すまない、繰三が尺を持っていってしまった(責任転嫁)
エロスは、待ってくれ。多分次こそ出せます。許してください、何とかしますから。
あ、次回やっと三章最終話。
あと一つ質問です。
──────別に、一万文字書いてしまっても構わんのだろう?
狂三の凄惨な死。それが士道に与えた衝撃は、大きかった。琴里も、不安を拭い去れない。
帰宅した士道に、明日狂三と会ったら今日のデートの話題を出すこと、と忠告した際に、士道は明らかにいつもと違う目で、
「そうだな………。精霊は、封印しなくちゃな………」
と返した。士道の中で、『精霊を救いたい』気持ちが、『精霊を封印しなければ』という使命感・危機感に呑まれてしまっている。士道の熱い『救いたい』思いが無ければ、精霊の心は揺れない。封印は叶わない。にも関わらず、士道の中に恐れが芽生えてしまった。
しかし、気持ちも分からないでもない。十香。四糸乃。士道の攻略した二人は、よく言えば純粋………悪く言えば
ぬるま湯に浸かっていた士道を打ちのめした、『純粋な悪意』の塊。狂三を喰らった精霊────識別名〈リリス〉は、士道には、早すぎた。
けれど、精霊は待ってくれない。いや、救いが訪れる日を
兄に、優しい言葉一つ掛けられない。
人を助けるために司令官と呼ばれるまでになった琴里は─────今は、その肩書きを呪った。
士道に元気が無い。十香は気付いていた。
十香は頑張った、と自分で思っていた。スタンプラリーを無事制覇し、愛らしいペンギンのぬいぐるみを誠達より先に手に入れた。勝利を称えられ、鼻高々で士道の元に凱旋したが、士道の反応はどこかぎこちない。スタンプ探しの疲労かとも思ったが、明らかに何か無理をしていた。
帰宅した今もリビングで、何をするでもなく、ただソファに座って俯いている。
十香が見たいのは、そんな士道ではない。いつもの優しい笑顔が見たい。そんな顔をして欲しくない。何かに苦しむ士道の、力になりたい。
意を決した十香は、ぬいぐるみを掴んで士道に向かっていった。
「………………何してるんだ十香」
士道が人の気配に気付いて顔を上げると、十香がいた。何故か、自分の顔をぬいぐるみで隠して。
「十香ではない。私はペンギンのぺんたろう。悩める少年、一つこのぺんたろうにどんと話してみるといい」
「いや、十香………」
「ぺんたろうだばーかばーか」
よしのんの真似か何かだろうか。十香なりに、士道を励まそうとしているのだ、と察した。それほどに、自分は疲弊し
ていたのか。士道は苦笑した。
「ありがとう十香。でも、俺は大丈夫だ」
「……………むう。シドー、嘘を吐いても分かるぞ。シドーは今、いつものシドーではない。そのくらい、私でも分かる」
笑ってごまかそうとするが、十香はそれでは納得しなかった。顔の前からぬいぐるみを退けて、士道に抗議の視線を向ける。分かっているぞ、と。
そして、その視線は、寂しげなものに変わる。
「シドー………私では頼りにならないか?シドーの悩みを聞いてやれないか?」
「十香………。」
「シドーは私を助けてくれた。それだけでも、返しきれない恩がある。だが、シドーといると、私は毎日が楽しい。私は、シドーから貰ってばかりだ。少しくらい、私からも返させて欲しい」
「…………っ」
そっと、十香は士道の後ろに回って抱き付いた。突然の行為に、士道の頬が赤く熱を持つ。
「な、何してるんだ?」
「『お母様といっしょ』でやっていた。こうすると落ち着くらしい。………どうだ?話す気になったか?」
子供扱いされた気分だが、少なからずホッとする温もりがあるのも事実。士道は、自分が折れることを決めた。
「………………気を悪くするなよ?」
「任せておけ」
「………狂三が、他の精霊に殺された現場
に出くわして………。俺、その精霊を………いや、精霊のことが、怖い、って思ってしまったんだ………」
十香が思った以上に、深刻だった。このままだと、士道が何処かに行ってしまう気がした。自然と、士道を抱く力が強くなる。
「私も、怖いか………?」
