俺の青春がスポコンになるなんて間違っている。 作:nowson
天気は曇り、日差しが無く涼しく運動しやすい天候。
それは体育館も例外ではなく普段よりも過ごしやすい、けどコートの中だけは違う。
激しい動きからくる自身の熱。
味方のサーブの時、ブロッカーがネットの前に立ち隣の熱気が伝わってくるように個々が動き合う事でさらに熱を帯びる試合という名の独特な熱。
(まるで、あの日みたいだ)
その状況が過去に経験した事と被るのだろう、七沢がその時の事を思い出し軽く息を吐いた。
―数年前―
八幡と七沢が初めて対決した地区大会の決勝。
片や清川と七沢、レフトの対角を組んだ二人のエースを中心としたオープンバレーのチーム。
片やセッターの八幡と対角のライトの山北、二人を中心にしたコンビバレー主体のチーム。
季節は違えど、あの日も同じような気温と天気だった。
しかしコートの中は違っていて、3セット目という白熱した状況。
着替えたいと思うほどユニフォームが濡れ、汗で滑りやすくなり、それがプレーにも影響を及ぼしかねない。
七沢はカットした際にボールが滑らないよう念入りに前腕を、まだ塗れていない部分に擦るように当てながら、相手のコートをジッと見つめる。
(今は21-15……点差はついてるけど全然油断できない)
彼の目線の先には、苦戦している元凶とも言える相手セッター、比企谷八幡の姿があった。
『もしかして、あの性格悪いトスばっか上げてたセッター?』
『試合開始と同時にツーアタック(セッターがトスを上げずにそのまま相手に返す攻撃)かましたり、ホールディングギリギリからのクイックとか他色々、性格悪いのにじみ出てたし』
『いままで試合してきたセッターでお前が一番イヤらしかったがな……』
かつて八幡のいたチームと対戦した七沢は、八幡というセッターをそう評した。
1セット目、中学生とは思えない駆け引き、初の決勝という事で浮足だっていた試合開始直後のツーアタックでペースを乱され、ホールディングギリギリのトスや時間を上手く使ったサーブ等、要所で流れを止められセットを取られる。
2セット目になり、ようやく流れが掴めデュースに持ち込み、セットを奪い3セット目を迎えたものの、油断はできない。
八幡はサインを出し終えると、こっちを向かずに自コート、斜め45度に立ったスタンスを取り、滑ってドリブルを取られないよう手を拭い、振り返り何度か相手コートを見る以外の目線は向けず、相手に攻撃を悟られまいと目線を分かりにくくさせている。
(山北さんは疲れてプレーに精彩を欠いてるけど、あいつはまだ諦めてない)
それは前衛にいた清川も感じていたのだろう、
劣勢な中でも勝つための活路を見出し、冷静にそれを見出す目。それができる八幡が諦めていない限り油断は出来ない。
(……やるしかねぇか)
とは言え、八幡に残された切り札は一つだけ、七沢達はツーもフェイントも警戒している、エースの山北は疲労で決定率が落ちている現状。
八幡に残された選択肢、アタッカーが着いていけるギリギリのトスワーク。
攻撃を決める以外に、相手を崩し単調にさせ3枚のブロックでリベロの小菅へ誘導できればこちらのペースで戦えトスワークにも幅が出る、反面アタッカーにとっても打ち辛くミスも大きい。
(来る!)
七沢が腰を下げ、八幡の一挙手一投足に注視しディグに備える。
(行け!)
腕を伸ばし肘は少し曲げた状態、体のバネ三本の指のコントロール。八幡が今日一番で出した最短で最速のトス。
(早っ!)
そのトスはブロッカーの清川でも反応できず、何度も練習で合わせた味方のアタッカーも何とか触れる程度。
ボールをかすめる程度に何とか触れ、フェイントに近い形で七沢達のコートへ落ちる。
(何だよ今の……)
まだ相手は終わっていない、負けるかもしれない、七沢の脳裏に浮かんだ負の感情。
だがそれは杞憂で終わる事となった。
その後、八幡とアタッカーが衝突し、チームの和を乱したとしてベンチに下げられ、控えセッターと変えられた。
コンビバレーからオープンバレーへの転換、だがエースの脚が終わった状態で相手の土俵で戦って勝てるほど甘いものではない。
結果は七沢のチームがそのまま押し込み優勝を手にした。
―総武高校体育館―
1セット目、2セット目と違い、3セット目は地力の差が表れる展開となっていた。
「ライト!」
1セット目のセットを取った時と同じレフトとセンターのスイッチからのブロード、稲村がトスを呼びながらライトへ向かう。
(3番稲村。サーブ含め攻撃、守備両方こなせ身体能力も高い良い選手だ。だが)
(クロス閉まってる、ストレート!)
