八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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100話かけてやっとこさメインキャラ全員が揃うという。
しかも構成上からして出番らしい出番をあげられない予感……。


第91話 更識 簪とは

(う~ん、さて……どうしたもんか)

 

 基本的に難しいことは考えないようにしている織斑 一夏だが、真剣と面倒の狭間のような表情を浮かべてうんうんと唸っていた。というのも、先日に楯無から直々に依頼された件についての処理に困っているのだ。端的に片付けるのなら妹に構ってやって欲しいということらしいが―――

 

(……ただ会って話すだけじゃ解決しないだろうな)

 

 複雑な事情が複雑に絡み合い難事件の様相を呈してしまっている。まず第一としては、楯無の妹君そのものが非常に後ろ向きな性格である点。だからこそ楯無は妹を救ってやりたいと願っているのだろうが、どうして自分に頼んだのかといいたくなる問題点が次に挙がる。

 

 それは一夏がISを動かしたことにより、妹君の専用機の開発が事実上凍結してしまったという点。まず前提として、妹君は日本国代表候補生らしい。代表候補生には専用機を与えてこそというのが世間一般の認識だが、彼女はそれを得られていないのだ。

 

 前述したとおりに一夏がISを動かした。よって、日本政府は貴重な存在の保護を優先するために倉持技研という企業へ白式の開発を依頼。しかし、倉持技研は既に妹君の専用機となるはずだった打鉄弐式の開発へ着手していた。だが政府は一夏の保護を理由にこれを黙殺。結果として残ったのは開発途中の打鉄弐式のみ。

 

 加えて問題となるのが、姉妹の仲がよろしくないという点。妹君は開発途中の専用機を自らの手で造り上げることに躍起になっている。それは姉に対する僅かな対抗心からなるものだった。これにより楯無本人の介入はおろか、楯無の名を出すことすらタブーとなってしまう。

 

 今一度状況を整理した一夏だが、かなりの八方塞がりであると再認識するばかり。なにか妙案が浮かぶわけでもなく……。しかし、一夏としてもどうにかしてやりたいという気持ちはあるのだ。運命の悪戯のせいとはいえ、少なからず己の責任で妹君が悩む要因を作り出してしまったのだから。

 

 もっといえば、置かれている状況に共感できる部分もあった。一夏は全く気にしたことはないのだが、偉大過ぎる姉を持つというのは周囲からの圧力も強くなるというもの。千冬と一夏を比べる者もしばしば居た。が、姉は姉で超えるべき存在であるという一夏の考えからすればただの雑音でしかない。

 

 ここからは憶測でしかないが、妹君は似たような言葉を雑音として捉えられなかったのであろうと一夏は考えた。それが妹君の根暗気質の要因であるとも。周囲の過度な期待が、元来より暗い性格に更なる影を落とした。やはり複雑な事情である。

 

(まずなんて話しかけるべきなんだろう……)

 

 自分が専用機開発凍結の要因であるなら顔も見たくはないだろう。そんな輩に話しかけられても無視されるのが関の山。けれど話しかけないことにはなにも始まらない。一夏はとある作戦を胸に妹君と仲良くなる計画を実行に移すことを決意した。

 

「あの、ちょっといいか」

「へ……お、織斑くん!?えっと、なにか用事かな」

「更識さん……更識 簪さんて4組だよな。どこにいるか教えてほしいんだが」

「更識さん?あぁ……うん、あの子がそう……だけど」

 

 事前に楯無から僅かながらも情報は得ていた。妹君の名は更識 簪。4組の所属で楯無と同じく水色の髪と紅い瞳の少女。4組の入り口付近に居た生徒に声をかけて所在を確認すると、なにやら困った様子でチラリと視線を教室の窓側の席へと向けた。そこにはいかにも大人しそうで、儚げな少女がPCのキーボードを叩いている。

 

 一夏が得た情報と少女の容姿に関してあてはめている間に、生徒の方はそそくさと去っていってしまう。やはり代表候補生でありながら専用機未所持である彼女は、性格も相まってクラス内では微妙な立場へ収まっているのだろう。一夏は意を決して彼女へ歩み寄り、あたかも自然な様子であると前面に押し出して声をかけた。

 

「なぁ更識さん、ちょっといいか。俺は織斑 一夏、よろしくな」

「……知ってる。けど、貴方とよろしくする必要はない……」

(……そりゃそうだよなぁ)

