麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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時系列は2話の少し前。
咲ちゃんの未来からのお手紙の番です。


3.『宮永咲へのお手紙』

「……なんだろうこれ?」

 

 四月の終わり。京太郎に連れられて麻雀部に入部した咲の毎日は充実していた。

 

 京太郎以外の友達もできて、得意の麻雀も役立てれる。巡るすべてがうまくいっているように思える。

 

 そんな節、朝の登校時。日直であるため一足先に学校へ来ていた彼女の下駄箱に白の封筒を見つける。

 

 裏表を確認するもこれといって変わったところはない。

 

 なんだろうと考えたところで彼女は一つの答えに行き着いた。

 

「こ、これってまさから、ら、らぶっ!?」

 

 口にして、顔が一気に真っ赤になる。

 

 急いでそれをバッグに隠した咲はキョロキョロと怪しい動きでトイレへ向かう。

 

 一番奥の個室に閉じ籠ると深呼吸。匂いとか空気とかそんなの今だけは気にならない。

 

「こ、こ、こんなの初めてだよぉ……」

 

 生まれてこの方、こういう類いの話には縁がなかった。それどころか人見知りで、泣き虫。

 

 休み時間は読書、放課後は読書、家でも読書三昧。

 

 人との付き合いなど、それこそ京太郎しかいなかったのだ。

 

 文学少女としては心踊る展開。

 

 ここから始まる大恋愛。春は桜木道を歩き、夏は花火を楽しみ、秋は紅葉落ちる中での読書、冬は綺麗な雪を眺める。

 

 そして、その妄想の隣にいるのは決まってある人物だった。

 

「……うん、そうだよね。……ちゃんと気持ちは大切にしないとね」

 

 熱くなっていた感情は徐々に冷えていき、落ち着きも戻ってくる。

 

 自分の中で例えこの手紙にどんなことが書いてあろうと返事は変わらないと決めた。

 

「でも、誰からなんだろう?」

 

 裏を見ても差出人の名前はない。不思議に思いつつ、彼女は慣れない手つきで封を開けた。

 

 中には一枚の紙。三つ折りされていたので広げると一目でぎっしりと文章が羅列されているのがわかる。

 

「す、すごい量……」

 

 愛が重い。

 

「で、でも、それだけ私には魅力があるっていうことだよね」

 

 参考にして長所を伸ばせば京ちゃんもいつかはメロメロに……。

 

「……えへへ」

 

 妄想を脳内で垂れ流しながら彼女は読み始める。

 

 

 

『拝啓 宮永咲様へ

 

  これを読んでいるということはあなたに無事手紙が届いたということでしょう。

  まず率直にお伝えします。

  私は未来のあなた――宮永咲です』

 

 

 

「…………えぇ……」

 

 嘆息と共に今までの喜の感情が流れ出す。

 

 愛などはささやかれておらず、それどころか悪戯くさい。

 

「もうひどいなぁ……」

 

 と言いつつも別のベクトルで興味をそそる内容ではあった。

 

 ……うん、悪戯なら、それはそれで無視して捨てればいいし最後まで読むのはありかな……。

 

「未来からの私なんてちょっと面白そうだったし……」

 

 そう思った咲は続きを読み進めていく。

 

 

 

『今回、こういった手紙を送ったのはある目的のためです。

 過去の私に伝えて頑張ってもらいたいことがあります。

 達成できないと悲惨な未来があなたを待ち受けています』

 

 

「……悲惨な未来?」

 

 そんなワードに咲は引っ掛かりを覚えた。

 

 思い当たる節が彼女にはあったから。自身の姉である宮永照。

 

 今は東京で暮らしている離ればなれの姉との関係。

 

 咲は仲直りしたくて、また一緒になれることを夢見て麻雀に取り組んでいる。

 

 ここに書いてあるのはそのことに関してではないだろうか。

 

 

 

『あなたにはにわかに信じがたいことでしょう。ですから、これが本当に未来からの手紙であることを証明させてもらいます。

 あなたは手紙を一階の女子トイレで奥の個室で読んでいます。

 本日の下着は水色のストライプのブラにくまさんパン――』

 

 

 

「あー! あー!」

 

 思わずぐちゃりとしてしまう咲。

 

 ふと我に返り自分以外の誰にもわからないことに気づき、冷静さを取り戻す。

 

 同時にこの手紙への信憑性も得た。

 

 気味悪さを感じないのは限定された情報――宮永咲でしか知りえない情報しか書かれていないから。

 

