水も滴る触手精霊、始めました。   作:ジョン・ドウズ

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凄く間が開いてしまって申し訳無いです。

前回まさかの展開をひとつ飛ばすという凄まじき失態からか、急激にお気に入りが減ってしまい、投稿するのにビビっていました。チキンな私で申し訳無い。

その結果エロは次なんじゃ………すまぬ………。

駄文ですまない。本当にすまない。


Date.32「BAD COMMUNICATION」

  鏡山市、オフィス街。DEM社の関連ビルが建ち並ぶ中には、社宅のマンションも結構ある。

 

  だがDEM特技局の開発メンバーには、基本的に特技局の施設内に設けられた居住エリアの部屋が宛がわれている。当然、俺にもだ。これが普通に1LDKで上々の住み心地。俺と繰三は二人で一部屋だが、繰三は普段掌サイズなので、一人暮らしも同然。快適な広さだ。

 

「そうだ、或美島行こう!決定!!」

 

「みー!!るみみー!!」

 

「繰三嬉しそうじゃねぇかよぉ」

 

  さて、そんな俺だが、今は床に胡座かいて繰三と作戦会議中である。色気のねぇ女(?)だぜ我ながらよう。議題は当然、降って湧いた明日から三日間の休暇の過ごし方についてだ。

 

  三日間の休みが出た。しかも有給。サイコーじゃねぇか、ジェシカさん結婚してくれ。声に出して言ってみたらフラれた。本気で言った訳じゃなかったから良しとしよう。良くない。まあ今は置いとこう。

 

  そして当然のように考える。

 

  俺だって学校行事くらい経験したい。そうだ、士道先輩にくっついて或美島行こう、と。

 

  繰三は特に案が無かったらしく、あっさりと了承。争いがなくて万々歳だ。

 

  早速ジェシカさんに或美島に行きたいと電話したら、自分で予約を取れと言われてしまった。コネでどうにか安上がりにならないかと思ったが、流石にホテルは手配してもらえなかったよ。

 

  それから一応スマホで先輩達の泊まる旅館の宿泊状況を見てみたが、空室無し。間違いなく来禅高校の貸切り状態だ。アイザックが何かやるみたいだし、暗に邪魔すんなと言われているように思える。

 

  ─────行かねぇ訳、ねぇけど?

 

  そもそも俺にとって宿無しなんざ慣れっこな話だ。元ホームレス精霊舐めんな。同じく繰三も、狂三時代からあちこち回ってる訳だし野宿も慣れたもの。

 

  そう、俺と繰三は何処にでも湧いて出る!!

 

  ………言ってて悲しくなってきた。台所で蠢くGか俺ら。

 

  気を取り直して。

 

  行くなと言われても行く。これはいい。それに、或美島は世界的に有名な観光地。ホテルはまだ何軒かあるから無理な野営も必要ない。さて問題は、どう行こうかという所にある。

 

「繰三、先輩から貰ったコピーどこだっけ?」

 

「みー」

 

「あっ、俺の胸の谷間か。出し忘れてた」

 

「………ざふきえる………」

 

  呆れたという様子で繰三が鳴く。確かに素肌に当たる感触で普通忘れないぞ。普段から繰三を胸に突っ込んでるせいで、物が挟まってる状態が気にならないのかも。ナニを挟んでも気にならない身体になってしまった!!お嫁を取れない!!誰か嫁に貰って下さい、主に司令。ダメか。

 

  それはさておき。折紙先輩に頼んで、旅行のしおりのコピーを取らせて貰っていたのだ。こいつで旅程を確認しよう………ふむ、飛行機で約三時間か。

 

「飛行機かぁ………国内便でチケット幾らするんだろ?」

 

「みーみみー」

 

「あ、そうか。飛行機に乗らなくてもいいのか。精霊なら自力でどうとでもなるしな」

 

「み」

 

「経験者が語ると説得力が違うぜ」

 

「ざふきえる!!」

 

