俺の青春がスポコンになるなんて間違っている。 作:nowson
2セット目の展開を書き直ししてた&大会&仕事多忙により停滞してました。
今回の話は長くなりそうだったので前編と後編に分けます。
経験
実際に見る、聞くなどの情報を体験して得るもの。
様々な分野において重要である経験。それはスポーツにおいても当然、重要なものとなっている。
自身の体を操る経験、自分以外の道具を操る経験、そして敵と戦う経験。
この経験の積み重ねと応用なくしてスポーツで勝つのは夢のまた夢。
瞬時の反応、プレー中に起こっていることに対し、考え事などをしていたらそのプレーは終わる。
実際に目の前に起きている事に対し、経験の中から自分ができる情報を取捨選択しプレーする事が重要になる。
それはバレーボールにおいても例外ではない。ラリーが続き一瞬で動きが変わるボールに飛びつき、操り、繋ぐ。それらの動きの中でどれだけ行動できるか。様々なケースを経験していないと体がついてこない。
全国で戦うチームである海浜と、人数ギリギリのチームである総武高校、その差はかなりの物。
総武高校 8 ― 14 海浜高校
総武高は、1セット目こそ先取したが2セット目は劣勢、徐々に点差を広げられていた。
(ここ取られたらマズイな……)
八幡は点数板をチラリと見ると、自コートへと目を戻す。
点差は6点、セットの中盤に差し掛かっているものの、まだ巻き返し可能な点差ではある。
だが、ここで点を取られて15点に乗られたら?
方や15点、方やまだ一ケタ、メンタルへ大きな影響を及ぼすばかりか、相手への流れは確かなものに、こちらの勢いは確実に消える。
(今のローテは、前衛が七沢、長谷、温水……この場合は長谷を囮にした七沢で取れるな。何より相手は七沢に完璧には対応していない、こいつなら海浜相手でもブロック1.5枚程度なら難なく決める)
ここはエースで手堅く行き流れを切る、そう踏んだ八幡だったが
ピィィィィ!!
海浜の監督が立ち上がり、選手交代のゼスチャー。
(終盤の勝負所じゃないが、ここが使いどころ。流れを確実にし、そのまま行く)
総武高、何より八幡は何をしてくるか分からない以上、点数を離すべき。
海浜の監督は、そう判断しピンチサーバーを投入する。
(本当は終盤の勝負所で使うのがベストなんだが、比企谷……。今あいつに楽をさせてはダメだ)
2セット目、海浜有利の展開で進んでいるものの、彼が思い描いていた展開とは違うものだった。
(点差こそ徐々についてはいるがウチはいまいちペースをつかめていない、そればかりか総武高は山北に慣れだして来ている。うちがペースをつかめていない元凶が奴だ)
(あいつは目が良い。冷静に必要な情報を取り捨て選択する目と、劣勢な中でも勝つための突破口を見つける目。コートの中でプレーしながらも、それを把握し実行できる根っからのセッタータイプだ)
(とてもブランクのある高校生はとは思えない冷静さとイヤらしさ、本当に俺好みのセッターだ……やっぱり、あいつ欲しかったなぁ!!)
(まじかよ、あの監督)
想定外の展開に八幡は、相手ベンチをチラッと目を向け目線をコートに戻すと、小さくため息を吐く。
(これだと相手の流れを“切る”が、このサーブを“凌ぐ”に変わっちまう)
今の後衛は八幡、飯山、稲村の三人。
セッターである八幡をサーブレシーブから外した場合、後衛は飯山と稲村の二人で対応することになる。
稲村はともかく飯山はレシーブが苦手、それならいっそ自分がそのままカットに回るか?