「いや…………でも、思い返せば、俺は誠の別人格と会った時も、狂三が蘇った時も………怖かった」
「………シドー。私も、そうなっていたかも、知れない。シドーが助けてくれたのだ。もし、シドーと出逢えずに、あのまま名無しでいたら………私も、見るもの全てに殺意を抱いていたかもしれない」
「…………。」
「シドー。もう一方の人格の誠を見た時、私も怖かった。しかし………同時に、可哀想にも思った」
十香の言葉に、士道は驚いた。恐怖ばかりが先行して、思いやりを失っていたと気付いたからだ。
「もう一方の誠は…………私にとってのシドーのような、止めてくれる誰かが居なかったのではないか?と、私は思う」
「………確かに………」
思い返せば、《私》の誠は子供そのものだった。自分の好きなもののみを欲し、口を出されると文句を言う。叱られようものなら、嫌いと言う。甘えん坊で利かん坊、玩具を買って貰えず拗ねる駄々っ子だ。
いつか、誠が言っていた。
精霊は
確かに、その通りだ。
「……………十香、ありがとう。今度こそ、大丈夫だ」
吹っ切れた士道の笑顔に、もう曇りは無い。士道は大切なものを思い出した。
『精霊を救いたい』、純粋な思い。
「おお、シドーが帰ってきた!」
ぱぁと十香に咲く、笑顔の花。士道が守りたかったのは、
「やってみせる。俺はすべての精霊をデレさせる────あの誠だって、きっと!」
「うむ。シドー!私の同胞を、きっと救ってやってくれ!」
「おう!」
「だが、キスは駄目だぞ。シドー、キスは私とだけだぞ」
「お、おう………」
士道が再び苦笑いを浮かべる。キスをしなければ、その約束は出来ないのだが。我ながらふざけた世界の救い方だ。
と、不意に、ころころと音がした。背中側から…………つまり、十香からだ。
「………シドー。まずは私から助けてくれ」
赤く染まった顔を、恥ずかしそうに背ける十香。時刻は七時半。とっくに夕飯時になっていた。
◇
狂三とのデートの、翌日。午前中の授業を終えた士道は、高校の屋上に来ていた。落下防止柵に寄りかかり、肘を突いて空を暫し眺める。
流れる雲を見つめ────覚悟を決めた士道は、スマートフォンを取りだし、電話を掛ける。
『はぁい先輩!あなたの可愛い後輩・色無誠がスピーキング!ですよーー』
「自分で言うなよ………」
『いや、実際の所、俺の見た目ってK点超えしてると思うんですよね』
「知らんわ」
相手は、誠だ。昨日一晩考えて、考えて………そして、話がしたかった。すると決めていた。
『ところで先輩、今日は何のご用?まだ学校ですよね?────まさか俺の声が聞きたくなったなんていうラブコメイベントでは!?』
「ないです」
『ウッソだろお前………じゃあ何です?』
「誠。お前じゃない、
『………………!?』
風が強い。空を流れる雲を千切り、士道の髪を靡かせる。電話越しの沈黙が、風の音を強めている、そんな気がした。
「聞いてるんだろ。出てこいよ」
『…………先輩、何すかそれ。イタズラなら
切りますよ?』
「本気だ。お前、二重人格なのには気付いてるか?」
『……………
─────変わった。士道に緊張が走る。
『お久しぶり、センパイ。私に宣戦布告って────何考えてんの?何したいの?』
電話越しの、敵意。明らかな不機嫌。しかし、士道はもう退かない。退けないし、その気もない。
「誠、覚えておけ。俺は、必ずお前をデレさせる。絶対にな」
『何かと思えば。ハッ、男が?私を?センパイって冗談のセンス無い?』
「本気だ。俺は、
啖呵を切った士道の耳に、息を呑む小さな音が聞こえてきた。
『────センパイ、ホントに昨日のセンパイと同じ?昨日尻尾巻いて逃げた、あのセンパイと?』
その困惑を、士道は逃さない。昨日のことを知っている。何処かで見ていたかとも思うが、あの場に《俺》と名乗る誠は居なかった。ならば─────
「やっぱり、昨日の精霊はお前か」
『──────あは。センパイって、面白いね。いいよ、決めたよ。
「やってみろ。その前に、俺はお前をデレさせる」
『アハハハハ!!調子に乗るなよ人間。まあでも、
「そりゃどうも」
