麻雀少女は愛が欲しい   作:小早川 桂

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敵を騙すにはまず味方から。


35.『三人の会議は意味を成さない』

 晴れやかな休日。軽やかな電子音で目覚めた久の気分も負けないくらいに爽やかなものだった。

 

 県予選と同時に行われた須賀君を賭けた争奪戦。

 

 須賀君の機転もあって何とか最悪の事態は免れたけど改めて結束の大切さを痛感した。

 

 そこで一昨日に開いた三者協力会議。桃子たちは協力を固めて素晴らしい戦略を練ってきた。

 

「だけど私たちも互いに秘密を共有したもの。大丈夫……大丈夫……!」

 

 言い聞かせるように久は繰り返す。

 

 それぞれの未来からの手紙の内容を明かすという恥ずかしさ全開の行為。

 

 実際に笑われたりもしたこの事を話すには少し時を巻き戻す必要がある。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ぷっ……和ちゃんがヒキニート……ぷぷっ」

 

「……アラサー独身の咲さんがなにか言ってますよ」

 

「独身貴族だから問題ないよ。才色兼備の和ちゃんがぶよぶよになって……大きいのは胸だけじゃなかったんだね」

 

「言わせておけば……」

 

 京太郎の提案により桃子たちとのひび割れた関係を少しは修復できた清澄の面々。

 

 あの戦いを経て学んだのが戦力の違い。はっきり言って京太郎に助けられなかったら負けていた部分がある。何よりもチームメイト同士の仲の良さ。

 

 それに比べて咲たちは互いの足を引っ張りあう始末。そこで彼女たちは腹を割って未来の姿を確認しあうことにした。

 

 部活動を終えた後、咲たちだけ残って行われる未来お嫁さん争奪会議。日曜日なので京太郎は桃子たちと遊んでいる。ここに来ることはない。

 

 最近、京太郎との調子が良い咲は腹を抱えて笑っている。比べて自分の在り方に迷いが生じていた和はいら立ちを隠せていなかった。

 

 自分の恥ずかしい想いを赤裸々に暴かれた久はうねうねと体をよじらせていたが咲たちの眼中にすらないことに気付き、わざとらしく咳払いをする。

 

「ごほんっ! とにかく! これで私たちも東横さんたちに引けを取らなくなったはずよ」

 

「傷を見せ合っただけなんじゃ……」

 

「そんなことないわ! それぞれの弱みを握ったことで迂闊に裏切れなくなったでしょ?」

 

「それは仲間とは言いませんよ!? ただの利害が一致しただけの冷たい関係です!」

 

「まずは私たち三人で須賀君をゲット! その後で私たちの内で取り合えばいいんだから間違ってなくない?」

 

「じゃあ、今から告白してきますので邪魔しないでくださいね」

 

「ちょっと待って。それとこれは話が別よ」

 

 携帯を取り出した和の腕を握り締めて制止する久。ニコニコと笑いあう二人。薄気味悪ささえ覚える愛想笑いが部室にこだまする中、会話に全く入ってこなかった咲が荷物をまとめだす。

 

 文学少女が手にしていたのは本ではなく現代文明の利器である携帯電話。不思議に思った和は鋭い眼光を向けて質問する。

 

「どこかに行かれるんですか、咲さん」

 

「ううん。お父さんから晩ごはんのお買い物のメール来てて。このまま言い争うだけだったらもう帰ってもいいかなって」

 

「なんだか咲がたくましくなった気がするわ……」

 

「というわけなので失礼しますね。お疲れさまです」

 

「……本当に?」

 

「本当だよ。だって、私たちはもう仲間だもん!」

 

「そうよ、和。まずはこうやってお互いを信用するところから始めなくちゃ」

 

 県予選を勝ち抜いたチームの発言とは思えないが実際に出し抜こうとしあっていたから仕方がない。和もそれを言われては強く出れず、疑いを飲み込むことにした。

 

「わかりました。……でも、咲さん。一人で先にゴールインするのは許しませんからね」

 

「うん、心配しないで。じゃあ、これで」

 

 こうして咲が立ち去り、自然と二人も帰宅する流れになって三者協力会議は閉会されたのであった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「悩みが減ったらやっぱり頭の調子も元に戻るわね」

