八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第10話 グラップラー黒乃

季節はまだ春先だけど、夕暮れ時ともなればまだまだ寒い物で。とりわけ、その要因は今俺の穿いているこれのせいでもあると思うけれど。上から下まで、学校指定用の制服……すなわちセーラー服にスカートで、中学校に入学したことを意味する。

 

 校則でスカートの最低部は膝より下って決められてるけど、俺のはギリギリ届くか届かないかだ。別に俺は、長い方が助かるんだけどねぇ……。思いっきりロングスカートで鈴ちゃんと対面したら、アンタは昭和の女生徒か!?……と、盛大にツッコミを入れられられた。

 

 それ以降は、半ば強引にこの状態を保たさせられている。こと俺の身なりに関しては、他人色に染められるからね。髪も短い方が良いのに、切ろうとしたらちー姉とイッチーの猛反発を受けたし……。私服とかも、だいたいはちー姉か鈴ちゃんが選んだのだし……。

 

 俺が意思を伝えられないから、しょうがないと言えばしょうがないけど。それでもいい加減に、俺の好き勝手にさせてほしいもんだよ。なんて考えながら歩いていると、かなり強めな風が吹いた。うぃぃぃ……さ、寒いよぉ。イッチーが居れば、風よけになるのだけれど。

 

 中学に入ってからという物、どうにも集まれる機会が少ない気がする。イッチーは帰宅部だけど、なんか家事で忙しいみたいだ。鈴ちゃんの方は、部活に入ってた……かな?バスケ部とか、その辺りなんじゃないのかね。かくいう俺も、それなりには忙しい身だ。

 

 ISに乗り始めてそれなりになるけど、だいぶスケジュールがキツイ。今日も帰って、昴姐さんから出された課題を終わらせないと……。座学が苦手な俺にとって、ISに関わる諸々を記憶しておくのは大変な事だ。提出期限、間に合えば良いけど。タイムリミットの事を考えているせいか、俺の足を送る速度は上がった。

 

「にゃーん……。」

 

 しかしそれも束の間で、俺はすぐさま足を止める。今のは、猫の鳴き声……?か細く消え入りそうな声の主は、俺の頭上に居た。声がしたであろう場所を見上げると、そこには太めの木の枝で震える仔猫の姿が。なるほど……木に登ったはいいが、降りられなくなったパターンの奴か。

 

 どうやら木は、高いフェンスをまたいで公園から生えているらしい。木の伸び方のせいで、敷地内から枝が通路側へはみ出してしまっている形か。う~ん……助けないとだよな。仔猫は、まるで助けてと懇願するかのように俺を見ている。これを放っておくとなると、罪悪感がマッハだ。

 

 そうと決まれば、俺は回り込んで公園内へと侵入した。例の木まで接近すると、軽い調子でよじ登って行く。待ってろよーい、今助けるかんね~。あっという間に仔猫と同じ枝まで辿り着くと、取りあえず手招きしてみる。すると仔猫は、ヨチヨチと歩いてこちらへと近づいて来た。

 

 むはーっ!?カワイイ!ちょっと怖がっているっていうのは解るけど、どうにも可愛いと思ってしまうな……。まぁそれももうすぐ終わりだ。後は俺が降りてしまえば任務完了。十分射程圏内まで近づいた仔猫を、俺は慎重に抱え上げた。お~よちよち良い子でちゅね~じゃあお兄さんと、一緒に地上へ戻ろうね~……。

 

 ……って、アレ?……思ったよりも、高いんですけど。……怖いんですけど。意気揚々と降りようとしたのは良い物の、木の幹から下を見下ろすと思いのほか高かった。ど、どうしよう!?ミイラ取りが、ミイラになってしまったではないか!ISで空を飛んだりはしますたけども、それとこれとは話が別である。

 

 俺がその場で立ち往生していると、ふと仔猫がおれの腕の中で鳴いた。そこはかとなく呆れたように聞こえたその鳴き声のせいで、なんだか情けない気分になってしまう。うぅ……基本的に怖がりの俺が、こんな無茶をするんじゃなかったかな?でも、言ってて状況が変わるわけでもなし。

 

