【完結】混迷を呼ぶ者 作:飯妃旅立
眼下の童女――シオは、GOD EATERという物語に置いてとても重要な役割を持っている。
特異点。
終末捕食を引き起こす『ノヴァ』のコアであり、超高密度の情報集積体。
彼女が神薙ユウ含め神機使い達と交流する事で、そこに繋がりが生まれ、最終的に人類は1度目の終末捕食を回避できるようになる。
結果的にではあるが、シオに人間の心を芽生えさせることが人類を助ける事に繋がるのだ。
だから、人類を滅ぼしたい俺としては、このアラガミの童女をこのまま放置するわけにはいかない。
終末捕食だけでなく、雨宮リンドウが完全にアラガミ化するのを鎮静化したりと、この童女をアラガミとするには地球に叛意的な行動が目立つのだ。
シオを直に見るまでは、殺してしまえばいいと思っていた。
だがそうにもいかなくなった。
かわいいから、とかそういう情が湧いたわけではない。
殺す気になれないのだ。
特異点というのは、地球に遣わされた終末捕食のコアだ。
髪の毛1本程度の認識しかないオウガテイルやドレッドパイクと違って、俺から見てもその認識は心臓や脳に近い。
自殺をしようとする生物以外、心臓や脳を潰そうと思えるモノはいないだろう。
自身の未来で、心臓癌を発症する事がわかっていたとして、心臓を潰そうとするだろうか。
それはない。
そうではなく、どうにかして癌を直そうと、除去しようとするだろう。
即ち、人間の心を芽生えさせない。
シオと共に行動し、人類を殺す事を覚えさせる。
シオが人間の心を得たのはソーマ・シックザールに依るところが大きい。
あの半アラガミ半人間。母体の中の受精卵の時にアラガミに打ち克った化け物。
アラガミでありながら人間に近づいたシオに対して親近感を――どちらが先かはわからないが――覚え、次第に打ち解けていく。
だが、俺に言わせればソーマ・シックザールとシオではかなりの違いがる。
ソーマ・シックザールはアラガミ45%、人間55%だ。人間の方が勝っているからあいつは人間なのだろう。
対してシオは、アラガミ100%、人間90%だ。
シオの方が上位存在なのだ。だからシオはソーマ・シックザールを食物として見なかった。周りの人間は確実に下位の存在だが、ソーマ・シックザールの強さは上位存在の可能性があったのに。
割合が2倍近く違う。ちなみにヨハネス・シックザールの成ったアルダノーヴァは人間の入る余地があるコンセプトで造られているために、アラガミ70%人間30%くらいだろう。ヨハネス・シックザールは神機使いですらないからな。
世界を閉じる者に関しては実際に見て見ないとなんとも言えない。ラケル・クラウディウスがどれほど染まっているかわからないからだ。
話を戻そう。
故に、シオを神機使い――とりわけソーマ・シックザールと交流させなければ、人のココロは芽生えない。
あとは着々と準備をしてくれているヨハネス・シックザールの元にシオを連れていけばいいだけだ。エイジス島にな。
さて、では初めましてのコンタクトを――。
っていない!?
気まぐれすぎる!!
「フッ!」
一息で切り降ろす。高速で放たれたソレは、敵――オウガテイルの顔面に吸い込まれるように落ちた。
「ガアアアアア!」
グラリとオウガテイルの身体が倒れる。その図体が地面に着く前に、神薙ユウはその身を捕食した。
「……どうして……」
その姿を見ていた、キツめに目のつり上がった少女――アリサ・イリーニチナ・アミエーラは呆然と呟いた。
新型とはいえ訓練も受けていない新人だと見下していた。その特異性から強力なアラガミが集結しやすい極東とはいえ、競り合う者もいない旧型の巣窟でぬるま湯につかっていると思っていた。
だが、目の前に広がる光景はなんだろうか。
遠くにいる雨宮リンドウは見ているだけだが、この新人――神薙ユウは。
全ての攻撃がクリティカル。それは偶然だと済ませるには無理のある頻度。狙っての事だ。
剣形態と銃形態の切り替えも滑らかで隙が無い。視界も広く、背後からの攻撃にもしっかり対応できている。
移動方法に至っては異常の一言だ。ショートという武器が、アドバンスドステップという技術を使うのに適している事は知っていた。ロシア支部でもアラガミの攻撃を避けるのに使っている神機使いが幾人かいた。
だが、神薙ユウはそれを移動に使っている。
