ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。
「あれ、今日もいないのか?」
(あらホント。意味ありげに奥のハッチは開いてるけど……)
もはや流れ作業じみてきた気がしなくもないけど、かんちゃんを探して整備室へやってきた。まぁ今日は私もセットですけど。そりゃ、あれだけ怖がられておいて放置するのはいかんでしょ。まぁどうしても無理っぽかったら諦めるけどさ。
しかし、目的の人物は見当たらないわけで。その代りといってはなんだが、普段開かれていた覚えがないハッチがそれはもう開放的になっているじゃないか。前々から気にはなっていたけれど、勝手に入ったわ怒られちゃうわじゃ損だしスルーしてたんだよね。
「やぁ織斑くん……に藤堂さん。いらっしゃい、今日はどうしたのかな」
「近江先生、こんにちは。あの、更識さんみかけませんでした?」
「いや、今日はまだみてないね」
「そうですか……。じゃあ、部屋とかにいるのかもな」
すると私たちの気配でも察知したのか、奥の方からヒョコっと鷹兄が姿を現した。いつも着ている白衣の袖は捲られ、出で立ちはどことなく埃っぽい。なるほど、どうやら奥で作業かなにかをしていたみたいだ。ふ~む、ますます中身が気にならなくもないが―――
まずはかんちゃんだよね。鷹兄がいうには見かけていないらしい。待っていれば姿を現すか、はたまたイッチーのいう通りに自室に居るのか……。これからどう行動するか思案していると、なんだか鷹兄は少し意味ありげな表情をみせると、私たちに問いかけて来た。
「ところでだけどキミ達、近くない?」
「あ、はい……その、いろいろありまして」
(えへへ、いろいろありました~)
「へぇ、そうかい。フフ……微笑ましいというか、やっぱり少し羨ましくなるね」
近いというのは、単純に私たちの物理的距離のことを指しているのだろう。というかもうゼロ距離だけどね。なんといったって、私がイッチーの腕に抱き着いているから。イッチーはなんだか照れくさそうにいうが、離してほしいとかいいたそうな雰囲気は見当たらない。
だから私も遠慮なくこうしていられるのである。なんというか、先日の一件以来―――イッチーから離れられなくなっちゃいまして。なんかもう、自重するのも馬鹿らしくなってきたというか。きっと今の私は、長時間イッチーと離れると禁断症状が出るぞ。
いやー……あれが効いたね、嫌いになんかなるはずないだろ!……が効いたね、うん。私がイッチーを嫌いになることはないけど、イッチーも同じことを考えていてくれたんだなぁって……。そしたらもう、イッチーと隣に居る時に生じる僅かな隙間も煩わしく感じるようになっちゃった。
「……あの、プライベートな話なんですけどいいですか?」
「ん?まぁ答えられる範囲なら努力するけど」
「じゃあ、遠慮なく。近江先生って許嫁とかって……」
「ああ、僕の女性周りだね。いつも意地悪してるお詫びに、興味があるなら少し話すよ」
鷹兄の羨ましくなるという発言が引っかかったのか、イッチーは恐る恐るそう問いかけた。ええぞイッチー!前々からこの人の恋愛事情は想像すらつかないからなぁ。でも聞いたってどうせ上手く躱されるだけ―――と思いきや、意外にも自ら話してくれるそうじゃないか。
なんでも、やっぱりお見合いとかの経験はかなりあるみたい。しかも学生の頃からだって……。一応は気になった女性もいたようだけど、様々な理由を考慮して全て断ったそうだ。跡取りとか大丈夫なんすかね?鷹兄。その時は養子でも探そうかなーとかで済ましちゃうかもな。
「はぁ……やっぱ御曹司ともなると違うんですね。そうか、学生の頃から……」
「まぁ、個人的に出会ってそれっぽい人がいないこともないんだけどね」
「マジですか!?先生って女性に興味あったんですね……」
「うん、マジだね」
おろぉ!?なにやらとんでもない爆弾発言をかましやがりましたよこの人。見合いとかは抜きにして彼女らしきなにか、あるいは気のある人物がいらっしゃるとな。かおるんをはじめとした新聞部の皆が聞いたら阿鼻叫喚が見られそうだ。ふむ、ここはもう少し踏み込んで聞いておきたいぞ!