 飛び降りよう!そう決心した俺は、静かに目を閉じた。着地時のリスクが上がるけれど、こうしていれば変に高さを意識する事も無くなる。よ~し……いち、にの、さんで飛ぶぞ。そんな事を考えていると、何やら足元が騒がしくなってきた気がした。もしかして、俺が無茶をするのを止めようとしてくれてるのかも。

 

 地味に嬉しいけど、ここで止まる気はない。やってやる……やってやるぞぉ!高い木がなんだ、怖くないったら怖くない!そ~れカウントダウン……開始!俺は心の中で、いち・にの・さんと唱える。さんと言いきったタイミングで、思い切り木の枝から通路側へとジャンプした。

 

「ぐへえっ!?」

 

 それなりの痛みを覚悟してジャンプしたのだが、どういうわけか綺麗に着地が出来た。それにしても、今の呻き声はいったい……?猫……じゃないよね。そんな不細工に鳴く猫とか、全然可愛くないし。そう思って恐る恐る目を開くと、俺の足元には……人が突っ伏していた。

 

「な、何者だよ……お前!」

「急に上から現れやがって!」

 

 まるで俺を非難するかのように、目の前の男性2人組はそう言った。服装は高校の物みたいだな。でもどうにも着こなしがチャラいのを見るに、いわゆる不良と呼ばれる俺が最も苦手な人種だろう。だとすれば俺は……2人組の仲間1人を、クッションにする形で踏みつぶしてしまったって事か?

 

 …………。うわああああ!?や、やっちまった!ヤバイよヤバイよ……今のは完全に事故だけど、それを弁明する事ができねぇよ。も、もしかして……いや、もしかしなくてもボコられる?十分にありうるよね。今のご時世だからさ、女に対しての不満とか高まってるだろうし……相当ヤバイ状況だコレー!?

 

「ア、アンタ確か……同じクラスの藤堂?」

 

 あり?その特徴的な赤い髪色のキミは、五反田 弾くんじゃないか。ろくに出番も貰ってないのに、何故だか委員長タイプの先輩にフラグを建てちゃってる弾くんじゃないか!それにしても、どうしてこんなところに?偶然でも何でもいいから、目の前にいるか弱い乙女を助けて頂戴よ。

 

「この女、いつまでソイツに乗ってんだ!」

「っ!後ろ……危ねぇぞ!」

 

 ……あっ!良く見たら、靴紐が解けてるじゃん。どうにも靴の履き心地が悪いと思ったら、こういう事だったのね。俺は猫を逃がしつつ不良Aから手早く降りると、靴紐を結ぶために軽くしゃがんだ。それと同時ほどに、頭の上を凄まじい風が通り過ぎた。何事かと思って顔を上げれば、少し前で不良Bがふらついている。

 

「なっ!?」

「おお、やるぅ……。」

 

 ?……何だか知らんけど、このままでは前のめりに転んでしまう。いくら不良とて、何も見放さなくたっていいよね。そう思った俺は、しゃがんだままの状態で不良Bのベルトを背後から掴んだ。体勢を立て直せるように、引っ張って支えようと思ったんだ……。思惑は外れ、不良Bは更にバランスを崩して仰向けに倒れた。

 

「あだっ!?こ、の……女ぁ!」

 

 い、いやいやいや!今のは違うんです!俺は、貴方を助けようとしてですね……。心の中で弁明をしながら、今度こそちゃんと手を貸そうと不良Bに近づこうとした。その際に、慌てていたのか解けていた靴紐を踏んでしまう。そのせいでつまづいた俺は、前に大きくつんのめる感じで1歩を踏んだ。

 

「ぐがっ!?」

 

 俺の足の着地地点は、なんの因果か倒れている不良Bの顔面だった。足に変な感触がしたと思ったらもう遅い。俺は天然で発生したストンピングで、不良Bを思い切り踏んづけてしまったのである。そういえば、女子供でもストンピングってのは威力が出るって誰かが言ってた気がする。

 

「な、なんだよこの女……!?」

 

