水も滴る触手精霊、始めました。   作:ジョン・ドウズ

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今回は連投です。こちらは連投の二本目ですのでお気をつけください。


Date.28「それぞれの道」

  最後の一人だった真那が、地面にどうと倒れ伏す。

 

「そ、そんな………兄貴………皆さん!!」

 

  膝から崩れ落ちる彩。その瞳に写るのは、世界最強の魔術師、エレン・M・メイザース。

 

  震える喉から、彩はただ一言絞り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ち方、エグ過ぎでしょ────ッ!!」

 

  溢れる涙。溢れる唾液。

 

「おっ、おご、おおぉおおおぅおおあおあおおおお──────っ!?!?」

 

  世界最強は、口から触手を幾本も生やして、白目を剥いて大地に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  いやあ、執行部長は強敵でしたね。

 

  まさか勝てるとは。

 

  とは言え、こちらも満身創痍。彩を守りながら戦ったこともあり、俺たちも三人纏めて地面にばったりと倒れている。戦っていた四人の誰も最後に立っていないとかどういうことだよ。強すぎだろ世界最強。

 

  仮にも、精霊二体+世界で五指に入る魔術師の即興チームだぞ。何でこっちが互角以上に立ち回られてんだ。

 

「正直、まぐれ勝ちというか………本当に対人精霊だから勝てたんじゃねーですか?」

 

  傍らで仰向けに寝転ぶ真那が、呆れたという様子で俺に顔を向ける。

 

「うん。今回しか使えない奇襲だったからなぁ」

 

  作戦は単純かつ悪質。

 

  空気中に俺の体を水蒸気にしてばら蒔き、呼吸を利用してエレンの体内に侵入、触手に変えて呼吸を奪う、という作戦だった。つまり喉ファックである。ちょっと鼻の穴の方にも触手を通したのはナイショだ。

 

  この作戦、かなりの大博打だった。何せ、辺り一帯を俺の霊力で満たすとは言え、目論見が気取られれば即アウト。しかもエレンの随意領域を突破するには一瞬の隙を突かねばならなかったが、そのチャンスがなかなか訪れず長期戦となった為に、競り負ける可能性すらあった。

 

  しかし、俺達は耐えた。単に俺の圧倒的防御力と治療能力にものを言わせたごり押し戦法とも言う。真那が技術で。繰三が手数で。交代交代で俺の治療を受けながら、エレン相手に粘って粘って粘りまくった。

 

  そして、俺達三人が力尽きたと思って油断したタイミングで触手をお見舞いし、何分間をも息継ぎさせない連続嘔吐を味わって貰った。こうして、三十分近い激闘は俺達の勝利で幕を下ろしたのだった。

 

「あーあ………私のCR-ユニット、完全にお釈迦じゃねーですか。回路が焼き切れて修理もできねー状態でいやがります」

 

  その結果、真那のCR-ユニットは限界を超えて稼働し、修復不可能なまでに破損した。夢のフリー魔術師の道はお預けですねーと言いつつ、相棒(ムラクモ)との別れを惜しむ真那。安心しなよ、そんだけ大事にされたら相棒も恨んでないだろうさ。

 

「じゃあさ、〈フラクシナス〉で雇ってもらえば?」

 

「あ、それいいかも。クソテン、口利いてくださいな」

 

「へーへー」

 

  真那の売り込みなど必要ないんじゃないかなーと思っていると、俺の左隣に俯せで寝ていた繰三が、ポンと小さな破裂音と共に縮んだ。人間大を維持出来なくなったらしい。 

 

「繰三もお疲れ。助かった」

 

ざふきえる(やれやれですわ)………」

 

  こちらも限界まで力を使ったようだ。正直、繰三の分身による人数的優位はかなり助かった。今度またケーキ買ってきてやろう。タルトはやらんが。

 

  よっこらせ。面倒なんで上体だけ起こすと、エレンに纏わり付く触手に指令を出す。触手はスルスルとエレンの口から抜け出すと、一部がエレンの身体を縛り上げ、残りがエレンのCR-ユニットを外して俺の元に戻ってくる。

 

  俺に還元された触手の霊力で、真那と繰三の簡易治療を行う。これで、改めて三人揃って立ち上がれるようになった。

 

  エレンの意識は依然戻らない。接戦だったが、勝てば官軍とは良く言ったもんだ。

 

  さて………と。こいつどうしようか。

 

  自然と俺達は見合わせた。

 

「ヤっちゃう?」

 

  とは真那の台詞。

 

「ヤっちゃいましょうか?」

 

  と続く繰三の台詞。

 

「ヤっちゃおうぜ?」

 

  と俺も続く。

 

「「「その為の触手?」」」

 

  揃うは、しょうもない台詞。自然と笑みが溢れる。

 

「あはは」

 

「くふふ」

 

「いひひ」

 

  俺達が笑いだした時、丁度エレンが目を覚まし────戦慄した。無理もない、丸腰の状態で、触手を展開しながら笑う俺と相対するなど………結果は見えているからな。

 

「やあ、世界最強。────俺達の調教(デート)を始めようか?」

 

「ひ…いや………あ、アイクーーーーっ!!」

 

  悲痛な絶叫が、静かになったオーシャンパークに木霊した。

 

 

 

 

 

  有栖部彩は全てを見ていた!!