そうすれば拾う率が高まり、崩れるリスクがかなり減る。
とは言え、自分がレシーブに回ればセットアップは温水。そうなれば前衛が二枚になり、ライトの攻撃の可能性を切り捨てた海浜のブロッカーがテディケートで、ブロック3枚になりかねない。
下手をすればブロックでシャットアウトを食らい流れは止まり一番最悪なパターンと化す。
※テディケート
ブロックの配置の一つ。
手っ取り早く言うと、片側の攻撃の可能性を取っ払って、もう片方に寄ったシフトの事。
(そうなれば流れに乗られて何点取られるかわかんねぇな。下手すりゃここで勝負がついちまう……なんつーイヤらしい監督だよ)
自分のイヤらしさを棚にあげる八幡。
「チッ!もう勝負かけに来たのかよ」
飯山が苦い表情を浮かべる。
「サーブかなり強烈なの来るから気を付けて!インハイ予選は、ある意味あいつにやられた」
インハイ予選で、あのピンサーのサーブで流れを持っていかれた時の事を思い出しチームに声をかける。
「分かってる、俺は動画でしか見てねぇがアレはヤバかった」
七沢から借りた総武高校対海浜高校のインハイ予選の動画、あの2セット目終盤の場面、ピンチサーバーの起用により総武高の流れが切られ、海浜にセットを取られてしまった場面を思い出す。
(でもどうする?クイック囮の平行でいくか?ダブルクイック?それともパイプでいくか?いや、そもそもカット出来ないと何も始まらねぇ……崩れた可能性考えて七沢にブロック3枚になってもいいから勝負させるか?幸い前衛は七沢だ。オープンでも良いから、いっそ温水にセットアップ任せて俺もカットに加わるのが確実か)
最善の手は何か?現状の中から選択肢を絞り出そうとする……その時だった。
「総武高ファイト―!!」
「負けてんじゃん!しっかりしろー」
「カット大事だよ!ここ取るよ!」
「うわっ海浜のサーバー、殺人サーブの人じゃん」
見るのも練習の一つ、という事で練習を早めに切り上げた女子バレー部たちが応援にやってきた。
((オナゴキタ――(゚∀゚)――!!))
男たちからの声援ばかりを浴びていた飯山と稲村がテンションを0から20まで上げる
「宗!負けんなー!!」
七沢の彼女兼女子バレー部キャプテンの丹沢も当然声援を送る。
((リア充爆発しろぉぉぉぉ!!」」
「心の声もれてるぞ」
気持ちは分かるが落ち着けとばかりに突っ込む八幡。
(こんちくしょぉ!女子に活躍と筋肉を魅せるチャンスなのに何で後衛なんだよ!)
やる気マックスな飯山だが彼はレシーブがすこぶる苦手、バックアタックの精度も高くない。ならせめてカッコ悪いところを見せたくないのだがリベロがいないチームの為、カットにも参加するしかない。
「飯山、そっちもっと空けて」
「お、おう……って何する気?」
稲村が飯山に場所をあけろと指示。
「サーブは俺が取る、Dパスなったらカバーよろしく」
「女に良いとこ見せようってか?仕方ないなぁ、任せるぞ!」
内心、ラッキー♪と思いつつ飯山が必要以上にコートのライン側に寄る。
「お前、あのサーブ一人で取る気?」
あのサーブを広範囲で取るのは無茶だとばかりに八幡が問う。
「今のローテで出来るの俺しかいないだろ?お前は余計なこと考えてないでトスに集中しな」
「やれんのか?」
「おう!やってやるぜ!!」
(賭けてみるか?現状の飯山にカットは期待できねぇ、崩れても前衛に七沢がいる試すのも手か)
「頼むぞ」
八幡が味方にサインを見せ、全員が頷く。
海浜のピンサーのサーブはジャンプサーブ。七沢や清川以上のキレと速さ、ブロック無しのスパイクのような状態で総武高を襲う。
(このタイミング!)
極端に広くポジショニングしていた稲村が相手の助走を見てタイミングを合わせ重心を軽く弾ませフラットにさせる。
相手のサーブに合わせ半身を切った状態から素早く一歩を踏み出しジャンプ。
『ジャンフロならともかくジャンプサーブをオーバーは無理だしな』
『稲村なら出来るよ』
『は?どうやって?』
『指と手首鍛えるんだよ、そんで体作れたらOK牧場!指と手首グッと固めて、グッ!ボッ!て感じで上げるだけさ』
(オーバーで取る!!)
サーブの軌道に合わせ跳ぶ。
強力なサーブに合わせ手を伸ばす。
普通ならオーバーで取った場合、後ろにそらしてしまいそうな球威と弾速のジャンプサーブ。
幼いころから鍛錬を重ね、鍛え抜かれた手首と指でしっかりとボールをキープし後ろに逸らすことなくトス。
(ウソだろ!?俺のサーブをオーバーで捕りやがった!)