 

 なるべく友好的であってくれればという一夏の願いは空しくも砕け散り、塩対応の境地かのようななにかを垣間見た。ボソボソと喋りつつも言葉の端々は槍のように鋭く、まるで一言一句が突き刺さる錯覚さえ感じてしまう。しかし、個人的な理由含めて一夏は引き下がるわけにはいかないのだ。

 

「なんていうかその、とりあえず話だけでも聞いてもらえないかな」

「……要件は?」

「今度の専用機持ちタッグトーナメント、俺と組んでほしいんだけど」

 

 作戦というのは、開催が予定されている大会を出汁にするという粗末なものだった。文字通り参加資格があるのは専用機持ちのみで、有資格者は限られている。タッグトーナメントともなれば相棒が必要なわけで、一夏は簪をその相手としたいということで友好を深めようというのだ。

 

「理由を述べて……」

「皆はもう組む相手が決まっちゃっててさ」

 

 一応は話を聞いてもらえるだけ救いはある。回答がイエスである可能性は限りなく低いとして、問答無用でないのならやりようはいくらでもある。とりあえずは簪の回答を待つとして、一夏はその様子を注意深く観察した。すると一夏はその目で確と見た、簪が僅かに口元を釣り上げたのを。

 

「見え透いた嘘……」

「……どうしてそう思うんだ?」

「藤堂 黒乃が貴方と組もうとしないはずがない」

「…………」

 

 簪の言葉は真理だった。他の一夏の取り巻きならばまだしも、黒乃が一夏と共に戦おうとしないはずがない。それは簪を除いても周囲からの人間からすれば道理であり、恐らくは今後必ずといっていいほど一夏は黒乃からの誘いを受けることになるだろう。一夏もそれは十分に理解していた。

 

 だからこそなにも答えられない。いい方は悪いが、なにもないなら一夏だって黒乃と組みたいというのが本音なのだから。恐らく簪は、その辺りも見通しているのだろう。だからこそ一夏の言葉を嘘だと断言できたし、ちゃんちゃらおかしくて笑ってみせたに違いない。

 

「後ろめたさでも感じてる……?」

「……それもあるな」

「そう、なら余計なお世話……。気にしないで、貴方には関係のない話だから……」

 

 簪の返しから、自分は事情を理解していると察知されたと一夏は理解した。観念して責任感は確かにあると述べれば、完全なる無関心を示す意味での気にしないでという言葉を投げかけられてしまう。簪はそれきり、これ以上の議論は無意味であるとでも言いたげにPCを閉じて立ち上がった。

 

「ちょっと待ってくれ、俺は―――」

「むっ、一夏……ここに居たか。黒乃が探していたぞ―――って、なにをやっとるか貴様はああああっ!?」

「なっ、箒!?」

 

 冷たい態度をとられて腹が立ったわけではない。なぜなら簪は、もっと自分に腹を立てているのだから。お互い不干渉でいようという簪の宣言は有り難く受け取るべきだったのかも知れない。だが、ご存知の通り織斑 一夏という男はそれで納得できるほど大人な精神を持ち合わせてはいないのだ。

 

 ろくに考えも浮かばないながら、とりあえず腕を掴んで簪をその場へ引き留めた。しかし、タイミングが悪い事に黒乃の代わりに一夏を探しにきたらしい箒にそのシーンを目撃されてしまう。必死な様子で簪を引き留めようとするその姿は、箒からすればいらぬ想像を掻き立てる要因だったようで―――

 

「貴様、黒乃と恋仲になったというのにもう知らん女へ現を抜かすか。…………黒乃を悲しませるようなら―――殺すぞ?」

「いや待て、誤解だ!今のはそういうのじゃなくって―――」

 

 瞬時に箒は一夏を壁際へ追いやり、紅椿の腕部を部分展開。その手に空裂を呼び出すと、聞いた事も無いような冷ややかな声色で殺されたいのかと聞かれてしまう。そんなやり取りを繰り広げている間に簪の姿はとうに消えている。これで本人が居ては話せないことも発言が可能となった。

 

 一夏は箒へ声が届いている間に、事の顛末を1から10まで全てを話す。箒は終始訝しむような表情だったが、とりあえず紅椿の部分展開は解除されたので危機は去ったと考えていいだろう。ひと息に説明を終えると、待っていたのは差し出される箒の手だった。

