【完結】混迷を呼ぶ者   作:飯妃旅立

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いやそれそういう訳じゃねーよ! ってツッコミは勘弁してください! 造語みたいなもんです!


上を見上げて

「俺の名は真壁ハルオミ。 人呼んで旗立て野郎(フラッギング)・ハルだ!」

 

「……えっと」

 

「おっとぉ、フラッギングの綴りはRじゃなくてLだからな。 間違えないでくれよ?」

 

 極東、アナグラ。

 ブラッド区画として案内された場所に、その男はいた。 黒と赤の上下に、()()の上着と赤縁(あかふち)のメガネという、色々詰め込みすぎなんじゃないかという格好で、初恋ジュースと書かれた缶を片手に立っていた。

 

 ロミオとナナが通り過ぎようとした時、いきなり名乗りをあげた次第だ。

 

「えーと、後ろのアンタがブラッドの隊長か? 俺がブラッド最後の隊員になる。 よろしくな! 俺の事はハルオミとでもハルとでも、ハルにーにとでも呼んでくれていいぞ!」

 

 

 関わりづらい。 本来、稀有な対人能力を持つロミオでさえ、そう感じていた。 どこか、無理をしているようなきらいさえ見て取れる。

 

 

「ふぁふ……アタシは寝るぜ、ジュリウス。 よろしくなハルにーに」

 

 どこまでもマイペース。 眠そうに欠伸をして割り当てられた部屋に入っていく神威ヒロ。 協調性の欠片もないが、ブラッドには言い様のない信頼感があった。

 素直にハルにーにと呼ばれたハルオミは、ぷるぷると震えている。

 

 触れたくない。 ナナとロミオの心中は合致した。

 

「すまんな、ハル。 副隊長はいつものことだ。

 そして、ようこそブラッドへ。 これから一緒にやっていく仲間として、頑張ろう」

 

「おうよ! 若いお2人さんも、よろしくな! えぇっと」

 

「……香月ナナです。 おでんパン、食べる?」

 

「俺はロミオ・レオーニ! なぁ、ハルさんは前の支部はどこだったんだ?」

 

 

 面積の少ない布地のどこからかヌッとおでんパンを取り出すナナ。 見間違いでなければローライズにもほどがあるショートパンツから出た様に見えたのだが……。

 

 

「今は腹いっぱいだぜ。 また今度もらうよ、ナナちゃん。 あと、君は……うん。 総合点80点だ!」

 

「ふぇ?」

 

 大きさ、形、露出度。 サラシは本来悪い影響があるので、マイナス20点。 それが無ければ100点だった。 脚も綺麗だしな、とひとりごちるハルオミ。

 

「それで、前の支部だったか? んーと、シンガポール支部、マルセイユ支部、リオ支部に……」

 

 

「転々としすぎでしょ! まさか、フラッギングって……」

 

「ふ……いいオトナは、どうしても女の子を酔わせちまうのさ……」

 

 

 メガネをクィ、と上げて黄昏るハルオミ。 これがオトナの色気……! と打ちひしがれるロミオを、蔑むような目で見ているのはナナだ。

 

「ハル。 これから歓迎会があるそうだが……来るか?」

 

 流れを一切合切無視してジュリウスがハルオミに尋ねる。 話を進めるには、彼の空気の読めなさが丁度いいとナナは感じていた。 

 

「いやぁ、遠慮しておくぜ。 ここに来る前に任務を一つ受けていてな。 ちょっとばかし疲れてるんだ。 俺も寝させてもらうよ」

 

 

 

 

 

 あとジュリウス、良かったら今度飲もうぜ。 そう言って部屋に入っていくハルオミ。 ジュリウスは20歳なので問題はない。 若く見られがちなのだ。

 

「たはは……濃い人だったねー」

 

「あぁ……。 シエルにも、会えればよかったんだが」

 

「もう会えないわけじゃないだろー? 今度、ヒロも含めてお見舞い行こうよ!」

 

 雰囲気だけで疲れ気味のナナ。 彼女が唯一の常識人であるということに、後々気付いて愕然とするのは別の話だ。

 シエルを思い出して落ち込むジュリウスに、ロミオが明るい声をかける。 場を作ることに関して、彼の右に出る者はいない。

 

「そう、だな……。 よし、各自荷物等を整理したら、ラウンジへ集合しよう。 いつまでも暗くても仕方がないからな」

 

「そうこなくっちゃ! んじゃ、また後でな!」

 

「料理沢山あるといいなー」

 

 

 ロミオとナナも部屋に入る。 ジュリウスはふと、明後日の方向を見てから部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 この後、史実より少しだけ暗い……しかし、たくさんの料理とユノの音楽によって彩られた歓迎会で、ブラッドは極東に迎えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイジス島。

 これと言って目的があったわけではないのだが、なんとなく……過去に倒された、自分の墓標を見に来たのだ。

 エイジス計画が事実上の凍結となった今、ここはアラガミをおびき寄せて討伐を行うトラップのような役割を持っているという。

 

