【完結】混迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
さて、眼前にいるアラガミは、父猫ことディアウス・ピター。まるで絶望の代名詞のように描かれることの多いアラガミであるが、その実攻撃の威力と範囲が少し上がっただけのヴァジュラである。
リザレクションになると色々とモーションが追加されるのだが、それにしたって微妙なものだし、この世界はリザレクションじゃないっぽいのでよしとする。
正直な話、こいつに関してはゲーム時代、ソロでも楽々と討伐できる大型アラガミという認識だった。どちらかといえば金色ヴァジュラの方が強かったくらいだ。
手数は大分減ったものの、あの頃では考えられないほどの圧倒的な速力を手に入れた今、ディアウス・ピターなんぞ俺の敵ではない。
俺の敵では、ない。
じゃあ誰の敵なのかといえば、勿論この場にいる俺以外の2人だ。
ゲームで見せた特異点の力でディアウス・ピターを引かせたりもせず、楽しそうに捕食を行っているシオ。攻撃を受けそうになるたびに俺が攫って回避させなければならない。
そして雨宮リンドウ。神機使いであった頃ならばもっと理知的というか、戦術的な動きをするのだろうが、今は獣のソレだ。
荒々しく責め立てては捕食を行い、防御よりも回避を優先し、さらに捕食する。
両者の共通点は異様なほどに捕食を行う事。空腹感を埋めるためなのかもしれないが、捕食は隙が大きいということを忘れてはならない。
逐一おれが助けてやらねばならな――ん?
あれ、なんで俺雨宮リンドウまで助けてるんだ?
殺す、という思いは湧きあがってこない。殺そうと思っても身体が動こうとしない。シオの時と同じだ。
だというのに、助けようという思いは湧いてくる。助けようとするときの動き出しはとても快調だ。
地球が助けろと言っているとでもいうのだろうか。
相手は雨宮リンドウだぞ?
「ウオオオオオオ!?」
雨宮リンドウが跳ね飛ばされる。
チャンスだ。
さぁ、ケイト・ロウリーと同じだ。
その頭蓋を砕いてしまえば、簡単に奴は死ぬ。
初速から最速で雨宮リンドウへと一直線に突き進む。軌道は頭。
行け。
「グゥ……あぁ……? 降ろせ……まだ喰らえる!」
気づけば俺は、雨宮リンドウの襟首を咥えていた。
どうやらダメらしい。
意味が解らんが、仕方ないだろう。
当初の目的通り、父猫を殺してしまおう。
口を開いて雨宮リンドウを離す。
「うおおおおお!!」
「おー! おーぅ!」
ディアウス・ピターへと果敢に向かっていく雨宮リンドウ。そして、両腕の触手を巧みに操っては切断攻撃と共に捕食を行うシオ。
その光景はどこか、原作のソーマ・シックザールとシオの戦闘に類似して見えた。
「グルルルルアアアアアア!!」
ふぅ。俺も行こうか。
ディアウス・ピターの鼻っ面に突進をする。膨張していた雷球はキャンセルされた。その上、結合崩壊が起きる。
こいつら2人の目の前で肉を露出したらどうなるか。
答えは簡単だ。群がるように3の捕食が入る。2つはシオの両腕、1つは雨宮リンドウの右腕だ。
今更気づいたのだが、先程から行っている防御は神機によるものではない。アラガミ化している右腕が変形しているだけだ。シオにアーティフィシャルCNC機能を与えられてもいないのに、何故使えるんだ? 捕食や攻撃も右手が変化しているし……。
俺と会う前に、シオと雨宮リンドウが接触していた?
そんなに蒼穹の月から時間が経っていたとは思えないんだが……。
あっれぇ?
見間違いだろうか。
先程まで確実に、その右手は黒ずんでいるだけだった。
だが今はどうだろう。
黄色いコアのようなものがあるではないか。
直観的に理解する。
あれがアーティフィシャルCNCだ。
いつ――って、もしかしてさっきディアウス・ピターの雷球から雨宮リンドウに助けられた時か!? うそだろ……そんな短時間で……!?
いや、違う!
