水も滴る触手精霊、始めました。   作:ジョン・ドウズ

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さあ諸君─────

  ─────始めるぞ。



※でったと名乗る精霊の識別名を〈グラトニー〉としてありましたが、誠と同じ〈リリス〉に修正しました。不手際で申し訳ありません。


Date.21「ザ・トゥルー・ビギニング」

  戦闘開始から、何分が経っただろうか。

 

  来禅高校の屋上には、傷だらけで狂三の群れを蹂躙する、九人の繰三の姿があった。

 

「きひひひひひひひひぎゃぁぁ!?」

 

「ぎいぃぃい!?!?」

 

「往生際が悪くってよ、わたくしぃぃいいいいッあぁぁぁぁあっ!?」

 

  まさに地獄絵図。狂三の死屍累々が堆く、そこかしこに積まれる中で、血みどろの繰三がまた狂三の胸を剣で貫き、狂三の銃が肩を穿つ。繰三の分身がまた減った。残り八人。

 

  果ての見えない泥仕合。物量戦を仕掛ける狂三と、方や包囲網を突破せんとする繰三。この状況が生まれたのは、主に繰三に原因があった。

 

  繰三の能力は、時間操作ではなく()()()()。時間操作を阻害・無効化する、対狂三用能力と言っても差し支えない。このため、狂三が現時点で使える有効な手段が、分身との一斉攻撃に絞られた。

 

  しかし、繰三には攻め手に欠く大きな問題があった。オリジナルより身体能力が高い繰三だが、天使の効果が()()()()()()()()()()()()()()()。繰三の得意戦法も物量戦。圧倒的物量を誇る狂三の分身相手では、本人より身体能力が高かったことで、ようやく拮抗出来る状態でしかなかった。

 

  更に言えば、分身を維持するのに体力を使う繰三と、分身を造り出す時のみ時間を消費する狂三では、燃費に天と地程の開きがあった。

 

  士道は思わざるを得ない。この勝負、繰三の負けだと。

 

「はあっ、はっ、はあ…………ッ!!」

 

  既に繰三が限界を迎えている。レイピアを杖代わりした膝立ちの姿勢であり、荒い呼吸をすることすら、疲労を蓄積させているようにしか見えない。

 

  繰三の意識が途切れ、能力が解除された時。狂三は迷わず時間を操り、繰三を葬り去るだろう。

 

「繰三ッ!!もういい!これ以上はダメだ!!」

 

「いいえ、いいえ、まだですのよ!ここではまだ退けませんのよ!!」

 

  繰三を心配して引き留める士道だが、逆に火を点けてしまったらしい。無理矢理立ち上がるが、膝は震えている。

 

  繰三がよろめいた。何とか堪えるも、俯き加減の額に冷たい感触が当たる。

 

「健闘は称えましょう。けれど、所詮は贋作(イミテーション)。姉に勝る妹など、いなかったと言うことですわ」

 

  狂三の分身が三体、銃を突き付けていた。奥に凛と立つオリジナルの狂三が、笑みで口許を刃物のように鋭くする。

 

  周囲の死体の数々が、影に呑み込まれて消えていく。残ったのは、血の香りだけ。繰三は、もはや『時食みの城』を抑える力も残っていないらしい。

 

「止めろ狂三─────がっ!?」

 

  たまらず駆け出そうとするが、士道は分身三人に取り押さえられてしまう。コンクリートの床に叩き付けられ、視界が一瞬ぶれる。広がる鉄の味。口の中を切ったらしい。

 

「士道さぁぁぁぁん?後でたっっっぷりお相手致しますので、今はお静かに」

 

「は、ぁ、へ……………!!」

 

  顔を強く地面に押し付けられ、満足に声も出せない。今の士道に出来るのは、処刑を待つかのような繰三の背中を見つめることだけだった。

 

「では、ご機嫌よう。わたくしそのものであり、妹であり、そのいずれでもない半端者」

 

「やへお─────────!!!!」

 

  繰三の最期の時を、無様な叫びを上げるしか出来ない。士道は、自身の無力を嘆いた。

 

  しかし、その叫びは無為にはならなかった。

 

「─────間に合ったぁぁぁッ!!!」

 