  恐らくだが、俺も霊力を上手いこと噴出させれば飛べるんだろう。ただどうもその辺の細かい霊力の調整は苦手だ。だが、そうでなくとも俺には海という味方がいる。海水に俺の霊力を通せば、海の上を滑るように高速で走れるだろう。

 

「けどさぁ………それだとつまんなくね?」

 

「みー………」

 

  折角修学旅行に参加(忍び込む)つもりなのに、俺達だけ徒歩で合流とかつまらないにも程がある。明らかなハブだ。ハブられるのは嫌だ(お呼びじゃないが)。

 

「みー!!るるみー!!」

 

「え?ファーストクラス!?高くね!?節約しようぜー」

 

「みみるみみ!!」

 

「うるせー!!悪かったな貧乏性でよ!!」

 

  折角飛行機で行きたいなら、ファーストクラスで予約すればどうかと提案されたが、公園暮らしの金銭感覚が染み付いた俺には敷居が高過ぎる。ケチって言うな、今の暮らしも長く続くか分からないんだぜ?

 

  それに、修学旅行の皆でワイワイ行く雰囲気はファーストクラスでは味わえない。優雅、エレガント。そんな単語が脳裏に浮かぶ(偏見)。普通席でいいや。

 

  自力か、飛行機か。

 

  だがそもそもの話、どちらの方法で或美島に行こうとそう変わらない。何故なら、繰三と二人旅になってしまうから。修学旅行を味わいたいなら、士道先輩達と一緒に行かなければ話にならない。

 

  どうしたものか。繰三一人なら、小さいしいくらでも先輩達と同じ飛行機に忍び込めるのだが。

 

「あっ」

 

「るるみ?」

 

「それだ!」

 

「みー………」

 

  また変なことを思い付いたな、と言わんばかりの繰三。大正解だ。

 

「そうと決まれば善は急げ。ほらいくどー」

 

「みみみみみ!?みみ!?」

 

  さて、そうと決まれば話は早い。俺は繰三をむんずと捕まえると胸元に押し込み、最低限の荷物を持って部屋を出る。

 

「おっと」

 

「おや誠くん。夜中でも活動的で自分感動です。どちらへ?」

 

  ドアを開けると、セオリカス三人組(トリニティ)が一人、ゼラに出くわした。ビール缶が六本とツマミが数種類入ったコンビニの袋を持っている辺り、三人で酒盛りするのだろう。

 

「ちょっと、繰三と二人で出掛けます。三日間空けますんで、アイミーさんとミレイナに宜しくお願いします」

 

「そうですか、それはそれは。お土産話を期待しています」

 

  いってらっしゃいと送り出されたので、俺はゼラに手を上げて返し、背中を向けてその場を後にする。通路の角を曲がり、ゼラの姿が見えなくなった所で、繰三が突如俺の胸元から転がり落ちるように脱出し、人間大になった。

 

「誠さん。出掛けるのは構いませんわ。ええ構いませんとも。ですけれど、流石に何の説明も無しなのはご勘弁頂けます!?」

 

「しょうがねぇなぁ」

 

「どちらかと言えば誠さんの方がしょうがないのですけれど」

 

「だろうね」

 

  まあ仕方無いね。これは俺の手落ちだ。流石に相棒に説明無しはアウトだった、反省しよう。

 

「まあ、あんまいい案でもないし誉められた案でもないんだが」

 

「いつものことでしょう」

 

「にべもねぇ。………ちょっと怒ってる?」

 

「いいえ、ちっとも」

 

「いやいやいやいや」

 

「怒ってなどいませんわ。いませんとも。どうぞ続けて下さいまし」

 

  気持ち頬を膨らませ、そっぽを向く繰三。幻聴か、つーんと効果音が聞こえた。機嫌を損ねたらしい。いやしかし、そんな怒る程のことか?意外に短気?