雨宮リンドウはその前にシオをシールドで守っていたはずだ。
シオと接触する前に!
わからない。情報が少なすぎる。
何故雨宮リンドウを殺そうと思えないのかもわからない。
どうしてアーティフィシャルCNCの機能をもっているのかもわからない。
何故シオが「ハラヘッター」とか「クラッテヤルゾー」とか話せているのかもわからない!
雨宮リンドウの言葉を学習したのか!? 学習スピードが速いってレベルじゃねーぞ!
「グルルルウアアアアア……アアア……ア……ア……」
ズゥンと。
俺が考えている間に父猫はその身を地に伏した。
「へっ、弱いなァ……!」
「クラウゾー!」
美味しそうに捕食を行うシオと、味わうことをせずに淡々と捕食を行う雨宮リンドウ。
ととととと、とシオがこちらへ駆け寄ってきた。
「クラウ、ゾー! クラッテヤル、ゾー!」
雨宮リンドウの言葉を真似たからか、本来のシオより言葉遣いが荒い。
俺に向かって喰らう、喰らってやるなんていうもんだから喰われるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
俺の小さいヒレを掴んでディアウス・ピターの所へ連れて行きたいようだ。
俺も食べろってか?
「アァ……? お前も……喰うのか……ホラよ……」
雨宮リンドウまでもが場所を退いてくれた。
いや喰わないけど。
そうしている間にズグズグと地面へ溶けていくディアウス・ピター。
2人はそれを名残惜しそうに見ていた。いやアンタら十分喰っただろ。
「ふぅ……あぁ、なんだ……お前らは……」
十分オラクル細胞を補給した事で少し理性が戻ったのか、途切れながらも雨宮リンドウが語りかけてきた。
なんだ、と言われてもな……。
アラガミです。
「おー! オマエ、ラ!」
「あぁ? 俺か? ……あぁ……俺は……確か、リンドウって名前だ……」
いや多分そういう意図で発言したわけじゃないと思う。
しかし、大分記憶があやふやになってんだな。
「リンドウ! リンドウ!」
尻尾があったら激しく振っていそうな雰囲気のシオ。
「元気だな……お前さん……子犬みてぇだ」
お?
「コイ、ヌー? コイヌ!」
「あぁ……なんだァ、お前……名前……無いのか……。
そうだなァ……子犬じゃ、なんだ……シオってどうだ……?」
「シオ! シオ! オマエ! シオ!」
「お前じゃなくてワタシ、だろぉが……」
心の中で呼んでいた名前であったが、これでシオの名前がシオになった。
本来ソーマ・シックザールが付けるはずのその名前を、雨宮リンドウがつけることになるとは……。運命的な物を感じざるをえない。
「ワタシ! シオ! シオ! オマエ!」
オマエ! の所で俺のヒレを引っ張るシオ。
俺の名前を付ける気か?
「あぁ……なんだっけ……お前……見覚えがある、な。
確かアバドン……? いや、その色……サマエル、つったっけ……」
おお!
俺にも個体名がついていたのか!
個人的にはアバドン神速種と呼ばれたかったが、個体名もいいな!
「ワタシ、シオ! オマエ、リンドウ! オマエ、サマエル!」
「アァ……本当に元気だな、お前さん……」
本当にな。
しかしこれ……大丈夫か?
懸念していた事項の一つだ。
シオに情が生まれてしまう可能性。ソーマ・シックザールと雨宮リンドウという違いはあれど、人類であることに変わりはない。
ソーマ・シックザールより情を表に出す雨宮リンドウと接していたら人類を大切に思ったりしかねん。
やはりコロしておくべき――なのに、殺す気が起きない。
雨宮リンドウにも、シオにも。
なんだ、地球は何を求めてるんだ?
「おー! ハラ、ヘッタ! おー! おー!」
「あぁ? ……あっちになんかいるな……行くか……」
「キィ……」
とりあえず着いて行こう。
道中で気が変わるかもしれないし。
シオに変なところで死んでもらわれたら困るわけだし。
傍からみたら奇妙なメンバーなんだろうなぁ……。
とりあえず章終わりです。