  オリジナルの狂三の背後から声が響き、一陣の風が士道の頬を撫でた。士道がそれを何者か理解する前に、自分に掛かっていた万力のような力が無くなっていることに気付く。直後に響く、何かの衝突音。

 

  何事かと見上げた士道の視界に入る、白く細い、女性の手。

 

「先輩、お待たせしました!!」

 

  金髪碧眼、心が男の美少女精霊。色無誠が、そこにいた。

 

「お、おせぇよ……………助かった!!」

 

  呼んだわけでは無いが、ついそう漏らしてしまう。

 

  それは、士道が心から安堵したからだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

  やっほい、派手にやってるじゃねぇか。取り敢えず、士道先輩と繰三を抑えてた狂三はブッ飛ばして壁にごっつんこ(時速100km相当)させといたけど。一つ聞きたいことがある。

 

「繰三、お前でかくなれたのかよ!?」

 

「わたくしにも理由は分かりませんわ………。最も、消耗しきって戦力にはなれませんけれど」

 

「そこは俺が補給出来るから問題ないけど」

 

  何て事はない。頭を掻きながら返してやると、繰三は顔を赤らめて大仰に反発する。

 

「おっ、大有りですわ!!ど、どこから補給するおつもりですの!?」

 

「天使に触手繋げばやれるけど?」

 

「えっ」

 

「ていうかお前どこで俺の能力が霊力供給だって知ったんだよ。言ってないよな?」

 

「…………………その、触手で色々された時に、寿命が伸びたので、それで………………」

 

「あ、そんな前なの。オーケーオーケー。……………で?ナニを期待してたんだお前?ええッ?」

 

「うう…………くっ、何でもありませんわ」

 

  火が出そう、と言うより周囲の温度を上げそうな位に真っ赤になった繰三をニヤニヤ見つめてたら、スネ蹴られた。元気じゃねーか。全く痛くないから無理してんだろうけど。

 

  と俺が余裕かましていると、先に倒した狂三たちが復活して立ち上がっていた。まだまだやれるって目をしてるな。

 

「誠さん。感動の再会は、あの世で続けて頂けます?」

 

「俺は繰三を弄ってただけだし、どの辺で感動すりゃいいんだ」

 

「弄られてなどいませんわ!!」

 

  またも繰三が過剰反応して顔を赤くしている。身を守るように自分を抱いているが、それひょっとしてゾクゾクきてるんじゃないだろうな。主に背筋が。めんどくさいんで今はスルーで。お前は後な。

 

「やっっっと逢えたな、狂三」

 

  ポケットに手を突っ込み、若干見下ろすような姿勢で狂三を見据える。

 

「ええ。わたくしもお会いしたかったですわ、誠さん。あなたは士道さんに次ぐ第二候補……………あなたがいれば、精霊一人分の霊力を定期的に回収出来ますから」

 

「一応初対面の相手に飼い殺し発言止めれ」

 

  ケタケタと笑う狂三を前に、俺は苦笑する。これはまだ気付いてないな。さっき狂三の背後から登場した時に、既に一撃お見舞いしてやったのを。

 

  ──────では、教えてやろうか。

 

「まあ、そう言うことなら、俺は()()()を前金として貰おうか………な?」

 

  俺がスッと右ポケットから取り出したるは、レースの付いた薄布に、これまた細い紐が繋がれたもの。

 

  それを見た瞬間、狂三の顔が一気に青くなり、腰元に手を遣る。感触を確かめ………一転して顔を赤く染めていく。

 

「あっ、あっあ、あなた!!わたくしの!?」

 

「うん。ぱんつ貰った」

 

「何やってんのぉ!?!?」

 

  わなわなと震える狂三に向かって何て事はないように言ったら、士道先輩に脳天を叩かれた。痛くねぇ。え?女の子のぱんつってなんかエロくない?欲しくない?逆に聞くけど士道先輩は男のパンツ欲しいの?ホモなの?