 

「まあいいか。つまりさぁ─────」

 

 

 

 

 

 

「見て士道、雲が絨毯のよう」

 

「ぐ、ぐぬぬ………し、シドー………機内のカァペットも悪くないぞ………?」

 

「………ッフ」

 

「今鼻で笑っただろう!?笑ったな!?」

 

「気のせい」

 

「う、うがーーーっ!!」

 

「お、おい止めろって。俺達の学校の生徒じゃないお客さんもいるんだぞ」

 

「その通り。あなたは非常に迷惑」

 

「ぐ、ぬぬぬぬぬぅっ…………おのれぇ………」

 

  窓側の折紙。通路側の十香。士道を挟んで座る少女達のやり取りに、士道は早々に快適な空の旅を諦めた。

 

  或美島へと向かう飛行機の客席。修学旅行ともなると、生徒達も興奮して騒がしい。だが士道の気を引かんと争う二人のために、三人の周囲だけ飛び抜けて喧しくなっていた。大体声量の大きな十香のせいだが、それは言わないでおく。

 

  ともかく、窓の外の景色を克明に伝えてくる折紙と、対抗して通路側の席から見える機内の様子を叫ぶ十香のサンドイッチに、士道は早速頭を悩ませていた。

 

「そう怒るなって。あっ、そうだ(唐突)。十香、初めての飛行機だろ?乗り心地はどうだ?」

 

「おお、そういえばそうだった。〈フラクシ────ごほん!程ではないないが、これはこれで気に入ったぞ!」

 

「そ、そうか。良かった………」

 

  凄く危ない単語が飛び出掛けた。〈ラタトスク機関〉が擁する空中艦〈フラクシナス〉とは、聞かれても困るし口が裂けても言えない。冷や汗がどっと湧き出る。ちらと令音の方に視線をやるが、特に反応もしていない様子だった。問題はないと判断し、士道は安堵する。

 

「フラクシ?」

 

  ────だが、折紙にばっちり聞かれていた。

 

  引っ込みかけた冷や汗が、再び士道の全身を濡らす。

 

「士道。フラクシとは、何?」

 

「えっ、ええ………ほら、アレだよアレ。なあ十香!分かるだろ!?」

 

「う、うむ!アレだ!何だかよく正確に思い出せないが、間違いなくアレのことだ!気にするな!」

 

  大慌てで何とか誤魔化そうとするも、折紙の視線が逃げることを許さない。視線が士道をロックオンして全く動こうとしていない。

 

「士道。夜刀神十香と、二人で乗ったの?」

 

「い、いやぁ、聞いたことしか────」

 

「………乗った」

 

「十香!?」

 

  突如裏切った十香。折紙に窓側の席を取られたことが余程悔しかったのか、反撃材料を見つけたとばかりに胸を張る。

 

「ふふん、残念だがお前がフラクシに乗る日は永遠に来ない!!」

 

「士道。どういうこと。フラクシとは何」

 

  一転攻勢。十香の態度が空威張りではなく、確たる自信から来ていると察した折紙。視線の圧力は威力を増し、士道を目で殺さんばかりに凝視する。

 

  こうなればやけっぱちだ。額の汗を袖で拭い、士道は腹を括った。

 

「フラクシってのはフラワータクシーの略で、前に十香と行った植物園にあった、花畑を巡る園内バスなんだ。残念ながら、先月閉園になっちゃって、もう乗れない。十香が言いたいのはそう言うことだよ」

 

  嘘八百。オールフィクション。よくもまあ適当な話がこうも浮かぶものだと自嘲しつつ、少々強引に事態の収拾を願う。

 

「なあ?」

 

  十香に笑みを向ける。

 

  これ以上調子に乗るなという威圧。

 

「う、うむ………」

 

  静かではあるが、珍しく怒りを向けられたことに、十香はしゅんとしながら首肯する。

 

「そう」

 

  一方で折紙は、一応納得したような様子を見せる。興が冷めたのか士道から視線を外し、床に置いていた鞄を膝に乗せると手を差し入れる。完全とは言えずともある程度は誤魔化せたか。士道は若干警戒しつつも、乗り切ったと胸を撫で下ろす。

 

  ────その平穏も、折紙が鞄からペットボトルを取り出すまでだった。

 

  座席備え付けのテーブルに、静かに置かれたミネラルウォーターのボトル。蓋が独りでに開くと、中から水が吹き出した。

 

「な、何だぁ!?」

 