 現実逃避をしてみたけど、そりゃ通じませんよねー……。うん、謝るしかないよ!人間誠心誠意の心構えで謝ったら、なんとかなるさ!俺は振り返って、残された不良Cへと近づく。キビキビとした動きで不良Cの前へと立てば、すんっ……ませんでしたああああ!と、勢いよく頭を下げた。それと同時に、今度は俺の額にも衝撃が走る。

 

「がっ!あっ……。」

 

 いったー!?な、何が起きたんです?額をさすりながら涙目になった俺が目撃したのは、身体を反らしながら後方に倒れた不良Cだった。顔面を覗き込んでみると、どうにも何かがぶつかったような痣が……。あ~……これはあれだね、今度は天然のヘッドバットが出ちゃった感じだね……。よしっ、逃げよう!

 

「ちょっ、ちょっとタイム!」

 

 ええい、なんだい弾くん!俺にいったい何の用事かね。弾くんは、急いで立ち去ろうとした俺の腕をしっかり掴んで離さない。アレだよ!?顔を覚えられたらどうしてくれるつもりだい。黒乃ちゃんは表情は出ないが、とんでもない美少女なんだぞ。もし報復とかになって、エロ同人みたいな事になったらどうしてくれる!

 

「助けてくれて、ありがとうな。俺は、五反田 弾。アンタは、藤堂 黒乃……で良いんだっけか?」

 

 助けた……はて?俺が助けたのは、猫だけですが。もし不良達の事を言っているのなら、それは完全にお門違いだ。だって、あれは事故だし……。わざとじゃないし。俺は悪くない。そういう事だから、早く帰らせてちょうだいな。もし今にでも目覚められると、今度こそ俺はR指定な仕打ちを受けてしまう。

 

「俺の家さ、食堂やってんだ。その……良かったら、飯とか食っていかないか。なんか、礼もしたいしよ。」

 

 飯……。つまりは、奢って貰えるって事なのだろう。タダ飯……なんて良い響きだろうか。個人的な感想だけど、タダで食う飯ほど美味いものはないと思う。……行きます!でもその前に、イッチーに空メール送っておこう。どうせ文字ってか文章は打てませんし。時間帯と送る数によって、俺の空メールは意味を変える。

 

 イッチーが提案した事だけどね……。この時間帯ならば、今日は晩御飯は要りませんって意味になる。空メールを送信してしばらく、イッチーから了解の返信が届いた。それを確認すると、俺は弾くんの言葉に頷いて答える。俺が肯定的反応を示したのがよほど嬉しいのか、弾くんはガッツポーズを見せつつよっしゃと小さく呟く。

 

 その後は、弾くんに連れられ五反田食堂へ向かう。弾くんのおじいちゃん、厳さんの作った野菜炒めはとにかく絶品だった。ボリボリとキャベツを貪る俺の頭からは、すっかり課題の事など抜けてしまう。家に帰って机を見て、絶望したのは……弾くんのせいという事にしておこう。

 

 

 

 

 

 

「わっ、見なよお兄。お兄の今日の恋愛運、最高だって!」

「ん~?俺って、占いとか信じねぇから。」

「夢のない事を言わないでよ!お兄も中学生なんだから、彼女さんくらい作りなって。」

 

 朝っぱらから何かと思えば、妹の蘭がテレビを指差しながらそんな事を言う。対して俺は、下らないと言わんばかりに塩対応。まぁ……彼女の1つや2つは欲しいと思うけど、まだ入学したばかりだぞ。そんなに手が早くても仕方が無い。今の内は、様子見と言ったところだろう。

 

「ラッキーアイテムは……白い布類ねぇ。かなり幅広いし、本当にチャンスがあるかも。」

「あのなぁ。運命ってのは、自分で切り開くもんだろ。」

「お兄、寒いよ。」

「可愛くねー妹だ事……。」

「なんか言った?」

「何でも無いです。」

 

 冗談めかして言ったつもりだけど、かなりマジな目で寒いと返された。俺は思わず考えがそのまま口に出てしまうが、ドスの効いた声を出す妹に萎縮してしまう。女尊男卑とか関係なしに、頭が上がらなくなったのはいつからだろうか?多分だけど、蘭がませてるだけだと思うけど。

 