「具体的に」
「おやぁ、藤堂さんまでグイグイくるねぇ。そうだなぁ、似た趣味なのが第一かな。それで彼女、夢中になったらそれはもう子供みたいでね。はしゃぐ彼女を手助けして、見守っていたいというか」
「おお、結構まともな答えだぞ!」
「アハハ、織斑くん、僕も傷つく時は傷つくんだからね」
鷹兄は傷つくというが、本当にまともな回答だよ……まとも過ぎて面白くないくらいだ。どうせイジメ甲斐あるとかそんなんだと思っていたけど、鷹兄も異性に対しては割と普通の感性を持ち合わせているのかもしれないね。……あれ、これも全体的に失礼かな……。
「趣味が合うって、やっぱり機械方面ですか」
「そうだね、かなりマニアックな話もつきあってくれるんだ」
「そうですか、機械……ですか」
っへ~……そいつは束姉みたいな女性もいたもんだ。というよりは真面目な話で、鷹兄と束姉あたりはいいカップルになりそうな気はする。まぁ、束姉が鷹兄に興味を示すなにかがなければ始まりもしない恋愛だけど……。なんという難易度ハードコア。
そんなことより、イッチーはなにか機械というワードに思う部分でもあるようだ。歩き出したイッチーの腕をしっかり離さず着いて行くと、イッチーは打鉄弐式の前で歩を止める。そして鷹兄の方へ視線をやると、真剣そのものの目つきで質問を投げた。
「近江先生、更識のやろうとしてることって現実的なんですかね」
「人によるかな、篠ノ之博士や僕なら全然なんとかなるよ。逆をいうなら僕らだからなんとかなるというか」
イッチーのいうかんちゃんのやろうとしていることというのは、1人でISを仕上げられるかどうかのことだろう。鷹兄の口ぶりからすれば、ほとんど無理に等しいってところかな……。いや、多分だけどそれが普通なんだろうけどね。だから考え方を変えれば、かんちゃんは―――
「じゃあ、やっぱあいつってすごいですよね」
「うん?」
「完成状態は7割くらいだったんなら、1人だって浮ける状態まで持っていけるのがまず凄いですよ。俺なんて散々だったんだし……」
そうだよね、すげぇよかんちゃんは。性格によるところが大きいんだろうけど、なんであそこまで自分を過小評価しちゃうかな。イッチーと同じで、私も整備に関してはちんぷんかんぷんだ。テストに出てくる必要な部分を覚えるだけで精一杯だよ。おかげで鷹兄におんぶにだっこだもん。
「……思うにアイツ、比べる部分を間違ってるんじゃないかって―――」
「楯無さんとの比較かい?」
「はい。そんなすげぇ奴なのに、自分のモノサシで楯無さん計って、長さが足りねぇって嘆いてばっかなのとか……勿体ない気がするんですよ」
偉大な人物と血を分けて生まれ、さぞかし苦労もあったろう。けどかんちゃんは、それを理由に自分で自分の世界を狭めてしまっている気がしなくもない。かんちゃんのモノサシでしか計れない世界もある。かんちゃんのモノサシでしか書けない線がきっとあるはずなのに……。
「自分のモノサシで書ける線を書いてきゃいいのになー……」
「どんどん足してく」
「そう!長さが足りなくなったら、俺達や皆がいくらでもモノサシを足していく。そしたらきっとさ、どこまでも続いてく長ーい線を書けるようになるぞ!」
「そしていずれ楯無さんを追い抜く……か」
どこまでも続く長い線……か。うん、かんちゃんはいつだってそんな線を書けるはず。なにかきっかけを投げさえすれば、後は本人の意思次第なのかも。しつこく構うのも、あの子の意志を誘導しているのに近い可能性があるから。かんちゃんが決めて、かんちゃんが心から誰かを頼れる時がくればいいけどな。
「……ってすみません、なんか熱くなっちゃいました」
「いいんじゃない、キミらしくってさ」
「そ、そうですかね?あ!それより、なんか仕事中だったんじゃないですか」
「手伝う」
「いや、大丈夫だよ。僕1人でも問題はないさ」
私がいる手前でかっこつけた気になった感覚なのか、イッチーは照れくさそうにして鷹兄にそういう。でもねイッチー、鷹兄だったらキミが謝る前にからかってると思うの。案の定、本当に気にしてないのか興味すらないのか、特に煽るような発言は飛び出ない。
それでも気恥ずかしさが勝るのか、イッチーは誤魔化すように手伝いを申し出た。基本的には鷹兄に頼りっぱなしなんだ、手伝える時にはそうしようじゃない。そうやって私も意気込んだのだが、問題ないと一蹴されてしまう。あれか、変にドジられたら困るってか。