「シャベッタァァァァァ」

 

  十香が驚き奇声を上げるのを他所に、ボトルから溢れ出た水は人の顔を形取り、成形が終わると同時に色付く。

 

「頭だけの美少女とかそれなんてフェラ肉────」

 

「それ以上いけない!!」

 

  金髪碧眼、整った顔立ちから飛び出すは非常に残念な台詞。それは正しく色無誠。頭がペットボトルから生えているという何とも不気味な状態になっている。

 

「るみー、くーるーみー!」

 

「おお、繰三ではないか。シドー、繰三もいるぞ!」

 

  見れば、鞄からマスコット状態の繰三が這い出している所だった。床に降り立つととてとてと走り出し、十香の座席のテーブルに飛び乗る。予想外の繰三の登場に、十香の顔も綻ぶ。

 

  思えば、誠がDEM社の世話になり始めてから、しばらく会っていなかった。それもあってか、繰三も繰三で嬉しそうに鳴いている。

 

  和やかな空気だが、水を差すようでも士道は聞かねばならない。

  

「お前ら、何で来てるんだ?」

 

「修学旅行と聞いて、折角なんでお相伴に与ろうかと!!」

 

「昨日の晩、連れていけとせがまれた」

 

「………ああ、そういう奴だったなお前」

 

  後で令音と相談しようと士道は誓った。これまでも誠の存在は結果的には助けになっている。だが、とにかく自分の都合、或いは誠が原因で周囲を引っ掻き回すので事態が予期せぬ方向へ行く。少しは落ち着いて貰いたいと切に思う。

 

「精霊二人同行するんです。仮にトラブルがあっても、絶対に大丈夫ですよ!!」

 

「それはそうだけどさぁ」

 

「あっそういえば。この旅行キナ臭いんで気を付けて下さいね、士道先輩」

 

「初日から縁起でもねぇ!?」

 

  士道の心配を他所に、空の旅は順調に進んでいく。

 

  ただ唯一、救いがあるとすれば。十香は繰三に、折紙は誠に関心が逸れたために、到着までの間に一時間程寝れたことだろう。

 

 

 

 

 

 

  エレン・M・メイザースは静かに笑っていた。

 

  カメラマンとして頼禅高校の修学旅行に同行し、〈プリンセス〉がどれ程の者か自分で確かめるのが今回のミッション。アイクのためにもと成功を誓う。

 

  そして、空港を出て、初めて見たらしい海に〈プリンセス〉は完全に浮かれ、端から見れば精神年齢の低い高校生そのもの。油断しきっており、自分をカメラマンと完全に信じ込んでる。これなら、いつでも仕掛けられる。願わくば、己と刃を交えるに相応しい相手であらんことを。

 

  ────そのことだけを、途中までは考えていた。

 

  資料館に向かうまでの道中、写真を適度に撮りつつ、〈プリンセス〉の様子を伺っていた際。優れた魔術師故の観察眼から、偶々見つけてしまったのだ。生徒達の中に紛れ込んだ、金髪の美女を。

 

「あれは────色無誠!?」

 

  オーシャンパークにて、裏切り者(真那)贋作精霊(繰三)を合わせた三人で、エレンに黒星を付けた精霊。その際に受けた辱しめを、忘れる筈がない。

 

  ここで借りを、返す。現状、色無誠はDEM社にも協力的な存在となっている以上、殺すことは出来ない。しかし、立場はハッキリとしておきたい。反抗の芽は摘むべきだ。私怨からではない。けして私怨ではない。うんうんと頷き、一応誠の写真を撮るべくカメラを構える。

 

「おや?」

 

  カメラがない。ついでに帽子と財布も無い。

 

「撮ったどーー!!」

 

「取ったどーー!!」

 

「盗ったどーー!!」

 

  気付けば、〈プリンセス〉のクラスメイトの少女三人が、エレンの持ち物を握り締めて周囲を取り囲んでいた。

 

「何をされるんです、返してください。私は仕事中です」

 

「えぇー、固いなエレンさん!カメラマンならもっとフレンドリーにいかないと!」

 

