八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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半年前くらいに思いついた後付け設定マシマシ回。
本当に前から考えている場合とそうでない場合がありますが、そういうのは正直にいきましょう。
こうでもしないといろいろと都合が悪くてですね……申し訳ありません。


第92話 学園に潜む小烏

「はぁ……はぁ……!」

 

 来た道を真逆に走る少女は、耳まで真っ赤に染まっていた。それは走った影響ではなく、羞恥からくる紅潮だとひと目見ただけで解ってしまう。自らにとって憧れである人物の前に立っていられないほど緊張で、思わずこうして逃げ出してしまったのだ。つまるところ、更識 簪は藤堂 黒乃の―――ファンである。

 

「はぁ……。ファンですっていえなかった……」

 

 実際の所ファンと片付けてしまえば語弊があるのだが、本人からすればその表現がしっくりくるらしい。立ち止まった簪は乱れた呼吸を整えるとともに、思いの丈を述べることができなかったのを嫌悪するかのようにため息を吐いた。それどころか、奇声に近い声を上げてしまったことが時間差で襲い掛かってしまう。

 

 絶対に変だと思われたと、またしても羞恥がぶり返す。身体中が火照るような感覚を紛らわすように、簪は制服をバタつかせてそこらへ風を通した。そうしてその場で大きく深呼吸……。す~は~と大きく息を吸ったり吐いたりし、それが終わるとキリリと表情を凛々しいものへと変える。

 

(も、もう一度……もう一度だけ挑戦……!)

 

 両手を小さく握りしめてそう誓う簪だが、そのハングリー精神を普段から前面に押し出してほしいものだ。結局のところ彼女が根性のある人物という証拠なのだろうが、人と相対するのを決心するだけでそれほど必死にならなくてもいい気もする。それには紆余曲折な理由がなくもないのだが―――

 

「見つけた……。なぁ、更識さん!」

(意外としつこい……)

 

 整備室へ戻ろうとしたところ、背後からあまり聞きなれたくはない声が耳に届く。先ほどまでの興奮した様子はどこへやら、簪の態度は昼間のような冷ややかなものへと変わった。無視してもいいのだが、あれだけ拒絶してもやってくるのなら適当にあしらう方が早いだろう。

 

「なに……?いっておくけれど、私が貴方と組むことは―――」

「悪いけどそれは諦めないとしてだ。今回の用事はまた別で、少し真偽を問いたいことがある」

「…………?」

 

 あしらうどころか、露骨に嫌な表情を浮かべながら一夏へと向き直った。だが効果は薄いどころか全くないらしい。本気で気にしていないかどうかは定かではないが、一夏はサラリと流して別の用事で今はやってきたのだと伝える。簪からすれば覚えのない話のようで、不思議そうに一夏を眺めるばかり。

 

「……小烏党員って本当なのか?」

「……だとしたら?」

「責めたいわけじゃないし、もし本当だったとしても特になにがあるわけでもない。けど、知ってるのと知らないでいるのとじゃいろいろ違うと思うんだ」

 

 一夏は神妙にというか非常に聞きづらいかのように重々しく口を開いた。そして飛び出たのは予想だにしない言葉である。これこそファンという表現には語弊があるという所以だ。一夏は元より楯無からこの情報を得ていた。実際に小烏党の人間を目の当たりにしたからこそ、黒乃と接触は避けるべきと判断したのだろう。

 

 しかし、もし本当に小烏党員なのだとするならば、かなりの疑問点が残ってしまう。だからこそ確認しておくべきということなのだろう。完全に偏見的思考だが、なるべくならそうであってほしくはないのだから。簪はしばらく黙りこくると、相変わらずボソボソとした抑揚のない口調で切り出した。

 

「……小烏党の面子には、数種類のタイプが存在する……。どれもネット上の俗称に近いけれど……」

(周りの奴らが勝手にいいだしたってことか)

「1つ、穏健派……。この派閥は主に単なるファン……」

 

