難産。一部やっつけ感?ダメ出しもお待ちしてます。
そして紳士諸君。
お ま た せ 。
鳶一折紙は、困惑した。
色無誠が来禅高校に、それも折紙と同じ教室にやって来たことは、百歩譲ろう。寧ろ、時崎狂三が居る今は、思想の相反する彼が居ることに不都合はない。
本来高校一年であるはずの彼が、授業に付いていけていることも、五十歩譲ろう。公園を訪れるとよく本を読んでいたので、それだけ知識を得ているのだろう。子供相手の読み聞かせを通して、度胸も付いていると見た。
先日現れた新種の精霊と誠との関係は………ひとまず置いておく。そんなことより、今は気になることがある。
「なるほど、さっぱりわからん。ぐむむ」
「みー。くるみみみ」
「おお、そういうことか。繰三は凄い奴だな」
「ざふきえる!」
隣の席の恋人、五河士道を挟んでその隣。日本史の資料集相手ににらめっこする夜刀神十香が、手のひらサイズの珍妙な生物と会話しているのだ。所々違いはあれど、どう見ても霊装姿の時崎狂三そのもの。全くもって意味が分からない。
しかも先程から見る限り、謎の鳴き声を苦もなく理解し、授業の疑問を小さな狂三に聞いている。
「もう、訳が分からない………」
士道も、誠と小さな狂三を交互に見遣っては溜め息を吐いている。士道の彼女として今すぐに席をくっ付け、疲れた彼氏を癒したい所だが、今は授業中。成績に問題が出れば二人の今後に関わるので自重する。
時崎狂三───等身大の方───に、動きは見られない。気にも留めていないのか………はたまた想定通りなのか。
誠に問い質す必要がある。いや、それだけでは足りない。
「───それで、北条政子の鶴の一声で、幕府方の結束が高まったんですよぉ~」
「なるほど、ダイナミックかかあ天下。いや、女性に顎で使われた当時の武士はマゾだった可能性が………」
「な、無いんじゃないかなぁ~!?先生はそう思いま~す!」
今はただ、問題児にもきちんと反応する岡峰教諭に、心の中で称賛を送る折紙だった。
◇
結局ホームルームまでずっと居座ってしまった。岡峰先生には、明日菓子折持ってこう。ご迷惑をおかけしました。また有り金が飛ぶよ!やったね!おいやめろ(切実)。
さて諸君(誰に向けての発言か不明)。学校が終わったということは、今から部活動の時間な訳ですよ。つまりだ………新鮮な女子高生が玉肌を汗に濡らす時間という訳だァ。更に言えば、繰三は十香に気に入られたので、一緒に帰るらしい。オフコース!つまり俺は今フリーダム!こいつを逃す色無誠ではない。
ヒャア我慢できねぇ!覗きだぁ!
「色無誠」
──────肩にポンと置かれる手。抑揚のない声。
「ハイすいませんでした!!」
悪巧みがバレたと思った俺は、相手が誰かも確認せずに、椅子から倒れ落ちるような流れる動作で床土下座を決める。芸術点下さい。
「何のための土下座?」
「ん?折紙先輩?ああビックリした、覗きを計画してたのがバレたのかと」
「覗き?」
「あっ」
「………………………………。」
絶対零度の視線が俺を串刺しにする。ヌワー!!折紙先輩が対士道先輩限定の変態なの忘れてた!!あれは養豚場の豚を見る目だァーー!!ヌワー!!怒られる!
「──────きて」
「アッハイ」
ああん、先輩に呼び出し食らっちゃった。これは告白かカツアゲか手込めか。答え③を希望します。と考えてるうちに折紙先輩が俊足の歩きで視界から消え去ろうとしている。速すぎィ!?競歩の選手か!?陸自の隊員だよ!!