「いつまで喋ってんだバカタレ。準備ができたなら、とっとと学校に行きやがれ。」

「アダッ!?な、殴るこたぁねぇだろ……それも俺だけ!」

「なんか文句あっか?」

「行ってきま~す!」

 

 ほのぼのと時間を過ごしていたのに、我が家の頑固爺のせいで台無しである。気配も無く背後から頭に拳骨を喰らった俺は、痛みを耐えながら猛抗議をした。しかし、今度は蘭の数倍は恐ろしい声色で返され……。俺は逃げるような形で、勢いよく家から飛び出した。

 

 はぁ……なんだか、家の中での立場が無くて辛いな。あれ、なんだろ……眼から汗が……。なんて、そんなので気落ちする俺じゃ無いけどな。さて、時間にも余裕があるしゆっくりと歩く事にしよう。いつもの通学路を進んで行くが、どうにも気分が落ち着かない。

 

 何と言うか、視線が変に女子へと向いてしまう。それはきっと、朝に蘭が余計な事を言って来るからだろう。俺の今日の恋愛運は最高……それで、ラッキーアイテムは白い布類……。妙にそれを意識してしまうせいか、同じく通学路を歩く女子が白い布製の物を持っていないかが気になってしまう。

 

 俺って、相当に単純だな……。そう思って視線を泳がせていると、ふとある女子が目についた。いや……ないな、様々な事柄で黒が似合うあの子に限って白は連想できない。俺の目線の先に居るのは、藤堂 黒乃という女子だ。彼女はいろんな意味で、校内では有名人である。

 

 その要因として挙がるのは、まず無表情で何も喋らないという点だろう。なにやら事情があると教師から説明があったが、誰も彼女の声を聴いたことが無いと言うのだから驚きだ。次に挙がる要因と言えば、目玉が飛び出るくらいに美人であるから。

 

 そこらの可愛い女子が、まるでお子様に見えるほどに彼女は完成されている。12、3歳そこらの女子に、綺麗と言う表現を使った方が正しく思えるのは初めてだ。本人が気付いているかどうかは知らないが、鼻の下を伸ばしながら男子に熱い視線を送られるのが常だ。まぁ……俺もその内の1人だったりするが。

 

「お~っす、弾!ボーッとしてどうした……って、はは~ん……。」

「よう、数馬。で、なんだよその目は。」

「いやぁ、解るぞぉ。良いよなぁ、藤堂って。良いよなぁ……。」

 

 元気に俺の肩を叩きながら挨拶して来たのは、御手洗 数馬。中学に入ってから知り合ったが、何かと趣味が合うのですぐに意気投合した。数馬は俺が藤堂を眺めていたのを察したらしく、肩を組みながらニヤニヤとした表情を浮かべる。そして数馬も藤堂を眺めて、何か恍惚としている。

 

「でもま、こうやって眺めてるしかできんだろうけどね~。」

「ああ……織斑な。」

「そうそう……。羨ましいよな、藤堂と1つ屋根の下だぜ!?間違いなく間違いが起きるだろ、けしからん!」

「けしからんのは数馬の脳ミソだろ……。」

 

 織斑っていうのは、いつも藤堂と一緒に居る男子の事だ。まるで自分以外の男子を近づけさせないかの如く、藤堂にピッタリ張り付いて離れないのだ。最近では、一緒に居ない時間を捜す方が難しい……なんて言われたりもしてるな。しかし、織斑はそれだけに飽き足りず……もう1人凰って女の子も侍らせて……!

 

「世の中、不公平だってつくづく思うぜ。」

「織斑見てると特になぁ。アレで顔が普通なら、まだ俺らにも救いがあったかもな。」

 

 俺は口を尖がらせてそう言って、数馬はケタケタ笑いながら肯定した。織斑って相当なイケメンだしなぁ……数馬の様に、もはや笑うしかないのかも知れない。なんて数馬とじゃれ合っていると、通学路もかなり短く感じてしまう。学校に着いた俺と数馬は、それぞれの教室へと分かれた。

 

 生憎だが、数馬とはクラスが違う。別に自分のクラスに友達が居ないって事ではないが。せっかくなら一緒のクラスでと、そう思うのが正直なところだ。今日も退屈で平凡、そんな言葉がふさわしい学校生活が始める。気合入れ直して、先生にどやされないようにしないとな……。