「そうそう!ほら、笑って笑ってーー!!はいチーズ!!」

 

「どうせなら一枚脱ごっか!!色っぽく!!あ、胸無いから無理か」

 

「………いいから返してください」

 

  ぶっきらぼうに言い放てば、三人組から返ってきたのは、くっくっくという邪悪な笑いだった。

 

「それーー!!」

 

「逃げろーー!!」

 

「競争だーー!!」

 

  くるりと踵を返すと、一斉に走り去る。

 

「な………待ちなさい!!」

 

  慌てて追い掛ける。しかし、敵は予期せぬ強大な相手だった。エレンの俊足を以てしても追い付けない。

 

  エレン・M・メイザースは戦いた。

 

  精霊より恐ろしい人間に、出逢ってしまったのかもしれない、と。

 

  因みに数分後、すべて無事に返却された。

 

 

 

 

 

 

  こんにちは。いつも兄貴がお世話になっています、有栖部彩です。

 

「ねえでったちゃん」

 

「なぁにー?」

 

「空って寒くない?」

 

「でったあついのもさむいのもへーきだよ」

 

「いや私が寒いって話ねこれ」

 

「ええー。でったどうすればいいのー?」

 

  失敗した。失敗しましたとも。

 

  でったの上に乗り、空を飛んで或美島までの直線ルートの旅。季節は真夏。行き先はリゾート。私は軽装で来てしまいました。

 

  さっむい。空さっむい。

 

  風をモロに受けるし、そもそも気温が低い。泳ぐ可能性を考慮して、バスタオル持ってきて良かったー!布一枚でも多少は変わる。お陰で死ぬほど寒いが死にはしない。

 

「でったちゃん、結構飛んだけど、後どのくらいで或美島に着くか分かる?」

 

「はじめてだからわかんない。おひさまがかたむくまでかかるかも」

 

「今、10時だから、そうすると………ツラい………ツラすぎる………何か食べ物持ってくれば良かった………」

 

  早くも挫けそうな私。ファイト!或美島に行かなきゃ、兄貴のことを知る以前の話だよ!スタートラインに立ててないよ!

 

「あや、あーるびーとぅー?いってどうするの?」

 

「兄貴に会う。兄貴と一緒にいるの。おいてけぼりなんて嫌だから」

 

  そのために行くんだ。握る拳に力が籠る。兄貴が何をしてるのか、どうして姿を変えたのか。全部、全部話してもらう。私だって、兄貴の妹なんだ。

 

  琴里ちゃんとか、真那ちゃんとか、火万柄ちゃんとか、みんな私より小さいのに、お兄さんへの思いで頑張ってる。私だけ、指を咥えてるなんて………我慢してらんない。

 

「でもあや、たたかえないよ」

 

「うぐっ………な、何とかなるよっ!」

 

「まことはそんなことしてほしくないっていってたよ」

 

「………兄貴は、優しいから。今私を遠ざけるのも、いつもの優しさだって知ってるの。でもね、兄貴が私を思って距離を離すのとおんなじように、私も兄貴と距離を詰めたいの」

 

「むつかしいよー………でったわかんないよー………」

 

  頭を抱えるでったちゃんが可愛らしくて、私は身を乗り出して頭を撫でてあげる。

 

「ありがとうでったちゃん。兄貴とおんなじで優しいね。大好きだよ」

 

「わーい!よくわかんないけどでったもあやがすきー!すきー!」

 

  はしゃいでいるうちに、眼下に島が見えてきた。空間震で特徴的な形に抉られた島、或美島。あれだ。先程の会話から10分も経ってない。

 

「でったちゃん、見えたよ或美島!スゴいよ、早いよでったちゃん!」

 

「ふぇ?でったがんばった?でったがんばった!?」

 

「頑張った頑張った!ありがとうでったちゃん!」

 

「またあやにほめられた!きょうはいいひ!げんき!」

 

  でったちゃんの高度が落ち始め、或美島に向かって一気に突き進む。ぐんぐんと迫る島の像。兄貴に会える。やっと来たんだ!

