【完結】混迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
去っていくのならば、追うのみだ
極東支部・アナグラ。
普段であれば人手不足であってもある程度の賑やかさを誇るその場所だが、現在は暗く、重い雰囲気が漂っていた。
つい先日。
贖罪の街の中央の部屋へ続く通路にあった瓦礫が取り除かれた。神機使い含め、総勢20人がかりで行われたMIA認定・雨宮リンドウの捜索。
しかしそれは、とても早い段階で、そして一部の者にとって最も辛い結果となって打ち切られた。
残されていたのだ。
大きく開いた教会の壁のすぐ下の瓦礫。
そこに、大きく破損を残す雨宮リンドウの神機と割れた腕輪が落ちていたのだ。
神機使いが腕輪無しで生きていられる時間はとても少ない。少なくとも、雨宮リンドウがMIA認定を受けた日数を考えればアラガミ化は免れなかった。
更に、多量が地面に染み込んでいたものの血液反応も一致。その量は致死量。
雨宮リンドウの無事を願った捜索班の全てが、雨宮リンドウの死を認めざるを得なかったのだ。
その中には勿論、橘サクヤも含まれていた。
「さ、行くわよ、隊長」
アナグラ、エントランス。
神薙ユウがミッションを受けるときのメンバーとして、一度は橘サクヤを外したのだが、本人たっての希望でもう一度ミッションを受けなおした。
誰が見ても空元気。そんな状態で戦場に出れば、橘サクヤだけでなく他のメンバーまで死の危険性があるということなど、平時の橘サクヤならば気が付かないはずがないのに。
何かしていないと気がくるってしまいそうだったのだろう。
神薙ユウも、ソーマ・シックザールも、何も言わなかった。
一向に雨宮リンドウを殺す気力が湧かない件について。
雨宮リンドウと行動するようになってから数日が過ぎたが、殺意処か敵意すら湧いてこない。シオと雨宮リンドウの腹の減るスピードが同じだから偶然共闘になっているだけだと思っていたんだが、どうも違うらしい。
ぼんやりとした感覚のようなものなのだが、俺は雨宮リンドウをシオと同列に見ているらしい。そう、地球にとって大切な物、として。
いや、今まで前世の前知識からシオを大切に思う心=地球にとって大切な物という認識を創っていたが、そもそもが違うのかもしれない。
俺はもしかしたら、全く別の理由でこいつらを大切にしている……?
「ハラヘッター」
「あぁ……餌……クワネェトナァ……」
燃費悪すぎんだよ……。
考える暇も与えちゃくれない。
空を飛べる事や聴覚という点から、専らの偵察は俺がやってる。
といっても、俺に無いモノ――嗅覚に関してはこいつらの方が上だ。
腹をすかせすぎると勝手に見つけて勝手に喰いに行きかねない。
雨宮リンドウの侵食が肩に差し掛かる辺りまで進んでいるとはいえ、ゴッドイーター達と鉢合わせでもしたら目も当てられない。
だから俺は、獲物とゴッドイーターが周辺にいないかをきっちり確認しなきゃならねぇんだが……。
うん、いるな。
まだ遠いが、ヘリが一機。こちらに向かってるのが見える。
シオと雨宮リンドウの襟首を纏めて咥える。
最初は抵抗していた雨宮リンドウだが、俺が咥えて落とすところに餌があると理解したのか、最近は無抵抗だ。
ちなみに全く重いとは感じない。というより、重みを感じたことが無い。出力がどうなっているのかわからん。
「おー! タカイー! ハヤイー!」
「早くしろ……腹が……減ってんだ……」
シオの言語学習スピードが凄まじい。雨宮リンドウの話す言葉を状況と照らし合わせ、意味も兼ねて理解するから場違いということもないし。
雨宮リンドウの文言にはとてもむかつくのだが、放す気になれなかった。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……リンドウッ!」
鎮魂の廃寺。その通路の角を曲がる。
この場所に着いた瞬間、リンドウの顔を幻視したのだ。
アラガミも仲間も無視して、スナイパーだというのに全力でそこへいかなければと本能が訴えていた。
だが。
「はぁ……はぁ……はぁ……リン、ドウ……」
そこには誰もいなかった。
「前に出過ぎだ……!」
「……サクヤさん……」
追いついてくる仲間。リンドウの代わりに隊長に就任した神薙ユウと、ソーマ・シックザールだ。ソーマの顔は明らかに怒りに染まっていて、紡ぐ言葉にも怒気が混じっていた。
対する神薙ユウの顔は冷静。だが、声色はこちらを心配するようなものだ。
わかっている。
焦っているし、認めたくなくてこんな幻覚を見ている事。
リンドウが居なくなった今、最もしっかりしなければいけないのは自分だという事。
なのに、年下2人……いや、アナグラの全員――神機使いだけでなく、オペレーターや清掃員まで――に気を遣われている自分が情けなかった。
「……ごめんなさい、私……」
「チッ……居なくなっても面倒な野郎だ……」
言葉は悪態だが、ソーマもこちらを心配している。ますます情けない。
「サクヤさん。討伐対象のアラガミは倒しました。帰りましょう」
この新人は――いや、隊長は、この短時間で討伐対象を全て倒したらしい。つくづくその化け物さに惧れを抱く――ことはなく、その強さがどこかリンドウを彷彿とさせた。
オペレーターも帰投の準備は整ったと言っている。
一度、帰って頭を冷やそう。
もう逃げるのは終わりにしなければ。
――リンドウの残したディスクも、調べなきゃだし。
サクヤとソーマは帰投ポイントへ向かう。
その後ろで、今しがたサクヤが死に物狂いで向かっていた場所を見つめる神薙ユウがいたことに、誰も気が付かなかった。
――とある神機を除いて。
「この足跡……成人男性と、少女かな?」
「そうですね。彼とはずっと一緒に戦っていましたが……歩幅も彼と一致します」
「ふふ、よく見てるね、そんなこと。
少女の方はわからないけど……リンドウさんと一緒にいるなんて、普通の少女じゃないだろうね。サカキ博士の言っていた特異点、かな?」
空気の重いアナグラの中で唯一。
あのコウタでさえも沈み込んだ極東支部の中でただ一人。
神薙ユウだけは、その口元に笑みを携えていた。