 

「……事情は承知した。そのことに関しては謝罪しよう、済まなかったな……」

「いや、勘ぐりされても仕方ない場面ではあったと思う」

「だが一夏、その事情とやらは黒乃に話しているのだろうな?……お前を探し回る黒乃の様子は見ていられなかったぞ、まるで親を探す迷子の子供のようだった……」

 

 一夏は差し出された手を掴むと、心底から申し訳なさそうな謝罪を聞きつつ引き起こされる形で立ち上がった。謝ってもらえればそれで満足な一夏は、これ以上は気にしないよう自分にも非があるとその場を纏めるように言葉を選ぶ。しかし、箒としてはこの議論をここで終わらすわけにはいかなかった。

 

 なぜなら、言葉通りに黒乃があまりにも不憫に感じられたからだ。現在の時分は昼休み、昼食時だ。少しでも一夏と2人の時間を過ごそうとしたであろう黒乃は、昼食を共にと探し回っていたらしい。4時限目が終わると同時に一夏が教室を飛び出してから、まるで見つからないようで非常にオロオロとした様子だったようだ。

 

 それを箒は親とはぐれた子供のようだったと喩える。見かねた箒をはじめとしたメンバーが一夏の捜索に協力した……ということらしい。これを聞いた一夏は、立っていられないほどの衝撃を覚えた。自らの愚かな行為に激しく嫌悪しながらも、ある事情がそうはさせないから。

 

「……ダメなんだ、黒乃にこの件は相談できない」

「それは何故だ。黒乃を巻き込むわけにはいかんなどというなよ、アイツはお前の為ならばいくらでも―――」

「……違う、そんな理由ならとっくに相談してる。いっとくけど、黒乃に黙って他の女の子に関わるってすげぇ後ろめたさだからな。ホント、死にたいくらいだ……」

「ならばその理由とやらはいったい……?」

「……耳貸せ、箒」

 

 一夏は険しい表情で首を横に振るばかり。その表情がかなりの苦悩と葛藤を悟らせ、理由があるなら聞かせてみろと箒は探りを入れた。しかし、箒が口にした内容はかなりの地雷だったようだ。一夏の頭を掻きむしる様子をみて、どれだけ黒乃を大切に想っているかは十分に伝わった。

 

 だとすると、残りは黒乃の協力が得られない理由のみ。ここで大っぴらに話すことはできないのか、一夏は周囲の様子を伺いながらそっと箒に理由を告げる。すると箒は衝撃を隠し切れないのか、あからさまに目を見開いて一夏の言葉を耳にする。

 

「……それは本当なのか?」

「姉である楯無さんがそう言ってたんだ、確かだとおもっていいだろうな……」

「そう……か、なるほどな。そういう事情ならば黒乃と更識の接触は避けるのが得策か……」

 

 ここまで箒を驚かせる、箒にそこまで言わしめる理由がそこにはあった。いったい簪のなにがそれほどに黒乃へ影響するのだろう。両者には日本国代表候補生という共通点はあれど、黒乃の様子からするに関わりは薄いとみていい。ならばどうして、接触まで避ける必要があるのだろうか。

 

「……ともかく、更識が姿を消したのならばひとまずは忘れろ。一夏、お前は今すぐに黒乃の元へ行ってやれ」

「ああ、そうするよ。黒乃は食堂でいいのか?」

「席を確保して一夏の到着を待っているぞ、私たちが必ず連れてくると豪語したからな」

「そうか、解った。箒、皆にありがとうって伝えといてくれ。それじゃ」

 

 事情は呑めたが、箒からすれば優先事項が黒乃であることには変わらない。とりあえずこの件はまた今度にして、お前はとにかく黒乃のところへ向かえと促す。黒乃を不安にさせたとあらば、一夏としてもすぐに駆け付けなければという想いが勝る。

 

 箒へ自分を探してくれた者へ感謝を伝えてほしいと残すと、後は全力疾走で食堂へと駆けて行く。その背を見届けた箒は、ようやく安心したかのような表情を浮かべた……が、それは僅かな時間のみだった。箒の眉間にはみるみる内に皺が寄り、忌々しく吐き捨てるかのように小さく呟く。

 

「……ようやく想いが通じて結ばれたというのに、あの2人にはまだ障害が立ちふさがるか……」

 