得意の癖玉打ちでボール一個半空いたブロックを抜いて、ストレートへ打ち込むが
(予定通りだ!)
ストレートを打つように誘導されたのか、コースを絞らされ待ち構えていた小菅に拾われる。
「クソッ!」
「ドンマイ!切り替えろ」
飯山が悔しがる稲村の肩を叩き、励ます。
(確かに奴のスパイクは変則だが、あの打ち方なら球威は落ちる、やりようはいくらでもある!)
(2番飯山。俺が今まで見た選手の中でも身体能力はピカイチだが)
「トスくれ!」
相手のサーブをしっかりキャッチ上がったAパス。自分に来いと飯山がトスを呼ぶ。
「うらっ!」
きっちり上がったAクイックを、相手ブロックより高く跳び叩きつけるように打つが
(来た!ここだ)
ソフトブロックでワンチを取られ、後ろ深く守っていた後衛に拾われチャンスボールにされる。
「くそっ!」
攻める側から守る側へ、そのままネット前に残りブロックに備える。
「あっ!」
海浜のセッター前の時間差に釣られ、ノーブロックでスパイクを決められてしまう。
(技術はまだまだ……というか打ち下ろしてばかりじゃねぇか!フェイントやるとか、もうちょっとやりようあるだろ!ブロックもタッパあるんだから、Aパスの時はリードブロックに切り替えるとか、もうちょっと頭使えよ!)
一本道な飯山のプレーに海浜の監督も思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
「七沢!!」
崩れたカットから稲村がアンダーの二段トス、やや割れ気味にレフトに上げ七沢に繋げる。
(絶好球!)
普通なら難しいトスでも彼にとっては絶好球、後ろから助走をつけて跳ぶ。
※割れる
かぶり気味のトスの事、打点がズレる為、打ちにくい。
(そして1番七沢。確かにお前は強い、実力は間違いなく全国クラスだろう。だが……)
(トス割れた!て事は七沢さんなら!)
三枚ブロックを躱してエンドラインのコーナー、そこへ狙いすましたようにギリギリ
打ってくる。そう判断した小菅がポジショニングを寄せアンダーで拾う。
「あっ!」
速い弾速のAパスから、最速の攻撃であるAクイックを決められてしまう。
(全国ではよくいるレベルの選手だ。うちの選手たちはそのレベルと何度も戦ってきた)
(そして、それらを上手くまとめていたセッターの比企谷)
「ハァハァ……」
八幡はプレーが途切れたと同時に目に入りそうな汗を拭いながら何とか息を整えようとする。
(周りと比べ一人だけ明らかに劣るフィジカルで、よく同等の運動量と質の高いプレーをこなしたものだ。それだけでも称賛に値する……が、3年のブランクはデカかったな)
総武高校 4 ― 12 海浜高校
点差が離されてきたところで頼みの綱だった2年がこぞって捕まる。
それは総武高の流れを止め、海浜の流れを加速させるには十分なもの、ギャラリーから見ている素人である生徒たちでも感じていた。
「やっぱ海浜と総武じゃ勝負にならねぇか」
「仕方ねぇよ、あいつら優勝高なんだろ?」
「人数ギリギリのウチと強豪じゃやっぱ違うよ」
「ああ、よくやったよ」
観客は早くも諦めムードになる。
「七沢、なんでタイムアウトを取らないんだ?一回流れ切らないと」
物理的に流れを切らないとズルズルと行ってしまう、そう感じたOB1が呟く。
「もしかして七沢、あいつ上がってるんじゃ?」
今の七沢を見て、そう感じたのだろう恩名も口を開く。
(そういえばあの時……あの時と今のあいつ、上がってて普段通りにできてないんじゃ!?)