階段を全く変わらぬペースでスタスタと上がっていく折紙先輩が止まったのは、屋上。何故その速度で息が上がらないのか。
「ぬわぁああん疲れたもぉおおん!!」
「そう」
落下防止柵に片手を突く先輩、にべもなくスルー。ちくせう。ちょっとへこむぜ。
「士道先輩なら乗ってくれるんだけどなぁ………で、何ですか先輩。ここでお説教ですか?」
「違う」
折紙先輩は静かに、しかしハッキリと告げ…………………スカートで隠していたホルスターから、ゆっくりと拳銃を引き抜いた。
「質問に答えて」
銃口が俺に向いている。携行火器で仕留められる精霊ではない。しかし折紙先輩は、俺をこの場で倒すつもりで武器を抜いたのではないだろう。
俺は今、絶縁状を突き付けられている。
「………分かりました」
無意味と思うが、両手を上げて素直に応じる姿勢を見せる。こうなった理由は分からないが、折紙先輩を無用に刺激したくない。
「昨日、未確認の精霊が現れ、士道の家を襲った。知っていた?」
「初耳です」
寝てたから当然知らない。
「昨日は何をしていた?」
「丸一日寝てました。起きたら士道先輩の家でした」
折紙先輩の目が鋭くなる。そりゃ信頼しろっても無茶だけどさ、事実なんですよ。
「信用出来ない」
「しかし、他に何と言えば………ああ!あの小さい狂三を治療した結果、疲労で倒れてたって言えばどうです?」
ピクリと先輩の眉が動く。どうやら興味を示してくれたようだ、助かる。流石にさっきよりかまともな返答だったからな。言葉を選ぶ必要はあるが、まだ説得の余地はありそうだ。
「説明して」
「はい。一昨日、俺は狂三に決闘を申し込まれました。俺は応じましたが、乱入してきた真那とかいうAST隊員に狂三が刺されて瀕死になったので、俺が治療しました。縮んだ理由は分かりません」
「狂三との関係は」
「顔見知りの敵────でした。今はマスコットになってますけど」
暫し、沈黙が流れる。繰三を助けたのって、実は悪手?いやいや、人助けに善し悪しも何もあるもんか。
思案を終えた先輩が、再び問うてくる。
「狂三の能力は、知っている?」
「全貌は分かりませんが、分身を作り出す能力があるのは確かです」
「──────ッ!!確かに、辻褄は合う………………!!」
おお、先輩の目が開かれるの久しぶりに見た。余程衝撃だったと見える。俺の時は狂三が自分で吐いてくれたから何にも驚かなかったけど。
一瞬銃の構えが緩んだが、直ぐにもとに戻る。まだ、許してもらえてないらしい。結構情報出したんだけどなぁ。
よし、逆にこっちから聞こう。
「折紙先輩。俺は昨日一日の記憶はありません。先輩が銃を向ける程の何かを俺がしたなら、教えて下さい」
「──────わかった」
暫しの躊躇の後、先輩は教えてくれた。警戒が多少和らいでる感じがする。有用な情報を渡したからだろう。
「昨日、未確認の精霊が士道を襲ったと言った。その精霊が、あなたの魔力を吸収する力を使った。昨日の精霊があなたなのか、別人か。これがわからない」
ええ………ネタ被りはダメでしょ………。でも、確かに疑われても仕方無い。俺自身にも説明が出来ないしな。
「んー………魔力の吸収能力は、いつも使える訳じゃないんです。たまに
「誰かから借りたみたい?」
「はい。狂三の治療を通して〈
「そう」
先輩はそれを最後に銃を収める。本気で納得してくれたとは思えないが………俺からこれ以上答えは出ないと判断したんだろうか。それとも、俺を信じてくれたのだろうか。
何にせよ、折紙先輩に何かしないとダメな時期が来たなぁ。打算的な付き合いはしたくないんだけど、立場ってもんがある。
俺は今〈ラタトスク機関〉側に付いてる。けど、その上で折紙先輩とも仲良くしたいとなると………どうすりゃいいんだ?
これから先のことを考え、頭を掻いていると、折紙先輩がさっきまでよりずっと接近してきた。
「誠。付いてきて欲しい所がある」
「はあ。どこへ?」
「
「─────────え"?」
あの、折紙先輩?
そこ、司令から聞いたんですけど、
──────もしかしなくても、ASTの基地ですよねェ!?