 簪は、ピッと人差し指を立てながら1つ目の派閥について説明を始めた。小烏党穏健派―――曰く、黒乃の単なるファン。つまり彼らには女尊男卑なんてものはどうでもよく、黒乃の美貌を褒めたたえることができればなんでもいいのだ。要するに、アイドルのファンなんかが近いのかも知れない。

 

「2つ、過激派……。これが最も害悪……。ただ人を叩きたいだけの陳腐な連中……」

 

 今度は簪の中指が立つ。小烏党過激派―――曰く、女尊男卑の女性を単に叩きたい連中。穏健派とは逆に、彼らにとっては黒乃がどうでもいいのかも知れない。ただ小烏党という集団を隠れ蓑とし、背後からギャアギャアとまくしたてる。そのあたりが関係しているのか、簪は苦虫でも噛み潰したかのような表情となった。

 

 小烏党が過激思想の持主の集まりとされるのは、過激派が無駄に騒ぎ立てるせいなのかも知れない。そうでなければ、基本的に無表情であることの多い簪がこんな顔にはならないだろう。だがそれは、やはり簪が小烏党員である証拠ではと一夏は感じた。

 

「3つ、神格派……。文字通り、彼女を……黒乃様を心から崇めている派閥……。私はここに属する……」

「でも、更識さんは女の子なのにどうして―――」

「……そこまで話す義理はない」

「ああ、そうだな……悪い」

 

 最後に簪の薬指が立った。小烏党神格派―――簪のいい方からして、彼らが真の小烏党員とでもいいたげだ。そう、本来の思想としては最もそれが近い。抑圧され蔑まれるような日々の最中、颯爽と現れた八咫烏。世にはびこる女尊男卑を廃するであろう女神として黒乃を崇める集団―――

 

 もちろん女が偉いというような思想を抱く女性をよしとはしないが、過激派ほど叩く行為をするわけではないのだろう。やはり純粋な気持ちで黒乃に心酔してしまっているようだ。ではどうして女性である簪がと疑問を感じた一夏だが、それはピシャリとシャットアウトされてしまった。

 

「けど、他にも情報をあげる……。小烏党には頭領と呼ばれている創設者がいるの……。その頭領がある日……信頼を置ける党員を7名選んで幹部職を設けると発表した……。七宝刃(しちほうじん)って知ってる……?」

「いや、聞いたことないな」

 

 七宝刃という聞きなれないワードを知らないと素直にいうと、簪はこれだから素人はとでもいいたげに大きな溜息を吐いた。説明を聞けば、黒乃の異名の1つらしい。由来は7本の刀を使うからという簡単なものだが、刹那に搭載されている7本の刀はある種でモチーフ化されているようだ。

 

「で、それがどうかしたのか?」

「……幹部には……壱から漆までの序列があり……壱から順に黒乃様の扱う刀のコードネームが与えられてる……」

「…………。…………っ!?まさか、キミは……!」

「そう……ご明察……。小烏党神格派……七宝刃・壱ノ太刀―――神立。それが……小烏党内での私の通り名……」

「ちょっと待て……ちょっと待てよ!つまりキミは、事実上のナンバー2だっていうのか!?」

 

 簪は財布からキャッシュカードほどの大きさと材質のプレートを取り出した。それは背景が真っ黒に染まり、中心部に白色でなにかが描かれている。一夏が目を凝らしてよく見てみると、そこには―――3本足の烏と取り回しが難しい程の大太刀である神立が交差するようなデザインが刻まれていた。

 

 そして自らを壱ノ太刀 神立と名乗ったのだ。一夏は状況整理が追いつかないながら、簪の言葉を思い出した。頭領を筆頭に壱から漆の序列を持って幹部が存在する―――と。だがそうなると、目の前の少女が壱の番号を名乗ったのだ。それすなわち、小烏党で2番目の権力者……信者であることを示していた……。

 

 

 

 

 

 

―――数年前―――

 

(大丈夫……私ならやれる……)

 

 緊張や不安がジワジワと私の心をかき乱していく。それを必死に自らを鼓舞することで振り払い、なんとか平静を保てているというところだろうか。……そう、私ならやれる……やらなければならないの。だって、お姉ちゃんができたのだから。私も……やら……ないと……。

 

(…………)

 