 

「これぞ秘技『流水追剥(りゅうすいおいはぎ)下履一触(したばきひとふれ)』。すれ違い様に女子の()()()()()を、傷付けることなく奪い去る!」

 

「んなもん修得しなくていい!!」

 

「ちなみにさっき五分で編み出しました」

 

「悪魔的才能!?」

 

「あっ、分身のほうからも貰ったんで、本体のやつは先輩にあげます。はい」

 

「お土産たくさん貰ったからお裾分けしてあげるーー、みたいなノリで渡すな!!要るか!!」

 

「えっ、繰三のやつのほうがいいすか?」

 

「ああっ………す、すーすーしますの………」

 

  腰にしなを作ってへたり込んだ繰三が、口元に手を当てて恥ずかしがっている。うーんアダルティ。繰三エロイ。狂三時代から開発(意味深)した甲斐があったな。うん、なに言ってんだ俺よ。

 

「もうメチャクチャだよ!!」

 

『それは否定しないが………時間は稼げたよ、シン』

 

「令音さん!?」

 

  頭を抱えていた士道先輩だが、しばらく通信を切っていた令音さんの声にはっとする。一応俺にも聞こえるようにスピーカーで音を出してくれている。

 

『繰三の奮闘、誠の登場。二人が気を引いてくれていたうちに、校舎内は既に無人だ。死者も無し。更に言えば─────』

 

  屋上に入る階段への入り口が、音を立てて開かれる。そこから、飛び出してくる影が四つあった。

 

「クソテン!!兄様はご無事でいやがりますか!!」

 

  青と白のワイヤリングスーツに身を包んだ、士道の実妹・崇宮真那。

 

「シドー!!助太刀するぞっ!!」

 

  部分的に霊装を展開した、識別名〈プリンセス〉・夜刀神十香。

 

「士道、無事?」

 

  ワイヤリングスーツを纏い、大型の狙撃銃を構えた自衛官(AST)・鳶一折紙。

 

「始末書覚悟でCCC二つ持って来たんだから、あんた感謝しなさいよ!!」

 

  同じく狙撃銃を担ぎ、狂三を狙う折紙の同僚・舞上勝兎。

 

『本来ならあり得ない、共同戦線が実現したよ』

 

  そう。俺以外の精霊が自衛隊と肩を並べているのだ。士道が人の身で精霊を恋させ、俺が精霊の身でASTと接触した結果だ。利害関係の一致でしかないが、それでも普通あり得ない。これは司令が誉めてくれてもバチ当たらない。わーい。

 

  けどさぁ。一つ聞いていい?

 

「なあ真那。何で魔術師(ウィザード)三人しかいないの?」

 

「見習いが避難と救助に、それから部隊の大半が〈リリス〉の対応に回っていていねーんですよ」

 

「何でさ」

 

「クソテンがいやがると聞いた途端、皆さん『そっちに人要らないでしょ』って口を揃えて言ってやがりました」

 

「押し付けられたァーーーーッ!!」

 

  項垂れる俺。泣けるぜ。くっそう………。

 

  と、肩にポンと手が置かれた。誰かと見上げれば、ニマニマと笑うご満悦のデコ娘が。

 

「色無ザマァ!!プックク…………」

 

「るせぇ前髪カチューシャ!!触手で揉み苦茶にしてやろうか!?」

 

「い、いや、あたしは…………ゴクリ」

 

「二曹、病院行ってくるといーです」

 

「違うんです三尉!!クソテぇぇぇン!!何言わせんのよ!!」

 

「オメーが自爆したんだろ………」

 

  真那に冷めた視線で睨まれた途端に、大慌てで俺の胸ぐら掴んできたこの百合髪カチューシャ、末期かもしれない。あれ?俺こいつ治療したよな?おかしいなぁ。うん、匙を投げよう。誰か受け取ってくれ。主に真那。

 

「とっ、ともかく!これで不安要素は無いな!!狂三!!もう観念して止めるんだ!!」

 

  必死で仕切り直す士道先輩。だが、止められないぜ、この一度グダグダした空気は。何故なら──────

 

「よし繰三、補給するぞーー」

 

  空間を突き破って〈触抱聖母(アルミサエル)〉を呼び出し、体内に取り込む。数十本の触手を背中に生やした俺は、慣れた手付き(触手だけど)で繰三を触手一本で縛り上げて拘束する。なお、胸元を丁度押し上げるように巻き付けました。眼福!