清川の頭に浮かぶインハイ予選の最後。
「宗!一回―――」
「―――おい、一回タイムアウト取ったほうがいいんじゃね?流れ切りたいし、ぶっちゃけ俺の体力もキツイ」
タイムアウトを取れ、そう指示しようとした清川と同時に八幡が七沢に声をかける。
「あ、ああ!そうだな流れを切ろう……タイムお願いします」
七沢は左手を水平に、右手を垂直にしTの文字を作り審判に向けタイムアウトを要求する。
「比企谷だけはちゃんと周りが見えてるみたいだな」
「ああ、あそこは流れを切らないといけない場面だ」
「けど、ここからどうすんだ?打開策はあるのか?無ければ二の舞だよな」
「「「……」」」
思いつかないのか閉口するOB1、2、3。
「ここが限界なのかな?」
陽乃は、いつもの笑みを崩さぬまま総武高、そして八幡を見ながら言う。
「でもヒッキー頑張ったよ!」
「はい、お兄さん凄く頑張りました」
「まだ試合終わってないのに何言ってんだし!」
「誰も頑張るためにコートに立ってんじゃない。練習試合や大会関係なく、勝ちたくて、負けたくなくて、自分の持ってるもん精一杯出してコートに立ってんだ……。まだ試合は終わってない、選手があきらめてないのに、ただ見てるだけの人間があきらめてどうするんだし!」
「優美子……」
「流石は元県選抜、カッコイイっしょ!」
「だけどその通りだ。頑張れ!諦めるな皆!!」
(うるせえよ葉山……)
八幡は椅子に座りこみ、汗を拭きながら軽く深呼吸をし呼吸を整え、少しでも体力の回復に努めようとする。
「ほら飲め」
「ああ、すまん」
飯山がスクイズボトルを渡すと、八幡は咽ないように気を付けながら飲み込む。
「……」
そんな八幡の様子を見ながら七沢が考え込む。
(タイムアウトは取ったけど、このままじゃジリ貧だ……今までも苦戦したこと、きつかった事があっただろ!思い出せ!考えろ!今まで経験した事、覚えてる事を)
中学の関東大会、県選抜、高校のインハイ予選など、自身が経験した試合、その中での事を必死に思い出す。
(アレならもしかして!)
頭に浮かぶ、中学の地区大会決勝、その時見せた八幡の本気のトス。
あの時は敵でも今は味方、もしかしたら……僅かながら見える希望。
(でも今の比企谷には……いや!やるしかない!!)
このままやっても、ただ負けるだけ、七沢は賭けに出る。
「比企谷」
「何?」
「本気、出してくれないか?」
「何言ってんだ七沢!比企谷はこんなになるまでやってんだぞ?これ以上何しろってんだ!」
七沢の発言が予想外だったのだろう、飯山が声を荒げ反論する。
「比企谷は全力でやってるよ、どのプレーにも手抜きせず全力で……俺が言ってんのはチームに合わせて全力を出すんじゃなくて、勝つために本気出せって事」
飯山に臆することなく、ジッと見つめ真意を伝える。
「体力をもたす為に無理にブロックに参加せずフォローに回ってもいい、サーブもフローターでいい、攻撃に参加しなくてもいい」
「だから中学の時、俺と試合した時みたいに勝つためのトス上げてくれ!」
「本気か?言ってる意味わかってんの?このチームは即席、合わせる練習なんてしてねぇぞ」
八幡が今までやってきたトスは、あくまでも一人ひとりに合わせた物。
それを崩すという事は、最終局面の3セット目。下手をすれば修正不可能なレベルでダメージを負う事になる。
「ああ、今はフルセットの3セット目で相手は海浜、練習試合とはいえ勝ちたいに決まってる」
「俺は本気だ!」
「……」
その言葉に八幡は閉口しなにか考えるように俯く。
「それに、このチームは誰かのミスを攻めて、負けの責任を負わせるような奴はいない……いたとしたら自分自身だけ、3年前の時とは違う、だから―――」
「おい、また一人で突っ走る気か?一応、皆に確認取れよ」
稲村が落ち着けとばかりに口を挟む。
「え?反対なの?」
「比企谷がよかったら賛成だ」