 いや、比べるまでもないし土俵が違う。だって私は今日やっと代表候補生選考会へ招待されるに至ったのだから。そうこうしている間に、お姉ちゃんは国家代表への道筋を着々と進んで……。……家柄を有効活用したロシア経由の代表入りだとはいっていたが、あの人はそれに伴う実力もしっかり兼ね備えている。

 

 それなのに私は、候補生へなれるかどうかの瀬戸際。ここで実力が示せなければ、合格者は0である可能性もあるいわば登竜門へ私は挑むのだ。けど、狭き門だろうとやっぱりやらないと……。そうでないとまた、家の人達になにをいわれるか―――

 

「うーわー……なにあの子、感じ悪っ……」

「解るー。この程度は余裕ですけど?……とかいいたそうにしか見えないよねー」

「…………?」

 

 現在地はロッカールーム。私と同じく代表候補生を目指す少女たちは、着替えた後にイメージトレーニングや戦術・戦法のチェックへいそしんでいた。そんな中、私以外の子たちは声を潜めてやり取りを交わしているようだ。チラリと彼女らが視線を僅かに向けている方を見ると、そこにはいつの間にかもう1人の少女が増えていた。

 

 その少女は、着替えが終わるなりベンチに座って目を閉じるばかり。空気から察するに、居眠りかなにかをしているようだ。どうやら彼女らはそれが気に入らないらしい。自分たちは切羽詰まっているというのに、こんなにも堂々と居眠りをされては癪に障るのだろう。

 

(すごい……)

 

 私の抱いた感想は少し違う。本当に、心からすごいと思った。何故なら、周囲の雑音などまるで気にした様子をみせないから。彼女らの陰口は陰口といえず、わざとギリギリ聞こえるような音量で会話をしている。にもかかわらず、それらをまるで寄せ付けない威風堂々としたその姿は―――純粋に美しい。

 

 だって私には絶対に無理……。周りの声に過敏に反応して、オロオロと戸惑ったりすることしかできないだろうから。それに彼女らの言い分だって一理ある。その後の人生が関わる大舞台だというのに、一切の対策を練ろうともしないなんて。きっと……それほど己の実力に自信があるのだろう。

 

(羨ましい……な……)

 

 私もそうあれたらどれだけよかったことか。例え虚勢だろうとも私には楽勝だなんて絶対いえないし、それを態度で表すのもできっこない。それなのにこの黒髪の少女は、私にできないことを平然とやってのけてみてた。……この人も、やっぱりお姉ちゃんと同じような人種(てんさい)なのだろうか。

 

「……あ、あの……」

 

 私は自分でも知らず知らずのうちに、黒髪の少女へ声をかけてしまっていた。話しかけたところでなにをするつもりかなんて考えていやしないのに。どうしてそんなに余裕があるのと聞いてみる?待って、いきなりそんなの聞いたって失礼でしか―――

 

「…………」

(無……視……?ううん、多分聞こえなかっただけ……)

 

 幸いにも黒髪の少女から反応はなく、微動だにしていない。パニックが起きかけていたせいか、私は内心でホッひと息。……私はボソボソと喋るから聞き取れなかったんだと思う。家でも喋ると聞き返されることが多々あるし……。……私としては普通に話しているつもりなのだけれど。

 

『館内放送、館内放送。これより選考会を開始します。名前を呼ばれた方は、指定された競技場へ―――』

 

 するとロッカールームにアナウンスが鳴り響き、選考会開始を告げた。……私もあまり人へ構っている暇ではない……かな……。そっと黒髪の少女から離れると、メガネ型のディスプレイを用いて簡易的なシミュレートでもして時間を過ごすことにしよう。

 

 ルールは事前に公開されないから具体的な待ち時間は解らないものの、なにかしていないとこの空気の中では落ち着かない。……はず……なのだけれど……。そう考えると、やっぱりあの子はすごい……。で、でも……絶対に負けないってくらいの意気込みじゃないと……!