ステップ、横薙ぎ、アドバンスドステップ、横薙ぎと繋いでいくソレは、長い距離を一瞬に縮める。それでいて息切れを起こすことは無く、オウガテイルに気付かれずその身を屠る。バーストを切らせることもない。
明らかに、新人の動きではない。ヒトの動きでもない気がするが。
今回の任務『ラット・トラップ』で、自分は何もしていない。5匹いるオウガテイルの内4匹が神薙ユウに葬られているのだ。
残り1匹も、時間の問題だろう。
そう、諦観の様な心持ちで神薙ユウを眺めていた時だった。
「ピキィ……」
彼女の真横。
地面の中から、赤黒い体色をしたアラガミが出現する。
横長の目、ギザギザの口、膨らんだ体躯に小さなヒレ。
アバドン。幸運のアラガミと呼ばれているアラガミだ。
アリサのいたロシア支部でもその認識だった。
だが、ここ極東支部では違う。
『アバドンです! アリサさん、距離をとってください! ユウさん! リンドウさん! 速く!』
まるで接触禁忌種にでも遭遇したかのような焦り具合でオペレーターの竹田ヒバリが叫ぶ。それは逃がさないように、という焦りではなく、本当に危険だという危機の焦り。
その通信と同時とも言っていいほどのタイミングで、オウガテイルを探していた神薙ユウが猛スピードでアリサの元に向かってくる。
先程までの冷静な顔とは違う、鬼気迫るその表情は先程の竹田ヒバリの焦りを増幅させていた。
「ピキィ……」
ゆっくりと。
そのアラガミにしてはゆっくりとした動作でアバドンがアリサの居る方向を向く。
そこに神薙ユウのショートが横薙ぎに払われた。
目の前を掠めるほどの距離で放たれたその横薙ぎに文句を言う暇もなく、神薙ユウはアバドンに追撃を仕掛ける。
アバドンは逃げる素振りを見せる間もなく地に伏した。
油断なく捕食を行う神薙ユウ。駆けつけてきたリンドウも捕食を行った。
「……そんな危険視する存在じゃないと思うんですけど……」
逃げる宝箱。それがアリサのアバドンに対する認識だ。
攻撃をしてこないものの、逃げ足だけは速く周りのアラガミによっては少しだけ面倒を引き起こす、といった程度の物。
それにしたって周りを見ていれば済む話だし、ここまで血走った眼で倒すほどのアラガミじゃない。
「おーぅ、大丈夫かー、お前らー。倒せた……ってわけじゃないか。通常種だな」
「えぇ。アイツじゃないですね。移動速度もですが、認識速度もアイツと比べると非常に遅いです。余計なスタミナを使いました。最後の1匹、狩ってきますね」
「おう、気を付けろよー」
そう雨宮リンドウと言葉を交わした神薙ユウは、またアドバンスドステップを用いた移動法で消えて行った。
通常種、アイツ。
極東支部の人間が知っていて、自分だけ知らない事がある。プライドが邪魔をするものの、オペレーターの焦り具合からして命に係わるものだ。
アリサは素直に聞くことにした。
「……今のアラガミに、そこまでするほど極東支部は貧困なんですか?」
その言葉は素直とは程遠かったが。
「ん? あぁ、お前さんは知らなかったのか。まぁ貧困ってトコは認めるけどな。
アバドン――さっきの通常種はどーだっていいんだが、ここ極東じゃ通常種とは違う奴がいるんだよ」
それがさっきの焦り様につながるのだろうか。
アバドンがどう変異したところで、そこまでの恐怖はないように思える。
「とりあえず極東支部ではそいつを『アバドン堕天』だとか、その速さから『サマエル』なんて呼んでるぜ」
サマエル。『神の毒』『神の悪意』という意味を持つ、『赤い蛇』と言われる生物。
ヨハネの黙示録に出てくるアバドーンと同一視されるルシファーと、キリスト教において同一視されることのある名前だ。
日本人にわかりやすく言うのならば、アダムとイブを唆した蛇そのものである。
「さっきの通常種アバドンと違ってそりゃあ早くてよぉ。そんでもって攻撃してくるから極東支部じゃ畏れられてんだよ」
それにしたって怖がり過ぎではないだろうか。
やはり極東支部は取るに足らない存在。そう結論付けようとしたアリサの視界の隅で、最後のオウガテイルがその身を地に伏せた。
神薙ユウを除いて、かな。
そう思った。
神薙ユウを舐めるなんてとんでもない!
アバドン神速種、サマエル、主人公、なんとでも呼んでください!
サリエルじゃないよ!