 

 

 

 

 

 

(結局、出会いという出会いはなしか……。)

 

 当たり前の事かも知れないが、そう考えながら帰宅の途に就く俺。つまるところは、やっぱり占いなんて当てにならないってこった。家に帰ったら、蘭の奴にどうだった?とか聞かれそうだな。何もなかったなんて言うとからかわれそうだし、少しばかり見栄を張っておく事にしよう。

 

「あ、あの……私、急いでるんですけど……。」

「え~ちょっとくらい大丈夫っしょ!」

 

 何事かと思えば、女の子が強引なナンパに捕まってしまったらしい。着ている制服からして、ウチの生徒だろう。顔は見覚えが無いから、上級生っぽいな……。いや、それよりも俺が気になったのは……女子が髪を結うのに使っている真っ白なリボンだ。

 

 これはもしや……シチュエーションとしてはバッチリだ。あの女子を俺が助けて、惚れられちゃうみたいな!?そうとしか思えなかった俺は、自然とダッシュをかけて女子達へと接近を試みていた。女子とナンパ男の間に割って入った俺は、なんとなく強気な発言をしてみる。

 

「そこまでにしとけよ、その人も困って……。」

「あっ、ありがとう!ゴメンね!」

 

 あるぇ~?俺が台詞を言い切る前に、女子はそそくさと逃げてしまった。助けてくれてありがとう、それと逃げるけどゴメンって事らしい。……思ったのと違う!コレジャナイ!流石に想定外だったためか、魂が抜けたかのようになってしまう。そして忘れてはいけないのが、ナンパをしてたお兄さん方である。

 

「あ~あ~……俺らのナンパ邪魔してくれちゃって!」

「覚悟は出来てるんだろうな?!」

「いや、出来てないんで帰ります!」

「あっ、こら……待ちやがれ!」

 

 畜生!もう占いなんか絶対に信じてたまるか!俺は一瞬の隙を突いて、ナンパ男達の横をすり抜けて行った。そして全力疾走で、自宅である食堂を目指す。食堂に入ったらこっちのもんだ!流石にあんな連中でも、店内で騒ぎ立てようなんて思うまい。

 

 もしそれでダメでもウチの店主は爺ちゃんだ。あんな連中は瞬殺に違いない。もちろん、この場合は俺もまとめて殴られるだろうけど。……アレ?本末転倒って、この事を言うんじゃないか。どうやら、また1つ賢くなってしまったらしい。

 

(んな馬鹿言ってる暇ねぇかもなぁ……。)

 

 どうにもナンパ男たちはしつこくて、それでいて足も速い。俺は決して遅くは無いけれど、油断をしていると追いつかれてしまいそうだ。ってか、スタミナが……疲れてきた……。俺のスタミナ不足とは裏腹に、ナンパ男達は元気ハツラツだ。ダ……ダメだ!もう……走れない……。

 

「ようやく観念したみたいだな。」

「ちょっ、待って……話せば解る!」

 

 心底から何事もまず話し合いからだと訴えるが、向こうは当然聞く耳を持ってはくれない。すると3人組のうち1人が、指の骨をバキバキ鳴らしながら近づいて来る。う、う~わ~……こっちのシチュエーションは、本当にあり得てしまった。はぁ……仕方ないか、きっとこれも調子に乗った罰だ。

 

「ぐへえっ!?」

 

 俺が殴られる覚悟を決めた途端に、突如近づいてこようとしていた男に何かが降り注いだ。いや……俺は、それがなんだかハッキリと視認していた。上から降って来たのは、女子だ。降下しているにも拘らず、スカートは一切押さえていない。そのせいで、俺には見えてしまったのだ。

 

(純白の……パンツ!)