 

  自動販売機の影に隠れていた彼女は後に語った!!

 

  どっちが悪役か分からなかったと!!

 

 

 

 

 

 

  既に、初めから決まっていたのだ。

 

  己を振るう主が折紙の指向性随意領域を切り裂いた時、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉は感じていた。

 

  ボタンを掛け違えた服のように、ちぐはぐだったこれまでの精霊〈イフリート〉。今、琴里とカマエルは精霊として()()()()姿()()()()()のだ。

 

  初めから。琴里の前を行こうとしたことが間違いだったのだ。

 

  カマエルは、琴里を知らずして琴里を導こうとした。心の強さを求めた琴里に、力の強さを与えてしまった。だから、足並みは揃わない。カマエルが琴里の為と躍起になる程に、琴里はカマエルから離れていく。

 

  必要なのは、手を取り合う事だったのだ。同じ歩幅で、並んで歩けば良かったのだ。

 

  折紙が叫び、空中に随意領域が現れる。それを切り捨て彼女に迫る。精霊として完成した琴里に、〈ホワイトリコリス〉では最早力不足。折紙を無力化すると決め、躊躇いなく振るわれる戦斧は、折紙の殺意の尽くを一蹴する。既に残弾の無い折紙は、接近してレイザーブレイドでの攻撃に切り換えていた。

 

「これで────終わりよ!!」

 

  斧を避けて距離を取った折紙に向け、琴里が〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を投げつける。得物を捨てる悪手。攻めあぐねて焦りを覚えていた折紙が、好機とばかりに突撃する。

 

  しかし、それこそが悪手。琴里の手を離れた戦斧は、空中で琴里と瓜二つの少女に変化する。琴里と色違いの緋色の霊装を靡かせ、少女は滞空して不敵に笑った。

 

「覚えておけ。我が名はカマエル。我が主人の天使────灼爛殲鬼であるッ!!」

 

  天高く突き上げた右腕。その肘から手首までにかけてを炎が覆い尽くし、腕を柄に斧を為すかのように燃え盛る。

 

「くっ!?」

 

  折紙が気付くが、もう遅い。既にカマエルは腕を降り下ろした。

 

「これにて決着としよう!!【焔の斬斧(レヘヴェーガルゼン)】!!」

 

  炎の刃が〈ホワイトリコリス〉のボディに触れ、熱した鉄をバターに当てたかのように金属を溶かしながら、容易く両断する。随意領域が維持出来なくなり、黒煙を上げて墜落して行く。

 

「五河………琴里─────ッ!!」

 

  憎々しげに、天に浮かぶ二体の炎の精霊を見つめる折紙。墜ちていく視界の中で、頭を過るのは両親を喪った、あの日の光景。憎き精霊に見下ろされる、五年前の記憶。

 

  そして、ふと思った。

 

  かつて見た仇と、姿形が違いやしないかと。

 

  想い出の中の敵と、目の前の敵とを比べる間も無く。強烈な衝撃を全身に受けた折紙の意識は、闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

  俺達がエレンにやることやってスカッとサワヤカな気分で遊園地エリアに行くと、そこでは案の定全てが終わっていた。士道先輩に司令、カマエルは元より、十香と四糸乃も揃っていた。最後二人の出番は無かったようだな。いや、そのほうがいいんだが。

 

「遅い!」

 

「言い訳はしません。はい」

 

  取り敢えず司令に平謝りしてから、俺は廃墟と化したメリーゴーランドに墜ちている鉄の塊を見る。

 

「折紙先輩………」

 

「言っとくけど、殺してないわよ」

 

「ハナから疑ってないです」

 

「あ、そう………」

 

  俺の盲信ぶりに呆れた司令を放置し、折紙先輩の体調を確認する。気絶しているだけで、ダメージはほぼ無い。これなら一日安静にすれば本調子になるだろう。

 

  よし、まずは先輩をどっかに寝かせて様子を…………ダメだ。このデカイCR-ユニットの外し方が判らん。どうなってんだ?よし、真那に頼ろう。

 

「おーい真那、このデカブツの外し方分かる?」

 

  真那にこっち来いとジェスチャーすると、偉く嫌そうな表情をしながら近付いてきた。やる気出してくれ、同僚だろーに。

 

「はいは─────うえっ!?これ、DEMの試作機じゃねーですか!?姉様に使用許可なんて下りてるハズがねーですよ!?」

 

  ─────は?

