【完結】混迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
2話結合しました。
葦原ユノの黒蛛病の感染は、瞬く間に極東支部の職員に知られることとなった。 人手不足であるから当たり前ともいえるのだが。
黒蛛病患者の隔離病棟には職員・神機使いの見舞いが増え、看護師たちが入室を制限したほどである。
藤木コウタを始めとした黒蛛病に感染した神機使いはいずれも意識を回復しており、辛そうにしながらも受け答えが出来る状態だった。
「そっか……エミールも私を置いて行っちゃったんだ……」
それ故に、見舞いに来ない人間がどうなったかがわかってしまう。
エミール、ジーナ、ブレンダン、そしてアリサ。
彼らの死は、やはり神機使いに大きな衝撃を与えた。
エリナは顔を伏せ、嗚咽を漏らす。
コウタは部下の死、そしてアリサの死に顔を覆い、自身の不甲斐なさを嘆いた。
シエルはジュリウスの裏切りを悲しむも、隔離病棟に居た頃ずっと考えていたというブラッドバレッドについてをハルオミと話していた。
そして、カノン。
彼女は感染した4人の中でも、特に病状が酷い。
上体を起こす事すらできず、意識が或る間は額に脂汗を浮かべて苦しそうにしている。
「カノンちゃん、無理しないで寝てた方が……」
「いえ……いいんです。 助けてくれてありがとうございます、タツミさん」
力なく笑うカノン。 その手を、タツミはとってやれない。
「……絶対に守るから。 防衛班の隊長として!」
「タツミさんはもう防衛班じゃないじゃないですか……あ、サテライト防衛班でしたね……」
台場カノンがいなくなった極東支部防衛班第4部隊は、現在はその機能を鎮めている。
人員がいないのだ。 隊長たるカノンがいなければ、機能しない。
「うっ……すみません、限界、みたいです……。 少し寝ますね」
「あ、あぁ……無理しないでくれ、頼むから……」
眠りに就くカノン。
その様子を、心配そうにタツミは見続けていた。
「キィ……」
感応種になった弊害が、ここで出てきた。
今までのアバドン、ひいてはサマエルとしての身体ならばあの装甲に反応されなかっただろうが、感応種となることで『赤い雨』に反応されてしまうようになったのだ。
『赤い雨』は暴走したオラクル細胞そのものであるから、恐らくあのレトロオラクル細胞のアラガミ装甲は感応種すべてに対応できるのだろう。 厄介な事だ。
極東支部は捨てる。 レトロオラクル細胞に対してジャミングがどれほど効くかわからないということもあるが、先程フライアから多量の荷物――恐らく黒蛛病患者――を運び出す搬出輸送機が見えた。
つまり、フライア及びジュリウス・ヴィスコンティのクーデターが始まったのだ。
これはそのまま、特異点の完成と終末捕食が近い事を意味する。
さぁ、勝負所だ。
3年前、シオを月へと追いやった人類。
今回、ラケル・クラウディウスの企てた終末捕食計画。
「キィ……」
人類を、終わらせよう。
『ついにこの時が……始めましょう。 最後の試練を』
空間投影の球体ホログラフによって囲まれた、王座の様な場所。
そこに、ジュリウスが力なく座っていた。
全身を黒い蜘蛛の文様に覆われ、幾度となく吐血を繰りかえす。
彼の身体に人間であった頃の細胞は少なく、今やほとんどが偏食因子に移り変わっている状態だ。
『ジュリウス、今の貴方……さながら亡国の王といった風情ね』
「ふ、俺が滅びる事はない……アラガミを、この世から絶滅させるまでは……そうでしょう?」
『えぇ、ジュリウス。 安心しなさい。 終末捕食の制御機構は、ほぼ完成よ……』
「そう、か……俺の命が尽きる前に、間に合ってくれたか……カハッ」