けど、とにかく本人が必要ないといっているのだから無理強いはよくない。言葉に出さずとも意見がシンクロしたのを察知した私たちは、適当に挨拶を交わしつつ整備室を後にした。しばらく無言で廊下を歩いていたが、ふとイッチーが切り出す。
「で、どうすっか。更識は―――」
「今日はもう……」
「だよな……。押し入るのだけは禁止にしとこう」
かんちゃんの捜索を続行するか否かという内容のようだが、私は首を横に振りながらそう呟いた。さっきも思ったが、やっぱり彼女をヘタに刺激するのはよくない。そっとできる時はそうすべきだ。イッチーも一応の確認のつもりらしく、伏し目がちに私の意見へ同意した。
「あ、2人共やっとみつけたよー!」
「黛先輩……えーと、なんか用事ですか?」
「露骨に嫌な予感がするみたいな顔しないの。んーと、ちょっと待ってね」
どこか暗い雰囲気を吹き飛ばすような快活な声が廊下の奥から響いた。よくみると、かおるんが元気よく手を振りながら駆けてくるではないか。イッチーはかおるんに対してあまりいい思い出がないせいか、微妙な反応を示してしまう。向こうは気にした様子も見せず、ゴソゴソとメモ帳を取り出し開いた。
「あのさ、早い話が仕事の依頼なんだけど、インフィニット・ストライプスって雑誌知ってる?」
「いや~……俺、そういうのはちょっと。黒乃はどうだ」
「知ってる」
「おっ、ありがと黒乃ちゃん!これからもご贔屓に~」
かおるんが仕事の依頼だと切り出した時点で、これがなんの話か理解した。どうやら原作におけるモッピーとイッチーが行った取材の件みたいだ。私は雑誌そのものを読んだことはないが、知識としてそれはある。そのせいか、かおるんに感謝されても微妙な気分になっちゃうな……。
「んで、その雑誌の編集部で私のお姉ちゃんが働いてるんだよね。2人にインタビューとかモデルの仕事とかどうだって直談判してこいっていわれちゃってさ」
「モデルって、ISの雑誌でですか?」
「ああ、結局どんな雑誌かは紹介してなかったね。……はいこれ、先月号」
インフィニット・ストライプス。主要なターゲット層はティーンで、取り上げているのはIS操縦者たち。内容としてはファッション雑誌のソレとあまり変わらず、操縦者がモデルをやってその写真を掲載する……ってところだろうか。鈴ちゃんも同雑誌でモデル経験があるんだってさ。
かおるんから手渡された先月号をペラペラとめくっていくイッチーだが、割かし興味なさそうだ。あまりミーハーじゃないもんねぇ。例えば芸能人と街角で鉢合わせても、あまりイッチーは関心を示さないだろう。そのへんが妙にドライというか、冷めてるっていうか……。
「あの、この依頼って―――」
「ああうん、箒ちゃんには断られちゃって。なんでも、邪魔するのは悪いからってさ」
「あ、あいつ余計な気を……。まぁ……俺は構わないけど、黒乃はどうだ」
(いや、私も構わないよ?けど―――)
モッピーってば、ホントに気を遣わなくてもいいのにねぇ。流石にお仕事で一緒になったからって邪魔とは思わないし、多分だけどそういう部分では割り切れると思う。うん、思うだけで保障なんてどこにもないですけど!……とにかく、そういうことなら私も一向に構わんのですよ。
けどさ、モデルとして致命的な傷を負っちゃっているといいますか。私はかおるんに向け、無言で2度ほど頬の傷を指先でトントンと触って示した。ええ、なんかすんませんね……私のエゴでこんなもん残しちゃいまして。だけどもうこの楔を手放す気はないといいますか。
「どういう事情の傷かは詮索しないし、お姉ちゃんはありのままの絵が欲しいっていってたから多分だけど問題ないよ。もちろん黒乃ちゃんが気にするなら画像処理で誤魔化すし……」
(ううん、私もそのままの姿をみてもらいたいから平気だよ)
「ええと、これは受けるってことでいい―――のかな?」
「あ、はい。そういうことみたいです」
銃弾がかすった傷ですって正直に答えたところで、読者の皆々様を困惑させるだけだろう。私は普段どんだけ世紀末な環境で生きているのだと変な想像を産んでしまいそうだ。とにかく、こんな傷物女を写すのでいいならいくらでもどうぞ。
「わぁ、ありがと~!お姉ちゃん、企画が頓挫するんじゃないかってハラハラしてたみたいでさ」
「まぁ、俺らで面白い記事になるかは保証できないですけど」
「面白くするのが編集の力だよ!え~っと、NGっぽい質問は織斑先生や近江先生に確認しとくね。詳しい日時は……また今度伝えるから。あ、あとちゃんとお礼もするから楽しみにしておいてー!」