(マジでオーバーで上げやがったよコイツ)
Aパスがセッターポジションにいる八幡へと向かう。
(ここは、長谷を囮して七沢を使うのが一番決まる率が高い……)
ここはどうしても決めたい、そんな中八幡の出す選択。
(相手はきっと……)
海浜のブロッカーも八幡の選択肢を割り出そうとする。
海浜はピンチサーバーを投入し、総武高はどうしても切りたいと思っているはず。
そこで上がった貴重なAパス、前衛には海浜が対応しきれていない七沢と長身の長谷がいる。
センターの長谷を速攻かそれを囮にしたレフトの七沢、この連携が一番可能性が高い。
(けど、テディケードシフトを敷いたらライトに打ってくださいって言ってるような物、ライトの可能性を捨てず打合せ通りで対応する)
(七沢は後の保険に残す、ここはこれだ!)
八幡は落下点へとやってくるボールに手を伸ばす。やるべき答えは一つだけ。
『その調子だ、最低でもレフトだけじゃなくライトの平行もちゃんと打てるようになってくれ、頼むぞ』
(ライト平行……この為に何度も練習したんだ)
温水のいるライトへの平行、それが八幡の選択。
(ブロック行かせない!)
少しでも成功率を上げるため長谷が囮に入る。
(センターでた?いや七沢が出てこない!囮か?)
「行け!」
回転を殺した綺麗なトス。
ボールがネットと平行に来るかのような弾道でライトに向かってくる。
(そっちか!)
ライトを選択肢に入れていたミドルが最小限の遅れでライトに向かう。
(本当に凄いトスだ)
練習通りここに来る、その確信が持てる何度も見た綺麗な弾道。
(これなら行ける!)
最高のタイミングでの助走から跳ぶ、申し分ない打点の高さ。
今なら自身の最高のスパイクが打てる絶好の機会。
((やらせねぇよ!))
ライトの可能性を頭に入れていた海浜のブロッカーがライトへと向かい跳ぶ。
海浜のブロックは2枚。
良いトス、良い助走、良いタイミングで最高のスパイクが打てる時、それは同時に……。
(今だ!)
絶好のフェイントの機会となる。
温水はトスを掌で強く打たず、指でソフトに当てる。
(なっ!!)
(うそっ!?)
打たれたのはスパイクではなく、まさかのフェイント。
意表を突かれた海浜側は取りに行くのが遅れ、コートにボールを落とす。
「チッ!」
自分のサーブが1回で切れたことに海浜のピンサーが悔しがる。
-数日前 部活休憩中-
「温水少しいいか?」
「何です?」
スクイズボトルから口を離しタオルで軽く口元を拭き、声をかけてきた八幡の方へ顔を向ける。
「プレッシャーかけるようでアレだけど、このチームでお前の役割は攻守とも、ある意味一番重要だ」
「うっ……ですよね」
セッター対角のオポジット。スーパーエースではなく守備型の選手である温水がそこに入る意味は攻撃への参加だけでなく守備、セッターの代役などチーム内で黒子役にもなる事。守備に難があり1.2年しかいないチームにおいてかなり重要なポジション。
高校からバレーを始めた温水は不安げな顔になる。
「だが心配するな、お前には特別にIDバレーを教えてやる」
「え゛っ!?俺、数学どちらかというと苦手な部類なんですが」
「心配すんな俺の方が苦手だ。苦手すぎて一種のステータスになりつつある。俺が言うIDバレーは、嫌がらせ(I)と騙し(D)のバレーだ」
「なんか友達できなそうな単語なのは気のせいでしょうか」
「大丈夫だ、嫌われるのは慣れれば何ともない、むしろ嫌われないと不安にさえなる」
「あ、あはは」
冗談か本気か分からず苦笑い。
「冗談はさて置いて……IDバレーとは時に相手の嫌がる攻撃、相手を出し抜く攻撃、それらをここぞというタイミングで使うバレーだ」
「それって流れを切りたい場面や勢いつかせたい時に相手を出し抜く手札を切る的な事ですか?」
「まあ、そんな事だ。例えばお前にライトの平行を上げる時、俺が「行け!」って声を出す。そしたらその時はスパイクじゃなくてフェイントを打つとか」
「でも、それだと1回しか効果ない気が---」
相手にバレたフェイントはただのチャンス、温水が反論しようとするが。
「んなもん一回で十分なんだよ」
八幡がそれをさえぎる。
「へっ?」
温水は意外だったのか、すっとんきょんな声を上げる。
「人ってのは案外単純なもんだ。同じ一点でも普通に取られた1点より重要な場面で決められた1点や記憶に残るプレーで取られた点の方がどうしても頭を過る。デカいやつが強力なスパイクとか打ってるの見ると、やべぇあのチーム強そうとか見えちまうだろ?」
「正直、それはあります」
「それと同じで嫌がらせでインパクトを与えるんだよ。すると相手は絞らなきゃならねぇ情報を勝手に増やして普通のプレーの時の足かせにして自滅する。特に裏書かれて騙されたプレーは嫌でも記憶に残る。ましてやバレーは自コートにボールを落とせない競技。その極限状態の中で一瞬で頭使って答えを出さなきゃならねぇ競技だ、その効果は大きいぞ」
「なるほど……そのための嫌がらせと騙しですか」
「そういう事だ。選択肢が多ければ多い程処理する情報が増える、そこでさらに嫌がらせや騙しのプレーで相手の感情を揺さぶる。人ってのは感情で動くからな、冷静さを失った奴ほど扱いやすい相手はいねぇ。このIDバレーを覚えると楽しいぞ、どうする?」
「ふ、不安ですがやります!」
「心配すんな、やるうちに快感に変わるから」
ピィィィッ!!