 

 そして時は過ぎ、私の番まで巡ってきた。最後には私とあの子しか残っていなかったが、それなら最後はあの子……。……だったら試合を拝見できるかも。いや、そんなことよりまずは自分のことに専念しないと。最後にもう一度だけ自分を鼓舞し、意気揚々と競技場へと向かった。

 

 今年のルールは5分間という非常に短い時間で、どれだけ己の力量を示せるかというものだった。試験官がフライング気味に攻撃を仕掛けてきたが、あれもきっと審査対象となるのだろう。となると意図的……。完全に避けきれはしなかったけど、被害は最小限に抑えたはず。それから―――

 

「あっ、最後は例の子みたいだよ」

「余裕ぶってたけど大したことないんじゃない?」

「…………」

 

 よかった点や反省点を整理していると、ロッカールームまで戻る前に通る広間で人だかりができていた。どうやらちょっとした観覧所のようで、大型のモニターが掲げられている。競技場内の様子が映し出されているようで、彼女らは意外にも勤勉に試合内容を観賞していたのだろう。

 

 モニターを見上げると、やはり最後はあの子……。彼女らはいかようにしてあの子が無様な姿を晒すかを期待しているようだが、多分そうはならないだろう。……もののついでに、あの子の試合を見てから帰ろうかな……。ソファ等々は既に占領されているため、少し離れた位置で静かに息を潜めながらモニターへ注視する。

 

『試合開始』

「ちょっ、あの子いつ抜いた!?」

「う、ううん……全然見えなかった……」

(なんていう抜刀速度……!?)

 

 やはりフライング気味で試合開始の合図が鳴る。普通はそれに戸惑うところだが、あの子は全くそんな様子をみせなかった。それどころか、いつの間にか打鉄の近接武装である葵を抜刀して試験官の一太刀を完全に防いでしまうではないか。……刀の抜刀なんて見慣れてると思ったけど、本当に手品のようにいつの間にか……。

 

 それだけあの子の抜刀速度が速かったということなのだろうが、後に続いた構えや太刀筋をみて解った。あの子はどうやら剣術に深く関わりがある。……既に剣の達人と表現してもいいのかも知れない。家柄の都合で沢山の人が剣を振るのを見てきたが、あの子のソレは舞に興じているかのように美麗だ。

 

「押してる……よね……?」

「というか、普通にいい試合じゃん……」

「試験官とのキャリアとか、全然違うはずなのに……!」

(それなら少なくとも、私含めたこの中の誰よりもあの子は―――強い……)

 

 実際に試験官と戦ってみて、お世辞にも優勢であった場面なんて無いに等しかった。けれどモニターに映るあの子は、確実に試験官と接戦を繰り広げている。誰かがいったように押しているというのが正しい……。自分たちも試験官の実力を肌で感じたからか、どうして押せる状況が作り出せるのか理解が及ばないのだろう。

 

 やがてモニター前の少女たちは、試合時間の経過とともに顔が青ざめていく。……ロッカールームでの出来事でも思い出しているのだろうけど……。口は災いの元というが、まさにそれ。余裕さが気に入らないだの陰口を叩いた相手が、まさか長いキャリアを積んだ試験官に食い下がるレベルの実力者とは―――

 

(……なんて思ってるんだろうけど……)

 

 あのまま続けばどちらが勝ってもおかしくないような試合は、設けられた制限時間が訪れたために終わりを告げてしまう。残念……もう少しみていたかったのだけれど……。……やっぱり声をかけてみようかな。あの子の実力の源が気になるところではあるし……。

 

 そして廊下に足音が響き始めた。長い廊下の先から黒髪を揺らして歩いてくるのは例のあの子……。…………?試合内容でも気に入らなかったのかな、なんだか伏し目がちな気がしなくも……。あ、それよりなんて声をかけたらいいのかな……?シンプルに凄かったとか……?

 

「…………」

「ヒッ……!?」

 

 消極的な私が悶々としていると、黒髪の子は観覧所の入り口付近で立ち止まった。そして、スッ……っと見た。なにを見たって、私を除いた少女たちへ視線をやったのだ。するとどうしたことか、先ほどまでの威勢はどこへやら。少女たちは黒髪の子から逃げるかのようにロッカールームの方へ去っていく。

 

(すごい……。すごい、すごい、すごい……!)