 

「な、何故天使ではなくわたくしに直接!?」

 

「お前に直接補給しないと誰が言った?」

 

「いじわるぅ!?!?むごっ、お、おごぉ…………おぅ、っぁ…………ん、むぅぅぅ……ぅんむ、っ………………」

 

  文句を最後まで言わせずに、繰三の口に触手を突っ込む。そして霊力を濃密に含んだ水を直に流し込む。これが一番手っ取り早い。

 

  やり始めると、すぐに繰三は大人しくなり、素直に水を飲み始める。息継ぎがしにくいのか時おりえずくが、協力的なお陰で補給は一分とかからなかった。

 

  触手を引き抜く。光を受けた繰三の唾液が、触手の先端と口とを繋いで淫靡に煌めいた。

 

「ぬ?シドー、見えないぞ」

 

「見るな。見ちゃいけない。あれはイケナイ」

 

「義姉様、何故激写してやがるんです?」

 

「今後の参考」

 

「あっ、あぁ…………あぁぁぁぁ……………」

 

  仲間の反応が全く違って面白い。ただ十香が見なかったのは何となくホッとした。十香、そのままの君でいて…………。

 

「わっ、わたくしの姿で、声で、あのような不埒な………!!」

 

  狂三は狂三で、かなり狼狽してるな。

 

  さて。準備は整ったし、そろそろ締めようか。繰三が口元を拭って調子を整えたのを確認すると、俺は先輩に向き直る。

 

「ささ、準備が整いましたよ士道先輩。語るもよし、絞めるもよし、捕らえるも殺るもヤるもよし。狂三を、どうします?」

 

  士道先輩に選択を委ねると、AST三人衆が動いた。

 

「兄様。殺らせてください」

 

「時崎狂三は、放置出来ない。ここで逃す訳にはいかない」

 

「左右に同じ。てかあんた、折紙のカレシで合ってる?」

 

  当然といえば当然の反応だ。繰三も頷いている。微妙な反応なのは、やはり十香のみだ。

 

「シドー………」

 

「分かってるさ」

 

  不安げな声に、しかし士道先輩は力強く頷いた。何を心配する、十香。この人の言うことは、何時だって同じだろう?

 

  先輩と視線が重なる。それは十香のような不安からではなく───確認。

 

  俺は、歯を見せて笑みを返した。それだけで、言いたいことは伝わった。拳を握りしめ、我等が五河士道はここに宣言する。

 

「────さあ、俺達のデートを始めよう」

 

  俺達の視線が、余さず狂三に向かう。

 

  対するは、依然尽きない数百の分身を従えた、時を刻む悪夢・狂三。

 

  ───────だが、イレギュラーが、現れた。

 

「おいしそうなにおいがするよ?」

 

  ダンを床を踏み抜かんとするような勢いで着地した、新たな影。

 

  白い髪に白のドレス。翡翠の幼い瞳。

 

「ごはん、いっぱいたべる!」

 

  陶磁の肌を歓喜で朱に染めた─────噂に聞く惨殺精霊〈リリス〉が、その姿を現した…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

  恐ろしい。

 

  対峙することに恐怖を感じ、一度は逃げ出した相手、〈リリス〉。震える足を殴り付け、士道は己を留まらせる。

 

「ごはんが、ひとつ、ふたつ、みっつ………たくさん!!おかわりできるね!!」

 

  彼女は、自分達を人間とすら理解していない。いや、人間が『ごはん』にしか見えないのだろう。狂三の分身と、士道達を見回しているからには、恐らくこの場の誰の味方でもない。

 

「そちらはどうなっていやがります、隊長─────え!?突然逃げた!?今こっちにいやがります!─────そうです、早く応援に来やがれってんです!!」

 

  真那がどこかに連絡をしている。恐らく、AST本隊だろう。通信を切った真那は、肩のパーツを外して双剣を構える。

 

「応援が来るのは早くとも二十分後。こいつ、本隊相手に結構やんちゃしてくれたみてーです」

 

  纏う衣服を霊装に組み直した誠が、繰三と目配せした後、対峙する相手を変えた。

 

「俺と繰三で、狂三を押さえます。二人がかりなら、手数にも天使にも対抗出来るはずです」

 

「お任せ下さいましね」

 

  言うが早いか、二人は狂三の群れに突っ込んでいく。触手で絡めとり、繰三が分身を一体ずつ仕留めていく。取り敢えず、こちらは大丈夫だろう。

 

「よし………こっちは〈リリス〉を抑える!皆、頼む!!」

 

  士道が指示を出すと、残る四人が一斉に動いた。剣を手にした真那と十香が飛び出し、〈リリス〉に斬りかかる。

 