◇
「色無誠に隊員の治療をさせる?」
「はい。彼ならば可能かと」
天宮駐屯地に着くなり、折紙先輩は迷わず上官のいた格納庫へ出頭した。俺は他の隊員の好奇の視線に晒されながら、少し離れて二人のやり取りを見守っている。
「お久しぶり、でいやがります」
「ん?ああ、真那だっけ?」
生あくびをして暇そうにしていると、ポニーテールに泣き黒子の少女………真那(苗字を知らない)が話し掛けてきた。
「私から奪った狂三の死体とは、仲良くやっていやがりますか?」
「よせやい。流石に
皮肉をスルーして繰三のことを伝えたら、ポカンとされた。何だ、お前もか。因縁がある感じだったから知ってるのかと思ったら、違うんかい。
「本体?何のことを言っていやがりますか?」
「ありゃ分身だよ。本人のコピー。どっかにオリジナルがいるんだとさ」
「な、何とぉっ!?道理で殺しても殺しても死にやがらねー訳です。自分の手を汚さずにいたって訳でいやがりますか!」
何だか分かんないけど、お疲れさん。文句言ってるわりにスッキリした顔になってるじゃないか。良かったね。
途端に元気になった真那が、左手で肩を押さえてぐりぐり腕を回し出す。テンションが急激に上がっているな、この子。明らかにスポーツ女子だ。
「ふ、ふふふ………狂三、首を洗って待ってきやがれってんです!あーー!何だか身体を動かしたくなってきやがりました!色無誠!鳶一一曹はまだ時間かかるようでいやがりますし、私と模擬戦に付き合いやがりませ!」
「えっ、何それは(困惑)」
「私に勝てたら、食堂で夕食奢るのもやぶさかでねーです」
「乗った」
条件反射でオッケー出した。これでまともな食事にありつける(切実)。よだれを手の甲で拭っていると、獲物を見付けた野獣のような視線を感じた。
「ふっふっふ、あめーですよ。私が勝ったら、ASTのお抱え精霊になりやがれってんです!!たまに私とDEMにも行くんで覚悟しやがれってんです!」
「嵌めたな!?俺のメリットスゲェ少ねぇ!?いいよ、来いよ!飯に賭けて飯に!!」
にわかにざわめき出す格納庫内。精霊との模擬戦という稀代のイベントに、隊員達が驚き騒ぐ。中には走って格納庫を後にする者も。見せ物じゃないんですがねぇ………。
「皆さん、心配しやがる必要はねーですよ。CR-ユニットを使える隊員なら強制参加可能にしやがります!」
『止めてくれよ(悲嘆)』
『真那さんやめちくりーーー!!』
『オナシャス!!センセンシャル!!』
真那の一声で、ざわめきが一転して阿鼻叫喚の地獄絵図に。そんなにヤル気出さなくていいから(良心)。
「そうと決まればパパパッとやって終わりでいやがります!さあ皆さん、演習場へ!!遅れるんじゃねーですよ!!」
彼等の嘆きは真那には届かず。世紀の対戦は、案外軽いノリで始まってしまった。
◇
廃墟のような構造物が乱立する、演習場。精霊との戦闘を想定し、市街戦が意識されている。
雑居ビルを模したコンクリートの建築物の中に、真那はいた。荒い呼吸音が、誰もいない部屋に響く。模擬戦だというのに、心踊る緊張感がある。壁に寄り掛かって息を整えつつ、真那は作戦を練る。
既にAST隊員の大半は戦闘続行不能。幾ら真那が配属初日に軽く捻ったとは言え、精鋭には間違いない。それを秒殺可能にするのは、誠の触手。圧倒的な手数と、狙った相手を逃さない柔軟かつ迅速な挙動。誠自身が動かなくとも、人間を圧倒する。
「まさに対人精霊。実際に敵に回したくはねーですね………」
ASTとしては既に何度か交戦しているが、いずれも酷い有り様だ。真那が入っても、恐らく真那と隊長の日下部燎子、折紙、それと運のよい隊員が僅かに残るのみだろう。
「わあぁぁっ!?いやぁぁぁ─────」
近くから悲鳴がした。また一人、隊員が捕まったようだ。流石に一対一で誠と勝負するには骨が折れる。勝率を上げるには人手が要ると判断し、真那は残ったメンバーを集めるべく廃墟を後にした。
しばらく随意領域を広域展開して低空飛行していると、物陰に隠れていた女性隊員を見付けた。彼女も真那に気付き、周囲を警戒しつつ近付いてくる。真那の記憶が正しければ───。
「よく無事でいやがりましたね、舞上二曹。てっきり開始早々にヤられたかと」
「止してください三尉。これでも毎日吐きそうな程鎮静剤飲んでるんです」
─────
相棒にするには折紙程安心出来ないが、この状況下では悪くはない。薬の為に落ち着いているので、普段以上の働きが出来るだろう。