 

「でったちゃん、もうひと踏ん張りだよ!島に着けば休めるよ!」

 

「うん!首なしエドガーぽんころりーん♪頭が落ちたぞぽんころりーん♪」

 

「不穏な歌!?誰作詞!?」

 

  思わずでったちゃんにツッコミを入れた、その時。

 

「ふゅ?」

 

「な、何あれ?竜巻?………台風!?」

 

  突如として立ち込める黒雲。それは嵐。テレビで見たことがある。竜巻とかの進むスピードは速い。車でも追い付かれるなんてこともあるらしい。

 

  でも、おかしい。素人目にもおかしい。

 

  あの竜巻、()()()()()()()()()()()()()。まるでベーゴマでも回しているみたいに、右へ左へフラフラと動き回っている。中に人でも入ってるのかと疑ってしまう。

 

  近寄りたくない。でも、近付かなければ島には降りれそうにない。行くしかない、ここまで来たんだから。

 

「あの竜巻、回り込める?」

 

「やってみる」

 

「慎重にね。無理ならすぐ離れて」

 

  間隔を保ちながら竜巻の脇を飛んでいく。風が強く、今にも振り落とされそう。でったちゃんの服を、強く握り締める。

 

  島に近づくに連れて、建物が見えてきた。博物館か何かかな?中々の敷地面積だ。あれに入れば、竜巻そのものには耐えられなくても、せめてこの暴風も凌げるはず。

 

「でったちゃん、あの建物の前に降りれる?」

 

「できるよー!」

 

「ゆっくりね。気を付けて」

 

「あや、やさしい。でったがんばる」

 

  速度を落として高度を緩やかに下げ、着地体制に入る。私はでったちゃんに抱き上げられている。まさかお姫様抱っこを経験することになるなんて。しかも私とそう変わらない背の女の子にされるなんて。予想外。

 

  しかし。速度を、落とすべきではなかった。

 

  進路を突如変えた竜巻は、島に上陸せんと突き進み始めた!!

 

「き、来たぁぁぁ!?でったちゃん、逃げて逃げて!!」

 

「………ごめん、あや。まにあわないや」

 

「嘘ぉ!?!?」

 

  瞬く間に距離を詰められ、荒れ狂う風の中に巻き込まれる。でったちゃんの腕の中からもぎ取られるように、私は放り出されてしまった。

 

「う、うわぁぁぁあぁあああああああああああああ──────────ッ!!」

 

「あや!!」

 

  高度何メートル?陸まで何メートル?

 

  命綱などない、最高にスリリングなスカイダイビング。

 

  待っているのは、死だ。

 

「だっ、誰か、でったちゃん、た、助けてぇぇぇええええーーーーーーーっ!!」

 

  全速力で飛ぶでったちゃんの姿が見える。でも、その姿が小さくなる方が速い。

 

  迫る大地。背の短い雑草に覆われた地面。受け身を取る?草がクッションになる?全て不可能だ。頭を埋め尽くすたった二文字の言葉。

 

  ──────()()

 

  速やかに、そしてみっともなく。

 

「し、死にたくない!死にたくないよっ!死にたくないよーーーっ!!助けて兄貴ぃいいいいいいっ!!兄貴いいいいいいいいいいーーーーーっ!!やだぁぁぁあああっ!!」

 

  恐怖に頭が支配される。もがくことすら叶わない。風圧に、身体が潰されてしまうと錯覚する。迫る世界。迫るあの世。お父さんとお母さんが呼んでいる。迎えに来ている。そんな筈はない、ありもしないものが見える筈がない。怖い。怖い。幻を追いやろうと、せめてもの抵抗とばかりに目を閉じる。

 

  こんなことなら、兄貴に内緒で来なければ良かった。兄貴に一生のお願いすれば良かった。泣き付いてでも一緒にいれば良かった。いや、最初から、兄貴とずっと一緒にいれば良かったんだ。一緒の学校にすれば良かったんだ。そうすれば、こんなことには。こんな、こんな、こんな一人ぼっちで死ぬなんてことには。

 

 

  ─────ごめん兄貴。私、妹失格だ。  

 