総武高校 9 ― 14 海浜高校
笛が鳴り総武高の得点になる。
滑り込み、間に合わなかった海浜のレシーバーがフェイントを放った温水を這いつくばった状態でキョトンとした顔で見上げる。
(やばい、気持ちいい)
普段自分を見下ろしている奴らが、見上げている状態に思わずエクスタシー。
「ナイス温水!」
「よく決めた!!」
飯山と稲村が温水に近寄りタッチ。
「いえ、先輩達のカットとトスのおかげです」
「こういう時くらい謙遜すんな!」
稲村はそう言いながらもうれしそうな顔をする。
「どうだ?出し抜くの気持ちいいだろ」
「……はい、癖になりそうです」
「とんでもねぇ奴らだな」
海浜の監督がタイムアウトをとる。
「タイムアウト?リードしてるのに?」
「ピンサーを1本で切って流れ乗りかけたから切ったんだろ、あの監督いやらしいし」
「たしかになぁ、あの監督イヤらしいもんな」
「友達いるのかなぁあの人」
バレー部OB達がここぞとばかりに海浜の監督の悪口を言う。
「……というわけだ。ここまで結構嫌がらせされたんだ、やりかえしてやれ」
ハイ!
(にしても奴ら、何やってくるか分からない個人技と駆け引き、掴みどころがねぇ……経験のないプレーと経験の裏をかくプレーを混ぜ合わせた駆け引き、比企谷の入れ知恵かわからねぇが4番の1年までが裏かきにきやがった)
(だがイヤらしさならこっちも負けん、今度はこっちの番だ!)
海浜の監督が八幡のジッと見つめる。
(ん?)
視線に気づいたのか、ドリンクを飲んでいた八幡が監督の方を向き目線が合う。
(オジサンのイヤらしさ舐めるなよ比・企・谷・君!)
笑顔を向け右目を瞑り、おじさんウインク!
(な、何!?なんで俺にウインクかましてんの、あの監督!)
自分より一回り以上違うオジサンからのウインク、やまだかつてないウインクにたじろぎ鳥肌を立てる八幡。
「何やってくる気でしょう?あの監督」
ウインクしていた海浜の監督を見て長谷も警戒する。
「分かんない、けど……なんか仕掛けてくるだろうな、あの監督けっこう曲者だし」
七沢はそう口にすると、スクイズボトルの蓋を締めタオルをベンチに置き手をもみほぐす動作をしながらタイムアウトが終わるのを待った。
「ナイサー」
前衛に上がった八幡が相手コートから転がって来たボールを拾い、自分と対角を組む温水へとボールを放る。
(俺のサーブは威力もなければ、速さも無い……けど)
温水は受け取ったボールを床に数回叩きつけ相手コートをジッと見る。
(今のローテで狙うなら……あそこだ)
海浜は山北とセッターがサーブレシーブから外れる形の陣形、温水が打ったサーブは山北のいるネットギリギリへの緩いサーブ。
(嫌がらせしてくるのは想定済みだ!)
レシーバーがすぐさま山北のカバーに入り、何とかカバーできるボールを上げる。
「山北!」
カバーに入ったセッターが山北へオープンを上げる。
「いきます!せーの……」
相手はサードテンポの攻撃、総武高校はしっかりとタメを作り八幡、七沢、長谷の3枚ブロックブの体制、長谷の合図でブロックに入る。
(かかった!)