飯山はにやりと笑い答え
「俺も同じ。つーか戦略面と守備と攻撃でおんぶ抱っこ状態だから正直、責任を感じてるのはこっちだ」
稲村もそれに続く。
「自分も、ここまできたら勝ちたいです!」
「やるなら、俺がレシーブ上げて見せます」
一年の2人もまだ試合を諦めてはいないのだろう、手をギュッと握り気持ちを伝える。
「賭けになると思うんだけど?」
「そんなのダメで元々、可能性があるなら試してみたい」
そんなの当たり前、そういわんばかりに八幡の言葉に七沢が返す。
「おう!男は度胸、何でも試してみるもんだ!」
「お前が言うとガチであっち系だからヤメな」
「さっき比企谷に抱き着いたお前が言うかそれ」
飯山と稲村がお互いにケラケラ笑い、はやる気持ちを抑えるように手首をストレッチしたり、腕をもみほぐす。
「どうする?皆やる気だよ」
「……分かった、タイムアウト終わったら続けて取ってもらっていいか?これから説明する」
観念したのか、八幡は大きくため息をつき返答した。
「了解!」
「続けてタイムアウト、何をする気だ?」
セオリーでは考えられない行動に面食らう海浜の監督。
(まだ何か策が?いや、流石にもうないはずだ……だが何だ?この胸騒ぎは。とは言え現状こっちのやる事は変わらん、このまま行く)
「……以上だけど何かある?」
「できるかどうか分かりませんが」
「やってみなくちゃ分からないってやつですね」
長谷と温水は自分のやるべき事を頭にしっかりと刻み気合いを入れ直す。
「だな、やぁぁってやるぜ!てな」
飯山はモストマスキュラーのポージングをしながら八幡にマッシブな笑みを向ける。
(あ、あつぐるしい)
(一発目、Aパス上がったら行くからな)
(分かってる、やってやるよ)
八幡がサインを向け、七沢が頷く。
(まだ何かあるのか?いや、今はサーブに集中しよう)
山北はサーブに集中するため一呼吸おいてルーティンに入る。
(山北さん……確かに、凄いサーブだけど)
(威力なら飯山先輩、コントロールならキャプテン、変則さとキレなら稲村先輩。単体ならウチの先輩たちの方が上だ!)
何度もやられたサーブ。コースを予測し正面に入り込み全身で勢いを殺すように受け、しっかりとAパスを返す。
(来た!)
(行くぞ)
綺麗に上がったAパス。七沢と八幡が構える。
―タイムアウト中―
「七沢、お前はBを打て。それと長谷の囮はC、温水は平行で入ってくれ」
「Bってあの時みたいな?」
「……ああ、タイミング的にはBじゃなくて速いAを打つつもりで入って来い。言っておくけど、それが出来ねぇと全部つまずく事になるから」
」
「分かった頼むよ」
(行くぞ七沢!)
(来い比企谷!)
腕を伸ばし肘は少し曲げた状態、体のバネ三本の指のコントロール。
あの日と同じ八幡の本気のトス。七沢もボールが八幡の手に入る前に跳ぶ気持ちで、最速のタイミングで入る。
(速い!)
そのトスにブロッカーは遅れて跳ぶ。
(これが比企谷の本気……すげぇ!)
遮るブロックもない、一瞬の間、今一番高いところに自分だけがいる感覚、ノーブロックの状態、反応できない海浜コートへスパイクを打ち込む。
ピィィィィ!!
総武高校 5 ― 12 海浜高校
「はぁ!?」
今の速攻があまりに予想外だったのか海浜の監督が思わず声を上げる。
「すげぇ!あいつらあんな速攻できたのか?」
「でも今まで見せなかったんだからマグレなんじゃ―――」
「マグレでもいい。マグレだとしても海浜は今の速攻を頭に入れながらプレーしなきゃならない。そうなると他の攻撃の見え方も変わる……勝負はここからだ」
OBのネガティブな言葉を清川が遮る。
(これで、道は開いた)
これで海浜は、今の速攻を意識せざる得ない。それによりトスの幅も広がる。
(そして点差は7点……まだ行ける)
八幡は左大腿部をギュッと掴みフッと息を吐き、ローテを回し次の展開を考えていた。
次回の更新は未定です。