 

 恋愛面でもとりあえずとはいえ休戦のような状態に持ち込んだ。全国へ出場するという目的も果たし、久の肩は随分と軽くなっていた。

 

「明日は東京へ乗り込むわけだし準備もしておかないとね」

 

 昨日のうちに全ての荷物はまとめておいたが忘れ物をしても取りには帰ってこれない。キャリーを開けて一つずつチェックしていく。

 

「私服は少な目で問題ないでしょ。予備の財布に歯ブラシとか小物も入れたし残りは……」

 

 ポツンと中央に置かれた小さな紙袋。中から出てくるのはとても高校生が使用するとは思えない過激なデザインをした下着だ。

 

 気が付けば手にしていて買ってしまった一品である。

 

「しょ、勝負下着……」

 

 東京は未知の場所だ。何が起こるかわからない。そう、だから必要になる場面があるかもしれない。

 

「もしかしたら……もしかして、もしかしちゃうかもしれないものね……。ひ、必要よね」

 

 ブツブツと自分を納得させるように呟くと久はそれをそっとキャリーバッグのなかへと入れる。混乱している彼女は頭のなかの妄想をこじらせて語り始めた。

 

「りょ、旅館は浴衣だもの。京太郎君にしかわからないようにこっそりあんなのを見させてあげたら彼の獣が暴れちゃってこんなにさせた責任を取ってくださいと迫られた私は抵抗することもできずに布団の上で……」

 

 ベッドの上に倒れるとひとりでに手は下へと伸びていく。そのまま盛り上がろうとしたところで着信音が鳴り響いた。

 

「っ!? だ、だれって……須賀君!?」 

 

 さっきまで自分を攻めていた相手(妄想)からの突然の電話に動揺が隠せない久。

 

 火照った体がさらに熱くなり、頭がおかしくなりそうだが咳払いをすると何とか平常を努めて通話ボタンを押した。

 

「……も、もしもし?」

 

『おはようございます、部長。急にすみません』

 

 愛しの君の声にときめく乙女ハート。エンジン全開で胸の音が相手に聞こえていないか心配になるほどに。

 

「い、いいのよ! 私もちょうどみんなに明日は遅刻しないようにって連絡しようと思ってたから」

 

『それはよかった。実は俺もそれに関することで連絡したんです』

 

「もしかして……朝弱かったりするのかしら? そ、そのよかったら私が起こしに行ってあげてもいいけど!?」

 

『えっ、本当ですか!?』

 

 やった! 食いついた!

 

 勇気を振り絞って垂らした釣り針に見事にヒットして喜ぶ久。

 

 すぐに約束を取り付けようと次の手を打とうとするがその前に京太郎に断りを入れられた。

 

『でも、家にいないので遠慮しておきますね』

 

「そ、そうなの? それは残念……え? なら須賀君はどこにいるの?」

 

『東京です』

 

「ええっ!? どうしてもうそっちにいるのよ!」

 

『親戚と会うことになりまして先乗りする形に。だから、今日の内に連絡しておこうと』

 

「……なら、仕方ないわね。だけど、そういうことはもっと早く言ってね?」

 

『すみません。それで明日なんですがどこで合流しますか?』

 

「そうね、東京駅でいいわ。時間はまたメールするけどそれでいい?」

 

『はい。あと、咲も一緒に東京にいるので明日合流しますね』

 

「わかったわ……えっ? ちょっと待って? 今なんて言ったかしら」

 

『咲も一緒に東京に来てますよ。俺が先乗りするって決まった日にはメールしておいたので』

 

「へ、へぇ。そうなの……!」

 

 つまり、先日のメールはお父さんからのお使いではなく須賀君からの東京行きを告げる内容だったわけ……?