 

 口を開けば生意気しか出てこないような少女たちを、実力を示しただけで簡単に黙らせてしまった……。これは違う、黒髪の子はお姉ちゃんとは違う。出会えば逃亡しか選択肢が浮かばないほどの絶対的な強者……!力、そうだ……私が欲しかった力、他者に有無をいわせない力をあの子は持っているんだ!

 

 なんでできないんだとか、姉さんはあんなにも優秀なのに……なんて聞き飽きる程にいわれてきた。私はそれらを黙らせたくて……。それなのにどうだ、あの子ならば今でも確実に黙らせてしまうだろう。あぁ……なんということだ、こんな所で欲しかったものを持っている人に出会えるなんて……。

 

「あ、あの!」

「…………?」

「私も……私にも、同じことができるようになりますか?!」

「…………」

 

 既に通り過ぎていた背に、必死で声をかけた。すると黒髪の子はしっかり立ち止まってくれた。いきなりのことで振り向いてはくれないけど、それでも構わないから私はそう聞かずにはいられない。すると黒髪の子は、背を向けたままグッと親指を立てて私に見せる。そしてすぐまた歩き出しはじめた。

 

「っ……!追い……ます……。追わせてください、貴女の背中!」

「…………」

 

 瞬間、私の中で彼女が目標に変わった。その親指1つで私がどれだけ救われたか、黒髪の子にはてんで解らないだろう。けど……けれど、確かに彼女は私を応援してくれたんだ。私の欲しかった物を持っている人が、私のことを奮い立たせてくれたんだ。

 

 私は歩き出した彼女の背中に黙って頭を下げ続けた。私にとってはそれだけ彼女が尊い存在になったということ。姿が見えなくなるまでそうしているつもりだったから、いついなくなったのかはハッキリ解らない。けど……追うと決めた。いつか必ず、私も……誰にも有無を言わせないほどの力を……!

 

 

 

 

 

 

 それからほどなくして、簪の元へ届いたのは代表候補生入りを示す合格の吉報だった。当然ながら合格に喜びながらも、本人としては憧れの存在の合否も気になるところ。しかし、調べるまでもなく彼女の経過は向こうからやってきた。アンジェラ・ショーンズの完全引退に際してのことである。

 

(日本政府より通達……?)

 

 ある日そんな封筒が簪の元へ届いた。そこには藤堂 黒乃という少女についての注意喚起を促すような内容で、アンジェラ・ジョーンズの引退も彼女が関わっていると記されているではないか。まさか……。そんな予感と共に簪は数日前に憧れとなった少女を思い起こす。

 

 気が付けば、簪は自身のPCへと飛びついていた。そしてあらゆる検索ワードを駆使し、1つの項目へとたどり着く。八咫烏―――八咫烏の黒乃という項目だった。詳細をみてみると、やはり例の少女が烏にも似たISを纏っている姿が映し出されている。

 

(藤堂 黒乃……)

 

 情報が公開されているサイトはいわゆるアングラサイトのようなものだ。そこには藤堂 黒乃こそがアンジェラ・ジョーンズを引退に追い込んだ原因であるとはっきり記載されている。曰く残虐非道な戦いぶりだとか、彼女の被害者はとどまることを知らないだとか―――

 

(…………)

 

 そのサイトを閉じた簪は、八咫烏の黒乃で再度検索をかけた。するとトップに踊り出ているサイトはこのようなネーミングがなされている。小烏党―――と。恐る恐るそのサイトへアクセスしてみると、先ほどとは打って変わって藤堂 黒乃を応援するかのような内容がみて取れた。

 

(というより……これは……)

 

 応援というよりは、崇拝に近いなにか。原因としては藤堂 黒乃がIS操縦者を再起不能にしているから。とりわけ、女尊男卑主義の女性に対しての反応は凄まじい。これらの材料から、簪は黒乃が世にはびこる女尊男卑を破壊する救い主にされているのだと察した。

 

(けど……)

『黒乃様のおかげで胸張って生きて行けそうです!』

『貴女の存在が救いそのものです』

『我らが女神に祝福あれ!』

 