何だか知らないが、協力を得られる可能性があるらしい。予期せぬ収穫はあったが、これで士道は《私》に意識されるようになった。接触の機会も増えるだろう。
「もう言いたいことは無い。戻ってくれていい」
『あっそう。じゃあ私も無いし、《俺》に返すから。─────
途端に口調が変化し、張り詰めていた緊張が霧散する。確かに戻ったようだ。ついでに言えば、変化した前後の記憶も曖昧になっているようだ。何の話題か忘れている。
「いや、話は付いた。悪いな、突然電話して」
『………???何か話、しました?まあ、士道先輩がいいなら、いいんですが………ではまた』
通話が切れる。士道は一人、胸を撫で下ろした。これで後には退けないが、寧ろ清々しい。もう迷わない。スマートフォンを仕舞うと、士道は屋上を後にした。
教室に戻る士道の姿を見つめる影が、一つあった。
「みみみ」
繰三だ。一人静かに、飴を舐めていた。
「みーみみーー。みー」
誰かに語り掛けるように静かに鳴き………流れる雲を見上げていた。それは
風がカサカサ、と誰かの忘れていったビニール袋を拐う。昼休みが終わる予鈴が鳴った。繰三もちょこちょこと教室に戻っていく。
きっと次の時間も、十香が繰三を待っている。
──────けれど、もう
◇
放課後。
狂三に呼び出されていた士道は、令音との簡単な打ち合わせを終え、屋上に向かおうとしていた。
呼吸を整え、十香との約束を思い出す。今も、怖いという気持ちはある。だが、士道にはそれ以上に、精霊を救いたいという気持ちを維持していた。
「………よし」
『行けるかい、シン』
「はい。行きます。行って狂三を、デレさせてみせます」
『気負いすぎないようにするんだ。………とは言ったが、今の君の精神はとても落ち着いている。心配は無用だったかな?』
「いえ。緊張はしているので、助かります」
覚悟は出来た。後は、飛び込むだけ。屋上に向かおうとしたその足に、何かの重みが加わった。
「ん?」
それは、繰三だった。爪先からズボンを掴んで士道の身体をよじ登り、胸ポケットに潜り込む。
「るみー」
ひょいとポケットから顔を出し、繰三はニコニコと笑っている。まるで、一緒に行くと言っているようだ。
「繰三?遊びに行くんじゃないぞ?」
「みみみ、ざふきえる。くーるーみー!」
「や、何言ってるかサッパリ分からないんだけど」
意思疏通が出来ないので、仕方無くそのまま歩き出そうとする。
──────その時。突如として辺りが暗くなったかと思うと、回りにいた生徒達が呻き声を上げて次々と倒れ出す。部活動の音もぴたりと止み、立っているのは士道だけ。
静寂が、訪れた。
「何だ!?何だこれ!?」
『来禅高校を中心に、巨大な霊波反応が観測された。何か影のようなものが、範囲内の人間を衰弱させているようだ。十中八九、狂三だろうね』
「何だって!?早く止めさせないと………!!」
士道が駆け出そうとした時、ちょんちょんと肩をつつかれた。思わず振り返ろうとして─────誰だ?と踏みとどまった。今しがた、自分の回りにいた人間が残らず倒れたばかり。なのに、急に人が現れるなんて………………。
一瞬とも何分間とも思える思案の中で、ふと士道は気付いた。
「くふふ……………士道さん、そんなに警戒されると、わたくしちょっぴり寂しいですわよ?」
背後の声に確信を抱き、士道は振り返る。
黒いドレスに、白のリボン。赤い右目と金色の左目。左右不揃いのツインテール。色違いの時崎狂三─────
「繰三、お前大きくなれたのか!?」
「いいえ、偶々ですの。恐らく、一時的なものでしょうね。この『時食みの城』………
繰三は、久々の自分の身体を試すように、伸びをし、その場でターンを決め、と動き回る。明らかに楽しげだったが、士道としては気が気でない。
「食事!?みんな喰われてるのか!?止めなきゃマズイ!!そうだ、十香!!十香は無事か!?」
「そう慌てずに………。わたくしがいれば、それは大丈夫ですのよ」
「え?」
さらりと繰三が言ってのけ、焦ってばかりだった士道は素頓狂な声を出してしまう。