 

 い、いやまさかね。いつ決まったのかもまだわからないもの。こうやって決めつけるのはダメよ。

 

 だって、私たちは仲間ですもの。ちゃんと信じてあげなくちゃ。

 

『当日は俺が連れていくので安心してください』

 

「え、ええ。それじゃあ任せるわね」

 

『では、失礼しますね。また明日』

 

「駅で会いましょう」

 

 会話が終了し、通話は切られる。緊張と熱が抜けた久はそのまま後ろにたおれこみ枕に顔を埋めた。

 

「……また悩みが増えた……」

 

 解決されたと思われた問題の再燃に再び頭を悩ませることを嘆いて、彼女は自棄気味に意識を手放すことにした。

 

 

 

 場所は変わって東京。たった今、通話を終えた京太郎は咲と共に観光を一足先に楽しんでいた。

 

 とはいっても会場までの道を歩いているだけだ。少しでも咲が迷う可能性を減らそうという京太郎苦肉の策である。ちなみに成功した例は一度もない。

 

「連絡ありがと、京ちゃん」

 

「おう。ていうか、お前部長に言ってなかったのかよ」

 

「準備が忙しくてつい忘れちゃった。……言ったらついてくるだろうし」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「ううん、別に。東横さんたちももうホテルにいるんだっけ?」

 

「ああ。衣ちゃんとかと一緒にな。俺たちもお世話になってるから後でお礼しておけよ?」

 

「はーい。それにしてもなんで私だけ連絡してくれたの?」

 

「……二つ理由があって一つは俺がいないと咲はダメだから。すぐに迷っちゃうし」

 

「もうっ。またそんなこと言うんだから……。じゃあ、責任をもってちゃんと私から離れないでね」

 

 咲は文句を言いつつも隣を歩く京太郎の肩にもたれかかるとそっと手のひらを重ねる。見上げる視線には熱っぽさが込められていて京太郎も普段との違いに気付く。

 

「……咲さ。変なこと言うのは自覚してるんだけど……最近可愛くなったと思う」

 

「……ふぇっ!? きょ、京ちゃんどうしたの、急に!?」

 

「いや、中学よりも垢抜けて元々の良さが際立つようになったというか……」

 

「ほ、本当にどうしたの、京ちゃん。やっぱり変だよ?」

 

「……すまん。でも、こういうのって二人きりの時しか言えないし一度伝えておこうって……」

 

「……そっか。……ありがと。お手入れとか頑張ってるから効果が出てるのかも……」

 

 そう言って咲は顔を逸らす。

 

 真っ赤になったのを悟られないように。いや、きっとバレているだろうと咲はわかっている。

 

 耳まで熱いからこういうことに機敏な京ちゃんは間違いなく気付いている。

 

 ……全く朝から心臓に悪いよ……。ドキドキが止まらないもん……。

 

 うるさい心音が止まらない。ちょっとでも距離を近付ければ相手に聞こえるのではないかというくらいに音量を上げている。

 

 それは手を繋いでいる彼も同じであった。

 

「…………」

 

 咲とは打って変わって京太郎は彼女から目を離すことはしなかった。ずっと彼女の仕草を見ていた。

 

 それでやはりと感想を抱く。……可愛らしくなったよな、咲。

 

 ……こんなことを考えるようになったのもアレのせいか。

 

 今まで女性としてよりも友達のような感覚で人と接することがほとんどだった京太郎の意識を変化させようとするもの。

 

 それは県予選大会が終わった後にもたらされた。

 

 彼が咲を共に東京へ先乗りさせたのもそれの正体に関して一緒に考えてほしかったからだ。咲ならば真剣に受け入れてくれる。

 

 県予選でも俺の考えを理解してくれた彼女ならばきっと。そんな信頼があった。

 

 彼は意を決してバッグの中から自分あてに届けられた白い封筒(・・・・)を取り出す。

 

「……話は戻すけど、咲を呼んだ二つ目の理由は……実は相談に乗ってほしかったからだ」

 

「なにー? 京ちゃんが相談って珍し、い……ね…………」

 

 咲は京太郎に握りしめられたものを見て固まる。それはあまりにも見覚えのある封筒。

 

 突然出てきた代物に咲の混乱は加速する。

 

 そして京太郎の言葉が確信をさらに深めさせることとなった。

 

「未来の自分からの手紙って信じるか?」

 

 誰もが知りたい彼の未来を記した手紙が彼女の目の前に現れた。

 




全国編として連載再開します。

夏コミアンケートの結果ですが活動報告でも発表しましたが収録される書き下ろしルートのヒロインは姫様と咲ちゃんです。

これからもよろしくお願いします!

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