編集の力とは言い切りましたねぇ……。編集と書いて捏造と読むようなのは勘弁だけど、そこはかおるんのお姉さんを信じるしかないか。かおるんは私たちにお礼をいうと、残った必要事項を伝えて走り去ってしまう。元気だなぁ、嵐みたいな人ってのはああいうのをいうんだろう。
「なんか、思いがけずって感じだな」
(そうだねー……)
「けど、いろんな服着た黒乃がみられるのは楽しみだ」
(えへ、あなたがそういうんなら張り切っちゃおうかな~)
そういえば、メディアに関わる仕事が入るのは初か。モデルとかじゃなくて、代表候補生としてインタビューとかされたこともないし。多分だけど、私の事情を考慮して鷹兄あたりが断っていたのだろう。今回は直談判した後に鷹兄に話が通ると……。
なるほど、学園に居る人にしかできず、なおかつ交渉の成功率も格段に高い手だ。なんとなくちゃっかりしてるのは姉妹で共通かな。しかし、イッチーが楽しみにしてくれてる……。うむ、本番までカロリー制限を厳しくいこう。最高のコンディションを保ってイッチーの目を釘付けにしなくては
「…………」
(あり、どったのイッチー。急に黙り込んじゃ不安になっちゃうんですけど)
「……黒乃」
イッチーが愁いを帯びた目で私を凝視し始めたと思ったら、スッと顔を近づけ右頬の傷へキスを落とした。罪悪感を覚えてしまうが、私が傷を残したのはイッチーにこうさせるため。なにも躊躇う必要はない。ただされるがまま、愛を受け入れることだけ考えていれば。
けど、貰ったのなら返すのが道理というもんだろう。私はそのままイッチーの頭を抱き込み、肩へと埋めさせた。すると、私の耳に酷く籠ったごめんという言葉が届く。……謝るのはこっちの方だよ、だからどうか気にしないで。キミを苦しめることで離れさせないなんて、最低なことしてるんだからさ。
「……今日はもう戻ろう」
(うん……)
私から離れたイッチーは、なにかを誤魔化すような笑みを浮かべていた。これ以上は傷のことに関していいっこなしということなんだろう。だとするなら全面的に同意だ。雰囲気が悪くなることには違いないからね。そういうことで、すぐさまイッチーの腕に抱き着き直した。
そうしてイッチーと一緒に歩くことしばらく、位置としては寮棟へと差し掛かったあたりだろうか。私たちにとっては予想だにしない人物が現れた。どこか儚げな出で立ちで、内側に巻いた水色の髪を持ち、紅い瞳を輝かせるあの子は―――
「待って……!」
「更識……さん?そっちから用事なのは珍しいな」
「……お願いがあってきた……」
今日はよく呼び止められる日だなーとか思っていたら、まさか今のかんちゃんが私たちに用事だなんて。なにか思うところでもあったのかな?けっこう息を切らせているし、それなりに探し回った証拠だろう。どうやらお願いがあるようだけど……。
「どうか私に……力を貸してください……!」
「…………」
「さんざん拒絶して……都合のいいことをいってるのは理解してる……。だけど―――」
「顔、上げてくれよ」
かんちゃんはイッチーに深々と頭を下げると、シンプルに力を貸して欲しいのだと伝えた。よくみると、その身体は僅かに震えているではないか。自分でもなにを今更と思っているのだろう。ここで逆に断られても、怒られても仕方がない……って。けどかんちゃん、私のイッチーはそんなんじゃないよ。
「そんなのしなくたって、俺はずっといってるだろ。更識さんと組むし、出場に必要な打鉄弐式のこともちゃんと手伝うってさ!これからよろしくな」
「っ……!あり……がとう……。ありがとう……!」
「え、な、泣くことないだろ。ちょっと待ってくれ、これじゃ俺が泣かせたみたいに―――」
(ある意味でイッチーが泣かせたんっしょー。まぁ任せて、こっからは私の領分ってことで)
イッチーはかんちゃんの肩へ優しく手を乗せ、グイッと上に力を込めて姿勢を正させた。そうして1歩離れると、爽やかそのものな様子で右手を差し出し―――たところでかんちゃんが泣き出してしまう。それだけ不安だったということに違いない。
まさかそこまでは想像がつかなかったのか、イッチーはさっきまでの爽やかさが台無しなくらいに慌てふためいてしまう。そんなイッチーの前に割って入り、代わりにかんちゃんを慰めてみる。怖がられてる分際でなんなんですけどねー。とりあえず、かんちゃんの頭をなでなでしてみよう。
すると、私の服を掴みつつ寄り添ってくるじゃないか。おお、これは効果覿面?ならばよし!ほ~ら、泣かなくても大丈夫だよ~。私のイッチーはそんな小さいことで怒るような人じゃないからね~。怖くてもちゃんと頼めて偉い偉い!だからむしろ胸張ろう?