 

 

 

 

 

(え~っと、整備室は確か……)

 

 放課後になると同時に、私が足を向けたのは整備室の方だ。私がそういう場所へ用事となると、高確率で刹那関連なわけだが、今回も鷹兄から呼び出しがあったからねぇ。なんでも、雷光の仕様をレース用から戻すのを忘れていたとかなんとか。

 

 このままでも問題はないそうだが、一応の処置ということらしい。ついでに今後はコンソールで通常用とレース用にモードが切り替えられようアップデートしてくれるそうだ。その作業は特に近江重工が間借りしている研究棟第13区画でする必要もなく、近場であるからという理由から整備室を選んだそうな。

 

 鷹兄は自分の為だか私に配慮してんだか真相は不明だが、なるべく時間を浪費しないようにしてくれるのは有り難い。なるべく1分1秒をイッチーと共に過ごそうとしているのだから、邪魔とはいわないけど短く済めば私としても万々歳だ。まぁ、イッチーの方が忙しいから無意味だったりするんだけど。

 

(ん、ここかな?よし、お邪魔しまーす)

「やぁ、いらっしゃい藤堂さん。時間を取らせちゃって申し訳ないね」

 

 扉を潜ると、中では既に鷹兄が準備に取り掛かっていた。足を踏み入れた覚えのない整備室を見回すと、そこには数多くのISがハンガーへ鎮座している。とはいっても量産機だけどね……。ここに放置されているいうことは、なにかしらの問題が生じているのだろう。

 

「物珍しいかい?整備課の子じゃないと関りは薄いかもね。本音としては、選手志望の皆にももう少し関心を持ってほしいんだけれど」

(あ~……それはすみません)

「ハハハ……ゴメン、小言っぽくなっちゃったかな。まぁ、機械が大好きな変人の主観的な独り言だとでも思って聞き流してよ」

 

 もう少し関心を持ってほしいというのは、鷹兄のISを大切にしてほしいという願いが込められているのだろう。相棒だとは思いつつもせっちゃんにはいつも無理ばかりさせてるもんだから、もっともな鷹兄の言い分に思わず頭を下げてしまう私がいた。

 

 そこまでされるほどのことでもないのか、鷹兄はすぐさま私を制す。そして気を取り直すかのようにパン!と大きな音を立てながら両手を合わせると、早速始めようかと作業道具を手に取った。私は空いているハンガーへ刹那を置くよう指示され、すぐさまそれに従う。

 

 なんだか量産機に混ざって専用機が鎮座しているのは妙な感じだ。なんというか、やはりそのディテールの特異さから本当に専用なんだなと思い知らされる。いってしまえば優越感があるかも……。汎用と専用では響きからして違ううえに、超高機動近接格闘型機体なんてジャンルも付与するし。

 

 そんな優越感はさておいて、私はそこらで見つけた脚立に腰をかけて鷹兄の作業を見守った。その様子は相も変わらずちんぷんかんぷんで、鷹兄の関心を持ってほしいという言葉が時間差で襲い掛かってきてしまう。いや、鷹兄は束姉と並ぶ天才らしいから、熟練者から見ても謎作業な可能性が微レ存……?

 

「そういえばさ」

(む、なんじゃらほい?)

「織斑くんと付き合い始めたって聞いたんだけど」

(ど・こ・か・ら・さ!)

 

 片手間でも聞きたいのか、はたまた会話があった方が作業効率でもいいのか、鷹兄はいきなり私へそんな質問をしてきた。いったいどこから得た情報なのかと小一時間くらい問い詰めたいが、残念ながら私にそれはどだい無理な話だ。……ちー姉?……はないか、ちー姉は鷹兄大嫌いだからなぁ……。

 

 どこから聞いたかとかはこの際ほっとくとして、変に否定したって鷹兄の面倒くさい質問ループに陥るだけだろう。そう判断した私は、急いで肯定を試みる……が、こういうときに限って声が出やしない。何度もトライしていると、やがて私の喉から音声が発せられた。

 

「愛し合ってる」

「フッ……アハハハハ!付き合い始めたかどうかの質問に対してその解答かい。これほど少しズレてるけど、これだけ解りやすい答えは他にないかもね!」

(だってこれしか出なかったんだもん!)