 

「え、何?折紙先輩、無許可で使った奴壊したの!?ヤバくね!?」

 

  驚きのあまり、結構上擦った声を出してしまった。そーいやASTと戦いすぎて見慣れたが、随意領域って最新技術の結晶なんだよなぁ。その試作機って………制作費幾らだ?頭痛くなってきた。

 

「………かなーり………ヤバイでしょうね~。これは進退に関わります。ASTの名簿から消えてもおかしくねーですよ」

 

「無断使用だけならともかく、これでは訴訟問題になる可能性もありますわね」

 

  どうすんだこれ。マジでどうすんだ。

 

「折紙が精霊と戦えなくなるのは、俺としては歓迎すべきことなんだろうけど……」

 

「でも士道先輩、折紙先輩ならASTに忍び込んででもCR-ユニット手に入れそうですけど」

 

「それなんだよなぁ………」

 

  士道先輩が頭を掻く一方、十香は何がいけないのか分かっていない様子だ。

 

「む。悪事をするなら警察に逮捕されるぞ。鳶一折紙が邪魔で無くなって良いではないか」

 

「いや、そうもいかない。折紙は精霊を殺すことが生きてる理由みたいなものだし………四糸乃からよしのんを奪うみたいなもんなんだよ」

 

「成る程。鳶一折紙は嫌いだが、ちょびっとだけ同情してやらなくもないな」

 

  共に過ごすうちに、十香も折紙先輩への態度が少し軟化したな。同じ人が好きなんだもの、互いを良く見ることになるからな。

 

  さて、どうしたものか………。折紙先輩を助けつつ、尚且つ誰も損しない方法………。

 

  ……………あ、あるわ。これはいい。面白い。

 

  さあ。俺の愛しの仲間の為に、一肌脱ぐとしましょうか!!

 

 

 

 

 

 

  エレン・M・メイザースは執行部長である。

 

  CR-ユニットは今無い。

 

  どうして無いかと言えばオーシャンパークに理由がある。そこで出逢った悪魔のような三人組に持っていかれた。うち一人は顔見知りだ。

 

  明らかにこちらが優勢、圧倒的状況であった。ターゲットの色無誠も、裏切り者の崇宮真那も、贋作精霊の時崎繰三も、三人揃っても自分に敵う要素が無かった。その、はずだった。

 

  だのに、三人とも地に伏し勝ったと思ったその油断を突かれ、自分の想像を絶する辱しめを受けた。

 

  思えば恐ろしい夜だった。

 

  手足を触手で拘束されたまま、捨て猫のように段ボールに入れられてオーシャンパーク入り口に放置された。触手は自由を封じるだけでなく、ワイヤリングスーツの上から身体中を撫で回してきた。特に耳を。

 

  無理矢理与えられる全身マッサージのような快感に悶えつつも何とか夜をやり過ごすと、霊力の切れた触手が水に戻り、ようやく自由の身となった。今朝六時の話だ。

 

  私服に戻り、通り掛かったタクシーを拾ってASTのある陸上自衛隊天宮駐屯地まで辿り着く。財布から料金を払おうとすると、中身が一万二十八円しか無かった。もう三万はあった筈だが、真那辺りに抜き取られたらしい。腹いせに運転手を殴りかけた。九時を回った、つい今しがたの話だ。

 

  それでもタクシー代は払えたので、駐屯地に入っていく。ASTの区画に入ると、子猫を思わせる岡峰美紀恵とか言う小柄な隊員が、今朝一番に届いた荷物だと言ってクール宅急便の箱を渡してきた。

 

  何かと思って開けてみれば、ドライアイスでキンキンに冷やされた待機状態の〈ペンドラゴン〉が入っていた。差出人は真那だった。箱を投げ捨てて泣いた。岡峰が缶コーヒーをくれた。温かくて泣いた。現在進行形の話だ。

 

  岡峰を抱き枕の代わりにして通路のベンチで拗ねていると、足音が近付いてきた。聞き慣れた足音だ。

 

「やあ、エレン。随分と面白い経験をしたらしいじゃないか」

 

「あ、アイク………」

 

  顔を上げれば、そこには自身が絶対の忠誠を誓う、DEMを牛耳る男:アイザック・ウェストコットがいた。さぞ愉快そうに笑っている。

 

「今朝は早くからAST上層部で会議があってね。面白そうだから参加していたのさ。実際、収穫もあった」

 

  ウェストコットは後方に顔を向けると、手招きして背後にいた人影を呼び寄せる。

 

「紹介しよう。今日から()()()()()()()()()()()()、イロナシマコトだ」

 

「おっ、昨日ぶり。宜しく執行部長」

 

  そこにいたのは、エレンにとって一番会いたくない相手の一人で。

 

  気付けば自分でも良く分からない声を上げながら、コーヒーの缶と岡峰を投げつけていた。

 

 

 

 

 

 




世界最強(笑)

油断?違うな。これは余裕と言うもんだ!!

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