 

 なんという事だろうか!安産型ながらもただ大きいだけでなく、キュッと締まって纏まりのある上品なお尻を包んでいるのは、清廉潔白で……穢れの1つも見当たらない純白のパンツ……白い布類!もしや、今度こそビンゴなのではないだろうか!お尻に注視していたせいか、誰だか確認していなかった。

 

「な、何者だよ……お前!」

「急に上から現れやがって!」

「ア、アンタ確か……同じクラスの藤堂?」

「…………。」

 

 俺はナンパ男達とは、違った意味で驚いていた。そう……降って来たのは、間違いなく藤堂だった。その手には何故か猫を抱えているが、タイミング的に意図して男にのしかかったのだろう。上を見てみると、そこには高い場所に木の枝が伸びている。もしかして、助けてくれたのか?

 

「…………。」

 

 再び視線を藤堂へと戻すと、向こうも俺の事をジッと見ていた。うぉう……近くで見ると、ますます美人だな……。才色兼備とは、彼女の為にある言葉ではないか。そう思えるほどに、目の前にいる藤堂は綺麗の一言に尽きる。でもどうやら、ぼんやりしている場合ではない。

 

「この女、いつまでソイツに乗ってんだ!」

「っ!後ろ……危ねぇぞ!」

 

 藤堂にのしかかられた奴は気絶したとして、まだ2人残っている。そのうちの1人は、助走を付けながら藤堂へと殴りかかってくるではないか。俺は慌てて藤堂へ忠告すると、振り向く事すらせずにその場でしゃがんで華麗に回避して見せた。

 

「なっ!?」

「おお、やるぅ……。」

「あだっ!?こ、の……女ぁ!」

 

 振り向かなくても見えているかのような回避に、俺は思わず賞賛の言葉が飛び出た。しかし、藤堂の行動はそれで終わりでは無かった。腕を伸ばして男のベルトを掴んだかと思えば、バランスを崩しているのを良い事に引き倒す。急いで立ち上がったかと思えば、容赦の欠片も見えないストンピングで顔面を踏み潰した。

 

「ぐがっ!?」

「な、なんだよこの女……!?」

 

 そこまでするとは思っていなかったのか、残された1人は藤堂に対して恐怖を覚えているらしい。助けられといて何だけど、実のところは俺だってそうだ。あんなストンピング、普通の奴ならまず出来ない……。容赦どころか、殺す気でかかっているような印象を俺は受けた。

 

 顔面を踏まれた男は、当然ながら気絶した。すると藤堂は、バッ!っと振り返って残る男へと接近を試みる。男の方はというと、もはや抵抗する気力すらないらしい。だが藤堂は、そんなのは知らん顔。男の前に悠然と立つと、上体を後ろへと反らした。そして、そのまま頭部を振りかぶるかのように、男の顔面へヘッドバットを放つ。

 

「がっ!あっ……。」

(な、なんてワイルドな……。)

 

 もっとスマートにいくかと思えば、まさかのヘッドバットである。男の方も予想外だったようで、グラリと後ろへと倒れこむ。これにて男達は全滅……。これを藤堂がやったとなると、本当に凄まじいものだ。事が片付いたのを確認すると、藤堂は足早にこの場を去ろうとしてしまう。俺は、気がつけば藤堂の腕を掴んでいた。

 

「ちょっ、ちょっとタイム!」

「…………。」

 

 相変わらずの無表情だが、藤堂は確かにこちらへ振り向いた。もし藤堂の穿いていたパンツが、例のラッキーアイテムだったとしよう。さすれば、藤堂とお近づきになるチャンスだ。しかし、俺の脳裏には藤堂のパンツが浮かんでしまって……。お、落ち着け俺。普通にしていれば良いんだ。

 

「助けてくれて、ありがとうな。俺は、五反田 弾。アンタは、藤堂黒乃……でいいんだっけか?」

 

 自分で言っていて、かなり白々しい。藤堂の事なんてバッチリ知っているが、どこかうろ覚えな感じで言葉を紡ぐ。足を止めてくれている藤堂だが、手を離せば今にも歩き出してしまいそうだ。どうにかこうにか、藤堂を引き留めなくては。すると俺には、とある名案が過る。

 

「俺の家さ、食堂やってんだ。その……良かったら、飯とか食っていかないか?なんか、礼もしたいしよ。」

 