「三尉が居るなら心強い。援護します」
「元よりそのつもりでいやがります。ところで、他の隊員はいねーですか?」
並んで飛行しつつ状況を問うと、舞上はあまり浮かない顔をした。
「四人で行動していたのですが、今しがた私以外はやられました。恐らく、我々しか残っていないかと」
ふむ、と真那は小さく唸った。これ以上隊員を探しても、時間の無駄。早いところ誠を叩いて降参させたい。仕方がない、二人でやるしかない─────
「はっ!?三尉、危ない!!」
突如舞上が随意領域に拒絶の斥力を加える。至近距離の真那を弾き飛ばすには十分だった。背後の建築物に押し込まれた真那は、体勢を整えつつ顔を上げた。
「嫌ぁぁぁぁぁあああぁぁっ!!」
そこには、夥しい量の触手に全身を絡め捕られた舞上が、正面のビルに引きずり込まれる光景が広がっていた。
「二曹!このおっ!!」
真那は両肩のパーツを起動させ、双剣に変えて触手に振るう。切り落とした触手が水になり、辺り一面が雨でも降ったかのように濡れていく。
しかし、幾ら切っても随意領域で弾き飛ばしても一掃出来ず、とうとう舞上はビルに消えた。ここまで来ればやるしかない。覚悟を決めた真那は、後を追う。
「邪魔!!あっちいきやがれってんです!!」
群がる触手を薙ぎ倒し、突き進む。これまでの相手とは違う事を察したか、触手の密度が増した。小さく舌打ちし、真那は肩からの光線で包囲網に穴を開け、突破する。
三度触手の群れをいなし、真那は遂に誠の姿を捉える。舞上を触手で撫で回しつつ、品定めするように見つめている。捕まった舞上は、既に恍惚の表情で痙攣していた。
「見つけた!観念しやがりませってんです、色無誠ッ!!」
「うおっ!?おいおい、目がマジじゃねーか!!模擬戦だよな!?」
「今全力を出せねーのに実戦ならやれる、なんてあめーことほざく真那じゃねーです!!」
真那の気迫に圧された誠がたじろぐ。その隙を逃す真那ではない。左手の剣を投げつけ、怯ませてから一気に間合いを詰める。
次の瞬間、真那は誠の首筋に
「私の勝ち、でいやがります!」
勝ち誇る真那。しかし、誠は右手の人差し指をそっと自分の唇に当てた。
「真那はせっかち。
そして、誠が弾けた。真那の視界を水が包む。
「うわっ!?──────うっ!?」
手足が締め上げられる感覚。CR-ユニットを強制的に外される。触手で縛られ抵抗出来ない状態にされ、真那は床に転がされた。
「く、ぐ………」
「おう、真那。そんじゃそこの前髪カチューシャと仲良くやっててくれ。俺、まだ残ってるのがいないか見てくるから」
そう言うと、誠は窓から飛び降りて去ってしまった。残されたのは、縛られた真那と、解放された舞上。敗けを認めたくない真那は、上の空の舞上に向かって叫ぶ。
「二曹!舞上二曹!!しっかりしやがりませ!」
「…………たか、みや………三尉?」
虚ろな舞上が、ゆっくりと真那に顔を向けた。真那はそれにほっとする。二曹に触手を解いて貰えれば、まだ闘える。本気でそう思っていた。
が。
「えへへ………さんいぃ~~……」
ずるずると床を這って舞上が真那に近寄り、馬乗りになる。真那の首筋に、嫌な汗が伝った。
「ごめんなさい三尉、そ、その、スーツの中の触手が、三尉に取り付けって暴れて暴れて耐えられないんですぅ………不可抗力なんですぅううっ!!」
「ち、ちょっと、二曹!?ひいっ!?」
舞上のスーツの隙間から、細い触手がうねうねと生えてくる。真那が身を捩っても、マウントポジションを取られているため動けない。
そうこうしているうちに、舞上が真那に倒れかかってきた。背中に手を回して抱き付かれ、完全に脱出する術を失ってしまう。
「わ、私と三尉が触手で繋がれちゃう………でも、でも仕方無いですぅ!不可抗力、不可抗力なんです!!ダメぇ、言うこと聞きますからぁ、聞いたじゃないですかぁぁぁあああっ!!」
「二曹を病院に入れなかったのはどこの誰でいやがりますかぁぁぁ!!必ずシバいてやりやがります!!うわっ!?嫌あっ!?兄様ぁぁああああーーーーーっ!!」
演習場の片隅で、艶を帯びた悲鳴が上がった。
尚、模擬戦の後に、真那と舞上が仲良さげに会話する姿が見られるようになったが────その関係を邪推する者が、いたとか、いないとか。
まさかの前髪カチューシャ命名の巻。
名有りのモブ扱いですけどね。
尚、お分かりとは思いますが………舞上勝兎の名前は語呂で考えました。前髪カチューシャ、まえがみかちゅーしゃ、まいがみかちうさ、舞上勝兎。