 フリーの書き込みが可能なスペースは、藤堂 黒乃への感謝で溢れかえっている。辛い状況を打破し、彼女によって救われた者がこんなにもいるのだ。簪はある種の共感を抱かずにはいられない。なぜなら、絶対的な力を前に確かな憧れを抱いたのだから。

 

(すごい……)

 

 これを皮切りに、簪の憧れは徐々に崇拝へ転じたのかも知れない。すぐさま小烏党員となった簪は、己が女性でIS操縦者であることを明かした。一部から反感はあったものの、現在の神格派と呼ばれるメンバーは暖かく簪を受け入れる。居場所がないと感じていた簪には、そこも効果的だったのだろう。

 

 小烏党に受け入れられること、それすなわち黒乃へ受け入れられること。そういうふうに小烏党の行動が簪の脳内では黒乃の意志の元であるように変換されていく。やがて簪は熱狂的な信者へ変貌し、更識家特有の情報網を駆使して黒乃の動向を他の信者へ知らしめるのを主とした活動としていた。

 

 それが頭領という名の存在に届き、ついには事実上のナンバー2である壱ノ太刀 神立の称号を配するにまで至る。これまでの大まかな経緯はこんなところだ。そんな事情を抱えた小烏党のナンバー2を前に、やはり一夏は驚愕するほかなく、なんの言葉も浮かばない。

 

「……私たちのしていることは間違ってる……?」

「えっ?」

「辛い現実を前に打ちひしがれて……心がどんどん摩耗していって……。そんな私たちにとって……黒乃様は救いなの……。黒乃様の……批判と罵声だらけでも立つ姿……それを心の支えにして私たちも立つのは……いけない……?」

 

 なにも言葉を出せずにいると、逆に簪の方が問いかけてきた。神格派のメンバーの大半は、現実においてISが絡んで辛い人生を送る者も多い。簪はその限りではないが、周囲の過度な期待など精神的疲弊を強いられる環境で育ってきた。だからこそ、そんな質問が飛び出たのであろう。

 

 そんな簪の語る表情から、哀しみや怒りなど様々な感情を一夏は感じた。だからこそ慎重に言葉を選ばざるを得ない。だが、嘘まで吐くつもりは毛頭なかった。ここで心無い言葉で簪と小烏党を前面肯定したところで、それは本人のためとはいえないだろう。

 

「……誰もいけないなんていっちゃいないって。ただ1ついわなくちゃならないことはある。黒乃は―――神様なんかじゃない」

「…………」

 

 黒乃が心の支えというのならそれもまたよし。しかし、1つだけキッパリと否定しなくてはならなかった。黒乃は神ではない。確かに一夏からすれば女神と称するにふさわしく、黒乃の慈愛をもってして生きてきたというのは確かにある。

 

 しかし、一夏のいいたいことはそんなものではない。黒乃はただ縋るだけの存在なんかではないと、それを伝えたいのだ。ただおんぶにだっこで黒乃に導かれるまま?少なくとも一夏はそれでいいとは思わない。黒乃の切り拓いた道を後から着いて行くだけ?……それで本当にいいのだろうか。

 

「黒乃はな、常に誰かの為に生きてる。手を指し伸ばして、掴んで、引っ張ってさ……放っておいたらどこまでもそのまま連れてってほしいって思っちまう。……その末路がキミらなんじゃないか?」

「自分で歩けって……?できたらそうする……誰もがそうやって生きられるなんて思わないで……!」

 

 一夏の言葉は、簪からすればできるものの発言だった。それができないから抑圧された環境で生きてきた。それができないから比較されることに甘んじてきた。それができないから陰口だらけの人生を歩んできた。そう……それができれば苦労なんかしてやいない。

 

「思わないさ、黒乃だってひたすら真っ直ぐ進んでるわけじゃないんだから」

「え……?」

「なんというか、人のこと心配する癖に前が見えてないことがあるんだよなー。そのまま道連れってのもよくある話だったよ」

 