「既に、わたくしの影で中和していますの。わたくしにとっても、十香はお友達────美味しく召し上がられてはたまりませんもの。ね?」
ぱちん、と右目でウィンクしてみせる。繰三はどうやら、力を貸してくれるらしい。当座の問題が解決された士道は深い息を吐くと、気付けの為に両頬を叩いた。
「よし。繰三、一緒に来てくれるか?」
「くふふ、
力強く頷くと、差し出された繰三の手を取り、士道は階段に向けて駆け出した。
「行くぞ繰三!!目指すは屋上だ!!」
「デートスポットとしては上出来ですわね。流石は
息を荒くしながら、士道は屋上に足を踏み入れた。続く繰三は、余裕だと言わんばかりにくるくるとターンを決めている。
二人を待ち受けるのは、影の中央に立つ狂三。どこか不機嫌そうな様子だ。
「狂三。来たぞ」
「あら、士道さん。デートに彼女以外の女の子を─────それも、わたくしの
「あら、あらあら。くふふっ、嫉妬深い
睨む狂三を、繰三が嘲る。彼女の影から黒い棒状のものが突き出し、それを両手で握って引き抜く。
「
全貌が顕になったそれは、時計の長針と短針を模した一対の
その横で、士道だけが状況を理解しかねていた。
「イミテーションってどういうことだ?」
「士道さん、ご存知ありませんでしたの?あれは狂三の分身。これまで士道さんとデートを重ねてきたのも、この消耗品ですわ」
「なっ…………!?」
「その通り、ですわ」
目の前の狂三が影の中に沈んでいき、入れ代わるように狂三が現れる。見た目は士道には、何一つ変わらないように思えた。しかし、繰三が口角をニイィと吊り上げて笑みの形にしたので、どうやら本物らしい。
「ネタばらしが過ぎますわよ、わたくし」
「誠さんへネタバレ対策をしなかったのが悪いんですのよ、わたくし」
「お の れ 誠 さ ん」
ほぼ同じ姿、同じ声の二人が語り合う、異様な光景。士道は一つ、気になることがあった。
「狂三。聞かせてくれ、お前は分身について………どう思ってるんだ?」
「どう、とは?」
質問の意図を察しかねた狂三は、やや食い気味に尋ね返す。一方で繰三は思うところがあったようで、士道にちらと視線を遣る。
「自分と同じ姿の分身が傷ついても、殺されても…………辛く、無いのか?」
「なぁんだ、そんな事ですの?まあ、余り気分の良いものではありませんが、消耗品ですもの」
「
「その通りですわ。あれは
「なら、尚更だ!!分身だなんて関係無い!時崎狂三に変わりは無いだろ!!自分を蔑ろにするようなこと、言うなよ!!」
これだけは言いたかった。喉が裂けそうな程に叫ぶ。狂三は壊れてしまっている。もっと、自分を愛して欲しい。絶えず自分を否定するようなことは、止めて欲しい。
「狂三、俺は─────」
「─────そこまでですわ、士道さん。その言葉は
大きく一歩踏み出し、言葉を継ごうとした士道を、繰三が遮る。静かに、しかしハッキリと。その様子に、狂三は壊れた笑みを見せる。
「分かっているではありませんの。情熱的な言葉は好きですけれど、
長短二挺の銃が、狂三の手に現れる。
「退きなさい。あなたもまた
不敵に笑う狂三の黄金の目が、日光を受けて怪しく輝く。
「丁重にお断り致しますわ。
双剣を構えた繰三の姿は、細部は異なれど、まさに狂三の鏡写し。
士道を挟んで、時の精霊は対峙する。
「〈
「〈
顕現する、針の無い時計の文字盤が二つ。士道は巻き込まれまいと慌ててその場を離れる。少年が動いたことで、二人の"クルミ"の目線が交わり重なりあい──────
「お行きなさい、わたくしたち!!」
影から現れた無数の狂三が、影を揃いの銃へと番え、
「〈刻々偽帝〉───【
文字盤の数、一つ一つの前に出現した十二人の繰三が、弾丸の如き速度で風を切って飛ぶ。
「時を手繰るなら、わたくしが勝る!!」
「時を狂わすなら、わたくしが討つ!!」
士道が決して望まない────
繰三、でかくなるの巻。
やったね誠、エロ要員(調教済み)が帰ってきたよ!
なお今後ともちび繰三は出てきますのでご安心を。
※精霊識別名を〈グラトニー〉から〈リリス〉に統一しました。申し訳ありません。