山北がした攻撃はスパイクではなく先ほどの温水と同じくフェイント
(やべっ!)
遅れたものの、温水が持ち前の反応の速さで飛びつき反応するが一本で返してしまい、海浜のミドルにダイレクトでたたかれてしまう。
ピィィィッ!!
総武高校 9 ― 15 海浜高校
「すいません、一本で返しちゃいました」
「いや、よく反応したよ。次取ろう」
同じ後衛にいる稲村がフォローする。
「よし、先ずは成功」
今のプレーは狙っての事なのだろう、海浜の監督がニヤリと笑いながら呟く。
(やはり狙いは、あいつで正解だ)
比企谷と七沢、稲村あたりは流石に崩せない。かと言って守備の苦手な飯山と長谷に関しては初めからサーブカットから外したり、カバーできる態勢をとっている。
「4番を狙うって言ってましたが彼、かなり上手いし今の反応も良いと思いますが穴なんですか?」
ベンチに座っているマネージャーが声をかける。
「今のとこは穴じゃないが、狙うとしたらあいつだ。確かに4番は守備も良く動きもいい、トスワークも悪くない。現時点でのセッター対角の守備型としては十分すぎる出来だ……だからこそ狙いどころだ」
「総武高は七沢に稲村、比企谷に温水、この4人のうち2人が必ず後衛にいるようにローテを組み、守備の穴を少しでも減らし、さらには戦術も広げている。比企谷がカットした場合でも温水が即座にセットアップに入り攻撃にも繋げてくる、ある意味あいつが守備の中核みたいなものだ……だから潰すんだ」
「彼が機能できなくなれば総武高は簡単に崩れるって事ですか?」
「そういう事だ。本当は七沢か比企谷辺りを崩せれば理想なんだが、今のとこは崩せる気配がない。稲村もさっきのカットを見る限りまだ未知数だしな、こいつらを責めると逆にこっちがやられかねない……まあ確かに4番は反応も良いしセンスはあるんだろうが、ポジショニング含めた動きと予測がまだまだ。おそらく経験が浅い、なら狙うのはあそこだけだ」
「でも彼はまだ一年、崩れても仕方ないとか思ったりしませんか?」
「アホ!崩れて当たり前の奴にセットアップ含めたプレーまでさせるか?信頼を得ていないとあそこまで任せられん。だからこそ狙いどころなんだよ」
海浜の監督の狙いは、一人の選手にプレッシャーをかけ相手のメンタルを潰すこと。
一人の選手が集中的に狙われ、失点を積み重ねると途端に出てくるプレッシャーという名の圧。
自分のせいで、あいつのせいで、またミスをしたらどうしよう、俺に来るな!
脳裏を過ってしまうネガティブな意識。
そうなるとプレッシャーで視野が狭くなり、動きが固くなり普段以上どころか普段通りの実力も出せなくなる。
「だからこそ奴を狙う。少しでも動きが悪くなればストロングポイントが、でかい穴に変わる」
現状の総武高は守備の苦手な飯山と長谷のミドルブロッカー二人をポジショニング含めカバーしており、その中でポジショニングを決め実行している。
そんな中でカバーする選手の動きが悪くなり守備範囲含めた動きが悪くなれば?
元々穴だった場所がさらに大きくなる、さらに上手くいけば温水自身が穴になる。
穴になった所を他がカバーすれば今度はそこが穴になる。
「何より4番はまだ経験不足、さっきのフェイントもスパイカーが手を伸ばした時点で早い奴なら予測して動くが奴にそれは無かった。反応が良くても付け入る隙はたっぷりある」
(お前らの弱点、経験とそれに伴う守備。利用させてもらうぞ総武高)
今の総武高は6人のみ、守備の要になれるリベロがいるはずもなく、6人で戦い抜くしかなかった。
(15点に乗られちまったな……)
八幡は口や態度には出さないものの、厳しさを実感していた。
(かと言って、下手に温水に口を出せば圧になっちまう。ミスした時ほど萎縮が起きる……それだけは避けねぇと。それで動き悪くなったら、俺がカバーに入らなきゃならないし)
ただでさえ疲れてんのにそれは無理、八幡は口に出さなない事を決めた。
IDバレーの言葉は某バレー漫画から使わせて頂きました。
次回更新は明日を予定しています。