『えぇ。 あの時約束した通り……。 貴方に悪感情を向ける黒蛛病の偏食因子が埋め込まれた神機兵1体1体を飲み込ませる事で……同じく黒蛛病によって強化されたあなたの血の力によって……終末捕食そのものを『統制』する……』
『あなたの望み通り、貴方は滅びることなくあなたの意思は生き続けるわ……』
「終末捕食は、大きな犠牲を生み、未来を手に入れる……俺が地獄に落ちた後も――」
いつのまにか、彼を覆っていた球体が消えている。
『いいえジュリウス。 貴方の使命はこれから更新されるの……』
「俺の使命? ロミオの墓に別れを告げに行くくらいしか……思い浮かばないな」
ブラッドの面々にも。 どれも叶わぬ願いだ。
『ジュリウス……あなたは今や霊長の長。 これからあなたは最後の試練を超えて、『新しい世界の秩序』そのものになるのです』
「何……?」
ラケル・クラウディウスが大仰にその両腕を広げる。
天を、神を仰ぐように。
そのすぐ後ろに、ドシンという重厚な音を立てて、アラガミが落ちてきた。
「ラケル先生……いや、ラケル、貴様!」
叫ぶジュリウス。 しかし、痛む身体は彼の想いに答えてくれない。
「グオオオオオオオ!」
叩き付け。
なすすべもなく、ジュリウスは床へと転がった。
先程まで彼が座っていた王座はフェイクだったのだ。
『あぁ……私のかわいいジュリウス……。 あなたに出会ってから予感はありました……。 しかし、確信したのはあなたが荒ぶる神々すべてに愛される因子の持ち主……選ばれし子だと知った時……』
「グ、ぅぅぅぅうう」
なんとか立ち上がろうとするジュリウスだったが、身体が動かない。
『私の過去と未来が全て1つの線で繋がったのです……そう、全ては『新しい世界の秩序』をこの世に現すため……』
『そして、改めて悟ったのです。 私やお姉さま、ブラッドや神機兵……この世のなにもかもは、全て『
ジュリウスにアラガミ――零號神機兵――が迫る。
『晩餐の支度をはじめましょう……』
『それまで、ゆっくりお休みなさい、私のかわいいジュリウス……』
神機兵の残骸に囲まれて、ジュリウスが倒れている。
「神機兵という人形を操っていると思っていたが……俺自身が、操られる人形だったとは……」
もう彼に身体を起こす力はない。
ただ、事に身を任せるしかないのだ。
回想するのはラケル・クラウディウスとの出会い。
父母の死、横暴な親族。
手を差し伸べてくれた、ラケル・クラウディウス。
新しい母になると言ってくれた彼女は――。
心臓が脈を打つ。
ジュリウスの中の、『血』が騒いでいる。
その身から茂り覆う、白い繭。
溢れ、溢れ、溢れ出す。
その繭は次第に球へと形を変え、胎動する母の腹の様に少しずつ大きくなる。
繭はフライアの地面を侵食し、周囲に或る神機兵の残骸を飲み込んでいく。 ずぐずぐと、喰らう様に。
床を構成する鉄板はその形を歪め、その隙間から真白の繭が姿を現す。
ゆっくり、ゆっくりと。
まるで新星のような光を放つ繭が、その身を広げていく。
波紋。
流れ込んでくるのは……前代の、特異点の記憶。
いや――。
「そうか……俺は……」
ある一点で、繭はその勢いを爆発的に高めてフライアを侵食し始めた。
サカキから特異点の話を聞いたブラッドの面々とユウ。 彼らは、特異点の反応が感知されたというフライアに侵入をしていた。
ザ、と足を止めるヒロ。
彼女の視線の先には、ラケル・クラウディウスがいた。
「安心なさい……さぁ、こちらですよ」
彼女の後ろの扉が独りでに開く。
ラケル・クラウディウスはこちらに背を向けて、その中へと入っていく。
「行こうぜ……ここまできたんだ」
ハルが彼らを促し、慎重にラケル・クラウディウスの後ろをついていく面々。
その先で、ふざけた物を目にする。
「お腹が空いたでしょう? さぁ、食べましょう?」
ホログラフによる食卓が造られていたのだ。