そうやってよしよし攻撃を続けていると、いつしかかんちゃんの小さな嗚咽も聞こえなくなってきた。もう大丈夫そうかな……。だとすると、涙なんかとっとと拭かないとね。かんちゃんにハンカチを差し出すと、無言でコクコク頷きつつ受け取ってくれた。そうして涙を拭き終わる頃には、完全に落ち着きを取り戻したようだ。
「その……。いろいろ……ありがとう……」
「気にすんなって、むしろ大変なのはこれからだろ。とりあえず、整備に力を貸してくれそうなメンバー集めからってところか」
「うん……。とりあえず1人は心当たりが……」
「そうなのか?じゃあ、明日はそいつに声をかけるところから始めよう。更識さんも、それでいいよな」
「かまわない……。それと……簪でいい……。苗字は苦手……」
かんちゃんはなんだか照れ臭そうだ。まぁ女の子だし、泣くとこみられるのは恥ずかしいよね。向こうが落ち着きを取り戻したことで、同じくイッチーも平常運転に戻った。そして今後の方針を固めていると、ずっと聞きたかった台詞を間近で聞くことに成功する。
簪でいい。これはかんちゃんを象徴するような言葉だよね。……どうやら原作とはニュアンスが違うみたいだけど。原作ではイッチーに簪と呼んでほしいって感じだったけど、今のは更識と呼ばれたくないという感じだった。なんだか姉妹の溝—――というか、かんちゃんのたっちゃんに対する拒絶が原作よりも深いような気がする。
……それなら深入りはしない方がいいのかも。成り行きに身を任せるといいたいわけではないが、ヘタに首を突っ込んで話がややこしくなっては困る。かんちゃんにも心境変化が芽生えつつあるようだし、もうしばらくは経過を見守るとしよう。
「じゃあ簪、明日からは頑張るぞ」
「わかった……」
「おう、じゃあ明日に備えて―――」
「……あの……少し話が……」
これでお開きかと思いきや、かんちゃんが私に話があるそうじゃない。イッチーは気を遣っての行動だろうけど、なら俺は先に帰ってるよなんていうけど……マジで?居てくれるとかんちゃんが話しづらいのは解るけどさ、怖がられてるっぽい子と1対1ってそれなりに恐ろしいものがあるもんで―――
「1つ……聞かせて……」
(は、はい。なんでございましょ……)
「貴女の力は……誰かのためのもの……?」
(はぇ?)
思ったより普通な質問でしたとも。けど、そんなこと深く考えたことないなぁ。別に戦いなんてない方がいいとしか思ったことはないし、練習はするし生きたいとは思うけど、強くなろうとはしたことがないと思う。う~ん……だけど、どちらかといえば肯定だろう。
今までそれなりに事件へ身を置いてきたけれど、こんな私でも本気の逃走はしたことがない。もっと本気で逃げようとしたら、それなりにやりようはあったろう。けどなんだかんだで戦ってこれたのは―――うん、やっぱり皆が居てくれたからだよね。
皆には傷ついてほしくない、ましてや死んじゃうなんて論外だ。専用機1機あるかないかの差は大きいし、これからも私は皆と一緒に空を飛び続けるだろう。……命に代えても守りたい人もできたしね。けど、こんな複雑な感情をひと言で伝えられるはずもない。だから私は、おうさ!という意味を込めてグッと親指を立てた。
「っ……!?……そう……」
(うん、えらい驚かれたもんだな……)
「……引き留めてごめんなさい……それだけだから……」
(そ、そう?え~っと、じゃあ私も帰るね)
普段が無表情なぶんだけ変化があれば解りやすいものだ。かんちゃんは私が親指を立てたのにすごく驚いているらしい。肯定しているのは伝わっているようだけど、私がそう思っているのがそんなに意外かね。なんだかそれはそれで悲しいものがあるぞ。やはり鉄血人間とでも思われているのだろうか。
とにかく、かんちゃんの質問っていうのはそれだけらしい。用事が済んだならもう行くね。かんちゃんに軽い会釈をみせて踵を返すと、イッチーの待つ自室へ向けて歩を進めた。あ、そういえばかんちゃんの部屋って何号室なんだっけ。聞けそうだったら訪ねてみよーっと。
「あの時と同じ親指……。フフッ……」
黒乃→どうにも鉄血人間と思われてたみたいねぇ。
簪→黒乃様は、やっぱり導きの八咫烏……。