「も、もう……へんなこと書かないでよ……」

 

 

 

『さて、では本題へ入りたいと思います。

 未来を変えるためにはあなたの相当な努力が必要です。

 ですが、あなたなら、過去の私ならやってくれると信じています。

 では、綴りましょう。

 宮永咲を襲う悲惨な未来は――』

 

 

 

「……そ、そんなぁ……」

 

 息を呑んで最後まで読み続けた咲は失望の声を漏らす。

 

 自身に降りかかる最悪の正体を知った彼女はガクリと肩を落としてしまった。それほどにショックなことだったのだ。

 

「こんなの絶対嫌だよぉ……」

 

 咲が手紙に書かれてあったのはたった一つの事実。

 

 それは寂しい未来の結末。

 

 

 

『宮永咲を襲う悲惨な未来は――永遠の独身生活。

 私は小鍛冶健夜プロの後釜としてアラフォーキャラとしていじられる役になっています。

 ネットでも魔王と呼ばれる始末。

 そんな仕事が終わったら待っているのは冷たいマンションの自室。

 ゴミ袋にたまったコンビニ弁当の数々。冷蔵庫にはビールと軽いおつまみがほとんど。

 掃除もロクにしていなくて、人間味のない部屋。

 「ただいま」に誰も反応してくれなくて、「いってらっしゃい」もない。

 そんな生活があなたを待っています』

 

 

 

 容易に想像できる将来の自分の姿。

 

 アナウンサーさんにアラフォーと言われてツッコむ自分など見たくない。

 

 何よりも独り身での生活の例があまりにも具体的で情景が目に浮かぶ。

 

 ……それを真っ向から否定できない今の自分が情けないと彼女は思った。

 

「……これだけならまだよかったのに……」

 

 しかし、これよりもさらにダメージを与えた文章がさらに下に記されていたのだ。

 

 恋する乙女には効く一文が。

 

 

 

『そして、あなたは告白もできないまま京ちゃんは違う人と結婚してしまいます』

 

 

 

「嫌だよぉ……京ちゃんと別れるなんて……」

 

 想い人の結婚報告とその相手が自分とは違うという現実が咲の胸に深く突き刺さる。  

 

 もうこれ以上悲しい思いをしたくなくて現実逃避気味に手紙を丸めてしまう。捨てたい衝動に駆られるがこれしか未来への手がかりはなく、失ってしまうのは心もとない。

 

 咲はギリギリのところで留まり、まとめの部分に目を通した。

 

 

 

『こんな将来は誰も望まないと思います。だから、お願い、過去の私。

 京ちゃんを惚れさせて、勇気を出して告白して結婚までたどり着いて。

 他の人なんて考えられない。

 だから、私はずっとこんな年齢まで一人を貫いたんだと思うの。

 頑張って。

 よろしくお願いします。

                        未来の宮永咲より』 

 

 

 

「こここここ告白っ!?」

 

 無理無理むりムリっ!! 

 

 頭をブンブンと左右に振って体現する彼女の頭の中はまさにパニック状態だった。

 

 そんな簡単に告白が出来たらこうやって淡い乙女心を温め続けていない。

 

 なにより京ちゃんは間違いなく私の事を女の子として見ていなくて、惚れさせるなんてどうやったって無理だよー!!

 

 混乱した咲のマイナス思考は止まらない。

 

 大体私なんて女の子として何一つ魅力的じゃないし、胸だってちんちくりんで、顔も整ってないし、休日なんて寝間着で一日過ごしちゃうくらいで!

 

 料理だって人並以下だし、化粧も得意じゃないし、ファッションにお金使うなら一冊でも多く本を買いたいと思っちゃうような女子力のなさで……!

 

「……やばい、死にたくなってきた……」

 

 自分でたくさん挙げておいて、ダメージをくらう自暴自棄っぷり。

 

「……本当にどうしたらいいんだろう」

 

 トイレで頭を抱える女子高校生、宮永咲。

 

 けれど、妙案が思いつくわけでもなく軽やかなチャイムが彼女の思考を断ち切ると共にタイムリミットの訪れを知らせる。

 

「……あっ! 私、日直の仕事何もしてない!」

 

 追い打ちをかけるなら遅刻でもある。

 

 突然未来に関する大きな問題と現在の評価に関する大きな問題を同時に抱えた咲は憂鬱な表情でふらふらと死人のように歩き始めたのであった。

 

 

 

 


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