まるでままごとでもするかのように、彼女は慈愛を込めて言う。
「大切な儀式の前には、しっかり腹ごしらえをしないと。 冷めてしまう前に、さぁ……」
挑発だろうか。
しかし、どうにも本気で言っているように聞こえる。
「ジュリウスは……どこに隠したんだぁ? お前さんが裏切らせたんだろ?」
ハルオミが問う。
「お静かに……彼はいまぐっすり眠っているのです……。 邪魔をしてはいけませんよ」
窘める様に彼女は言う。
ヒロは、何も言わない。
「ふふ、ブラッドのみんなとお話しするのは……とても久しぶりですね……。 それと、神薙ユウさんも」
「ふふふ、君が中々出てこなかったからじゃないか。 僕は会いたくて仕方なかったよ」
「ふふ、ナナも元気そうで何よりよ……。 貴方たちの極東支部での活躍も、聴かせてほしいわ」
ユウを意に介さないラケル。
「ラケルさんよぉ、あんた、何が目的なんだ?」
「ハルオミ……それは愚問というものです。 人が為すべきことは全て、『意思の力』によるものです。 敢えて答えるのなら、今に至るすべて……人類が乗り越えるべき試練すべてに打ち克つことが
遠まわしな言い方だ。
「うぅ……ジュリウスを使って、何をするつもりなの……?」
「ふふ、ナナ。 そう怯える事はありませんよ。 そうですね、1つ昔話をしてあげましょう……」
その口から出るのは、とある昔の1ページ。
荒ぶる神々の意思をしっかりと理解する幼子の記憶。
全部食べる事が、一番偉いということ。
全てを食べる事が出来る『彼』を見つけ出したという事。
「弱肉強食の収斂、終末の捕食をこの世に現せと、神々が言うのです」
「あらゆる偏食因子を受け入れる、奇跡の体質を持った選ばれし子」
彼女の背後の扉が開くと同時、その姿が掻き消える。
その先は、大きな大きな広間。
壁に埋め込まれた青白い光を放つポッド1つ1つに神機兵が入れられ、それぞれが光のラインにて繋がっている。
まるで子宮のような形をしているその部屋の四隅には、逆さに磔にされた人体を模した文様。
「適者生存……この世界に於いて、絶える事のない唯一の真理」
幼き頃のラケルが言う。
「滅びる者が弱者。 生き残る者が強者。 ひとつの例外も無く適用される、この世の法則」
車椅子に座ったラケルが言う。
「終末捕食……絶対の強者である特異点にだけ許された、『新たな秩序』を齎す最後の晩餐」
幼き頃のラケルが。
「創世から繰り返された大規模な変異……それは全て、終末捕食によってなされてきた」
現在のラケルが。
「終末捕食は地球の再生。 行き過ぎた進化のアポトーシスであり、全ての生命力を再分配する神の御業」
幼き頃の――いや、彼女はこの時からなにも成長していないのだ。
幼き頃ではなく、これこそが過去も未来も現在も、彼女そのもの。
「なのに、人類だけが荒ぶる神々の意思に逆らい旧態依然とした無秩序を守ろうとしている」
「直近の特異点は月へと追いやられてしまった」
ラケルは語る。
自己問答するように。
世界に語り梳くように。
「でも……私のジュリウスなら……!」
部屋の中心。 そこに、大きな機械と……真白の繭あった。
その前に鎮座するラケル・クラウディウス。
しかしその身に、生命の力はない。
「ほら、見て……もっと大きいお人形」
彼女にとって、現在のラケル・クラウディウスの身体ですらお人形でしかなかった。 父に与えられたお人形。 前のお人形は、姉によって奪われたのだから。
彼女の指差す先から、大きな影が降ってくる。
「あなたたちブラッドに、最後の任務を命じます……私と一緒に、ジュリウスの最初の贄となりなさい……」
零號神機兵が、彼らに大剣を振り下ろした。
ジュリウスはある程度ラケルてんてーに事情を聞かされていた設定です。 最初の邂逅時に混迷の王と呟いていたのはこのためですね。