 こうすれば、引き留めた事もかなり自然だ。下心はありけりだが、礼をしたいというのも本心である。すると藤堂は、携帯をいじるような仕草を見せた。しばらく待つと、藤堂は確かに俺に向かって頷いた。予想外の好感触に、俺はガッツポーズを隠せない。気を取り直して、俺は藤堂を自宅へ案内する。

 

 店は閑古鳥が鳴いていたが、こちらの方が都合がいい。まず第1に、藤堂の事情をじいちゃんに説明しとかないと……。場合によっては、藤堂を礼儀知らずの奴だと受け取りかねない。まぁ……じいちゃんだって、問答無用って事はないだろうけど。

 

 俺も詳しく事情は知らないけど、なんとか理解はしてもらえたらしい。自分で注文が出来ないみたいなので、とりあえずオススメを作って貰う。出された野菜炒めを、藤堂は無表情で食べ進める。何か話しかけようと思ったが、どうにも話題が出てこない。そうこうしてるうちに、あっという間に器は全て空だ。

 

「…………。」

「ご馳走さまだってさ。」

「おう。」

 

 藤堂が手を合わせて会釈をしたのを見て、通訳の役割を果たす為にじいちゃんへ呼び掛ける。しかしじいちゃんは、いつも通りの様子で短く返す。じいちゃんの返事に再度会釈を見せた藤堂は、椅子から立ち上がり鞄を抱える。もう少しゆっくりしてくれれば良いんだが、これ以上引き留めるのと悪い。

 

「帰るんなら、送っていくぞ?」

「…………。」

「そ、そうか……。解った、気をつけて帰れよ。」

 

 少し暗くなってきたから、エスコートをしようと思った。だが、藤堂は手を突き出して俺を制する。危ないなんてのは、藤堂には余計なお世話か……。最後に藤堂は、深々と頭を下げて店を後にした。……仲良くなるきっかけとしては、及第点ってところか。残りの問題は、織斑をどうするかだな。

 

「お兄、店先で綺麗な人とすれ違ったけど……。もしかして、占い当たっちゃった!?」

「あ?そうだな、少しは信じてみても悪くねぇかも。」

 

 藤堂と入れ替わるかのように、蘭が店の戸を開いた。なにやら興奮気味で俺にそう聞くが、肯定的な意見を述べるとニヤニヤし始める。実際のところ、占いのおかげかは定かじゃねぇけど。ぶっちゃけ、これから藤堂との仲が進展する気はしないぞ。友達止まりでもラッキーと思わないと。

 

「で、結局ラッキーアイテムは関係あった?」

「んあっ!?あ~……その、なんだ……なんだ……。」

 

 蘭に白い布類の件を問われると、またしても藤堂のパンツが脳裏に浮かぶ。自宅という油断できる状況のせいか、さっきまでとは違い表情がだらしなくなる。蘭は俺が何を考えているのかだいたい解るようで、眉を潜めると大きな声で俺を批難し始める。

 

「最っ低!なんでよりによってパンツ!?」

「べ、別に故意で覗いてはねぇぞ!事故だ事故!」

「あ~やっぱり見たんだ。この……変態お兄!」

「このっ……かまかけやがったな!」

 

 我が妹ながら賢いもので、どうやらまんまと罠にかかってしまったらしい。蘭は俺が藤堂のパンツを見たと確信が取れると同時に、背負っていたランドセルを俺にぶつける。それも、地味に痛い脇腹を的確に狙ってくるではないか。確かに悪いのは俺かもしれないが、事情くらいは聞いてほしい。

 

「店ん中で騒ぐんじゃねぇ。」

「アダッ!だから何で俺だけ!?だぁもう……蘭、いい加減しつこいぞ!」

 

 後方から拳骨が襲ってきたかと思えば、それに反論している暇も無い程に蘭がしつこい。もう少し藤堂がこの場に居てくれたら、お転婆な妹を止めてくれただろうか。ってか本当……助けてくれ藤堂。うん……明日から、なんとか話しかけてみる事にしよう。数馬の奴には……黙っておいた方が良い気がする。妹と祖父に責め立てられる俺は、現実逃避気味にそう考えるのであった。

 

 

 




黒乃→偶然にも不良をノックアウトしてしまった……違うんです、事故なんです。
弾→男3人を瞬殺か、強いな……藤堂は。

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