつけるかのようなそのやり取りを目の当たりにし、この場にいる大半の者が両者の関係を察する。一夏的観点からいわせれば邪な視線は減ったように感じられ、数歩だけ後ろへ下がった。

 

(けどお嬢様かー。せっかくだし、エスコートお願いね?)

「ん?ああ、任せろ。その役は誰にも譲らないさ」

 

 黒乃がスッと手の甲を上に向けて差し出すと、一夏はペコリと演技がかったお辞儀をしてからそれを握った。一夏のカジュアルスーツを着た姿もあいまってか、まるで令嬢と御曹司のやりとりにさえ思える。そうして一夏に導かれるまま、黒乃はセット中央のソファへちょこんと腰を下ろした。

 

「あの、こうした方がいいとかあるなら注文どうぞ」

「ん~……カメラ目線は1枚欲しいかしら。じゃあ、座ったままお姫様抱っこで」

 

 一夏が渚子へ声をかけると、うむむと唸って構図を練り始めた。するとその口から出たのは、先ほどキスした際のシチュエーションまんまではないか。これには一夏も苦笑いを浮かべるしかないながら、黒乃を抱え上げた頃には男の顔つきへ変貌を遂げる。

 

 一夏に関してはあまりカメラや人を意識してはいない。黒乃といいムードになりさえすれば、その周囲は一夏にとって聖域に等しいのだ。逆に黒乃はカチコチの状態である。正直なところ外面に至っては1つたりとも変化はない。だが、内面は相変わらずのヘタレ故、あわわわわ……と内心で唇を震わせてばかり。

 

「うん、いいわね。じゃあもう1枚は……任せるわ。イチャイチャしてくれればそこ撮るから」

「イチャイチャって、そんなのいわれても―――」

(いやそれ簡単でしょ。要はいつも通りだから―――ね?)

「黒乃……」

 

 特に構図に関して深く考えがあるわけでもないが、そう注文があると同時に黒乃は一夏の両頬へ手を添えた。後はじーっと、ひたすら一夏に熱視線を向けるのみ。これだけで一夏もスイッチオン。左手で黒乃の腰を抱き込むと、右手は黒乃の顎へ。いわゆる顎クイというやつ。

 

 それだけでは飽き足らず、2人の間隔はだんだんと狭くなっていく。挙句の果てには目まで閉じてしまうではないか。渚子は悟った、このバカップル―――本当にキスしやがるつもりだと。邪魔したいわけでもないが、モロに見せつけられては精神衛生上よろしくない。よって―――

 

「はい、は~いそこまで!お疲れ様、これにて撮影はしゅーりょー!」

「さっさとしとけばよかったな」

「……バカ」

「おう、俺はバカだぞ。主に黒乃バカな」

「バカ」

 

 寸止めを喰らったことに対しての感想だろうが、一夏はまるでからかうかのように黒乃へいった。その態度が不服なのか、先のようにバカと返せば、またしてもバカと返すしかない返答が。どのみち口ではバカだといいつつ、遠回しに黒乃一筋だと返されて狂喜乱舞しているのだが。

 

 それで今日の撮影は終了した。季節感のせいだろうが、辺りはすっかり闇に包まれている。そんな中、私服へ戻った2人は身を寄せ合いながらただ帰路へ着く。が、一夏の様子が少し変に感じられた。なんというか、少しソワソワと落ち着きがない様子。

 

「その、思ってたよりもいいもん貰えたな」

(まぁ私は知ってたけど、やっぱ高級ディナーなんて萎縮しちゃうよね)

「トーナメントが落ち着いたら行くことにするか」

(……うん。なら絶対に乗り越えないと)

 

 薫子がいっていた報酬とやらは、どうやら高級ディナーの招待券だったらしい。黒乃は原作知識にてそれを知っていたが、実際に受け取ってみるとなんだか妙な気分になる。一夏が先のことを楽しみにするかのようにいうのだってそうだ。

 

 タッグトーナメントが修羅場になるであろうことから、曖昧な様子で首を頷かせてしまう。それは一夏に感知されなかったようだが、油断をしていればこの男はすぐ気づく。それを最も理解しているのは他ならぬ黒乃本人のため、無理矢理というほどでもないくらいに明るい雰囲気を纏うよう気を遣った。

 

 そうやっていつものやり取り、一夏が喋って黒乃が聞くという2人にとって立派な会話は続いていく。そういった何気ないやり取りは2人から時間を忘れさせ、気が付けばもう駅がみえてきた。すると、一夏の落ち着きのなさが増すではないか。黒乃としてはあまり気にすることのないくらいのことだったようだが―――

 

「黒乃」

(んぅ?イッチー、わかってるとは思うけど……学園行のホームはそっちじゃないよ)

「その、このまま学園に直帰じゃなくてさ、家……寄って日曜日に帰らないか?」

 

 IS学園へと向かうモノレールの乗り場へ向かおうとすると、一夏がその手を握って引き留めた。確かに今日は土曜日で、午前には授業が。スケジュールの調整が合わなかった結果であるが、今から学園へ戻れば閉め出されることはないだろう。

 

 だからこそ不思議でならない。間に合うのならそちらの方がいいだろうし、逆をいうなら間に合わなければ自宅へ戻ればいいはず。ならば用事もないのに家に戻ろうとする理由を述べよ。そんな意味を込めて黒乃が首を傾げると、一夏はなんだか観念した様子でゆっくりとした語り口で切り出す。

 

「続きがしたい。さっきの続き―――いや、その先まで」

「…………っ!」

 

 続きがしたいという意味が解らないほど黒乃もポンコツではない。ましてや自宅に帰るという盛大な前フリがあればなおのこと。しかし、こんな大胆かつストレートにそういった誘いを受けることを想定したことはなかった。ガンガン押すのは得意だが、向こうから来られると以外にも弱いらしい。

 

 本人からしてもそれはこの瞬間に自覚したようだ。だが、そういわれて黒乃が一夏を拒むことはない。黒乃にとって一夏に必要とされることほど嬉しいことはないのだから。焦りはいつしか喜びへ変わり、胸いっぱいとなった黒乃はおもむろに一夏へ抱き着いた。

 

「……いいんだな」

(うん……)

「よし、じゃあ帰ろう。俺たちの家へ」

 

 抱き着いたままの状態で頷けば、一夏に問題なく了承である旨が伝わった。断られた場合のフォローばかりが頭にあっただけに、なんだか拍子抜けな気さえする。しかし、これから始まるであろう夜長に自然と期待が膨らんでしまう。それが顕著に表れたかのように、一夏はどこか勇み足。その横をピッタリと歩く黒乃は、なんだかいつも以上に幸せそうなオーラを纏っていた。

 

 

 




黒乃→前世?思い出せないけど、あるのは確かだよ!
渚子→この子もジョークとか言うのねぇ。

短い描写だけど、縦セーター&童貞を殺す服を着させられた。成し遂げたぜ。
作者ながらにして、どちらも100%似合うと確信しております!
後は各々、脳内補完のほどよろしくお願いします。

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