 

 

 

 

 

  何かに見られている。

 

  しきりにそう訴える十香に付き合い辺りを見て回っていた士道と誠は、学校の皆に置いていかれてしまった。ちなみに繰三は十香の不安を拭うべく、マスコット状態のまま分身して周囲を調査している。慌てて資料館へと向かう道中、異変が起こった。

 

  俄に空が曇りだし、風が吹き荒れ出したのだ。

 

「天気予報、また派手に外れてやんのっ!先輩、大丈夫ですか!?」

 

「目を開けるのも………ツラい………!!」

 

  士道が腕を盾代わりにしてやっとの状況で、封印されていない精霊である誠は苦もなく走ってのける。自分の身体を風避けにし、士道の前を走って負担を和らげようとしていた。士道の側を向き、全く重心をぶらさずに後ろ側へ走っている時点で、身体能力の差を見せつけている。

 

  当然ながら、封印されていても人間を凌駕する力を持った十香も、この風はそう苦にならない。士道に手を引かれているが、足取りは士道よりも軽い。

 

  その十香が、何かに気付いた。

 

「危ないシドーっ!!」

 

  士道の前に躍り出て、自らを盾にする十香。その直後、

 

「ぎゃぷっ!?」

 

  十香の顔面に、金属製のゴミ箱がクリーンヒットした。

 

「──────ぁぁぁあああっ!?!?」

 

「ふごっ!?」

 

  続けて、仰け反った胴体に何処からか飛んできた彩の尻がクリーンヒットした。十香は大の字で地面に倒れ、馬乗りになった彩は何事かと周囲を見回し、十香に乗っていることに気付いて大慌てで立ち退く。

 

「わぁぁぁぁん!!あやーーーーっ!!」

 

「へぇっ!?」

 

「ぎゅっ!?」

 

  間髪入れずに、何処からか飛来した〈リリス〉が彩の背中に抱き付くように突撃。勢いの余り転倒した彩と〈リリス〉の体重全てを受け止めることになった十香の喉から、人間が出してはならないのでないかと思わせる声が漏れた。

 

「「………………。」」

 

  士道と誠は、顔を見合わせる。唖然とする二人。まず状況が飲み込めない。彩が何故居るのか────しかも、何故〈リリス〉と共に居るのか。

 

  暫し我を失っていた二人だが、泡を噴いて気絶している十香を認めて正気を取り戻す。

 

「誠、十香を診てやってくれ!入念に頼む!」

 

「合点!!そら退いた退いたァ!医者が通るぞ、乗るなら俺の上へ!!」

 

「誠!!彩に事情聴取!!お前なら聞き出せる!!」

 

「おぅいマイシスター!!お前どうしてここにいるんだ!?この兄に全部吐け!」

 

「誠!!〈リリス〉に警戒するんだ!!敵意の無い確証が取れるまで!!」

 

「多いわァ!要求過多です先輩、俺は便利屋ですかぁ!?勘弁して下さい!!」

 

  無茶振りのような指示に匙を投げ、士道の肩を掴んで揺さぶる。幾らなんでも無理だと声を大にして叫ぶが、士道としても悪気がある訳ではない。誠は治療の出来る精霊であり、彩の兄である。そして〈リリス〉と対峙するには士道は無理がある。本当に全て誠に頼むのが一番なのだ。

 

「頼む!今お前しか頼れないんだ!!じゃあ、彩には俺が聞くから後二つはマジで頼む!」

 

「にべも………………なくもねぇ。了解っす」

 

「お、おう」

 

  釈然としない様子だが、一応納得はしたらしい。触手を展開して〈リリス〉を取り囲みつつ、十香の額に触れて容態を確認する。

 

  さて、士道も彩に話を聞こうと振り返った所、空から二つの人影が降りてきた。

 

「あれは──────」

 

「ん?先輩、何かありました?………おろ

?」

 

  瓜二つ。細部に違いはあれど、ほぼ同じ姿をした、まさしく双子と形容出来る少女。魔術師でもないのに、天から降りてきたという事実。そして、彼女らの周囲()()風が凪いでいる。