 人の先導を買って出る癖して、あっちへ行ったりこっちへ行ったり散々なものだ。一夏はそうやってなにか懐かしむ様子で語る。いかにもしっかり者なのに、盛大にポカをやらかす時はやらかす。そのポカに巻き込まれたことを思い起こしているのだろう。

 

「そんな……こと……だって、黒乃様は……」

「そんなことある、黒乃だって完璧じゃないんだ。だからただ着いてくだけじゃ意味はない。黒乃を目標とかにするのはさ、そりゃいいと思う。けど、その目標を追うってのと着いて行くの……はき違えてやしないか?」

 

 自分だって黒乃を目標とする人物の1人だ。いつか愛する人を守れるほどにと、必死も必死で一夏は走り続けていた。だからこそ、簪のやっていることが思考停止にしかみえないでいる。黒乃を神とし、導きを求め、黒乃の切り拓いた道をひた歩くのみ。

 

 私のしたかったことって、本当にそうだったろうか。熱狂的な信者となり果てた簪に、一抹の疑念が過った。確かに最初はもっと純粋な気持ちで追うと決めたはずでは?それがいつ、こうなってしまったのだろう……と。しかし、簪は浮かんだ思考をすぐさま蹴散らす。何故なら、それは背信行為でしかないから。

 

「違う……私は……黒乃様は……!」

「織斑くん、いいところに居てくれたよ!」

「近江先生……?なっ、黒乃!?アンタまさか―――」

「ああ、うん、その疑いは僕の日頃の行いのせいだって肯定するさ。諸々の説明は必ずするから藤堂さんを任せたいんだ!」

 

 簪が思いの丈を述べようとしたところ、遠方から一夏を呼ぶ声が響いた。声色ですぐ鷹丸だと察知したが、随分と余裕のなさそうな様子だ。そのことを不思議に思いながら振り返ると、鷹丸が黒乃を背負っているのがみえた。すぐさま一夏は鷹丸が余計なことをしたのではと疑ってかかるが、この焦りようなら特になにもしていないのだろう。

 

 もし仮に鷹丸のせいで黒乃が気絶をしたとするならば、間違いなくあっけらかんとした様子でしかないだろう。あー僕のせいで藤堂さんが気絶しちゃってさー……くらいのもののはず。なんとなく鷹丸の心理を読めるようになっていた一夏は、瞬時にこれが一大事だと判断した。

 

「勿論です、黒乃のことは俺が!」

「うん、保健室に連れて行ってあげて。キミが隣に居た方が藤堂さんも安心すると思うから」

「近江先生は!?」

「僕は万が一の為に職員室へ行ってくるよ、保険医の先生が居るかどうかは微妙な時間帯だからねーっ!」

 

 鷹丸の背から黒乃を姫抱きで預かると、一夏は妙に自信満々な様子で告げた。鷹丸の方はというと、走り去りながら大声で今後の行動を告げてから消えて行ってしまう。それならば己も行動開始しなければと両足に力を込めたところで―――顔だけ簪の方へ向ける。

 

「心配なら着いて来てやってくれ、黒乃も喜ぶだろうから」

「……いい……の……?私は……」

「黒乃を心配してくれてるのにそういうのは関係なしだ。行くぞ!」

「う、うん……!」

 

 気絶した黒乃を前にただ心配そうな表情を浮かべるばかりの簪だったが、むしろ一夏の方から同行してくれと提案が。自らの立場上からして簪はそれを躊躇ったが、一夏の言葉に少しだけ救われた。だから胸を張って、ただ1人の生徒として着いて行くと瞬時に決意した。

 

 日頃の運動不足が祟ってか、黒乃を抱えた一夏の走りに合わせるのも困難な程だった。それでも簪が速度を緩めることは全くない。その光景や前後の会話も含めて、一夏は小烏党の評価を改めなくてはと1人頷く。ただ今は、一刻も早く黒乃を保健室へ送り届けるのが最優先である。簪には悪いと思いつつも、一夏は更に走る速度を上げた。

 

 

 




幹部だとか序列だとか二つ名だとか……かっこいいですよね(伝われ)。
たぶんいつまで経ってもかっこいいと思い続けるんだろうなぁ……と。

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