麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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5.『宮永咲は告白する』

「ひっく……京ちゃん……私……うぇぇ……!」

 

「おーよしよし。でも、これが普通だからなー」

 

 アカウントを作って、ささっと三半荘。咲が打ってみた結果、彼女は泣いた。

 

 もう麻雀を辞めたいと思うまである。

 

「嶺上開花もできないし思っているのと違う牌が来るし意味わからないよぉ……!」

 

「俺には咲が言っている次元が理解できないけどおーよしよし。慰めてやろう」

 

 ボコボコにされた咲の頭を撫でる京太郎。咲も抱きついて甘える。

 

「咲は俺がいないとダメだなぁ」

 

「…………違うもん」

 

 と言いつつも鼻に通る京太郎独特の匂いに高鳴る鼓動も、荒んでいた気持ちもなだらかに平常へと移り行く。

 

 その状態がしばらく続いて彼女は落ち着きを取り戻した。

 

「……ありがとう京ちゃん。もう大丈夫だよ……」

 

「お、そうか? なんか今日の咲は変だからな。もう少しかかると思った」

 

「そ、そんなことないよ?」

 

 核心を突かれた咲はもろに動揺する。確かに本日の咲はおかしい。

 

 未来を知ってしまって変に所々の行動に意識が入りすぎているのが原因だろう。

 

 長年隣にいた京太郎がそれに気づかない訳がなかった。

 

「嘘つけ。俺は咲に関してわからないことはないからな」

 

「……京ちゃん。……すごくそれ恥ずかしい……」

 

「ば、ばかっ! そういう意味じゃねぇよ! ただ悩みとかあるなら俺に相談しろってこと」

 

「……悩みとかはないよ? ただ……」

 

 その途中で口を閉じる咲。うつむいて続きは出てきそうにない。

 

 それがもどかしい京太郎は片膝をついて彼女に視線を合わせて逃さない。

 

 三年も付き添ってきたからこそ、こういった妥協はしたくなかった。

 

「……うぅ……」

 

 咲もそれがわかっている。

 

 だけど、言いたくないこともあれば、言えない事情もある。

 

 なかなか吐かない咲に我慢の限界がきた京太郎は強硬手段に出た。

 

「聞き分けの悪い奴には……」

 

「きょ、京ちゃん?」

 

「こうだー!!」

 

「ひゃんっ!?」

 

 伸ばされた両手が咲の脇腹をつかむ。優しくかきたてるように指が動かされた。

 

「きょ、京ちゃん!ず、ズルい! こそばしははんそぁぁははは!」

 

「ほれほれー。ちゃんと教えないと止めないぞー」

 

 うごめく指は加速する。的確に咲のツボを撫でていく五指は彼女に快感ともどかしさを与えていた。

 ひとつグニッと柔らかなお腹を押せば艶かしい声が上がる。

 

「やっ、あっ、んんっ!? わ、わかったから止めて! お願い、お願い京ちゃん! 」

 

「よーし、聞かせてもらうからな」

 

「もう……京ちゃんのえっち」

 

 咲は涙ぐみながらも睨み付ける。流石に罪悪感を感じた京太郎も謝罪したところで一息。

 

 ようやく落ち着いた咲は自分の内心を語ることにした。

 

「えっとね。その、久しぶりに京ちゃんと二人だったからつい嬉しくて……」

 

「……咲」

 

「最近練習もバラバラだったし京ちゃんとも帰れなかったから寂しかったのもあるというか……えへへ、ごめんね。なんか気持ち悪いよね、こういうの」

 

「……咲ぃ……!」

 

 京太郎は予想外の彼女の本心に心から感動を覚えて、勢いのあまり抱きしめてしまう。

 

 今は目の前の小動物的幼馴染が愛おしくて仕方がない。

 

「気持ち悪くなんかないぞ、咲! 俺は嬉しくてうれしくて……! 俺もさみしかったんだぞぉ!」

 

「……京ちゃん」

 

 なんだかんだ言って京太郎も寂しかったのだ。

 

 広い部室にポツンと一人で延々とネト麻ネト麻ネト麻ネト麻……。会話らしい会話もなく、話しかけられて喜べばお買い物頼み。

 

 久たちの気持を理解していても孤独感は徐々に積み重なり、塵も積もれば山となる。

 

 咲の素直な吐露は押しつぶされそうになっていた彼の心を救い出した。

 

 自分は一人ではないと、こんなにも思ってくれる人がいると。

 

 京太郎は感極まって泣いてしまいそうになる。

 

「もう……京ちゃんは私がいないとダメなんだから」

 

「……うるせぇ」

 

「ふふん。枯れた声で言っても説得力がないよ、京ちゃん?」

 