「行くぞ妹二号!突っ込むぞ!!」

 

「了解!てやぁぁああっ!!」

 

  誰も視界に入っていないかのようにぼうっとしていた〈リリス〉。二人の接近でようやく気付き、太刀筋を阻むように両手を掲げる。刃と手とが衝突し、車が事故を起こしたかのようなドンという音が響く。

 

「でったとあそんでくれるの?」

 

  開いた掌で剣を受け止めていた〈リリス〉は、二人の得物を握りしめて離さない。力負けしていたが、唐突に顔を仰け反らせて倒れ込む。

 

「狙撃がダメでも、この距離なら外さないもの!!こいつ(CCC)で泣かせてやるんだから!!」

 

  二人に続いて飛び出していた舞上が、狙撃用ライフルを接近して射つという暴挙に出た。しかし、援護としては有効だ。真那の指摘を意識して、突出し過ぎない為に舞上が考えた戦法だ。

 

「うぅあああああいたいよぉいだいよぉぉおおお!!あたまぶった!!ぶったぁ!!」

 

  上体を起こし、額を押さえて〈リリス〉は泣き喚く。しかし、その体は再び吹き飛び、安全防止柵に衝突して止まった。折紙の針の穴を通すような正確無比の狙撃が、舞上が当てた場所と同じ位置に弾丸を当てた。

 

「命中」

 

「お、折紙………殺さないように、な?」

 

「出来かねる」

 

  士道の言葉に答えつつ、一発、二発と更に追い討ちを掛ける折紙。〈リリス〉が叫ぶ隙すら与えない。

 

「容赦ねぇ!?」

 

  生身の士道を守るために敢えて後方に残った折紙だが、寧ろ狙撃手として生き生きとしていた。十香が若干引いている。

 

  〈リリス〉が沈黙した。まだ勝負あったとは思えないが、士道はちらと目を離し、誠達の戦いを見る。

 

  まず、分身体が既に残らず裸に剥かれて床に倒れていた。何となく干物の天日干しを連想した。

 

「ぱんつ返しますわ」

 

「感謝しますわ」

 

  下着を受け取り、一旦影に捌けた狂三が、清々したという顔で影から出直してくる。

 

「履きましたわね。では、仕切り直しですわ」

 

「ところで誠さんは何処ですの?」

 

  狂三の疑問も尤も。誠の姿が無い。

 

  と、狂三のスカートの中から、何かがにゅるりと顔を出す。

 

  触手だ。

 

「えっ」

 

「【整形(マセカー)】!!俺がぱんつだァ!!」

 

「ええええええええええ」

 

  エノキタケが成長する様子を早送りするVTRの如く、スカートの中からにょきにょきと生えてくる触手。

 

「ざまあみやがれですわオリジナル!!」

 

「イ"ヤ"ァァアアアアアアアーーー!!」

 

「繰三も仲良くやろうな」

 

「えっ?───んぁぁぁぁぁぁぁっあああっ!!」

 

  二人のクルミが触手の中に飲み込まれていった。地獄絵図がそこにあった。

 

  見なかったことにした。

 

  士道が〈リリス〉に視線を戻すと、動かないでいた彼女の身体が蠢動した。

 

「いたい………いたいよ………なんで?でったわるいことした?う、うぅあ………」

 

  額に手を当て、流れる血で掌を汚す。虚ろな目で、自分の手と士道達を交互に見つめ─────

 

「やだぁぁぁああっ!!おうちかえる!!でったおうちかえる!!かえりたい!!やだぁぁぁーーーーっ!!」

 

  それが何かを理解した途端に、大粒の涙を流して、泣き叫び出す。()()()()()()()()()()()()()

 

「こっ、これは!!」

 

「空間震が来る!!まずい!!」

 

  鳴り響く空間震警報。かなり遠方のスピーカーからのものと思われるサイレンも聞こえる。

 

  インカムから、令音の声が聞こえてくる。司令室の慌ただしい様子が、彼女の声に混じって漏れ聞こえてくる。

 

『シン、急いでその場を離れるんだ。かなり広域に渡る空間震だ。何とかシェルターに────』

 