 

「精霊─────双子の、風の精霊!?」

 

  士道をちょうど中央にし、得物を構えて相間見える。その姿に、士道の口からは自然と驚きを含んだ言葉が飛び出す。当然だ。これまで士道は、攻略した精霊は()()でいる姿しか見てこなかった。狂三は別だ。一つの定説が崩れたような感覚を覚えた。

 

  故に、対応が遅れた。

 

「ちわっす、お取り込み中悪いね」

 

  目を離した一瞬の間に、誠が大きく跳躍。()()()()()()()()割り込んだ。しかも、霊装を展開している。嫌な予感しかしなかった。

 

「ん?何者だ貴様。我らの決闘に土足で上がり込むとは、何のつもりだ?」

 

「警告。物珍しさで近寄ってきたならば、あなたは数秒後に死にます。立ち去ることをお薦めします」

 

  相手も不審の目を向けている。誠は、それにとびきりの笑顔で返した。士道の不安が膨らんでいく。

 

「そう邪険にするなよ。俺も精霊だ。そんでもって、お前らも精霊────それも、風の精霊だと知ってて用があるんだ」

 

  二人の精霊が、誠が同族だと宣言したことに僅かに驚いた、その刹那。

 

 

 

 

 

 

「俺の妹に何しとんじゃオラァァァァアアアアッ!!!!!!」

 

「ぎゃん!?」

 

「ほべっ!?」

 

  目にも止まらぬ速さで触手を両手から射出。双子の精霊を縛り上げると、両腕を交差するように振り、双子の頭と頭を振り子のように衝突させる。

 

「ファッキュゥゥゥゥーーーーッ!!!」

 

  触手を消して双子を地面に転がすと、額に青筋を浮かべた誠は中指を立てた右手を掲げてわなわなと震わせる。

 

「いやお前こそ何やってんの!?」

 

  的中した不安に、目を見開いて声を張り上げる。

 

「喧嘩売ってるんですよ先輩!!申し訳ありませんが彩に手を出した時点でコイツらは有罪(ギルティ)だ!!触手プレイ撮影してシコシコ動画に流してやる!!」

 

「シスコンの上に陰険とは恐れ入ったぜ!!」

 

  厄介なことをしてくれた、と士道は頭を抱える。精霊と仲良くならねばならないのに、ファーストコンタクトをぶち壊してくれた。ここまで盛大にやらかしてくれたのは初めてではないだろうか。

 

「ウチの兄貴がバカでホンッットすいません!!」

 

「あやーー、あやーー、あやがいきてたぁぁぁーーーー!!よ"がっ"だぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

  当の彩は、兄の醜態に耐えかねたのかしきりに士道へ頭を下げている。彼女の胴には〈リリス〉が泣きじゃくりながらひしと抱き付いており、更にその足元では十香が相変わらず伸びている。誠に頼んだことは全部放置されていた。

 

「いっっ………この無礼者め!!どうあっても邪魔をしようというのか!!夕弦!!勝負の内容を変えるぞ!!」

 

「同意。流石に頭に来ました。二重の意味で。耶具矢、この勝負乗りました」

 

  一方、耶具矢、夕弦と呼びあった双子の精霊も、頭を擦りながら闘志を燃やしていた。

 

「真の八舞を決める勝負」

 

「応答。百番勝負の大締めは」

 

 

 

 

「「狩猟(ハンティング)」」

 

 

 

  耶具矢が突撃槍を、夕弦が鎖を構え、誠に向き合う。

 

「来るなら上等!!返り討ちに………いや、帰り堕ちにしてやる!!」

 

  背中から無数の触手を展開し、さながら青い孔雀のように凛と立つ誠。

 

「いざ尋常に────」

 

「「─────勝負!!」」

 

  三体の精霊が、今激突する!!

 

「ちょっと待てぇぇえええーーー!!」

 

「「「待たない!!」」」

 

「アッハイ」

 

  士道には、どうにも止められそうになかった。

 

 

 

 




思ったより多いなぁ。

………多いなぁ。

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