 ドヤァと得意げな咲。京太郎は反抗もできずにされるがまま。

 

 髪に沿って京太郎の頭を撫でる咲だったが、ここで気づいてしまう。

 

 ……あれ? ここじゃない? 告白するタイミング。

 

 好きな男の子と抱き合っている。

 

 しかも、結果的に慰めていてすごくいい雰囲気。

 

 まるで恋愛小説の一シーンのような用意された舞台。

 

 数々の本を読み漁ってきた咲の知識でも主人公とヒロインがつきあう時はこのような空気だった。

 

「…………っ」

 

 ゴクリとつばを飲み込む。

 

 さっきまでの余裕のあった表情は消え去り、額に汗がにじんできた。プルプルと動かす手も震えだす。そんな異変に気付いた京太郎も流石にそろそろ離れなければと思い、顔を上げた。

 

 すると、そこには目は笑っておらず、ニコリと不自然なまでに口端の吊り上がった笑みを浮かべる咲。

 

 え、なに? 俺、殺されるの?

 

 変顔をしている幼馴染に京太郎がツッコミを入れようとするが、その前に彼女の方が言葉を挟んだ。

 

「京ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

「実はさっき……態度が変な原因は実はもう一つあって……聞いてくれる?」

 

「え? ああ、全然構わないぞ」

 

「ありがとう。……あのね? 実は私、京ちゃんに言いたいことがあるの」

 

 その一言を発した瞬間、空気がガラリと変わる。

 

 さっきまで昔のようにじゃれあって居心地の良かった空間は霧散し、緊張が支配する乙女の戦場が舞い戻ってくる。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと噛まないように一言一句話す咲に京太郎も嫌な顔見せずに付き合う。

 

「ここに残ったのもそれを言いたくて……もしかしたら京ちゃんも気づいているかもしれない」

 

「……いや、思い当りはないぞ。なんだ? 焦らずに言ってみ?」

 

「う、うん。あのね……その、私……す、す、す――――」

 

 

 

 

「原村です。練習が終わりましたのでお二人に付き合おうと戻ってきました」

 

 

 

 

「――ストライプ柄のブラジャーつけてるんだ、京ちゃん!」

 

 

 

 

 渾身の叫び声が部室内にこだまする。気持ちを乗せて自分の下着の模様を告白した痴女は羞恥に赤面し、肩をプルプルと震わせていた。

 

 澄んだ黒の瞳には涙がたまっている。

 

 

 

 この電波巨乳!! なんてタイミングで入ってくるの!!

 

 

 

 今ばかりは咲は和を(うら)んだ。一緒に自分の判断も恨んだ。

 

 

 

 とっさに誤魔化したまでは良かった。しかし、代わりに発した内容がひどい。

 

 人間はパニックに陥った際、インパクトが大きかったものを口にしてしまう傾向がある。

 

 咲にとって手紙で下着を当てられたことは今日の中で最も頭に残っていたことだったようだ。

 

「う、う、うぁ……」

 

 せっかく勇気を振り絞って、自分の気持ちを告げようとした。なのに、こんな理不尽な展開なんてありえない。

 

 京ちゃんに恥ずかしい女だって思われた!

 

 京ちゃんに頭の緩い女だって思われちゃったよぉ……!

 

 ニュー咲ももう限界だった。ここまでも自滅ではあるが、多くを我慢して踏ん張ってきた。

 

 それが一気に崩壊しようとしている。

 

「さ、咲!? 大丈夫だ! 人間誰でもそんなときはある! 俺だって叫んじゃうから! 俺は赤のボクサーパンツだから! 後ろに『勝利』てプリントされてるぞ!」

 

「……須賀君。さすがにそういう問題では……」

 

「何言っているんだ、和! ほら、和も一緒に! 普段あんな私服着ているんだから恥ずかしくないだろ!?」

 

「理不尽な受け渡し!? 流石の私もそこまで痴女ではありません! といいますか、あれは立派なファッションです!!」

 

「うわぁぁぁぁん! ごめんね、京ちゃん……! 未だにクマさんパンツでごめんね……!!」

 

「墓穴掘ってるから! あっ、俺がパンツの話したからか!? とにかく落ち着け、咲! 忘れる! 忘れるから!」

 

「あぁぁぁぁん、京ちゃーん!!」

 

「…………なーに、やっとるんじゃおんしら……」

 

 和に付き添い、帰ってきたら後輩が自分の下着(パンツ)の柄を暴露しながら泣いていた。

 

 全く意味が分からない混沌とした光景に眩暈がするまこ。

 

 結局、この場は京太郎の制服を咲の涙や諸々でくしゃくしゃにするまで収まることはなかった。




みんな感情の動きが激しいなぁ(棒)
次はのどっちのターンや!

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