 

 私だってできたら「そうです」とか「はい」で肯定してるよ。けど好きに選べなかったんだから仕方がないじゃん!……なんていう私の抗議は届くはずもなく、回答がツボりでもしたのか鷹兄は大爆笑だ。ちぇー……鷹兄に私がここまで弄られるのは初だよ……。

 

「そうかいそうかい、それは本当に喜ばしいことだね」

(本当にそう思ってやがりますかねこの人)

「末永くお幸せに……っていうのは流石に気が早いのかな。とにかく、キミらの行く道に幸あれってね」

 

 ……鷹兄からしても本気で祝おうって気はあるのかもね。なんというか、今の鷹兄は随分としっとりしている。そこにはもう私をからかおうなんていう思惑は感じられない。私の勘なんてあてにはならないが、かなりこの自称変人の天才さんのことも理解できるようになったということなのかな。

 

 それだけが質問したかったのか、残った作業は黙って進んで行く。黙ってとはいっても、なんかブツブツと呟きながらではあるけど……。そうしている内に鷹兄の手は止まり、お待たせーなんていう緩い声が作業の終わりを告げた。私は鎮座する刹那を身に纏うと、待機形態に―――

 

「ああ、ごめんよ、少し待ってくれるかな。仕様の変更は刹那展開時に制限を設けたから、このままコンソールの操作について説明させてよ」

(ん、了解。じゃあ、レクチャーお願いします!)

 

 いわれてみれば、待機形態時に仕様変更できる仕組みだと問題があるな。なにかって、万が一細工をしようと思ったら簡単だってこと。もし外している時に雷光のエネルギー効率でも操作されたらたまったもんじゃない。QIBやらOIB使った時点で即ドカンですよドカン。

 

 そのあたりに配慮してか、操作は刹那として私が装備している間となっているようだ。流石は鷹兄、私への配慮を忘れない開発者の鑑―――ってあれ?そもそもせっちゃんのコンセプト自体が私に優しくないような……。ま、まぁいいか、しっかり鷹兄の説明を聞かなくちゃね。

 

「―――で、実行をタッチしてもらえばそれで終了だよ。どうかな、簡単な説明だけど理解はできたかい?」

(うん、こういうの覚えるのだけは得意だよ)

「ん~……問題はなさそうだね。ま、忘れちゃったらまた聞いてくれれば説明するよ」

 

 空間投影型タッチパネルを操作する感覚がなんかゲームっぽいといいますか、それだけで私の脳はそれを記憶する早さが違ってくる。我ながら流石のゲーム脳っすわぁ……。とにかく、1回の説明で覚えることができた自信がある。もし忘れても教えてくれるっていってるし問題ないだろう。

 

「じゃ、今日はお開きにしようか。わざわざご苦労様―――」

「…………っ!?」

「おや更識さん、こんにちは。今日は少し遅かったね」

(更識さん……?更識さん!?ぬおっ、簪ちゃんじゃないか!)

 

 鷹兄が解散の音頭を取ろうとしていると、整備室の扉の開く音が耳に届いた。思わずそちらへ注目すると、入り口に立っていたのは水色の髪をした眼鏡っ子―――更識 簪ちゃんが視界に映る。……あ、そうか……時期を鑑みるに整備室でエンカウントするのは必然か。

 

 別に避けていたということでもないけど、ほら……私ってろくな挨拶もできなかったりするじゃない。同じ日本の代表候補生として挨拶しておくべきかと悩んだりしたのだが、かんちゃんの性格を考慮して止めておいたのだ。原作の描写をみる限り、無言無表情な私では怖がらせてしまうのではないかと……。

 

 でも偶然こうして出会ってしまったのだから仕方がない。向こうも私を知っているだろうし、ここで挨拶を交わさなければ失礼の極み。私はすぐさま刹那を待機形態へ戻し、ゆっくりとかんちゃんへ接近を試みる。大丈夫さ、我らは日本を背負う者同士……きっと解り合えるはずじゃないか。

 

「あ、あの……その……わ、わた……わた……し……」

(ぬふぅーし!やはり怖がらせてるご様子っ……)

「貴女の……ファ、ファ、ファ…………ファ……」

(むん……ファ?……とはなんぞや)

「ファ~…………!」

 