 アラガミとして意見を言わせてもらうのなら、ここへはおびき寄せられる、という感覚ではない。 どちらかというと、ここは――帰りたくなる場所だ。

 シオが……いや、ノヴァがここにいたからだろうか。

 

 帰巣本能とはまた違うのだが、ここへは人間の頃に抱いていた母への想いを感じるのだ。

 

 俺は人間の頃とアラガミである今を持っているから、それが親愛の様な感情だとわかるが、他のアラガミはそうではないだろう。 よくわからない、しかし惹かれる感覚。 それを人間に利用されている。 どっちが化け物なんだか。

 

 

「キィ……」

 

 

 上を見上げると、緑化の進んだ月。 宇宙空間から見た地球のような、青と緑の美しい星がそこにあった。

 

 終末捕食を完遂すれば、地球環境もあのような物に戻る。 俺の人間だった頃の世界よりも、もっと綺麗な地球に。 そうなれば、自浄機能であるアラガミ(おれたち)もいなくなるだろう。 全てが生まれ変わるのだ。

 

 

「キィ……」

 

 

 彼女は……シオは、いまどうしているのだろうか。

 

 あの時。 彼女は、俺の名を呼んで感謝を告げた。

 あれがシオ本人の意思だったのか、それとも地球の意思だったのか……母体のモデルとなった、アイーシャ・ゴーシュの意思だったかもしれんな。

 

 今となっては確認する(すべ)を持たないが……あれほどの知性を持って、月に孤独(ひとりぼっち)というのは……いや、よそう。

 

 邪魔な感情を身に着けてしまったシオが悪いのだ。 ただの機能として、作用として終末捕食を起こそうとしていれば違っただろうに。 

 

 ――全てが終わったら、月へ行ってみるのもいいかもしれない。

 

 そんな、()()()()()考えを捨てる。

 

 何をするにしても、地球の害を消してからだ。 2回目のチャンス。 無為にしたりはしない。 地球も俺に期待してくれているようだしな。

 

 

「キィ……」

 

 

 眠れ。

 鎮め。

 

 戯れに、周囲に向かって呼びかける。

 

 直後、フッ、と。

 夜の海に眩しく輝いていたエイジス島の電源が落ちた。

 

 

 

 感応能力。

 そもそも俺は赤い雨に打たれて生まれたのだ。 3年前のあの雨がなんなのかはわからないが、アラガミが赤い雨に打たれることは感応種への適応を意味する。 確実ではないけどな。

 

 感覚だが、俺の能力は周囲のオラクル細胞へのジャミングだ。 

 マガツキュウビの機能不全や、スパルタカスの吸引とは少し違う。

 

 俺のはあくまでジャミングだ。 オラクル細胞の機能自体へのジャミング。

 神機使いの身体能力へのジャミングと、周囲のアラガミの活性化へのジャミング。

 小川シュンを倒した時や、カレル・シュナイダーを倒した時に無線が壊れていたのもこの能力が原因だったらしい。 通信機器へのジャミングだな。

 

 今戯れに起こしたのも、エイジス島の電源へのジャミングだ。 オラクル細胞技術によるものならず、電子機器にまで影響を及ぼせるらしい。 腕輪にもかけることはできる様だが、弾かれる感覚があった。 ペイラー・榊か楠リッカの仕業だろうな。

 

 この能力はかなりの強みになる。

 

 オペレーターというのは、緊急時であればあるほど大切となるからだ。

 

 ゲームであれば、何度もミッションを受けられるが故に攻略法が確立されていった。 だが、ここは違う。 同じ状況など、起こることはない。

 

 不測の事態があって、オペレーターのサポートがない。

 

 これは更なる不測の事態を引き起こすだろう。

 パニックにもなるし、情報の伝達の齟齬も起きる。

 

 バーストが切れるかどうかなんて、ゲームでこそゲージがあったが現実にはないだろう。 わかりっこない。 捕食行動へ移るとか、感応波の上昇とか、何分後にアラガミが追加で侵入するかとか。 

 オペレーターに頼り切っている部分は意外と多いのだ。 

 

 それを封じられるというのは、神機使いには大打撃だろうな。

 

 まぁ、おまけとして周囲のアラガミの活性化も解除してしまうのだが、それは仕方のない事だろう。 スパルタカスのように弱体化までさせない分、俺の方が良いと思ってもらいたい。

 

 

 

 ん、神機使いが集まってきたな。

 

 いきなり電源が落ちて、通信機器も回復しなかったら異常に思うだろう。 ただの作業員じゃないあたり、アラガミの仕業であることはわかっている、か。

 

 ……ここで戦うのは、よそう。

 

 自身が死んだ場所だから、なんて理由では無い。

 

 ただ。

 

 ただ――帰りたいと思う場所を、神機使い(がいちゅう)の血で汚したくないだけだ。

 




FraggingじゃなくてFlagging……! 旗立て野郎・ハルとは彼の事よ!

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