「おうちかえるのぉぉぉおおっ!!かえるぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

  狂乱した声に気付いて意識を〈リリス〉に戻すと、真那や十香を突き飛ばして士道の眼前に迫っていた。折紙がライフルを構えるも、砲身を掴んで乱暴に放り投げる。銃ごと振り回された折紙は、勢いのあまり校庭に転落していく。

 

「あっ!?」

 

「うわっ!?」

 

  泣きながら走っていたためか、〈リリス〉は士道に気付かずにぶつかり、二人纏めて倒れてしまう。咄嗟に抱き止めるが、相手は士道の思いやりなどどこ吹く風。顔を上げるや否や、睨み付けてきた。

 

「なんでじゃまするの!?でったのじゃましたいの!?」

 

「い、いや、違うよ!!」

 

「いじわるなごはんさんはきらい!!きらい!!きらいなのーーーっ!!」

 

  士道に馬乗りになった状態で、〈リリス〉は右手を掲げる。腕から大量の金属針が現れ、それと同時に腕の部分だけ高速回転を始める。

 

「いいっ!?」

 

「ばかーーーっ!!」

 

  叫びと共に振り下ろされた腕を、自由が利かないながら、身を捩って間一髪で回避する。不快な音を立ててコンクリートを削り取り、太いミミズがのたくったような跡が床に残る。

 

「シドーから離れろ!!」

 

「いたぁ!?」

 

「兄様、こちらへ!!」

 

  十香が〈リリス〉を引き剥がし、パイルドライバーに近いフォームで床に叩きつける。解放された士道は、真那に随意領域で引っ張られる形で精霊と距離を取る。もし先の一撃を避けられなかったらと肝を冷やした士道だが、気付く。

 

  完全に、逃げる機会を失った。空間震が起こるまで、もう秒読みする程の時間しか無い。誠は触手の中で見えない。方法はともかく、狂三を押さえ付けるのに精一杯なのだろう。

 

「ごめん!!謝る!!だから止めてくれ!!頼む!!」

 

「ばかばかばかばかばかばかぁ!!」

 

  希望は尽きた。

 

  誠・繰三・狂三はともかく、十香や真那、折紙にもう一人のAST隊員。そして自分はもう、助からない。

 

「止めろぉぉおおおーーーーっ!!」

 

「あぅあああーーーーーーーっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と癇癪起こしてくれちゃって。親の顔が見てみたいわ、あるんならね」

 

  来禅高校の屋上に響く、幼くも凛とした声。

 

  士道の目の前には、可愛くも恐ろしい、目に入れても痛くない妹─────司令官・五河琴里が立っていた。

 

  そして。

 

  空間震が、来ない。

 

「知ってた?空間震はね。同じ規模の空間震同士をぶつけると無効化出来るの」

 

  不敵に笑う琴里に、〈リリス〉は敵意に満ちた視線を浴びせる。ぼろぼろと泣きながら、両腕から金属針を生やして戦闘体勢になっていた。

 

「きらい。きらい。でったおうちかえる!!みんなきらい!!」

 

「ええ、そうね。私もアンタみたいな癇癪持ちの子守りなんて、願い下げなんだけれど───────」

 

  その姿、艶やかにして激情を表すかのよう。紅蓮の焔を織り込んだかのような衣を纏う琴里は、余裕を湛えた笑みを浮かべる。

 

「教育的指導の時間よ。士道、()()()()()()()()()()。─────焦がせ、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

 

「えっ………?」

 

  呆気に取られる士道の眼前で、琴里が構えるは紅蓮の戦斧。則ち─────天使。

 

「さあ、私たちの戦争(デート)を、始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  この日。士道は妹の新たな真実をその目に焼き付け───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ、司令………。ああ、そうか、そうかよ。そう、だったのかよ………………!!」

 

 

  ──────色無誠に、三つの事実を突き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一つ。色無誠は、五河琴里に、惚れ込んでいたのではなく、()()()()()ということ。

 

 

 

  二つ。色無誠の本質は、女性ではなく男性であったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  三つ。色無誠の初恋は、()()()()()()()()()…………ということ。

 

 

 




ああ、一万文字越えずに済んだ。

ところで、ここまでが誠にとってのプロローグだったと気づいてた方、いらっしゃるのでしょうか。きっといるはず。

おう。このためにシリアスもありで書いてたんだ。愉悦部員は耐え忍ぶことすらしてみせよう、愉悦のために!!


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