 なにこれ?ゆっくり近づいてみたら目とかそらされたしたどたどしくなったし、怖がられているのに違いはないわけだ。じゃあファってなによファ~って、まるで意味が分からんぞ!謎のファ~という発声をしながらかんちゃんはその場から逃げちゃうし……。怖がられているのは確定だとして、やっぱり理解が及ばないんですが。

 

「確か彼女とは初対面だったよね?同じ日本国代表候補生として知らないってことはないと思うけど……」

(そりゃ知ってるよ。……原作知識的な意味で)

「ん、更識 簪さんだね。更識 楯無さんの実の妹さん。彼女とはよく整備室で会うんだよ。趣味が合うみたいだからしつこく話しかけてるんだけど、これがなかなか心を開いてくれなくてね」

 

 そうか、鷹兄はISの整備とかも仕事の内だから頻繁にここも利用しているのか。そしたらかんちゃんとの顔を合わせた数も多いみたいだけど、どうやら仲良くなるのは不発で終わっているみたい。特有の胡散臭さからして心を開いてくれないのでは……?

 

「個人的には力になりたいんだけどねぇ。ほら、ブルーシートが被せてある機体があるでしょ。あれが彼女の専用機、打鉄弐式だよ。事情は知ってるかい?」

(うん……。かなりややこしいことになってるんだよね)

「というか僕個人の技術的協力だけじゃなくて、近江重工への所属変更も提案したんだけど……う~ん、取り付く島もないっていうのが現状かな」

 

 よほどかんちゃんに無視でもされているのか、鷹兄は参ったなと少しばかり苦笑いをしながら後頭部を掻いた。なんでそこまで話を聞いてもらえないか考えてみると、もしかしてくらいの考察は浮かぶのだけれど……。う~ん、いくらかんちゃんだってそこまで拗らせて無い気はするが。

 

 なにかって、鷹兄が天才の類だからとか。かんちゃんはたっちゃんという何でも出来ちゃう姉に対してコンプレックスを抱いている。となれば、たっちゃんも十分に天才という括りにしていいはず。そしてこの鷹兄。他のことに関しては謎が多いけど、機械が関わるとそう右に出る人物はいないだろう。

 

 そんでもってこの飄々とした態度もどことなくたっちゃんに通じなくもない。……やっぱり理由はこれかもね。ズバリ、かんちゃんは鷹兄とたっちゃんを同類とみて拒絶してしまっている。つーか、鷹兄の場合は地雷踏んでる可能性も大だ。それくらい簡単だからちょっと見せてごらんよー……なんていっちゃったりしてないでしょうね。

 

「ま、見かけたら声をかけてあげてよ。キミと僕の関係性でなんとか交渉まではもっていけるかも」

(いや鷹兄、さっきの見てたかね?めっさ怖がられちゃったんですがそれは)

 

 いくらマゾの私だって拒絶されるのが解って接近する程ハードなメンタルは持ち合わせていませんぜ。けど、なぁ……姉妹間のいざこざもあるみたいだし、できることなら仲直りさせたいよねぇ。そういえば、この件に関してイッチーは動き出してるのかな?もしアレなら協力―――

 

「づっ……!?つ……!」

「……藤堂さん?」

 

 考えを巡らせていると、私の頭を頭痛が襲った。歯を食いしばっていないとやっていられないこの感じ……まさか、黒乃ちゃんと交代の報せ……!?ぐ、うぅぅぅぅ……!い、たい……前の時より痛みが酷くなってる……?!あ、ダメだ……視界がぼやけ始めて……体に力、入らな……!

 

「藤堂さん、頭痛がするのかい!?僕の声は解るかな!」

(解る……けど、無理……。これ以上、意識を保つなって……私の身体がいってる……よ……)

「藤堂さん……?藤堂さん!しっかり―――」

 

 慌てる鷹兄なんて珍しい姿をみたもんだ、ラッキー……なんて言ってられないか。あまりにも頭痛が酷いせいか、私の身体は力なく崩れ落ちる。地面に倒れ込むのだけは鷹兄が支えてくれて回避できたが、やはり意識が途切れる予兆だったらしい。鷹兄の心配そうな声を聴いたのを最後に、私の目の前は暗闇に包み込まれてしまった……。

 

 

 




黒乃→案の定というか、まぁ怖がられるよね……。
簪→貴女のファ―――

尺の都合でいったん切ります、申し訳ありません。
ですが簪が黒乃の「なに」かはお判りでしょう。

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