【完結】混迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
「……外した、か。相変わらず速いね。耳もいいようだ」
「……オイ、今……何を撃ったんだ?」
愚者の空母。開始地点から1つ段差を昇ったところで、神薙ユウが突然発砲した――サイトも見ずに――ことに対しての疑問である。
ソーマ自身も半アラガミであるが故に、視力はいい方だ。だから神薙ユウのスナイパーの銃口の向く方向に、黒いナニカが一瞬だけいたことはわかった。すぐに消えてしまったソレを確認する事は敵わなかったが。
「赤いアバドンと黒いハンニバルと白い少女がいたね。赤いアバドンはサマエルっていうんだっけ?」
「なんだ……その組み合わせは」
ドン引きです。
そんな表情のソーマ。最も、組合せに引いているというよりは凄まじい視力を見せつけた神薙ユウに引いているのだが。
「うん、だよね。あの少女と黒いハンニバルがみていた方向……。行ってみようか」
「何を言ってる……? まぁいい。とっとと片付けるぞ」
ソーマと話しているというよりは、ソーマの手前に向かって話しているといった印象を受けるユウ。何か納得したような声色だ。
「それじゃあコクーンメイデンは任せるよ。僕はコンゴウをやるから、ソーマはクアドリガをお願い。ちょっとやりたいことがあるから、ぱぱっと済ませようか」
「……おう」
まるでもう1人が居るかのような話し方をするユウに呆れながらも、隊長からの命令だと思い直し、神機を強く握った。
「オオオオオオオオオ……オオオ……!!」
力なく倒れたキャタピラ――キャタピラは歩く物ではありません――に向かってコンボ捕食で捕食を行うソーマ。ミッション名『海軟風』は、ソーマにとって不思議なことだらけだった。
まず、湧いて出たコクーンメイデンが独りでに切裂かれ倒される。
初めはいつも通り化け物染みたスピードで隊長が倒しているのかと思ったが、たまに距離的にも位置的にも無理な場所でそれが起こるので自身の考えを否定した。
――何かいるな……。
コクーンメイデンの傷跡から獲物はショート。たまに見える銃創はスナイパーの狙撃弾か……? つまり、新型だな。
極東支部にいる新型は今もコンゴウ堕天と闘う神薙ユウと、行方不明のアリサ・イリーニチナ・アミエーラだけ。どちらかでないなら極東支部所属ではない何者か……。
――間合いがロングブレード……だな。
朧げながらシャドウが見えてきたソーマ。得物から使用者を想像できるという事がどれだけすごいのか、ソーマはわかっていない。
完全に駆逐されるコクーンメイデンに視線を向けているというのに、一撃も被弾せずにクアドリガを屠っている事も普通だと思っている辺りが極東人である。
――さっき
ダウンしたクアドリガの排熱器官にチャージクラッシュを叩き込むと、そのままクアドリガは地に沈んだ。
話は冒頭へと戻る。
「……オイ。隊長……何を連れてる?」
ソーマ同様、一撃も被弾せずにコンゴウを倒した神薙ユウに直球で聞く。
回りくどい事が苦手なソーマらしい言動である。
「やっぱりわかってるよね……。んー、どうなの? 言ってもいいの?」
またも虚空に話しかけるユウ。
結構身長が低いな、などとどうでもいい事を読み取るソーマ。
「んーとね、ここにいるのは……リンドウさんの神機だよ」
「……なんだと?」
聞こえていたが、聞き返してしまった。
リンドウ……雨宮リンドウの神機?
――あぁ、だからロングブレードの間合いだったのか。
「……その事、誰かに……親父に話したりしていないだろうな」
「あれ、ソーマもヨハネス支部長の事気付いてたんだね。うん、話してないよ」
ソーマの父、ヨハネス・フォン・シックザール。
ソーマ自身が毛嫌いする父が、何やら裏で動いている事は気付いている。
此度の特務も、いきなり神薙ユウと共に行けと言われたものだった。
「さて、リンドウさんの事は後で話すよ。腕輪に細工できる時間も限られていてね。やるべきことをやってしまおうか」
「オイ……腕輪の細工だと……? 聞いてないぞ……」
「サカキ博士とリッカちゃんに頼んでちょちょっとね。ヨハネス支部長に聴かれたり見られたりするのは困るから、このミッションの内容は
答えになっていない。
しかし、文句を言う前に神薙ユウはスタタッと軽やかな身のこなしで愚者の空母の奥部分――先程、ナニカがいた場所――へと上がってしまう。
「うん、やっぱりここからエイジス島が見えるね……。サカキ博士。準備できましたよ」
『……ザザザ……うーん、……てるのかな? ……お、繋がったようだね』
ノイズが酷いが、オペレーターのインカムとは違う所――腕輪のある一点――から聞こえてくる胡散臭い声。ペイラー・榊だ。
「チッ……サカキのおっさんも隊長も何考えてやがる……」
ぶつくさ言いながら神薙ユウと同じ高さまで上がってくるソーマ。神薙ユウを見ると、腕輪に取り付けられた機器をエイジス島の方へ向け、更にスナイパーサイトを覗いていることが分かった。
「感度良好……。おー、でっかいですね……これが?」
『うん。それが『ノヴァ』だね。ヨハンの創り上げた『終末捕食』の母体……。近くにロケットの様な物はないかい? ……あぁ、それだね。それが『アーク計画』における箱舟だろう』
サカキ博士の言葉に従ってスナイパーのサイトを動かすユウ。ちらほら聞こえる単語は聞き逃せるものではないものばかりだった。
「地下通路……これ、アナグラのプラント……あぁ、なんだ。
エイジス島とアナグラの位置関係。エイジス島の形、アナグラの構造を
すでにソーマは引いている。
『……相変わらずだね、ユウ君。じゃあ撤収してくれたまえ。ヨハンにバレる前にね。それと……腕輪から見えるその黒い羽根。持ち帰ってくれるかい?』
「これ……あぁ、そういうことですか。わかりました。さ、撤収するよソーマ」
「……おう」
置いて行かれた感がすごいソーマだったが、この2人に何を言っても無駄だと悟ったのか何も言わなかった。
「あ、それと……今から細工を外すから、今起きたことは喋っちゃだめだよ」
カチャッと軽い音を立てて外れる腕輪のパーツ。戦闘中に外れなかったことが不思議なくらいの音だった。
「……とっとと帰るぞ……」
『あれ、お2人とも……いつのまに……い、いえ、何でもないです』
――いつから細工を始めていたのやら……。
ミッション開始時点では普通に聞こえていたはずの竹田ヒバリの声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
手際が良いというべきか、手癖が悪いというべきか……。
――まぁ、味方である分にはいいか……。
敵に回るよりは、という文字が付く事を忘れてはいけないのだが。
「……油断するなよ……」
こいつに言うべきことではない、そう思うソーマだった。
サカキ博士を描写しなかったのは、暗躍してたからなんです!!(言い訳感)
コウタは……えへへ